表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
20/188

19 塩騒動 前編

長くなったので二つに分けました。

「ドーラ!!そこに座りなさい!!」


「はい・・・。」


 私は項垂れて床に跪いた。目の前にはものすごく怒っているマリーさん。そしてその横にはフランツ家の土間一杯に積み上げられた、たくさんの壺が置いてある。


「あんたが私たちのためを思ってしてくれたのは分かるけどね!!思いついてすぐにやっちゃダメって、いつも言ってるでしょ!!」


「ごめんなさい・・・。」


 私はマリーさんに謝った。マリーさんは困った顔をして私と壺を交互に眺めていた。失敗です。またやらかしてしまいました。


 私は何がいけなかったのか、昨夜の自分の行動を振り返って考えてみました。






 はじめは昨日の夕食の時のこと。一緒にご飯を食べていたフラミィさんがマリーさんに「塩はないの?」と聞いた。


 この日の夕食は焼いた川魚とスープだ。スープには豆と干し肉のかけら、そして森の周りに生えている香草が入っている。焼いた魚は香ばしくて、私はとても気に入っている。


 フラミィさんの言葉を聞いたマリーさんが申し訳なさそうに笑いながら言った。


「去年買った塩がもうほとんど残ってないんだよ。鍛冶師の棟梁のお嬢さんには、ちょっと粗末すぎる食事かもしれないね。」


 エマは二人のやり取りをきょとんとした顔で見ている。フラミィさんはマリーさんに謝った。


「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃないんだけど・・・。」


「いいっていいって、気にすんな!俺たちが貧乏なのは本当のことなんだし。な?」


 フランツさんが魚を頭からバリバリかじりながら、豪快に笑った。エマと私も一緒になって笑う。






 フランツさんのいう『貧乏』と言うのはお金がないということらしい。塩はとても『高価』なものでハウル村ではなかなか手に入らないそうだ。


「フラミィさん、ノーザン村にはお塩がたくさんあるんですか?」


「それなりにあるよ。まあ、やっぱり安いものじゃないけどね。」


「高いっていうのはお金をたくさん渡さなきゃいけないってことですよね?」


「そうだね。塩は壺一つで40Dくらいかな。」


 フラミィさんが塩の『値段』を教えてくれた。40Dって言ったら銀貨おたから一枚分!!この海の味のする茶色い粉がそんなにするなんてびっくりです!!


 驚いて固まる私をよそに、フランツさんはフラミィさんに話しかけた。。


「ほー、やっぱりノーザンの方が安いんだな。ハウル村で行商人から買うと60Dは下らねえぞ。」


「え、そんなにするのかい!?」


「ノーザンには大きな船をつけられる川港があるだろ?ハウル村に荷物を運ぼうと思ったら、小さめの船に積み替えて運ぶか、川沿いの小道を歩いて越えてくるしかねえからな。」


 フランツさんによると、物を運ぶのにはとてもお金がかかるらしい。それで遠くに行けば行くほど、値段が高くなるのだそうだ。






「ノーザンで鍛冶に使う薪や木炭は合わせていくらぐらいだ?」


「そうだね、物にもよるけど最低でも一回で80Dくらいかな。薪はともかく木炭は高いからねぇ。」


「ハウル村ではそのどっちもタダなんだよ。何しろ木だけはそこら中にあるからな。」


「だから風呂も入り放題ってわけか。石鹸も自前でできるし。あれは本当うらやましいよ。」


 フラミィさんが大きなため息を吐く。ノーザン村では薪代がかかるため入浴の習慣はなく、水浴びしたり、お湯で体を拭いたりするのが一般的らしい。


 またハウル村の人たちが、森の中にたくさん落ちている実の油を使って作っている石鹸も、なかなか手に入らないらしい。ハウル村の人たちは香りのよいその油と灰を混ぜて石鹸を作っているのだ。


 ハウル村ではただで手に入るものが、ノーザン村では80D。場所によって物の値段が違うっていうのがすごく不思議だ。人間の世界には私の知らないことがいっぱい溢れている。






 私はフラミィさんに塩のことを聞いてみた。


「じゃあ塩はどこで買うのが一番安いんですか?」


「このあたりだとやっぱり王都かな。でもノーザン村とそんなに変わらないよ。」


「塩って王都で採れるんですか?」


「そんなわけあるわけないだろ。王国の塩はドルーア川の河口にあるスーデンハーフっていう町で作られてるよ。海に近いからね。」


 塩は海の味がするって思ってたけど、やっぱり海で作られてるのか。


「塩ってどうやって作るんですか?」


「あたしも詳しくは知らないけど、海の水を穴にためておくと勝手にできるんだって。あ、でも貴族たちは海水を煮て塩を作ってるらしいよ。」


 フラミィさんは「勝手にできるもんにわざわざ燃料を使うなんて、貴族様は贅沢だよねぇ」と呆れ顔で言い、フランツさんはそれにうんうんと頷いた。。


 ふむふむ、つまり海の水を使えば塩ができるのかな。


 その時、私は閃いてしまった。これはマリーさんたちに恩返しをするチャンスかもしれない。私が魔法で塩をいっぱい作ることができたら、マリーさんたちはいつでも塩を好きなだけ使えるようになるはずだ。


 うん、名案!さっそくやってみよう!


 そのときの私は、私のこの思い付きがマリーさんを困らせることになるなんて、全然想像もしていなかった。






 真夜中。私は《隠蔽》の魔法を使い、隣で寝ているフラミィさんを起こさないように、こっそり寝床を抜け出した。


 フラミィさんには私が夜、時々散歩に出かける伝えてあるから、私がいなくなっているのを見ても心配しないはずだ。多分。


 私は屋根裏を抜け出すと《転移》の魔法を使い、遥か南にある小島へ向かった。私が洞穴を抜け出して、最初にお手洗いに来たあの島だ。


 この島の周りには同じような島がたくさんあるけど、どの島にも人が住んでいる気配はない。


 少し北側にある大きめの島には人が住んでいるようだけど、離れているから私が竜の姿に戻っても姿を見られることはないだろう。






 ここなら海の水がたくさんあるから、塩を作る練習をするにはちょうどいい。


 でも自分の糞の側で、エマたちの食べる塩を作るのは嫌だ。だから私はこの小島を、周りの空間から切り離すことにした。


「《領域創造》」


 私のいる島の周りに薄い膜ができた。これは私の《収納》の中に仕切りを作った空間魔法の応用だ。島の周りに仕切りを作り、周りの空間と切り離したのだ。


 これでこの島には私が《転移》でする以外の方法では出入りできなくなった。周りから島を見ることもできない。まさに私だけの場所。これで安心しておトイレできるよ!やったね!


 着ていた服を脱ぎ、《転移》で領域の外に出た私は、背中に生やした羽で空を飛び、手ごろな大きさの別の島に移動する。


「この辺でいいかな?」


 私は早速《収納》から手桶を取り出すと、島の浜辺に穴を掘り中に海水を入れてみた。でも海水は穴の底に溜まっているだけで、ちっとも塩はできない。しばらくすると、地面に吸い込まれて海水はなくなってしまった。あれえ?


 その後も何回か同じことを繰り返したけど、やっぱり塩はできなかった。どうやらこの方法ではうまくいかないみたいだ。






「そういえばフラミィさんが『貴族は海水を煮て塩を作る』って言ってたっけ。よし、やってみよう!!」


 私は道を作った時のように海の一部を空間魔法で四角く切り取った。大きさはだいたいお家一件分くらい。《炎陣》の魔法を使い、中の水を一気に熱くしていく。たちまち海水が白い湯気を噴き上げて、空間を仕切っている壁にすごい圧力がかかる。


 水は湯気になると膨らむのかしら?このままだと破裂しちゃうかも。


 私が湯気を逃がすため空間の仕切りを一部開けると、そこから湯気がすごい勢いで飛び出してきた。


 そのせいでほとんどの海水が外に飛び出してしまい、空間の中には何にも残っていない。この方法ではダメみたい。


 それにしても水の力ってすごい。熱い水があんなにすごい力を出すって初めて知ったよ。新発見です!






 私は切り取る空間の形をいろいろ変えてみることにした。お鍋みたいな形や樽みたいな形、壺みたいな形といろいろ試していった結果、お月様みたいに真ん丸の形が一番いいような気がした。


 真ん丸のてっぺんに穴を空けておき、中の海水を少しずつ熱くしていくと、中で水が渦を巻きながら湯気となってどんどん出ていく。


 ただこれだと周り中に湯気が飛び散ってしまう。そこで穴の口を煙突みたいに少し伸ばすことにした。これはハウル村のお風呂の竈を参考したのだ。穴の口は海に向けておく。


 こうすると周りに湯気が飛び散らなくなった。人間の知恵はやっぱりすごいと感心してしまう。






 空間の中の海水が少なくなるに連れ、白いキラキラ光る粒のようなものが現れ始めた。私がその白い粒に《乾燥》の魔法を使うと、白い粉はさらさらした砂みたいになり、真ん丸の空間の中で渦を巻き始めた。


 これが塩なのかな。なんだかマリーさんが持ってたのとは色が違う気がするけど・・・?


 出来た白い砂を《収納》にしまい、手のひらに乗るくらい少し取り出してみた。舐めると海の味がする。塩だ。マリーさんの使ってるのとは見た目がちょっと違うけれど、味は同じだからいいよね?


 ただできた塩には、カラカラに乾いた小さな生き物の死骸や海藻のかけらなどが入ってしまっている。私は《素材強化》の魔法でそれらのごみを取り除いた。


 これで完成だ。でもすごく手間がかかる。しかもあんなにたくさん海水を使ったのにできたのはたった壺二つ分くらいだ。もう少し楽にできたらいいんだけど。






 そうだ!以前まえに斧の中から銅貨だけ取り出したことがあったけど、あれを使ったらどうかな?


 海水の中から塩だけを取り出す。うん。これなら楽かも。私は《素材強化》の魔法を改造し、特定のものだけを取り出すような魔法を作ってみた。


 海水を空間で切り取って新しく作った魔法を試す。海水から白いキラキラした粒だけが取り出せた。成功だ。


 早速舐めてみた。・・・なんか味が違う?ほんのちょっとだけど、最初に作った塩の方が海の味が強くて美味しい気がする。


 せっかく作るんだったら美味しい方がいい。手間はかかるけど、やっぱり最初の方法で作ることにした。もったいないけどあとから作った塩は、海に捨ててしまった。


 私は最初に作った魔法の手順を整理し、一つの魔法として完成させた。これは《塩生成》という名前にすることにした。


 せっかくなので、後から作った方にも《素材抽出》という名前を付けた。こっちはフラミィさんに何か使い道がないか聞いてみようっと。






 ちょっとずつ作るのは時間がかかりそうだったので、一度に10個の巨大な《塩生成》空間を生み出し、塩をどんどん作っていった。


 できた塩は《収納》にしまい、また次々に塩を作っていく。材料の海水はたくさんあるから、いくらでも作れていいね!


 球形の封鎖空間の中でクルクル回る海水をぼんやり眺めているうちに、村の人全員に配るには十分すぎるくらいの量ができた。でもそこで初めて塩を入れるための壺がないことに気がついた。


 まずい、もうすぐ夜が明けちゃう!急がないと今朝の朝ごはんに間に合わない!!


 私は近くの島を回って壺の材料になりそうな泥を探す。トイレ島の北側に、真ん中に高い山のある島を見つけた。この山からは小さな川が流れている。このあたりの泥なら壺の材料にちょうどよさそうだ。急がないと!!


「《大地形成》!《乾燥》!《焼成》!」


 私は泥のあるあたりに封鎖空間を作り出した。空間内の生き物を追い出し、木々や草などを取り除いた後、島の地面を一気に動かし、泥だけを上の方に集めると壺の形に変えた。あ、ちょっと作りすぎたかも?まあ、足りないよりいいよね。


 あとは泥を乾燥させ、一気に焼き締めていく。これは以前まえにレンガを作ったのと同じやり方だ。前よりも形がうまく作れた気がする。


 作る形をしっかりイメージできる方が魔法がうまく動くみたいだ。レンガは少し調べただけだったけど、壺は実際に何度も手にしてるから、その違いなのかもしれない。


 ひび割れないように壺が冷えるのを待ってから、壺に塩を詰めていく。これは《収納》から直接壺の中に塩を入れればいいので楽ちんだ。


 塩の入った壺を《収納》にしまった時には、夜が明ける寸前だった。私はトイレ島で服を着ると、すぐに《転移》でフランツさんの家に戻った。






 マリーさんはまだ起きていなかった。私がホッと胸を撫でおろし、収納から壺を取り出して土間にどんどん積み上げていたら、マリーさんが寝室から顔を出した。


「ドーラ?どうしたんだい、こんなに朝早くから・・・?」


「おはようございますマリーさん!見てください!!魔法でお塩を作ったんですよ!!これだけあれば、村の皆が好きなだけお塩を使えますよね?」


 マリーさんは積み上げられた壺を見て、口をあんぐり開けていたけれど、すぐに怖い顔になった。あ、これは私、なんかやらかした・・・?


「・・・ドーラ!!!!」


「はい!!!」


 こうして私はマリーさんに叱られることになったのでした。











 怒られて床の上でしょんぼりしている私を見て、フラミィさんがマリーさんに謝った。


「すみませんマリーさん。ドーラに余計なこと教えたあたしが悪いんです。許してあげてください。」


「ドーラおねえちゃん、なんか悪いことしちゃったの?」


 寝ぼけまなこのエマがマリーさんに尋ねる。マリーさんはフッと息を吐いて、怒らせていた肩の力を抜いた。


「お立ちよドーラ。別に塩を作ったことは怒ってないよ。知らなかったんだからしょうがない。むしろ感謝してるさ。怒ってるのはあたしたちに黙って勝手にやったこと。分かったかいドーラ?」


「はい、ごめんなさい、マリーさん。」


「分かればいいんだよ。さあ、おいで。」


 私はマリーさんの広げた腕の中に飛び込んだ。マリーさんは私を抱きしめてくれた。


 勝手なことをして、嫌われたらどうしようってすごく怖かったけど、マリーさんは私を許してくれた。私はマリーさんの柔らかい胸に顔をうずめて、声を上げて泣いた。私の涙は虹色の粒になって、マリーさんの胸の谷間に落ちていった。






 私の泣き声に驚いて起きてきたフランツさんに事情を説明すると、フランツさんの顔色がたちまち悪くなった。


「そりゃあ、困ったことになったな。」


「?? おまじないでお塩を作るのがそんなにいけないことなの、お父さん?」


 エマがフランツさんに尋ねる。フランツさんはしゃがみこんでエマの顔を見ながら説明した。


「王国の塩はな『専売制』なんだよ、エマ。勝手に売り買いしたら、王様から怒られちゃうんだ。」


「作るのもダメってこと?」


「それはお父さんにも分からねえ。朝ごはんが終わったら、みんなで村長さんのところに相談に行こうな。」


「うん!!」


 エマは私の手を握ってにっこり笑ってくれた。塩にそんな決まりがあるなんて全然知らなかった。私、王様から怒られるのかしら?


「まあ、こうしててもどうにもならねえ。飯の準備をしようや!!」


 フランツさんの大きな声で、私たちは朝食の準備を始めることにした。私はその間もずっと、塩のことをどうやってアルベルトさんに説明したらいいんだろうと、悩み続けていた。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   木こり見習い

   土木作業員(大規模)

   大工見習い

   鍛冶術師の師匠&弟子

所持金:523D(王国銅貨43枚と王国銀貨12枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ