12 託す思い
書きたいのに時間がない。辛いです。
「ドーラが降りてこないわね。エマ、様子を見てきてくれる?」
朝食の準備をしながら、マリーは手伝いをしていたエマに声をかける。
「はーい!!」
屋根裏に続く小さな梯子を元気よくよじ登っていくエマの姿を見守りながら、マリーはわが子の成長をうれしく思った。
エマはこの春くらいまで、あの梯子を一人で登ることができなかったのだ。特に妹のマリアが死んでからは何をするにも怖がって、梯子に触ることさえしなかった。
それが今ではあの通りだ。これもドーラが来てくれたおかげかねえ。マリーはもう季節二つも一緒に暮らしている、不思議な娘のことを考えた。
あの二人はまるで本当の姉妹の様に仲が良い。どちらかというとドーラの方が妹のようだけれど。エマも最近はドーラのことばかりで、二人はほとんど一緒に過ごしている。
昨日も何やら二人でこそこそ相談しあっていたようだ。またこっそり森に入ってきれいな木の実を探しに行く相談でもしていたのだろうか。以前に黙って森に入ったとき、こっぴどく叱ったからもうしないといいのだけれど。
「ドーラおねえちゃん、寝てるよー。」
そう言いながらエマが梯子を降りてきた。それを聞いてマリーは準備しかけていた朝食を一人分減らした。一度眠ってしまうとドーラはしばらく目を覚まさない。次に起きるのは明後日の昼くらいだろう。
エマもそれが分かっているので、特に起こそうともしなかったようだ。この不思議な娘との生活に慣れてしまった自分と愛娘の姿に、我知らず笑みがこぼれる。
「なんだ、ずいぶんと楽しそうじゃないか?」
「ああ、おはようあんた。縄は見つかったかい?」
鶏を小屋から放すついでに、納屋に縄を探しに行ったフランツが戻ってきた。手には短い麻縄を握っている。今日から壊れた集会場の骨組みづくりが始まるから、そのための縄を取りに行っていたのだ。
「これだけしか見つからなかった。麻はまだあるか?」
「うちの分はないわねぇ。集会所の箱にはまだ少し残ってたはずよ。糸にする前の亜麻ならあるけど、冬にならなきゃ新しい縄は作れそうにないわね。」
夏の初めに収穫した亜麻から取られた繊維は、冬の間、村の女たちの手によって糸に、布に加工される。一緒に収穫した亜麻仁油もあったのだけれど、集会場の倒壊に巻き込まれて保存していた甕が割れてしまったため、大半がダメになってしまった。
各家庭にも備蓄はあるが量はわずか。秋にやってくる行商人から買えるといいのだけれど。マリーはそんなことを考え少し暗い気持ちになる。
「じゃあ親父さんにはこれだけ渡すとするか。他の家も似たり寄ったりだろうが、まあ今日使う分くらいは何とかなるだろう。」
「あんた、明日は親父さんと大工を呼びにノーザンまでいくんでしょ?その時に売ってもらえないか、聞いてみたらどう?」
「そうだな。まあ、仕方ないか。できるだけ安くなるように交渉してみるとするよ。」
「おとーさん、がんばってね!!」
「ああ、ありがとうエマ!エマがそう言ってくれるなら父さん、何でも頑張れそうだよ!!」
そう言ってエマを抱き上げ、体をくすぐるフランツ。エマは笑いながら、フランツの大きな腕の中ではしゃいでいた。二人の姿を見て沈んでいた気持ちがすこし明るくなり、自然と笑顔が出た。
「さあ、食べましょう。終わったら仕事に掛かろうね!今日はドーラは起きてこないだろうから、エマは水汲みをお願いね。」
「はーい!!」
三人は食卓につき、朝食を食べ始めた。決して裕福とは言えないけれど、マリーはこの暮らしにかけがえのない幸せを感じ、大地母神にそっと感謝をささげた。
マリーとフランツが食事を終え、エマが固いパンと格闘しているところに、村長の妻グレーテが血相を変えて飛び込んできた。
「マリー!!フランツ!!大変だよ!!み、道が・・・みちが・・・!!」
戸口で膝から崩れるように倒れこむグレーテに、マリーが駆け寄った。
「おばさん、落ち着いて。そんなに慌てて、いったいどうしたっていうのさ?」
フランツも一緒になって話を聞いたが「道が出来てる」と繰り返すばかりで、まったく要領を得ない。とにかく二人はグレーテの家まで行ってみることにした。
フランツたちの暮らす家は村の南側、比較的洗濯場に近い場所にあるため、村の中央にある集会場よりも北側のグレーテの家までは割と距離がある。
グレーテはそこから駆け通してきたらしい。マリーの差し出した水を飲んで少し落ち着いたグレーテは、道すがらに説明をしてくれた。
「今朝、朝食の準備をしようと思って薪を取りに納屋まで行ってさ。ふと北を見たら森の一部が丸々なくなってたのさ。びっくりしてうちの人を起こして二人で見に行ったら、そこに道が出来てたんだよ。」
マリーとフランツは、グレーテが何を言っているのかさっぱりわからなかった。森が無くなる?道ができる?一体、なんだそりゃ?
「あたしだって自分で何言ってるのか分かんないよ。でも確かに道が出来てたんだ。まあ、見ればわかるさ。」
三人はグレーテに合わせてゆっくりと村の北側に移動した。まだ夜が明けて間もない時間だというのに、各家々から村人が出てくるのが見える。自分たちと同じように騒ぎを聞きつけて北に向かっているようだ。
フランツは猛烈に嫌な予感がしていた。
「道が出来てる・・・!!」
マリーが呆然と呟くのが聞こえた。同じ光景を目にしたフランツも全く同じ思いだったが、胸に何か重いものでもつかえてるみたいで、言葉が出てこない。
二人の目の前にあるのはレンガで舗装された立派な街道だった。しかも大型馬車が二台すれ違えるくらいの巨大な街道だ。舗装のレンガはとても人の手で作ったとは思えないほど均一で美しい。それがまっすぐ北に向かって伸びている。道の向こうは周囲の森に遮られて見えないが、かなり先まで続いているようだ。
何事かと駆け付けた村の大人たちも皆、言葉をなくして立ち尽くしていた。対して子供たちは何が起こったのかと大興奮。真新しい街道に足を踏み入れようとして、慌てて親に引き戻されている。
「おおフランツ。こりゃあ、一体どういうことだと思う?」
アルベルトが困惑しきった表情でフランツに話しかけてきた。だがフランツも何と答えてよいのか分からない。ただ何となく心当たりがあるが、それを口に出すのは猛烈に嫌な予感がして、とにかく恐ろしかった。
「ああ!!道が出来てる!!すごいきれー!!」
アルベルト夫妻と額を寄せ合い相談しているフランツとマリーの後ろからトコトコやってきたエマは、目の前の街道を見るなりそう言って街道に足を踏み入れようとした。マリーがエマを後ろから抱きかかえて止める。
「エマ!!訳の分からないものに近づいたらダメって、いつも言ってるでしょ!?」
マリーに強く叱られたエマは泣きべそをかきながら、小声で母親に抗議した。
「だって、これは大丈夫だもん・・・ドーラおねえちゃんが作ったんだから・・・。」
その呟きを耳にしたフランツは、魔獣に鷲掴みにされたみたいにきりきりと胃が痛むのを感じた。胸がむかつき、食べたばかりの朝食がせりあがってきそうになるのを必死に堪える。
隣でその様子をみていたアルベルトは、村人たちに家に帰って仕事の準備をするよう言った。そして他の村人に悟られないよう、そっとフランツ夫妻を自宅に招き入れた。
アルベルトとグレーテ、それにフランツ、マリー、エマの三人は村長宅のテーブルを囲んで座っていた。フランツの顔面は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。マリーとエマは心配そうにフランツを見つめている。そんな中、アルベルトがエマに問いかけた。
「なあエマ?さっき道を見た時、あれは『ドーラが作った』って言ってたが、本当か?」
「うん。あたしね、昨日、大工さんが早く来られるようにするにはどうしたらいいかって、ドーラおねえちゃんと一緒に考えてたの。でも分からなかったからお父さんにどうしたらいいって聞いたら『早く移動するなら街道があるといい』って教えてくれたの。だからあれはきっとドーラおねえちゃんが作ったんだよ。」
それを聞いたフランツは「うっ!!」と言いながら口を押えて手洗いに駆け込んだ。朝食を全部戻してしまうと、少しすっきりしたが、今度は目の前がクラクラする。
「おとーさん、だいじょうぶ!?」「大丈夫かい、あんた!?」
エマとマリーが心配そうに手洗いから出てきたフランツに言った。グレーテが差し出してくれた水を飲み、マリーの肩を借りてテーブルに戻る。
「フランツ、今の話は本当か?ドーラは今どこにいる?」
ゆっくりと諭すような調子でアルベルトに問われて、フランツはようやく少し頭が働くようになってきた。
「確かに昨夜、街道の話をドーラとエマにしました。ドーラは・・・。」
「あの娘ならまだ寝てますよ、親父さん。起きるのは明後日の昼くらいだと思います。」
マリーの返事を聞いたアルベルトが眉を寄せる。
「じゃあ、本人に確かめるのは無理そうだな。」
無言になり考え込む大人たち。エマはそんな大人たちの様子を不安そうに見ていた。マリーがエマを抱え上げて、自分の膝に乗せると、エマは母親の首にぎゅっとしがみついた。
「親父さん、これって何かの罪になるんでしょうか?」
フランツの問いかけにアルベルトは目をつぶり、しばらく考えてからゆっくり口を開いた。
「・・・分からん。『北に道を通す』っていうのは村を作るときの条件にもなってたからな。だが、まさかあんなものができるとは・・・。」
「じゃ、じゃあ、別に罰せられることはないんですね?」
マリーにそう言われてアルベルトは答えに窮してしまう。無言のアルベルトに代わって、グレーテが発言した。
「このまま待ってても仕方がないさ。あたしはね、とにかくあの道がどこまで続いてるか、確かめてみたほうがいいと思うがね。」
4人の大人たちは顔を見合わせてる。どう考えてもグレーテの言うことが一番良いように思える。アルベルトとフランツはあの謎の街道がどこまで続いているのか確かめることにした。
簡単に旅装を整え、護身用の山刀を携えた二人は朝早いうちに村を出発した。村人たちが見守る中、恐る恐る足を踏み出した二人だったが、今のところ何の異変も起きていない。
それどころかなだらかで起伏の少ないこの道は恐ろしく歩きやすい。地面が固いので多少足が疲れるが、それくらいだ。木こりとして鍛え上げてきた二人にとっては何ということもなかった。
「親父さん、ドーラがこれで罰せられることになったら、どうします?」
「そりゃあ、俺が村長だからな。責任は俺が取るさ。縛り首だろうが首切りだろうが、なんでも来いだ。」
冗談めかして明るい調子でアルベルトは答えたが、フランツは突然地面に突っ伏した。
「親父さん、すみません!!俺がドーラに余計な事、言ったばっかりに・・・!!」
声を殺して男泣きするフランツの姿を見て、アルベルトも胸が熱くなる。アルベルトはフランツを抱え起こした。
「デリアが死んでから随分と逞しくなったと思ったが、まだ泣き虫小僧に戻っちまったな。・・・なあ、フランツ。俺はお前を養子にしたいとずっと思ってたんだ。」
「な、なんですか、急にそんな話・・・。」
「まあ聞け。俺とお前の父親のダンはガキの頃から一緒にいた。不幸にしてお前の両親は早くに死んじまったが、残されたデリアとお前を俺は自分の子供みたいに思ってたんだ。」
鼻をすすりながらじっと話を聞いているフランツに、アルベルトはゆっくりと話を続けた。
「お前の姉デリアと俺の一人息子アルベールが結婚したとき、俺は二人にこの村を引き継がせるつもりだった。だが実際は二人とも死なせちまった。ふがいない村長さ、俺は。」
「そんな!!あれは親父さんのせいじゃ・・・!!」
「ああ、ありがとよ。だが俺自身はずっと後悔してきたんだよ。皆の手前、強がってはいるが、村を引き継ぐ奴がいない今の暮らしに押しつぶされそうだった。」
初めて聞くアルベルトの本当の気持ちに、フランツは言葉をなくし聞き入るばかりだった。
「だからおめえが俺の息子になってくれりゃあ、どんなにいいかって思ってた。だがデリアを死なせちまった俺には、お前にそんなことを言う資格がねえ。だから、言い出せなかったんだ。」
「俺の方こそ!!姉貴が死んじまったことを親父さんに八つ当たりして・・・!!」
その言葉を聞いてアルベルトは本当に嬉しそうにほほ笑んだ。
「ありがとうよフランツ。もし、俺が死んじまったら、俺の代わりにグレーテや村の連中を守ってやってくれねえか?貧乏な開拓村の村長なんて、苦労ばっかりでうまみのない貧乏くじだ。だが俺はお前に、俺とダンが切り拓いたあの村を任せたいんだ。」
「親父さん・・・!!」
「だが、それもこいつのせいでどうなるか分からなくなっちまった。俺一人の命で何とかしてもらえたらいいんだがな。」
アルベルトはそう言って足元の舗装された街道を親指で指した。フランツは何と答えてよいか分からず、不安そうにアルベルトを見返す。
「なあフランツ、もし、この騒動が無事に済んで村に帰れたら・・・俺の息子になっちゃくれねえか?」
フランツは涙で目の前のアルベルトの顔も見えないまま、アルベルトの手をしっかりと握り、何度も何度も強く強く頷いた。アルベルトも頬を熱い涙が流れるに任せたまま、フランツをしっかりと抱きしめた。
ああ、これでもう思い残すことはない。もし俺が刑死したとしても、フランツがハウル村を守っていってくれることだろう。
ダン、アルベールそしてデリア、俺はようやっとお前らの思いに応えられそうだ。アルベルトは安らかな気持ちで、死んでいった者たちのことを思い起こしていた。
やがて二人は再び歩き出した。途中、休憩を取りながら歩き続け、昼を少し過ぎたころ、街道の終わりが見えてきた。どうやらあれはノーザン村のようだ。
川沿いの小道なら一日以上は確実にかかる道のりを、半日ちょっとで歩き通したことになる。
太陽がやや傾きかけたころ、二人の目にノーザン村の建物がはっきりと見えるようになってきた。街道の終点には槍を持った男たちの姿が見える。ノーザン村に常駐している巡察士と自警団の連中だろう。
太陽の光を反射して輝く槍の穂先を見て、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
二人はどちらともなく互いに目を合わせると、拳を打ち合わせ、胸を張り力強い足取りで、街道をまっすぐに進んでいった。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:ハウル村のまじない師
文字の先生(不定期)
木こり見習い
土木作業員(大規模)
所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚)
分かりやすい死亡フラグ設置。読んでくださった方、ありがとうございました。