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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
178/188

172 消滅

あと8話・・・。

 黒翼の青年の詠唱によって生み出された巨大な積層魔法陣がハウル村をすっぽりと包み込む。


 地上にいる人々は暗い冬の夜空を埋め尽くす禍々しい色をした魔法陣を見上げ、神に救いを求めて一心に祈りを捧げた。


 するとその祈りが通じたのか、魔法陣の光が急に揺らめいたかと思うとみるみる崩れ去り、消えていった。驚く人々の声に目を開けたカールが見たのは、上空で悶え苦しんでいる黒翼の青年の姿だった。


 青年は見えない何かから身を守るように両手で自分の体を抱きかかえていた。しかし、彼の背中に生えた6枚の黒い翼が風に溶けるように崩れ始めると、体を支えきれなくなったのか錐もみしながら地表に落下してきた。






「呪詛が解ける・・・! いったい誰が!?」


 激しく地上に落下して叫び声を上げる青年の姿が次第にぼやけていく。やがてそれは二つに分かれた。白い翼と金色の剣と盾を持つ半透明の青年と、黒い紙を切り抜いて作ったような彼の影とに。


 白い翼の青年は持っていた剣で影を切り離し空に浮かび上がったかと思うと、間もなく光と共に消え去った。残された影はぐしゃりと崩れ、形を無くして黒い塊になった。


「止めろ!! 行くな!!」


 黒い塊から醜いしわがれ声が上がる。それが合図になったかのように、塊から次々と半透明の体を持つ者たちが飛び出してきた。


 十字剣と円筒兜バレルヘルムを身に付けた重騎士や長衣ローブを纏った賢者、弓を背負った狩人といった人間たち。彼らは皆、祈りを捧げながら天に昇り消えていった。


 美しい翼の腕を持つ半鳥半人の女性は歓喜の歌を歌い、長い牙と角を持つしなやかな体の大猫の魔獣は嬉しそうに髭を震わせ、大きく伸びをする。その他にも様々な魔獣たちが解放された喜びを全身で表現しながら天へ駆け上がって行った。


 それだけではない。見たこともない衣装を着た人間や亜人、生き物なのかどうかも判別できないような幾何学的な形のもの、長い手足を持つクラゲのような存在など、様々なものが塊から飛び出しては消えていった。






 茫然とその光景を見つめるカールたちの前で最後の光が天に消えていった後には、小さな黒い人影が地面の上に残されていた。


 カールが剣を抜いてその場に近寄ってみると、それは干からびた老人の死体だった。老人の皮膚は骨に張り付き、眼球や歯がむき出しになっている。体には一本の毛髪すらなく、異様に膨れた腹に枯れ枝のような細い手足が付いていた。


 苦悶の表情を浮かべた老人の顔をカールが覗き込んだ時、老人が急に目をカッと見開いた。カールは思わず後ろに飛び退いて、剣を構えた。


「やめろ、やめてくれ・・・。」


 老人はカールの剣を怯えた表情で見つめた後、その骨ばった手を上げて体を庇うような仕草をした。






「・・・さっき出ていったのはお前が呪詛で捕えていた者たちか。」


 カールは構えた剣を下ろし、老人に歩み寄る。そして老人の上に、両手で柄を握り剣を構えた。


 何をされるか分かったのだろう。老人は必死で手足を動かし、地面の上を這いずりながらその場を離れようとした。


「いやだ、やめろ、あと少しで、あと少しで天空城に手が届く、世界のすべてを取り戻せるのだ・・・!」


 しかし力のない手足で必死に地面を掻いてみても、一向に前に進まない。いつの間にか老人とカールを遠巻きに取り囲んだ人間とエルフたちは、その様子を無言で見つめていた。






「カール殿、とどめを刺すがよい。」


 誰もが黙り込む中、王国の第二王子パウルがそう言った。カールは無言で頷き、剣を持つ両手をすっと持ち上げた。それを見た老人は怯えた声で叫んだ。


「お前たちは悔しくないのか! すべてを奪われ、支配されたこの世界が! 本当の力を取り戻したくはないのか・・・!!」


 老人は必死にそう訴えた。しかしカールは何も答えず、老人の胸に剣の切っ先を合わせた。


 老人の目が大きく見開かれ、恐怖で表情が醜くゆがむ。


「死ね。」


 カールは老人の胸めがけて、一息に剣を突き立てた。


 老人はしわがれた声で断末魔を上げた。老人の体が手足の先から細かい塵になって崩れ落ちていく。老人の体がすべて消えた後には、剣で真っ二つに斬り裂かれた黒い魔石が残った。


 カールは輝きを失くしたその魔石を、ドーラの魔法剣で粉々に打ち砕いた。砕かれた魔石の欠片は風に溶けて完全に消滅した。











「終わりました。」


「ああ、ご苦労だった。」


 臣下の礼をとってそう言ったカールをパウルが労う。その時、ドーラの封じられた光の柱の周辺から、凄まじい光が沸き上がった。


「!! 間に合わなかったか!?」


 驚いて声を上げたフルタリスに、白銀の衣を纏った妖精騎士が笑顔で言った。


「いいえ、違います。これは妖精たちの歌によって開かれた『妖精の輪』の光です。大地の竜様は輪の向こう、すぐそこにいらっしゃいますよ。」


 彼女の体はもうすでに半透明ではなかった。戦いで負った傷もすべて癒えている。妖精郷との扉が開かれたことによって、力を取り戻すことができたのだ。






 大地の竜は妖精の輪の向こうから、大地の底から響いてくるようなゆったりとした声で人間とエルフたちに語り掛けた。


「みんな本当にありがとう。あとは僕がやってみるよ。さあ、妖精たち。お家に帰っておいで。」


 光の柱を取り囲むように開いた妖精の輪の中に、キラキラ光る色とりどりの妖精たちが次々と飛び込んでいく。


「僕の結界を広げて柱を取り囲むから、人間は出来るだけ離れていてね。もし巻き込まれたら、あっという間に時に置いて行かれてしまうよ。」


 大地の竜の言葉の意味は理解できなかったものの、エルフと人間たちはそれに従い柱から距離を取った。


「おい、カール殿。これは一体どういうことだ?」


「私にも分かりません。ですがきっと大丈夫です。」


 パウルがカールにそっと尋ねるが、カールにも何が起こっているのかさっぱり分からない。ただ大地の竜と名乗ったあのよく響く声からは、悪意の欠片すら感じ取ることできなかった。だからカールは根拠はないものの、確信を持ってパウルにそう返事をしたのだった。






「大地の竜様、どうでしょう。ドーラちゃんを助けられそうですか?」


 妖精騎士の問いかけに、大地の竜はしばらく考えた後ゆっくりと答えた。


「この魔法を解くことは僕にはできないし、今解いてもここまで力が溜まってしまえば暴走して溢れるだけだね。ドーラちゃんの結界が壊れるのを待って、溢れた力をこの世界と妖精郷の間にある『次元の隙間』に落としてみるよ。」


「うまくいきそうなんですか?」


「本当のこと言うと、あんまり大丈夫じゃないんだ。ドーラちゃんが中から協力してくれたら上手くいくかもしれない。けど、さっきから呼び掛けてるのに全然返事が返ってこないんだよね。」


 もしかしたら気を失ってるのかも、と大地の竜は心配そうにそう言った。しかし心配してもどうすることもできない。大地の竜は妖精騎士を妖精郷に呼び寄せると、妖精郷とこの世界の間の壁をしっかりと閉ざした。






 大地の竜は魔力を使って光の柱の周りに、虹色に光る幕を作り出した。これは空間に作った壁だ。見た目には薄い幕にしか見えないが、実際は幕の内側と外側には空間のずれが生じていて、通り抜けることはできない。


 ドーラの使う空間魔法《領域創造》とよく似ているが決定的に違うのは、このずれが生じていることだ。ずれの間にはどちらの空間にも属さない『隙間』が存在する。


 この隙間を空間魔法を研究している魔術師たちは『次元断層』と呼んでいる。幕に触れたものはすべて、この隙間に入り込んで次元の彼方に消えてしまうのだ。


 究極の防御手段ともいえるもので、大地の竜が生まれつき持っている力だ。





 ただ儀式魔法による破壊の光と、暴走して溢れ出したドーラの魔力、すべてを隙間に飲み込めるかどうかは、大地の竜にとっても賭けだった。しかもかなり分の悪い賭けだ。


 溢れた力に耐えきれず、作った壁が壊れてしまうかもしれない。そうなったら、大地の力を使って物理的に石の壁を作り出し、力の暴走を防ぐしかないだろう。おそらくハウル村を含むこの一帯は、マグマの海に変わってしまう。


 しかもその影響がどこまで広がるかは未知数。ドーラが大切にしている人間たちに出来るだけ被害が及ばないようにするつもりだが、溢れた力の大きさによってはマグマの海だけでなく巨大な地震も発生する可能性が高い。


 ドーラが内側から魔力を抑え込んでくれたら・・・。無理だと分かっていても、ついそう考えてしまう。


 大地の竜は最後の望みを託して魔力の咆哮を上げ、ドーラに向って呼び掛けてみた。






 するとその声に応えるものがあった。しかしそれはドーラではなかった。なんと遥か西の空からこちらに向かってはっきりとした返事が返ってきたのだ。


「今すぐに行く。待っていてくれ!」


 直後、上空からごうごうという音と共に、凄まじい勢いで風が吹き降ろしてきた。森の木々と建物が大きく揺れる。光の柱を見守っていた人間とエルフたちは、吹き飛ばされないよう慌てて地面に伏せ、丈夫なものにしがみついた。






「ちょっとヴリトラ様! 村が!! 村が吹き飛んじゃいますよ!!」


「出来るだけ急げといったのはお主であろうが!」


 そんなやりとりと共に暴風を伴って上空から巨大な影が舞い降り、森の木々を薙ぎ倒して光の柱の側に着地した。


 それは黒曜石のようにキラキラと輝く黒い体と巨大な翼を持つ生き物だった。飛竜に似ているが、その大きさと神々しさがまったく桁違いだ。


 ハウル村をすっぽりと覆えるほど巨大な翼をゆっくりと畳み、その生き物は大きな足音を響かせながら光の柱に近づいた。


 鋭い牙の並ぶ口だけでも、ドーラがいる広場ほどの大きさがある。人間たちはその姿に慄き、震える手で武器を構えた。






「あれはなんだ!? 敵なのか?」


 剣を構えたパウルがカールに問いかける。


「分かりません。ですが敵ではないようです。あれをご覧ください。」


 カールは黒い生き物に跪いて礼をするエルフたちと、その生き物の右手を指す。軽く握られた生き物の指の間からは、こちらに向けて笑顔で手を振るエマの姿が見えた。


 巨大な生き物が右手をすっと差し出し指を開くと、エマはひらりと地面に飛び降りてカールの下に駆け寄ってきた。


「ただいま、カールお兄ちゃん! すごいケガ! 大丈夫?」


 血に塗れたボロボロの服を着たカールにエマが驚いて声を上げる。


「ああ、見た目は酷いが傷は全くないんだ。それよりも・・・あれは?」


「あの方は・・・。」


 エマが巨大な生き物の方を向くと同時に、意外なほど美しい声で生き物がしゃべり始めた。






「我が名は暗黒竜ヴリトラ。すべての滅びを司り、世界の終末を見届けるものなり。定命の運命さだめに縛られし者どもよ。偉大なる我の前に平伏すがよい。」


 カールたちが戸惑って、エマを見る。エマはニコニコしながら説明をした。


「ヴリトラ様は別の世界の神様なんです。ドーラお姉ちゃんを助けるために、世界の向こうから来てくださったんですよ。」


 エマの言葉を聞いて、パウルとカールが膝をつくと、他の人間たちも同じように跪いた。


「ご助力感謝いたします。異界の神よ。」


 パウルが丁寧に感謝の言葉を述べると、ヴリトラは満足そうにむふうと鼻から息を吐いた。


「うむ、苦しゅうない。面を上げるがよい。」


 人間たちがその場に立ち上がると、ヴリトラは重々しい声で言った。


「このエマとの盟約により来たまでのこと。それに我自身の動機も・・・。」


 そうやって話すヴリトラに、大地の竜がのんびりした調子で話しかけてきた。


「ああ、黒ちゃんだー。ひさしぶりだねぇ。」






「え、黒ちゃん? ヴリトラ様、黒ちゃんって・・・。」


 首をかしげてヴリトラを見つめるエマ。ヴリトラは焦ったように、大地の竜を探して頭を動かした。


「ええ、大ちゃん!? さっき声が聞こえたから探してたのに! どこにいるの!?」


「ここだよ、この妖精の輪の内側だよー。黒ちゃんもドーラちゃんを助けに来てくれたの?」 


「そ、そうなのよ。あのね、ところで大ちゃん。あたし、今はヴリトラって名前なの。だから黒ちゃんは止めて!」


「ああ、そうなんだー。いいなあ。僕も誰かに名前を付けてもらおうかなぁ。」


 のんびりした大地の竜とは対照的に、明らかに動揺しているヴリトラ。しかし、ごほんと咳払いして再び話し始めた。






「と、とにかく。我は盟約によってここへ来たまでのこと。対価を忘れるでないぞ、エマよ!」


「もちろんです、ヴリトラ様!」


「では早速、我が権能を披露するとしよう! 我が偉大なる力、しかとその目に焼き付けるがいい!!」


 そう言った後、ヴリトラは大地の竜に向かって囁くように言った。


「(あたしが最初にやるからね。あとは分かるでしょ?)」


「うん、大丈夫だよー。黒ちゃ・・・ヴリトラちゃんの力ならよく知ってるからね。じゃあ、お願い。」






 ヴリトラは大きく翼を広げると、「力なき者たちよ、我の翼に隠れているがいい」と言ってエマたちをその後ろに庇った。そして頭を斜めに構え、片目を瞑って高らかに声を上げた。


「我は暗黒竜ヴリトラ。全ての滅びを司るもの。今こそ我が封印されし力を解き放つ時!」


 ヴリトラは大きく息を吐いこんだ。ヴリトラの体内で急速に魔力が高まっていくのをエマは感じ取った。


「猛れ!我が身に宿る漆黒の炎よ! 爆ぜろ!我が前に立つ不遜なる者よ! 呪われしその身に我が怒りを刻み付け、我が滅びの力により消え去るがいい! 滅殺の浄炎ヴァニッシュメント・バーストフレイム!!」






 ヴリトラがカッと目を見開き、口から黒い炎を吐きだした。炎はドーラの作った魔力の結界を一瞬で崩壊させ、同時に溢れ出る破壊の力の大半を消し去った。


「ありがとうヴリトラちゃん。この消滅のブレスはいつ見てもすごいや。じゃあ、あとは僕の番だね。」


 ヴリトラの黒い炎が通り抜けた直後、虹色の幕が破壊の力を包み込んだ。ヴリトラの黒い炎によって消しきれなかった破壊の力とドーラの力は、大地の竜の作り出した次元断層にすべて吸収され消え去った。






「ふふふ、決まったな。ずっと考えていた口上を間違えずに言えたし・・・。」


 満足そうに鼻を鳴らすヴリトラにエマが言った。


「ありがとうございます、ヴリトラ様! ドーラお姉ちゃんは!?」


「虹・・・ドーラならあそこにおる。だがまだ目が覚めておらぬようじゃな。」


 ヴリトラがそうやって光の柱のあった場所を指さした。熱で表面が溶け固まった地面の上に裸のドーラが横たわっている。エマはすぐにドーラの下に駆け寄った。


 ドーラは安らかな顔で、ゆっくりとした寝息を立てている。エマはドーラに縋りついて声を上げて泣いた。すぐにカールも駆けつけ、裸のドーラにボロボロになった外套マントをさっとかぶせた。






 その様子を見ていたヴリトラはまた鼻を鳴らした。


「ふん。エマよ、その様子では我に対価を支払うことは出来そうにないな。」


 エマは涙と鼻水だらけになった顔で振り返り、うんうんと頷いた。


「では我は一度、闇の世界に戻るとしよう。さっきから巫女が《神託》の魔法でうるさく言ってきてな。耳が痛くて敵わん。」


 ヴリトラは片目をつぶり、軽く肩をすくめてふうと息を吹き出した。


「我は盟約を果たした。お主も対価を忘れるでないぞ。ではさらばだ、力無き者たちよ。」


 ヴリトラはざっと翼を広げると、大地の竜に向かって囁いた。






「(じゃあね、大ちゃん。また遊びに来るから。)」


「うん、ありがとう。今度はドーラちゃんも一緒に会えるといいねぇ。」


 ヴリトラは再び暴風を巻き起こしながら飛び立ち、西の空の彼方に飛び去ってあっという間に見えなくなってしまった。


「じゃあ僕も輪を閉じて妖精郷に帰るよ。ちょっと眠くなっちゃったんだ。ドーラちゃんによろしくね。」


 ヴリトラを見送った大地の竜がのんびりとそう言った。その言葉と共に妖精の輪が光の粒になって消える。


 光を放っていた妖精の輪と光の柱が消え去ったことで、村は夜の闇に閉ざされた。


 残された人々は夢から覚めたばかりのように茫然と立ち尽くしていた。しかししばらくすると、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。パウルは配下の騎士たちに言った。


「明かりを準備しろ。ケガ人をまだ残っている建物に運び治療するんだ。急げ。」


 騎士たちが動き始めるのを見て、パウルはカールの下に歩み寄った。






「カール殿、ドーラ殿の容体は?」


 眠るドーラを覗き込みながらパウルはそう尋ねた。カールは跪き、彼に答えた。


「呼吸も穏やかですし、傷などもありません。眠っているだけかと。」


「そうか。それは重畳。・・・エマ殿も眠ってしまったようだな。」


 ドーラに縋りついたまま泣きつかれて眠ってしまったエマを見て、パウルは優しい声でそう言った。






「はい。かなり無理をしていたようですから。」


「そうであろうな。あのような神を異界から連れ帰るほどの冒険を成し遂げたのだから。しばらくは寝かせておくがいい。貴殿はここで二人を守れ。」


 パウルは着ていた厚い冬用の外套を眠る二人にかぶせて、カールにそう命じた。


「承知いたしました。」


 頭を下げるカールに、パウルは肩をすくめて言った。


「本当は私がドーラ殿の側にいたい所だがな。果たさねばならぬ役目がある。身分というのは厄介なものよ。お互いにな、カール殿。」


 カールはそれに対して何も答えなかったが、二人は目を見合わせてニヤリと笑い合った。パウルは踵を返し、騎士たちの指揮に戻った。カールは一晩中、ドーラとエマの傍らに座り二人を見守った。






 やがて東の空が白々と明るくなり始めた頃、エマが目を覚ました。


「おはよう、エマ。寒くなかったかい?」


「・・・うん、ドーラおねえちゃんがすごく温かかったから。それにこの外套も。カールお兄ちゃんがかぶせてくれたの?」


「いや、それはパウル殿下のものだよ。」


「そうなんだ。じゃあ、あとでお礼を言わないとね。」


 エマが外套から這い出し立ち上がった時、ドーラが体を小さく動かした。






「あっ、ドーラお姉ちゃん、目が覚めたの?」


 二人の見ている前でドーラがゆっくりと目を開けた。ドーラは二人の顔を茫然と見つめた後、さっと立ち上がった。体にかぶせていた外套がはらりと落ち、美しい裸身が露になった。


「ちょっと、ドーラお姉ちゃん!! 裸はダメでしょ!」


 そう言って駆け寄ろうとしたエマを、カールが横からさっと抱きかかえ、後ろに跳び下がった。直後、エマの立っていた場所にドーラの拳が炸裂し、地面が大きく抉れた。


「ド、ドーラお姉ちゃん・・・!?」


 驚くエマをさっと後ろに庇い、カールは魔法剣を抜いてドーラに叫んだ。


「お前は、何者だ?」


 




 ドーラは顔を歪めてニヤリと笑った後、自分の体を眺めた。そして高らかに声を上げて笑い始めた。


「素晴らしい! 素晴らしいぞこの肉体は! これまで奪ってきたどんな肉体よりも完璧だ!」


「貴様、まさか!?」


 カールの問いかけを無視してドーラは二人に向けて軽く右手を振るった。カールは茫然とするエマを抱えて、凄まじい魔力の衝撃波を躱した。逸れた衝撃波は二人の背後にあった瓦礫を打ち砕き、森の木々を薙ぎ倒した。


 轟音に驚いて、野営をしていた騎士や聖職者たちが飛び出してくる。ドーラはそれを見ることすらせず、狂ったように笑った。






「力が溢れてくるようだ! この肉体があればもう小細工など要らぬ! 天空城に乗り込んで、世界のすべてをこの手に収めることができる!!」


 抱えていたエマをそっと地面に立たせカールは剣を構えた。それを見たドーラは醜く顔を歪めて笑った。


「この体で見る貴様のなんと矮小なことよ。だがその剣で私の肉体を滅ぼしてくれた礼をせねばならんな。」


 油断なく剣を見つめ、歯をむき出し唾を飛ばしながら、ドーラは彼に言った。


「この体の力を知るために、まずは貴様たちを血祭りにあげるとしよう。楽に死ねると思うなよ、人間。」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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