164 犠牲
次回、エマ回の予定です。
ペンターの危機を救ったのは、サローマ領主ニコラス・サローマ伯爵だった。ニコラスは彼の武勇伝の代名詞ともなっている魔刀『貪るもの』を携え、ペンターに言った。
「ペンター殿、よくぞ民を守ってくれた。その勇敢な振る舞い、敬服したぞ。」
「伯爵様!! 来てくださったんですかい!?」
驚くペンターにニコラスは力強く頷いた。
「ハウル村が危機に瀕していると聞き、駆けつけた。我が領を救ってくれた貴殿らへの恩義、私は決して忘れぬ。さあ、ここは私に任せて他の者たちについてやってくれ。」
ニコラスはそう言うと、壊れた防塁から飛び出し、群がる不死者たちをあっという間に切り伏せていった。
必死の防戦を続けていた冒険者たちは、ニコラスの勇猛果敢な戦いぶりに目を見張ると同時に、安堵のため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「ほっほっほ、さすがは『三試練の勇士』。噂に違わぬ戦いぶりじゃな。」
「え、じゃああいつ・・・あの方がサローマ伯爵様ですか!?」
頭からずれた黄色い帽子を直しながら言ったクルベの言葉に、彼と一緒に不死者と戦っていたベテラン冒険者マヴァールが驚きの声を上げる。
王国では知らない者がいないほど有名な英雄譚『白百合姫と三つの試練』の当人の戦いぶりを目にして、冒険者たちは歓呼の声を上げた。
ニコラスの登場で戦いはあっという間に終わった。クルベが魔法を解除し防塁を消し去ると、人々は王国の英雄に駆け寄り、その戦いぶりを口々に称えた。それに対しニコラスは、集まった冒険者や村の男たちを見回して言った。
「私があの怪物たちを倒すことができたのは、この『貪るもの』のおかげ。この刀はその名の通り、悪しきものの魔力を喰らい尽くし滅することができる。魔刀を持って戦う私よりも、絶望的な状況に対して諦めず戦い続けた君たちの方がよほど勇敢だ。よくぞ王国の民を守ってくれた。礼を言わせてくれ。」
彼の戦いぶりを見ていた人々には、もちろんそれが謙遜であることが分かっていた。刀を振るって群がる敵を屠る彼の技量はそれほどに圧倒的だったのだ。
しかしそれでも、王国の大英雄に称賛されたことは素直に嬉しかった。それは彼の言葉が真実から気持ちであると人々に伝わったからだ。不死の怪物に怯えていた女性や子供たちもその様子を見て大いに勇気づけられたのだった。
ニコラスは南の森を抜ける街道を指し示し、一行を率いるペンターに言った。
「すぐそこまでサローマ領軍の兵士たちが来ている。森を抜けたところに野営地を造成してあるから、そこで休むといい。」
それを聞いた人々は安堵の息を吐いた。けがを負った冒険者たちの治療をし出発の準備を整えていると、街道の脇を流れるドルーア川の方から青白い光を放つ何者かがやってくるのが見えた。
「父上! 潜んでいた者たちはすべて発見し、討伐いたしました。」
「ニコル、ご苦労だった。この者たちのことは私に任せて、お前は先に行け。」
「はい!!」
木々の間を飛ぶように駆けてきた少年に、ニコラスがそう言葉をかける。少年は周囲にいた人々にぺこりと頭を上げた後、また木々の間を抜け、川の水面の上を飛ぶように走って北へ向かった。
彼が一歩踏み出すごとに通常の人間の10歩以上の距離を軽々と進んで行く。それはまるで水が彼の体を持ち上げ、走るのを助けてくれているかのようだった。
「ご子息は強い水の加護をお持ちのようだ。しかしサローマ卿、ご子息を単独で行かせて大丈夫ですかな。この先は死地。何が起きるか分かりませんぞ。」
片手で髭を擦りながら心配そうに言ったクルベに対し、ニコラスは一礼してから答えた。
「クルベ老師、ご無沙汰しております。ご心配には及びません。どんなことが起ころうともあれは十分に役目を果たしてくれます。」
サローマ伯の言葉にクルベは目を細めた。
「ほう。成人前の御子をそれほどまでに信頼なさっておられるとは。英雄の血は争えぬということですかな。」
「ふふ、親馬鹿なのは分かっております。ですがあれも自らを鍛えようと常に努力しておりますから。王立学校でいろいろな刺激を受けた影響でしょう。最近の動きには目を見張るものがあります。こと水辺の戦いにおいては、私よりもあれの方が秀でているほどなのですよ。」
満足に食事も摂れなかった我が子の成長を喜ぶ気持ちが、その言葉には溢れていた。彼の無事を祈る父の視線を背中に受けながら青白い光は遠ざかり、やがて木々の間に消えていった。
同じ頃、ルッツ家の侍女にして王家に仕える密偵リアは、彼女の祖母である密偵の首領コネリと向かい合っていた。
「首領、お願いです。カール様のところへ行かせてください!」
短刀を構え懇願する孫娘に、コネリは首を横に振って答えた。
「それは旦那様のお言いつけに反すること。主命に背いた密偵がどうなるか分かっているだろう。私は孫であっても容赦するつもりはないよ。」
そう言って身構えるコネリ。重心を深く落とし、どっしりと構えたその姿は峻厳な岩山を前にしているかと錯覚するほどだ。とても乗り越えられる気がしない。
それに対しリアは慎重に短刀を体の背後に隠す。彼女たちの短刀は光を反射しないよう刀身が黒く塗られているが、コネリはわずかな反射光すら見逃すことはない。圧倒的な実力差を考えれば、こちらの手を悟られるような危険は冒せなかった。
「諦めるつもりはないようだね。」
コネリの問いかけにリアは答えなかった。ただじっと息を詰めてコネリの全身を見ている。次の瞬間、コネリの巨体が信じられない速度で動き、リアの腰めがけて鋭い蹴りを放った。
リアはその蹴りに合わせて垂直に飛び上がった。だがこれは悪手である。空中に飛び上がることで次の動きがまでの隙ができてしまうからだ。
ましてやコネリはリアよりも身長がある。身動きできない胴体を、手刀や拳で追撃してくれと言っているようなものだ。コネリは跳び上がったリアの鳩尾に手刀を突き出した。
しかしそれはリアの狙い通りだった。繰り出されたコネリの蹴り脚を足場にしてさらに高く飛び上がり、空気を引き裂くような手刀を空中で躱すと、そのまま体を大きく捻った。
自分の背後にあった木の幹に取り付いた彼女は、そのまま背面跳びの要領でコネリの頭上を跳び越えようとした。
リアはコネリを追撃するつもりはなかった。コネリの後ろに飛び降りてそのまま彼女を振り切り、カールの下へ駆け着けることが彼女の目論見だったのだ。
だからコネリの間合いから出来るだけ離れるように木の高い位置に取り付いた。物心両面で祖母と直接渡り合いたくはない。
だが、その気持ちの甘さがごく僅かな隙となった。コネリはそれを見逃さなかった。
コネリは躱された手刀を拳に変え、そのままリアの飛びつこうとした木に叩き込んだ。ゴンという重い音が響き、木に降り積もっていた雪と共に、衝撃で体勢を崩したリアが落下する。
あっと思う間もなくリアの体はコネリに捕らえられた。コネリはその体重を利用して、リアの体を地面に押さえ込んだ。
そのままリアを絞め落とそうとして、コネリはハッとした。手の中にいたのはリアではなく、リアの灰色装束を着た木の枝だった。
「この術を完成させていたのかい・・・!」
王国の密偵に伝わる伝説の技、影写しの術だ。王国密偵の開祖と言われる女殺し屋。その殺し屋と直弟子しか使えなかったといわれ、永く使い手の現れなかったその術を、リアはコネリ相手にやってのけてみせたのだ。
彼女自身、苦し紛れに繰り出したので成功する可能性はほとんどないと思っていたが、日々積み重ねてきた鍛錬と極限の集中力が合わさった結果が奇跡を引き寄せたのである。
コネリは後ろを振り返り、走り去っていく侍女服姿のリアに声をかけた。
「お待ち、リア!! カール様に正体を知られたらどうなるか、分かっているのかい!?」
リアがびくっと体を震わせて足を止める。
「正体を知られたら、お前はルッツ家には居られなくなる。カール様とも一緒に居られなくなるんだよ!! それでもいいのかい、リア!!」
コネリはカールに対するリアの気持ちを知っていた。だが王国密偵は影の存在。王国を裏から守り続けてきたルッツ家の手足なのだ。彼女の気持ちが成就することは決してない。
だからせめて孫娘が愛する主人の側にいられるよう、これまで取り計らってきたのだ。
カールがリアを『妹』としてしか見ていないことはコネリも知っていた。もちろんリア自身もそれは分かっている。だからこれはリアが自然な形でカールへの思いを断ち切れるようにという、コネリなりの愛情なのだった。
しかし今回のことで、それは完全に裏目に出てしまった。もしも正体を知られてしまったらリアはカールを殺すか、自ら命を絶つかを選ばなくてはならない。
それを拒んで逃げ出せば、密偵たちが総力を挙げてリアを抹殺することになる。彼女たちは影に生きる存在。仲間以外に決して裏の顔を知られてはならないのだ。
コネリはリアをカールから無理にでも引き離さなかったことを後悔した。その気持ちを込めて、彼女に言葉を投げたのだ。
そんなコネリの思いも虚しく、一度は立ち止まったリアは振り返りもせず、またすぐに走り出した。
コネリは悲しい気持ちで自分の懐から投擲用の短刀を取り出すと、それに手にした布を縛り付けリアに向けて放った。短刀はリアの走るすぐ横の木に深々と突き立った。
「せめて顔くらいは隠しておいき。カール様を頼んだよ。」
「・・・ありがとうございます、おばあ様。」
リアは木の幹に刺さった短刀から布を取ると、コネリに頭を下げて走り去っていった。
「・・・誰に似たんだろうね、まったく。本当に馬鹿な娘だよ。」
コネリは零れた涙をそっと拭った。彼女の脳裏にカールの祖父、先代のルッツ男爵の面影が去来し、胸の奥がずきりと痛む。
長らく忘れていた痛みだ。彼女はそれを涙と共に飲み下し、避難する民を魔獣や外敵から守るべく森の奥へと姿を消した。
「もうこれまでのようだな、人間。いい加減、諦めたらどうだ。」
満身創痍となりながらも不死者と戦い続けるカールに、複合獣の女が楽し気に声をかけた。カールは荒い息を吐いて女を睨んだが、言葉を出す余裕はすでに残っていなかった。彼は今、気力だけで戦い続けている。
すでに日は落ち、周囲の敵の様子もはっきりとは見えない。音と気配だけを頼りに彼は剣を振るっていた。
そんな状態では攻撃を躱しきれるはずもなく、殴打武器の重い一撃が何度も体を掠めている。手足の骨を折られてはいないものの、攻撃を受けた背中やわき腹が酷く痛んだ。
うっすらと雪明かりがあるため、上空の女の姿が影となって見えることだけが不幸中の幸いだった。おかげで致命的な魔法による攻撃だけは何とか回避することができている。
しかしそれもいつまで続くか分からない。それでも彼は剣を振るい、綱渡りのような戦いを続けた。
女は上空からそんなカールを見下ろしながら言った。
「その気力と剣技はやはり脅威だな。だが、もうすぐ北から増援部隊がやってくる。私たちは最後の仕上げにかからなくてはならないのだ。もう終わりにしよう。」
カールが弱りきり、上空への攻撃に移る機会がないと見るや、女は長い詠唱に入った。どうやら広範囲を殲滅する大呪文を使うつもりのようだ。
女の周囲に魔法陣が出現しはじめるが、カールにはどうすることもできない。不死者の包囲を突破しようする何度目かの試みも失敗に終わってしまった。万事休すだ。
その時、不死者たちの包囲の外から上空に向かって光り輝く何かが放たれるのが見えた。光の尾を引いて上空へ向かったそれは、詠唱をしている女のすぐ下で炸裂するように弾け、激しい光を放った。
「な、なんだ!?」
突然の発光を警戒した女は詠唱を中断し、そちらを注視した。構築されていた魔法陣が消えていく。上空に出現した光球と消えていく魔法陣の魔力光によって、戦場が薄く照らし出された。
「カール様!!」
「リア!?」
群がる不死者たちの頭をぴょんぴょんと踏み渡りながらこちらにやってくるリアの姿に、カールは驚いて声を上げた。彼女の侍女服の裾は刃物によって短く断ち切られ、顔は覆面で隠されていたが、その声と姿は見間違えようもない。
「カール様、助太刀に参りました。ここを脱出いたしましょう。」
リアはカールの前にいた不死者の五体を短刀であっという間に切り裂くと、ストンと彼の目の前に着地した。
なぜここにお前が? その恰好は一体どうしたのだ? さっきの光はなんだ?
聞きたいことは山ほどあった。だが、リアの目に現れた覚悟の光を見て彼は余計なことを言うのをやめ、すぐに返事をした。
「分かった。背中を任せる。」
「!! はい、カール様!!」
リアは嬉しそうな声を上げ、すぐに彼と背中合わせになった。
「くそ!!ただの使い捨ての発光魔道具ではないか!! 私を馬鹿にしおって!! 殺してやる!!」
女は上空から再び毒矢の魔法を放ってきたが、カールの魔法剣によって悉く防がれてしまった。大魔法を使わないのは、リアのことを警戒しているのだろう。リアがいることでカールの隙が無くなってしまったのだ。
リアはカールの背中に影のように寄り添い、迫りくる敵を次々と切り裂いていく。すぐに再生してしまうため倒すことはできないが、それでもカール一人で戦っていた時に比べると、格段に敵の圧力は減少した。
魔法を防がれた女は、じれったそうにその様子を見つめていた。あともう一手で憎い相手を倒せると思ったのに、お預けを喰らうことになったのだから無理もない。
女は直接カールたちに攻撃を仕掛けるかどうか、迷っているようだった。カールはその気配を感じ取り、希望が湧いてくるのを感じた。
あと少し。少し高度を下げてくれれば、攻撃の機会が生まれる。そうすればあの女に一太刀加えてやれるのだ。
しかしそんな希望はリアの叫びによって虚しく打ち破られた。
「!! カール様、北側から大集団が接近してくる気配があります!」
リアの活躍によりもう少しで包囲を抜けられるといったところまで移動することができたにもかかわらず、ここで敵の増援か!! カールが歯噛みすると同時に、女の勝ち誇った声が響いた。
「残念だったな、人間! 今度こそ私の勝ちだ!! その剣でも防ぎようのない大魔法で一気に片を付けてやる! だがその前に、死体どもに押しつぶされて死ぬかもしれんがな!!」
その女の声に応じるかのように、森の北側から詠唱の声が聞こえてきた。
「炎の精霊と縁を結びし森の子が呼び掛ける。世界を浄化する炎の化身よ。今、我が求めに応じ、ここに現界せよ!《霊獣召喚:火蜥蜴たちの王》!」
詠唱が終わると同時に冬空を赤く照らす炎が湧きおこり、巨大な渦となって立ち上っていく。やがてそれは炎でできた大蜥蜴となった。大蜥蜴は二本の後ろ脚で直立し、手には炎で出来た銛を握っている。
「王よ思う存分、呑み込め!!」
その声に応じるように大蜥蜴は大きく口を開け、カールに群がる不死者たちを次々と呑み込んでいく。大蜥蜴は炎の舌で器用に不死者たちをつかまえては、彼らを口の中で美味そうに咀嚼し焼き尽くした。
「上位精霊魔法だと!! 馬鹿な!! なぜここにエルフが現れる!?」
驚きを隠せない女の声に反応したのは、涼やかな女性の声だった。
「それは私たちの大切な方を脅かそうとする馬鹿者を滅するためです。放て!《清流の乙女》!」
水の魔力を纏った矢が地上から女に向かって無数に放たれた。しかし女が右手を差し出すと、それらはすべて空中の見えない壁に阻まれて落下してしまった。
「笑わせるわ! そんなちゃちな攻撃が私に届く訳が・・・。」
「ほう、ならばこれはどうかな?」
女の言葉が終わらないうちに、不死者を食べ尽くした火蜥蜴の王がげっぷと共に巨大な炎の銛を女の頭上に振り下ろす。さらに破城槌のように巨大な尾を鞭のようにしならせ、横から女に叩きつけた。
女は咄嗟に両手を掲げてその攻撃を防いだ。女の張った見えない結界がみしりと音を立てる。女は歯を食いしばり、上から押さえつける力に耐えて、左腕を振りぬいた。
魔力を纏わせた目に見えないほど細い鋼糸が、火蜥蜴の王の体を切り裂く。火蜥蜴の王は悲鳴を上げ、炎を噴き上げながら消滅した。
「見たか! 精霊ごときが、選ばれし存在である私に歯向かうなど烏滸がましいわ!!」
女は精霊魔法で攻撃を仕掛けてきた二人のエルフ、タラニス氏族族長のフルタリスとロウレアナに向かって勝ち誇るように叫んだ。そして二人に攻撃をするため、左腕を大きく振り上げた。
難敵を退け勝利を確信したことで、女は気が付いていなかったのだ。上位精霊の二連続攻撃で、自分がさっきよりも低い位置に下がっていたことに。
「カール様!!」
不死者たちがいなくなったことで、女の背後から走り寄っていたリアが後方を走るカールに叫んだ。次の瞬間、彼女はカールの方を振り返り、そのままの勢いで後ろ向きに大きく跳ねた。
カールはリアの意図を正確に読み取っていた。彼はリアに向かって跳び上がり、彼女の差し出した両手の平を足場にして上空に跳び上がった。リアは自分の着地のことなど考えることなく、全身の体のバネを使って全力でカールを上空へと押し上げた。
リアは頭から地上へ落下した。後頭部を強打したことで、目の前に火花が散り視界が赤く染まる。彼女はカールが空中でもう一段、跳び上がるのを見たのを最期に、ゆっくりと目を閉じた。
リアが頭から地面に激突するのを見て、カールは砕けるかと思うほど奥歯をぎりりと噛みしめた。《浮遊》の魔法で一瞬だけ足場を作り出した彼は右手に持った魔法剣を女に向かって真っすぐに突き出した。
「し、まっ・・・!!」
女の周りにあった見えない障壁が魔法剣によって砕かれ、ガラスのように空中に四散した。女は体を捻って逃げようと翼をはためかせたが、カールは女の足を左手掴んで思い切り自分へ引き寄せた。
その刹那、恐怖に歪んだ女の視線と怒りに燃えるカールの視線が絡み合った。まっすぐに突き出されたカールの剣は女の心臓を過たず貫いた。
女の断末魔が冬の森に木霊する。カールは女ともつれ合いながら、川べりに落下した。
地表すれすれのところで女の体を蹴り、空中でくるりと回転して岩場へ着地するカール。対して女は川べりにあった岩に体を強かに打ち付けられた。女の翼が音を立てて折れ、手足があらぬ方へ曲がる。
しかしそれでも女は体を引きずるようにして起き上がった。折れた翼と長い尾で自分の体を支え、カールに向き合う。
カールは油断なく女を見た。女の胸に空いた穴からは恐ろしい勢いで黒い血が吹き上がっている。どう見ても致命傷だ。だが女は凄絶な笑みを浮かべていた。
「老頭様に汚名を晴らすための機会をいただいたが、結局は失敗か。だが、もう遅い。お前も、お前の守ろうとしたあのりゅ・・・!」
女は言葉の途中で口から大量の血を吐き出した。カールは女にとどめを刺すべく、素早く近づき剣を振るった。
女の首が空中に舞う。しかし女は斬られた首で高らかに笑った。
「老頭様! エリザベートは老頭様のご期待に応えました!」
その言葉を最期に女の体がぐっと膨れ上がった。カールは咄嗟に魔法剣を目の前にかざした。
直後、女の体が凄まじい勢いで爆発した。カールは爆風に吹き飛ばされ、後ろ向きにゴロゴロと河原を転がった。
女の体から飛び出た血は、黒い渦となりドルーア川の仮堰の中に飛び込んでいく。その直後、轟音と共に仮堰が崩壊し、周囲一帯を真っ黒い水が飲み込んだ。
渦を巻いて荒れ狂う水は激しい濁流となり、その場にいたカールを巻き込んで、もろともに下流めがけて一気に流れ落ちていった。
読んでくださった方、ありがとうございました。