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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
129/188

124 交流

平日なので、ちょっと短めのお話です。

 マリーさんにエマの様子を伝え、村のあちこちを回って薬の配達などを済ませた私は、転移の魔法で王立学校の自分の部屋しようにんしつに戻った。


 部屋の中には誰もいなかったけれど、隣にあるエマたちの部屋には人の気配がする。多分エマたちだ。私が扉をノックすると、すぐに扉が開いて泣き顔のエマが抱き着いてきた。


「ドーラお姉ちゃん!!私、とんでもないことしちゃった!!」


「ど、どど、どうしちゃったのエマ!!」


 私はしゃがみ込んで、泣きじゃくるエマをしっかり抱きしめた。おろおろと周りを見ると、ミカエラちゃん、ニーナちゃん、ゼルマちゃんの三人が心配そうにエマのことを見ていた。


 途方に暮れたまま、しばらく抱きしめていたら、エマは程なく気を失うようにして眠ってしまった。私はエマを抱えて寝台に運び、《どこでもお風呂》の魔法で癒した後、《安眠》の魔法で眠らせた。






 エマが寝付いたのとちょうど同じくらいに、たくさんの料理をお盆に載せたリアさんたちが部屋に入ってきた。


「ドーラさん、戻っていたんですね。今日の夕食はお部屋で摂ることになりました。大食堂は閉鎖だそうです。」


 私たちは交代でミカエラちゃんたちの給仕をし、自分たちも食事を摂った。そこで何があったかを聞かせてもらった。でも意味がよく分からない。


「学長さんがエマに魔法を使うように言って、エマが魔法を使ったんですよね。何が問題なんですか?」


「問題は・・・何もないです。ただエマの使った魔法があまりにも、その、恐ろしかったので・・・。」


 ミカエラちゃんが少し血の気の失せた顔でそう言った。エマは《氷獄》という魔法を使ったそうだ。確かあの青い手がいっぱい出てくるやつ。そんなに怖いかな?






「私は、エマ様の魔法はすごいと感心しましたよ。」


わたくしも、そうですわ。多分、前列の方で見ていた生徒ほど、恐ろしいと感じたんじゃないかと思いますの。」


 二人には四角錘の中でなんか白いものが動き回ってるくらいにしか見えなかったそうだ。


「多分、距離と保有魔力の違いによるものでしょう。大半の生徒は多分、前列の生徒のパニックに巻き込まれて気を失ったのだと思います。」


 ミカエラちゃんはそう説明してくれた。


「じゃあ、この後はどうすればいいんでしょう?」


「エマちゃんの責任を問われるかどうかが、微妙なところですね。あと、エマちゃん自身がこのことにひどく動揺してます。その気はなくても同級生を怖がらせてしまったので・・・。」







 その言葉を聞いてニーナちゃん、ゼルマちゃんも心配そうにエマの寝台の方を見た。今は衝立で仕切られてるから姿が見えないけれど、エマの安らかな寝息が聞こえる。《安眠》の魔法はちゃんと効いてるみたいだ。


 この《安眠》は《睡眠》っていう魔法を改造して私が作ったものだ。元々は小さいエマが怖い夢を見ないようにと思って作ったんだよね。懐かしいなあ。


 ん、怖い夢を見ないように? そうだ!!


「ねえ、ミカエラちゃん。皆が怖がっちゃったのが問題なんでしょう?だったら私にいい考えがあります!」


「え、本当に!? 一体なんですか!?」


 私は自分の思い付きを皆に説明した。ミカエラちゃんはとても驚いていたけれど、すぐに賛成して私に協力すると言ってくれた。






 その夜、こっそりと寝床を抜け出した私は《不可視化》で姿を隠し、《飛行》の魔法を使って第六寮の上空に飛び上がった。


 《飛行》の魔法のおかげで、服を着たまま飛べるようになったのは非常に助かる。これまではいちいち服を脱いで、背中に羽を生やして飛んでたからね。ちなみに今着ているのは、ドゥービエさんが作ってくれた寝巻です。


「よし、この辺でいいかな?《領域創造》!」


 私は巨大な寮をそっくり自分の作り出した魔法の《領域》の中に取り込んだ。全体を私の魔力で包んだことで、寮の中にいる人たちの様子が手に取るように分かるようになった。


 真夜中なので、起きている人はほとんどいない。入り口を守る守衛さんたちと、あとは何人か眠りの浅い人がいるくらいだ。子供たちはうなされている子が多いみたいだ。私はさっき作ったばかりの魔法を使った。


「《悪夢払い》!」


 領域内に闇の魔力が満ちていく。これはさっきミカエラちゃんが教えてくれた《猛き星の守り》という闇属性の魔法と《安眠》を組み合わせて作ったものだ。


 《猛き星の守り》っていう魔法は人の心を奮い立たせ恐怖や幻惑を打ち払う効果がある。それに悪夢から人を守る《安眠》を組み合わせ、夢を使って怖い記憶を減らしてしまおうというのが今回の計画なのだ。


 第六寮にいる人たちはたちまち眠りに落ちた。すでに眠っていた子供たちはより深い眠りへと落ち、安らかな寝息を立て始める。うん、これなら大丈夫。


 私は《領域》を解除し、部屋に戻ることにした。






 その時突然、私に向かって銀色に輝く光の矢のようなものが撃ち込まれた。私の遥か下方、第六寮南側の建物の辺りからだ。私は慌ててそれを回避する。しかし矢は避けた私を追って、次々と撃ち込まれた。


 まずい!誰かに気づかれた!!


 私は光の矢たちを避けるため、上空高く飛び上がった。あまりの速度で、寝巻が脱げそうになったので慌てて手で押さえる。雲の上まで飛び上がると、光の矢たちは追ってこなくなった。


 ふう、危なかった。危うく私の姿を見られちゃうところだった。《不可視化》の魔法は攻撃が当たると解けてしまうのだ。


 それにしても攻撃してきたのは誰だったんだろう。まさか見つかるとは思わなかったから、すごくびっくりしちゃった。


 以前、テレサさんにも《不可視化》してる時に気づかれたことがあるけど、彼女と同じくらい魔力感知に長けた人がいたのかもしれない。さすがは魔法を教える学校だよね。


 《飛行》で飛んで帰るとまた見つかるかもしれないと思った私は、《転移》で自分の部屋に戻り、寝台に横になった。


 あ、なんだか眠たい。新しい魔法を使ったせいかな。エマのことが心配だから起きていようと思ったんだけど、これは・・・ムリ・・かも・・・。


 私はこうして闇の中に引きずり込まれるように、眠りに落ちてしまったのでした。











「逃げられたか。大規模な魔力を行使した気配を感じたが・・・。」


 上空に強大な魔力を行使した者の存在を感知し、正体を見極めようと《銀光の矢》で攻撃したが、まんまと逃げられてしまった。


 まさか追尾機能を持つ光の矢を振り切るとは思わなかった。何者かは分からないが驚くべき相手だ。自分の存在に気づかれたかと警戒したが、自分の周囲の様子を探っても特に変化はない。


「私に気づいたわけではなさそうだが・・・気を付けるとしよう。」


 長年にわたるこの計画を途中で察知されるわけにはいかない。やっと目ぼしい手札エマが手に入りそうだというのに。


「誰にも邪魔はさせない。天空城への扉を開くのは、この私だ。」


 自分に言い聞かせるようにそっとそう呟いた後、その人物は第六寮の南、魔力研究棟の中へと消えていったのだった。











 翌朝、目を覚ました時、エマは昨日まで自分が抱えていた不安が軽くなっているのに気が付いた。


 昨日の出来事を忘れたわけではない。何があったかはちゃんと覚えている。自分の魔法を見て悲鳴を上げ、次々と気を失う生徒たち。まさに悪夢のような光景だった。


 ミカエラたちが支えてくれていなければ、この部屋まで一人で帰ってくることすら覚束なかっただろう。部屋に帰ってからもあの悲鳴が頭から離れず、エマは恐ろしい不安に押しつぶされそうだったのだ。


 それなのに今はその気持ちが、ほとんど湧き上がってこない。


 ドーラに抱き着いて泣いているうちに眠り込んでしまったのは覚えている。一晩寝ただけで忘れるなんてと、自分の能天気さに呆れたエマだったが、ミカエラに話を聞いてやっとその理由が分かった。






「ドーラお姉ちゃんが魔法でみんなの恐怖を取り除いてくれたんだね。じゃあ、ミカエラちゃんも?」


「うん、私も昨日のことを思い出しても、あんまり怖いと思わなくなったよ。不思議だよね!」


 二人と同じように身支度をしているニーナとゼルマも、うんうんと頷いている。


「ドーラお姉ちゃんは?」


「隣の部屋にいるよ。ぐっすり寝てて全然起きないの。」


 エマはドーラの様子を見に行った。寝ているドーラの頭を撫でると、ドーラは眠ったまま気持ちよさそうに「にへへ」と笑った。


 きっと魔力を使いすぎたせいで眠ってしまったんだろう。こうなると多分、明日くらいまでは起きてこないはずだ。


「ありがとう、ドーラお姉ちゃん。」


 エマはドーラの頬にそっと口づけをして、部屋を後にした。






 エマたちは朝食を摂るため、寮の大食堂に向かった。昨日の昼から何も食べていないので、お腹が情けない音を立てる。それを聞いた三人がくすくすと笑った。


 大食堂にはすでに半分くらいの女子生徒たちが座っていた。入ってきたエマの姿を見て、ちょっとびくっとした表情をしたものの、それ以上の反応はなかった。彼女たちは今はエマよりも、目の前の料理の方が気になっているようだ。


 きっとエマと同じように、昨日の夕食を食べられなかったからに違いない。程なく全員がそろい、寮母のクランク夫人の合図で、皆は一斉に食べ始めた。


 皆、上品に食べているものの、その速度はいつも以上に速い。成長期の子供らしい旺盛な食欲で、目の前の料理を次々と平らげていく。普段はさほど食べないような子まで、侍女にお代わりを給仕してもらっていた。


 人間は安心したらお腹が空くってことなのかしら、とエマはいつも以上に美味しく感じられる料理を頬張りながら、そう考えた。






 朝食を食べながら視線を感じたエマがふと目線を上げると、近くの席に座っている何人かの下級貴族の子供たちと目が合った。


 エマがニコリと笑うと、彼女たちもおずおずと笑みを返してくれた。彼女たちのことは知っている。自分と同じ、寮の一階にある4人部屋に入っている子たちだ。


 寮の一階にあるのはすべて4人部屋だ。ここには生徒たちの半分以上を占める下級や中級貴族の子供が生活している。数にするとおよそ100人弱と言ったところだろう。


 二階の二人部屋、三階の個室には中級・上級貴族出身の子供たちが暮らしている。エマは入ったことがないから知らないが、ガブリエラの話によると三階の個室は全部で10人分しかないそうだ。


 その時は「ふーん」という感じで聞いていたけれど、今考えるとその個室は一体どれほど広いのかと呆れてしまう。まあ、自分には関係ない話だけれど。






 朝食後、エマはさっき笑い返してくれた下級貴族の子供たちに、思い切って声をかけてみることにした。


「あ、あの。昨日は怖がらせて、ごめんなさい!」


 寮の廊下で声をかけられたその子たちはとても驚いた様子で、お互いに顔を見合わせた。なんて答えようか迷っている様子だったが、やがて一人の女の子がエマに話しかけてきた。


「エマさん、でしたよね。昨日の魔法、本当にびっくりしました。あんな魔法が使えるなんて、エマさんはすごいですね。」


「私も練習で一回しか使ったことなかったから、あんなことになるとは思わなくて・・・。本当にごめんなさい。」


 謝るエマに他の女の子たちも話しかけてきた。


「いいえ、そんなに謝ってくださらなくても大丈夫です。なぜか一晩寝たら、昨日あんなに怖かった気持ちが嘘みたいに消えてしまっていましたから。きっと昨日は初めて見る魔法に驚いただけだったんでしょう。」


「私もそうです。それよりも・・・昨日、実習の時、悪口を言っていた女の子たちを黙らせてくれたでしょう? 私、それがとても嬉しくて。あなたにお礼を言いたいと思っていたんです。」


 彼女の言葉をきっかけにしたかのように、女の子たちは次々とエマにお礼を言い始めた。






「私、姉や両親から『上位の貴族にどんなひどいことを言われても決して逆らってはいけない』ってきつく言われていて、王立学校に来るのがとても怖かったんです。実際、昨日の悪口を聞いたときも、それで体が竦んでしまって・・・。」


「そうですわ。私も彼女と同じです。でもエマさんのおかげでひどいことを言われなくてすみました。本当にありがとう存じます、エマさん。」


 エマは嬉しさと安心感が胸に湧き上がり、目の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。後ろで聞いていたミカエラがエマにそっと寄り添い「よかったね、エマちゃん」と言った。エマは唇を噛み締め、うんうんと何度も頷いた。






「そうだわ。今日は授業もないし、よかったらみんなでお話しませんこと? 私、ドゥービエ工房の最新のチラシを手に入れましたの!」


 ニーナの言葉に女の子たちが歓声を上げる。


「それは素敵ですわね!エマさんのお姉様が入学式の時に着ていらしたのって、ドゥービエ工房の最新作でしょう? あの衣装のお話を聞きたいと思ってましたの。」


「私もですわ!ではみんなで談話室に参りません? 私、姉から下級貴族用の談話室の使い方を教わりましたの。」


「それは素敵ですね。ね?一緒に行こう、エマちゃん!」


 その後、エマたちは寮の一階にある談話室に移動し、テーブルを囲んでおしゃべりをした。話してみると皆、ニーナやゼルマとほとんど変わりない家庭環境の子たちばかりだった。


 みんなはすぐに打ち解け、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。そしてそれは昼食を知らせる鐘が鳴るまで続き「午後もまたお話ししましょう」と約束して、一時お開きとなった。


 午後からはそれぞれの友達を紹介しあうことになり、談話室はますます賑わった。こうしてエマはこの日一日で、たくさんの友達と知り合うことができたのだった。











 エマたちが王都で流行している芝居の話で盛り上がっている頃、王立調停所長官ハインリヒ・ルッツ男爵は国王ロタール4世の私室にいた。


「急に呼び出してすまなかったなハインリヒ。」


「エマのことですね。リアから報告を受けています。それで王立学校からは何と?」


 王は苦笑しながら彼に8通の手紙を差し出した。さっと目を通したハインリヒは王の苦笑の意味が理解できた。


「特別研究生の推薦状が8通ですか。しかもすべて差出人がバラバラとは・・・。」


「エマの魔力を目の当たりにしたからだろうな。学長のゴルツ殿と各属性魔法の主任教師6人、それに錬金術専科のマルーシャ殿から、今朝ほぼ同時に届いたよ。全員がエマを自分の研究室の所属にしてほしいと書いてある。ヴォルカノスに至っては、騎士クラスの特別聴講生への推薦状まで入っていたよ。」


 特別研究生制度は特に優秀な生徒を教育するために設けられている。通常と違ってより高度で自由度の高い授業を受けることができるのだ。


 普通は自分の属性と同じ研究室から誘いを受け、本人と保護者が同意すればそのまま特別研究生となることができる。


 しかしエマの場合は全属性持ちでその上、実質的に王が後見人となっているため、このようなことになったのだろう。






「それで陛下。どの研究室にエマを所属させるおつもりですか?」


「エマにとって一番良い条件を引き出せそうな相手を選ぶつもりだ。順当に考えたら学長のゴルツだが・・・。どう思う?」


 問われたハインツはあごに手を当てて少し考え込んだ後、答えた。


「どの研究室を選ぶかはエマに一任してはどうでしょう。互いに競わせることで条件を吊り上げさせるのです。」


「なるほど、それは面白いな。ではエマ自身の意志を確認したうえで、話を進めるとしよう。」


 王は満足そうに頷く。ハインリヒはさらに言葉を続けた。






「あと、それに関して不正や恫喝がないようにするためという名目で、査察官を送り込んではどうかと思います。具体的にはカールを送り込みます。」


「王立学校に直接干渉できない我が王家としては、望むべくもない条件だが・・・果たしてそれを飲むだろうか?」


「エマの『価値』を考えれば、交渉次第で十分に可能と考えます。あとはヴォルカノスの条件を一部飲んで、彼を味方に引き入れましょう。」


 エマをまるで値打ちのある商品の様に言う親友の言葉に、王は相変わらずだなと思わずにはいられなかった。内心苦笑しながら、王は彼の提案を了承した。


「いいだろう。その線で進めるとしよう。お前は各教員に対する根回しをしておいてくれ。新たな情報があればすぐに連絡を。なによりエマとドーラの意向と身の安全が最優先だからな。」


「心得ております。では私はこれで。」


 王は隠し通路を通って部屋を出ていく親友を見送ると、侍女のヨアンナを呼び、手紙の作成を依頼するため書記官の元へ向かわせたのだった。







種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師


所持金:2327000D(王国銀貨のみ)

 → ゲルラトへ出資中 10000D

 → エマへ貸し出し中 5000D


 ← 薬・薬草茶の売り上げ 3000D

 ← カフマン商会との取引 10000D

 → 錬金素材の購入 7500D

 → ゲルラト精肉店から購入 720D

読んでくださった方、ありがとうございました。

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