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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
160/188

154 模索

場面が次々と移り変わって、読みにくくなってしまいました。こういう時、自分の筆力不足を痛感してしまいます。

 ドーラは白い光の中にいた。辺り一面、真っ白で何も見えない。体を動かそうとしたがうまくいかなかった。


 《人化の法》で作り出した魔力の体と魂との繋がりが絶たれてしまっているようだった。体から魂だけが遊離しているような感じだ。永く生きてきたドーラにとっても、これは初めての経験だった。


 ドーラは最後に見た光景を思い起こした。あの秋祭りの夜、上空に突然現れた二つの光輪。そして光の柱。


 竜の体であれば何ということのない一撃だった。けれど、魔力で数百分の一に力を圧縮している人間の姿では、咄嗟にカールを突き飛ばし、周囲に障壁を張るのが精一杯だった。


 大地を焼き尽くすほどの光と熱からカールと村を守るため、炸裂する破壊の力を無理矢理、魔力の障壁の中に封じ込めた結果、動けなくなってしまったのだった。


 今は《人化の法》で作り出した魔力の体が核となり障壁を維持できている。しかし封じ込めた力はかなりの大きさだった。必死に耐えてはいるものの、魔力の体は光に侵食され、少しずつ溶け去ろうとしている。






 この状態でもし、魔力の体が溶けてしまったらどうなるんだろう。


 肉体が消滅したとしても、おそらくドーラ自身が死ぬことはない。魂には何の影響も受けていないからだ。だが失った肉体を再構築するためには、かなりの時間が必要になるだろう。そうなればエマたちが生きているうちに再会することは叶わない。


 だがそれ以上に問題なのは、魔力の体が消滅してしまうことで障壁の核がなくなり、封じ込めている破壊の力が解き放たれてしまうことだ。この破壊の力はおそらく自分の全力の竜の息ドラゴンブレスに匹敵するほどの威力がある。


 解き放たれた破壊の力はハウル村はおろか、王都までも飲み込んで焦土に変えてしまうに違いない。ドーラの大切な人たちの暮らしもすべて消え去ってしまう。それだけはどうしても避けたい。


 でも今のドーラにはどうすることもできない。このまま何もできないまま、滅びを待つしかないのだろうか。






「本当に諦めていいの、おバカさん?」


 ドーラは魂に響いたその声にハッとした。そうだ。諦めるにはまだ早い。彼女のようによく調べて考え、出来ることを見つけるんだ。


 体が自由にならないのなら、魂だけで出来ることはないだろうか。洞穴に閉じこめられて動けない間にも、魔術を学んで脱出できたように、今の状態でも何か出来ることがあるかもしれない。


 まずは知ることだ。知ることがすべての始まりなのだから。ドーラは自分を取り巻く破壊の力を調べるため、何も見えな白い光をじっと観察し始めた。










 ハウル村の中でも比較的被害の少なかった学校は現在、村の復興を行うための指令所兼避難所となっている。エマが旅立った日の夕方、明日からの復興計画を話し合い、解散しようとしていたカールたちのところに、急を知らせる村人が駆け込んできた。


「村を出ていった奴が戻ってきたんだが、ひどいケガをしてる!」


 知らせを聞いた彼らは聖女教会司祭のハーレと共に、村の北門に急いだ。北門の衛兵詰所には酷く殴られた様子の若い男が寝かされていた。


「俺んとこの徒弟のベンじゃねえか! いったいどうしたんだ!?」


 ペンターが気を失った若い男に駆け寄った。ハーレが神聖魔法によって傷を癒すと彼は意識を取り戻し、涙ながらにペンターに事情を説明した。






「街道を通ってノーザン村に行こうとしたら、突然白い覆面を付けた連中に取り囲まれたんです。あいつら街道を封鎖して、ハウル村から来た連中を残らず捕まえているようでした。俺と一緒に居た仲間も皆捕まって、ドーラさんやエマ、それにカール様のことを聞かれました。酷く殴られていろいろ聞かれた後、連中が妙な魔法を使いだして・・・。」


 彼はそこでガタガタと震え出した。


「魔法をかけられた仲間が突然がくがく震え出して泡を吹いて倒れたんです。その後すぐ起きたんですが、起き上がった時には人が変わったみたいになってました。いくら呼び掛けても返事もしねえし、覆面の連中の言う通りに動いて、まるで操り人形みたいになっちまって・・・。」


 彼はおいおいと泣きながら、話を続けた。


「俺は怖くなって必死に逃げ出してきたんです。でも他の連中は・・・。すみません、親方。逃げ出した俺たちが馬鹿でした。大恩のある村を捨てて逃げたりしたから、きっと大地母神様の罰が当たったんです。すみません、すみません・・・。」


 涙にくれて言葉にならない男をペンターとフラミィが二人がかりで落ち着かせる。ミカエラが呪文で男を眠らせ、後のことを村に残っていた徒弟仲間に任せて、カールたちは再び指令所になっている学校に戻ることになった。






「カール様、バルドン様、さっきの妙な連中が街道を封鎖しているっていう話は本当ですかね?」


 心配そうな村長のフランツの問いかけに、衛士隊長バルドンが答えた。


「事件の収拾で混乱したせいでさほど気にしていなかったが、今日は北からも南からもまったく行商人や旅人が入ってきていない。事件があった日に逃げ出していった連中が話を広めたせいかと思っていたが、物理的に閉鎖されているのが原因だったのかもしれんな。」


「兄上、では王に差し向けた伝令も・・・。」


 カールがそう言うとバルドンは沈痛な表情で頷いた。


「船も着かないところを見ると、奴らはドルーア川も封鎖しているようだな。伝令は奴らの手に落ちていると思った方がいいだろう。」


「では現在、この村は完全に孤立しているということですわね。」


 ミカエラの言葉に全員の表情が引き締まる。冒険者ギルド長のガレスは、エルフの里へ向かったロウレアナの身を案じ、我知らず北の方角に目を向けた。






「妙な魔法を使う奴らっていうのは聖女教会の連中ってことですよね。ハーレ様、心当たりがありますか?」


 フランツの問いかけにハーレは頭を振った。


「私の知る限り、聖女教の聖職者が使う魔法にそのような恐ろしい魔法はありません。人の意志を奪い、意のままに操るなど、神と生命への冒涜です。」


 ハーレの言葉でカールはあることに思い当たった。彼はかつて戦ったことがあるのだ。自分の意志を奪われ、操り人形のようになったガブリエラと。彼がそのことを話すと、ミカエラは顔色を変えて彼に詰め寄った。


「ではこの事件の裏には、お姉様を操った連中が絡んでいるということですか!?」


「いえ確証があるわけではありません。たまたま似たような術を使うだけかもしれませんし、判断をするには情報が少なすぎます。」


 冷静に対応するカールにミカエラは取り乱してしまったことを詫びた。






「はっきりしていることは敵の狙いがドーラさん、エマ、そしてカールであることだ。街道を封鎖しているのも三人を確実に確保するためだろう。」


 バルドンの言葉に建築術師クルベが頷く。


「三人が村の外に出ていないと分かった以上、次に奴らが狙うのはこの村じゃろうな。逃げ道を塞いだ上で押しつぶす。用意周到で油断ならん相手じゃ。」


「ではすぐに対策に移りましょう。防備を固めます。バルドン様、指揮をお願いします。ガレスさんも冒険者の皆さんに緊急の依頼という形で協力を呼び掛けてください。」


 ミカエラに言われた二人がその場を飛び出していく。その後、皆はそれぞれ自分に関わりのある人々と共に対策をすることになった。


 エマちゃん、あなたの帰ってくる場所は、私が絶対に守ってみせるから。


 ミカエラは部屋から足早に立ち去っていく人々の背中を見送りながら、胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。













 夜の王都に火災を知らせる半鐘が鳴り響く。主要な通りや施設付近で起こった爆発とそれに続く火災で、王都は混乱の坩堝にあった。


 家財道具を積み込んだ荷車が通りを塞ぎ、満足に移動することもままならない有様だ。そして人が密集したところで、再び爆発が起こる。その規模は小さいものだったが、平和な王都で暮らす人々の恐怖を煽るには十分すぎるほどだった。


「捕まえたぞ! 爆発犯め!!」


 逃げ惑う人々の波に逆らい、現場に急行した衛士隊が現場からふらふらと出てきた職人風の男を捕らえた。取り押さえられた男は何の変哲もない、ごく普通の風体をしている。


 衛士隊はその場で男を取り調べたが、男は短杖も魔道具も持っていない。小規模とはいえ爆発を起こした以上、何らかの魔法を使ったか魔道具を持っているものと思っていた衛士隊は、困惑することになった。






「おい、一体どうやって爆発を起こしたんだ?」


 衛士隊の問いかけにも、何も答えない。ずっと小声でぶつぶつと何かを言い続けているだけなのだ。詰所に連行して取り調べようと、男の両手を後ろに回そうとした時、男は不意に顔を上げがくがくと痙攣しながら、突然叫び声を上げた。


「背教者に裁きを!偽りの神に鉄槌を!虚ろなる神を信ずる者に信仰の導きを!」


「!! 危ない!! 全員伏せろ!!」


 小隊長の号令で隊員全員が石畳に伏せると同時に、男の体が突然炎に包まれ爆発した。伏せるのが早かったため爆風による被害は免れたものの、近くにいた隊員たちは軽い火傷を負うことになった。


 仲間の手当てのために立ち上がった隊員たちが見たのは、倒れた仲間と焼け焦げの残る石畳だけだった。隊員たちの取り囲んでいた職人風の男は、血の一滴すら残すことなく細かい灰となって、ドルーア山から吹き下ろす北風に吹き散らされて消えたのだった。











 衛士隊の活躍もあり、夜中を過ぎた頃ようやく王都の混乱もやや落ち着きを見せ始めた。しかし一時、鎮静化しただけでまだまだ油断できない状況が続いている。


「王都各所で起こっている爆発事件は、人体の発火が原因のようです。」


「軍船や民間船が多数焼失した謎もこれで分かったな。まさか船員自身を発火剤に使うとは。度し難い敵だよ。」


 王の執務室には衛士隊から上げられた報告を持ってきたハインリヒ・ルッツ男爵と国王ロタール4世が向かい合っていた。


「爆発の規模はさほど大きくないものの、いつどこで誰が燃え上がるか分からないという恐怖から、まだ混乱は続いています。犠牲者を増やさないように住民には出来るだけ出歩かないよう呼びかけています。城門の封鎖はこのまま継続してよろしいのですね?」


「ああ、敵は捕虜にした人間を操ることで勢力を急速に増大させているようだ。徒に民を街道へ出せば、爆発させられる人間を増やすだけだからな。この爆発のからくりが分かるまでは守りを固め、新たな犠牲者を増やさぬようにせねばならぬ。」


「ハウル村のことはどうなさいますか?」


 国王は俯いてじっと考え込んだ後、逆に問いかけた。






「お前の配下の者たちはすでに動いているのだろう?」


「はい。」


「では、状況が明らかになるまでは王都の鎮静化を優先する。交通網の封鎖など大規模な手を打った割に、王都内の被害は軽微だ。つまりこちらは陽動だろう。」


「ハウル村と王都の分断が主目的で、本命はあくまでハウル村ということですね。」


 国王は無言で頷く。


「数多の情報を突き合わせる限り、聖女教がこの件に関わっているのは間違いない。しかし聖女教は他の神を排斥するような思想は持っていないはず。聖女教の皮をかぶって姿を隠している何者かがいるのかもしれんな。」


 ハインリヒは親友である国王の言葉に同意の頷きを返した。ハウル村にはカールやバルドンがいる。息子たちの無事を祈りつつ、二人がこの事件の核心に迫る情報をもたらしてくれることを期待せずにはいられなかった。






「ところで陛下はこの人体発火のからくりに心当たりがございますか?」


 国王は不愉快そうに眉を寄せた。


「人を意のままに操り、あまつさえ任意に爆発炎上させるのだから、かなりの強制力が働いているのは間違いない。例えば《隷属の呪い》でも人を意のままに従わせることができるが、自ら命を絶つような命令をすることは不可能だ。魂そのものを変質でもさせない限りはな。」


「では、敵は捕らえた王国民の魂を変質させていると?」


「それ以外にも方法がないわけではない。一つは自由意志を奪ってしまうことだ。強力な《催眠》の魔法で酩酊状態にし、そこに《強制ギアス》や《隷属の呪い》といった契約魔法を使う場合だな。だがこれは繊細な魔力操作と誘導が必要なうえ、大量の人間を従わせようとすれば術者の負担は大きくなる。呪いの強制力は術者の魂にも同じように負荷をかけるからだ。」


「ではこの場合は当てはまりそうにありませんね。」


 王は不愉快そうに頷いた。人の命を弄ぶような魔法に対する嫌悪感が、その表情からありありと覗いていた。






「もっと簡単な方法は命を奪って、動死体ゾンビ化してしまうことだな。死霊術と呼ばれる禁術だが、この術を使えば従えた死霊を意のままに操ることができるそうだ。ただ動死体はごく簡単な動作以外の命令はこなせない上に、会話もできないので、生きている人間とは容易く区別できると聞いたことがある。」


「神話に語られる『死者の大行軍』ですね。」


「ああ、そうだ。かつて死霊の大軍を率いて大陸を席巻したという不死者の王オーバーロードの伝説だな。『大変動』以前の出来事と言われているが、これはおとぎ話だろう。母親が子供を躾けるときの常套句みたいなものさ。」


「ではそちらも今回の件とは違うようですね。」


「だがこういった類のからくりがあるのは間違いない。王立学校と王立魔法研究所にも解析を依頼してある。私も文献を当たってみるとしよう。お前には苦労を掛けるが、引き続き衛士隊の指揮を頼む。」


 ハインリヒは深々と一礼し、王の執務室を離れた。






 現在、王都を守る衛士隊は各地で起こる人体発火爆発事件の捜査とその処理のため、八面六臂の活躍をしている。王国軍守備隊が街道へ通じる城門を封鎖中の今、王都の秩序と安全は彼らが守っているのだ。


 王は親友を見送った後、資料を探すために引き出しを開いた。するとそこにしまっておいたドワーフ銀貨がかちゃりと涼し気な音を立てた。それは彼にお人好しで、人見知りな女神の姿を思い起こさせた。


「どうかご無事でいてください。」


 彼は軽く祈りを捧げてから、久しく手にしていなかった自作の強壮剤を一気に飲み干した。そして事件解決の手がかりを求めて、王家の歴史書が保管してある書庫へ入っていったのだった。











 冷たい草の露がぴちょんと顔に落ちてきて、エマは驚いて目を覚ました。辺りは薄闇に包まれている。空には星が光っているが、東の空がぼんやりと明るくなって見えるので、間もなく夜明けなのだろう。


 慌てて飛び起きたエマは、自分が繊細で鮮やかな色の模様を持つ敷物の上に寝かされているのに気が付いた。辺りを見回す彼女に、後ろから声がかかった。


「よかった、目が覚めたんだね。」


「ディルグリムお兄ちゃん!?」


 振り返ったエマの前に立っていたのは、かつての冒険者仲間だったファ族の若者ディルグリムだった。彼は優しい目に心配そうな色を浮かべながら、彼女に尋ねてきた。


「エマ、一体どうして君がこんなところに? もしかしてハウル村で何か起きたのかい?」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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