表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
21/188

20 塩騒動 後編

後編です。

 その日の朝食には、マリーさんがせっかくだからと、私の作った塩を使ってくれた。


 みんなのお皿のふちにも、ちょっとずつ塩が出してある。こうやって塩をお皿に盛り付けて、それぞれが好きなようにつけて食べるのが、この国では普通のことらしい。


「ハウル村は貧乏な開拓村だから、どの家もこんな贅沢な使い方はしてねえけどな。まあドーラの塩を味見してみようや。」


 フランツさんの言葉でみんなが食べ始めた。今朝のごはんは、黒パン、豆と香草と卵のスープ、焼いた川魚、温めたヤギのミルクだ。昨日とほとんど同じだけど、朝には卵が食べられる。ニワトリさんに感謝です!


「こんなに白い塩なんて初めて見たわねぇ。・・・食べて大丈夫よね?」


「・・・多分。」


 マリーさんとフラミィさんは、塩の見た目が違うので、ちょっと戸惑っているみたいだ。


 私はスープを一口飲んでみた。うん、いつもより海の味がする。そのせいで豆と卵の甘みが一層強く感じられた。私が食べるのを見て、二人もスープを口に運ぶ。






「・・・これ!」「え、なんで!?」「なんだこりゃあ!」


「おいしー!!」


 大人たちが驚きに目を見張り、エマが嬉しそうに声を上げた。エマの喜ぶ顔が見られて、私は大満足だ。


 その後はみんな夢中になって朝ごはんを食べた。フランツさんはあっという間に自分の分を食べ終えてしまい、すごく物欲しそうにしていたので、私の分のパンも食べてもらった。


「いやー、塩でこんなに料理の味が変わるなんて、びっくりだよ!」


「本当だよね!ありがとうドーラ!!」


「ドーラおねえちゃん、ありがとう!!」


 皆すごく喜んでくれた。でも私の心には消えない不安があった。私がそのことを話すと、フランツさんは明るく返事をした。


「まあ、やっちまったもんは仕方ねぇよ。早速村長のところに行ってみようじゃねえか。心配すんなドーラ、大丈夫、必ずうまくいくさ!!」


 皆もうんうんと頷いている。私は目の奥が熱くなり、みんなに「ありがとう」と言うのが精一杯だった。私たちは壺を持って、村長さんの家に向かった。






「ん、誰か来てるのか?」


 フランツさんがアルベルトさんの家の側につながれている馬を見てそう言った。この村には馬はいない。私の胸がどきりと高鳴る。


 私たちがアルベルトさんの家についたとき、ちょうど扉が開いて中から村長のアルベルトさんとおかみさんのグレーテさん、そしてフードをかぶった男の人が出てきた。


 私はその姿を見るなり、塩の壺を抱えたまま走り出した。顔は見えないけれど、彼から感じる魔力の波動は間違えようがない。


「カールさん!!」


 私が声をかけると、カールさんは弾かれたように顔を上げ、私の方を見た。やっぱり徴税官のカールさんだった。


「ドーラさん!?」


「お久しぶりです。カールさん、ハウル村に来てくれたんですね。」


 驚いて私の方を見つめる彼の目は、以前と同じように優しい色をしていた。その目を見た途端、なぜか私の胸の奥から暖かいものがあふれ出してくるような気がした。苦しいような、それでいてすごく幸せな気持ちになる。


 私はその幸せな気持ちを無性にカールさんに伝えたくなり、にっこりと彼に笑いかけた。











 アルベルトの家を出てすぐに、私のもとに駆け寄ってきたのは、まさに今まで村長と話していた話題の女性、ドーラだった。


 私がこの村に来たのは王命によってだ。王国の命運を左右する任務を帯びてここへやってきた。だが彼女の姿を見た途端、任務や王命のことなど、すべてどうでもよくなってしまった。


 私がここに来た理由はただ一つ。彼女の側にいたかった。ただそれだけだったのだと、彼女の姿を見た瞬間、自覚させられてしまった。


 だが自分のそんな気持ちを自覚したことで逆に、私は自分の使命の重要性を強く意識した。何としてもドーラを守らなくてはならない。


 私はこの村にやってきた今朝からのことを振り返った。






 私がこの村に着いたのはつい先程、夜が明けて少し経った頃のことだ。ノーザン村を出発したのは真夜中過ぎ。ノーザン村で手に入れた馬に乗り、月明かりの街道をここまで駆けてきた。もちろん少し前から付きまとっている密偵たちの目を欺くためだ。これで少しは準備する時間が稼げるはずだ。


 ハウル村に着いた私は以前の記憶を頼りに村長のアルベルトの家を訪ねた。アルベルト夫妻はちょうど朝食を終えたところだった。二人は私の来訪にとても驚いていた。


「カール様!?いったいどうなさったんですか?それにそのお姿は・・・?」


 私の粗末な旅装を不思議がりながらも、二人は私を家に招き入れてくれた。私はアルベルトに自分の使命を打ち明けた。


「ドーラの守護騎士ですって!?それではドーラはやはり貴族の?身元が分かったのですか?」


「いいえ、そうではありません。ただこれは王からの直接のご命令です。」


 私は二人に自分の身分証を見せた。裏書に国王の特使であることを示す王の紋章が刻印された魔法銀ミスリルのプレート。二人は青ざめた顔でそれを見つめていた。


「先ほどお話しした通り、私はドーラさんを守護する特務騎士としてやってきました。皆さんとともにこの村で生活させてもらうことになります。」


「えっ!?ドーラを王都へ迎えるためにいらしたんじゃないんですか?」


「今のところ、王はそのようなお考えを持ってはいらっしゃいません。私がドーラさんを無理に王都に連れていくことは決してありませんよ。安心してください。」


 二人は訳が分からないという表情で顔を見合わせている。おそらく疑問符だらけだろう。私は可能な範囲で二人に説明をする。






「ドーラが並外れた魔法の力を持っていることに、お二人も薄々気が付いているでしょう。王はドーラを何としてでもこの国に留めておきたいとお考えなのです。彼女は今のところ、この村での生活を楽しんでいるように思えます。彼女がのびのびとこの村での生活を続けられるよう、彼女を見守るのが私の使命なのです。」


「王はそこまでしてなぜドーラを?もしかしてドーラは王の・・・?」


「・・・その点についてはあまり詮索しないことを勧めます。お互いのために。」


 私は二人に見えるようにマントを払い、腰の剣の柄に触れた。二人は私の腰の剣を見て、ゴクリと唾をのんだ。


「わかりましたカール様。それではあたしたちはこれからドーラにどう接すればいいんでしょうか?」


「今まで通りにしていただくのが一番です。私も表向きはあの街道の管理官という名目でここに駐在することになります。ですからここでお話したことは口外しないでいただきたいのです。」


 特別なことはしなくてよいという私の言葉で、二人は少し安心したようだ。






 その表情を見ながら、私は考える。


 二人に王からの命令をすべてを話したわけではない。王はドーラを他国の勢力や国内の貴族たちから守りながら、ドーラの力の秘密を探るよう私に命じた。もちろんドーラの力を王家が独占するためだ。そしてもし、ドーラが我が国にとって危険な存在だと分かった時には、私の手でドーラを殺せとも。


 そのときにはおそらく、ハウル村の村人たちの存在がドーラの弱点となる。村人の命や生活と引き換えに、強大な力を持つドーラをコントロールする。それができないなら殺す。王の考えはそんなところだろう。


 そんなことにならないために私は全力を尽くすつもりだ。それがたとえ王国を裏切ることになったとしても、だ。私がハウル村へ旅立つ前に家族との縁を切ったのはそのせいだ。


 彼女の安全を確保するためにはまず、彼女の力を王国のために役立てられることを証明しなくてはならないだろう。あくまで彼女の意思を尊重したうえでのことになるが・・・さて、何から始めたものか。


 私は考えを中断し、まずはこの村での表向きの任務である街道管理官としての仕事を始めるための準備について、アルベルト村長と話し合うことにした。






 村長夫妻との話し合いが終わり、これからの私の生活拠点を定めるため、村を見て回ろうとしたときにドーラが現れた。


 彼女は私を見ると、無邪気な表情で本当にうれしそうに笑った。私は内心の動揺と歓喜を押さえながら、彼女に話しかけた。


「お久しぶりですねドーラさん。私もずっとお会いしたいと思っていました。お元気そうで何よりです。・・・ところでその壺は?」


「あ!!い、いえ、あの、これはですねー、えっとー・・・。」


 彼女の抱えている大きな壺について尋ねた途端、彼女は明らかに挙動不審になり表情をくるくると変えた。私はその姿に思わずクスリと笑みをこぼしてしまった。まるで拙い嘘を隠そうとする幼子のようだ。


「・・・それはドーラさんが魔法で作った何かですね?」


「!! どうして分かったんですか!?」


 ドーラが目を真ん丸にして驚く。その様子もとても愛らしい。


 カマをかけてみたが当たってしまったようだ。国宝級の魔法剣、巨大な街道に続き、今度はいったい何をやらかしたのだろう。きっとまた、私が頭を抱えてしまうようなことに違いない。


 だが私は同時に、幼い日に珍しい蝶を見つけた時に感じたのと同じような、何とも言えないわくわくした気持ちを、そのとき確かに感じたのだった。











 私たちはカールさんの提案で集会所に移動し、話をすることになった。


 それにしてもさっきはすごく驚いた。どうしてカールさんは私が魔法でこの塩を作ったって分かったんだろう?ひょっとして心が読めるのかしら?


 私の気持ちをカールさんが知っている。そう考えると、何だか無性に恥ずかしくなってしまった。でもそれがなぜなのかは、いくら考えても分からなかった。






「なるほど分かりました。ドーラさんはこの塩をどうしたいですか?」


 私のしでかしたことについて、フランツさんの説明を聞いたカールさんが私に尋ねた。


「えっとー、村の人たちに使ってもらいたいです。もともとそのために作ったものですし、皆が喜んでくれたらうれしいですから。」


 私の答えを聞いて、カールさんは右拳をあごに当てて考え込んだ。さっき話を聞いているときもこの仕草をしていた。考えるときの彼の癖なのかも。じっと考えているその顔は、何かに夢中になっているエマみたいで何だか可愛らしいと思った。


 私も皆もじっと息を詰めて、カールさんの答えを待った。私はエマとつないでいる手にぎゅっと力を込めた。エマが私の方を見て「大丈夫だよおねえちゃん」と言ってくれた。


 やがてカールさんがゆっくりと話し始めた。






「この塩はドーラさんが魔法で作ったものですし、この村で使ってもらって構いません。ドーラさんが塩を作ったことは、私が責任を持って王にお伝えします。」


「カールお兄ちゃん、ドーラおねえちゃんは王様に怒られちゃうの?」


 エマがカールさんに向かってそう言った。マリーさんが「すみませんカール様・・・!!」と慌てて謝ろうとしたが、カールさんは笑顔でそれを制し、エマに向かって穏やかに話しかけた。


「大丈夫だよエマさん。そんなことにならないように私がお願いしてみるからね。」


「やったー!ありがとうカールお兄ちゃん!!よかったねドーラおねえちゃん!!」


 喜ぶエマの姿を見て、私とカールさんは目を見合わせ微笑みあった。しかし次の瞬間、何となく気恥ずかしくて同時に視線を逸らしてしまった。顔がすごく熱い。カールさんの顔も真っ赤だ。いったい私、どうしちゃったんだろう?


 私は自分の気持ちを落ち着けるため、エマをぎゅっと抱きしめた。エマはそんな私の背中を優しく叩いてくれたのでした。






 ドーラとカールの姿を見たフラミィは、グレーテにこっそり話しかけた。


「あのカールって人、絶対ドーラに惚れてますよね。ドーラもまんざらでもないみたいだし。」


「ああ、カール様もいい男だしね。まさに美男美女で似合いの二人じゃないか。若いっていいねえ。あたしもあと40歳若けりゃあねぇ。」


「確かにいい男ですよね。腕っぷしもなかなか強そうだし、貴族にしちゃあ、とっても感じがいいし。マリーさんもそう思いません?」


「あたしはあんなヒョロヒョロした男はごめんだよ。男はやっぱりどっしりして頼りがいのある方がいいね。」


「ああ、旦那フランツさんみたいな人がタイプなんですねー。」


「そうなんだよ、この子は小さい頃からフランツの後ばっかり追いかけててね。二人が結婚したのだってマリーから・・・。」


「ちょ、ちょっと、おかみさん!!余計なこと言わないでくださいよ!!」


「お母さん、顔真っ赤!ドーラおねえちゃんみたい!!」






 そんな風に盛り上がる女たちを尻目に、アルベルトとフランツは立ち上がった。


「カール様の住む家をみつけにゃならんな。収穫祭に皆に伝えるつもりだった養子の件、早めに進めちまうか?」


「そうですね。親父さんに任せますよ。」


 二人は頭をかきながら集会所を出た。目の前には秋の明るい朝日と抜けるような青空が広がっていた。


 これからやることは決して楽なことばかりではないだろう。だけどすべてがうまくいくに違いない。どこまでも広がる青い空を見ながら、二人はなぜかそう思わずにはいられなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   木こり見習い

   土木作業員(大規模)

   大工見習い

   鍛冶術師の師匠&弟子

所持金:523D(王国銅貨43枚と王国銀貨12枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ