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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
179/188

173 約束

木曜日の内に投稿したかったのですが、0時に間に合いませんでした。今週はすごく忙しかったです。次はもう少し早く投稿したいと思っています。

 重苦しい雪雲の垂れ込める冬の夜明け。東の空から昇る太陽が、森に暗い翳を落とし、散乱した瓦礫を血の色の染める。


 その光を受けてドーラの美しい裸身と邪悪な色をした目が紅く輝いた。


「ドーラお姉ちゃん、いったいどうしちゃったの? カールお兄ちゃんのことが分からないの!?」


 エマの叫びを聞いてドーラは愉快そうに愛らしい唇を醜く歪めた。


「分かっているぞ、小娘。この男は私の肉体を滅ぼした。まずはこの男を血祭りにあげ、その後にあそこにいる愚か者どもを一人残らず殺してやるとしよう。」


 ドーラは歓喜と欲望に濁った眼でエマを見つめながら言った。


「もちろんお前もな、小娘。」






 ドーラは狂ったように笑い声を上げる。ドーラのあまりの豹変ぶりに戸惑うエマをカールは後ろに庇った。


「エマ、あれはドーラさんじゃない。村を襲った敵がドーラさんの体を乗っ取っているんだ。」


「そんな・・・!!」


 エマの凍り付いたような表情を見て、ドーラはさも嬉しそうに唇を吊り上げた。


「旧世界の支配者どもまで引っ張り出してこの女を救おうとしたようだが残念だったな。この女の魂はもうここにはいない。自ら冥府に踏み込んで闇に落ちていきおったわ。」


「じゃ、じゃあお姉ちゃんはもう死んじゃったってこと・・・?」


 エマはガタガタと震え出し、その場にへたり込んだ。その様子を見てドーラは声を上げて笑った。






 その時、カールたちの背後から鋭い号令の声が響いた。


「構え!撃て!!」


 パウルの指揮により放たれた魔法騎士団の魔法が、ドーラに襲い掛かった。雷がドーラの体を貫き、爆炎が炸裂する。


 カールは咄嗟にへたり込んだエマの上に覆いかぶさり、舞い上がる炎や土埃から彼女を守った。


 不死の軍勢を一瞬で壊滅させた魔法騎士団の一斉集中攻撃だったが、晴れた土埃の中から現れたのは無傷のドーラだった。


「ふふ、まるで涼風のようだ。」


 ドーラは自分の体をほれぼれとした目で見つめた後、陣を整え第二射の準備をしている魔法騎士たちに向かって、右手を振った。


 地表を抉りながら走った魔力の衝撃波が騎士たちを直撃し、おもちゃの兵隊のように騎士たちが宙に舞う。騎士たちは倒れた仲間を慌てて回収し、防御陣形を組んで魔法の防壁の中に引きこもった。






 さらに衝撃波を放つドーラに向って、防御陣の中から輝く鎧を着た人物が飛び出してきた。


「いけません、殿下!! お下がりください!!」


 陣の中から声が上がるが、他の騎士たちはドーラの攻撃によって動くことができない。パウルは地表を走る見えない衝撃波を掻い潜り、あっという間にドーラに肉薄した。


 低い姿勢でドーラの攻撃を躱したパウルが、下段から斬撃を放った。魔力を纏った神速の剣は誤ることなくドーラの首筋を捉えた。


 次の瞬間、パウルの右手に大岩を切ったかと思うほどの衝撃が伝わってきた。甲高い金属音を上げ、魔法銀ミスリル製のパウルの剣は真っ二つに折れた。


「馬鹿な!!」


 驚愕するパウルに向かって、ドーラの拳が振るわれる。それを寸でのところで躱したパウルだったが直後、彼の周囲を埋め尽くすほど出現した黒い魔法の槍の集中砲火を受けた。


 パウルの着ていた魔法の鎧が粉々に砕け散る。パウルは水の上を跳ねる石のように雪の上を滑っていき、動かなくなった。






「《闇の槍撃》を無詠唱で、あれほどの数撃てるとは。しかもまったく魔力が損耗していない! 素晴らしい!」


 ドーラは「他の魔法も試してやろう」と言い、パウルに向かって右手の人差し指を向けた。しかしすぐに、さっと体を翻してその場を離れた。素早く接近しドーラに向けて魔法剣を振りぬいたカールは、またすぐに剣を戻しドーラと対峙した。


 ドーラは薄い切り傷を負った自分の右手首から流れ落ちる血を茫然と見つめ、憎々し気にカールに言った。


「貴様のその剣! いったい何なのだ!!」


 ドーラが体内の魔力を高めるとすぐに傷が塞がる。しかし、さっき無数の魔法の槍を作り出した時とは比べ物にならないほど、体内の魔力が失われていた。


 全身ボロボロの男が振るうありふれた片手剣が、無敵と思われる自分の体を傷つけたことにドーラは驚愕し、恐怖した。あの剣は、そしてあの男はやはり絶対に排除しなくてはならない脅威だ。そう強く思った。






 ドーラはさっと手を振り、空を覆い尽くすほど無数の黒い魔法の槍を作り出した。カールを取り囲むように並ぶ槍は、すべて彼にぴったりと狙いを定めている。


「さすがにこれだけの数は躱せまい。先程の男は魔法の鎧のおかげで助かったようだが、お前のその粗末な革の胸当てでは到底防ぎきれぬであろうな!!」


 ドーラは引き攣った表情でそう叫ぶと「我が魔力の前に砕け散り肉塊となるがいい!!」という言葉と共に槍を撃ちだした。


「お姉ちゃん、やめてっ!!!!」


 意識を取り戻し地面から顔を上げたエマが、その様子を見て泣き叫ぶ。しかし槍が止まることはなく、カールの体に次々と魔法の槍が撃ち込まれていった。






 絹を裂くようなエマの悲鳴が上がる。エマとドーラはカールの無残な死を確信した。


 しかし直後、魔法の槍の生み出す激しい魔力光の中から銀色に光輝く全身鎧を着たカールが飛び出してきた。カールはドーラに急接近すると、その首めがけて魔法剣を振るった。


 集中しているせいだろうか。カールには剣の進む様子ががやけにゆっくりと見えた。恐怖に醜く歪むドーラの顔がはっきりと見える。剣がドーラの首を刎ねようとしたまさにその瞬間、「お兄ちゃん、だめ!!」というエマの鋭い声がカールの耳を打った。


 その刹那、カールの脳裏にドーラと過ごしたこれまでの日々が過る。彼女の笑顔を思い浮かべた途端、彼の手は我知らず止まってしまった。


 動きの止まったカールの胴に、ドーラは必死の形相で思い切り拳を打ち込んだ。魔力の籠ったドーラの一撃によって、カールの体は宙に舞った。それをさらに追撃しようとしてドーラが地面を蹴る。


 対してカールは空中で体を捻り、魔法剣を一閃させた。ドーラが体をのけ反らせてそれを躱す。二人は空中で互いに位置を入れ替え、少し離れた地点にそれぞれ着地して、再び対峙した。






「貴様、その鎧は?」


 ドーラが拳を打ち込んだカールの鎧を睨みながらそう尋ねた。ドーラの全力の拳を受けたにも関わらず、鎧には傷一つ付いていない。もちろん鎧に守られたカールにもだ。


 自分の纏っている鎧を忌々しいと言わんばかりの視線で睨むドーラを、カールは複雑な思いで見つめた。


 この鎧はドーラがカールのために作ってくれたものだ。先ほど闇の槍の魔法を受けたときに、彼が左手首に嵌めていた銀の腕輪からこの鎧が飛び出してきて、彼の体を守ってくれたのだ。


 以前、この腕輪をドーラが北門の詰所に届けてくれた時には、一緒に働いていた文官たちから随分冷やかされた。あれはエマが迷宮を攻略していた頃だから、もう2年ほども前のことになる。


 カール自身、つい先ほどまでこの腕輪の効能についてはほとんど忘れていた。


 カールの心に懐かしさと共に、この腕輪を受け取った時の嬉しさや切なさが沸き上がってくる。彼はこの腕輪について交わしたドーラとの会話を思い出した。











「カールさん、エマが迷宮を倒すまでの間、結局一度もその腕輪使いませんでしたね。」


 エマが迷宮を討伐してから数日後のある日のこと。一日の仕事が終わり、北門の詰所に薬を届けに来たドーラと一緒に家路についている時、ドーラがカールの左手首の腕輪を指さしながらそう言った。


「ああ、そう言えばそうですね。せっかくドーラさんが作ってくださったのに、使う機会がありませんでした。すみません。」


「い、いえ、使わないほうがいいんです。使わないで済んだってことは、カールさんやエマが危ない目に遭わなかったってことですから。」


 慌てて恥ずかしそうにそう言って顔を伏せたドーラの横顔を、沈みゆく夕日が照らす。


 繊細なまつ毛に思わず見惚れてしまいそうになる自分を叱咤し、ガブリエラに内緒で作ったという銀の腕輪をドーラに示しながら、カールは尋ねた。






「この腕輪、起動呪文コマンドワードを唱えたら、身を守ることができるって言ってましたよね。防御の魔法が封じてある魔道具なんですか?」


「いいえ、私の作った魔法の鎧を封じたものなんです。起動呪文を唱えるか、カールさんが一発で死んでしまうほどの攻撃を受けたときに、自動で鎧が装着されるように作ってあるんですよ。」


 ニコニコ顔で「死んでしまうとき」と言われてちょっと複雑な気持ちになりながら、カールは気になったことを聞いてみた。


「魔法の鎧、ですか。すると魔法銀を使って作ったものなのでしょうか?」


 魔法銀の鎧と言えば王国魔法騎士団将官クラスの標準装備で、材料費だけでも一揃い50万Dは下らない。ドーラがカフマン商会に商品を提供してかなりの金を稼いでいることは知っているが、それでも相当の負担になったはずだ。


 とても美しい銀の腕輪だが、まさかそんなに高額な物だとは思わなかったので、途端にカールは申し訳ない気持ちになった。


 カールの気持ちは顔に出ていたのだろう、ドーラは彼の顔を見てあわあわしながらそれを否定した。







「ち、違います。全部拾ってきた素材で作ったものなので、お金は一切かかってないんですよ。」


「拾ってきた素材ですか?」


「はい、そうです。わた・・・落ちていた生き物の鱗や角を魔法で加工して作ったものなんです。」


「ああ、そうでしたか。」


 カールは胸を撫でおろした。おそらく他の魔道具を作った時に余った魔獣の素材を使って作ったのだろう。


「ありがとうございます、ドーラさん。大切に使わせていただきます。でも出来るだけ使わなくてもいいように、剣の腕を磨きますね。」


「使う機会がなければ、それに越したことないですからね。鎧にはいろんな魔法を封じ込めてあります。封じてある魔法は一回使い切りなので、もし使うことがあったらまた私が魔法をかけ直しますね。」


 ドーラが無邪気な笑顔で彼にそう言った。カールは礼を言いかけて、ふと我に返った。「いろんな魔法」というのがちょっと気になる。ドーラはエマの防具を作った時、常識外れなほど様々な魔法を封じ込めて、ガブリエラにこっぴどく叱られていた。


 ガブリエラに内緒ということは、とんでもない魔法が封じられているかもしれない。カールは内心びくびくしながら確かめてみた。






「あの、ドーラさん。念のために聞きますけど、どんな魔法が封じられてるんでしょうか?」


「えっと、たくさん封じたので簡単には説明できないです。でも全部身を守るための魔法ですから危険はないですよ。」


「ああ、そうなんですね。」


 杞憂だったことがわかって、カールは胸を撫でおろした。ホッとした彼の笑顔を見て、ドーラはカールが喜んでくれたと思ったのだろう。嬉しそうに説明し始めた。


「そうなんですよ。迷宮の敵がどのくらい強いか分からなかったので、うんと魔力を込めておきました。」


「うんと、ですか。具体的にはどのくらいなのでしょうか?」


「はい、光の神となら互角に戦えるくらいです。」






「・・・光の神?」


 カールがそう聞き返すとドーラは途端に焦り出し、手をパタパタさせながら言い訳を始めた。


「えっと、違うんです、それはあの、例えというか、うまく言えないので、つい言っちゃったていうか・・・!!」


 その様子が悪戯を見つかってマリーに言い訳している小さい頃のエマそっくりだったので、カールは思わず吹き出してしまった。


「ああ、笑ったりしてすみません。とにかくドーラさんが一生懸命作ってくれたのは分かりました。本当にありがとうございます。」


 彼がそう言うと、ドーラはホッとした顔で息を吐いた。二人は互いに見つめ合い、笑顔で夕日の中を歩いて行った・・・。











 カールの脳裏で、思い出の中のドーラの笑顔が目の前にいるドーラの姿と重なる。


 今のドーラは目に残忍な光を湛え、こちらを憎々し気に睨んでいる。顔を歪め、歯をむき出しにしているその様子は、在りし日のドーラとはあまりにもかけ離れていた。


 さっき、このドーラは「この女の魂はすでにここにない」と言った。それを信じるならカールの愛したドーラはすでに死んでおり、その体を敵に乗っ取られているということになる。


 もちろんそれが真実であるという確証はどこにもない。敵がこちらを攪乱するために嘘を言っている可能性はある。ただそれを確かめる術はなかった。


 しかし、真偽不明だからと言ってこのドーラをこのままにして置くことはできない。


 ドーラが桁外れの力を持っていることはカールが一番よく知っている。彼女はその人外の力を人々の暮らしを守るために使い、これまで多くの人々を救ってきた。


 今、目の前にいるこのドーラはその力を使って、多くの人を殺そうとしている。それはかつてのドーラが最も恐れていたことだ。ドーラのためにもそれは何としても止めなくてはならない。






 カールは迷っていた。ドーラを守ると誓った自分が、ドーラに剣を向けなくてはならないというこの状況に。彼の迷いや気持ちの揺らぎは、剣を構える彼の動きに如実に表れた。


 彼はそんな自分の未熟さを恥じた。本当は誓いによって得た神聖騎士の力が揺らいでいることが原因なのだが、カール自身はそれを自覚することができなかった。


 対峙するドーラにもそれが伝わってしまったようだ。彼女はすぐに体を低くして接近すると、カールを激しく攻撃し始めた。


 無詠唱で出現する魔法の槍の攻撃に加え、ドーラの全力の打撃や蹴りが彼を襲う。彼はそれを必死に回避し反撃するが、迷いのある剣ではドーラを捉えることができず、気持ちの揺らぎがあるため完全に回避することも難しい。






 ドーラの重い一撃を受けるたびに、鎧の光が少しずつ薄くなっていく。それを見てドーラは勝ち誇ったように笑った。


「その鎧はお前自身の力で生み出したものではないようだな。このまま徐々に力を削ぎ、止めを刺してやる!」


 鎧から次第に力が失われていることは、カール自身にもよく分かっていた。このままではいずれドーラの込めてくれた魔力が尽き、鎧は消え去ってしまうだろう。そうなればドーラの力を受けきることなど到底できはしない。


 ドーラの体を乗っ取っている敵は、今はまだその力を十分に発揮できていないようだった。だが時間が経つごとにその攻撃は鋭さや威力を増している。徐々に敵による体の支配が完了しつつあるからだろう。


 もしもドーラの力が完全に奪われてしまったら、一体どうなってしまうのか。カールはそれを想像して、ゾッと心の底が冷えるのを感じた。






 カールに止めを刺した後、ドーラはこの場にいるエマや多くの人々を手にかけると言った。敵は、自分の目的のために王都民を皆殺しにしようとしたのだ。いずれは目的のために、この世界そのものを滅ぼそうとするかもしれない。


 破壊の化身と化したドーラを止める術などない。それを止められるのはおそらく今、ここにいる自分だけ。それを分かっていながらも、彼は迷いを捨てきれなかった。


 彼女は自分が心から愛し、生涯をかけて守ると剣に誓った相手なのだ。いくら敵に乗っ取られているからと言って、簡単に割り切れるものではない。ましてや彼女が本当に死んでしまったかどうかの確証はないのだ。


 その時、迷い悩むカールの脳裏にかつてドーラの言った言葉が閃いた。






「もしもいつの日か、私が恐ろしい化け物に成り果ててしまったら、あなたがその剣で私を止めてください。」






 カールは胸をどしんと殴られたような衝撃を受けた。ドーラと交わした約束。それが今まざまざと記憶の底から蘇り、彼に迫ってきた。


 ドーラの体を傷つけられる唯一の剣とそれを振るうことのできる自分。そしてそんな彼に託された彼女の願い。自分の大好きなものを自分の手で壊したくないという、彼女の切なる思いから出たそれが、彼を追い詰める。


 しかしドーラの攻撃は刻一刻と激しさを増していく。彼は決断の時が迫っていることを否が応でも自覚させられていた。
















 目の前で繰り広げられるドーラとカールの激しい攻防を、エマは成すすべなく茫然と見つめていた。何かしなくてはと心が焦るのに、まるで金縛りにでもあったかのように体が動かない。


 このままではカールとドーラ、どちらかが相手の攻撃によって倒れるだろう。エマがこれまで想像もしていなかった悪夢のような事態が現実となり、エマの心を打ちのめしていた。


 敵はドーラの魂がすでにここにはないと言っていた。つまり目の前でカールと戦っているドーラはドーラではなく、ただの抜け殻だ。理性ではあのドーラを倒すために、カールを援護しなくてはいけないと分かっている。


 しかしエマの本能がそれを強く否定していた。


 あのドーラが簡単に死んでしまうなんて、とても想像がつかない。ドーラの強さは近くで一緒に過ごしてきたエマが一番よく知っている。


 確かにこれまでも力を使いすぎて、何日も眠り込むことはあった。そのたびにすごく心配したけれど、いつだって目を覚まして優しい笑顔でエマを抱きしめてくれた。そして眠そうな顔で言うのだ。「おはよう、エマ」と。






 そうだ。ドーラおねえちゃんは破壊の光から皆を守るために、これまでにないくらいたくさんの力を使った。だからきっとまだ眠っているんだ。あの体の奥底で。そうに違いない。


 エマは祈るような気持ちで顔を上げた。すると昇り始めた朝日が、溶けた地面の表面にある、何かきらりと光るものを照らし出した。


 エマはその虹色の輝きを見てハッとした。熱で原型がなくなっているけれど間違いない。あれはドーラが持っていた竜虹晶の首飾りだ!






 彼女は自分の胸にかけてあるお揃いの首飾りを取り出した。首飾りはいつもと変わらず、虹色の輝きを静かに放っている。そっと触れると、ゆっくりとしたドーラの心臓の鼓動が聞こえてくるような気がした。


 おねえちゃんは生きている!


 エマはドーラが生きていることに確信を持った。彼女はすぐにドーラに向けて、声を発した。


「ドーラおねえちゃん、起きて! お願いだから、目を覚まして!!」


 エマの必死の呼びかけに、カールに向けた激しい攻撃が止み、ドーラは動きを止めた。


 カールはその隙にドーラから距離を取り、荒い呼吸を整える。エマとカールは俯いたまま、動きを止めたドーラをじっと見つめた。ドーラは長い髪で顔を隠したまま、小さく呟くように言った。







「《深淵の鋭刃》」


 地面から出現した巨大な黒い刃が大地を裂きながら走り、エマに襲い掛かった。カールはエマの前に体を投げ出してその攻撃を防いだ。


「がはっ!!」


「カールお兄ちゃん!!」


 カールの鎧によって刃は防がれ消滅した。しかしそれにより銀の鎧は激しく明滅した。彼の口から血の塊が吐き出される。思わず膝をついた彼にエマが駆け寄った。






 ドーラは醜い表情で哄笑した。


「あははは、馬鹿な娘だ! この女の魂はここにいないと言っただろう。この肉体はもう、私のものだ。徐々に失った魔法も使えるようになっている。こんな風にな。」


 ドーラは勝ち誇ったように右手の人差し指を突き出し、そこに闇の魔力を集めて黒い球を作ってみせた。


「この肉体なら、私は全盛期以上の力を持つことができるだろう。天空城に奪われた力を取り戻し、偉大なる王国を再び蘇らせるのだ!!」


 ドーラがピンと指を弾くような仕草をすると、指の先にあった闇の魔力の球が高速でカールとエマを襲った。


 カールはエマを抱え上げそれを回避しようとしたが、地面に着弾した魔力球の爆風に吹き飛ばされ、二人一緒に地面の上を転がることになった。






「無様なものだな。何も知らぬお前たちはそうやって地面に這いつくばっている姿がやはり相応しい。」


 虫けらを見るような目でドーラが二人を見つめる。カールはエマを後ろに庇って立ち上がった。


「エマ、もう時間がない。私はドーラさんを斬る。」


 カールはドーラに向けて魔法剣を構えながら、エマにそう言った。


「!! ダメ! ドーラおねえちゃんは眠ってるだけなんだよ!」


「・・・何か確証があるのか?」


「ないよ! でも絶対にそうなの! 私がきっとドーラおねえちゃんを起こしてみせる! だから!」


 カールはちらりとエマと視線を交わした。エマはその目に真剣な光を湛え、カールをまっすぐに見つめていた。






「分かった。私もエマを信じよう。しかし、時間がない。あまり長くはもたないぞ。」


 カールはそう言うなり、エマの返事も聞かずドーラに斬りかかっていった。その剣にはもはや一片の迷いもない。鋭い斬撃を受けて、ドーラは途端に焦りの色を浮かべた。


「くそっ、貴様、まだそんなに動けたのか!!」


 カールは一切の言葉を発しないまま、ドーラを確実に追い詰めていく。ドーラは無詠唱で魔法を放つが、カールはそれを寸でのところで躱し剣でいなして、ドーラに肉薄していった。ドーラはたちまち防戦一方になった。






 二人の攻防を見ながら、エマはドーラを目覚めさせる方法を一生懸命に考えた。ただ呼び掛けるだけでは効果がないようだ。何かきっかけが必要なのかもしれない。


 これまでエマは眠ってしまったドーラを目覚めさせるために、やってきた様々な方法を思い返してみた。ドーラは一度眠り込んでしまうと、本当になかなか目を覚まさない。


 ゆすっても声を掛けても全然ダメなのだ。やったことはないけれど、多分叩いたりしても効果がないに違いない。






 あ、でもお花を持っていったときにはいつもより少し早く目が覚めた気がする?


 眠っているドーラの周りを摘んできた花でいっぱいにしたときは、寝ぼけ眼であくびをしながら「このお花、大好きよ。ありがとうエマ」と言ってくれた。


 そう言えばドーラが目覚めるときはいつも、美味しい朝ご飯の匂いがした時やみんなで楽しくおしゃべりしていた時が多かったように思う。


 ということはきっと・・・!!!






 エマは戦っているカールに「待っててね、お兄ちゃん!」と声をかけると、すぐに《転移》の魔法を使った。


 一瞬の後、エマは多くの人が行き交う通りの真ん中に現れた。急に出現したエマの姿に驚いて、往来を行く人が道を空けた。エマは歩き出そうとしてすぐに酷いめまいを感じ、その場にへたり込んでしまった。


 無詠唱での《転移》による一時的な魔力枯渇と、転移酔いが同時に襲ってきたためだった。エマは唇を噛み、ふらつく体を無理矢理引き起こした。口内に鉄の味が広がるが、痛みで少し意識がはっきりする。


 ふらつく足を前に出し、立派な店構えの商会の入り口に向かうと、中から数人の従業員と共に一人の青年が飛び出してきた。


「エマ!? 無事だったのか!! 心配したぞ、村の様子は・・・。」


 目の下にくっきりとした隈を作ったカフマンが、エマに尋ねる。彼は混乱する王都領内でも物流を絶やさぬようにするため、このところろくに休養もとらず働いていたのだ。


 カフマンはそう尋ねながらエマに駆け寄ると、ふらつく彼女をしっかりと抱き留めた。


「カフマンお兄ちゃん、お願い。ドーラおねえちゃんを助けるために、力を貸してほしいの!」


「ドーラさんを!? 何があったんだ? 詳しく教えてくれ!!」


 エマは軽い吐き気と頭痛を堪え、カフマンに今の状況を説明した。






「そんなことになってたのか! でもそんな方法で本当にうまくいくのか?」


「分からない。でも他に思いつかないの。お願い、力を貸して!」


 懇願するエマに、カフマンはしばらく考えた後、大きく頷いた。


「分かった。ドーラさんのことを一番よく知ってるエマがそう言うなら間違いないだろう。それでドーラさんを助けられるならお安い御用だ。俺の、いや俺たちの本気を、その糞野郎に見せてやろうじゃねえか!」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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