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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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123 適正検査 後編

ありがちなお話ですが、難しかったです。いつもの倍以上時間がかかりました。でも楽しかったです。

 穏やかな春の日差しが降り注ぐ魔力演習場。王立学校の北西に位置するこの場所は《整地》の魔法によって整えられ、地面には草の一本すら生えていない。ただ何もない敷地が広がっているだけだ。


 その一番東端、演習場入口付近に、昨日入学式を終えたばかりの新入生、324名が集められていた。


 男女に分かれ、西を向いて並んだ彼らの前には、学長ベルント・ゴルツをはじめとする教師たちが、石造りの演壇の上に立ち並んでいる。『拡声の首飾り』という魔道具を装着したゴルツが新入生たちに語り掛けた。


「ではこれから午後の実技検査を始める。ただ少々長い説明をせねばならん。諸君には腰かけて話を聞いてもらうとしよう。」


 ゴルツが目配せをすると、厳めしい顔をした禿頭の教師が手にしていた杖を振り上げる。すると新入生たちの足元の地面に光の線が走り、大地が盛り上がって、たちまち石のベンチが出来上がった。


 驚く新入生たちを見て学長は満足そうに頷き、彼らにベンチに腰掛けるように言った。






「これ、すごい。表面までピカピカに磨いてある。」


「上級の建築魔法だね。クルベ先生みたい。」


 エマとミカエラは座りやすいように表面加工が施されたベンチの表面を触りながら、こっそりと言葉を交わした。周囲の生徒たちはそれを耳にして、二人へちらちらと視線を送った。


 生徒たちが全員腰かけたのを確認して、学長は再び話はじめた。


「まずはじめに言っておくことがある。」


 学長はじろりとエマ、そして彼女とは逆側に並んでいる男子生徒たちを睨んだ。


「昼食後、数人の男子生徒が体調不良を起こし、集合の鐘に遅れるという出来事があった。幸いなことに、本人たちの申告により、検査の実施には問題ないとのことだった。しかしだ。」


 学長は言葉を切って、眼下の生徒たちをゆっくりと見渡した。生徒たちの一部が落ち着きなく身じろぎをする中、エマは学長の目をしっかりと見返した。






「ここは歴史と伝統ある王立学校だ。各々が王国のため家のために学び、自分の持てる力を存分に伸ばして行くための場だ。そのために我が校には守るべき秩序というものがある。時間を守ることもその一つ。」


 神経質そうに銀の片眼鏡の位置を直してから、学長は声を一段大きくした。


「つまらない私怨や、実力をごまかすための虚勢などでそれを乱そうとする者を、私は許すつもりはない。ましてや学内での私闘など以ての外。そのようなことでもし授業に支障が出るようならば、国王陛下に奏上申し上げた上で、厳正に対処するつもりだ。」


 多くの学生たちが震えあがる中、学長とエマの視線が合う。しばらく無言で見つめあってから、再び彼は話し始めた。


「ただ今回は『体調不良』ということであったから不問とする。そのような不測の事態まで諸君らを追及するつもりはない。ただ今後、そのような事態が起こった場合には速やかに我々に報告するように。報告を怠った者は懲罰を覚悟せよ。私からは以上だ。」


 学長が再び目配せをすると、赤い髪を頭の後ろで無造作に束ねた長身の男性教師が一歩前に進み出た。訓練用の簡易鎧の上からでも、盛り上がった筋肉をはっきりと確認できるほどの偉丈夫だ。






「私は騎士クラス担当のヴォルカノス・フレーミヒだ。ヴォルカノス教官と呼んでくれて構わないぞ。」


 地声にも関わらず、彼の声は端に並んだエマにもはっきりと聞こえるほどよく通った。日に焼けた肌に、意志の強そうな赤い眉。がっしりとした顎にきれいに切りそろえられた髭を蓄えたヴォルカノスは、大きな口を広げてニカっと笑った。白い歯が眩しい。エマはこっそりゼルマに話しかけた。


「なんだか強そうな人だね。」


「あの方は『豪炎の騎士』の異名を持つ王国騎士団きっての英雄です!ああ、こんなに間近で見られるなんて。感激です!」


 ゼルマがひそひそと熱の籠った声で返事をしてくれた。彼女はうっとりとした目で壇上のヴォルカノスを見つめている。彼は手に持った紙を見ながら、話を続けた。


「これより実技検査を開始する。午前中に行った魔力量検査の結果順に名前を呼ぶから、それぞれの属性担当教師の所に行ってくれ。火属性の魔力を持った者は私の所に来るんだ。君たちの熱い魂が生み出す魔法に期待しているぞ!」


 火属性の魔力を持つゼルマがそれを聞いて一瞬、すごく嬉しそうな表情をした。学長の言葉で沈んでいた周囲の生徒たちの表情も、彼の言葉で明るく変わっていく。


 彼は生徒たちを安心させるような、穏やかな声で最後にこう言った。


「各属性の担当者はすでに君たちの魔力量を分かっているから、無理をして難しい魔法を使う必要はないぞ。自分の一番得意な魔法を見せてくれればいいんだ。では早速始めよう。」






 学長を含む7人の教師たちが演壇を降り、一定の間隔を開けて演習場に散らばる。ヴォルカノスが最初の7人の名前を呼んだ。その中にはニーナとゼルマの名もあった。二人は腰のベルトに下げた粗末な短杖ワンドを手にして立ち上がった。


「二人とも、頑張って!」


 エマとミカエラの応援に、こくりと頷く二人。その後ニーナは建築魔法でベンチを作った厳めしい顔の教師の所に、ゼルマは憧れのヴォルカノスの所に、それぞれ進み出て魔法を披露した。


 無事に魔法が発動した様子を遠目に確認したエマとミカエラは、顔を見合わせて微笑んだ。だが披露された魔法を見た女子生徒たちの一部からは、嘲笑の囁きが漏れた。


「さすがに最初に呼び出される連中ね。あんな魔法しか使えないなんて。」


「あれでは、平民のまじない師と大差ありませんわ。王国貴族の面汚しです。」


 ミカエラが一言、言ってやろうとした瞬間、隣に座っていたエマから激しい魔力の波動が発せられた。ハッとして隣を見るとエマの瞳は激しく虹色に輝いていた。


 ごく短い一瞬であったが、はっきりとした怒りの波動に打たれた女子生徒たちが、一斉にエマの方を振り返る。エマの瞳に浮かぶ怒りの色を目にした彼女らは慌てて前を向き、無言でその目を伏せた。






 検査が終わり、ニーナとゼルマが戻ってきた。二人は、自分たちから気まずそうに目を逸らす生徒たちの様子を不思議そうに眺めながら、席に着いた。


「・・・エマさん、何かなさいましたか?」


「ううん、何にもしてないよ。」


 ニーナにそううそぶくエマを見て、ミカエラが苦笑する。はじめの方で名前を呼ばれ、検査が終わって戻ってくる生徒の中には、そんなエマの方を見てちょっと微笑む生徒たちが多かった。エマも彼らと目を合わせてニッコリした。






 ニーナとゼルマは急性の魔力枯渇の影響で、少し青い顔をしていた。ミカエラはそんな二人の手をそっと握ると、小さな声で呪文を詠唱した。


「安らぎをもたらす夜の帳よ。わが手に宿りて苦痛を除く力となれ。《小さき星の安らぎ》」


 ミカエラの手から柔らかい緑の光が溢れ、二人の体にすっと流れ込んでいった。苦痛を和らげる闇属性の回復魔法によって、二人の表情が穏やかなものに変わる。


「ありがとうございますミカエラさん。お陰で楽になりましたわ。」


 丁寧に礼を言う二人に対しミカエラは控えめに、嬉しそうな笑みを浮かべた。周囲の生徒たちは、こっそりとその様子を伺っていた。






 最初はごく簡単な生活魔法や初級の攻撃魔法を披露する生徒たちばかりだったが、半分を過ぎたあたりから披露される魔法の種類が変わってきた。


 長い詠唱の後、爆発的に巻きあがる炎や閃く派手な雷光。それを見た生徒たちから、驚きの声が上がる。そしてそれは順番が後ろになればなるほど次第に大きくなっていった。


 やがて最前列に並んでいる数人とエマ、ミカエラを残すだけになったところで、ヴォルカノスが声を上げた。


「ここからは一人ずつやってもらうことにする。イレーネ・カッテ。」


 最前列に座っていた銀髪の女子生徒がしずしずと前に進み出た。彼女は繊細な細工が施された短杖を振り上げると、おもむろに詠唱を始めた。






「世界を照らす大いなる光よ。我が力によりて形を成し、我が敵を遠ざける揺るぎなき盾となれ。《護封の光球》」


 詠唱が終わると同時に、彼女の足元に魔法陣が出現しそこから光り輝く半球が出現して、彼女の身を包み込んだ。ヴォルカノスは彼女に半球を維持しているよう指示すると、自分の短杖を取り出し《火球》の呪文を唱えた。


 ヴォルカノスの杖から飛び出した小さな火球が光の半球に触れると同時に、凄まじい爆炎が巻き起こる。最後尾に座っていたエマにまで熱風が吹き付けてくるほどの威力だ。女子生徒たちがたまらず悲鳴を上げた。


 しかし爆炎の攻撃を受けたイレーネは顔色一つ変えないまま、光球の中に立っていた。光球には一部ひび割れのようなものがあるものの、それもみるみる元に戻っていく。ヴォルカノスは彼女に魔法を解除するように言った。


「光属性の上級防御魔法だな。短縮詠唱も行っているし、強度も申し分ない。実に見事なものだ。」


 ヴォルカノスの言葉にイレーネは軽く頭を下げ、自分の席に戻った。生徒たちから自然と彼女を称賛する拍手が沸き起こったが、彼女は鷹揚に頷いただけで表情を変えることはなかった。






「では次に、ニコル・サローマ。」


「はい。お願いします。」


 男子の最前列にいた長身の男の子が返事をして立ち上がった。彼はエマの方を見ると、小さく微笑んで見せた。それを見た女子生徒たちから小さく歓声が上がった。


「ああ、ニコル様。本当に素敵ですわね。」


 ニーナがうっとりとした声で呟く。やや癖のある茶髪をふわりと風に靡かせる彼の横顔を、他の女子生徒たちも夢見るような目で見つめていた。


「ねえニーナちゃん、サローマってあのお塩のとれるサローマ領のこと?」


「ええ、そうですわ。あの方がサローマ伯爵の一人息子でいらっしゃるニコル様ですの。美しい姿でいらっしゃるでしょう?あの方の御両親は美男美女として有名なんです。さすがはそのお二人の間にお生まれになっただけのことはありますわよね。」


 エマはニコルをじっと観察した。確かにすらりとしてかっこいいかも。ちょっとカールお兄ちゃんに雰囲気が似てる。でもなー。


「・・・私はもう少しがっしりした人の方が好きかな。ヴォルカノス先生みたいな?」


「!! そうですよね、エマ様!私もそう思います!!」


 エマの言葉にゼルマが激しく同意する。そんな二人を見てニーナは「お二人は変わった趣味ですのね」と言った。






 ニコルは腰に下げた剣を抜き、詠唱を始めた。


「流転を続ける大いなる水の流れよ。我が身に宿りてその姿を映し、敵を欺く現身となれ。《惑乱の水鏡》」


 詠唱を終えた彼がゆっくりと移動すると、その姿が二重にぶれる。驚く生徒たちの前に、全く同じ姿をした二人のニコルが現れた。そしてそれがさらに4人、8人と増えていく。


 8人のニコルは恥ずかしそうに頭を掻きながら「すみません、お見せできるような魔法がこれしかなくて・・・」と言った。


「いや、環境に影響されやすい水魔法をこれだけ使いこなすのはなかなかのものだ。音や気配までよく写し取っている。」


 ヴォルカノスはそう言い、ニコルに魔法を解除するように言った。ニコルが魔法を解除すると、8体の分身が一斉に魔法の水となって地面に崩れ落ちて消える。そして全く別の場所から本物のニコルが現れた。


 エマをはじめ、生徒たちのほとんどは目を丸くして驚いた。自分の席に戻るニコルに、エマは素直に称賛の拍手を送った。






「では、リンハルト殿下。お願いします。」


 その名を聞いた生徒たちがざわめく。彼らは王族であるリンハルトが、きっと最後になるだろうと思っていたからだ。


 だがリンハルトはその声にも表情一つ変えず立ち上がり、攻撃呪文のまととして作り出された岩の前に進み出ると、静かに剣を構えた。


 エマがリンハルトの魔力の高まりを感じ取ると同時に、彼の剣は激しい雷光を帯び一筋の光となって閃いた。高い金属音が響いた次の瞬間、リンハルトの目の前にあった岩は斜め上下に両断され、ゴトリという音と共に地面に崩れ落ちた。


 あまりのことに言葉を無くす生徒たちの前で、リンハルトはヴォルカノスに一礼すると自分の席に戻った。


「見事な魔剣術です、殿下。風の魔力の特性と居合の技がしっかりと噛み合わねば、この切れ味は生み出せないでしょう。素晴らしいです。」


 ヴォルカノスの言葉に、我に返った生徒たちは歓声をあげ、口々にリンハルトを称えた。






「残り二人だな。ではミカエラ・バルシュ。」


「はい。」


 名前を呼ばれたミカエラはエマと軽く頷きあってから、前に進み出た。彼女の姿を見て、生徒たちは周りの様子をそっと伺い、互いに目配せをしあう。


 生徒たちに近い場所に立ち止まった彼女は、姉のガブリエラから譲り受けた短杖を取り出し、呪文を詠唱した。


「安らぎをもたらす夜の闇よ。穏やかな眠りへと誘う暗き守り手よ。今、わが前に現れ出でて、その優しき腕ですべてを包み込め。我が望むは安息。彼の者たちのあらゆる苦しみを取り去れ。《大いなる闇の安らぎ》」


 杖を掲げたミカエラを中心に巨大な闇の半球が出現し、その場にいた全員を包み込んだ。明るい青空がたちまち星の瞬く夜空へと変わる。


 驚きに目を見張る生徒たちの視界が闇に包まれ、彼らは一瞬意識を失った。ハッとして傾きかけた体を起こす彼らは、自分の体の疲れが癒されていることに気が付いた。


 特に魔力を使ったことで頭痛や吐き気を抱えていた下級貴族の子供たちほど、その効果をはっきりと感じていた。満点の星空が溶けるように消えた時には、頭痛や吐き気が完全になくなっていたのだ。


「私は攻撃魔法をほとんど使えないので、癒しの魔法を使わせていただきました。」


 ミカエラはそう言ってヴォルカノスに軽く頭を下げた。


「闇属性の集団回復魔法か。私も初めて体験した。いやこれは・・・言葉が出ないな。素晴らしいとしか言えぬ。」


 その言葉が引き金となったかのように、下級貴族出身の生徒たちを中心に万雷の拍手が巻き起こった。ミカエラは控えめに微笑みながら、その称賛を受け入れた。


 席に戻ったミカエラは、エマ、ニーナ、ゼルマと軽く手を触れ合わせた。






 生徒たちの興奮冷めやらぬ中、ヴォルカノスが声を上げた。


「最後の生徒だ。ハウル村のエマ。前に出なさい。」


「はい。」


 それまで和気藹々とした雰囲気だった演習場の空気が一変し、ピリッと張り詰める。エマは心配する同室の三人に軽く微笑んでから、前に進み出た。


 ドーラに作ってもらった短杖を持ったエマに、ヴォルカノスが問いかけた。


「君は全属性持ちのようだが、どんな魔法を使うつもりかな?」


「《炎の槍》を使います。一番よく使う魔法は《発火》とか《保温》なんですけど、皆の前で見せなきゃいけないので。」


 エマの答えを聞いた前列の生徒たちから失笑が起こった。《炎の槍》は火属性の中では中位の単体攻撃呪文だ。《小火球》や《火矢》よりは威力があるが、殲滅力では《火球》に遠く及ばない。






 しかしヴォルカノスはエマの答えを聞いて非常に満足そうに頷き「まとはいくつ必要かな?」と尋ねた。エマは少し考えた後、答えた。


「4つでお願いします。」


 厳めしい顔の男性教師が杖を振ると、演習場に4体の石の四足獣が出現した。一体が巨大な牡牛ほどもある石の獅子たちだ。


 《石獣創造クリエイト・ゴーレムビースト》で作り出された石の獣たちは、まるで本物の魔獣のような素早い動きで、エマを取り囲むように動いた。


「では私も参加しよう。」


 ヴォルカノスは腰に佩いた剣を引き抜くと、エマを守るように石獣たちの前に立ち塞がった。一体何が起こるのかと生徒たちが成り行きを見守る中、ヴォルカノスが叫んだ。






「ボーデン、いいぞ。始めてくれ!」


 その声と同時に、石獣たちは一斉にエマとヴォルカノスに襲い掛かった。鋭い爪と牙で二人を引き裂こうとする石獣たち。惨劇を予想した女子生徒たちが悲鳴を上げた。


 エマはヴォルカノスの後ろにさっと隠れると、すぐに呪文を唱えた。


「《炎の槍ファイアジャベリン》!」


 エマが杖を振ると同時に出現した4本の炎の槍が、前に立ち塞がるヴォルカノスの体の横をすり抜け、石獣たちに突き刺さった。極限まで収束された超高熱の一撃は石獣の核を正確に捉え、石の体を穿ち、貫いた。


 胸にエマの握り拳ほどの穴を空けられた石獣たちは力を無くして崩れ落ち、土塊となって消え去った。






「え、今、何が起こったの・・・?」


「無詠唱で魔法を?いや、今のは本当に《炎の槍》の呪文か?」


「4体同時に倒れたよな?ヴォルカノス教官が斬り倒したのか?」


 目の前で起こったことの意味が理解できず、ざわめく生徒たち。ヴォルカノスは剣を納めると、エマに近づき言った。






「聞いていた通りの実力のようだ。数と威力は申し分ないが、何より無詠唱であの正確さ。よほど熟練を積んだと見える。本当はもう少しいけるんだろう?」


「いえ、あの数以上になると前衛の味方に当たってしまいますから無理です。実際さっきも先生に当たるんじゃないかってヒヤヒヤしました。あらかじめ先生が参加するって分かってたら、的は2つにしてもらってました。それに私の時だけ動く的ってずるくないですか?先生は意地悪ですね。」


 エマの言葉を聞いて、生徒たちが慄く。だがヴォルカノスはニヤリと笑ってその言葉を無視し、生徒たちに向き直った。






「いいか君たち。特に騎士を目指す者はよく聞いていてほしい。魔導士の使う魔法は戦況を一変させるほどの力を持つ強力な一手だ。だからこそ君たちはこの学校で魔法の力を向上させることを目指すのだ。」


 生徒たちは表情を引き締め、彼の声に耳を傾ける。祖国のために戦う王国騎士は彼らにとって憧れの存在。その言葉を聞き逃すまいと、固唾を飲んで次の言葉を待つ。


「だが、それは敵も十分わかっている。戦場で強力な魔法を使おうとする者は真っ先に狙われることになるんだ。だからこそ我々騎士は仲間の魔導士を必死に守る。戦術級、戦略級と呼ばれる魔導士が呪文を詠唱するわずかな時間を稼ぐために、命を懸けて戦うんだ。たとえ相手がどんな強力な魔獣や帝国兵であろうともな。」


 自らをまるで捨て石でもあるかのように発言する英雄の言葉に、生徒たちは衝撃を受けた。彼はしばらく間をおいてから、また話しはじめた。


「つまり、君たちが魔法を使うときには、常に周りに味方がいることを忘れないでほしい。君たちがより早く、より正確に魔法を扱えるようになることが、味方の命を救うことに繋がるんだ。」


 彼はさらに話を続けた。






 威力の高い魔法ほど詠唱時間が長くなり、消費魔力も多くなる。当然、継戦力も落ちる。演習であれば詠唱にいくら時間をかけようが、魔力が尽きようが問題はない。


 だが戦場ではそれは致命的だ。味方の犠牲を一人でも少なくすること。そして自分自身が生き残って帰還すること。この二つを考えて魔力を使う必要がある。


「それを頭に入れて、さっきの彼女の動きを思い出してほしい。使用する呪文の選択、発動のタイミング、魔法の射線誘導と着弾点の位置、そして味方との連携。どれをとっても完璧と言っていい。私の『意地悪』にも、きちんと対処して見せたしな。」


 そう言って彼はニヤリと笑ってエマを見た。エマは照れくさそうに笑う。彼は真剣な顔に戻って生徒たちに語り掛けた。


「君たちの持っている魔力の属性や魔力量はそれぞれ異なる。なかには他の者との差を感じ、将来を悲観する者がいるかもしれん。だが魔法も一つの技術に過ぎんと私は思う。私自身も、騎士になる前は中級貴族並みの魔力しか持っていなかったからな。」


 驚く生徒たち、特に下級・中級貴族出身の子供たちの方を見て、彼は続けた。


「要はそれをどう磨き、どう生かすかだ。彼女の戦い方はそのヒントになるだろう。それを忘れないでくれ。」


 彼は話を終えた。列の後ろに並ぶ魔力の低い生徒たちの表情が引き締まっていくのが、横で見ているエマにもはっきりと分かった。






 ヴォルカノスはエマを席に戻し、生徒たちに言った。


「検査はこれで終わりだ。君たちの実力はよく見せてもらった。3日後、君たちの所属クラスの発表がある。それまでは各自で自由に過ごしてほしい。それでは解さ・・・。」


「いいや、まだだ。」


 彼の言葉を遮ったのは、学長のベルント・ゴルツだった。


「学長、どうしたんです?」


「まだ終わっておらん。ハウル村のエマ、前に出なさい。」


 急に名前を呼ばれたエマは驚いて周りを見る。ミカエラたちが心配そうに彼女を見た。数人の生徒たちは冷笑を浮かべて、その様子を眺めていた。






 恐る恐る前に出たエマに学長は言った。


「私はまだ納得しておらん。ハウル村のエマ、今使える最も高位の魔法を使って見せなさい。私に魔力の底を見せるんだ。」


 エマはその言葉に戸惑う。強力な魔法ならドーラが見境なしにいろいろ教えてくれた。楽園島に転移していくつかは練習もしたことがある。けれど、どれもこれも強力過ぎて、おいそれと披露できないのだ。


 今まで使ってきたのだと何があるかな。《煉獄》とか《豪炎の槍撃クリムゾンジャベリン》とか《天の紅炎プロミネンス》?いやいや、あれは熱量がすごいからここで使ったら危ない。


 《大津波タイダルウェーブ》や《大渦潮メイルシュトローム》、《終末の大嵐テンペスト》、《大地震クエイク》みたいなのは範囲指定が難しいし、広域殲滅する《流星雨メテオストライク》なんてのは以ての外だ。


 ドーラお姉ちゃんがいれば、《領域創造》で空間を限定してくれるからいくら使っても安心なんだけど・・・。高位の呪文ってどれも影響の範囲が広いんだよね。


 周りに広がらずに、固まる魔法ってなんかあったかな・・・あ、そうだ!






「一回しか使ったことない魔法でもいいですか?」


「成功するなら構わない。やってみなさい。」


 エマは杖を構えると、すーっと呼吸を整えてからゆっくりと詠唱を始めた。


「封印されし凍てつく風よ。我が力によりてその扉を開き、今ここに姿を現せ。我に仇なす者すべてその吐息にて囚え、絶えざる痛みの後に醒めることなき深き眠りへと誘わん。我が望むは氷結。終焉の時は来たれり。《氷獄》」


 詠唱が終わると同時に、青白く輝く巨大な方形の魔法陣が演習場の中央付近の地面に現れた。それは少しずつ小さくなりながら幾重にも積み重なっていき、やがて巨大な正四角錘を形作った。魔法陣の内側の地面があっという間に凍り付き、パラパラと音を立てて崩れ落ちていく。


「積層型立体魔法陣・・・!!」


 ベルントは信じられないものを見た驚きで、思わずそう呟いた。教師たちに動揺が走る。


 生徒たちは初めて目にする魔法を前に息を呑んだ。だが巨大な四角い穴が開いたこと以外は、何の変化もない。






「なんだ、何も起こらないぞ・・・?」


 誰かがそう呟いた途端、地面にぽっかりと空いた深い奈落の底から突然、凍り付いた数百の青白い手が一斉に飛び出し、生徒たちに向かって伸び始めた。悲鳴を上げ、立ち上がろうとする生徒たち。


 だが手は正四角錘の壁に阻まれ、外には出られない。ホッとしたのも束の間、生徒たちは目の前の光景のあまりの恐ろしさに言葉を無くした。


 彼らが見たのは、凍り付いた数百の手が魔力の壁を叩き、掻きむしり、なんとか外に出ようと藻掻く姿。それはまるで永遠に終わることのない苦しみに、新たな犠牲者を引きずり込もうとする亡者の手そのものだった。


 魔法の効果が切れ、四角錘が内側に向かって収縮し始めると、手は犠牲者を捕えられなかった無念を見せつけるかのように悶え苦しみながら奈落へと落ちていく。


 すべての手を飲み込み、奈落の穴が跡形もなく消え去った時には、生徒たちの大半は恐怖で失神するか恐慌状態に陥っていた。






 前代未聞の緊急事態に、学内の職員と侍女たちが総出で対処に当たることになった。


 自分で歩けるごくわずかの生徒を誘導し、それぞれの侍女に引き渡す。気を失った生徒たちは担架に乗せて部屋に運び、《睡眠》の魔法を施した。


 恐慌状態に陥った生徒には精神安定の魔法薬を投与し《睡眠》で眠らせる。すべての生徒の処置が終わった時には、すでにとっぷりと日が暮れてしまっていた。











 事後処理を終えて、学長の執務室に戻ったベルントは、学長付きの書記官を呼び出した。疲れた顔でやってきた書記官に、常にないほど興奮した様子で彼は指示を出した。


「すぐに国王陛下に当てて手紙を書く。準備をしてくれ。」


「今回のことの報告と抗議文でしょうか。それでしたら学内事故調査委員会の答申を待ってからの方がよいのでは・・・。」


「何を言ってるんだ君は?急を要する事態なんだ。一刻の猶予もない!」


「しかしあの平民の娘を退学させるにしても、手続きというものが・・・。」


 何とか学長を説得しようとする書記官を、学長は冷ややかな目で見つめた。






「はあ?何を言ってるんだ君は。陛下に書くのはエマの特別研究生への推薦状に決まっているだろう。」


「特別研究生!?平民の娘がですか?」


「当たり前だ。エマの魔力の話を聞かなかったのか?彼女は数十年、いや数百年に一人の逸材だ!彼女がいれば、今、滞っている研究がどれだけ進むことか!平民だ貴族だなどと、そんなものは実に馬鹿馬鹿しい。」


「いや、あのしかし・・・。」


「彼女にはぜひ、我が無属性魔法研究室の研究生になってもらうことにしよう。他の奴らなどに渡してなるものか!さあ早くするんだ!!」


 目を白黒させながら書簡の準備をする書記官を尻目に、ベルントは書棚や机の中に溜まっている膨大な研究資料を取り出し始めた。


 これまで複属性の術師の不在や魔力量不足で断念せざる得なかった数多くの論文たち。だがエマの協力が得られれば、これらが一気に進むかもしれないのだ。


 若い頃に思い描いた様々な魔法への情熱が、彼の胸をじりじりと焦がす。エマが一緒ならそれが実現するかもしれないのだ。ああ、こんなにも誰かを狂おしく思ったのは、いったいいつ以来だろう。


「あのがいれば、王国の魔法技術はさらに高度なものに生まれ変わるかもしれん。絶対に他の連中ギルドになどに手出しはさせんぞ。」


 書記官に準備をさせた書簡作成に早速取り掛かるベルント。彼の目は文字を書くペンを見つめながらも、その先に垣間見える魔法の神髄をひたすらに追い求めていたのだった。

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