138 捕物 前編
ちょっと短めです。
夏が始まってあっという間に一か月が過ぎた。ハウル村では麦とジャガイモの収穫に向けた準備と、麻やヒマワリの手入れなどで忙しくしている頃だ。
この間、村に帰った時にはエマの弟妹のアルベールくん、デリアちゃんもマリーさんにくっ付いていろいろなお手伝いをしていた。ちょっと前までヨチヨチ歩きあったような気がするのに、もうお手伝いができるのだから人間の成長はすごく早いと感心してしまう。
もっとも成長が早いとは言っても、ヤギや豚とは比べ物にならないけどね。そう考えると、人間は生き物の中ではゆっくり成長する方なのかな。人間の群れがすごく大きいのは、ゆっくり成長する子供を守るためなのかもしれないね。
そう言えば私は自分が生まれたときのことはもう覚えていないけれど、最初は狩りをするのがあんまり上手じゃなかった気がする。でも誰かに狩りを教わったという記憶もないし、群れを作ったこともない。きっと私には親がいないのだと思う。
竜の友達はいっぱいいたから、一緒に狩りをしたり遊んだりしたことはあるけど、彼らとは別に兄弟というわけでもなさそうだ。だって色や形も全然違うしね。竜はそういう意味では孤独な生き物なのかも。
私がエマやカールさんに強く惹かれるのは、そのせいもあるのかしらと、マリーさんたちの様子を見ながら思った。
エマの学校生活は順調だ。イレーネちゃんとの交流会以降、エマに近づく女の子の数がぐっと増えた。女子棟1階の談話室でやっている魔力の鍛錬に参加する女の子たちも増えて、中級貴族と下級貴族出身の女の子たちの交流も進んでるみたいだ。
授業も魔法に関するものは完璧なので全然心配ない。ただエマは王国の歴史や地理に関することが苦手みたい。
魔法以外の分野を授業で扱うことはほとんどないみたいなんだけど、それでも授業の中で過去にあった魔法を使った戦いの話や有名な素材の採取地などが出てくることがあるのだそうだ。
一応、必要最低限のことはガブリエラさんが教えてくれていたのだけれど、他の生徒たちが当たり前に知っていることでもエマは全く分からないということが時々あり、とても困っているみたいだった。
他の子は小さい頃から家庭教師にそういうことを教わってきているので、先生たちも当然知っているものとして授業を進めてしまうらしい。
今のところはミカエラちゃんや他の女の子たち、あと男女混合の授業の時にはサローマ伯爵の息子のニコルくんなんかも助けてくれているみたい。エマは頑張り屋さんだから、きっと大丈夫だと思うけど、ちょっとだけ心配です。
それから、学年混合の授業の時には、ウルス王子がエマの様子をちょくちょく見に来るしい。この間もすごく効力の高い軟膏をもらったと言って、私に見せてくれた。
なんでも従弟のリンハルト王子がエマにケガをさせたことへのお詫びらしい。ちょっとしたケガだったのにこんなに気を使ってくれて、すごくいい人だってエマは言っていた。
あと、夏に入って本格的に始まった無属性魔法研究室での特別研究生としての活動はとても楽しいみたい。いつもその日に勉強したことを、私にも詳しく話してくれる。時には私も実験や研究に参加させてもらうことがあるけれど、すごく興味深いものばかりだった。
今は《通信》の魔法と、砂糖を作り出す《製糖》という魔法を並行して研究しているそうだ。お砂糖はとても希少で高価な物なので、もし魔法で作れるようになったらすごくいいと思う。完成したら私も教えてもらおうっと!
エマの学校生活が充実した分、私は学校を出て自由に行動できる時間が多くなった。だから最近は色々なところを移動して、困っている人がいないかなと見て回るのが私の日課になっている。
王都の貧民街の人たちの生活は少しずつ改善されてきている。成績に応じて賞金を出す『ごほうび制度』と『給食』を始めたおかげで、貧民街で暮らす子供のうち、ほぼ全員が、学校に通ってくるようになった。
そのため子供たちの体が丈夫になってきて、病気がちだった子の数も少なくなっている。給食は昔のハウル村で食べていたような芋や雑穀などが多いけれど、学校に来さえすればとりあえず一食はお腹いっぱい食べられるっていうのがやっぱり大事みたい。
貧民街の大人の人たちも農場や農場を管理するカフマン商会の事務所、学校などで働いて、自分の生活を立て直そうとしている人が増えてきている。どうしてもそういう気持ちを持てない人もいるみたいだけれど、ほとんどの人は自分の将来を考えるゆとりが出てきているみたいで、嬉しい。
ただ王都東門外の農場は野菜の収穫が少しずつ出来るようになってはいるものの、主食になるジャガイモや麦は種まきと種芋植えが間に合わなかったので、今年の収穫は難しいかもしれない。
その分、ニワトリやヤギ、豚を飼育する取り組みは上手くいっているみたい。カフマンさんは「しばらくは無理でしょうけど、消費地が近い分、将来的には十分収益が期待できますよ」と私に教えてくれた。
私も農場の家畜たちが襲われないように、夜中にこっそり竜の姿に戻って、近づいてきた飛竜をパクパクしていた。その甲斐あって、飛竜たちはどうやらここが私の縄張りだと理解してくれたみたい。最近はほとんど寄り付かないようになった。
その分、周辺の魔獣を狩っているみたいなので、私としてはとても助かっている。飛竜が食べられなくなったのはちょっとだけ残念だけどね。
あと私が出かけている間に、私を尋ねてリンハルト王子のお父さんのパウル殿下がやってきたらしいのだけれど、私は一度も会えていない。
どんな用件だったんだろうと思って応対したリアさんたちに聞いてみたのだけれど、特に用事はないみたいだった。ただ私に会いたかったんだって。
パウル殿下って確か王国軍の『将軍』って仕事をしているはずだ。将軍って何をする人なのかよく分からないけど、きっと暇なお仕事なのかもしれないね。
そんなわけで私は今日も東門外にある農場にいる。もちろんいつもの長衣と半仮面の姿だ。農場の人たちは最初、この姿を気味悪がって少し遠巻きに私を見ていたのだけれど、私が小さい子供たちと一緒に遊ぶようになったら少しずつ話しかけてきてくれるようになった。
「ドーラさん、これお願いできるかね?」
そう言って一人の女性が、私に手紙を差し出してきた。
「いいですよ。えーっと『夏 仕事 終わる 秋 帰る 母ちゃん 元気で ジル』って書いてありますね。」
「おお、あの子が帰ってくるのかい!? 嬉しいねぇ。ありがとうよ、ドーラさん。」
彼女は私に何度もお礼を言って仕事に戻っていった。彼女の息子さんは他領への隊商の課役夫として春に旅立って行ったのだ。その息子さんが秋に帰ってくるという手紙を、カフマン商会の隊商に託してくれたらしい。
以前私は彼女に頼まれて、息子さんへの手紙を代筆したことがあった。この手紙はその時の返事なのだ。
この国の大半の大人の人たちは文字を読み書きすることができない。前の王様の時に学校が作られたので、少しずつ増えてはいるみたいだけど、それでも本当にごく一握りだ。
だから手紙をやりとりしたり、役所に何かを申し出たりするときには『代書屋』という人達に頼むのだそうだ。もっとも普通の人たちはめったに手紙を書かないので、ほとんど儲からない仕事らしいです。
手紙は行先さえ分かれば割と安い値段で届けてくれる『配達人』という人がいるそうだ。彼らは大きな隊商などにくっ付いて移動し、それぞれの村や町に手紙を届ける仕事をしている。
配達人は組合に加盟しているれっきとした職人さんだけれど、それだけをしている人は珍しくて、行商人や冒険者などを兼業している場合がほとんどだ。
ちなみに運ぶのは手紙かせいぜい手の平に載せられるくらいの小さな荷物だけだそうで、それ以上の大きさの荷物は運搬人ギルドの領分らしい。あと高価な物や希少な品は、冒険者ギルドに個別に依頼を出して運搬してもらうこともあるんだって。
なんだか複雑な仕組みだけれど、用途や目的に応じて仕事を分担し合うことが、安全・確実に手紙や荷物を届けるための工夫なんだそうだ。人間ってやっぱり賢いです!
さっきの女性は農場で働き始めてお金を得られるようになり、そのお金で遠くへ行った息子さんへ初めての手紙を出したのだ。手紙は私が銅貨一枚で代筆し、カフマン商会の人が仕事のついでに届けてくれた。
私はまじない師の姿をしているせいか、農場や貧民街にいるときに、この手の頼みごとをされることがすごく多い。本当は無料で引き受けてもいいのだけれど、それはダメだとカフマンさんとカフマン商会の代理人さんから言われているので、少しだけお金をもらうことにしている。
最初はそれがすごく不思議だったけれど、自分の稼いだお金で初めて息子さんに手紙を出せたと喜んでいたあの女性の様子を見たら、その理由がなんとなく分かったような気がした。
農場での用事を済ませた私は、衛士隊の人たちが王立学校の残飯を配りに来るのを見届けてから帰ろうと思い、大地母神殿の前で子供たちと一緒に並んで待っていた。
最近は大分暑くなってきたから壺にかけてある《腐敗遅延》の魔法だけだとちょっと心配だ。今度エマを通じて、ゴルツ先生に相談してみようかしら。
私がそんなことを考えながら、子供たちとじゃれ合っていると、ごみごみした通りの向こうから残飯を乗せた衛士隊の荷車がやってくるのが見えた。
食べ物がもらえると思って喜ぶ子供たち。でも何だか荷車の様子がいつもと違う。衛士隊と術師の人だけじゃなくて、派手な服を着た人たちが一緒に乗っている。あれは確か・・・。
「おお!ドーラ様! やっと見つけた!」
荷車の上からそう叫んだのは吟遊詩人ギルドの楽師さんだった。彼は立ち上がって私に手を振ろうとしたが、すぐに崩れ落ちるようにしゃがみ込み、隣にいた術師さんに支えられた。私は長衣の裾がめくれるのも構わず、彼の下へと駆け寄った。
彼はひどいケガをしていた。派手な衣装はあちこち破れて血が滲み、顔もひどく腫れあがっている。右足を特にひどく痛めているようだ。
「これを使ってください!」
私は長衣の下に着ているいつもの服の前に付いた大きなポケットから、数種類の回復薬を取り出して彼に手渡した。でも遠慮してなかなか使おうとしなかったので、私は強引に封を開けて中身を彼に振り掛けた。
みるみる間にケガが治り、彼は驚きながら私にお礼を言った。でもすぐに血相を変えて話し始めた。
「ドーラ様、すみません。あの子が、ターニアが大変なことに・・・!!」
「ターニアちゃんが!?」
騒ぎを聞きつけた東門守備隊の衛士さんたちと、カフマン商会の代理人さんも駆けつけてくれたので、私たちは守備隊の事務所に移動して、彼から事情を聴くことにした。守備隊の隊長さんと私、そして代理人さんを前にして彼は開口一番、泣きそうな顔で叫んだ。
「ターニアが攫われてしまいました!」
驚いた私がどういうことかと尋ねると彼はその時の様子を話してくれた。
「今日の昼を少し過ぎた頃、いつものように中央広場での法令歌の披露を終えて、次の広場に移動しようと通りを通っていたら、王立調停所の小間使いを名乗る男から呼び止められたんです。」
その男は緊急に告知してほしい内容があるから、すぐに調停所へ来るようにと言ったそうだ。
「でも私たちは当然、それを断りました。役所からの告知依頼は必ず吟遊詩人ギルドを通して行われることになっていたからです。」
しかし男は急を要する内容だから、逆に彼らを通じてギルドに申し入れをしてほしいと言った。でもそれは正規の手続きではない。結局、無理を言う男との押し問答のような形になってしまった。
「でもそれもあの男の筋書きの一部だったのでしょう。ここではまずいからという男の言葉に従い、通りから少し離れた路地に入りました。そしたら大きな馬車が突然走ってきて、路地の出口を塞ぐように止まったんです。」
人気のない路地に閉じ込められたと気が付いたときにはもう手遅れだった。路地に待ち伏せしていた男たちに楽師さんたちは散々痛めつけられ、気を失った。目を覚ました時にはターニアちゃんが消えてきたのだという。
彼らは痛む体を押してターニアちゃんを見つけようとした。まずは衛士隊の詰所と吟遊詩人ギルドに連絡を取る。そして周辺を捜索した。しかし手がかりは全く見つからない。
そんな時にたまたま通りがかった衛士隊の荷車を見て、私を通じてカールさんに連絡を取ろうと思ったそうだ。
「なるほど。でもよく私が衛士隊の方たちと知り合いだって知ってましたね?」
「以前、ターニアが話してくれたことがあったんです。女神様はまじない師の格好をして衛士隊と一緒に大地母神殿で食べ物を配っていたって。」
私が以前、衛士隊の人たちと一緒に王都内の神殿で食べ物を配る作業をしていた時、ターニアちゃんにその姿を見られていたらしい。
そう言えばあの時も、それからターニアちゃんの様子をこっそり見に行った時も、今と同じまじない師の格好をしていたっけ。私の変装はバレバレだったみたい。
彼は私に取り縋らんばかりの勢いで言った。
「あんなに強引なやり方で人攫いをするぐらいですから、碌な連中じゃありません。しかも奴らは明らかにターニアを狙っていました。早く助けないと、ターニアがどんなことになるか。お願いです、ドーラ様。ルッツ男爵にこのことをお知らせください。そして、どうかお力を貸してくださるよう、お願いしてください。」
でも私が答える前に、彼の話をじっと聞いていた代理人さんが、低い声で彼に質問をした。
「あなたを誘い込んだその男は、調停所のお仕着せを着ていたのですか?」
「そこまではっきりとは分かりませんでした。でも役所の下働きが着るような服だったのは確かです。」
「なるほど。では単に服を似せたか、もしくはどこかの官吏の手先という可能性が考えられますね。かなり組織だった動きをしているところから考えると、後者の方が可能性が高い気がします。」
代理人さんの言葉を受けて、守備隊の隊長さんが言った。
「それでは最悪、貴族が絡んでいるということか。なあ君、他に手がかりはないのかね?」
「それが全くないのです。申し訳ありません。」
楽師さんは悔しそうに拳を握りしめた。代理人さんが慰めるように言った。
「いいえ、やり口から見ておそらくこの手の荒事を専業にしている連中でしょう。慎重に証拠を残さないようにしていたはずです。あなたのせいではありませんよ。」
隊長さんが腕組みしながら唸る。
「うーん、しかし困ったな。それでは探しようがない。この広い王都でたった一人の少女を見つけ出すなんて、一体どれほどの時間がかかることか。王都から秘密裏に運び出されでもしたら、探しようがない。それに貴族が絡んでいるとなると。」
その言葉に代理人さんもむっつりと黙り込んだ。
「そんな・・・! じゃあターニアは・・・!!」
今にも泣きだしそうな顔で頭を抱える楽師さん。これはいけない。私の出番です!
「大丈夫です!私が魔法で見つけますよ!《人物探索》!」
これは以前、王城の中にいる王様を探した時に使った魔法だ。元々は《物体探索》っていう失くした物を探す生活魔法だったものを、私が改造したのだ。魔法の効果範囲内にいる人物の位置を知ることができるという便利な魔法だけど、相手の顔を知らないと使えない。
私は魔力を思い切り込めて、王都全体に魔法の効果を広げた。魔法に反応があり、ターニアちゃんが今いる場所の距離と大体の方角が分かった。
私がそのことを伝えると、皆は信じられないという顔をした。でもすぐに楽師さんが言った。
「私はドーラ様の力を信じます。すぐにターニアを助けに行きましょう!」
私がそれに同意して立ち上がろうとしたら、代理人さんに止められてしまった。
「行った先に何があるか分かりません。場所が分かっているなら、慎重に行動すべきです。ターニアを殺さず攫っていった以上、すぐに彼女の命を奪うことはないでしょうから。」
彼は私にカールさんに連絡を取るように言った。この件に貴族が絡んでいた時のために、カールさんの力が必要なのだそうだ。大まかな段取りを説明し終わった後、彼は底冷えがするような暗い声で呟くように言った。
「よりにもよって王立調停所の職員を騙るとは許せません。犯人の連中には自分の愚かさを思い存分、分からせてやるとしましょう。」
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2104000D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
→ エマへ貸し出し中 5000D
← 薬・香草茶の売り上げ 2000D
← カフマン商会との取引 20000D
読んでくださった方、ありがとうございました。