157 遭遇
推敲が不十分ですが、今日書いた分を投稿しちゃいます。あとで手直しするかもしれません。でも眠いので今日はもう寝ます。
衛士隊長バルドンがハウル村の北門に殺到する敵の対処に苦慮していたのとちょうど同じ頃、カールは敵の様子を探るため単身、村の西側に広がる魔獣の森に潜伏していた。
途中、魔獣に遭遇することもあったがドーラの魔法剣を使ってすべて一刀で切り伏せながら進んだ。他の魔獣を凶暴化させないよう、魔石のみを回収して素早く静かに移動を続ける。
幼い頃より父、そして兄たちから教えられた潜伏の技術がここで役に立っている。カールの兄たちは皆、剣術の他、暗号術や潜伏術、変装術、開錠術などを習得している。特に長兄のアーベルは変装の名人で、幼い頃のカールはそれでよく驚かされたものだ。
だがカールは変装や開錠などが苦手で、全く身に付けられなかった。兄たちから「カールは正直すぎるからな」と呆れられたのも、今となっては良い思い出だ。
家族みんながそうだったので、カールは貴族の家では皆こういった技を学ぶのだと思っていた。それが違うと知ったのは王立学校に入ってからだった。そのせいで同級生と話が噛み合わず、カールは他の生徒たちから浮いた存在として扱われていた。
カールに友達ができなかった原因の一つはそれだった。もっともそれがなかったとしても、平民並みの魔力しか持っていなかった彼は空気のような扱いだったのだけれど。
学生の頃はそのことで悩むこともあった。今でも貴族との付き合いがあまり得意でないのは、あの時の気後れした気持ちを引きずってるせいなのかなと思うこともある。
しかしドーラや村の人々との繋がりを持てたことで、魔力を持たないことがさほど気にならなくなった。無価値な人間だと思っていた自分を彼らが受け入れてくれたことで、彼は自分を肯定できるようになったのだ。そんな彼にとってハウル村はドーラと同じくらい、かけがえのない存在だ。
その村とドーラが今、危機に瀕している。カールはこの事件の裏には、以前取り逃がしたあの半獣人の女が絡んでいるような気がしていた。だからバルドンの反対を押し切って単独で行動することにしたのだ。
あの女の力は恐ろしいものだ。衛士たちが迂闊に近づけば命の危険があるし、最悪あの女に操られてしまうかもしれない。以前の戦いの経験があり、ドーラの魔法剣を持っている自分が行くしかないと、彼は考えたのだった。
ドーラを置いて村を離れることに不安はあったが、ドーラはバルドンやミカエラたちが守ってくれている。それを信じて、彼は一人森を進んでいるのだった。
カールは一昼夜かかって雪の積もり始めた森の中を北へ進み、ハウル村とノーザン村のちょうど中間の辺りで街道方向に進路を変えた。ここに来るまで敵らしきものには出会っていない。
もしかしたら森を抜けて進軍してくる敵と遭遇するかもしれないと警戒していたが、それがなくて一安心だ。さすがに魔獣の森を進軍するほど無謀ではないらしい。敵は北門からの一点突破を目指しているようだ。先ほどから響いているあの音は、破城槌が門にぶつかる音だろう。
ガブリエラは村の北門及び南門を作る時、王都に攻め寄せてくる軍勢を想定していた。ハウル村が将来的に王都領の最初の防衛拠点となるだろうと考えていたのだ。そのためハウル村の南北の外壁と門は、王都の城門に引けを取らないほど、堅牢な作りになっている。
生半可な攻撃では村の門を突破できないはずだ。唯一の心配は大規模な破壊魔法を行使されることだが、破城槌での攻撃が続いているということは、現時点では門を破壊するほどの魔法を使える者がいないということだろう。
しかし、それがいつまでも続くとは限らない。特に本当にあの半獣人の女が絡んでいた場合は非常に危険だ。そのためにも敵情を正確に探る必要がある。そしてもし可能であれば敵の指揮官を倒し、村の包囲を解くこと。それが彼の単独行動の目的だった。
街道の見える位置まで進むと、カールは慎重に身を伏せた。夜明けの薄明りの中、北から南へ移動する多くの人々の姿が見えたためだ。
彼らは皆、農夫や行商人風の姿をしていた。手には武器さえ持っておらず、一定の距離を保ったまま、虚ろな目で無言の行進をしている。
よく観察しているとその中の農夫の一人の顔に見覚えがあった。あれはドーラのところに農具の修理を頼みに来ていた近くの村の男だったはずだ。他にも何人か見かけたことのある男の姿がある。
敵はハウル村以外の村も襲い、そこの村人を操って戦いに駆り出しているのだろう。卑劣な敵のやり口に、カールは激しい怒りを覚えた。
しばらく続いた人の列の最後尾には白い覆面を被った男たちがいた。彼らが着ているのは聖女教の法衣のように見える。ただ法衣の膨らみ具合から、下に鎧を着こんでいることが分かった。
明らかに普通の聖職者とは毛色が違っている。あの連中が村人たちを操っているのか。
今、あの者たちを倒すのは簡単だが、それでは敵が何を企んでいるのかを知ることができない。彼は敵に気付かれないよう、少し離れた森の中を移動しながら後を付けることにした。
しばらく行くと、遠くの方から木を切る音が響いてきた。おそらく陣地を造成しているのだろう。今、後を付けているこの行列が敵兵のほんの一部だとすると、敵はかなりの人数を集めているに違いない。
それだけの人間を野営させるとなれば、かなり大規模な陣地が必要になるはずだ。魔獣の森が広がる西側に造成するのは現実的ではないので、おそらく街道に沿ったドルーア川沿岸だろう。
しかしこの辺りの沿岸は川岸が高く、大きな岩が転がる岩場だったはず。大人数を野営させるには不向きな地形だ。なぜこの場所を選んだのだろうか?
ドルーア川は川幅が広く流れも緩やかだが、水深はさほど深くない。雪解けの起きる春先には多少水量が増えるものの、雪の降り始めたばかりの今の季節は一年のうちでも水量の少ない時期だ。
もちろん水量が少ないといっても歩いて渡れるほど浅くはないが、喫水の深い船はとても航行できない。だからドルーア川を遡上し王都を目指す船は、河口にあるサローマ領のスーデンハーフの街で、喫水の浅い平底船に荷を積み替える必要があるほどなのだ。
水量の少ないこの時期、この辺りは切り立った川岸に大きな岩が露出している。雪もまだそれほど激しく降ってはいないので、水を手に入れるにも一苦労のはずなのだが・・・。
彼には敵の意図が全く読めなかった。
この場所があまり大軍を動かすには不向きな地形なのに対して、ハウル村は守りやすく攻められにくい地形だといえる。ハウル村があの場所にできたのは、川の流れによってできた川岸の平らな土地が確保できたからだ。
森の中の街道を通る敵兵は野営地や兵站線の確保、行軍路の関係で大規模に展開できない。それに対してハウル村はしっかりと守りを固めることができる。カールがバルドンやミカエラに任せて村を離れたのも、この村の防衛力を信頼した部分が大きかった。
唯一の心配は水路から侵入されるかもしれないという点だが、それに備えて建築術師のクルベが桟橋に急ごしらえの防塁を築き、ミカエラが土人形を率いてそれを守っている。多くの船を使った大規模な攻撃でもない限り、かなり持ちこたえることができるはずだ。
こんな場所に人を集めて、敵は何をしようとしているのだろう。カールはそれを探るため、物陰に隠れながら彼らの後を追いかけた。
やがて敵の行進が止まった。彼はそのまま前進し続け、彼らの目的地の様子を見ることにした。
近づきすぎて見つからないように森の奥の方へと迂回しながら前進する。森の中に入って木を切っている男たちの姿が見えた。汚れた黒い外套姿を見るに近隣の村から連れてこられた木こりだろうと思われる。
彼らは一言も言葉を発することなく、無表情に木を伐り続けている。やはり敵によって操られているようだ。僅か3日ほどにしては、かなりの広さに森が切り開かれていた。敵は密かに村を襲うための準備を進めていたのかもしれない。しかし野営の跡などはほとんど見当たらなかった。
街道の先に申し訳程度の木組みの防塁などがあり、何人もの冒険者風の男たちがその守備に当たっている。しかしその表情には生気がなく微動だにしないため、手に持った槍や剣がなければただ立っているだけのように見えなくもない。
防塁の向こうからは破城槌の音が微かに聞こえてくる。今もバルドンたちが門を破ろうとする男たちと戦っているのだろう。
木こりによって切り出された木は、他の男たちによって川の方へと運ばれているようだった。カールが後を付けてきたあの男たちも、この作業をするために集められたのだろう。
やはり川岸に陣地を造営しているに違いない。敵の規模や目的を探るため陣地の様子を見たいが、そのためには一度街道を横切らなくてはならない。
周囲の様子をしばらく窺ってみたが、開けた街道を横切るのは難しそうだった。カールは仕方なく一度北へ戻り、人気の無くなったところを探して街道を横切り、川の方へと走り抜けた。
川のすぐ側には、六足牛が丸太舟を曳航するための小道が設けられていたはずだ。彼はその小道を南に辿って、敵が築いているであろう陣地を目指した。
移動しているうちに太陽が昇り、周囲が明るくなってきたため、彼は木の陰に身を隠して辺りが暗くなるまで休息をとることにした。昨日の昼からずっと動き続けているため、体力的・精神的に消耗し始めている。
ずっと鍛錬を続けてきているので、このくらいの探索で動けなくなることはないが、用心するに越したことはない。休めるときに休んでおくのも大切だ。腰に付けた皮袋の水を飲み、携帯糧食(穀物と少量の塩、脂、香草、蜂蜜などを練って乾燥させたもの)を齧る。
この糧食は村の避難所に備蓄してある非常食を分けてもらった。これを作ったのはエマの母マリーだ。
マリーは意識を取り戻しただろうか。まだ眠ったままだとすれば、おそらく昨夜が峠だったはずだ。フランツ家の幼い子供たちの姿が、母を亡くしたころの自分と重なって、鼻の奥がツンと痛む。
今のカールには、マリーの生命力とハーレの癒しの力を信じ、神に祈りを捧げるくらいしかできない。マリーはドーラにとっても、彼にとっても特別な存在だ。彼はドーラの魔法剣を抱きかかえるようにして持ち、祈りの言葉を捧げるうちに、彼はいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
目を覚ました時、辺りは薄暗くなり始めていた。ふと見るとドーラの魔法剣が暖かな光を放っている。不自然な体勢にもかかわらず、思った以上によく眠れたのはこの剣のおかげかもしれないと彼は思った。
周囲に敵の気配はない。カールは夜陰に乗じて川沿いの小道を南下した。
「なんだこれは・・・!?」
敵が川岸近くに作っている物を見て、彼は思わず声を上げた。てっきり陣地や野営地があるものだと思ったのに、そんなものはなかった。そもそも川岸は岩だらけで、人が休めそうな場所などどこにもない。
操られた農夫や職人たちが作っていたのは、丸太を三角錐の形になるように組み合わせた奇妙な物体だった。大きさはカールの胸の高さほどで、丸太は縄で固定されているようだ。
それに岩を括りつけたものを彼らは川に次々と運び込み、沈めていた。冬の初めとはいえ、雪の降る中で川に入るのはかなり危険な作業だ。しかし男たちは水に入っても特段寒そうな様子を見せることもなく、黙々と作業を続けていた。
川岸には彼らを監視するためなのか、白い覆面姿の者たちが数人ずつ組になって立ち、時折作業をする男たちに指示を出しているようだった。
ここはカールが思った通り、両岸から岩場がせり出している場所だった。どう考えても野営地を作っているわけではなさそうだ。
ここは岩場のせいで他の場所に比べてやや川幅が狭くなっている。彼らはそこに次々と丸太の構造物を沈めていた。沈めた構造物を足場にしてさらに構造物を運んでいるため、すでに対岸に届きそうになっている。
緩やかとはいえ流れがあるため、作業にあたる男たちは流されないよう体を互いに腰縄で結んでいる。腰縄の端は構造物に結び付けられていた。
あれは一体なんだ? あんなものを川に沈めてどうするつもりなんだ?
王都から船でやってくる援軍を封じるための物だろうか。確かにあんなものが大量に沈んでいたら、いくら喫水の浅い平底船と言っても航行に支障が出るだろう。
あれに大型船でも引っかかったらたちまち座礁して、川を塞いでしまう・・・。
そこまで考えて、カールはハッとしてもう一度川を眺めた。川幅の狭くなった岩場、川に沈めれれた足場のような構造物。
もしかしたら奴らの狙いは・・・!!
「ミカエラたちが危ない!!」
彼は思わず声に出してそう呟いた。カール一人でこの企みを止めることは出来そうにない。一刻も早くミカエラたちにこのことを知らせなくては。カールは隠れている木の陰を出ると、小道を北上して素早くその場を離れた。
人気がないのを確認して街道を横切り、再び街道の西側に広がる魔獣の森へ入る。今から急いで戻れば、明日の昼過ぎには村へ辿り着けるはずだ。
そう思って飛ぶように夜の森を走り始めたカールだったが、直後すぐに身を翻して木の陰に隠れた。直後、彼がさっきまでいた場所に凄まじい速さで何かが飛来し、複雑に絡み合った木の根や枝をズタズタに切り裂いた。
「あらあら相変わらず、すばしっこいこと。本当にネズミみたいね。」
カールは魔法剣を構えると木の陰から出た。彼を見下ろす木の梢辺りに、黒衣の人影が浮かんでいる。
半仮面で顔を隠し、黒い豪奢な衣装に身を包んでいる女。半仮面から覗く彼女の目はのんびりした口調とは裏腹に、憎悪と憤怒でギラギラと輝いて見えた。
「やはり貴様が黒幕だったのか!!」
剣を油断なく構え、空中にいる女に向って怒鳴るカール。だが女はカールを見下すように言った。
「黙れ、下等な人間風情が。」
女が左手を一振りすると、一瞬きらりと何かが煌めいた。カールが回避すると同時に、彼の後ろにあった大木が切り裂かれ、轟音と共になぎ倒される。
女はその後も空中に浮かんだまま次々と見えない斬撃を放ち続けた。カールは月明かりに反射してわずかに見える斬撃の煌めきと、風を切る音でそれを回避する。
しかし完全に回避することはできず、手足にかなりの傷を負ってしまった。カールの周囲の木はすっかりなぎ倒され、森にぽっかりと空間が開いてしまっている。
「本当に忌々しいネズミめ。だがもう隠れ場所はないぞ。」
女が本当に楽しそうに笑う。カールは全身を自らの血で染めながら女を睨みつけた。空中にいる女を攻撃する手段が彼にはない。女もそれが分かっているからこその、あの態度なのだろう。カールは剣を構えたまま、じっと目を瞑った。
「あの時の屈辱、忘れはせぬ。手足をバラバラにしてからじっくりと嬲り殺してやる!」
女が左手を大きく振りかぶり、再び斬撃を放ってきた。隠れる場所のないカールの体を斬撃が襲った。
しかし次の瞬間、空中に浮いていた女がガクンとバランスを崩した。
「何!?」
驚愕と共に彼女の目に飛び込んできたのは片手剣を逆刃に構え、剣を横薙ぎに振り払ったカールの姿だった。
「・・・やはり、糸か!!」
カールの言葉に女は戦慄した。この暗闇の中、僅か数合、刃を交えただけで蜘蛛の糸よりも細い『鋼斬糸』を見破る者がいるとは思ってもみなかったのだ。彼女の左手の指から伸びた糸は、カールの片手剣により絡めとられてしまった。
カールは剣に絡めた糸をぐいと引き寄せる。女は空中で姿勢を崩しそうになり、慌てて体を起こそうと力を込めた。
「馬鹿め! 人間風情が私と力比べなど烏滸がましいわ!」
女はカールを引き上げようと渾身の力を込めた。カールはそれを待っていたとばかりに、それに合わせて女に向って走り出した。
引き合うはずだった力が不意になくなり、女は空中で大きくのけ反った。一方、カールは女に引き上げられる力を利用し、なぎ倒された木を足場にして女にめがけて跳躍した。
カールの跳躍に焦った女だったが、地上に転がる木を足場に人間が跳躍したぐらいでは、とても届く高さではない。無様な姿を晒させられたことで、女の怒りは頂点に達していた。
忌々しい人間め! 飛び上がって空中にいるところを攻撃して首を刎ね飛ばしてやる!
しかしカールの跳躍を迎え撃つため、体勢を整えた女の目の前で信じられないことが起こった。
「《浮遊》」
何とカールは何もない空中を足場にして、さらにもう一段跳躍してみせたのだ。しまったと思った時には、すでにカールの剣は女の心臓を捉えようとしていた。
カールは以前の戦いの反省から、空中にいる相手と戦うための方策を考えていた。その結果、辿り着いたのがこの《浮遊》の魔法だった。だが彼の魔力量では体全体を浮遊させるような効果は全く得られるはずもない。
必死に努力して、無詠唱でなんとかできるようになったのは、ほんの一瞬、空中に足場を作り出すことだけだった。
跳躍の刹那、相対した女に対してカールは静かに呟いた。
「私の魔力ではこれが限界だ。」
カールと女の目が合う。女の顔が恐怖に歪んだ。
「だがお前を殺すには、これで十分だ。」
カールが女に向って魔法剣をまっすぐに繰り出した。
負ける? この私が? あらゆる生物を超越した存在であるこの私が、こんな地べたを這うちっぽけ生き物に?
女は咄嗟に右手で刃を防ごうとした。しかし魔法剣に触れた瞬間、女の手は焼け爛れ、黒い塵となって崩れ去った。
眼前で右手が崩れ去り、急所である心臓に切っ先が迫る。
馬鹿な! いやだ! こんな、死・・・!!
女の顔は死の恐怖で醜く歪み、絶望の涙が頬を濡らした。
「我が敵を撃ち払え!《鉄槌》!!」
複数の詠唱が響き、女にとどめを刺そうとしていたカールを見えない打撃が襲った。彼は「ぐうっ!!」という呻きと共に、地上へ向かって落ちる。受け身を取ることもできないまま、地上に倒れていた大木に叩きつけられて、彼は大きく吐血し、気を失った。
何が起こったのか分からず空中で茫然としている女に、地上から声がかかった。
「大丈夫ですか、協力者殿。」
白い覆面を付けた男たちが女に話しかける。
「危ないところでしたな。戦いの音で駆けつけてみれば、まさかあなたが追い詰められていようとは。この者は一体・・・。」
女に問いかけた男たちだったが、その言葉を最後まで言うことはできなかった。女が激しい怒りの声と共に、左手を払ったからだ。男たちは鋼斬糸により、一瞬にして細切れにされてしまった。
「危ないところだっただと!? ふざけるなあぁ!! この私が人間に、人間などに助けられるなどっ・・・!!」
女は地上に降り立つと、気絶しているカールの横腹を激しく蹴り上げた。骨の砕ける嫌な音と共にカールの体が空中に跳ね上がり、激しく地面に叩きつけられる。カールの手から魔法剣が離れて、地面に転がった。
「おのれ、この虫けら!! 一度ならず、二度も私に屈辱を!! しかも老頭様に頂いたこの新しい力を打ち破るなんて!!」
女は怒りに任せ、カールをさらに蹴りつける。そのたびに彼の骨は砕け、全身の傷口から血が吹き上がった。完全に気を失った彼の首を女が右手で掴み、空中に持ち上げた。
「忌々しい奴! このまま首を捩じ切ってやる!」
女の右手に力がこもり、カールの首の骨が軋む。彼の口と鼻から血の混じった泡が噴き出した。
その瞬間、遠く南の空から激しい魔力の波動と共に、怒りに満ちた咆哮が聞こえた。森を揺るがすその咆哮は、女を激しく動揺させ、恐怖のどん底に突き落とした。
「な、何? この恐ろしい声は!!? し、信じられない。こんな、あああ、だ、ダメ、にげ、逃げなきゃ!!今すぐに!!」
女の生物としての本能が全力で警鐘を鳴らす。圧倒的絶対者から向けられた怒りは、女を恐慌状態に陥れた。
女はカールに対する怒りも、自分の果たすべき使命もすべて投げ出し、空中に飛び上がった。そして空中に黒い魔方陣を出現させると、その中に飛び込んで消えた。
女に投げ捨てられたカールは、森を揺るがす咆哮で一瞬意識を取り戻すことができた。全身を襲う激痛の中、彼は「剣よ、我が手に、戻れ」と呟いた。彼の声に応え、地面に転がっていた魔法剣がひとりでに浮き上がり、彼の右手にすっぽりと収まった。
剣の柄の虹色の宝石が輝き、彼の体を優しく包む。
「み、ミカエラが危ない・・・。早く、早く知らせ・・ない・・と・・・!」
しかし、それが限界だった。彼の意識は途切れ、闇の中へと沈んでいった。彼の姿を雪がうっすらと覆い隠していく。
森は再び静寂に包まれた。虹色の光に包まれ眠る彼を、雪雲の間から差し込む青い月の光が柔らかく照らし出していた。
読んでくださった方、ありがとうございました。