131 母
新年度が始まりますね。
春の4番目の月のはじめに、ガブリエラはようやく東ゴルド帝国の帝都であるオクタバの街へ辿り着いた。
東西公路を通って、帝国と王国を隔てるバルス山脈を抜けたのがおよそ2か月前。その間に彼女は、かつて大陸東部中原の覇者と呼ばれた帝国の力の一端を、ずっと目の当たりにしてきた。
両国の国境であるバルス山脈から、帝都オクタバがあるエリス河の畔までは、幾筋もの川が流れる広大な平原がどこまでもどこまでも続いている。この豊富な水と肥沃な大地が、東ゴルド帝国を支える豊かな穀倉地帯を形成しているのだ。
彼女自身、王国の食糧庫とも呼ばれるバルシュ領の出身だが、この帝国の豊かさはそれとはまったく比べ物にならない。まさに桁違いだ。
かつてこの大地を支配していたのは彼女の祖先たちだ。それはもう300年も前のことだが、この豊かさを見せつけられれば、今なおこの地を奪還したいと訴える王国貴族が多いことも頷ける。それほどに国力差は圧倒的だった。
豊富な食料生産とそれが支える膨大な数の人口。それをすべて手中に収め、支配する帝国の力を前にして、彼女は目がくらむような思いがした。
もしも両国の間を隔てる峻険なバルス山脈がなければ、あっという間に王国は帝国に蹂躙されていたに違いない。この地の利と精強な魔法騎士団・魔導士団の力があればこそ、王国はその命脈を保つことができている。
これまで目にしてきた帝国の物量を見て、彼女はそう感じずにはいられなかった。
彼女を乗せた豪華な馬車がオクタバの帝城に入ったのは、暖かな春の雨が降る日だった。この馬車は彼女のために皇帝が準備してくれたものだ。彼女を護衛していた王国騎士たちはすでに、ここにはいない。
彼らとは国境で馬車を乗り換えたときに別れた。彼女は侍女さえ連れず、たった一人きりでここまでやってきた。今後の同盟相手とは言え、仮想敵国である東ゴルド帝国に自分以外の誰かを連れてくる気になれなかったのだ。
自分のために誰かを巻き添えにするつもりはなかった。仮に悲惨な死を迎えるとしてもそれは自分一人でいい。柔らかな雨音を聞きながら、彼女は物憂げにそう考えていた。
彼女がそんな思いを深めるようになったのは、ここまでに目にした帝国の人々の反応が原因だった。彼女の身の回りの世話をする侍女や、馬車を護衛する騎士たちは、彼女を丁重に扱ってくれている。
だがふとした瞬間、その視線や言葉の端々に侮蔑や敵意を感じることがあった。それはここに来るまでに逗留した街の人々からも感じ取ることができた。そして帝都オクタバに近づくほどに、それははっきりと分かるようになっていった。
帝国と王国は300年にも渡って小競り合いを続けてきたのだから、帝都民のその反応も頷けなくはない。しかし、かつては植民地として虐げられてきたはずの帝国東部の民でさえ、そのような思いを抱いているということは、帝国の統治がそれだけ行き届いているということの証左なのだろう。
それに言葉や風習の違いも大きい。両国とも日常的に使っている言語は大陸公用語と呼ばれる共通の言葉だが、そのアクセントや細かな言い回しなどはかなり異なっている。そのせいで身の回りの人間との意思疎通に困る場面もあった。
また総じて帝国民は王国の魔法を恐れるとともに、それを下に見ている風潮があるようだ。面と向かって言われたことはもちろんないが「田舎者の王国女」や「東国の魔女」と言った陰口を耳にしたことも、一度や二度ではない。
上級貴族として生きてきた彼女は、周囲の陰口など気にすることはない。また親子以上に年の離れた皇帝との結婚生活に、甘い夢を見る程子供でもない。
覚悟していた通りとはいえ、楽しい生活が待っていることはなさそうだ。
しかし彼女は後悔していない。大切なものはすべて王国に残してきた。だからこそ思い残すことなく行動できる。本当に自分が望むことを成し遂げるために、どんなことにでも耐えてみせよう。
彼女は我知らず、そっと自分の胸に手を当てた。帝国風の衣装の下に隠した銀の首飾りに指先が触れる。胸の奥から暖かなものが沸き上がり、恐れや不安が消えていった。
「ドルアメデス王国王女、ガブリエラ・ラ・マギア・ドルアメデス殿下、御到着です!」
馬車が止まり、先触れの声と共に抜剣の音がさざ波のように響く。御者が開けた扉をくぐり馬車を降りた彼女は、まっすぐに顔を上げ薄く微笑みを湛えながら、剣を捧げ持つ近衛騎士たちの間をゆっくりと歩いて行った。
広大な帝城の中に作られた真新しい離宮。その中の自室に入ったガブリエラは、周囲に人気がないのを確認して、ホッと息を吐いた。自身の夫となる予定の東ゴルド皇帝ガイウスとの謁見に続き、紹介も兼ねて行われた皇帝の妻や子供たちとの夕食会がつい先ほど終わったばかりなのだ。
夕食会に参加したのは皇帝の3人の妻と5人の子供たち。最年少のユリス皇子を除けば、全員が彼女よりも年上だった。
夕食会自体はさほど問題なく進んだ。ただ本来主役であるはずの彼女はほとんど蚊帳の外で、はっきり言えばまともに相手にされていなかった。
敵国から同盟のためだけに皇帝の4番目の妃として嫁いできた彼女のことなど、他の妃や皇子・皇女たちにとってはどうでもよい存在だからだろう。おかげでじっくりと彼らを観察することができた。
この帝室は皇太子を擁する第一側妃と、正妃との間で相当の軋轢があるようだ。彼らは笑顔で互いを牽制しあうことに終始しており、外交の道具でしかない彼女になど目もくれなかった。皇帝ガイウスは彼らを御しかねているように感じた。
夕食会で唯一まともに顔を見て声をかけてくれたのは、隣に座っていた第二側妃のクオレくらいだ。落ち着いた雰囲気の彼女は他の二人の妃よりも年上のようだった。彼女はユリス皇子の母親だ。二人は雰囲気や顔立ちがとてもよく似ていた。
皇子の年齢から考えて、彼女はかなりの高齢になってから皇帝と婚姻したのだろう。口数の少ない人だったが、その穏やかな言葉の端々に自分に対する気遣いと機知を感じ取ることができた。皇帝が適齢期を過ぎた彼女をあえて妻にしようと思った理由が分かった気がした。
その時、扉の外から来客を告げる侍女の声がした。来客は他ならぬクオレであった。
「ガブリエラ様、お疲れのところ、ごめんなさい。」
出迎えたガブリエラに対して、彼女はおっとりとした調子でそう言った。二人で床に置かれたクッションの上に座る。
帝国人はよほどのことがない限り、室内で椅子に腰かけることはない。幾重にも重ねた美しい絨毯の上にクッションを置き、女性はそこに横座りするのだ。だから室内と屋外では履物も変わる。
王国では、床に直接座るのは奴隷だけだ。清潔だと分かっていても、床に座るという行為に対して、どうにも違和感がぬぐえない。これはガブリエラが馴染めない帝国の風習の一つだった。
クオレは明日から始まる帝妃教育のことについて話し始めた。帝室における作法や帝国の歴史、それに房中術など帝妃となるために必要なことを学ぶことになる。その教師役を自分が担当するのだと彼女は言った。
今からおよそ3か月かけて帝妃教育を終えた後、夏の3番目の月の初めにガブリエラと皇帝との婚礼が行われるのだ。
「お疲れのところ申し訳ないとは思ったのだけれど、少しでも早く不安を解消して差し上げようと思ったのですよ。」
クオレの言葉に彼女はぎくりとした。完璧に隠していたはずの内心の不安を悟られたかと思ったからだ。そんな彼女の思いを察知したかのように、穏やかに微笑みながらクオレは言った。
「そんなに警戒なさらないで。別にあなたの心を読んだわけではないのですから。少し考えれば、誰でも想像がつくことです。嫁入り前に不安にならない娘などいませんもの。そうでしょう?」
そう言われれば確かにその通り。だがまさかこの状況で、そのような気遣いをしてくれる相手がいるとは想像もしていなかった。
「クオレ様、お気遣いありがとうございます。」
クオレの真意が読めず作り笑いで礼を言う彼女に、ふふと微笑んでクオレは言った。
「同じ側妃同士なのですから、畏まらなくていいのですよ。失礼とは思うのですけど実は今、私、嫁入り前の娘を持つ母親のような気持ちでいるの。」
思いがけない言葉に僅かに目を見開いた彼女に、クオレは一つ頷いてみせた。
「私、ずっと女の子が欲しいなと思っていたんですよ。」
クオレは何かを思い出すように目を軽く瞑り、ゆっくりと話し始めた。
「私とガイウス陛下が結婚した時、帝国はまだまだ動乱が続いていたの。彼は外敵から民を守り、国内を安定させるため必死になっていた。結婚したのも遅かったから子どもは諦めていたわ。だからユリスを授かった時は、本当にうれしかった。」
そこでクオレは言葉を止め、パチッと目を開いた。理知的な瞳に茶目っ気のある色を浮かべて彼女は言った。
「でもね。男の子はすぐに手元を離れてしまうでしょう? 一緒におしゃべりしたいことがあっても、すぐに興味のあるものに魅かれて飛び出して行ってしまうの。男の子って本当にしようがないわよね。」
クオレは悪戯っぽくクスクスと笑った。その言葉でガブリエラは刑死した母のことを思い出した。母も彼女たち三姉妹を前にして、長兄のことを同じように言っていたことがある。今となっては遠い、幸せな日の記憶。
目の奥が熱くなり、慌てて表情を取り繕うガブリエラを、クオレは優しい眼差しで黙って見つめていた。
「陛下も私も、娘を迎えるような気持ちであなたのことを待っていたんです。お立場上、陛下はあなたを気に掛けていても、表立ってしてあげられることが少ないです。ですから代わりに、何でも私に相談してくださいね。私はあなたの味方ですよ、ガブリエラ。」
クオレはそう言って、そっとガブリエラの手を取った。
「クオレ様・・・。」
穏やかなクオレの微笑みに彼女は心を動かされた。二人は思いを目に込めて見つめあう。クオレの目は彼女を思う慈愛の光が満ちていた。
だがクオレの次の言葉で彼女は一気に現実に引き戻された。
「私はあなたの味方です。あなたが本当の目的を達成するために手を貸しましょう。」
彼女は驚いて握っていたクオレの手を離した。クオレは表情一つ変えることなく彼女を見つめている。
「・・・一体何のお話でしょう?」
しかし彼女の問いにクオレは答えず、すっと立ち上がった。
「敵の敵は味方、ということです。私の話に偽りはありませんよ。今日はゆっくり休んでください。おやすみなさいガブリエラ。よい夢を。」
クオレはかがみ込むと、戸惑う彼女の頬に触れ、顔をそっと寄せた。二人の頬が触れ合う。クオレは軽く一礼して部屋を出ていった。残されたガブリエラは、まだクオレの暖かな手の感触が残る自分の頬に手を当て、言葉を失くしてその場にじっと座りこんでいた。
その後、我に返った彼女は侍女に手伝ってもらいながら入浴した。この侍女は彼女専属で『隷属の刻印』によって彼女に支配されている。
といってもこの侍女は奴隷ではなく、れっきとした自由民だ。帝国の貴人に仕える侍女は皆、こうするのが当たり前なのだという。これは闘争と暗殺を繰り返してきた帝国ならではという感じがする。
帝国人は湯をたっぷりと張った湯船で入浴する習慣がある。湯船の淵に頭をのせて寝そべると、温かい湯の感触が彼女の疲れをほぐし、混乱した思考を明晰にしてくれた。
クオレの言葉に嘘はないように思う。今の状況で彼女を騙す意味がないからだ。情の上でも利の上でも、彼女に味方してくれるつもりなのは間違いない。ただ彼女の目的を知っているという言葉が気になる。単にカマをかけただけかもしれないけれど・・・。
ぼんやりと考えながら湯船に浸かる彼女の髪を、侍女が洗い清めてくれる。非常に気持ちがいい。これは彼女が気に入った数少ない帝国の風習の一つだ。
ハウル村の風呂もよかったけれど、やはり湯量の多い方が好みだと感じる。ちょっとだけドーラの《どこでもお風呂》が恋しくなってしまった。
入浴が終わると侍女が髪を梳かし、香油を付けてくれる。今、彼女が素肌の上に直接着ているのは、体の線がはっきり分かるほど薄い夜着だ。下着は着けていない。
帝国女性はこれが一般的なのだそうだ。でもかなり恥ずかしい。慣れるまでは相当時間がかかりそうだ。
彼女が王国の物と比べてかなり低い寝台に横になると、侍女は室内灯の明かりを落として退出していった。室内灯は魔法ではなく、植物の油を使ったもののようだ。暗闇の中に、植物油のさわやかな香りが満ちる。
夕食後は眠れるだろうかと心配していた彼女だったが、寝台に横になった途端、嘘のようにすとんと眠りに落ちた。その夜に見たのは、幼い日の幸せな団欒の夢だった。
翌朝、自室で朝食を終えたところで、侍女が彼女宛に手紙を持ってきた。差出人はクオレだった。帝国の紙はエリス大河流域に生える水草を原料としているため、王国の紙と比べるとやや厚みがあり表面が少し粗い。
流麗な文字で書かれた手紙に目を通した彼女はすぐに侍女を呼び、自分に与えられた離宮内を案内させた。目的地は手紙に書いてあった離宮の地下室だ。
「これは・・・!!」
書斎の書棚の奥に隠されていた階段を下りた先にあったのは、地下の錬金工房だった。魔力炉にアタノール釜、天秤、各種器具など錬金術の研究に必要なものが、ほとんど揃っている。素材庫にも様々な素材がふんだんに詰め込まれていた。
手紙によるとこの隠し工房は、クオレと彼女の息子であるユリス皇子が直接指揮して作らせたものらしい。他の妃たちに知られないよう準備するのが大変だったと書いてある。
他の妃たちが彼女に無関心なのをいいことに、ユリス皇子が離宮造営の予算を勝手にぶんどって、秘密裏に作らせたのだそうだ。
「衣裳部屋を新しい衣装で一杯にするより、こちらの方があなたは喜ぶと思ったの。気に入ってもらえかしら?」
手紙の最後には冗談めかした言葉でそう書いてあった。
彼女は隠し工房を隅々まで点検してから扉を閉め、侍女を連れて自室に戻った。その後、その献身的な侍女は赤くなった彼女の目を冷やすために、冷たい水を求めて何度も井戸まで往復してくれたのだった。
春の4番目の月が始まった。エマたちが入学してもう2か月だ。時間が経つのは本当に早い。
最近エマたちは、午後のほとんどを寮で過ごしている。それは『季末試験』に向けての魔法の練習会が、寮の談話室で行われているからだった。
季末試験は季節の終わりの月に行われる。その季節に勉強した成果を先生の前でそれぞれが披露するのだそうだ。試験の内容はそれぞれのクラスや保有魔力によって一人一人異なるらしい。
ただ全員がこなさなくてはいけない共通の課題がいくつかあり、それができないと不合格になって『補習』というのを受けることになるのだとか。そう言えば以前カールさんは、クルベ先生に補習ですごくお世話になったと言っていたっけ。
この試験は自己申告制で、試験期間中ならいつでも受けてよいそうだ。早く終わった人は最後の月を自由に過ごしてよいことになっている。
エマとミカエラちゃんは初日にすべての試験が終わってしまった。二人とも満点で合格したそうだ。けれど、保有魔力の低い下級貴族出身の子たちは、すごく苦労している。それで二人が皆の魔法の練習に付き合っているというわけだ。
私も最近は農場の仕事の見通しがついてきたので、皆の基礎鍛錬を手伝いながら見学させてもらっている。
「じゃあもう一度詠唱して矢を作り出すところまでやってみよう。矢が出来たらすぐに解除だよ。矢を撃つと魔力が減っちゃうから気を付けてね。」
エマの言葉に周囲の子供たちが一斉に頷く。エマが短杖を構えると、それに合わせて皆が一緒に詠唱を始めた。
「世界の根源たる大いなる力よ。我が魔力によりて形を成し、我に仇なす敵を撃て。《魔法の矢》」
詠唱が終わると同時に、エマの短杖の先に白く輝く光の矢が現れた。エマの周りにいる女の子たちの三分の一くらいの女の子たちも、何とか矢らしきものを作り出すことは出来た。
でも残りの子たちは出来なかった。わずかに短杖の先が光るか、もしくは全く何も起こらないままだ。
エマは出来た子たちに魔法を解除させ、ミカエラちゃんのところに行かせる。生活魔法を練習させるためだ。残った子たちにエマは説明をはじめた。
「あのね、ただ声を出すんじゃなくて、詠唱の音節に沿って、魔力の通り道を自分の中に作るんだよ。ドーラお姉ちゃん、ちょっといいかな?」
「もちろん!」
私は魔力の鍛錬をしていた女の子たちを一度休ませて、エマのところに行った。
「お姉ちゃん、《魔法の矢》の魔法陣を書いてみせてくれない?」
「いいよー!《自動書記》!」
私は魔力で空中に魔法陣を描き出した。輝く光の線でできた魔法陣を見て、ニーナちゃんたちが歓声を上げる。
「ほら見て。これが《魔法の矢》の魔力の通り道なの。私のお師匠様はこれを『魔力回路』って呼んでたよ。詠唱をしながらね、この通り道を体の中に作っていくんだ。そうだよね、お姉ちゃん?」
「うん、そうそう。何度も使ってるとね、体の中に通り道ができやすくなるの。だから慣れれば詠唱を短縮したり、省略したりできるようになるよ。魔力の消費も小さくなるし。こんな感じだよ。」
私は談話室の中全体に《魔法の矢》を作り出して見せた。ずらりと並んだ光の矢を見て、ニーナちゃんが青ざめた顔で呟くように尋ねてきた。
「すご・・・! これ何本くらいありますの?」
「何本だろう? 作ろうと思えばもっと出来るよ。危ないからやらないけどね。」
私が魔法を解除すると光の矢と魔法陣が同時に消え去った。あれ? 女の子たちの顔が引きつっている気がする?
「ドーラお姉ちゃんは特別だから、皆、気にしなくていいよ。」
「え、そんな!エマ!!」
エマはふふっと笑いながら私の髪を指で軽く、わしわしとかき回してくれた。ふにゃあ、気持ちいいよー。
ふにゃふにゃになった私を見て、女の子たちが「ドーラさん、猫ちゃんみたいね」とくすくす笑う。私もにへへと笑った。
皆の表情がほぐれたのを見たエマが、また説明を始めた。
「じゃあ今度はさっき見た魔法陣を思い描きながら詠唱をしてみて。魔力を動かすのは大変だけど、音節を正しく詠唱すると、通り道が作りやすくなるから。」
実際に魔法陣を見たおかげか、今度は半分くらいの子が矢を作ることができた。でも自分の魔力を感じ取れないほど魔力量の低い子たちは、やはり出来ない。彼女たちは自分の魔力を動かす感覚が上手く掴めないようだった。
「せっかくエマさんが教えてくださったのに・・・。私には無理みたいだわ。生まれ持った魔力が低いのだもの。」
悲しそうな声でそう呟いた女の子の手を掴んで、エマは言った。
「そんなことないよ。いい? 私が魔力を流してみるから、それを私に返してみて。」
女の子の手を握ったエマの右手が、うっすらと光を帯びる。
「あ、ああ、体の中に何かが入ってきます!エマさん!」
抵抗する女の子の手をエマはしっかりと掴んだ。女の子が体をもじもじと動かす。
分かる、分かるよ。あれ、くすぐったいんだよね。頬を赤く染めた女の子に、エマが言った。
「大丈夫だから逆らわないで。受け入れるんだよ。魔力を体の中に巡らせるように想像してみて。」
その子はしばらく悪戦苦闘していた。私は彼女が魔力酔いを起こしてしまうんじゃないかと心配したけれど、やがて彼女の左手が光を帯び始めた。彼女の表情がパッと輝く。
「出来ました!私、魔力をうまく流せました!」
「いいね!その調子だよ。この感覚を自分の魔力で出来るようになれば、もう大丈夫。お部屋とかで瞑想して、自分の内側にある魔力を探す練習をしてみてね。」
エマは他の子にも同じようにやった後、もう一度《魔法の矢》を詠唱した。今度は全員が作り出すことができた。喜ぶ皆を見て、エマはすごく嬉しそうな顔をしている。私も嬉しい。
「ありがとうございました、エマさん。私、今はあなたに何も差し上げるものがなくて・・・。」
「そんなの別にいいよ。気にしないで!」
申し訳なさそうに言う女の子たちに、エマはニカっと笑って親指を立ててみせた。
「エマちゃん、それ、お行儀が悪いよ。」
苦笑いしながらミカエラちゃんがエマに注意する。
「あ、またやっちゃった。みんな、ごめんなさい。」
ぺこりと頭を下げたエマを見て、女の子たちは顔を見合わせる。軽く微笑みあった後、彼女たちは一斉に親指を立てた。
エマとミカエラちゃんが驚きで目を丸くする。それを見た皆は、堪えきれないように吹き出した。私とエマ、それにミカエラちゃんもみんなと一緒になって笑う。すごく楽しい!
その後もエマとミカエラちゃんは、寮の1階の女の子たちと一緒に魔法の練習を続けた。そして次の週までには全員が季末試験に合格することができた。
下級貴族の生徒が補習を受けずに済んだのは、王立学校始まって以来の出来事だとかで、先生たちがすごく驚いていたらしい。こうしてエマたちは無事に春の授業をすべて終え、ちょっとしたお休みを手に入れることができたのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2060000D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
→ エマへ貸し出し中 5000D
← 薬・薬草茶の売り上げ 2000D
← カフマン商会との取引 8000D
読んでくださった方、ありがとうございました。