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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
131/188

126 円環球

お話とは関係ないですが、シチューがすごく美味しくできました。

 適性検査の結果が発表され、それぞれのクラスで授業が始まって10日が経った。今は春の2番目の月の中頃。エマたちも少しずつ学校生活に慣れてきている。


 発表の日からエマとミカエラちゃんは術師クラス、ニーナちゃんとゼルマちゃんは技能クラスに分かれて、それぞれ勉強を始めている。


 クラスは違うけれど1年生の授業内容はほとんど変わりなく、どちらも魔力の基礎鍛錬と呪文詠唱の練習を中心にしているそうだ。どちらのクラスも大体午前中で授業が終わり、午後からはそれぞれが自主的に勉強する時間になる。


 ただ魔力量の少ない技能クラスの生徒たちは長時間の魔法の練習ができない。だからその分、いろいろな技能を身につけるための授業を受けている。


 その授業の先生をしているのは、実際にそれを仕事にしている卒業生たちだそうだ。ちなみに仕立て屋のドゥービエさんも、技能クラスの卒業生らしいです。






 ニーナちゃんたちによると技能クラスで学べることはかなり多岐にわたるらしい。算術や習字に始まり、裁縫や手芸、料理、絵や音楽、果ては護身術なんて授業もあるそうだ。これらは本来、貴族がするべき仕事ではないらしく、技能クラスの生徒たちはそれを勉強することを恥ずかしく思っている節がある。


 だけど正直、私は術師クラスよりも、技能クラスの授業の方が楽しそうだなと思う。エマやミカエラちゃんも、私と同じように思っているみたいで、ニーナちゃんたちの話を羨ましそうに聞いていた。


 ちなみに1年生が練習する魔法は主に生活魔法と無属性魔法で、2年生になるとそれぞれの属性魔法を練習することになるらしい。だから2年生からはクラスの授業内容がはっきり分かれることになるわけだ。


 さらに上級生になるとより細かく専門が分かれるみたいだけれど、これは本人の適性に応じてそれこそ無数に枝分かれしていくそうだ。エマが将来、どんなことを身につけていくのか、今からとても楽しみです。






 適正検査の結果発表の時、エマとミカエラちゃんが『特別研究生』というのに選ばれた。1年生で選ばれたのは全部で5人。エマたちの他には、イレーネちゃんという女の子と、サローマ伯爵の息子のニコルくん、そしてリンハルト殿下という男の子が選ばれた。


 エマ以外の4人はそれぞれ所属する研究室が決まっていて、ミカエラちゃんは午後ほとんど毎日、錬金術研究室に通って勉強している。ガブリエラさんと同じ植物をテーマにした研究をしたいみたいだ。


 5人の特別研究生のうち、唯一所属が決まっていないエマだけは、自分で好きなところを選んでいいそうだ。選ぶ期限は春の終わり。あと二か月半の間にそれぞれの研究室を順番に回って、最後にエマが選ぶことになっている。






 あと驚いたことに、なぜかカールさんがエマの付き添いとして王立学校に来ることになった。彼が言うには「選抜に不正が行われないようにするため」らしいけど、説明を聞いてもよくわからなかった。


 まあ理由は分かんないけど、カールさんがエマについてくれるなら安心だ。私もカールさんに会う機会が増えたので嬉しい。エマもとても喜んでいるし、カールさんを付き添いにしてくれた王様に感謝だね!今度会った時に、ちゃんとお礼を言おうっと。






 最初にエマが通うことになったのは水属性研究室のアンフィトリテ先生のところだ。エマはここで水属性の魔力を伸ばす鍛錬と水属性魔法を勉強している。私も一度だけ、特別に見学させてもらった。


「エマさんの鍛錬には、この魔道具を使うんですよ。」


 そう言ってアンフィトリテ先生が見せてくれたのは研究室の一番奥にある、床や壁、天井にまで複雑な魔法陣が描かれた六角形の大きな部屋だった。


 部屋の真ん中には大人が一人、立った状態で入れるくらいの大きさの青い光の球が浮かんでいる。よく見たらこの球はいくつもの光の輪が寄り集まってできているようだ。


 一つの輪の幅はエマの手の平くらいで、表面に様々な文様や数式が浮かび上がっている。それが球の中心を軸にして回転することで大きな球に見えているのだ。


 球をよく見てみようとして中に入り、何気なく部屋の壁に触れた私は、驚きのあまり声を上げてしまった。






「この壁、魔法銀ミスリル!?この部屋ってまさか全部ミスリルで出来てるんですか!?」


「よく分かりましたねドーラさん。さすがはあのガブリエラ様のお弟子さんです。」


 エマと私、それに付き添いのカールさんは驚いて部屋の中を見回した。魔法銀は非常に希少で高価な素材だ。それをこんなにたくさん使うなんて!


 彼女は穏やかに微笑んで部屋の中に私たちを案内してくれた。






「この部屋自体、というよりこの研究室がある研究棟自体が、巨大な魔道具なんです。それぞれの研究室の中で、その属性が最も強くなるように、大地の魔力を循環させているんですよ。」


「すごいですね!これは仕組みは誰が作ったんですか?」


「錬金術の主任教師をしているマルーシャ先生が、当時の王と協力して数百年前に作ったものだそうです。彼女は古代遺物アーティファクトを元に、これを作り上げたそうですよ。でもオリジナルの古代遺物はすでに失われてしまったそうで、それを復元するのが彼女の生涯のテーマなんだと、いつも言ってます。」


 カールさんもこの魔道具を見たのは初めてのようで、すごく驚いていた。


 この超巨大な魔道具は王国内に二か所、王立学校と魔術師ギルドにのみ設置されているそうだ。この魔道具のおかげで、他の場所ではできないような研究を行うことができるのだという。確かにこの部屋の中には、ものすごい量の水の魔力が満ちている。


 新しい技術を生み出すためにこんなものを作るなんて、人間ってなんてすごいんだろう!






「ではエマさん、あの『水の円環球』の中に入ってください。」


 私が人間の技術のすばらしさに感動していたら、アンフィトリテ先生が部屋の中心に浮かんでいる青い光の球を指して言った。エマが恐る恐る球に近づくと、回転していた光の輪が一つにまとまり、地面と水平に浮かぶ光の帯になった。エマは先生に言われるままに、帯をくぐって内側に入った。


 するとエマの体がふわりと浮き上がり、また光の輪が回転し始めた。光の球の青い輝きが強くなっている。その真ん中に浮かんでいるエマは目を瞑ったまま、身動き一つしない。どうやら意識を失っているようだ。


「先生、エマは大丈夫なんですか?」


 私が心配して尋ねると、先生は穏やかに笑って説明してくれた。


「危険はありませんから大丈夫ですよ。この『円環球』は中に入った者の魔力を引き出し、循環させる働きがあるんです。ただし一定以上の魔力容量がないと、あっという間に魔力酔いを起こしてしまいますけどね。」


 本来、この円環球は巨大な魔道具内を循環している魔力の流れを調整するための『弁』のような働きをするものらしい。その巨大な魔力の流れの中に入ることで、魔力の鍛錬を効率的に行うことができるのだそうだ。


 それを聞いたカールさんが「挌闘僧モンクたちがやっている滝行のようなものか」と呟いた。それを聞いた先生は軽く噴き出し「確かにそれに近いかもしれませんね」と笑った。






「私も中に入ったことがありますけど、実はちょっと面白いんですよ。」


 先生が意味ありげに笑いながら、私とカールさんに言った。


「修行なのに、面白いんですか?」


「ええ。あの中に入ると自分の魔力と向き合うことになるんですけど、その様子を夢として体験できるんです。どんな夢を見るかも、人によって全く違っているんですよ。」


 ふむふむ、それは確かに面白そうだ。ということはエマは今、夢の中で自分の魔力を向かい合ってるってことか。一体どんな夢を見てるんだろう。怖い夢を見てないといいけど。


 私はエマが怖い思いをしませんようにと祈りながら、カールさん、アンフィトリテ先生と一緒に、ふわふわと浮かぶエマの様子を見つめたのでした。











 エマはふと気が付くと、静かな波の打ち寄せる、暖かい海岸に立っていた。


 大きく広がる青い空と降り注ぐ太陽の光、色鮮やかな花々、そして甘い蜜の香り。ここは村の子供たちと一緒に何度も遊びに来たことがある、あの楽園島だ。


 私なんでここにいるんだろう。確か王立学校にいたはずなのに。そう思ってふと自分の姿を見ると、服を着ていなかった。驚いて思わず両手で自分の体を隠しかけたが、よく考えたら楽園島ではいつも裸で泳いでいたことを思い出して、手を止めた。


 代わりにうーんと伸びをする。太陽に照らされた体を風が滑っていく感覚が、とても心地よい。エマは深呼吸して、胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。


 その時、後ろでくすくすという笑い声が聞こえた。振り返るとそこに立っていたのは、引きずるほど髪を長く伸ばした女の子だった。彼女の髪は鮮やかな水色に輝いている。彼女もエマと同じで、服を着ていなかった。


 彼女の顔は長く伸びた髪に隠されていて見ることができない。






「あなたは誰なの?」


 エマが女の子にそう尋ねると、女の子は答える代わりに足元の波を両手ですくい取り、エマに向ってパシャリとかけてきた。急に水をかけられて驚くエマの様子を見たその女の子は、また可笑しそうにクスクスと笑った。


 最初は驚いたエマだったけれど、その笑い声を聞いているうちに何だか楽しくなってきた。エマはさっき女の子がしたように足元の波をすくって女の子にかけた。女の子はそれをひらりとかわす。そしてまたエマに水をかけてきた。


 今度はエマがそれをひらりとかわす。エマと女の子は逃げたり追いかけたりしながら、互いに水をかけあって遊んだ。


 女の子はものすごくかわすのが上手で、なかなか水をかけることができない。そして追いかけようとすると、すぐに水をかけてようとしてくる。いつの間にかエマは女の子を夢中で追いかけていた。






 いよいよ波打ち際に女の子を追い詰めたと思ったエマの前で、女の子はひらりと空中に飛び上がった。次の瞬間、女の子は大きな魚の背に腰かけていた。


 それは普段エマが見たこともないような不思議な形の魚だった。鱗のないすべすべした流線型の体に大きな背びれと横向きになった尾びれを持っていた。不思議な魚は丸っこい頭の横にある賢そうな黒い目でエマを見つめている。


 女の子を背に乗せた魚は「きゅい」と一鳴きすると、すごい速さであっという間に沖の方へ泳いでいった。そして女の子を背に掴まらせたまま、波の上に大きく飛び上がった。見事な着水をした魚の背の上で、女の子がエマに手招きをしている。まるでここまで来てみてと、言ってるみたいだった。


 エマは自然と海水に魔力を流して、女の子が乗っているのと同じ魚を作り出していた。水でできた魚にエマが腰かけると、魚は女の子の乗った魚を追いかけて水面を滑るように泳いでいった。






 エマは女の子に追いつこうとしたが、女の子の乗る魚はものすごい速さで泳いでいく。このままだと追いつけそうにないと思ったエマは、自分の乗っている魚にまた魔力を流した。


 水でできた魚が海の上に飛び上がり形を変える。エマの乗っていた魚は、大きな翼を広げた水鳥の姿になった。水鳥の姿になったことで、速度が一段と上がった。水鳥は暖かい風を切って、水上すれすれのところを飛んでいく。


 だが女の子の魚も、一層速度を増した。さっきより距離は縮まったものの追いつくことはできない。もっと早く飛ばないと。






 そう思ったエマの脳裏にある生き物の姿が閃いた。乳白色の優美な体。大空を駆ける雄々しくて美しい翼。どこかで見た記憶があるのに、どこで見たのかは思い出せない。


 そう思った瞬間、水鳥の姿が変わっていく。長い首と尾を持つ流線型のその生き物は、水でできた翼で風をつかまえると一気に加速した。遠くにいたはずの女の子がぐんぐんと近づいてくる。


 女の子の乗る魚を追い抜く瞬間、エマは女の子めがけて飛び降り、彼女に抱き着いた。二人は絡まり合って海中に落ちる。不思議なことに水の中なのに少しも苦しくない。それどころか驚くほど、気持ちがよかった。






 女の子の長い髪が海中に靡き、彼女の顔が露になった。


「あなたは・・・私?」


 目の前の女の子は自分と同じ顔をしていた。女の子は水中でエマを抱き寄せ、耳元に口を寄せてそっと囁いた。


「また、遊ぼうね。」


 女の子がくすりと笑う。次の瞬間、二人の体を青い光が包み込んだ。エマは自然と目を瞑り、女の子の体をぎゅっと抱きしめた。二人はそのまま深い水底へと沈んでいった・・・。











 青い光の球の中で眠っていたエマがゆっくりと目を開けた。と同時に、回転していた光の輪がまた一つの帯になって止まった。エマはすとんと床に飛び降りて、こちらに歩いて来た。まだ少しぼんやりしてる気がする。


「エマ、何ともないか?」


「うん。カールお兄ちゃん平気だよ。なんだか不思議な夢を見たの。」


 アンフィトリテ先生がエマの体をあちこち触って「僅かに魔力酔いの兆候がありますが、異常はないようですね」と言った。


 その後、研究室に戻ってエマが見たという不思議な夢の話を聞いた。それをふんふんと頷きながら聞いた後、先生が言った。


「どうやらエマさんは水を操る魔法に向いているみたいですね。」


「そんなことまで分かるんですか?」


 驚く私にアンフィトリテ先生はこくりと頷いた。


「見る夢は一人一人違うのですが、これまでの記録から大体の類型は分かっているんですよ。」


 先生によるとエマが見た「水で何かを作り出す」とか「水の流れを変える」という夢を見た人は、水を操作する魔法に向いているのだそうだ。


 他にも「泉を探す」夢だと水を生み出したり浄化したり魔法、「水に映った自分と会話する」夢だと水系の幻惑魔法という風に、得意な魔法の系統が大体分かるらしい。


 ちなみにアンフィトリテ先生はいつも「乾いた大地に雨を降らせる」という夢を見るそうだ。水系の治癒魔法を専門とする先生らしい夢だなと、皆で感心してしまった。






 これが10日前の話だ。エマはそれからも毎日アンフィトリテ先生のところに通って、円環球の中に入っている。そのおかげで偏っていた魔力の釣り合いが、かなりよくなってきたらしい。


 今も夕食後の談話室で、他の部屋の子たちも交えてみんなで魔力の鍛錬をやっているけれど、あれから一度も魔力障害は起きていない。エマが元気になって私もホッとした。アンフィトリテ先生には本当に感謝しかないよね!


 この談話室での魔力の鍛錬の話は、いつの間にか一階の女子生徒の間に広まってしまい、今ではほとんど全員が参加するようになっている。


 下級貴族の子どもたちはそれまで、自分の魔力を感じ取るのも精一杯という状態の子が多かったようだけれど、鍛錬に参加することで魔力の感覚を掴みやすくなったそうだ。


 私もお手伝いで参加しているけれど、下級貴族の子供たちは本当に魔力容量が少ないので、流す魔力量の調整がすごく大変だ。何度か失敗してひどい魔力酔いを起こさせてしまったこともある。


 細かい魔力の使い方はまだまだ練習しないといけないなと反省させられることも多い。でもそれで皆の魔力が上がって、エマに味方してくれる子が増えるなら、いいこと尽くめだよね。うんうん。私も頑張らないと!






 魔力の釣り合いがすこし取れてきたので、エマは今度から土属性の魔力研究室に通うことになるそうだ。アンフィトリテ先生によると「エマを独り占めするなっていう他の研究室からの圧力がすごい」らしい。


 圧力っていうのがよくわからないけど、エマが人気者っていうのは分かった。さすがは私のエマだ。エマは本当に可愛くて、賢くて、皆の人気者だ。


 私は皆に囲まれて笑い合うエマを見ながら、これからのエマの学校生活が上手くいきますようにと願ったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師


所持金:2327000D(王国銀貨のみ)

 → ゲルラトへ出資中 10000D

 → エマへ貸し出し中 5000D

読んでくださった方、ありがとうございました。

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