170 繋ぐ思い
ブックマーク120件いただきました。本当にありがとうございます。あと10話で終わるか心配ですが、最後まで頑張ります。
怪物の放った黒い魔法の槍がニコルの胸を貫く。しかし直後にそのニコルの姿は消え、また別の場所に新たなニコルが出現した。
《惑乱の水鏡》で作り出された6人のニコルはそれぞれ別の動きをしながら、怪物たちに剣を振るうがそのうち5体は幻影のため、怪物に剣が触れると同時に消え去っていった。
実体のニコルの剣が、怪物の頭にある目玉を真っ二つに切り裂くと、怪物は黒い液を吹き上げながら崩れ落ちた。黒い液がニコルに降りかかるが、それはすべてハーレの《聖女の守り》の魔法によって防がれ、彼に届くことはなかった。
幻惑の魔法を使い続けてやっと2体目を倒せた。しかし怪物たちはまだ10体以上残っている。
怪物たちが実体のニコルに向けて、黒い槍の魔法を一斉に放った。すぐさま回避し、再び幻影の魔法を使ったものの、肩や足に傷を負ってしまった。
「聖女の光よ。悪しき者によって齎された傷を癒し給え。《癒しの光》」
ハーレが癒しの呪文を詠唱すると、ニコルの傷がほんのりと光を帯び少しずつ傷が塞がり始めた。ハーレは先程から守りと癒しの魔法で全員を守ってくれている。
そのハーレがぐらりと姿勢を崩した。彼女の顔は蒼白を通し越して土気色になっている。すでに限界を超えて魔法を使い続けているからだ。
姿勢を崩したハーレに怪物たちが襲い掛かる。それをバルドンは身を挺して守った。ハーレを背中に庇って槍を大きく振う。しかしその動きは鈍い。彼の手足には黒いシミが広がり、思うように動かせなくなっていた。
怪物の触手がバルドンの槍を掻い潜って、ハーレに迫る。バルドンはその前に体を投げ出して、それを防いだ。
「ぐううっ!!」
バルドンのボロボロになった革の胸当てが溶け崩れ、胸に触手が触れた。胸の上に黒いシミが広がる。バルドンは触手を槍で叩き落したものの、そのままがくりと膝をついた。体の力が急速に失われ、目が霞む。
同時に北門から爆発音が響く。怪物たちが門の上に避難していた衛士たちに向かって魔法を放ったのだ。階段を守っていた衛士たちが吹き飛ばされた。火傷を負って倒れた衛士を仲間の衛士が下がらせ、そこに新たな兵士が滑り込む。
門にドーラが呆れるほど備蓄しておいてくれた回復薬のおかげで、負傷した兵士は命を取り留めた。だが大量に血を失ったために意識は戻らないままだ。動けるようになるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
それでも衛士たちの戦意はいささかも衰えておらず、仲間を守るため必死に防衛線を維持していた。
部下の奮戦する声を聞いたバルドンは力を振り絞り、槍に縋りついて立ち上がった。
「バルドン様!!」
ハーレの魔法によって彼の体の黒いシミが消える。力の喪失感は大きいものの、少しは動きやすくなった。バルドンは槍を振るって、押し寄せる怪物たちを後退させた。
「なかなかしぶといな。ではこれはどうかな。」
呪詛でバルドンから力を奪った怪物が頭から複数の眼球を放つ。地面に落ちた眼球は、腐肉を纏わせながら増殖し、何体もの怪物がまた生み出された。
ニコルが決死の思いで何とか減らした2体を遥かに上回る数だ。ニコルの心が折れそうになるが、エマの笑顔を思い浮かべることで必死に自分を奮い立たせた。
しかしそれで状況が好転するわけでもない。ニコルも、バルドンも、ハーレもすでに魔力、体力共に限界だった。何とか剣を振れているのが奇跡という状態だ。
南の森には兵を率いて父親のサローマ伯爵が来ているはずだが、未だ姿を見せない。王国でも無双の英雄である父が来てくれたら、この状況を覆すことができるのに。
そう考えて、ニコルは頭を大きく振った。いや、父上に頼っていてはダメだ。僕が何とかしなくては。
次々と飛来する魔法の槍を幻影を使って躱しながら、彼は怪物の隙を伺った。
怪物はこちらの力を吸い取って、どんどん分身を増やしている。分身は本体と同じ能力を持っているようだが、大きな違いは急所である眼球が一つしかないこと。そのおかげで、ニコルも2体の怪物を倒すことができたのだ。
自分と同程度の強さの味方がもう一人いれば、戦いはかなり有利に進められる。さらにもう一人いれば怪物たちを押し返すこともできるだろう。
だが現実は厳しい。こちらが追い詰められるほどに、怪物は力を増して行くのだ。「ぐわっ!」という声に振り返ると、バルドンが黒い魔法の槍の集中砲火を浴びていた。
ハーレの防御魔法により直撃を免れたものの、バルドンは両太ももと両腕を貫かれた。ぐらりと崩れ落ちそうになった彼は槍を地面に突き刺して、ハーレの前に仁王立ちとなった。
同時にハーレが気を失ってその場に崩れるように倒れる。ニコルの体を守っていた防御魔法が消え去った。
ニコルは二人の下に駆け付けとようと足を踏み出したところで、崩れるように転倒した。脚に力が入らない。顔を上げることすらままならなかった。彼の作り出した幻影も、溶けるように消え去った。
「力尽きたか。私の勝ちだな。」
怪物たちは口の触手を蠢かせ、楽しそうに言った。
「四肢を溶かし尽くしてから、最後に生きたまま心臓を抉り出し、苦痛と絶望で味付けされた魂をいただくとしよう。まずはお前からだ。」
怪物の触手がバルドンに迫る。バルドンは全身から血を流している。地面に足を踏ん張り立っているが、槍で体を支えるのが精一杯。
ニコルはどうすることもできない自分の無力を嘆いた。絶望で心が黒く染まっていく。倒れたときに口に入った泥と血を噛みしめながら、彼は涙を流した。
しかし夜の戦場に響いた野太い声が、彼の折れかけていた心を震わせた。
「俺たちを舐めるなよ!」
バルドンが血を吐きながら、化物に怒鳴る。満身創痍で血塗れの姿にも関わらず、彼の目は強い光を帯び、怪物を睨みつけていた。
「負け犬の遠吠えか? 哀れなものだな。」
怪物の触手が槍を握る彼の左腕を掴んだ。触手はたちまち槍ごと左腕を食い尽くし、彼は支えを失ってどうと前のめりに倒れた。
「・・・お前の魂、絶望していないな。なぜだ? これから無残な死を迎えるというのに、なぜそんなにも強い輝きを持っている?」
怪物はバルドンの首を掴んで体を持ち上げた。バルドンはごふっと咳き込み、血の塊を吐き出した。ニコルは思わず「止めろ!」と叫んだ。
「それはな・・・こいつが本体だ!!」
その言葉と同時に、無数の黒い短刀が化け物たちに降り注いだ。バルドンを掴んでいた怪物はバルドンを投げ出しさっとそれを回避したが、半数ほどの化け物は短刀に急所である目を貫かれて、液体となって崩れ去った。
瓦礫に叩きつけられたバルドンに、灰色装束の何者かが近づき懐から取り出した回復薬を使った。
「バルドン坊ちゃん、腕が・・・!」
「俺に構うな。ニコル殿とハーレ様を・・・。」
ハッと息を飲んだその人物にそう言ったところで、バルドンは意識を失った。立派な体躯のその人物は大柄なバルドンを抱えて楽々と立ち上がると、周囲の灰色装束たちに指示を出した。
「お二人を回収し北門へお連れしな。他の者は全力で雑魚を掃討。あたしが戻るまで本体に仕事をさせるな!」
「はい!!」
灰色装束たちが指示に従って風のように素早く動き回る。ニコルとハーレも彼らに抱きかかえられ、北門に運ばれた。北門を攻撃していた怪物はすでに黒い液体となって地面に広がっていた。灰色装束たちが倒したのだろう。
「ニコル様、こちらをお飲みください。魔力回復薬と上級回復薬です。」
「あの、あなたたちは?」
「我々は味方です。お二人を守っていただき、本当に感謝いたします。」
それだけ言い残すと、灰色装束の者たちはまた風のように戦場へと戻って行った。
ニコルは渡された薬瓶を見て少し躊躇ったものの、思い切って中身を飲み干した。
「!! 甘っ!!」
思いがけず甘い味が口の中に広がった。同時に傷が癒え、胸の奥がホカホカと温かくなる。とんでもない回復効果だ。一体誰が作ったものなんだろう。でもおかげで思ったよりも早く戦場に復帰できそうだ。
ニコルはそう思い、灰色装束たちと怪物の戦いを見守った。さっきまで彼の心を支配していた絶望はすっかり姿を消してしまっていたが、彼自身はそのことにまったく気が付いていなかった。
ドーラの下を離れた花の妖精ルピナスは、ハウル村の西に広がる暗い魔獣の森を飛び続けていた。
「これだけ魔獣の気配があるなら、どこかに森の気が溢れる場所があるはず・・・!」
彼女は小さな鼻をひくひくと動かし森の中を飛ぶ。やがて森の奥の泉の側に出た。月の光が彼女の半透明の体を照らす。
「この辺りはかなり森の気がいっぱいあるけど・・・。でも『妖精の輪』を開くにはぜんぜん足りないよ!」
ルピナスはこの魔獣の森で『妖精の輪』を開くことのできる場所を探していた。『妖精の輪』が開けば、そこから姉妹たちのいる妖精郷に行くことができる。そうすればドーラを救うために、姉妹たちが力を貸してくれるはずだ。
しかし『妖精の輪』を開くためには豊富な自然の力が必要。いわゆる魔術師たちが魔力結節と呼んでいる場所だ。彼女は泉の奥に続く小道を見て、鼻を動かした。
「この奥にあるかもしれない。でもこれ以上進んだら、体が・・・。」
ルピナスの体の色がだんだん薄くなり、彼女の着ている黄色と青の服も鮮やかさが失われつつあった。妖精は普通、自然の気が溢れる場所以外ではごく短時間しか行動することができない。ルピナスが自由に動き回れるのは、この世界の住民であるニコルと魔力を共有しているからだ。
しかし今、彼女はニコルと離れ過ぎていた。ニコルの魔力がほとんど感じ取れないほど、遠くに来てしまったのだ。これ以上進んだら、おそらく彼女は今の形を保てなくなってしまう。
彼女はくっと唇をかむと、妖精らしからぬ決然とした表情で泉の奥の小道に向かって飛んだ。彼女の蝶の羽根から金色の粉が散るたびに、彼女の体がどんどん薄くなっていく。それでも彼女は必死に羽根を動かし続けた。
彼女の姿が月の光と同化してほとんど見えなくなった頃、ついに開けた場所に出た。
「花がいっぱい・・・!やった!」
そこは雪に覆われた低木が一面に広がる場所だった。白い雪の中でもピカピカ光る緑の葉と真っ赤な花が鮮やかな光を放っている。そこは以前エマが見つけたカルメリアの採集地だった。森の中でも格段に自然の気が溢れている。
「ねえ、あなたたち。ドーラちゃんを助けるために力を貸して。」
ルピナスはカルメリアの木々にそう語り掛けた。木々が枝をかさりと揺らしてそれに応えた。降り積もった雪が、ぱさりと音を立てて落ちた。
「ありがとう。」
ルピナスは嬉しそうに微笑むと、可愛らしい声で歌い始めた。歌に合わせてカルメリアの木々の間をくるくると飛び回る。彼女の蝶の羽根から金色の粒が散り、それが木々に降りかかると、木々が光を増し次々と花が開き始めた。
形を失くし、金色の光となったルピナスは最期の力を振り絞って、木々の真ん中で円を描くように飛んだ。何度も飛んでいるうちにその円の中心が次第に光を帯び始め、やがて薄い光の幕に変わった。
すぐに光の幕から白銀の衣を纏い、弓と剣を身に付けた背の高い妖精が現れた。妖精騎士は白く輝く蝶の羽をゆっくりと動かしながら、訝し気に周りの様子を見渡した。
「こんなところに『妖精の輪』が開くなんて。一体どうして・・・?」
その時、小さな小さな金色の光が妖精騎士の胸に飛び込んできた。光は彼女にぶつかると、散り散りになって溶けるように消えていった。
ルピナスの最期の思いは言葉になることはなかったが、それは確かに妖精騎士に伝わった。彼女の目から涙が一粒流れ落ちる。
「ルピナス、確かに受け取ったわ。ドーラちゃんがそんなことになっているなんて全然知らなかった。あとは私たちに任せて頂戴。」
妖精騎士はそう呟くと、弓を手に取り、妖精の輪の中に向かって言った。
「大地の竜様、お力をお貸しください。」
「もちろんだよ。動けない僕の代わりにドーラちゃんを助けてあげてね。」
ルピナスの声なき叫びで目を覚ました大地の竜が、その大岩のような顔を動かしてそう言うと、妖精騎士の弓が激しく輝きだした。弓の光が最高潮に達した時、妖精騎士は森の向こうに立つ光の柱に向け、ゆっくりと弓を引いた。それにつれて、彼女の手の中に金色に光る矢が姿を現した。
彼女はよく狙いを定め、矢を放った。大きく弧を描きながら飛んでいった矢は、ドーラの封じられている柱に向かって過たず飛んでいった。矢が通った後には、金色に光る一筋の光の道ができていた。
「さあ、ルピナスの声が聞こえたでしょう。ドーラちゃんを助けに行くわよ。」
妖精騎士がそう呼び掛けると、光の輪からとてつもない数の妖精たちが飛び出してきた。
最初に勢いよく飛び出してきたのはルピナスの姉妹たちである花の妖精たち。続いて悪戯好きですばしっこい風の妖精たち。花の妖精たちを追い抜こうと雪を逆巻きながら、すごい速さで空を飛んでいく。
炎を纏った火の妖精たちが飛び出すと、降っている雪が瞬く間に雨に変わる。その水滴をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、水の妖精たちが後に続いた。
光と闇の双子の妖精たちはお互いに体を寄せ合い、互いに一つしか持っていない片羽根を器用に動かして飛んで行く。
最後に現れたのは空を飛べない妖精たち。エルフによく似た姿を持つ森の妖精、ノーム族とほとんど同じ姿の大地の妖精、ドワーフそっくりの岩の妖精たちがその後に続く。彼らは皆、大地の竜と妖精騎士が作った『妖精の道』を辿って、まっすぐにドーラの下へ向かっていった。
ドーラの封じられた光の柱に群がる乙女たちに、花の妖精たちが近づいていく。彼らの体から出る金色の粉を吸い込んだ乙女たちは、その場に倒れ込んですやすやと深い眠りに就いた。
倒れた乙女たちを、地面を歩く妖精たちが協力してその場から運び出していく。その間に妖精騎士は光の柱を調べていた。
「すごい力の奔流ね。滅びを撒き散らす破壊の力をドーラちゃんが無理矢理抑え込んでいるんだわ。しかもドーラちゃん自身の力もこの中に流れ込んでしまっている。このまま解き放たれたら、地上から森がなくなってしまったあの時と同じになってしまうかもしれないわ。」
その言葉に妖精たちがオロオロと顔を見合わせた。
「騎士様、どうしたらいいんでしょう?」
「大地の竜様のお力をお借りするしかないでしょうね。皆で力を合わせて、大地の竜様のお力をここに導きましょう。」
妖精騎士の声に従い、妖精たちが光の柱の周りで歌い踊り始める。思い思いに声を出していた妖精たちの声が高まるにつれ、歌や踊りがぴったりと一つになっていった。
妖精たちが少しずつ発する自然の気によって、周囲の空間が歪み始める。もう間もなく妖精郷への扉が開くだろう。そうすれば大地の竜様はここに姿を現される。ドーラに匹敵する力を持つ大地の竜様なら、きっと何とかしてくださるはずだ。妖精たちはそう信じて疑わなかった。
しかし妖精騎士には不安があった。大地の竜様のお力の大半は、妖精たちの住処である妖精郷を作り出すために使われている。竜様が無限の力を持つとはいえ、果たして本当にこの破壊の力からドーラを救うことができるのだろうか。
「せめてドーラちゃんが自由に動けたらいいのだけれど・・・。」
妖精騎士はそう呟くと万が一の事態に備えて弓を構え、周囲を油断なく警戒したのだった。
灰色装束たちは怪物と互角以上の戦いを繰り広げていた。目を一つしか持たない怪物は、二人一組で巧みに戦う灰色装束たちによって次々と倒され、黒い液体に変わって地面に広がった。
そしてバルドンが『本体』とよんだ目を複数持つ怪物とは、ルッツ家の侍女リアの祖母コネリが一対一で戦っていた。
「《闇の槍撃》!!」
怪物の周囲に出現した黒い魔法の槍がコネリに降り注ぐが、彼女はその巨体からは想像もできないほどの速度でそれを躱し怪物に接近した。
「破砕掌!!」
闘気を込めてコネリの突き出した掌底が怪物の左腕に触れた瞬間、肘から先が粉々に吹き飛んで消滅した。直後、怪物の体から出現して襲い掛かる触手を、コネリは距離を取って回避する。
彼女の灰色装束は怪物の返り血によって所々裂け、そこから鍛え上げられた筋肉が覗いていた。コネリが離れたことで、怪物は左の肘から触手を生やした。触手は寄り集まり再び元のように左腕が復元された。
「本気を出したらどうだい、化物。」
その問いに怪物は答えなかった。頭部に無数にある目でコネリをじっと見つめている。
「あたしと戦う時、あんたが力を抑えていることは分かってる。もしこれが全力なら、バルドン様があんなにやられるわけはないからね。何を企んでるんだい?」
問いかけるが怪物はなおも無言のままだった。表情のない怪物の意図を探ることは難しい。だが意思がある以上、体の随所にその反応は現れるものだ。
怪物の体が僅かに傾いていることにコネリは気付いていた。怪物はこの場を離れたがっているようだ。まさかこいつ、森の中に逃げ込むつもりか?
コネリがそう思った途端、怪物が動いた。思った通り、西の方に全速力で駆け出す。
だがそれを許すコネリではない。すぐに追いつき、その無防備な背中に回し蹴りを放つ。蹴りが当たった怪物の体はバラバラに爆散した。
「いや、違う! これは・・・!」
怪物は蹴りで爆散したのではなかった。自ら体を細かく分裂させたのだ。飛び散った目玉から青白い腐肉で作った蝙蝠の羽根が生えた。羽根で風を捉まえ、素早く散っていく怪物。
コネリは手近な目玉を攻撃したものの、数が多い上にひらりひらりと回避されてしまい、まったく効果がなかった。周囲で戦いを見守っていたコネリの配下たちも、目玉蝙蝠に短刀を放つがすべて回避されてしまった。
「逃がすな! 追え!!」
目玉蝙蝠となった怪物は、まっすぐにドーラの封じられている光の柱に向かって飛んでいく。ここでコネリは自分の間違いに気づいた。奴は逃げるつもりはない。ドーラ様に何かするつもりなのだ!!
すごい速度で飛び去って行く目玉蝙蝠たちを必死に追う。しかし瓦礫を跳び越えながらの移動では、空を飛ぶ相手に追いつけようはずもない。
彼女は歯噛みしながら、黒い塊となった蝙蝠の群れを必死に追いかけた。
その時、光の柱方向から銀色に輝く光の矢が何本も蝙蝠の群れに降り注いだ。矢に触れた蝙蝠たちが次々と消滅していく。蝙蝠たちは慌てて進路を変えて、近くにあった瓦礫の陰に逃げ込んだ。
銀の矢を放ったのは、白銀の衣を纏った美しい女性だった。女性にしてはやや長身の彼女の背中には白い蝶の羽が生えており、そのせいか地面からほんの少しだけ浮いている。
そしてドーラの封じられた光の柱の周りには、様々な色の光の球が浮かび、それがリズミカルに動きながらぐるぐると柱の周りをまわっていた。コネリと配下たちは見たこともない神秘的な光景に驚き、その場から動けなくなってしまった。
女性は銀の鈴が転がるような涼やかな声で言った。
「悪しき者よ、去ね。」
彼女の声に応じるかのように、瓦礫の陰から怪物が姿を現した。だがその動きは鈍く、明らかに弱っているように見えた。
「なぜここに妖精たちが? 旧時代の遺物どもめ!! でしゃばるな!!」
怪物が激昂して叫んだ。弓を手にした女性はそれを冷ややかな目で見つめている。怪物の目が森の側にまとめて寝かせられている大勢の黒い法衣の少女たちに向けられた。
「力を取り戻せぬと思ったら、貴様たちの仕業だったのだな!!」
怪物ががくがくと体を震わせながら叫ぶ。コネリは怪物がそのまま倒れるのではないかと思った。
「彼の者たちは眠らせました。何人たりとも彼の者たちの魂に触れることは叶いません。」
「・・・儀式を成立させるため、魂を奪わなかったのが仇となったというわけか。まったく忌々しい。」
怪物はがくりと両膝を付いた。蝶の羽を持つ女性の弓が光を帯び、怪物に狙いを定める。
「もはやこれまでだな。」
怪物は自分の頭に右手を突き入れた。同時に女性の弓から放たれた矢が怪物の頭を貫く。怪物の頭は粉々に弾け飛んだ。
しかし怪物の体は動きを止めることなく右手を高々と差し上げた。ぎゅっと握られた右手を怪物が開くと、そこには黒い輝きを持つ魔石が握られていた。
「もはや小細工はいらぬ。呪詛の力、返してもらうぞ。」
不気味な声が響いたかと思うと、黒い魔石から恐ろしい勢いで瘴気が噴き出してきた。それは空に高く昇って行き、やがて上空で渦を巻き始めた。
渦の回転が速くなるにしたがって、村のあちこちから黒い靄のようなものが渦に吸い寄せられるように集まっていく。弓を手にした女性は渦に向けて光の矢を放ったが、すべて渦に吸収されて消えていった。
「首領! 少女たちが!!」
配下の者の声にコネリが目を向けると、森の側に寝かされた少女たちからも黒い靄が大量に立ち上り、渦の中に引き寄せられていく。それにつれて黒かった少女たちの法衣が、テレサやハーレが来ているのと同じ白い法衣へと変わって行った。
黒い瘴気はやがて渦の中心に収束していき、みるみる人型に変化していった。そして黒い瘴気が完全に腫れたとき、そこに6枚の黒い翼を背中に持つ黒髪の青年が姿を現した。青年は黒い衣を纏い、手には黒い片手剣と丸い盾を握っていた。
青年が軽く剣を振るった。その直後、地上にいたコネリたちは目に見えない衝撃を受け、後ろへ弾き飛ばされた。咄嗟に腕で急所を庇うことができたコネリ以外の者たちは、全身に切り傷を負い意識を失った。コネリも辛うじて意識を保っているものの、かなりの傷を負ってしまった。
コネリたちの立っていた場所の地表には、巨大な溝が幾筋も出来ていた。青年は剣を持つ自分の右手を眺めた。
「天空城攻略のための力を温存しておきたかったのだが、こうなっては仕方がない。」
青年は光の柱の周りを回っている妖精たちに向け、その剣を振るった。見えない斬撃が妖精たちを襲う。
しかしそれは妖精たちに届く前に、妖精騎士の剣によって防がれてしまった。
「あなたのその姿、もしや闇の神の眷属ですか。まだ滅んでいなかったのですね。」
剣を構えた妖精騎士の言葉に、青年はその端正な顔を歪ませた。
「貴様にはそう見えるだろうな、妖精。だがハズレだ。私は全にして無なるもの。この姿も仮初のものに過ぎぬ。」
訝し気に眉を寄せる妖精騎士。青年は彼女を嘲笑った。
「自然の気から生まれただけの貴様らなどに、私の正体を推し量ることなどできはしない。さあ、そこをどけ。」
妖精騎士はその言葉を無視し、羽根をはためかせて一気に加速すると、青年に向かって剣を振るった。青年はそれを易々と盾で受け止めた。妖精騎士の目が驚きで見開かれる。
「あくまで私の復讐を邪魔するつもりなら、斬り捨てるまでのこと。そして・・・貴様の力も我がものにするとしよう。」
戦いの火蓋が切って落とされた。
読んでくださった方、ありがとうございました。