14 謁見
ややこしい説明回です。こういう話を、すっきり書ける方が本当にうらやましいです。
飛竜との激闘から三日後の昼を過ぎたころ、カール・ルッツ準男爵は王都の貴族街の端にある生家へと辿り着いた。
「・・・ただいま戻りました。」
「おお、カール!無事でよかった!!一体何があったんだ!?騎士団や軍閥貴族からの問い合わせがものすごいことになっているぞ!」
出迎えてくれたのは長兄のアーベルだった。普段は温和そのものの顔を心配そうに歪め、カールの体をあちこち触って無事を確かめている。
アーベルは父の務める王立調停所の書記として働いている。丸っこい体つきでいつも穏やかに話す弟思いの兄は、カールにケガや傷がないことを確かめ、ホッと大きなため息を吐いた。
「お前が飛竜と戦ったと聞いてな。本当に肝がつぶれるかと思うほど心配したぞ。」
「ご心配をおかけして申し訳ありません兄様、いえ兄上。」
ついこの間まで呼んでいた子供の頃の呼び方でアーベルを呼んでしまい、思わず赤面する。アーベルはカールが幼いころに亡くなった母に代わり、年の離れた末の弟であるカールの面倒をずっと見ていてくれていたのだ。
「ははは、王直属の文官に採用された自慢の弟から『兄様』と呼んでもらえるのは、本当に嬉しいよ。疲れているだろうから早く休ませてやりたいがそうもいかない。父上が書斎でお待ちだ。バルドンもな。」
アーベルはカールを伴ってルッツ家の家長である父、ハインリヒの書斎へと向かった。だがいくらも行かないうちに、侍女の控室から飛び出してきた年配の侍女が、カールの姿を見るなり悲鳴を上げた。
「カール坊ちゃん!!ご無事だったんですね!!坊ちゃんが飛竜に襲われたと聞いて、私はもう心配で心配で・・・!!」
年配の侍女はカールを抱きしめると、おいおい声を上げて泣き出した。
「コネリ、私は無事だよ。心配かけてすまない。」
「本当ですよ!!学校を卒業して文官になったばかりの坊ちゃんを王都領の辺境に行かせるだなんて!旦那様はあんまりです!!」
「いや、別に父上が命じたわけではないよ。王のご命令なのだから。」
ぐずぐずと鼻をすするコネリをカールは慰める。コネリはルッツ家につかえる使用人の一人で、カールが生まれた時からずっと面倒を見てくれた女性だ。
ルッツ家の使用人はこのコネリの一家4人だけ。コネリの夫と息子、それに息子の嫁が使用人として働き、小さな庭に建てられた使用人用の離れで暮らしている。コネリ一家は代々ルッツ家に仕えてきた。だから今は成人前のコネリの孫たちも、やがてはルッツ家の使用人として働くことになるはずだ。
「コネリ、気持ちは分かるが父上がカールの話を聞くためにお待ちなんだ。それが終わったら、カールを休ませたいから湯浴みの準備をしてやってくれないか?」
「!! かしこまりましたアーベル様!このコネリにお任せください!!」
コネリはカールのために準備を整えようと、侍女の控室に飛び込んでいった。
「助かりました。ありがとうございます、兄上。」
「まあ、コネリにとってはお前は我が子以上の存在だからな。」
二人は目を見合わせ、軽く微笑みあうと、ハインツの書斎に向けて歩き始めた。
「失礼いたします、父上。」
「ああ、入りなさい。」
整然と、だがたくさんの書類で溢れている父の書斎に入ると、書斎の主であるハインリヒと、日頃は屋敷を離れて生活している次兄のバルドンが二人を待っていた。
「噂は私の耳にも届いているがカール、お前の口から何があったか聞かせてくれ。」
書類の積み上げられた執務机に座ったまま、ハインリヒがカールを見た。衛士隊の制服を着たバルドンは書斎の隅にある椅子に腰かけたまま、じっとカールを見つめている。
カールは王都への帰路中に飛竜に遭遇し、撃退したことを話した。そしてその後、騎士団からの取り調べを受けたことも。だがドーラの魔法剣のことは伏せておく。これは兄たちには聞かせないほうが良いと思ったからだ。だが。
「噂に尾鰭が付いていないのであれば、お前は飛竜を一刀の下に切り伏せたと聞いた。いくらお前が優れた剣の技量を持っているといっても、そんなことが可能とは思えない。それは真実なのか?」
衛士隊の中隊長として働いているバルドンが鋭い目つきでカールを問い詰める。バルドンは槍の名手で、日々衛士として街を守るために戦っている。そんなバルドンからすれば、それは当然の問いかけだった。
ドルアメデス王国の王都は聖なる山ドルーアに守られているため、滅多に魔獣の襲撃は起こらない。唯一の例外はドルーア山周辺に出没する飛竜たちだ。
飛竜たちは何の前触れもなく飛来し人や家畜を襲う。そのため王都の周辺には高い外壁を巡らし、昼夜を問わず衛士隊が警戒に当たっている。だがそれでも飛竜たちを討伐するのは非常に困難だ。
外壁に備えられた大型弓でなら傷を負わせることもできるが、高速で飛来する飛竜に固定式の弓を命中させるのは至難の業。通常の弓は飛竜の薄い皮膜状の翼ならば傷つけることができる。だがそれ以外の部位は鋼の様に固い鱗と頑丈な皮膚に覆われているため、役に立たない。せいぜい飛竜を牽制し追い払うのが関の山だ。
中級以上の貴族たちで構成された騎士団であれば、集団で魔法を使って討伐することもできる。だがそれも飛竜が確実に地上に降りてくるということが前提であるしその上、多くの犠牲を覚悟しなくてはならない。
そのため騎士団は、ドルーア山の山頂付近に作られた大地母神殿の警護が主任務となっている。飛竜とはそれほどまでに恐ろしい存在なのだ。
それをいくら並外れた剣技を持つとはいえ、文官のカールが一刀の下に切り伏せたなど荒唐無稽にも程がある。カールが今朝まで騎士団の取り調べを受けていたのも、そのせいだった。
「バルドン兄上様のおっしゃったことは真実です。ですがまずは父上にお話ししようと思います。」
内心の動揺を押さえつけながら、カールはバルドンをしっかりと見返した。バルドンはじっとカールを見つめていたが、やがてフッと笑みを零しながら言った。
「お前もいつまでも俺たちの後をくっついている子供じゃなくなったみたいだな。いい判断だ。」
バルドンはアーベルを伴って、書斎を出て行った。カールはハインリヒに向き直り、左の腰に下げた剣を引き抜いて見せた。
「その剣にお前が『飛竜殺し』となった秘密があるというわけか。」
「はい。ご覧ください父上。《我が望む者の前に姿を現せ》」
カールがドーラから教わった短い呪文を唱えると、ありふれた片手剣が虹色の輝きを放つ白銀の曲刀へと変化した。滅多なことでは動揺を見せないハインリヒが軽く目を見張る。
「これは・・・魔法剣か。」
「はい父上。この剣のことを王にお見せする前に余人に知られてはならぬと思いましたので、今まで秘しておりました。」
カールはハウル村で出会った不思議な娘の話をハインリヒに語った。ハインリヒはその話を聞いて大きく頷いた。
「ハウル村、なるほどそれでか・・・。ようやく探らせていた事件の謎が解けた。」
「事件、ですか?」
「ああ、お前は騎士団の連中に捕まってたから知らないだろうな。5日前にハウル村とノーザン村を繋ぐ巨大な街道が出現したのだ。」
カールは内心頭を抱えてしまった。間違いなく犯人はドーラだ。きっと何の悪気もなくやったことに違いない。
「領民たちは皆、王がお作りになったと思っているが、もちろん王はそんなことはなさっていない。それで私が内偵を任されてな。」
ハインリヒは情けない表情をしているカールを面白がるようにそう言うと、徐に執務机から立ち上がった。初老の文官とは思えないほど鍛えられた体つきをしたハインリヒは、きびきびした動作でカールに近づいた。
「カール、悪いが休息はもうしばらく後になりそうだ。すぐに王城へ向かうとしよう。」
ハインリヒはカールを伴い、屋敷を後にした。続いてバルドンも衛士隊に戻った。そのせいで残されたアーベルは、落胆し憤慨する侍女のコネリを宥めるのに、大変な苦労をすることになってしまったのだった。
ハインリヒとカールは人目を避けながら王城へと向かった。日頃、貴族が利用する門ではなく、王族が私的な外出で使う門を通って王城へ入る。
これまでにカールが王城に来たのは、文官に登用された直後の任官式だけだった。しかも平民も入れる大広間の一番後列から、遠目に王を見ただけに過ぎない。
だから今、王の私室で国王ロタール四世と向かい合っているのが、とても現実の出来事とは思えなかった。ひょっとして私は飛竜との戦いで命を落とし、夢を見ているのではないだろうか?
そんなカールの思いを知ってか知らずか、国王は親しげにハインリヒに話しかけてきた。
「よく来てくれたハインリヒ。それで何か分かったのか?それにその若者は?」
「はい、この不肖の倅が事件のカギを握って戻ってまいりました。」
ハインリヒはカールに剣のことを話すよう促した。カールは剣を国王に見せ、ドーラのことを語った。
「なるほど。これほどの魔法剣を作り上げることのできる術師であれば、巨大な街道を出現させたしても不思議はないな。其方、カールと言ったか。魔法を使って確かめたいので私に剣を渡してもらえないか。」
「いえ、それが・・・。」
カールは逡巡した。なぜならこの魔法剣はカールの手を離れると、とんでもなく重くなってしまうからだ。騎士団で取り調べを受けた時にも、やはり剣を調べられたのだけれど、《身体強化》や《剛力》の魔法を使える騎士でも両手で抱えるのがやっとだった。
それを片手で軽々と扱うカールがどれほど奇異な目で見られ恐れられたことか。今、思い出しても身の縮まる思いがする。
カールがそのことを国王に話すと、国王はカールに剣を持たせたまま《鑑定》の魔法を使った。だがパキンという鋭い音とともに国王の魔法は弾かれてしまった。
国王は《鑑定》よりもさらに高位な錬金術魔法《分析》を使った。だがそれもやはり同じように弾かれてしまう。国王は神経質そうな眉を寄せ、唸るように言葉を発した。
「恐るべき力だ。よもやこれほどとは・・・。こんなものを作り出せる人間がいるとは到底信じられぬ。この剣は、神代より伝わるというエルフ族の至宝にも劣らぬだろう。」
「国王様、その娘、一体何者なのでしょうか?」
「・・・神の眷属か、ひょっとすると魔神の類かもしれぬ。」
魔神。その名を聞いてカールは実しやかに語られる奇怪な噂話を思い出す。妖精の住む世界に迷い込んだ狂人が語ったという神話の戦いの話。その狂人によれば戦いを引き起こした魔神たちは一夜にしてこの世界のすべてを焼き尽くしたという。
狂った老人は自分のことを100年も前の時代からこの世界にやってきたと語ったそうだ。若者のころに妖精の世界に入り込んでしまい、数日を過ごして出てきたときには、老人の姿になっていたと。語り終わると老人は息を引き取った。躯は塵となって崩れ去ったらしい。
国王の言葉を聞いたハインリヒは、国王に静かに尋ねた。
「娘を殺しますか?」
カールは、事も無げにそう言った父の言葉に自分の耳を疑う。だがドーラが危険な存在であれば、国を民を守るためにそうしなくてはならなくなるだろうことは、カールにも理解できた。
だがドーラに直接触れたカールには、到底納得できるはずもない。
「父上、国王陛下、ドーラはそのような危険な存在ではありません!!」
思わず叫んでしまったカールだったが、すぐにその発言の無礼さに気づいて、その場に片膝を付き謝罪した。重苦しい沈黙の後、国王がゆっくりと口を開いた。
「其方はそのドーラという娘と、浅からぬ縁があるようだ。其方の気持ちは分かるが、私は王だ。多くの民の生活を守るため、時には情に流されず判断を下さなくてはならない。」
ドルアメデス王国国王ロタール四世は、直属の家臣となったばかりの16歳の若者を正面から見つめて、そう言った。
「其方は私の家臣として、民を守るために、自分の思いを捨てることができるか?」
カールの脳裏にドーラの無邪気な笑顔が過る。あの時触れた、柔らかな手の感触はまだカールの脳裏に焼き付いていた。ドーラを守りたいという思いを捨てることなど、到底できない。
だが自分は誇りある王国貴族の一員だ。民を守るという責務がある。苦い唾が口に広がり、石の様に重くなった言葉は一向に口から出てこない。沈黙が深くなるに従ってハインリヒから強烈な殺気が伝わってくる。
カールは意を決し、国王の目を見つめてはっきりと言い放った。
「国王陛下、私はドーラを含め、この国の民すべてを守るために、身命を賭したいと考えております。もしそれがお気に召さないとおっしゃるなら、この場で私の命を絶ってくださって構いません。」
カールは苦悩した末に、自分の気持ちを正直に伝え、そのまま王の前に首を垂れた。後ろに立つハインリヒが腰の剣に触れるカチャリという音がやけに遠く聞こえる。
ロタール四世はじっと目をつぶり、長い時間、黙っていた。やがて国王はカールに顔を上げるよう言った。
数年前に王位に就いたばかりの壮年の国王は、王として目の前の家臣の決意に応えた。
「なるほど。其方の気持ちはよく分かった。其方に君命を下す。心して聞くがよい。」
カールは自分の運命を大きく変えることになる主君の言葉を、一言も聞き漏らすまいと、王の目をしっかりと見つめた。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
木こり見習い
土木作業員(大規模)
所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚)
読んでくださった方、ありがとうございました。