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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
132/188

127 休日

お肉屋さんのコロッケが食べたくなりました。

「やっぱり素敵ですわ、ドーラ様。私の想像通り、いえそれ以上です!」


 仕立て屋のドゥービエさんが新しい服を着た私を見て、ほうっと大きなため息をついた。周りで見ているニーナちゃんたちもそれにうんうんと頷いている。


「さあドーラ様、また絵を描いてくださいませ。それが終わったら今度はこのドレスを・・・。」


 私はドゥービエさんに言われるがままにポーズを取って、鏡に映った自分の姿を《自動書記》の魔法で紙に写し取った。それを受け取った彼女は嬉々として次の衣装を準備し始める。


「私たちにもくださいませ!」


 ニーナちゃんをはじめとする女の子たちにも同じものを渡す。こうなるのは分かっていたから、あらかじめ人数分のペンを同時に魔法で動かして絵を描いていたのだ。受け取った女の子たちは、それを大事そうに紙入れの中にしまい込んだ。


 ・・・これ一体、いつまで続くんだろう?






 今、私は王都の中央区にあるドゥービエさんの服飾工房にいる。


 なぜかといえば、ドゥービエさんから新作ドレスの試着とチラシ作りを手伝ってほしいと手紙が来たからだ。手紙にはお礼に銀貨をたくさん用意してくれると書いてあったので、私は早速それを引き受けることにした。


 その話を私が皆の前でエマにしていたら、ニーナちゃんが是非一緒に行きたいと言った。それで『週末のお休み』を利用して、皆で行くことになったのだ。


 人間たちは25日を一か月としているけれど、それをさらに5日ごとに分けて『一週間』という名前で呼んでいる。王立学校は一週間の最後の日が『お休み』になっていて、その日は授業がない。


 学校だけでなく、王都で暮らす人たちにとっては5日に一度休みを取るのが普通らしい。私とエマはそれを聞いてすごく驚いた。自給自足のハウル村では考えられない習慣だ。


 王様もカールさんも王都の人だけど、休みを取っている気配がないので全然知らなかったよ。私がそのことをカールさんに言うと、彼は少し遠い目をして「休みなどなくても人は生きていけます」と呟くように言った。


 




 最初はエマと同室の4人だけが一緒に行くはずだったのだけれど、どこからか話が広がっていたらしく、他にもいきたいという子が出てきて、最終的には10人で行くことになった。皆、ドゥービエ工房の服が熱狂的に好きという女の子たちばかりだ。


 バルシュ家の家令マルコさんが手配してくれた4台の大型馬車に分乗し、私たちは朝食後すぐに寮を出た。女の子たちは10人だけれどそれぞれに侍女と護衛が着くため、結局30人近い大移動になった。


 私たちの馬車には私とエマたちの他、カールさんとリアさんが同乗した。マルコさんの奥さんで、ミカエラちゃんの侍女ジビレさんは今日はお休みだ。何年も前に死んでしまった息子さんのための『休日礼拝』っていうのに参加してるらしい。






 ドゥービエ工房がある中央区は、貴族たちの暮らす貴族街区と大きな商会が並ぶ商業区のちょうど中間にあり、王都で一番賑わっている場所だ。ドゥービエ工房はその中でも一番人通りの多い、中央広場に面した場所にある。


 彼女の工房は大きなガラス張りの窓が正面にある上に、至る所に魔法の照明が取り付けられているため、部屋の中にいるとは思えないほど室内が明るい。


 建物内は大きく二つに区切られていて、表通りに面しているのがお店、奥にあるのが工房と試着室だ。白で統一された上品で落ち着いた店内には、色とりどりの布や試作品のドレスが飾られていて、道行く人たちの目を引いている。


 店舗のすぐ奥にある『試着室』の壁には大きな鏡がたくさん取り付けられていて、色々な角度から自分の姿を見ることができるよう工夫されていた。私は今、ここにいる。






 すごく店内が真新しいのでドゥービエさんにそのことを尋ねたら、この工房は最近改装されたものだと教えてくれた。私とエマの服を作るためハウル村にやってきたドゥービエさんが、カフマン商会の店構えを見て感動し、自分の店舗兼工房に取り入れたのだそうだ。


 だからこの工房のガラスと鏡はすべてカフマン商会から仕入れたもの、つまり私が魔法で作ったものだ。そう言えば春になる直前あたりに大量にガラスと鏡の注文を受けたことがあったけど、ここで使われてたのね。


 ドゥービエさんによると、最近は王都でもガラス窓を使った建物が少しずつ増えてきているらしい。ただまっすぐで歪みのない大きなガラスを作るのは大変らしく、ガラス職人さんたちは日夜研究に励んでいるそうだ。


 私がガラスを作った時のやり方は、ガブリエラさんが魔術師ギルドに報告したらしいのだけど「そんな非常識な作り方、普通の人には無理です」と言われてしまったと聞いた。


 私は空間魔法で簡単に作れちゃうけど、空間魔法を自由自在に使える人って実はほとんどいないのだそうだ。


 でも人間は諦めず、それを別の技術で再現しようとしている。人間のそういうところって本当にすごいと思う。私が人間を大好きな理由の一つだ。王都中にガラス窓が溢れる日も、きっとそう遠くないに違いない。






 結局、すべての試着が終わった頃には、お昼近い時間になっていた。寮の昼食に間に合うように、皆、急いで馬車に乗り込む。


「ドーラさん、本当にありがとうございました。わたくし、こんなに楽しい休日を過ごせたのは生まれて初めてですわ。」


 ニーナちゃんが私の手を取りながら、熱のこもった声でそう言った。彼女の傍らには私の描いた絵の入った紙入れが大事そうに置かれている。


「私もとても楽しかったです。でもゼルマさんには退屈でしたか。途中、姿が見えなかったようですけど・・・。」


 ミカエラちゃんがそう言うと、ゼルマさんは首を横に振って答えた。






「いえ、私もとても楽しかったです。カール様からいろいろ貴重なお話を聞かせていただきましたので!」


 彼女は他の皆がドレスに夢中になっている間、エマの護衛として来ていたカールさんから剣術の手解きをしてもらっていたらしい。キラキラした目でカールさんを見つめている。


 この目は前にも見たことがある。カールさんの剣術を見て歓声を上げていた村の男の子たちと同じ目だ。


「別に大したことを話したつもりはないが・・・。しかしゼルマ殿は筋がよい。剣で身を立てたいと考えるのも分かる。」


 カールさんに褒められてゼルマさんはすごく嬉しそうな顔をした。彼女によるとカールさんの剣の腕前は、技能クラスの生徒の間ではかなり噂になっているらしい。


「カール様は技能クラスでありながら、王立学校の剣術大会で並み居る騎士見習いたちを次々と倒し、前人未到の4年連続優勝を成し遂げたのです。」


 魔力差を圧倒的な剣の技量で上回った彼は、技能クラスの生徒たちにとって目標であり、憧れの存在なのだという。私たちは皆、その話にとても感心してしまったが、彼自身はとても複雑そうな顔をしていた。






 その時、ずっと黙っていたリアさんが口を開いた。


「お話し中に失礼いたします。道が混んでいるので、思ったより時間がかかりそうです。先触れを出した方がよろしいでしょうか?」


 カールさんは少しホッとした表情でそれに答えた。


「いいや、それには及ばない。外出許可願を提出した際に、あらかじめゆとりをもって申請してある。心配してくれてありがとう、リア。」


 カールさんの言葉にリアさんは無言で頭を下げた。私はカールさんに尋ねてみた。






「周りにいっぱいお店や屋台があるのに、どうしてわざわざ寮に帰って食べるんですか?」


 開いた窓から美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくる。エマが小さくこくんと唾をのむ音が聞こえた。


「あの屋台や食堂は平民たちが利用するもので、貴族の子女が簡単に立ち寄ることはできないんですよ。」


 貴族は基本的に店に立ち寄って食事をすることはないそうだ。食べたい料理があれば自分の屋敷に材料を取り寄せ、料理人を呼んで料理をさせるのが当たり前なのだという。






「そうなんですか。屋台の料理、美味しいのに食べられないなんて、残念ですね。」


 私がそう言うとゼルマちゃんは大きくため息を吐いて言った。


「私たちの家では料理人を呼ぶようなゆとりはありません。でも下級とはいえ貴族ですから、おいそれと屋台の物を口にすることもできないのです。正直に言えば一度、食べてみたいとずっと思っているんですが・・・。」


「まあ、ゼルマさんも? 実はわたくしもなんです。」


 ゼルマちゃんの言葉にニーナちゃんも同意する。彼女も演劇の帰りに見かける屋台の料理を食べてみたいとずっと思っていたのだそうだ。それに対してエマが口を開いた。


「でもミカエラちゃん、村の市場やお祭りでは私たちと一緒にいろいろ食べてなかった?」


 ニーナちゃんたちが驚いてミカエラちゃんを見る。彼女はちょっとバツの悪そうな顔で、言い訳するように二人に言った。


「お姉様が食べてもいいっておっしゃったの。『領民の生活をちゃんと知るために必要なことよ』って。」


「なるほど、その通りですね。それは領地を治める貴族と、王都で暮らす我々官僚貴族との違いかもしれません。」


 カールさんの言葉を聞いて、皆は納得したようだ。そう考えると、王都の下級貴族の人たちは随分、窮屈な生活を強いられているようだ。







「ハウル村にはどんなものがありましたの?」


 ニーナさんの問いにミカエラちゃんが少し考えてから答えた。


「エマちゃんと一緒に木の実を摘んで食べたり、カール様たちと魚を釣ってその場で焼いて食べたりしたこともあります。でも一番美味しかったのはやっぱり、ゲルラトさんのところで食べたコロッケかしら。」


 ミカエラちゃんの言葉にエマも同意する。それに対してゼルマちゃんは怪訝な顔をした。


「コロッケですか? 古くなったパンと芋で作る、あのべしゃっとした食べ物ですよね?」


 それにニーナちゃんも同意して頷く。二人はあまりコロッケが好きではないようだ。話が噛み合わず、不思議そうな顔をする4人にリアさんが言った。






「横から失礼いたします。王都の下級貴族の方が召し上がるコロッケは、古くなったパンやそのままでは食べられない芋、くず肉を何とかして食べるための料理なんです。しかも古い油を使って調理する場合がほとんどなので、味はあまり良くありません。」


 リアさんによると王都の精肉店の店先で売られているものはそれなりに美味しいそうだ。彼女は最後にこう付け加えた。


「でも私はハウル村のコロッケのほうが味は良いと思います。」


「・・・リアが食べ物の味について自分の意見を言うなんて初めて聞いたよ。」


 カールさんのその言葉でリアさんはハッとしたような表情をして、「申し訳ございません」と頭を下げた。


「いいんだリア。別に咎めているわけじゃないから。」


 リアさんは澄ました顔で軽く頭を下げた。でもちょっと耳の先が赤くなってる気がする。照れてるのかな?






 ゼルマさんがリアさんの方を見ながらしみじみと言った。


「でもリアさんがそんなに言うほど美味しいのなら、私も一度食べてみたいです。」


「じゃあ皆で食べますか? 私、ちょうどここに持ってますよ。」


 私はエプロンドレスの前に着いた大きなポケットから、コロッケのたくさん入った包みを取り出した。揚げたてのコロッケの香ばしい香りが馬車の中に満ちる。


「ドーラお姉ちゃん、どうしたのそれ?」


「この間、村に帰った時にゲルラトさんのお店で買ってきたんだよ。エマに食べさせてあげようと思って。でもすっかり忘れてたの。」


 他にもいろいろ買いこんで《収納》の中にしまい込んでいたのを今まですっかり忘れてた。


 でも大丈夫! 《収納》の中では時間が経過しないので、コロッケはまだ熱々のままなのだ。


 私は「はいどうぞ!」と言って包みを開けた。湯気の立つ熱々のコロッケにみんなの目が釘付けになる。皆は私の差し出したコロッケとカールさんの顔を何度も見比べた。カールさんは苦笑して言った。






「せっかくドーラさんが買ってきてくれたものだし、皆で食べようか。」


 エマとミカエラちゃんがきらりと目を輝かせた。私は「やけどしないようにね」と言いながらコロッケを皆に配る。遠慮するリアさんにも無理矢理押しつけた。


 ニーナちゃんとゼルマちゃんは、初めての体験にかなり戸惑っているようで、コロッケを手に持ったまま途方に暮れた表情をしていた。


 皆に行き渡ると、早速エマが「ありがとうドーラお姉ちゃん!」と言って、コロッケにかぶりついた。それを見たニーナちゃんたちが目を丸くする。


「んー!!やっぱり美味しー!」


 サクサクという衣の音が馬車の中に響く。上質のラードを使って揚げたゲルラトさん渾身の作。ハウル村でも大人気の一品だ。






 エマは自分の分を食べ終わると「もう一個ちょうだい」と言って、包みからコロッケを一つ摘まみ上げた。


「エマ様、これからお昼ご飯ですから、それまでにしておいてくださいませ。」


 リアさんの言葉に、エマは素直に「はい!」と返事をして、二つ目のコロッケに噛みついた。そう言うリアさんはもうコロッケを持っていない。いつの間に食べたんだろう。すごい速さだ。私は彼女に次のコロッケを勧める。


「リアさん、もう一ついかがですか?」


 リアさんはちょっと躊躇したけれど、カールさんが「いただきなさい」と言うと「ありがとうございます」と言って、もう一つコロッケを受け取ってくれた。


 私が一瞬視線を逸らした後には、彼女はもうそのコロッケを食べ終わっていた。え、どういうことなの?飲み込んでるの?






 ミカエラちゃんとカールさんが手に持ったコロッケをサクサクかじるのを見て、ようやくニーナちゃんたちも恐る恐る一口食べた。


「!! これ、本当にコロッケですか!?」


「今まで食べたものとは、まったくの別物ですわ!信じられないほどの美味しさです!」


 結局それから皆で二つずつ食べた。私は食べ終わった皆の手を《洗浄》と《乾燥》の魔法で清め、馬車の中に残った匂いを《消臭》で消した。


「ドーラさんも魔法が得意なんですね。さすがはエマさんのお姉様ですわ。」


 ニーナちゃんがうっとりした目で私を見ながらそう言った。私はエマと顔を見合わせてニンマリと笑った。






「本当に素敵な休日になりましたわ。ありがとうございました。それで次のお休みには、皆で一緒にお芝居を見に行きませんこと?」


 ニーナちゃんの提案に、皆は大賛成した。お芝居ってどんなものなんだろう。今からすっごく楽しみだ。


 その後も馬車の中でのおしゃべりは尽きず、昼食を食べた後も談話室で話に花を咲かせた。王都には私の知らない楽しいものが、まだまだいっぱいあるみたいだ。これからそれをエマたちと一緒に色々見つけていきたいな。


 ずっと憧れていた王都の暮らしに触れることができて、本当に嬉しい。でもそれはきっとエマやミカエラちゃんたちがいるからだ。一人よりもみんなのほうが、何倍も楽しいや嬉しいが増える気がする。


 私は皆が本当に楽しそうにおしゃべりする姿を見ながら、そう思ったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師


所持金:2326200D(王国銀貨のみ)

 → ゲルラトへ出資中 10000D

 → エマへ貸し出し中 5000D


 → 馬車のレンタル代金 1000D(250D×4台分)

 ← ドゥービエ工房からのモデル謝礼 200D

読んでくださった方、ありがとうございました。

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[気になる点] いや、ドゥービエ工房の謝礼、馬車代で完全に足が出てるじゃない・・・
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