135 交流会
ものすごく眠たいです。誤字があったらすみません。
春の最後の月がそろそろ終わりに差し掛かる頃、エマとミカエラちゃんに『交流会』への招待状が届いた。差出人はイレーネ・カッテ。エマの同級生で、王国南西部に大領地を持つカッテ伯爵の姪だそうだ。
彼女は第六寮の3階、上級貴族の子女が暮らす部屋で生活している。そこが交流会の会場になるらしい。二人は正直、あまり気が進まない様子だったけれど、ニーナちゃんの「断ると後々面倒なことになりますわ」というアドバイスに従って、招待を受けることにした。
私とルッツ家の侍女リアさんも、二人の給仕役として参加することになった。本来ならバルシュ家の侍女であるジビレさんが参加するはずなのだけれど、彼女が遠慮してリアさんに代役を頼んだのだ。
普段は髪と服で隠していてほとんど見えないけれど、ジビレさんの顔と半身には酷い火傷の跡がある。それを交流会で話題にされるのを避けるためだという。
私は気にすることないのにと思ったけれど、ミカエラちゃんがジビレさんが辛い思いをするといけないからと言って、結局リアさんが参加することになった。ジビレさんはリアさんに「ミカエラ姫様のこと、よろしくお願いします」と丁寧に何度も頼んでいた。
当日、昼食を終えた私を含めた侍女たち4人は、エマとミカエラちゃんの身支度を整えるので大忙しだった。ドゥービエさんが作ってくれた二人のドレスはものすごく綺麗なのだけれど、一人ではとても着られないような複雑な作りになっているのだ。
おまけにドレスだけじゃなく、下着に長靴下、靴、装身具と身に着けるものがすごく多い。髪の編み方や髪飾りのつけ方まで細かく指定した『説明書』が添えられていたので、私たちはそれを確認しながら、支度をしなくてはならなかった。
この時に私たちを助けてくれたのが、ニーナちゃんだ。ドゥービエ工房の服を研究し尽くしている彼女のアドバイスで、何とか準備を終えることができた。
特に髪の編み方と手入れについては素晴らしいの一言だった。実はドゥービエさんが説明書を書いた時よりも二人の髪が伸びていたため、うまくまとめられなかったのだ。けれど、ニーナちゃんが独自のアレンジを加えてきれいに整えてくれた。
「これで完璧ですわ。ドーラさん、また私にお二人の絵を描いてくださらないかしら?」
ニーナちゃんはほうっとため息を吐きながら、完璧に仕上がった二人をうっとりと眺めた後、私にそう頼んできた。薄桃色のドレスを着たエマと深い緑と若草色を組み合わせたドレスを着たミカエラちゃんは、私の目から見ても本当に輝くほどに可愛らしい。
私が《自動書記》の魔法を使って二人の絵を描くと、彼女はそれを大切そうに自分の紙入れの中にしまい込んでいた。
準備を整えた私とエマ、ミカエラちゃん、リアさんの4人は、寮の女子棟の中央にある大階段を使って3階へと向かった。私は二人が今日使う食器類を、リアさんはお土産のお菓子をそれぞれ抱えている。
初めて見た3階は1,2階とはまったく違う構造になっていた。
1,2階は棟の中央に南北の伸びる長い廊下があり、その両側に部屋が配置されている。部屋の大きさ自体は変わらず、エマたちのいる1階は4人部屋、2階は2人部屋になっているのだ。ちなみにエマたちの部屋は一階の一番北側の部屋だ。
でも3階は広い廊下が寮の西壁に沿って作られており、東側に大きな部屋がそれぞれ10個並ぶ作りになっている。1階にいるエマたちの部屋だけでも、ハウル村の普通の家より少し広いくらいなのに、3階の部屋はそれをいくつも合わせたくらいの大きさがある。一体どれくらい広いんだろうと驚いてしまった。
中央階段を上ったところは大きな広間になっていて、そこに談話室のようなものが作られていた。衝立で仕切られた空間にテーブルや長椅子などがあり、数人の生徒が固まって座っている。制服ではなく、社交用のドレスを着ているから、交流会に招待された生徒たちなのだろう。
広間に入ると、すぐに侍女服を着た人が守衛さんを二人伴って、私たちに近づいてきた。彼女は丁寧にお辞儀をし、私たちに言った。
「カッテ様の交流会に参加されるミカエラ・バルシュ様とエマ様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。招待状を確かめさせていただいてよろしいでしょうか?」
リアさんが招待状を手渡す。彼女はそれを確認した後、私たちからお土産のお菓子と食器類を受け取り「確認と準備ができるまでしばらくこの広間でお待ちください」と言った。そして私たちを席に案内して、大広間から続く南側の廊下の向こうに行ってしまった。
「3階ってすっごく広いね。それに守衛さんがあちこちにいるし。1階とは全然違うんだね。」
「そうだねエマちゃん。何だか広すぎて落ち着かないよ。」
二人は落ち着きなく辺りを見回す。
「エマ様、ミカエラ様、お言葉に気を付けてください。」
リアさんにそう注意されたエマたちは「そうでしたわ。貴族語で話さないといけませんわね」と言った後、目線を交わしてクスクス笑いあった。
エマとミカエラちゃんは行儀よく椅子に腰かけ、ひそひそと言葉を交わす。私も物珍しくてついつい周りをきょろきょろと見回してしまった。きれいな絨毯の敷かれた床やピカピカの壁。そして魔法を使った照明。
壁には物語の一場面を描いたと思われる絵や風景画があちこちに飾られ、家具や調度品に至るまで繊細で上品な装飾が施されていた。私は人間の作るものは何でも好きだけれど、こういう技術の粋を尽くしたものには特に憧れてしまう。
ハウル村の大工のペンターさんがここに居たら、きっと物凄く喜ぶだろうなーと考えていたら、案内役の侍女さんが私たちを呼びに来てくれた。
私たちは侍女さんについて交流会の行われるイレーネちゃんの部屋に向かった。彼女の部屋の入り口は階段のある大広間のすぐ近くにあった。両開きの扉の前には守衛さんがいて、直立不動の姿勢で入っていく人たちを見守っていた。
扉をくぐるとそこは温かみのある乳白色の壁で統一された、左右に伸びる長い廊下だった。廊下は左右に伸びた先でそれぞれ東向きに折れているから、恐らく中央の空間を取り囲むように配された回廊なのだろう。
廊下から入ってまた廊下があるのに驚いたけれど、今見ている回廊の長さを考えたらそれも納得できる。3階は部屋と言うより、10個の独立した平屋造りの屋敷が並んでいるような構造になっているのだろう。
回廊の内側にはたくさんの扉があるから、回廊に取り囲まれた広い空間の中にたくさんの部屋があるに違いない。私たちの入ってきた両開きの扉の正面にも、また両開きの大きな扉があったけれど、それは開かれていて、先に続くまっすぐな通路が見えた。通路の先からは明るい光が漏れている。
私たちは案内役の侍女さんについて、通路を奥へと進んで行った。
通路を抜けた先は広間になっていた。中央階段のある大広間ほどの大きさではないけれど、それでもエマたちの部屋の三倍以上はある。広間の突き当り、東壁には大きな窓がたくさんあり、木戸の開け放たれた窓からは、明るい晩春の日差しと薄い花の香りが入ってきていた。
広間にはあちこちに大小様々なテーブルや椅子が置かれている。おそらく少人数でいろいろな交流を図るための場所なのだろうけれど、今は誰もそこを使っていない。部屋の中には十数人の生徒たちがいたけれど、彼らは皆正面に見える窓の側におかれた大テーブルに座っていた。
テーブルの最も上座に座っている銀髪の女の子が、おそらくこの部屋の主であるイレーネちゃんに違いない。
私たちが入っていくと彼女たちは会話を止め、一斉にこちらを見た。あんまり好意的とは思えない視線が二人に集まる。
その視線の中、エマとミカエラちゃんはイレーネちゃんの前に進み出て女性貴族のお辞儀をし、挨拶をした。
「ミカエラ・バルシュです。イレーネさん、今日はお招きいただき本当にありがとう存じます。」
「エマです。ご招待いただいたこと大変光栄に思っております。今日はよろしくお願いいたします。」
二人の言葉でイレーネちゃんは椅子から立ち上がり「来てくださって本当にうれしく思います。どうぞ席にお座りになってください」と言った。彼女の言葉を受けた案内役の侍女さんが二人を席に案内してくれる。
私はエマの、リアさんはミカエラちゃんの椅子をスッと後ろに引き、二人が座れるように準備をする。座る瞬間、エマが嬉しそうに私にちらっと目配せをした。よし、音を立てずに椅子を引けたよ!
どうやら二人が最後の招待客だったようで、席に着いてすぐにお茶や軽食が運ばれてきた。私とリアさんは預けておいた食器類を受け取ると、お茶を給仕し、お菓子を取り分けた。
この食器類はガブリエラさんが社交の特訓用に準備をしてくれたものをそのまま使っている。貴族のお茶会では食器類は持参するのが普通だそうで、給仕も自分の連れてきた侍女だけが行うものらしい。
暗殺対策の一環らしいけど、こんな小さいころから暗殺を警戒しなきゃいけないなんて、貴族というのは本当に大変な仕事なんだなと思ってしまった。
今回のお茶会で出されたお茶は、私たちが普段飲んでいる香草茶ではなく、王様がご馳走してくれる赤いお茶だった。独特の香りがいいんだよね、これ。確か王様は遠くの国から運んでいるから、ものすごく値段が高いって言ってた気がする。そんなのが出てくるなんて、さすがは上級貴族の開いたお茶会だよね。
軽食やお菓子も並べられる。どれも色とりどりできれいなものばかりだ。干した果実類や、煮詰めて甘くした果実のペーストをかけた柔らかいチーズ、薄く焼いた固焼きパンとそれに沿える様々な具材などが大皿に並べられていて、それを侍女たちが取り分けていく。
種類は多いけれど、取り分ける量はほんのちょっぴりずつだ。エマのお父さんのフランツさんだったら、全部一度に一口で平らげてしまうに違いない。
私も頑張ってエマの分を取り分けた。他の侍女さんたちより少し時間がかかったけど、割ときれいに給仕できた気がする。多分。
これらの軽食やお菓子はお茶会に招待された女の子たちがそれぞれ少しずつ持ち寄ったものだ。給仕が終わったところで、誰がどんなものを持ってきたのかの紹介があった。
紹介が終わると持ってきた人が最初にそれを食べてみせ、その後で主催者であるイレーネちゃんが食べて、感想とお礼を言うという流れだ。紹介は部屋にやってきた順番に行われているので、エマたちのお土産は最後に紹介された。
「こちらのお菓子はミカエラ様とエマ様よりいただいたものです。」
「・・・これは焼菓子かしら。香ばしい香りがしますわね。」
イレーネちゃんが取り皿の上に載せられた球状の茶色い物体をちょっと不思議そうに眺める。このお菓子がお皿に乗っているのはイレーネちゃんとエマ、ミカエラちゃんの三人だけだ。
そのイレーネちゃんにしても、ほんの少し切り分けただけ。エマたちのお菓子はかなり人気がないみたいだ。確かに見た目のきれいな他の食べ物に比べると、ちょっと不格好かもしれない。
主催者は全員のお菓子を食べて感想を言わなくてはいけないので、仕方なく取ったのだろう。他の女の子たちはイレーネちゃんを気の毒そうな目で見ていた。
イレーネちゃんにミカエラちゃんが説明をしてくれた。
「いいえ、それは油で揚げたものです。エマさんの村で最近よく食べられていて、旅人にもとても人気があるのですよ。」
その説明を聞いた女の子たちは露骨に嫌な顔をした。さすがにイレーネちゃんは表情を変えなかったけど、ちょっと引いてる感じがする。
「そ、そうですの。エマさんの村のお菓子ですのね。これは何というお菓子なのですか?」
「特に名前はございませんが、村の人たちは『熊の贈り物』って呼んでいます。」
「く、熊!? 熊って人を襲う恐ろしい獣のですか?」
にこやかに言ったエマの言葉に、イレーネちゃんが驚いて声を上げた。女の子たちの顔が青ざめる。
「熊は臆病ですから、普段は人を襲うことはございませんわ。魔獣とは違いますもの。」
イレーネちゃんの言葉をエマが訂正する。確かにエマの言う通りだ。熊は子供を守る時か余程飢えている時でない限り、積極的に人を襲うことはない。彼らの縄張りに入り込んじゃったら別だけどね。
それにしたって梟熊や角熊と呼ばれる魔獣たちに比べたら、危険度は全然低いのだ。さすがはエマ。可愛くて、賢くて、森のことをよく知ってるよね!
私は感心したのだけれど、エマの隣に座っていたミカエラちゃんは苦笑しながら「エマちゃん、そういうことじゃないよ」とそっと囁いた。エマと私は訳が分からず、ちょっと首をかしげてしまった。
「で、では紹介も終わりましたから、いただきましょう。」
イレーネちゃんがさっき驚いた声を上げたことを取り繕うように、話を強引に進めた。
エマとミカエラちゃんは自分のお皿に乗った『熊の贈り物』を上品に口へと運んだ。しゃくっという軽快な音と共に、蜂蜜の甘い香りが立ち込める。二人は同時に目を細めた。イレーネちゃんは二人の様子を食い入るように眺めていた。
二人が食べたので次はイレーネちゃんが食べる番だ。女の子たちが心配そうに見つめる中、彼女は恐る恐るお菓子を口に運んだ。さくりという音と同時に、イレーネちゃんが驚きに目を見張る。
彼女は口の中のお菓子をゆっくりと噛み締め、飲み込んでからエマに尋ねた。
「このお菓子はエマさんの村で、よく食べられているとおっしゃいましたね?」
「そうです。いかがでしたか?」
「とても・・・いえ、非常に美味しいです。市井の民がこんなに美味しいものを食べていることに、正直驚かされました。」
イレーネちゃんの言葉に、周りの女の子たちも驚きを隠せない。信じられないものを見るような目で、イレーネちゃんと大皿の上の『熊の贈り物』を何度も見ていた。
このお菓子を作ったのはハウル村の酒場『熊と踊り子亭』の料理人ハンクさんだ。元々は固くなってしまったパンを使って村のおかみさんたちが作る子供のおやつだったものを、ハンクさんが一から作り直してできたものなのだ。
おかみさんたちが作るおやつは、パンを竈でカリカリに焼いてから蜂蜜に浸し、砕いた木の実をまぶしたものだ。エマはこれが大好物で、森の中に入って材料を集めてきては、よくグレーテさんに作ってもらっていた。
ハンクさんはこれを生地から作り直したのだ。まずよく振るった麦の粉に、ヤギの乳から作ったクリームとバターを加えて練り、酵母を加えて発酵させる。
生地が十分に膨らんだら干した果物の欠片を加え、一口大にちぎって球状にし、油で揚げてからたっぷりの蜂蜜に浸し、最後に砕いたクルミをまぶす。冷えて表面の蜂蜜が少し固まれば完成。
口の中に入れると表面のサクサクしたクルミと、もちもちした生地の食感が楽しい。さらにたっぷりしみ込んだ蜂蜜が噛むほどに溢れ出てくる。そこに果物の酸味が加わり甘さを引き立てるのだ。
クルミは炒ってからまぶすと香ばしさが強くなるけれど、エマは生の方が好きみたい。今日持ってきたのは生のクルミを使ったものだ。
交流会に持っていくお土産を何にしようかと考えたとき、すぐにこれを持っていこうと決めたくらい、今ハウル村で大評判のお菓子だ。ハンクさんはゲルラトさんのお肉屋さんで出しているコロッケをヒントに、このお菓子を考えたそうだ。
それを聞いたとき、一つのものからさらに新しいものを作り出すのが、人間のすごいところだなと感心してしまった。
あと、ハウル村の南にあるサローマ領では蜜蜂の飼育が始まっていて、蜂蜜が比較的簡単に手に入るようになっている。もちろんまだまだ高価だけれど『お砂糖』などに比べたら、断然安い。
この『養蜂』っていうやり方は、商人のカフマンさんとガブリエラさんが遠くの国から職人さんを呼びよせて数年前から準備していたそうだ。
ガブリエラさんのおかげで多くの人が美味しい蜂蜜を食べられる日が来るかもしれない。すごく楽しみだ。
ちなみに今日のお菓子に使った蜂蜜は、南の海にある蜂蜜島から私が《転移》で持ってきたものだ。蜂蜜島の花々には私が定期的にたっぷり魔力を注いでいるせいか、とても甘みが強い蜜がたっぷりと穫れる。そのおいしさはエマのお墨付きだ。
この蜂蜜を使ってエマのためのお菓子を作りたいって言ったら、快く協力してくれたハンクさんには本当に感謝しかない。お礼にたっぷりの蜂蜜を渡してきたので、また新しいお菓子を考え出してくれるかもしれないね。
『熊の贈り物』というお菓子の名前はハンクさんが熊人族であることと、熊の好物である蜂蜜をたっぷり使っているところからいつの間にか広がったものだ。もし新しいお菓子ができたら、今度はどんな名前になるんだろう?
とにかく昨日出来たばかりのお菓子はついさっきまで私の《収納》の中にあったので、まだほんのり温かい。出来立てでも冷めても美味しいという、とても素敵なお菓子なのだ。
全部の食べ物の紹介が終わったので、やっと会食が始まった。イレーネちゃんの反応を見たせいか、他の女の子たちも『熊の贈り物』を取り分けて食べていた。甘いお菓子とお茶の組み合わせはとても相性が良かったようで、用意した『熊の贈り物』はあっという間になくなってしまった。ハンクさんに後で報告しておこう。きっとすごく喜んでくれるに違いない。
その後はおしゃべりしながら、ゆっくりとお茶を飲む時間が続いた。
最初の話題は服のこと。ニーナちゃんもそうだけど、貴族の女の子は服のことにとても詳しい。みんなで互いの服のことを質問しあい、よいところを褒め合う。エマたちの着ている服には、みんな興味津々の様子だった。
「そのデザインはドゥービエ工房の最新作ですわね。とても素敵ですわ。」
イレーネちゃんが二人のドレスを褒め、他の女の子たちもそれに同意の声を上げる。エマは自分のドレスを示しながら言った。
「ありがとうございます。これはミカエラさんのお姉様から入学のお祝いに頂いたものなんです。」
「ミカエラさんのお姉様と言うと、ガブリエラ王女殿下ですわね。東ゴルド帝国の皇帝に輿入れなさったとか。おめでとうございます。」
皆がミカエラちゃんにお祝いの言葉を送る。ガブリエラさんは王様の養女になったので、名字が変わって王女殿下と呼ばれるようになった。私はその呼び方を聞くと、なんだかすごく切なくなってしまう。
おめでとうと言われたミカエラちゃんは、皆に丁寧にお礼を言った。でもその瞳にはちょっと悲しい色が浮かんでいるように、私には見えた。
次にエマのことが話題になった。みんなはエマの村での生活のことを聞きたがった。エマはそれに正直に答えていった。ハウル村が貧しかったころの厳しい暮らし。街道が出来て村が少しずつ豊かになったこと。そしてエマの冒険について。
「エマさんは冒険者として迷宮討伐に参加したんですよね。迷宮ってどんなところですの?」
エマは自分が攻略した『深き森の迷宮』についての話をした。仲間と助け合いながら困難を乗り越えたこと。恐ろしい罠や凶悪な魔獣の数々。手痛い敗北と厳しい修行。そして迷宮の守護者との対決。
女の子たちはお茶が冷めてしまうのも忘れ、すっかりエマの話に聞き入っている。迷宮核によってディルグリムくんが操られ、それをガレスさんが命懸けで止めたくだりでは、多くの女の子たちが目に涙を浮かべていた。
そして最後にエマが迷宮核を素手で破壊したと聞いて、女の子たちは一斉に驚きの声を上げた。すべての話が終わった後、イレーネちゃんがエマに言った。
「本当に素晴らしいお話でした。あなたが来てくださったおかげで、今日の交流会はとても有意義なものになりましたわ。次もまた是非、遊びに来てくださらないかしら。私、これを機会にあなたと親交を深めていきたいと思っています。」
イレーネちゃんの言葉を聞いた数人の女の子たちが、互いに目配せしあうのが見えた。
エマは少し考えた後「身に余る光栄です。よろしくお願いいたします」と答えた。その後、交流会はお開きとなり、私たちはようやく自分たちの部屋に戻ることができた。
部屋に戻るとニーナちゃんとゼルマちゃんが二人を心配して待っていてくれた。着替え終わったエマとミカエラちゃんが交流会の様子を話すと二人は、青くなったり赤くなったりクスクス笑ったり目を見開いたり、様々な反応を見せた。
「今回、イレーネさんの招待があったことで、今後はエマさんやミカエラさんに近づこうとする生徒が増えるかもしれませんわね。」
「そうなの、ニーナちゃん?」
「ええ。1年生の女子で実家の身分が最も高いのがイレーネさんです。彼女がエマさんへの態度を明確に示したことで、今まで日和見を決め込んでいた中級以上の生徒たちが、動き出すはずですわ。」
上位貴族の女性は基本役職に就くことはなく爵位も持てない。突然夫に先立たれるなどの理由で一時的に爵位を継承することもあるが、それは極めて特殊な例だ。
彼女たちは他家に嫁ぎ、その家を守り発展させることで自らの栄達を果たそうとする。だからこそ男性以上に有益な相手とのつながりを重要視するのだそうだ。
「どんなに権勢を誇っていたとしても、時流を読み違えればすぐに身の破滅に繋がるのが貴族社会というものですの。そのためには情報を早く的確に掴むことが何より重要。ですから貴族の奥方が果たす役割はとても大きいのですわ。」
ニーナちゃんの話を皆は神妙な顔で聞いていた。彼女はさらに話を続けた。
「今後はエマさんの力を利用しようといろいろな生徒が近寄ってくるでしょう。中には本心を隠し悪意を持って接近してくる者もいるはずです。ですから今後は相手の真意を見極めて、付き合う相手を選ぶべきですわ。もちろん私やゼルマも含めてです。」
その言葉にエマは反論しようとしたが、ゼルマちゃんはきっぱりと言った。
「エマ様、ミカエラさん、私たちとのつながりが有益でないと判断したら遠慮なく断ち切ってください。私はそうされても恩義を感じこそすれ、恨むことは決してありません。あなた方のして下さったことに、私はとても感謝しているのですから。」
ゼルマちゃんの言葉にニーナちゃんも頷く。エマは三人の手をがしっと掴んで言った。
「私は貴族じゃないから、自分の信じた人のために動くよ。困った時は互いに助け合う。それがハウル村のやり方だもの。私はきっとみんなが私を助けてくれるって信じてる。だから私も皆を助けるよ。」
「エマ様・・・。」
ゼルマちゃんの目からきれいな涙が一粒零れた。ニーナちゃんは顔をくしゃっと歪め、泣き笑いしながら言った。
「では私も遠慮なくエマさんの力を利用させていただきますわ。後悔なさらないでくださいましね。」
4人は互いに目を合わせ、無言で微笑みあった。しばらくして落ち着いた後、再びニーナちゃんが言った。
「ではさっそく忠告させていただきますわ。イレーネさんには、気を付けておいてください。」
「なぜ? イレーネさん、とてもいい人だったよ?」
エマが首をかしげる。私もまったく同感だ。イレーネさんは昔のガブリエラさんみたいに、少し本心が読めないところがあったけれど、とてもいい人のように思えた。
「イレーネさん自身はどうなのかは分かりませんわ。しかし貴族は自分の思いよりも、家の都合や利益を優先するものです。彼女はカッテ伯爵の姪。カッテ伯爵といえば、デッケン、ペーパルと並んで反王党派の巨頭です。つまり・・・。」
僅かに言い淀んだニーナちゃんの言葉をミカエラちゃんが引き取った。
「つまり、かつて私のお父様を裏切り、破滅に追い込んだ者たちということ。すなわち私の敵、ということですね。」
普段の大人しい彼女からは想像もつかないような勝気で冷淡な声。それは会ったばかりの頃のガブリエラさんを髣髴とさせるものだった。
復讐のためにすべてを投げ打とうとした彼女の姿がミカエラちゃんに重なる。私はそれに不吉なものを感じ、どうか恐ろしい未来がやってきませんように、と心から祈らずにはいられなかったのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2082000D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
→ エマへ貸し出し中 5000D
← 薬・香草茶の売り上げ 2500D
← カフマン商会との取引 20000D
読んでくださった方、ありがとうございました。




