129 貧民街
気が付いたらいつの間にか、前作の文字数を超えてました。驚きです。
王都の東門周辺に広がる『貧民街』のことをよく知るため、私は王様に会いに出かけた。
王様は私の話を聞いた後、難しい顔をしたまましばらく黙っていた。ダメだって言われるかなと思ったけど、王様は私がその仕事をすることを許してくれて、衛士隊がしている仕事を手伝わせてくれることになった。
「ドーラさん、彼らは私の力が足りないばかりに苦しい生活を余儀なくされている人々だ。貧民街に関われば、あなたにとっては辛いものを見ることになるかもしれないが・・・。よろしく頼みます。」
「分かりました王様。ありがとうございます!」
その後、王様からいろいろ助言をしてもらい、私は自分の部屋に戻った。
翌日、朝食が終わってエマたちが授業に行くのを見届けた後、私は洗濯や部屋の掃除を済ませ、第六寮の厨房裏に向った。
衛士隊による食事の『施し』は昼と夕方の一日に2回行われているそうだ。寮の朝食が終わった後、衛士隊の荷馬車が前の日の残飯を取りに来て、さらに昼食後にもう一度取りに来る。
だから今、厨房裏のごみ入れの横に置いてあるのは昨夜の夕食の残飯と今朝の朝食の残飯ということだ。一晩放置されていたため籠の中のパンは砂みたいにパサパサになり、壺に入った料理は昨日の昼間ほどではないけれど傷んだ匂いがしている。
日が昇ってパンに集り始めた虫たちを追い払いながらしばらく待っていたら、遠くの方から空っぽの荷馬車に乗った衛士隊の人たちがやってきた。
「隊長から聞いたとおりだな。あんたが今日、仕事を手伝ってくれる魔術師さんかい?」
「そうです。ドーラっていいます。よろしくお願いします。」
私はぺこりと頭を下げた。荷馬車に乗っている二人の衛士さんは「こっちこそよろしくな」と言って笑った。
今、私はフードの付いた長衣を着て、顔の上半分が隠れる半仮面を被っている。これは以前、ガブリエラさんからもらったものだ。ちなみに長衣の下はハウル村で来ていたお気に入りの服です。
私がこんな格好をしているのは、エマたちの助言があったからだ。ニーナちゃんからは「絶対に顔を見せちゃダメですからね!!」ときつく言われている。
挨拶を終えた私は荷馬車に籠や壺を積み込み、その荷物と一緒に荷馬車の荷台に乗り込んだ。
「あんた、見かけによらず随分力持ちだな!」
壺が動かないように固定しながら衛士さんが笑う。二人は王都東門の守備隊に配属されている衛士さんらしい。
「この仕事はな、守備隊の隊員が当番でやってんのさ。あんた魔術師なんだろ。《腐敗遅延》のまじないは使えるかい?」
私は積み込んだ残飯に《腐敗防止》の呪文を使った。
「おお、さすがは魔術師だな。助かるよ。今はいいけど昼頃になると匂いが酷くてな。」
「春の間はまだいいけどな、夏になると本当に酷いんだぜ。」
他の寮の残飯も集め、神殿に向う間に、二人は私にいろいろな話をしてくれた。
これらの残飯は王立学校の他、騎士団と衛士隊の兵舎、王城、役所などからも運ばれているそうだ。春から秋にかけては残飯の量も割と多いけれど、王都全体の食糧が少なくなる冬になるとほとんど出なくなる。そのせいで餓死する人が毎年たくさん出るらしい。
「実は俺たちも貧民街の出身なんだ。俺たちは運よく生き残れて仕事にありつけたが・・・ガキの頃の友達は随分死んじまったよ。」
そう言って二人は顔を見合わせ、暗い目で軽く頷いた。二人は元冒険者で、魔獣との戦いで腕を磨いた後、衛士隊の採用試験に受かって今の仕事に就いたのだそうだ。
私が「大変だったんですね」というと、二人はハハっと明るく笑って言った。
「自分の力で生きていけない奴は、死んだって仕方がないさ。それに今の王様になってからは、随分貧民の暮らしも良くなったんだぜ。」
「そうそう。そのうえ自分からこんな仕事を手伝いたいっていう、あんたみたいな物好きな術師もいるしな。ありがとよ、ドーラさん。」
二人は私を元気づけるように親指を立てる。私は二人に貧民街のことを聞いてみた。
現在、王都の貧民街に住んでいる人たちはおよそ1万人。その大半は子供だそうだ。彼らのほとんどは定職を持たず、荷物の積み下ろしやゴミ拾い、商店の下働きなどをしながら生活している。そのため収入が不安定で、貧しい生活を余儀なくされているらしい。
「食べ物を自分で作ったりしないんですか?」
私がそう尋ねると、二人は顔を見合わせて吹き出した。
「出来るわけないだろ。畑もないのにどこで作るんだ。」
貧民街の人たちはひどく狭い土地に密集して暮らしているため、とても作物を作るようなゆとりはないそうだ。
「小さい掘立小屋に家族がぎゅうぎゅうに詰まって生活してるからな。それでも雨露を凌いで寝る場所があるだけまだマシさ。」
貧民街の人たちの大半は貧しいながらも何とか自活しているらしい。けれど、身寄りのない小さい子どもや体の不自由な人、病気の人などは、住む場所もなく露天生活をしているという。そんな人たちがおよそ1000人もいる。
彼らにとっては衛士隊が運ぶこの残飯の『施し』が唯一の糧なのだそうだ。
私が救民院で暮らすことはできないんですかと尋ねたら、彼らは首を横に振ってこう言った。
「救民院は今、どこもいっぱいでな。どうしようもねえのさ。」
「俺たちも助けてやりてぇが、犯罪から守ってやるくらいが関の山なんだ。」
貧民街には犯罪が頻発しているらしい。物の奪い合いに端を発する暴力事件は日常茶飯事。特に狙われるのは力の弱い人たち、つまり女性や子供たちなのだそうだ。
「女に悪さする奴らと金目当ての誘拐が、やっぱり一番多いんだ。あの街には質の悪い連中がいてな。女や子供を攫って奴隷商に売っ払っちまうのさ。あんたも気を付けなよ。」
奴隷として売れるようになるのは労働力に成りうる10歳前後からで、その年頃の子供が一番よく狙われるらしい。
「もっとも暮らしに困って自分から子供を売っちまう親もいるけどな。」
衛士さんはため息を吐きながらそう言った。親が子供を売ることは法律で禁じられているそうだけれど、「借金の担保」という形で取引することは合法なので、事実上黙認されているらしい。
ハウル村は貧しかったけど、子どもを売ろうとする家は一つもなかったので、私はすごく衝撃を受けた。驚く私の様子を見て、衛士さんは寂しそうに笑いながら言った。
「ひでえ話だと思うだろうが、いい主人に買い取られたら貧民街で暮らすよりも寧ろ、暮らしがよくなることもあるんだ。まあ、それも運しだいだけどな。」
借金奴隷として売られた子供はおよそ10年で『年季』が終わり、自由民になることができる。奴隷の生活は自由がなく過酷だけれど、主人にとっては大切な資産なので、よほどのことがない限り虐待されたり殺されたりすることはない。
食うや食わずで明日をも知れない生活をさせるよりはと、我が子を売る親も多いのだそうだ。
ちなみに奴隷の女性が出産した場合はその子供も奴隷となり、主人の資産の一部とみなされるらしい。母親が解放されると子どもも解放されるそうです。
そんな話をしているうちに最初の神殿に着いた。昨日と同じようにたくさんの人たちが衛士隊の馬車が到着するのを待っていた。どの人も一様に痩せこけ、汚れてボロボロの服を着ていた。そして全員が小さな器を握っている。
伸び放題の髪をした子供たちはギラギラした目で荷台の上のパンをじっと見つめている。逆に大人の人たちは皆、目に光がなかった。パッと見ただけでも呼吸の荒い人や痛みに顔をしかめている人、皮膚が酷く爛れている人が目に付く。中には目鼻や四肢の一部が欠損している人たちもいた。
私は衛士さんたちに守られながら、彼等と一緒にパンの籠と料理の入った壺を神殿の中に運び込んだ。神殿の中には神官の衣装を着た人たちが、私たちを待っていた。神殿の奥からは煮炊きをする匂いがする。
「ありがとうございます・・・あら、今日はあまり食べ物が傷んでいませんね。」
「この術師さんが《腐敗防止》の魔法を使ってくれたんだ。」
「ああ、なんとありがたいこと。あなたに大地母神様のお恵みがありますように。」
胸の前で腕を組んで私に一礼した後、神官や巫女さんたちが壺とパンを奥に運び込んでいく。これは奥の救民院の厨房に運ばれ、売り物にならない古い麦と一緒に煮込んで粥にするそうだ。
食べ物を求めて救民院に殺到する人たちと入れ替わるように、私と衛士さんたちは神殿を後にした。
私はさっき見た人たちのことを衛士さんたちに聞いてみた。
「ケガや病気の人たちが随分たくさんいましたね。」
「ああ、神官たちの癒しの魔法でも治療できないような厄介な病気持ちばかりさ。」
衛士さんたちは神殿の前に列を作っている人たちを気の毒そうな目で見つめる。
「俺たちも一歩間違えば、ああなってたかも知れねえんだ。」
四肢や体の一部を無くした人の多くは元冒険者や傭兵の人たちなのだそうだ。魔獣との戦いで体にケガを負い、それが元で働けなくなった人たちらしい。そう言えばハウル村でエマの指導をしてくれていたガレスさんも、魔獣との戦いで右目を失くしていたっけ。
他にも病気で体が不自由になった職人さんや働けなくなった娼婦さんなど、多くの人が生きるために救民院を頼ってやってくるという。私はさらに衛士さんたちに尋ねてみた。
「あの人たちが希望を持てるようになるには、どうしたらいいんでしょうか?」
「難しい質問だな。」
私の問いに衛士さんたちは黙り込んだ。賑やかな街中を荷馬車がゴトゴトと音を立てて進んでいく。しばらくの沈黙の後、やがて彼らはゆっくりと口を開いた。
「あの連中も昔は希望を持ってたはずさ。だけどいろいろあってそれを失くしちまった。俺にはあいつらが失くしたもんを取り戻してやることはできねえよ。そんなこと出来る奴なんているわけがねえ。」
「そうだな。だから別のもんで満たしてやるしか、ねえんじゃねえか。俺にできるのは、あの連中の暮らしと命を守ってやるくらいだ。そうすりゃいつか、あいつらにも希望って奴が見つかるかもしれねえ。」
私は二人にお礼を言った。二人は「なんか柄にもねえこと言っちまったな」って照れた顔をして笑った。私は二人の話を聞いて、自分のやるべきことが少し見えてきたような気がした。
その後、いくつかの神殿を同じように巡った後、王都東門の衛士隊詰所で馬を交換し、簡単な昼食を摂ってまた王立学校に戻った。
各寮の厨房裏からから昼食の残飯を集め、午前と同じ経路を辿っていく。全部が終わった時には西の空がもう赤くなり始めていた。
「ドーラさん、今日はありがとうな。またいつでもきてくれよ。」
「一日中荷台に乗ってたから、尻が腫れちまったんじゃないか?」
衛士さんの冗談に皆で声を出して笑う。すっかり仲良くなった彼らを見送って、私はエマのところに戻った。
私が《転移》で戻った時、エマたちは大食堂での夕食を終え、入浴のために部屋に帰ってきたところだった。
「ただいまエマ。授業はどうだった?」
「今日は通信魔法を教わったよ。でもお姉ちゃんの教えてくれた《念話》の方が使いやすそうだった。貧民街の人たちはどんな感じだったの?」
私の話を聞こうと皆が集まってきた。私は中央のテーブルで今日、見たり聞いたりしたことを話した。
貧民街の人たちの暮らし。仕事。病気やケガ。犯罪。そして希望のこと。
皆、黙ってそれを聞いていた。王都育ちのニーナちゃんとゼルマちゃんも、初めて聞く王都の貧民街の様子にかなり驚いたようだった。話し終わった後、ミカエラちゃんが私に言った。
「やるべきことはたくさんありますね。まずは優先順位を付けた方がよさそうです。最初に何をするつもりですか?」
私はうーんと唸る。
「まずは病気のことかな。でも今日回ってみて思ったのは、私一人ではできることに限界がありそうってこと。だからいろんな人に力を借りようと思ってるんだ。」
「それがいいと思う。私に出来ることがあるなら何でも手伝うよ、ドーラお姉ちゃん。」
エマの言葉に励まされた私は皆に意見を聞きながら、これからすることを決めていった。
それから10日程後、私は午前の仕事が終わってからハウル村に《転移》で移動した。そして村長フランツさん、冒険者ギルド長のガレスさん、エルフ族のロウレアナさん、建築術師のクルベ先生と一緒に王都の東門へ《集団転移》した。
皆、私の話を聞いて協力を申し出てくれたのだ。私たちは東門を抜けて王都の外に出た。目の前にはどこまでも荒野が広がっている。
生い茂った草の陰にゴツゴツとした岩や石が転がっている。固い根の張った草地のあちこちに、低木の小さな林がぽつりぽつりと点在していた。その間を縫うように、遥か彼方へ轍が伸びている。これは王都東南に位置するイスタ砦へ通じる道だろう。
草の中に点々と見える黒い影は野生の六足牛の群れだ。春風に吹かれてのんびりと草を食む彼らを眺めながら、フランツさんが私に言った。
「なあドーラ、ここに農場を作るのか?」
「はい。この東門周辺の土地を使ってもいいと王様から許可をいただきました。フランツさんにはどんな風に農園づくりをしたらいいかを教えて欲しいんです。周りには魔獣対策に私が壁を巡らす予定なんですよ。あの牛さんたちの邪魔にならない範囲ですけどね。」
私は壁を巡らす予定の場所を指し示した。フランツさんは頷き、足元の土を手に取ったり口に入れたりして確かめている。私の言葉を受けてクルベ先生が言った。
「ふむふむ。ではその壁に沿って水路を作ればよいのじゃな。」
「そうです、クルベ先生。基礎工事は私が担当しますから、先生には設計と仕上げをお願いしたいです。」
「お安い御用じゃよ。任せておれ!」
クルベ先生はポンと胸を叩く。その拍子にずれたクルベ先生の黄色い帽子をロウレアナさんがくすりと笑って引き上げた。
「魔獣の対策は俺たちが協力しよう。ハウル村と王都のギルドが共同で当たらせてもらうぜ。」
そう言うガレスさんをロウレアナさんがうっとりとした目で見つめる。ガレスさんには冒険者ギルドを通じて、依頼という形で冒険者さんたちを集めてもらう予定だ。貧民街にいる男の人たちにも声をかけてもらうことになっている。
土の状態を調べていたフランツさんが立ち上がった。
「思ったより土の状態は悪くない。ガブリエラ様が作った魔法薬を使えば芋や豆くらいはすぐに育てられそうだ。ヤギやニワトリを放つのもいいな。」
目の前に広がる土地を見渡しながら彼は言った。でもすぐに心配顔になって私に向き直った。
「だが貧民たちの世話をする人間はどうするんだ。ここは王様の土地なんだろう? 貧民街の人間を集めるって言ったって、あの連中をまとめたり金を払ったりするのは簡単な仕事じゃないぞ。」
「フランツの言う通りだぜ。あの連中はただでさえお上のことを信用してねえ。癖のある連中ばかりだ。人集めも一筋縄じゃ行かねえよ。」
ガレスさんの言葉に同意するように、他のみんなも私を見つめる。私は皆を安心させるように、にっこりと笑った。
「私もそのことはすごく困りました。だからカールさんとカフマンさんに相談したんです。そしたら二人がすごくいい人を紹介してくれました。実はもうその人が、人集めを始めてくれているんですよ。」
皆はそれにすごく驚いたようだ。ふふふ。自分にできないことは、誰かに頼めばいい。私もちゃんと成長しているのですよ!
病気の対策にはとりあえず私の作った大量の各種治療の魔法薬を各神殿に届けてもらっている。魔法薬の販売はすべてカフマン商会に委託した。そのうち、王様と相談してちゃんとした治療ができる仕組みを作ることになっている。
その後、私は農場を作るための具体的な方法について、皆と話し合ったのでした。
ドーラがフランツたちと農場づくりについて話している頃、貧民街では王国衛士隊に守られたカフマン商会の代理人が、集まった住民たちに農場での仕事のことを説明していた。
「・・・ということで今話した通り、国王陛下がお作りになる農場で働けば一人最低1Dの日当が支払われるぞ。働きによっては日当がさらに上がるんだ!」
すごいだろうと言わんばかり両手を大きく広げる代理人。だが住民たちは無言のまま、疑り深い目で代理人を見つめる。確かに報酬や条件は破格だ。今すぐにでも飛びつきたい話だが、あまりにも話がうますぎる。
しかし馬鹿な話だとこれを一蹴できるほど、ゆとりのある者は一人もいない。彼らは、誘惑と疑心のせめぎ合いによって一様に熱に浮かされたようになり、その場から動けなくなった。
やがて右手首のない痩せ細った男が、たまりかねたように声を上げた。
「なあ、あんた。そんなうまいこと言うけどな。王都東門の外なんて、魔獣の巣じゃねえか。あんなところでまともに畑なんか作れるわけがねえ。」
それがきっかけとなり、次々と声が上がる。
「そうだ。それにあんな石ころだらけの土地、どうしようもならねえぞ!」
「都合のいいこと言って俺たちを騙すつもりなんだろ!俺たちを魔獣のエサにして追い払う気なのか!?」
騒ぎになりかけ、護衛の衛士たちが武器を構えようとするのを代理人は片手で制止した。彼が両手をパンと強く打ち合わせると、手から激しい金色の光が溢れる。
音と光で驚いた住民たちが見守る中、代理人がゆっくりと両手を広げると、その手の中からたくさんの銅貨が溢れ出した。あんぐりと口を開けた住民たちの前で、代理人は懐から取り出した皮袋にその銅貨を詰め込む。パンパンに膨らんだ皮袋に釘付けになる住民たち。
静まり返る住民に、代理人はニヤリと顔を歪めて内緒話をするような動作をとり、よく通る声で囁くように言った。
「魔獣のことは王様がしっかりした壁を作ってくださるから心配いらないさ。だが、お前たちが疑う気持ちも分かるぜ。俺だって逆の立場なら信用しないからな。」
代理人は住民たちを呼び寄せるような素振りを見せて、さらに一段声を落とした。
「だから正直に話そう。実はこれ・・・・ある大きな計画の一部なんだ。」
住民たちがごくりと唾を飲む。代理人はゆっくりと彼らを見回し、大きく頷いた。
「いったいどんな計画だ、なんて聞くのは無しだぜ。もちろんそれを話すことはできないからな。俺もまだ死にたくはないんだ。」
代理人は自分の体を抱いて、ぶるぶると大げさに震えて見せた。住民たちの顔が恐怖に歪む。
「国王陛下の計画では、この農地がどうしても必要なんだ。しかも出来るだけ早くな。しかしそれ以上に必要なのは・・・。」
代理人は周囲を警戒するようにキョロキョロとした後、住民たちに囁いた。
「・・・秘密を守れる人間さ。」
住民たちがハッとした顔で互いの顔を見つめあう。
「じゃあ、そんなに金払いがいいのはもしかして、口止め料ってことか・・・?」
その住民の呟きを聞きつけた代理人は指を口に当て「しーっ」っと言った。呟いた住民が慌てて口を手で塞ぐ。それを見た代理人は満足そうに頷いた。
「お前たちに陛下が求めてるのは、ただ安全に農地づくりが進むことさ。そのためにお前たちのことを、多くの人間が守る。お前たちはただ一生懸命仕事をすればいいんだ。」
それを聞いた男が震える声で言った。
「・・・王様が口封じに俺たちを殺すことはないのか?」
その言葉で住民たちの間に緊張が走る。だが代理人は馬鹿にしたように「はん」と鼻を鳴らした。
「よく考えろ。何も知らず、ただ言われた通りに農地を作ってるだけのお前らを殺して、陛下に何の得がある?」
その後、代理人はすぐに声を潜め、呟くように言った。
「もちろん、余計なことを知ろうとする人間がどうなるか・・・いやいや、俺からはとても言えないな、そんな恐ろしいこと。」
代理人はちらりと衛士隊の持つ槍の鋭い穂先に目を向けた。穂先の放つ鈍い光を見て震えあがる住民たち。
そこで代理人はがらりと表情を変え、一転して明るい調子で話し始めた。代理人の囁きに引き込まれていた住民たちは、ハッと我に返ったように代理人に見る。
「そういうわけで! 陛下は農場で働く人間を広く求めていらっしゃる。仕事はたっぷりあるから、家族みんなで来てくれて構わないぞ!家族5人で働けば、一日5Dの収入だ。」
代理人は銅貨の詰まった皮袋をポンポンと叩く。金属のぶつかる涼し気な音に住民は惹き付けられた。
「それに小さい子供を預けられるように託児所も準備してくださるそうだ。ついでに託児所の職員も募集してるからな!報酬は最低でも一日1D。出来によってはさらに日当が上がるぞ。」
乳飲み子を抱えた若い母親が、その言葉に目を輝かせる。
「明るく楽しく安定した職場で働いて、報酬もたっっっぷり!万が一ケガや病気になっても、大地母神殿と救民院に治癒の魔法薬を準備してあるぞ。その分の代金は後払いでいい。働いて返してくれれば大丈夫だ。」
それを聞いた持病を抱えた者たちの目に光が宿る。
「さあさあ金を稼ぐ絶好の機会だぞ!たっぷり働いてたっぷり稼いでくれ。そして稼いだ金は、カフマン商会でバンバン使ってくれよ!ささ、どうだ? 契約をしたいって奴から俺のところに来てくれ!」
一瞬の顔を見合わせた後、住民たちは一斉に代理人のところに殺到した。
その日の夜、王立調停所の長官室で、長官のハインリヒ・ルッツは、貧民たちに声をかけていたあの代理人と向かい合っていた。
「ご苦労だった。さすがは名詐術師。出だしは好調だな。」
目の前に跪く代理人の男にハインリヒが労いの言葉をかける。その言葉に苦笑しながら代理人は答えた。
「金を巻き上げるんじゃなくて、ばら撒くために口上したのはこれが初めてですよ。それに旦那、お褒めの言葉はありがてえですが、あっしはもう、詐術師じゃありませんぜ。とっくの昔に足を洗ってますからね。」
かつて自分を捕らえた男であり、今は上司であるハインリヒを代理人の男は見上げる。ハインリヒは面白がるように口の橋を僅かに歪め、配下の男に言った。
「そうだったな。だがあれだけ釘を刺しておけば、しばらくはおかしなことは起こるまい。」
「おっしゃる通りです。癖のある住民が多いですからね。何か裏があると思わせていた方が、仕事がしやすくなるってもんですよ。ただあの町の一番厄介な連中が、まだ出てきてません。気を付けて下せえ、旦那。」
「うむ。貧民街を牛耳ってる連中だな。気を付けておくとしよう。」
ハインリヒは配下の密偵の一人である代理人に礼を言って下がらせ、開いた窓から見える青い月を見上げた。今回のことは親友である国王ロタール4世の長年の願いにも通じるものだ。
だからカールから人集めの相談を受けたとき、自分の個人的な人脈を使ってまで協力した。今のところは順調。だがこの後、厄介な連中との対決が待っていることだろう。それがいつになるのかは、まだ分からないが・・・。
「打てる手は早めに打っておいた方がよいだろうな。すべては王と王家のために。」
ハインリヒは自分に言い聞かせるように口の中でそう呟くと、窓を閉めて長官室を出ていった。彼が出て行ったあと、誰もいない長官室には、暗く静かな春の夜の闇が横たわっているばかりだった。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2050000D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
→ エマへ貸し出し中 5000D
→ 治癒の魔法薬の原料費 5000D
→ 魔法薬の販売委託料 2000D
→ 農具小屋・倉庫・託児所等建設費 5000D
→ 農具の購入費(フラミィ工房) 20000D
→ 種芋・苗・家畜購入費 50000D
→ 人集めの初期費用 200000D
読んでくださった方、ありがとうございました。