128 残飯
第47話とちょっとだけ関連があるお話です。
ドルアメデス王城の小会議室には今、常にない緊張感が満ちていた。
「パウル、多くの者がお前の王立学校での振る舞いについて噂している。どういうつもりなのか説明してくれ。」
長いテーブルの片側から正面にいる第二王子パウルにそう詰め寄ったのは、王太子にしてパウルの兄である第一王子のウルク。極めて冷静に話そうと努めているが、額に浮かんだ筋を見れば、彼の内心の怒り様は火を見るよりも明らかだ。
だが兄の強い視線を正面から受けたパウルは悠々と足を組み替え、兄を小馬鹿にするような目で見つめた。上にあげた左足の先を挑発するように動かし、冷笑を浮かべたまま何も答えようとしない。
王太子がテーブルに置いた手をぐっと握り締める。その様子を見て、第二王子の後ろに居並んだ王国軍精鋭部隊の騎士たちがにやりと唇を歪めた。王太子の後ろに並ぶ近衛騎士たちが怒気をはらんだ目で王国軍騎士を睨みつけ、向かい合う騎士たちの間で空気がピリリと張り詰めた。
「パウル、私に説明してくれないか。」
二人の息子を左右に見る様、上座に座った国王ロタール4世が声をかけた。第二王子は姿勢を正し、父王に向き合う。
「かしこまりました父上。別に深い意図はございません。我が子リンハルトの入学の様子を見た帰りに、道に迷って難儀をしている女性に手を貸して差し上げただけです。」
「よくもぬけぬけと!その女性の手を取って貴族たちの前を歩き、手の甲に口づけをしたというではないか!どういうつもりだ!」
弟の言葉に怒り心頭と言った様子で、王太子が問い詰める。だが国王は「ウルク、控えよ」と彼を諫めた。
「先程ウルクの言った通りの噂が私の耳にも届いている。パウル王子が我が子の入学式でまた新たな恋人を得た、とな。」
第二王子は父王の言葉に腹立たし気に首を振り、真摯な態度で答えた。
「噂好きの貴族どもは、本当に厄介なものですね。私は彼女に何もしておりません。口づけはまたお会いましょうという、まあ、約束のようなものです。いくら私でも我が子の晴れの日に、他の女性を口説くほど見境なしではありませんよ。」
「それはつまり、日を改めて再び彼女を口説くつもりだということだろう!」
第二王子はようやく兄に向き直り、口を開いた。
「それが何か問題でも? 兄上には関係のないことでしょう。それとも彼女に手出しをしてはならない理由があるとでもおっしゃるのですか?」
第二王子は探るような目で兄と父をちらりと見た。王太子はぐっと言葉に詰まり、目線を逸らした後、言った。
「お前の女癖の悪さは王都中に鳴り響いている。彼女はリンハルトの同級生の姉だぞ。お前が彼女を口説けばリンハルトはどう思う。我が子の学校生活にもっと気を配ってやるべきではないか。」
苦し紛れのその言葉に第二王子は平然と言い放った。
「それは重々承知しております。彼女は父上肝煎りのエマとかいう平民の姉だとか。生活環境の異なる王立学校で、二人はさぞ苦労していることでしょうね。別に口説くつもりはありません。我が子の同級生への気遣いですよ、これは。」
そしてニヤリと顔を歪めて左手を軽くあげ、兄をからかうように言葉を続けた。
「もっとも私にそのつもりがなくとも、彼女との関係がより親密に発展するかもしれません。貴族の中で苦労する平民の妹のために彼女が後ろ盾を私に求めても、それは私のせいではないでしょう。」
「エマや彼女に何かするつもりか!?」
「まさか。私は何もいたしません。ただ私の意を勝手に解釈して動くものがいるかもしれませんね。まあ、いいではありませんか。彼女が『ただの平民』であれば、別に何も問題はない。そうではありませんか、父上?」
第二王子は父王の顔をじっと見つめた。だが王は何も答えず、ただ無表情に我が子を見つめるだけだった。第二王子は席を立って言った。
「話はこれで終わりですね。私はこれで失礼致します。」
配下の王国軍騎士を引き連れ部屋を出ていく第二王子の姿を、王と王太子は無言のままじっと見つめていた。
エマが王立学校に入学して一か月が経った。エマはついこの間まで土属性魔法研究室というところに通っていた。3日くらい前からは風属性の研究室に通っている。
アンフィトリテ先生によると、それぞれの研究室にある円環球を使わせてもらうことで、エマの魔力属性のバランスの歪みは少しずつ修正されてきているそうだ。
今後も定期的に魔力の検査を続けながら、エマの体の成長に悪い影響が出ないようにしていくらしい。本当に良かった。これもすべて王立学校に入ることができたおかげだ。ガブリエラさんや皆に感謝だね!
エマたちの学校生活は午前中に各クラスで授業があり、午後はそれぞれ自分に合わせた勉強をするという形で落ち着いてきている。仲良しの子供たちも増えて、エマは毎日楽しそうだ。
ただ学校の様子には変化もあった。学校内に人が増え始めたのだ。エマたちとは違う色のマントをつけた生徒たちが連日学校にやってきて、マントと同じ色をしたそれぞれの色の屋根の寮に入っていく。
「領地や屋敷に里帰りしていた上級生たちが帰ってきたんですよ。彼らの授業は来月から始まるんです。」
カールさんがそう教えてくれた。基本的に1年生と上級生たちは別の教室で勉強することになるけれど、一部の実習では他学年・男女合同で勉強することもあるそうだ。
エマの在籍している術師クラスは中級以上の貴族の生徒が多い。彼らは午前の授業中もエマとほとんど会話をすることはないそうだ。
そこにさらに年上の子が加わるわけか。エマと仲良くしてくれる子が増えるといいなあ。
私はエマの授業を見に行くことができないので、エマの様子はエマ本人やカールさん、ミカエラちゃんから聞くしかない。
カールさんはほとんど一日中、エマの様子を見守ってくれている。彼が来てくれて本当に心強い。彼によるとエマはどの魔法の授業でもほとんど一番の成績だそうだ。
エマは元々すごい頑張り屋さんだし、ガブリエラさんがミカエラちゃんとエマを物凄く鍛えていたから、まあ当然なのかもしれないけどね。
私もエマに負けないよう、エマの身の回りの世話を頑張っている。リアさんやジビレさんにはまだ全然追いつけないし、敵わないけれどエマの身支度を整える手伝いは出来るようになった。
でも身支度はまだ難しいので、私が主に担当しているのはトイレやお風呂を含む部屋の掃除や洗濯、水汲みやお湯の準備などだ。自分の手と魔法を両方使ってやるので、これには自信がある。ジビレさんもすごく誉めてくれたしね!
食事の給仕も少しずつ上達している。上手に料理を取り分けたり、盛り付けたりするのはまだ難しいけれど、リアさんたちのお手伝いを頑張っているのだ。
エマの給仕を一人で全部できるようになるのが、とりあえずの私の目標です。
寮の食事はいつも大皿や壺に入った食べ物がテーブルに出されて、そこから取り皿に取り分けてぞれぞれが食べる。取り皿に入れたものは食べ残してはいけないという決まりがあり、侍女さんたちは自分の世話する生徒たちの要望を細かく聞きながら給仕をしている。
そして生徒たちが食べ終わって余ったものを、侍女さんたちが取り分けて食べるのだ。侍女さんたちのほとんどは貴族か元貴族の女性たちなので、皆とても上品に食べる。
平民出身の侍女さんもいるにはいるけれど、彼女たちも行儀見習いをきちんと受けている人ばかりなので、食べ方はとてもきれいだ。
私もガブリエラさんからものすごくいっぱい練習をさせられたので、きれいに食べるように頑張っているのだけれど、最初はかなり戸惑った。
そんな時、周りの侍女さんたちがいろいろ教えてくれた。そんなことを繰り返すうちに、私は少しずつ彼女たちと仲良くなることができた。
その日も、エマたちの食事が終わってみんなが部屋に帰った後、私は他の侍女さんたちと一緒に食事をしていた。
そこでふと気になったことがあったので、私は彼女たちに尋ねてみた。
「私たちが食べた後も、結構お料理が残りますよね。これはどうなるんですか?」
「残ったものはね、私たちが食べた後、厨房の下働きたちが食べることになっているのよ。」
仲良くなった侍女さんの一人が教えてくれた。彼女は貴族を相手にする商会の奥さんだったという人で、旦那さんが亡くなった後、貴族家で侍女として働いているらしい。
ちょっとグレーテさんぽいところがあり、私にとても親切にしてくれるいい人だ。
彼女が言うには、寮の厨房には大勢の料理人と下働き、それに毒見役という人がいるそうだ。料理が出来上がるとまず料理人と毒見役が出来上がった料理を少しずつ盛り付けて食べ、異常がないのを確認してから生徒たちに出しているという。
侍女さんたちが食べ終わった後、下働きの人たちが残ったものを集めて食べているらしい。
「でも、それでも余ってしまうことがあるの。それはね、王都の『救民院』に送ることになっているのよ。」
『救民院』というのは王都の大地母神殿に付設されている施設で、身寄りのない子供やお年寄り、体の不自由な人たちに食べ物を提供する場所らしい。
「王都にはあちこちにこの救民院があるの。先代の国王陛下の御世に随分数が増えたのよ。それを今の陛下のお后様が引き継がれてね。お后様は救民院の運営にとても熱心で、生活に困った人たちがかなり救われたの。」
「ごはんが食べられないと死んじゃいますもんね。お后様はいい方なんですね。」
「本当にねえ。いい方を亡くしてしまったわ。」
「え! 王様のお后様ってもう亡くなってるんですか!?」
「ああ、あなたは遠くの村から来たし、きっとまだ小さかったから知らないわよね。お后様が亡くなられて、もう10年にもなるかしら。」
お后様は10年ほど前に病気で亡くなったそうだ。王様は臣下の人たちから次の奥さんをもらうように言われたけれど、それを頑として断ったらしい。
「ちょうど今の王太子殿下が成人なさった直後のことだったと思うわ。バルシュ侯爵が捕縛されたのもちょうどその頃ね。あの時の陛下のご心痛はいかばかりだったことでしょうね。」
当時、王国内はひどく混乱していたそうだ。王様は自分のお后様の死を悼む間もなく、国内を安定させるために力を尽くしていたという。
「立太子されたばかりの第一王子ウルク殿下も、陛下と共に国内を奔走されていたわ。ただね・・・。」
母の死後、それまでとても仲の良かった第一王子と第二王子が次第に距離を取るようになったそうだ。それは第二王子が成人を迎え、王国軍の将軍職に着いた頃から顕著になってきたらしい。
「今ではお二人はひどく反目しあっていらっしゃるという噂ね。お后様が今のお二人を見たらどれだけお嘆きになることか・・・。」
お后様が亡くなってから王国は大変なことになったらしい。お后様が残した救民院の事業がこれからも続くといいのだけれど、と彼女は心配そうな顔をした。
「第二王子様はどうして急に王様やお兄さんと仲が悪くなっちゃったんでしょうね?」
「お后様のことで何か思うところがあったのかしらね。それよりもあなた・・・。」
彼女は声を潜め、私の耳に口を寄せて囁いた。
「あなた、第二王子、パウル殿下の恋人なの?」
「ええ、違いますよ!私、他に、その、す、好きな人が・・・。」
私は恥ずかしくなって俯いてしまった。彼女はにっこりと笑って私に言った。
「分かってるわ。あの剣を二本持った素敵な方でしょう。でも、それなら気を付けたほうがいいわ。随分噂になってるから。」
彼女は侍女さんたちや生徒たちの間に広まっている噂について教えてくれた。
「ええ! 私を案内してくれたあの殿下さんが第二王子様だったんですか?」
「知らなかったの? まあ、あなたならそうでしょうね。パウル殿下はね、女性に対して見境のないので有名なの。王都中に恋人がいるって評判よ。きっとあなたの所にもやって来るわ。気を付けてね。」
見境がないっていうのがよく分からないけれど、番のメスをたくさん欲しがるってことかな。まるで氷の大陸にいる、あの美味しい動物みたいだ。なんだっけ、アザラシって名前だったかな?
私にはそんな心配いらないと思うけど、彼女の親切はありがたい。私は彼女にきちんとお礼を言った。彼女は「困ったことがあったら相談してね」と言ってくれた。
その日の午後、私は急ぎの仕事がなかったので、第六寮の厨房の様子を見に行った。厨房の裏手、生ごみを処理する『汚物喰らい』の入ったゴミ入れの横に、残ったパンや料理が籠や壺に入れられた状態で無造作に置かれていた。
日陰とはいえ外に放置されていた壺からは、少し傷んだ食べ物の匂いがする。籠の中のパンはすっかり乾いて固くなり、表面に虫が集っていた。
しばらく見ていると衛士隊の荷馬車がやってきて、それを乱雑に積み込んでいく。すべての食べ物を積んだ荷馬車は、他の寮へ向かって行った。私は《不可視化》の魔法で姿を隠し、《飛行》の魔法でこっそり馬車の後をつけた。
すべての寮を回った荷馬車は、王立学校の使用人通路を通って大通りに出た。そして王都の中央広場を抜け、ドルーア川にかかる大きな橋を通って、東へ東へと進んでいった。
橋を渡ると街並みががらりと変わる。荷物を積んだ小舟が並んだ川沿いにあるのは、石造りのたくさんの倉庫だ。そこでは多くの人が荷馬車に荷物を積みかえたり、品物のやり取りをしていた。
ハウル村にある船着き場とカフマンさんのお店に雰囲気が似ているから、きっとここは商会が集まっている場所に違いない。
衛士隊の荷馬車はそこを通り抜け、さらに東へ進む。
水路をいくつも越えると、いろいろな薬品の匂いが漂い、槌音が響く工房がたくさんある場所に出た。この辺りは職人さんたちが多く暮らしている場所みたい。
さっきの商会が集まっている場所に比べると建物がやや小さくなり、街がごみごみしている感じがする。私は立ち上るいろいろな色の煙と避けながら空を飛んで荷馬車を追う。
荷馬車はさらに東へ進む。やがてあまり丈夫でない建物が多くなった辺りにある、石造りの建物の前で止まった。建物の側には私のねぐらにあるのと同じ大地母神の像があった。ここが大地母神殿かな?
建物の前には継ぎの当たった服を着た人たちがたくさん待っていた。大人も子供もいるけれど、皆ものすごく痩せていて顔色が悪い。
彼らは荷馬車に積んである食べ物を降ろそうとしたが、それを衛士さんが槍の柄で追い払った。
「勝手に取るんじゃない!お前たちの分だけじゃないんだぞ!」
衛士さんが荷馬車から食べ物の入った壺と籠を彼らに渡すと、彼らはそれを持って神殿に入っていった。
荷馬車はその後もいくつかの神殿に食べ物を降ろしながら、東へ進んでいく。東に行くにつれ街の建物は小さくなっていった。
そのうちに王都を外の荒野と隔てる巨大な街壁と門が見えてきた。この辺りにあるのは木で簡単に作った小屋のようなものがたくさん建っている。
門の側にある最後の神殿に食べ物を降ろすと、それを待っていた大勢の人たちがそれに群がってきた。
それを衛士さんが槍で遠ざけている間に、神殿から出てきた神官服を着た人たちが食べ物を神殿に運び込んだ。
「並べ!一列に並ぶんだ!」
衛士さんたちが声をあげ、大勢の人たちが列を作った。前に並んでいるのは比較的丈夫な大人の人たちで、小さい子や弱っている人は後ろに並んでいた。彼らは皆、手に小さな器を持っている。
列の先頭は神殿の中に入っていく。やがて別の出口から小さなパンの欠片と湯気の立ったわずかなスープを手にした人たちが出てきた。
彼らはそれを大事そうに持って自分の小屋へ帰っていく。列はだんだんと短くなっていき、最後の小さい子供がパンくずの入ったスープを持って出てきたときにはもう大分日が傾いていた。
私はその光景に衝撃を受けた。人間は、自分で食べ物を作ることができるとても賢い生き物のはずだ。
なのにどうして彼らは自分の力で働きもせず、他の人から食べ物をもらっているんだろう?
私たち竜を含め、狩りをする生き物は自分の力で獲物を狩って生きている。また狩りをしない生き物は食べ物を求めて大地を移動しながら生きている。そしてどちらもそれができなくなったときに死ぬ。
でも人間は違う。人間は自分で食べ物を育てることができる。それは人間のすごいところだと思う。
ハウル村はあまり食べ物が豊富とは言えなかった。だからみんな一生懸命に食べ物を得るために働いていた。病気やケガで働けなくなる人もいたが、皆で仕事を分担し助け合っていた。働くことが生きることだと私は思っていた。
それなのにあの人たちは働いていない。確かにケガや病気などをしている人もいたし、本当に小さい子もいた。だけどそうでない人もたくさんいたのだ。
なぜあの人たちは自分で働いて食べ物を手に入れようとしないのだろう。人間はもっと賢い生き物じゃないの? 私はそれが不思議で仕方がなかった。
きっと私に分からない事情があるのかもしれない。そう言えば王様は以前「みんなが飢えることなく暮らせる国を作りたい」と話していたことがあった。
それを聞いたときはよく分からなかったけれど、ひょっとして王様が言っていたのは、あの人たちのことだったのだろうか。
私は上空で夕日に照らされながら、しばらく彼らの様子をじっと観察した後、《転移》の魔法で王立学校に戻った。
私は無性にカールさんに会いたくなり、上空から彼を捜した。程なく中庭を通って自分の部屋のある職員棟へ向かう彼の姿を見つけた。
「カールさん!!」
「ドーラさん!どうしたんですか、急に?」
私は今見たことを彼に話し、疑問に思ったことを彼に聞いてみた。すると彼はあごに手を当ててじっと考えた後に言った。
「理由は人それぞれ違いますが、彼らは『働きたくても働けない』人たちなんです。」
彼は王都で働けない人が多い理由を説明してくれた。彼らの多くにはできる仕事がないのだそうだ。
「豊かな土地があるなら、彼らも自分たちで糧を得ようと働くでしょう。また丈夫な体があるなら、彼らも自分の力を生かして働こうとするでしょう。彼らにはそれがありません。」
そしてしばらく考えた後、こう付け加えた。
「でも何よりもないのは未来への希望かもしれませんね。」
未来への希望。以前、私は王様からその言葉を聞かされたことがある。人はたとえ間違えたり挫けたりすることがあっても、希望があれば生き続けることができると王様は言っていた。
私はその言葉を聞いた時、私がみんなの希望を守ることができたらいいのにと強く思ったのだ。
今日見たあの人たちは未来への希望を失っている。だから選ぶことも生きることもできないでいる。私はそれがとても悲しかった。
「カールさん、私に出来ることは何かないでしょうか?」
「・・・希望を失った人にそれを取り戻させるのは、とても難しいことです。それは誰かが与えてあげられるものではありませんから。」
私はその答えを聞いて自分の無力さに打ちのめされそうになった。するとカールさんは私の両肩にそっと手を添えて言った。
「全員が望む希望を、他の誰かが与えることなんて、きっと誰にもできません。でもその手助けをすることはできるのではないかと思います。例えばこの国がもっと豊かで平和になれば、希望を無くす人を一人でも減らせるかもしれない。少なくとも私はそういう気持ちで仕事をしています。」
「平和で豊かな国を作る・・・。」
「そうです。そこに暮らす皆が、今日よりも良い明日が来ると思えるような国を作る。それが私たち貴族の仕事です。ドーラさんにはドーラさんのやり方があるのではないですか。」
真剣な表情でそういう彼に私は問いかけた。
「私にそれが見つけられるでしょうか?」
「ドーラさんは私を含めて、すでに多くの人たちに希望を与えてくれていますよ。きっとできます。ドーラさんが何ができるか、他の人にもいろいろ聞いてみてはどうでしょう。」
「そうですね。ありがとうございました、カールさん。」
カールさんはにっこりと笑って、私の頭に軽く手を触れた。そして顔を赤くして「ではまた明日」と言って行ってしまった。私はその後、彼の姿が見えなくなるまで、その場にずっと立ち尽くしていた。
私はその夜、エマたちにカールさんから聞いたことを話してみた。
「領民が希望を持って生きられるようにする。それはお姉様もずっと頭を悩ませていらっしゃいましたわ。」
ミカエラちゃんが頬に手を当ててそう言った。確かにガブリエラ様は村の皆のことをすごく気にかけて、しょっちゅう村を飛び回っていたっけ。
「私は皆さんと知り合えたことで、自分の未来に希望が持てるようになりましたわ。」
「私もです。入学前は王立学校に来るのが正直嫌で仕方がなかったのですが、今では学校生活を楽しめるようになりました。」
ニーナちゃんとゼルマちゃんは顔を見合わせて微笑みあった。
「希望って難しいけど、私が頑張れるのは家族や友達がいてくれるからかな。お父さんやお母さんもいつもそう言ってるし。」
エマは皆の方を見てそう言った。私は皆の話を聞いて考えたことを言った。
「分かった!じゃあまずは、あの人たちのことをもっとよく知らないとだよね!」
「そうだね。でもどうするの?」
「あのご飯を運ぶ仕事を、私にも手伝えないかなと思うんだけど。」
私がそう言うとニーナちゃんが「それはどうでしょうか」と言った。理由を尋ねると彼女はこう説明してくれた。
「ドーラさんは目立ちますから。それに王都の東側、貧民街の辺りは治安がとても悪いと聞きますし、どんな騒動が起きるか分かりませんもの。」
「あー、確かにそうですね。ドーラさんがそんなところに行くのは危険ですよね。無用の騒動の原因になりそうです。」
ゼルマちゃんも同じように反対する。ガッカリする私にミカエラちゃんが言った。
「ドーラさんが彼らと知り合いたいと思うのなら、まずは国王陛下に相談してみてはどうかしら。あの食べ物の『施し』は王家がしている事業なのですから、何かいい考えを教えてくださるかもしれませんよ。」
「そうだね!じゃあ私、王様に会って聞いてきます。」
私の言葉を聞いてニーナちゃんとゼルマちゃんは零れ落ちるかと思うほど、目を見開いて驚いた。
「国王陛下にそんなに簡単に会えるだなんて。ドーラさんって一体どんな人なんですか?」
ゼルマさんの問いかけに私は困ってしまった。そう言われても理由を説明できない。《どこでもお風呂》のことは秘密にしておく約束だし・・・。
「えーっと、それは・・・内緒です。」
それを聞いた二人がちょっと怯えた表情をした。「ドーラ様とお呼びしたほうがよろしいのでしょうか」とニーナちゃんが呟いたので、私は絶対にやめてくださいとお願いした。
「ドーラさんのことに関しては分からないことが多いんですよ。」
ミカエラちゃんが穏やかに笑ってそう言うと、二人は神妙な表情で頷いた。
「分かりました。この秘密は絶対に他の人には漏らしませんわ。ご安心なさってください。」
「私もです。エマ様がこの学校に来た理由も・・・いえ、詮索はいけませんね。私の命に代えても秘密は守りますから。」
二人の表情を見て、私はエマと目を合わせた。エマは困ったような顔をしているけど、何も言えないようだ。でもそれは私も同じ。
何だか変な思い違いをされているような気がするけど、説明できないので訂正も出来ない。仕方がないから、そのままにしておこう。うん。
その夜、私はこっそり寝床を抜け出すと『おしゃべり腕輪』で王様に今から行きますと連絡した。
すると王様からもすぐに会いたいと返事があった。私は《転移》の魔法を使って、王様の寝室に移動したのでした。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2332000D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
→ エマへ貸し出し中 5000D
← 薬・薬草茶の売り上げ 800D
← カフマン商会との取引 5000D
読んでくださった方、ありがとうございました。