18 師匠と弟子
短めのお話です。
突然私に弟子入りを申し込んだ鍛冶術師のフラミィさんは、いつの間にかハウル村に住み着いてしまった。
あの後フラミィさんは、大急ぎでノーザン村に戻ったかと思うと、すぐに馬車一杯に荷物を積んで戻ってきて、アルベルトさんに何やらお願いしていた。
今はなぜか、彼女はフランツ家の一員として私と一緒に屋根裏に寝起きしている。アルベルトさんによると『工房』ができるまでの間だけらしい。
私は急に押しかけてきたフラミィさんにどう接していいか分からず困ってしまっていた。
「弟子になりたいって言ってんだから、お前のまじないを教えてやればいいんじゃねえのか?」
困っていた私にフランツさんがそう教えてくれた。誰かに何かを教わる人のことを『弟子』というらしい。なるほどそういうことだったのね!
私もフラミィさんに教えてもらいたいことがいっぱいある。じゃあ私もフラミィさんの弟子にしてもらおう!
私がそうお願いすると、フラミィさんは怪訝な顔をしていたけれど、最後には「それが師匠の望みなら受け入れますよ!!」といって了承してくれた。
そういうわけで、私がフラミィさんに魔法を教え、フラミィさんが私に鍛冶師の仕事について教えてくれることになったのでした。
夕食後、《灯火》の魔法が薄く照らすフランツ家の屋根裏で、私とフラミィさんは私の寝台に腰かけながら、魔法について話し合っていた。
ちなみにフラミィさんの分の寝台はないので、寝藁を厚く敷き、その上にフラミィさんが持参したシーツをかけて寝床にしている。
「じゃあ、見ててね。《金属形成》。はい、出来上がりです!簡単でしょ?」
「えっと、ドーラ師匠?」
「もう!!ドーラって呼ぶって言ってたじゃないですか!!」
「すみません、あ、いや、ごめんドーラ。今の何?一瞬で欠けた刃が戻ったんだけど・・・。」
「そういう魔法なんです。あ、名前は私が考えたんですけどね。」
「自作の魔法ってこと!?もしよかったら仕組みを教えてもらえない?」
私はフラミィさんに《金属形成》を作った時のことを思い出しながら説明する。
「まず空間魔法で斧の刃と周りを切り離して・・・。」
「ちょっと待って!!空間魔法?無属性魔法の最上位だよ、それ!!」
「え、そうなの?」
「・・・空間魔法は、まあいいや、次にどうするの?」
「火属性じゃないと金属の形を変えられないでしょ?だから《煉獄》っていう魔法で・・・。」
「《煉獄》!?何そのおっかなそうな魔法!あたしそんなの聞いたこともないよ!」
意外だ。これはちゃんと魔術書に書いてあったから、てっきりフラミィさんは知っているのだとばかり思っていた。
人間の世界に来て初めて出会った魔法を使える人とのやり取りは、かなり衝撃的です!!
「んーとね、とにかく金属の形を変えられるくらい熱くするの。最初は少しずつ熱くしていく感じがいいかも。」
私は空間魔法で作り出した封鎖空間の中で、空中に浮かべた斧の刃の部分だけを火属性の魔法で熱していく。斧の刃が赤熱した光を放ち、自由に形を変えられるようになった。
「あとはこのままの状態で、土属性の魔法を使って斧の形を変えていくといいよ。」
私は空中の斧の形をいろいろ変えて見せた。フラミィさんは口をポカンと開けている。
「火属性と土属性の魔法を同時に使うの?そんなこと普通はできないよ?」
困った。自分ができることを相手にどう伝えていいのか、さっぱりわからない。張り切って教えたものの、私はあんまり教え方が上手じゃないみたいだ。
私が困ってオロオロとしていたら、フラミィさんは笑いながらため息を吐いた。
「いや、教えてもらってすごくありがたいよ。できないのはあたしの魔力や知識が足りないせいだしね。とりあえずあたしは金属を炉なしで加熱できるように頑張ってみるよ。鍛冶師の技があれば、形を変えるのは自分の手でできそうだし。だから火属性の魔法のことを教えてくれるかい?」
「もちろんです!!」
「ありがとうドーラ!」
私たちはしっかりと握手を交わした。フラミィさんによると、金属を熱するのが一番大変な工程らしい。
「『木炭』と『砂鉄』を炉の中で何層も何層も積み重ねていってね。すごく長い時間をかけて『鉄』を取り出していくのさ。」
鉄と言うのは、ほとんどの金物の材料になっている金属の名前だ。川や山から集めてきた『砂鉄』が原料になるけど、砂鉄から鉄を取り出すには大きな『炉』というものが必要らしい。
このときに大量の燃料と素材を使うので、鍛冶の代金はどうしても高くなってしまう。これを魔法で補えるなら、費用をかなり抑えられそうだとフラミィさんは話してくれた。
その日から私とフラミィさんは空いた時間、一緒に火属性の魔法を練習するようになった。
翌日、私が集会所で金物の修理をしているのを見ていたフラミィさんが、お客さんが帰った後、不思議そうに尋ねてきた。
「ねえドーラ。あんなに大きく欠けた刃の素材は、一体どこから持ってきてるの?」
「えっと・・・考えたことなかったです。なんか自然に出来てたから・・・。」
魔法の力であっても無から有を生み出すことは基本出来ない。てっきり金物の足りない部分は私の魔力で出来ているのだと思っていたけれど、よく考えたら不思議だ。
フラミィさんの見立てによると、金物の欠けた部分もちゃんと鉄でできているらしい。じゃあ、その鉄はいったいどこから来たんだろう?
私はついこの間、鉄というものがあるって知ったくらいだ。だから当然作り方なんかも知らない。
私がそう言うと、フラミィさんは「魔力で自由自在に物を作り出すなんて、まるで『錬金術』だね」と呟いた。
錬金術ってどこかで聞いたような・・・?
あ、カールさんが言ってた!私のことを錬金術師じゃないかって!!魔術書には錬金術のことは書いてなかったから、きっと私が知っているのとは別の魔術なんだと思う。
「錬金術って何ですか?」
「素材を混ぜ合わせていろんなものを作ったり、素材から必要なものを取り出したりする魔術のことだよ。あたしも詳しくは知らないけどね。」
「私、混ぜ合わせたり、取り出したりする魔法なら使えますよ。」
「!! そ、それ、あたしに見せてもらえないかい?」
フラミィさんが銅貨と刃の欠けた斧を用意してくれたので、私は自分で作った《錬成》を使って、その二つを混ぜ合わせた。
刃の欠けた部分はあっという間に直ったけど、銅貨がどこに溶けたのかは見た目では全く分からない。
フラミィさんは銅貨の混ざった斧をじっと眺めていたけれど、やがて「銅貨だけ取り出せるかい?」って聞いてきた。
私は斧に《素材強化》を使う。斧は丈夫になってピカピカ光るようになったけれど、銅貨は取り出せず、代わりに何だか黒っぽい塊みたいなものが取れた。
「うまくいきませんでした。ごめんなさい・・・。」
フラミィさんは塊を手に取って眺めたりこすったりしていた。
「これは斧の中のクズと銅が混ざり合ったものみたいだね。この塊から『銅』だけ取り出せるかい?」
フラミィさんによると銅貨の材料が『銅』というものらしい。ふむふむ、なんか分かってきたよ!
私はフラミィさんにもう一枚銅貨を借りてそれをよく調べた。銅は斧の鉄よりも柔らかくて茶色っぽい色をしている。これを取り出せばいいのかな。
「《素材強化》」
私が黒い塊に魔法を使うと、黒い塊が光に包まれ赤茶色に光る金属の塊になった。今度はうまくいったみたい。どうやら私が知らない素材は取り出せないみたいだ。
「銅は取り出せましたけど、黒いのはどこ行っちゃったんでしょうね?」
「うーん?」
私とフラミィさんが頭をひねっていると、じっとやり取りを見ていたエマが「炭焼きのススみたいに風に溶けて見えなくなっちゃったんじゃない?」と言った。
なるほど、目に見えないくらい小さくなって、どこかに行ってしまったってことか。確かめようがないけど、エマの答えが一番合ってる気がする。
私が《金属形成》するときに、どこからともなく鉄が現れるのも、目に見えないくらい小さいものを集めて作っているのかな?
うーん、謎です。
その後、鉄は素材の中のクズをうまい具合に取り除くと、丈夫になるんだとフラミィさんが教えてくれた。鍛冶師の人たちは砂鉄から取り出した熱い鉄の素を槌で叩いて、取り除いているそうだ。
私がへーと言いながら感心していたら、フラミィさんが呆れたように私に尋ねた。
「ドーラは鉄の作り方を知らなかったんだろ?今までこの《素材強化》を使うときには、どうやっていらないものを取り除いてたんだい?」
「えっと、なんか『丈夫になあれ!』って思いながら使うと、一番丈夫になったところが分かるんですよ。何となくですけど。」
そう言った私の顔をまじまじと眺めた後、フラミィさんは笑いながら大きなため息を吐いた。
「まったく、あんたは『なんでもあり』だね。真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくるよ。」
「ううん、違いますよフラミィさん!!考えるって素敵です!!」
「え!?」
私が急に大きな声を出して立ち上がったので、フラミィさんはびっくりして私を見た。私はフラミィさんの手を取ると、目をじっと見て自分の気持ちを伝える。
「私は魔法が使えるけど、考えるのは苦手です。人間は、今は出来ないことでも、出来るようにするためにいっぱい考えるでしょ?それって、本当にすごいと思います!!私、そんな人間が大好きなんです!!」
私が顔をグッと近づけてそう言うと、フラミィさんは顔を赤くして目を逸らした。彼女は私の手を一度ぎゅっと強く握った後、そっと手を離した。
「『出来るようにするために考える』か。そうだね。あたしたち職人はそうやって一歩ずつ進んできたんだ。あたしもドーラから教わったことを生かせるようにいろいろ考えてみるよ。ありがとうドーラ。」
フラミィさんの瞳は遠くの星を見ているみたいに、キラキラと輝いていた。彼女の表情を見ていると、私も何だかすごく嬉しくなってしまった。
「ところでその《素材強化》って魔法、便利だよね。あたしにも使えたらいいんだけどなー。」
「んー、多分使えますよ。これ、生活魔法ですし。」
「生活魔法!?本当かい!?」
「ええ、いろいろ弄ってますけど、もともとは《洗浄》っていう魔法なんです。火属性と土属性をちょっと足してますけど、フラミィさんなら練習すればすぐ出来ると・・・。」
最後まで言い終わらないうちに、私はフラミィさんに抱きしめられてしまった。
「ありがとうドーラ!!あんたは本当に私の幸運の女神だよ!!」
彼女は私を抱きしめたまま、その場でクルクル回る。私は体を持ち上げられたまま、一緒にクルクル回ることになった。その様子を見たエマが楽しそうに笑う。
長身のフラミィさんに抱きしめられたので、私の顔がちょうど彼女の胸に当たっている。フラミィさんの胸は大きいけれど、柔らかいマリーさんの胸とは違い、ちょっと硬くてススと金属の匂いがする。でもこの匂いも、私は好きだなと思った。
やがてフラミィさんは私を床に優しく降ろしてくれた。見上げた彼女の目はとてもきれいだった。私はフラミィさんをそっと抱きしめた。
「あたしも!!あたしも!!」
見つめあう私たちを見て、エマが私の足に抱き着いてきた。あ、なんかすごく幸せな気持ちです。
そのとき集会所の扉が開いて、鍬を持った農夫の男性が顔を覗かせた。
「あのー、まじない師にこの鍬を直して・・・あ、失礼しました・・・。」
農夫の男性はすぐに扉を閉めていなくなってしまった。それを見たフラミィさんは「ちょ、ちょっと待って!そういうのじゃないから!!」と言いながら集会所を飛び出していった。残された私たちは訳が分からず、エマと顔を見合わせた。
「『そういうの』って何かな、エマ?」
「何だろうね、ドーラおねえちゃん?」
賢いエマでも分からないことらしい。その後しばらくは、なぜか私とフラミィさんが二人きりにならないように、村の人たちが入れ替わり立ち替わり、集会所にやってくるようになったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
木こり見習い
土木作業員(大規模)
大工見習い
鍛冶術師の師匠&弟子
所持金:363D(王国銅貨43枚と王国銀貨8枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。