16 トイレ掃除
ポッキーの日ですね!
大工のペンターさんたちがノーザン村に戻った次の日は朝からとてもいい天気だった。絶好のトイレ掃除日和です!
私は朝から村の子供たちと一緒に、トイレ掃除をするための準備をしていた。『トイレ』というのは人間が用を足すために作った場所だ。ハウル村ではどこの家でも同じ日にトイレ掃除をする。
大体『一月』に一回程度掃除をすることになっていて、今日みたいにすごく天気の良い日が選ばれる。ちなみに一月というのは人間が月の満ち欠けから考えた、日数の数え方の単位だ。25日で一月と数える。
私たち竜は季節ごとでしか時間の流れを考えないので、一日ごとに日を数えるって聞いたときはすごく驚いた。人間は一日一日を大切に生きている。きっと寿命が短いからだ。私はそんな人間の生き方がとてもすてきだと思う。
私もエマや村の人たちとの一日一日を大切にしていきたいなと思った。
私は藁を編んで作った『たわし』と水の入った桶をもってフランツ家のトイレに向かった。フランツさんの家のトイレは家の裏手にある小さな縦長の小屋だ。ハウル村のトイレは大体どこの家も同じようなつくりをしている。
小屋の中にはエマの背の高さくらいの深さの穴が掘られ、そこに大きな甕が埋められている。甕の口は少し地面から出ていて、使わないときは木の蓋がかぶせてある。
甕の上には木で作った、ちょっと座るところが広くて背の低い腰掛が置いてある。人間はここに腰かけて用を足すのだ。
出した糞でお尻が汚れないように、腰掛の座るところにはちゃんと丸く欠けた部分があって、そこから真下の甕に向かって糞が落ちる仕組みだ。当然、用を足すときには甕の蓋を外す。
用を足した後は束ねた柔らかい藁や乾燥させた葉っぱでお尻を拭く。その藁や葉っぱも甕の中に捨てる。これでいつでも清潔にしていられるというわけだ。
ただし村の人たちは、森の中や畑で仕事をしているとき、つまり『緊急時』には、近くの茂みなどに入って穴を掘り用を足している。
それなら、なぜこんなものが必要なのかというと、生き物が用を足すときには無防備になるからだろう。人間は弱いから安心して用を足せるようにトイレを作ったんじゃないかと私は考えている。うーん、人間って賢い!!
あと、どうして私がこんなにトイレの使い方や仕組みに詳しいのかというと、夜、手洗いに起きるエマと一緒にトイレに入っていたからだ。
私と暮らし始めた頃、エマは暗闇をとても怖がっていて、なかなか一人でトイレに行けなかった。それで『おもらし』してしまい、マリーさんから叱られることもあったのだ。
そこで私がエマのトイレに一緒についていくことにした。私が一緒なら夜でも《灯火》の魔法で明るくしてあげられるし、一緒にトイレに入ってお話をすることもできる。
そのときにエマが私にトイレのことを詳しく教えてくれたのだ。エマは何でも知っていて、本当に賢くて、可愛い。
私はトイレの扉を開いて腰掛を外に出すと、手に持ったたわしに水をつけ、汚れをゴシゴシこすって落としていった。甕の口の周りも同じように掃除をする。
最後に水を流し《洗浄》と《乾燥》の魔法を使って掃除はおしまいだ。うーん、きれいになると気持ちがいい!!
「ドーラおねえちゃん!!もらってきたよ!!」
そこにエマが手桶を持って走ってきた。手桶の中には透明のうにょうにょ動くものが入っている。これは『汚物喰らい』という生き物だ。
これをトイレの甕の中に入れておくと、人間たちの出した排泄物をきれいに食べてくれる。その分、汚物喰らいは大きくなるけど、甕の底には小さな穴が空けてあって、ある程度大きくなるとその穴から勝手に逃げて行ってしまう。
彼らは石や金属以外なら何でも溶かして食べる。でも基本とても臆病なので生き物を襲うことはない。それに日の光を嫌うので甕の口から外に出ることもない。
人間にとっては安全に用を足せるし、汚物喰らいにとっては定期的に餌が手に入るので、両方にとって良い関係なのだとおもう。
ただ放っておくと汚物喰らいは甕の底の穴から少しずつ逃げ出して、そのうちいなくなってしまう。だからトイレ掃除の日に新しい汚物喰らいを捕まえてきて入れておくのだ。
汚物喰らいは森の中の湿った葉っぱの下などに隠れている。今、村の男の子たちは皆で汚物喰らいを集めている。それを女の子たちが村の家に配って歩いているのだ。
よく晴れた日がトイレ掃除に選ばれるのは、汚物喰らいを効率よく捕まえるためだ。雨が降ると彼らは地面に溶け込んでしまって姿を隠してしまうらしい。
新しい汚物喰らいをトイレの甕に入れたエマと私はその後、村の家々を周って《洗浄》と《乾燥》の魔法でトイレをきれいにしていった。
「いつもすまないねドーラ。嫌な仕事を押し付けちまって。」
「いいえ、私、お仕事楽しいですから!!」
おかみさんたちに笑顔で返事をした私は、トイレの汚れをたわしで丁寧に取ってから、魔法を使ってピカピカにする。こうやって掃除をするのもこれが5回目くらいなので慣れたものだ。最初に比べるとかなり上手になったと思う。
最初は力加減が分からずに、甕のふちを割ったり腰掛を壊してしまったりしたけれど、今ではちゃんとできるようになった。
最後のお家の掃除を終え、私が大満足で自分の仕事の成果を眺めていると、汚物喰らいの入った手桶を持ったハンナちゃんが私に話しかけてきた。
「ねえ、ドーラおねえちゃん?」
「ん、なあに?」
「おねえちゃん、おまじないが使えるんだからタワシはいらないんじゃないの?最初からおまじないできれいにすればいいんじゃない?」
私は少し考えてから、ハンナちゃんに答えた。
「んー、だって、こっちの方が楽しいもの。」
「楽しいの?」
「うん。自分で手を動かしてきれいにした方が楽しいし、気持ちがいいの。それにその方がきれいになる気がするし。ハンナちゃんはそう思わない?」
「・・・そうだね!自分できれいにしたら、なんか気持ちいい気がする!」
私とエマ、ハンナちゃんはにっこり笑いあった。私たちは使った道具をきれいにするため洗濯場に向かった。村のおかみさんや女の子たちも一緒だ。
洗濯場の一番南端、森のすぐ近くでみんな川に入って使った道具を洗う。ここは男たちが炭焼きの汚れを落とす場所でもあるので、川の石のあちこちには黒い汚れが残っていた。
私はエマにスカートを太もものあたりまでたくし上げてもらい、川に入った。夏の終わりの太陽に照らされた体が川の水に冷やされて、とっても気持ちがいい。
私が手桶とたわしをゴシゴシ洗っていたら、エマが話しかけてきた。
「そういえばドーラおねえちゃんってさ、おトイレに行かないよね?」
「!! え、そ、そうだっけー!?」
「うん、あたし、おねえちゃんがおトイレに入るの見たことないよ。どうして?」
「あ、それはねー、えっとー・・・夜中に!夜中にこっそり行ってるの!」
「あ、そーなんだ。でもどうして夜中に?」
「普段はあんまり行きたくならないっていうか・・・。」
「そっかー。おねえちゃん、ご飯もちょっぴりしか食べないもんね。」
「う、うん、そうだね・・・。」
道具を洗い終わった私は話をごまかすためにエマを急き立てて、村に戻った。この後は森の側に生えている香草や木の実を集める予定になっている。
私がそう言うと、エマはそのことに夢中になり、私のトイレの話は忘れてくれたみたいだ。私はそっと胸を撫でおろした。
その日の夜中、私はこっそりフランツ家の屋根裏から抜け出すと、裸になって背中に羽を生やし、空を飛んで私の作った街道に向かった。ペンターさんたちが教えてくれた街道の悪いところを直すためだ。
今日は新月なので月も出ていない。もうすぐ秋が近づいているからか、翼で風を切りながら飛ぶと、空気がひんやりしているように感じた。
「《天候操作:強雨》」
私が魔法を使うと空中にもくもくと小さな黒い雲が現れ、強い雨が街道に降り注いだ。私は水の流れを観察して水が溜まりそうなところの高さを調整する。
ペンターさんたちが言うには、道の端に雨が溜まるように、道の真ん中を少しだけ高くするといいらしい。私は雨の流れを見ながら、少しずつ魔法で道の高さを変えていった。
道の端には小石や砂などを集めて、水はけをよくしておくことも忘れない。これもペンターさんに教えてもらった。何気なく作ってあるものにもいろいろな工夫があるんだなと、人間の知恵には本当に感心してしまう。
それが終わったら、次は土手だ。今の土手は地面からまっすぐに切り立っていて、土がむき出しになっている。一応崩れないように魔法で表面を固めておいたのだけれど、雨が降ると表面が削れてしまうことが分かった。
私は教えてもらった通り『法面』という土手を作っていく。まっすぐになっている土手の壁を緩やかに作り変えるのだ。あとは《収納》にしまってある小さめの木や根のしっかりした草などを置いていく。
「《植物生長》あと《植物操作》」
法面に置いた植物の根を伸ばし、地面が崩れないように覆っていく。これは魔術書の中に書いてあった生活魔法だ。雨を降らせるのに使った《天候操作》もそう。
ただ中身をちょっとだけ弄って使いやすく改造してある。といっても風や森の精霊の使う言葉で足りないところを埋めただけだけど。
私は以前、焼けてしまった森を戻すために自分の魔力を注ぎ込んだことがあるけれど、この魔法は自分の魔力の一部を使って植物や風の力を使わせてもらっているだけだ。
昔の私がこの魔法を知っていたら、あんなに長い間眠らなくても済んだかもしれない?
あ、でも、戦争後は精霊や妖精たちも弱ってたし、やっぱり無理だったかな?うーん、分かんないや。
私はそうやって少しずつ街道を直しながら、北へ北へと進んでいった。
真夜中を過ぎたころ、エマが寝床から起きようとする気配がした。通信魔法を改造して作った《警告》の魔法の効果だ。エマにかけたこの魔法により、私はどんなに離れたところでもエマの起きた気配を察知できるのだ!!
私は《転移》の魔法でフランツ家の屋根裏に戻ると苦労して服をかぶった。まだ自分一人ではうまく着替えられないのだ。着替えの魔法も作った方がいいかしら?
なんとか服を身に着けた私は、気配を殺して急いでエマの寝室に向かう。エマはちょうど寝台から起き上がったところだった。間に合った!!
「あ、どーらおねえちゃん、おといれ・・・。」
「はいエマ、一緒に行きましょうね。」
「うん。」
私は半分眠っているエマを連れて、トイレに向かう。エマがトイレを済ませる間、私は一緒にトイレに入り、エマの手を握っていた。
エマを寝床に戻し、暖かい体をゆっくり撫でているうちにエマは眠りに落ちた。私は《安眠》の魔法をエマにかけ、エマを悪夢から守ると、再び街道に戻った。
その後、しばらく街道づくりをしていたが、上空を何かが横切る気配を感じて私は作業の手を止めた。
「あ!!空飛ぶトカゲ!!」
私は一気に雲の上まで飛び上がると、そこで《人化の法》を解除し竜の姿に戻った。たちまちお腹からごろごろとすごい音がする。
雲の下を飛んでいるトカゲに向かって一気に急降下した私は、私の姿に気が付いて慌てて逃げようとするトカゲに噛みついた。このトカゲは小さいので、ほとんど一口で食べられる。
トカゲの甘い血と肉の味が口いっぱいに広がる。私はそれを楽しみながら、ゆっくりと咀嚼しトカゲを飲み込んだ。
このトカゲ、小さいから正直、ごはんには物足りないのだけれど、美味しいので見つけたらすぐに食べることにしている。トカゲのしっぽの先にある棘にはちょっと苦みがあり、それが肉の甘みを引き立てて、何とも言えない珍味なのだ。
ハウル村の周りでは、私がいるせいかあまり見かけない。でもここはハウル村から少し離れている。だからきっと私のねぐらのある山から飛んできたのだろう。
神経を使う細かい作業をしていたので、ちょうどいい気分転換になった。また飛んでこないかなー?
そうだ!ちょうど今日は新月だし、ついでに狩りをしておこう。一応飛ぶときには《隠蔽》の魔法は使ってるけど、万が一人間たちに見られたら困るから、最近狩りをしていなかったっけ。
そう思うとたちまちお腹が空いてきた。私は雲の上を飛んでねぐらにしていた山に向かう。何匹か大きめのトカゲを捕まえた後、北の凍り付いた大地へ飛んだ。
ここの海には餌に手頃な大きさのイカやクジラがたくさんいるし、周りに人も住んでいない。昔は私の友達の白い竜の縄張りだったのだけれど、今は姿が見えない。だから時々狩りをさせてもらっているのだ。
早速、海に浮かぶ大きな氷の山の下に銀色の影が見えた。多分イカだ。私は急降下して海に飛び込む。衝撃で氷の山が砕けて、小さな生き物たちが慌てて逃げていくのが見えた。
暴れるイカを噛み殺し海中から引き揚げた私は、氷の大地の上で獲物を食べた。墨を吐かれて逃げられてしまうような無様な真似はしない。そんなのは半人前の竜のすることだ。自分で言うのもなんだが、私は狩りは結構上手いのだ。
海の香りとコリコリとした独特の歯応え、そしてとろける様な甘い身の味。うーん、美味しい!!やっぱりイカはとれたてに限るよね!!
その後、大きな角のあるクジラも捕まえて食べた。こちらは濃厚な肉と甘い脂が両方楽しめる。前足で角と骨を選り分けながら、2頭食べた。ごちそうさまでした!!
食事を楽しんでいたら、もう夜明けに近い時間になっていた。私は《人化の法》で人間の姿になると、海に飛び込んで全身に付いた血と脂を落とした。そして《洗浄》と《乾燥》で体を清めた後、《転移》を使ってフランツ家の屋根裏に戻った。
また苦労して服を着ていたら、下の方でマリーさんやエマの起きた気配がした。
「おはようございます、マリーさん、エマ。」
「おはようドーラ。夜中にエマをトイレに連れて行ってくれたんだってね。ありがとう。また一晩中起きてたの?」
「はい。いろいろとすることがあったので・・・。私も朝食の準備を手伝います!」
「そうかい。じゃあ、竈に火を起こしてくれる?あたしはパンを焼く準備をするよ。」
今日はパンを焼く日だったらしい。マリーさんは麦の収穫が終わってから、数日おきにパンを焼いている。焼き立てのパンはとても良い香りがするので、私も大好きだ。
エマとマリーさんがパンを作っている間に、私は《点火》の魔法で竈に火を入れる。マリーさんたちは『火打石』という道具を使っているけれど、私にはうまく扱えないからだ。
火が付いた竈にヤギのミルクの入った鍋をかける。それが温まるころにフランツさんが起きだしてきた。フランツさんは水甕から手桶で水を汲んで、顔を洗いに外へ出て行く。帰ってきたときには、さっぱりした顔で鶏の卵を二つ手に持っていた。
ヤギのミルクを素焼きの水差しに移した後、同じ鍋で湯を沸かし、今度はスープを作る。具は昨日採ってきたばかりの香草と卵、あとは干し肉のかけら。
みんなで朝食の準備をし、食卓について食べ始める。焼き立てのパンは柔らかくとても食べやすい。この黒いパンは数日経つと石の様に固くなるため、最後はスープに溶かして食べるのだけれど、今日はまだエマでも噛み切れるくらい柔らかい。
食べながら今日の仕事のことについてみんなで話す。ハウル村の人たちはとても働き者で、小さいエマのような子供でも毎日いろいろな仕事をしている。
私が自分の分のパンを幸せな気持ちではむはむしていたら、フランツさんがそれを見て話しかけてきた。
「ドーラ、いつも思うんだが、それっぽっちで本当に足りるのか?」
「はい!今はあんまりお腹が空いてないので・・・。」
私の食べている食事は、いつもエマよりも少し少ないくらい量だ。マリーさんの半分。フランツさんの三分の一以下の量しかない。
マリーさんたちは最初、私の食べる量をもっと増やそうとしてくれていたのだけれど、私が「本当に食べられないから」と言って断ったのだ。実際、昨晩狩りをしたばかりなので全然お腹は空いていない。本当はあと一月くらいは何にも食べなくても全く問題ない。
「そんだけしか食わねえのに、あの怪力だからな。俺なんかこれだけ食っても、いつも腹ペコなのに。お前の体は一体どうなってんだか・・・。」
フランツさんが呆れたようにそう言って、水差しから器に移したヤギのミルクを飲む。
フランツさんに限らず、ハウル村の人たちは水をほとんど飲まない。飲み物として口にするのはヤギのミルクかスープ類だけだ。最初、この村に来たばかりのころ、私が川の水を直に飲もうとしたらものすごく驚かれた。
フランツさんの家でもほとんど毎日水汲みをして、大甕に水を貯めている。けれど、あれは手や顔を洗ったり、洗い物をしたり、料理に使ったりするためのもので、直接飲むことは決してない。そのまま飲むとひどくお腹を下してしまうらしい。小さい子はそのまま死んでしまうこともある。人間は水も自由に飲めないのかと、本当にびっくりした。
私がフランツさんの言葉に曖昧な笑顔を浮かべていたら、エマがパンを両手で持ってかじりながら「あんまり食べないから、おねえちゃんはおトイレに行かないんだね!」って言った。
途端にマリーさんが食事中にトイレの話をしたエマを窘める。エマは皆にごめんなさいと謝った。
エマの言葉でトイレのことを思い出して、私はちょっと憂鬱な気持ちになる。私は竜の姿で狩りをすることで、栄養を取っている。人間の姿で食べるこの食事は、ほとんど栄養にならないからだ。
では竜の姿で食べたものは、人間の姿の時にどうなってしまうかというと、ちゃんと今もお腹の中にある。ただし人間の大きさに合うように魔力で超圧縮した状態で。
つまり私の食べたものは、洞穴に閉じ込められていた時と同じように、お腹の中でカチカチの塊になっているわけだ。きっと竜の姿で糞として出すときには、ものすごくお尻が痛くなるに違いない。
その時の痛みを思うと、今から気が重い。私は軽くお腹を押さえてそっとため息を吐いた。
食事の締めくくりは昨日、私とエマが森の近くで摘んできた青紫の木の実だ。これはとても甘酸っぱくて美味しい。エマはこの実を見つけるのが物凄く上手いのだ。
楽しい食事が終わり、それぞれが仕事に取り掛かる。私がマリーさんと一緒に後片付けをしていると、エマがいないのを見計らってマリーさんがこっそり話しかけてきた。
「ねえ、ドーラ。あんたもひょっとして便秘かい?」
「え、マリーさんもですか?」
「そうなんだよ、恥ずかしい話だけどね。エマの妹を生んだころから、通じが悪くなってねー。」
その後、私たちは同じ痛みを共有するものとして、大いに盛り上がった。マリーさんは便秘に聞くという薬草やら、お尻の痛みをとる『軟膏』の作り方を教えてくれた。
人間は自然の材料を使って『薬』を作っているという。人間てなんてすごいのかしら!!
私はその日から、マリーさんに薬草の見分け方を教えてもらうようになったのでした。
ドーラがお尻に塗る薬のことをマリーから聞いているのと同じ頃、カール・ルッツ準男爵は生まれ育った家を一人離れ、人目を避けるようにして王都から旅立とうとしていた。
「お待ちください、カール様!!」
「・・・リアか。どうした?」
侍女服姿の少女が門を出て行こうとするカールを呼び止めた。彼女の息は上がり、はあはあと肩で大きく呼吸していた。屋敷からここまで走ってカールを追いかけてきたのだろう。
「どうしたじゃありません!!なぜ『飛竜殺し』の英雄であるカール様が文官を解任され、辺境に旅立つことになるのですか!?」
コネリの孫娘で生真面目な顔をした10歳の少女は、まっすぐにカールの目を見て叫んだ。この場にコネリがいたら「坊ちゃまになんて口の利き方を!」と叱りつけたに違いない。
だがコネリとは先程、他の家族とともに別れを告げてきたばかりだ。ショックのあまり足元がおぼつかなくなったコネリの姿を見て、カールの胸は痛んだ。しかしこれはカール自身が選んだことなのだ。
侍女見習いのリアは、さっきの別れの場にいなかった。きっと家族から聞かされて、カールのことを追いかけてきたのだろう。
実の妹の様に可愛がってきた彼女の気持ちは手に取るように分かる。だがカールはその思いを断ち切るかのように、冷淡な口調でリアに告げた。
「王のご命令だ。それに私は、これからルッツ家とは関りのなくなる人間だ。私のことは忘れろ。」
赤茶色の髪に縁どられたリアの可愛らしい顔がはっきりと強張った。緑玉の瞳にみるみる涙が溢れてくる。
カールはリアの泣き顔から顔を背けると、彼女の嗚咽を背中で聞きながら、門を出て王都の南門へ向かった。今の彼は擦り切れた衣服を身に着け、ふるいマントを羽織っているだけだ。持ち物はわずかな旅装と両腰に下げた二振りの剣だけ。彼の姿を見て貴族の旅支度だとは誰も思わないだろう。
夜明け前の朝靄の中、遠ざかっていくカールをじっと見つめながら、リアは呟いた。
「・・・カール様がこんなことになったのは一体誰のせいなの?私、その人のことを絶対に許さない!!」
ぎりっと噛み締めた唇の端から血が滲む。涙が白い頬の上をすっと流れて彼女の口に入った。鉄錆と塩の味がする。
「カール様をこのままにしておくなんてできません。私が、このリアが必ず何とかして差し上げます・・・!」
彼女の決意を込めた呟き。だがそれは誰の耳にも届くことはなかった。
昇り始めた朝日が、貴族街の白亜の邸宅を赤く染め上げていく。血の様に赤い朝日に照らされながら、リアは大切な主人の行く末を案じ、きつく拳を握りしめていた。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
木こり見習い
土木作業員(大規模)
大工見習い
所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。