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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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162 反攻

校正がまだですが、とりあえず投稿します。書いていると時間があっという間に過ぎちゃうんですよねー。

 エマが村を旅立って10日目の昼過ぎ、カール率いる衛士隊20名とミカエラ、イレーネはハウル街道を北上し、敵が築いた仮堰にほど近い位置までやってきていた。


 夜明け前に村を出発してからここまで、一人の敵兵の姿も見ていない。先行している灰色装束の間諜部隊の報告によれば、敵は仮堰の建設にすべての民を動員しているとのことだった。


「カール様が半獣人キメラの女を撃退したこと、さらに魔力の衝撃波で一時的に民の支配が緩んだことで工事に遅れが出ているのでしょう。敵はかなり無理をしているようです。」


 敵の目論見に遅れが生じたというのは喜ばしい情報だが、街道から垣間見えるドルーア川の水量はすでに驚くほど少なくなっていた。川の両岸は川底の石が露出し、水深も平底船が何とか動かせる程度になってしまっている。


 その分、大量の水がこの先の仮堰に蓄えられているということだ。もしそれを一気に放出されたら、周辺の川岸よりも低い位置にあるハウル村は、あっという間に水に押し流されてしまうだろう。


 カールたちは周囲に警戒をしながら、先を急いだ。






 森の中を抜けるまっすぐした街道の先に、仮ごしらえの防塁が見えてきた。斥候に出ていた灰色覆面たちの情報通り、ぼんやりした表情の冒険者らしき男たちがそれを守っていた。


 男たちはカールたちの接近に気が付いていたらしく、防塁の後ろで武器を構え迎え撃つ態勢を整えている。その数およそ50。もう少し近づけば飛び道具による攻撃が始まるだろう。


「ミカエラ様、イレーネ様。例の術式はどの程度まで近づけば有効なのでしょうか?」


「この距離だとまだ効果が薄いと思いますわ。使える回数に限りがありますので、出来るだけ近づいて使いたいです。あと私のことはヴァイスローゼとお呼びください。ね、ロータス?」


「そ、そうです。私のことは・・・黒蓮華シュバルツロータスと呼んでくださいませ。」


 イレーネと色違いの黒い衣装を纏ったミカエラが、恥ずかしそうに小さい声でそう言った。二人の顔は半仮面で隠されているが、髪の間からのぞく耳の先を見れば、彼女の顔が真っ赤になっていることが伺える。


 恥ずかしいのならそんな恰好など止めてしまえばいいのにという言葉を呑み込み、カールは憮然とした表情で「失礼しましたローゼ様、ロータス様」と言った。






 カールは正直な所、この現状を受け入れかねていた。


 年端も行かない令嬢たちを戦場に連れて行くことも、そしてその二人が英雄劇の役者のように派手な姿をしていることも。これでは敵に「狙ってください」と言っているようなものではないか。


 もちろんカールもこの作戦に二人の使う術式が不可欠であることは理解している。さらにこの衣装の発案者があのジョン・ニーマンドであり、自分がそれに異議を唱えることができないことも、十分すぎるほど理解していた。


 しかしそれでも納得のいかない気持ちは抑えられない。貴族である彼はそれをあからさまに見せるような真似はしなかったが、言葉や目線の端々に現れる不満の色は隠しようもなかった。


 彼は気持ちを落ち着かせるように大きく息を吸うと「では手筈通りに」と言い、愛用の片手剣を構えて前に進み出た。






「本当に大丈夫ですの? 術式で解除できると言っても確実ではありません。カール様が操られてしまったら、この作戦はその時点で破綻するのですよ。」


「ご心配ありがとうございます、イレ・・・ローゼ様。ですが大丈夫ですよ。私に奴らの術は届きません。」


 カールは前回の経験から、ドーラの魔法剣が敵の術から自分を守ってくれていたのではないかと考えていた。だがそれをイレーネに説明することはできない。


 彼女はニーマンドにすっかり取り込まれているように見える。そんな彼女に魔法剣の秘密を明かす気にはなれなかった。もしかしたらミカエラから伝わっているかもしれないとも考えたが、彼女の口ぶりからすると知ってはいないようだ。


 ミカエラにちらりと視線を向けると、彼女はわずかに目だけで頷いてみせた。よかった。ミカエラはニーマンドに取り込まれているわけではないようだ。


 




 急にシュバルツロータスなどと名乗り始めたときは、思わず正気を疑ってしまったが、彼女はちゃんと考えて動いている。もしかしたらあの姿も、あのニーマンドの術中にはまったと思わせるための策略の可能性がある。


 もしそうだとすれば先程の態度は無礼すぎたかもしれない。正気を疑ったりして、ミカエラに悪いことをしてしまった。あとできちんと謝らなくては。それとも彼女の演技に合わせて、今のままの態度を続けた方がいいのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、カールは胸のつかえが少し取れたような気がした。


 彼のいる場所から防塁まではおよそ500歩(約350m)というところだろうか。彼はまっすぐに目の前の防塁までの道を見定めると、勢いよく走り出した。





 急速に接近してくる彼の姿を見て、防塁を守る冒険者たちの後ろで、白い覆面姿の男たちが慌てて何やら指示を出す。すると一斉にカールに向って、弓や投石器スリングによる攻撃が加えられた。


 直前にミカエラが《矢避け》の魔法をかけてくれてはいるが、ドーラやガブリエラの《矢避け》とは違い、飛び道具の攻撃を完全に防ぐことはできない。僅かに急所を逸らす程度の効果があるだけだ。


 だから彼は狙いを定められないよう微妙に足を踏み変えながら、出来るだけまっすぐに走った。躱せない矢の攻撃などは剣で切り払いながら進む。


「何をやっている! もっとよく狙え!!」


 覆面男たちが焦った声を上げたときには、すでにカールは防塁の尖った杭に足を掛け、防塁の上空へ駆け上がっていた。






「我が敵を打ち払え!《鉄槌》!!」


 空中で身動きの取れないカールを神聖魔法による不可視の打撃が襲った。しかし。


「《浮遊》!」


 カールは空中に一瞬だけ足場を作り出すと、不可視の打撃を躱し更に高く飛び上がる。彼は空中でくるりと身を翻すと防塁を守る男たちを跳び越え、白覆面の男たち目掛けて着地しながら、片手剣を横ざまに振りぬいた。


 その場にいた二人の首が覆面ごと落ちる。彼は着地と同時に残った一人に向かって走り、心臓めがけて剣を突き出した。






「不可視の打撃を空中で躱すだと・・・!? ば、化け物・・・!!」


 心臓を貫かれた男は赤く染まった目を見開き、呻き声を上げた。カールが片手剣を軽く捻りながら引き抜くと、男は断末魔の叫びを上げる間もなく絶命し、その場に崩れ落ちた。


「同じ手を二度も喰らうか。」


 カールは吐き捨てるように言った言葉と共に、剣に付いた血を振り払う。すぐに手に武器を持った冒険者たちが襲い掛かってくるが、その動きは彼にとっては緩慢すぎた。


 防御を一切考えず、捨て身で襲い掛かってくる冒険者たちを剣でいなしていると間もなく、彼の背後で二色の光が沸き上がった。






「世界を照らす大いなる光よ。我が力の下に集い、魔を払う刃を成せ!《退魔の螺旋:光》!」


「世界を包む優しき闇よ。我が力によりて深まり、魔を遮る盾となれ!《退魔の螺旋:闇》!」


 衛士たちの盾に守られ、向かい合って両手を高く掲げた二人の詠唱が冬の森に響いた。


 イレーネから発せられた白い光と、ミカエラから発せられた緑の光が渦を巻きながら二人の中心で寄り集まっていく。二つの光は螺旋を描きながら混ざりあっていき、やがて金色の光を放つ光球を形作った。


 はじめは人の頭ほどの大きさがあった光球は回転しながら収束していき、すぐに指の先に乗るくらいの大きさにまで小さくなった。その分、輝きは激しくなりまともに見ることができないほどの光を放っている。


 目線を合わせた二人は掛け声と共に光球をカールに殺到する冒険者たちの上空に向けて放つ。カールがさっと体を伏せ目を瞑ると同時に光球は炸裂し、激しい光と衝撃波を発しながら崩壊した。







 衝撃波に打たれた冒険者たちが次々と、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。光と衝撃破が収まると、カールはすぐに立ち上がり近くの冒険者に近寄った。気を失っているが、命に別状はないようだ。ただひどく衰弱している。


 おそらくここ数日、ろくに食事も休養も与えられずにいたためだろう。カールは盾の後ろに身を隠している衛士隊に、冒険者たちの安否確認と介抱を命じるとすぐに、ミカエラとイレーネの下に駆け寄った。


「大丈夫ですかローゼ様、ロータス様。」


 二人は青い顔をして蹲ってしまっている。特にミカエラの顔色が酷い。






 この《退魔の螺旋》は、相反する属性の魔力をあえて混ぜ合わせ強い力で圧縮することで暴走させ、魔力を持つ者すべてにダメージを及ぼすという魔法だ。ドーラが放った魔力の衝撃波を再現するために王たちがごく短い時間で作り上げたた。


 人々を操っているものの正体は掴めなかったものの、この魔法によって敵の支配から人々を解放することができた。しかし研究が十分でなかったため、術者も含め周囲に無差別に影響を及ぼしてしまう。そしてその影響は魔力の多い者ほど強く受けるのだ。


 カール自身も先ほど《退魔の螺旋》の衝撃波を受けたことで、胸の奥がざわざわと波立つような感じがする。魔力のほとんどない自分でも不快感を感じるほどなのだから、魔力量の多い彼女たちは立っているのも辛いはずだ。


 心配そうに二人を見つめるカールに対し、二人は気丈な様子で答えた。






「余波を受けただけです。すぐに回復しますわ。ありがとうございます、カール様。」


 そう言って立ち上がった二人だったが、防塁の中で血を吹き出す首なし死体を目にした途端「うっ」と呻いて口を押さえ、ふらふらしながら近くの木立の陰に駆け込んでいった。戦いの経験などない二人には刺激が強すぎたようだ。


 程なく気まずそうに戻ってきた二人は「もう大丈夫です」と言い、カールと衛士たちに冒険者たちの様子を尋ねた。


「衰弱が酷いので、衛士を数人ここに残して行こうと思います。特に体調の悪い冒険者には各種の回復薬を使いますが、どのみち今は動かすことができませんから。動けそうなものたちは川が溢れても安全な場所まで誘導することになるでしょう。」


「では私も闇の回復魔法でお手伝いします。」


 ミカエラのその申し出をカールはきっぱりと断った。






「おそらく敵はすでに私たちを迎え撃つ準備を終えているはずです。我々の50倍以上の民を相手にすることになる以上、ミカエ・・・ロータス様は魔力を温存していてください。」


「で、でも・・・。」


「カール様のおっしゃる通りです。先程の魔法で民を解放したとしても、敵の主力である白覆面たちはそのまま残っています。私たちもお二人をお守りしますが、相手は強敵。いつ命を落とすとも限りません。ミ・・・ロータス様にはご自分の身を守れるように備えておいていただきたいのです。」


 死を覚悟して戦いに臨む衛士たちの気迫に気圧されるように、ミカエラは頷いた。






 急いで出発の準備を整えていると、斥候役の灰色覆面たちが戻ってきて敵の動きを報告した。


「白覆面たちは仮堰の工事をしている民を二つに分け、片方を街道沿いに整列させています。おそらく民を防塁代わりに使うつもりのようです。敵は川底の足場に多くの船を座礁させ川を塞いでいます。仮堰には水がかなりの量、蓄えられていますが我々では現時点でどの程度の規模の被害が出るのか予測がつきません。」


 申し訳なさそうに話す斥候をカールは労い、言った。


「正確な報告、本当にありがたい。敵がまだ堰を切らないところを見ると、十分ではないのだろう。一刻も早く堰を切って、少しでも被害を軽くしなくては。」


 敵がこちらに攻め寄せてこない理由はその必要がないからだろう。彼らとしては堰を完成させ、ドーラの下に辿り着けさえすればよい。こちらの数が少ないのだから、森の中を探し回って倒すよりも、守りを固めて迎えうつ方が遥かに容易だ。


 一方こちらは刻一刻と堰を満たしつつある水によって、追い詰められている。時間を稼がれてしまえばその時点でこちらの負けだ。逆に早く工事を中断させることができれば被害を軽くすることができる。


 もちろんすでに貯まってしまっている水はどうしようもないが、一気に堰を決壊させなければ、被害をある程度は抑えることができるだろう。たとえ溢れた水によって村の建物や畑が押し流されたとしても、人的な被害は最小限にすることができる。






 むしろ今、一番の懸案はドーラのことだ。敵が何らかの手段でドーラの結界を破ってしまえば破壊の力が一気に溢れ出し、王都領は壊滅的な被害を受けることになる。


 結界を破る方法に関しては敵の思惑やどういう手段を使ってくるつもりなのかがまったく分からないので、手の打ちようがない。破壊の力を生み出す儀式を止めるために聖都エクターカーヒーンへ向かったエマを信じて待つしかない状態だ。


 エマが今どこにいるのか、果たして間に合うのかどうかもまったく分からない。だから今はとにかくドーラに敵を近づけないようにするしかなかった。


 カールが村を離れたことで半獣人の女がドーラを襲うかもしれないとも考えたが、これまであの半獣人の女はドーラに直接手出しをしていない。隙だらけともいえるこれまでの状況で襲撃してこないところをみると、もしかしたらあいつはドーラに直接手出しができないのかもしれない。


 もちろん単に機が熟するのを待っているだけかもしれないが、追い詰められたカールたちとしては一縷の望みに賭けるしかないのだった。






 防塁から堰の場所まで伏兵を警戒したが、誰も現れなかった。これは予想通りであったともいえる。街道から森を抜けて川岸が望める場所まで来ると、防塁の前に鍬や斧などを持った男たちがずらりと並んでいるのが見えた。


「こうやって見ると、やはりすごい数ですね。ローゼ様、ロータス様、あの人数の支配を一度に解くことは可能ですか?」


 カールの問いかけに二人が仮面越しに視線を交わす。


「私たちの全魔力を注ぎ込めばあるいは・・・。しかし確証はありません。それに《退魔の螺旋》は起点となる光球から同心円状に効果が広がります。ですから出来るだけ中心に近い位置で使わなくては、全員を一度に開放するのは難しいですね。」


「つまり機会は一回きりということですね。」


 その話を聞いていた年長の衛士が、心配そうにカールに問いかけた。


「カール様、お二人を戦場の中央までお連れするとなると、かなりの数の民を排除する必要があります。私たちだけそれが可能なのでしょうか?」


 衛士は試すようにじっとカールの目を見つめている。彼の目に込められた気持ちは、カールにも容易に察することができた。






 ミカエラとイレーネの二人を戦場の中央まで連れていくためには、目の前に立ち塞がる無辜の民を排除しなくてはならない。いくら相手が戦闘経験がなく、操られた相手であっても、圧倒的な数の差を考えれば全力で当たる必要がある。つまり多くの民の血を流し、命を奪わなくてはならないということだ。


 幸い民は川岸の狭い土地に沿うような形で密集しているため、陣の厚みはそれほどない。カールが先陣を切って道を切り開き、衛士たちが盾で陣形を組んで押し切れば、突破自体は可能だろう。間諜部隊の援護も期待できる。ただし無理攻めをする分、双方の被害は間違いなく大きくなる。


 そして民の背後に集まってこちらの様子を伺っている白覆面たち。彼らは今のところ大きな動きを見せていないが、こちらに民の支配を解く方法があるということは知られているはず。乱戦になれば、派手な装束を着た術者の二人を全力でつぶしに来るに違いない。


 それを考えればなおのこと、目の前に立ち塞がる民に対して手加減などは出来なくなる。衛士はカールに「本当に民を殺すつもりなのか」と問いかけているのだ。


 問いかけた衛士も、問われたカールも、多くの民を救うための犠牲が避けられないということは分かっている。だからこれはただの『確認』だ。死地に飛び込む前に全員の心が揺るがないよう、指揮官であるカールに言葉を求めているのである。


 カールは衛士たちの顔を見回し、自分の決断を言葉にしようと口を開いた。





 しかし、それを遮るようにミカエラがカールに言った。


「カール様、それについてはご心配には及びません。わたくしとローゼ様に秘策がございますから。」


 男たちが驚きに目を見張り、二人の少女を見つめた。二人は顔を見合わせると、愛くるしい笑顔でにこりと彼らに微笑み、自分たちの考えた『秘策』を説明したのだった。











 白覆面のリーダーを務める男は、森から姿を現しこちらにじわじわと接近してくる一団を油断なく観察した。


 相手との距離は200歩(約140m)といったところだろう。長弓であれば十分に攻撃できる範囲だが、聖職者である彼らは戒律により弓を使うことができない。


 唯一の飛び道具は投石器スリングだが、直線的な軌道でなければ殺傷力がない上に射程が短いので、邪教徒たちが目の前にいるこの状況では使えない。《鉄槌》の呪文はさらに有効距離が短いので、論外だ。


 こちらから相手を攻撃する手段はなく、そのため今は、こちらに近づいてくる敵を見ていることしかできないというわけだ。





 しかし彼に焦りはなかった。奴らの目的は建設中の堰の破壊だろう。計算ではあと2,3日水を貯めれば、邪教徒の拠点である村を押し流すことができる。


 途中で《支配の呪言》の効果が薄れてしまわなければもう今頃は村を押し流し、滅神の儀式魔法によって封じ込められている邪神を倒すことができているはずだったのだが、さすがは世界を滅ぼす邪神。一筋縄では行かない。


 だが所詮は悪あがき。協力者の情報によれば、邪神はあれ以来何の動きも見せていないようだ。今接近してくるあの邪教の戦士たちにしても、あの数では大したことができるはずもない。


 防塁代わりに使っている邪教徒たちを除いても、こちらは精鋭の挌闘僧100名からなる部隊なのだ。邪教徒たち同士をぶつけ、身動きが取れなくなたところで一気に押しつぶしてやればよい。






 気になるのは《支配の呪言》を打ち消す魔法を使うという術者だが、情報によればまだ年端も行かぬ小娘らしい。およそ1000人もの邪教徒たちの支配を解くのは無理だろう。


 おそらく大きな盾を構えて前進している兵士たちの中央に隠れているのだろうが、おかしな魔法を使う前に潰してしまえば問題ない。子供を殺すのはさすがに気が引けるが、誤った神を信奉している以上、殺す以外の選択はあり得ないのだから。


「あの者たちの正面に邪教徒たちを密集させ、陣を出来るだけ厚くするのだ。」


 彼は配下の白覆面にそう命じる。川沿いの狭い場所なので移動には多少時間がかかるが、呪言の効果で邪教徒たちは文句ひとつ言わずに動くので楽なものだ。






 彼の背後には先程まで工事をさせていた邪教徒たちが念のため待機している。工事を一時中断せざるを得なかったが、今は足場の隙間に石などを投げ込み、水漏れを防ぐなどの仕上げを行っている段階だ。


 少しでも早く水を貯めるための工事なので一時中断したとしても、それほど影響はない。敵を排除してから、またすぐに再開すれば問題ないだろう。


 彼は万が一敵が邪教徒の防塁を突破してきたときに備え、待機させている者たちにも動く準備をさせる。


 何しろ土地が狭いのでかなりの密集陣形になってしまうが、どうせ戦闘力のない防塁の代わりなのだから問題ない。正しい神のために死ぬことで呪われた彼らの魂が救われるよう、彼はそっと祈りを捧げた。






 盾を構えて前進していた敵兵が100歩ほどの位置でぴたりと動きを止めた。投石器も魔法も届かない位置だ。相手の魔法もおそらくは届かないはず。何か企んでいるのだろうか?


 彼がそう思った時、突然上空に稲光が走った。今、午後の半ばだが空には厚い雪雲が垂れ込め、辺りは薄暗い。その雲が一瞬かっと輝いたのだ。


 しかしそれは稲光などではなかった。空を見上げた彼が目にしたのは、白と黒のマントを翻し、両手を繋いだままゆっくりと降下してくる二人の少女の姿だった。


 驚いて空を見上げる白覆面の男たちの眼前で、二人の体が信じられないほどの輝きを放った。二人の体から沸き上がった光は暗い雲を明るく照らしだすほどだった。


 上空を覆いつくす白と緑の美しい魔力光はやがて混ざり合い、金色の光を放つ球体へと変化した。それはまるで金色の月が出現したかのように見えた。






「撃て! 投石器と魔法で攻撃するんだ!!」


 我に返ったリーダーが配下に指示を出し散発的な攻撃が行われたが、上空にいる二人に届くはずもない。そうしているうちに金色の月はますます輝きを増していった。


 配下に警戒を呼び掛けるリーダーの叫びが合図になったかのように金色の月は地表目掛けて高速で落下し、森の木の梢辺りで激しく炸裂した。波紋のように広がった金色の光と衝撃破が戦場を覆いつくす。


 彼らの視界が金色の光に包まれ、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が体に加わった。


 彼は思わずその場に蹲った。配下の男たちも同じように体を低くし衝撃に耐えている。しかしその周囲にいる邪教徒たちは、次々とその場に崩れ落ちて動かなくなった。






 衝撃が収まると同時に彼は慌てて立ち上がると、先ほどまで接近してきていた敵兵の方を見た。


 茶色い髪をした一人の青年が信じられないほどの速度で倒れた邪教徒たちの間を縫って、こちらに駆け寄ってくる。


 彼は配下の者たちに青年を迎え撃つべく命じようとした。しかしその時にはすでに、青年はリーダーのすぐ側まで駆け寄ってきていた。


 青年の腕が一瞬きらりと光ったと思った瞬間、彼の視界がぐるりと回転した。


 青年の片手剣によって首を落とされたリーダーが最期に見た光景は、瞬く間に切り伏せられていく配下の者たちの姿だった。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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