122 適性検査 前編
学園もののテンプレみたいな話です。一度書いてみたいなと思っていたのですが、結構難しいですね。上手に書ける方は、本当にすごいと思いました。
入学式の翌日、エマたちは朝食が終わるとすぐに実習服に着替えて、魔力演習場へ行ってしまった。今日は適性検査というのがあるらしい。
属性ごとの魔力量や魔力操作の正確さなんかを測るんだそうだ。この検査に備えて、ガブリエラさんはエマとミカエラちゃんに色々な特訓をさせていた。
私も正確さを測る検査をちょっとやらせてもらったけど、結構難しかったのを覚えている。ガブリエラさんの作ってくれた杖を使って、なんとか出来るって感じだったかな。
昼を挟んで丸一日行われるこの検査は、学生と先生たちだけでするそうなので、今日はエマと一緒にいられない。
だからお部屋の掃除とエマたちの寝具の準備をしようと思ったんだけど、昨日リアさんから「私たちがやりますから大丈夫です」と言われてしまった。代わりにコネリさんに手紙を届けてほしいと彼女は言った。
ついでにハウル村のお屋敷の様子も見てきてほしいとジビレさんから頼まれたので、私はお言葉に甘えて今日はあちこち飛び回ることにしたのだ。
まずは王都にあるカールさんの実家に《転移》で移動する。移動先はカールさんのお母さんが昔使っていた部屋だ。私が移動するとすぐに、コネリさんが様子を見にやってきた。
急に帰ってきた私に驚いたみたいだったけど、私がリアさんからの手紙を渡すととても喜んでくれた。返事を書くから待っていてほしいと言われたので、私はカールさんの居場所を聞いてみた。
「カール坊ちゃんならお庭で鍛錬をしていらっしゃいますよ。」
「ありがとうございます!」
私が庭に出てみると、カールさんは一人黙々と剣を振っていた。村でもよく見かけたカールさんの日課だ。
「カールさん!」
「ドーラさん、どうしたんですか。エマの身に何か?」
彼は汗を拭きながら、私に尋ねた。私は学校での様子をカールさんに話した。ちょっと恥ずかしかったけれど、道に迷って殿下さんに助けてもらった話もちゃんとした。カールさんはそれにとても驚いていた。
「ドーラさん、殿下に何もされませんでしたか?」
「いいえ。とても親切な方でしたよ。私の手を引いて、わざわざ第六寮まで案内してくださったんです。それで『近いうちにまたお会いしましょう』って言って・・・あ!」
「!! 何かされたんですね?」
「・・・て、手の甲に、口づけされたんでした。今まですっかり忘れてましたけど・・・。」
私は急に恥ずかしくなり、俯いて目を逸らした。彼は私の両肩にそっと手を置いた。驚いて見上げると、彼は真剣な目で私を見つめていた。
「騎士が女性の手に口づけをするのは『あなたを守ります』という誓いの証なんです。殿下はきっと近いうちにドーラさんに会いに来るでしょう。」
そんな意味があったのか、全然知らなかった。私はカールさんからも手の甲に口づけされたことがある。あの時はすごく嬉しかった。
だからカールさんはあの時からずっと私やエマたちを守ってくれているのかな。ん、でもカールさんは騎士じゃないんだっけ。じゃあ、あの口づけの意味は?
顔が熱くなって、頭がぼーっとする。目の前の真剣な彼の顔を見ながら、ぐるぐる回る頭で取り留めもないことを考えていると、彼は言った。
「ドーラさん、私は・・私はこれからもずっとあなたを守りたい。ずっと・・・お側にいたいのです。」
「カールさん!わ、私、本当は・・・!」
私は思わず彼に自分の本当の姿を告白しようとした。でも出来なかった。
彼の真剣な気持ちが泣きたいほど嬉しい。私も彼とずっと一緒にいたい。でも彼は私の本当の姿を知らない。彼は私が竜であることを知っても、側にいたいと言ってくれるだろうか?
私の本当の姿を知ることで、彼が、エマが、私の大切な人たちが、私から離れていったら?
そう思っただけで、体の震えが止まらなくなった。私は彼の目を見ていられなくなり、自分の両手の平を眺めた。この体、この姿は魔力で作り出したもの。私は彼に嘘をついている。
突然、彼は私を強く抱きしめた。固まる私の耳に彼はそっと囁いた。
「ドーラさん、私は最後まであなたを守ります。あなたがたとえ・・・世界を滅ぼすような存在であったとしても。」
私は驚いて彼の目を見た。カールさんは、私の正体に気付いている!?
彼は私の目を見て、ゆっくりと頷いた。
「ドーラさん、あなたが人間でないことは分かっています。そして私に本当の姿を隠していることも。私はそれを無理に知りたいとは思いません。」
真剣な目で私にそう言った後、ちょっとはにかんだように笑いながら、彼は言葉を続けた。
「だって知ったところで、あなたに対する私の思いは変わりませんから。あなたの心根の美しさ、優しさを、私はちゃんと知っていますから。」
彼の言葉一つ一つが私の心に染みてきた。私は彼の胸に顔を埋めて泣いた。彼の温かさが私の頬に伝わり、彼の心臓が早鐘の様に高鳴っている音が聞こえた。
しばらくして泣き止んだ私を、彼は庭の一角にある東屋へと連れて行ってくれた。その周りには私の好きな春の花がたくさん咲いていた。
長椅子に並んで腰掛けると、彼はまっすぐ前を向いたまま私の手を取って言った。
「母が生きているころ、ここでよく私にこの国の古い言い伝えやおとぎ話をしてくれました。」
「お母様がですか?」
「はい。小さいころの記憶なのでほとんど朧げなのですが『この国は大いなるものが守ってくださっているんだよ』という言葉だけは今でもはっきりと覚えています。」
彼は私の方を見て微笑んだ。
「その時、私は母に『じゃあ僕も皆を守れるくらい強くなる』って言ったんです。」
「お母様は、それになんておっしゃったんですか?」
私がそう尋ねると、彼は可笑しそうに笑いながら答えた。
「母は『それは欲張りね。あなたは自分の信じたものだけを守るくらいにしておきなさい』って言われました。変わってるでしょう?子供の他愛もない夢を正面から否定するなんて。」
「そうですね。でもそれだけ、小さなカールさんの言葉を真剣に考えてくださったってことですよね。私は、素敵なお母様だと思います。」
私がそう言うと、彼はまたまっすぐ正面を向いて空をしばらく見上げた後、ニヤリと笑って「私もそう思います」と言った。
その後、私はカールさんから小さいころの思い出をいろいろ聞かせてもらった。はっと気づいたときにはすでにお昼近い時間になっていた。
私の心にあった恐れはもうすっかりなくなっていた。今はまだ勇気が出ないけれど機会があったら、彼に自分の正体を打ち明けよう。私は自然とそう思えるようになっていた。
私は彼に「ありがとうございます」とお礼を言い、暇を告げた。そしてコネリさんからリアさんへの手紙を受け取ると、ハウル村のマリーさんの所に《転移》で移動したのでした。
ドーラがマリーの所へと向かったちょうどその頃、王都の王立学校では学長のベルント・ゴルツが、午前中に行われた基礎魔力検査の結果を見つめながら、わなわなと震えていた。
「信じられん。ただの平民の娘が全属性持ち、しかもどの属性も上級魔導士を遥かに凌ぐほどの魔力量とは・・・。」
「随分、属性による偏りはあるがな。火属性が突出して高く、逆に土と闇はそこそこと言ったところか。まあ、それでも並みの上級魔導士では到底太刀打ちできないレベルだがなぁー。」
そう声をかけたのは長い金色の髪を無造作に一つ結びにした、抜けるように白い肌の女性だった。同じテーブルで食後のお茶を楽しんでいる他の職員たちも何気なく、二人のやり取りに耳を傾けている。
エルフ族の特徴である長い耳をぴくぴくと面白そうに震わせながら、彼女は学長をからかうように言葉を続けた。
「間違いようはないだろう。何しろ学長様自らが、わざわざ新入生の基礎検査に立ち会って確かめたのだからな。」
異例の事態をあげつらわれた学長は、自分よりも長く王立学校に在籍する唯一の相手を憎々し気に睨みつけた。しかし彼女はそれを無視し、鼻にちょこんと乗った眼鏡を外してわざとらしく両目を揉んだ。
自分よりも遥かに年下の学長など歯牙にもかけないと言わんばかりの態度で、彼女はしわの寄った長衣の袖で自分の湯呑を掴み、自作の熱々の薬草茶をゆっくりと飲む。
ずずずっとお茶を啜り、はーっと大きく息を吐きだす様子は老婆そのものだ。妙齢の美女にしか見えないその容姿には不釣り合いな動作だが、手入れのおざなりな髪や残念さの漂う衣装と相まって、どこか奇妙な一体感を醸し出していた。
彼女のずぼらな姿と人を食った態度に苛立った学長は、磨き上げられた銀の片眼鏡の位置を直しながら、呟くように言い返した。
「あの検査用の魔道具は、本当に正常なのかね。私が入学する前からずっと使っているものだろう。製作者と同じで、もうそろそろガタが来ているんじゃないか?」
その途端、エルフの女性が顔色を変える。
「・・・今、なんて言った?私の作った魔道具にケチをつけるつもりか。いい度胸じゃないか小僧!立て!徹底的に思い知らせて・・・!!」
「まあまあマルーシャ先生、落ち着いてください。」
腰のベルトに吊るした短杖を掴んで立ち上がりかけた彼女を押しとどめたのは、目の覚めるような美しい水色の髪をした中年の女性教師だった。
「止めるな、アンフィトリテ!今日という今日は、あの小僧に錬金術の最奥を思い知らせてやらなくてはならんのだ!!」
「まあ。そんなに強い言葉を使ってはいけませんよ、マルーシャ。『怒りは真理を遠ざける』いつもあなた自身が言っている言葉ではありませんか。」
「う! そ、それはそうだが、しかし・・・。」
「しかし、ではありません。この諍いの元を冷静に見つめてみてください。あなたに全く非がなかったと言えますか?」
穏やかに、しかしきっぱりとした態度で話す彼女の言葉に、マルーシャと呼ばれたエルフ女性は黙り込んだ。
「うむ、私の当てこすりが少々過ぎたかもしれんな。・・・すまなかった、ベルント。」
素直に謝罪するマルーシャ。それを聞いたアンフィトリテは学長にじっと目線を送った。
「こちらこそ無礼な態度だった。先ほどの発言は取り消させてほしい。すまない。」
学長が頭を下げるのを見てアンフィトリテはにっこりと笑い、自分の席に戻った。ベテランの教師たちは何事もなかったかのように悠々とお茶を楽しんでいる。彼らにとっては二人の諍いは、毎年恒例ともいえる見慣れた光景だからだ。
「まあどちらにしろ、午後の実技検査を見てみれば、彼女の実力が分かりますよ。学長様の見込みが甘かったのか、それともマルーシャ先生の魔道具がおかしいのかどうかもね。」
さも愉快だという表情で、そう発言したのは銀色の髪を短く切りそろえた若者だった。糸の様に細くなった目で笑う彼を、学長とマルーシャが同時に睨みつけ、アンフィトリテが大きくため息を吐く。
「先生方、そろそろ実習場の方にご移動ください。」
二人が若者に食って掛かろうとした瞬間、タイミングを見計らったかのように、教師たちの従者が実習場の準備が出来たことを告げにやってきた。二人は歯噛みしながら若者を睨みつけたが、彼は飄々とした態度で我先に立ち上がった。
若者に続くように他の教師たちも一斉に立ち上がる。そして彼らは午後からの実技検査の準備をするため、それぞれの担当の場所へと散っていった。
リアに給仕をしてもらい昼食を終えたエマは、同室の友人ミカエラ、ニーナ、ゼルマと共に演習場に向かって歩いていた。
「午前中の検査は魔道具で魔力の計測をするだけでしたけれど、午後からは男女混同で実技。少し不安ですわ。」
ニーナの言葉にゼルマも頷く。午後からは実際の魔法の実力を見るため、魔法を使って見せなくてはならないのだ。
「ニーナちゃんとゼルマちゃんは、どんな魔法を使えるの?」
「私は生活魔法をほんの少しだけですわ。《小さな灯》とか《発火》、あとは《洗浄》を何とか使えるくらいでしょうか。」
「私は火属性の魔法には自信があります。まだ《小火球》の魔法しか使えませんが。お二人が本当に羨ましいですよ。」
ゼルマは尊敬と憧れを含んだ目でエマとミカエラを見る。二人は午前中の魔力量検査で圧倒的な成績を残していた。あまりにも差がありすぎるため、自分たちと比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほどだ。
「でも二人ともこれから鍛錬を積めば、魔力は増えていくんじゃない?10歳からどんどん魔力が増えるって、ガブリエ・・・私のお師匠様はおっしゃってたけど・・・。」
エマはそう言ってミカエラを見る。ミカエラはそれにこくこくと頷いて同意した。
「え、そうなんですか?私の家では、そんなこと教えてくれませんでしたが・・・。」
きょとんとした顔で言うゼルマの言葉に首をひねるエマとミカエラ。そこにニーナが言葉をかけた。
「それはそうですわ、ゼルマ。だって自分と同じくらいの魔力量の相手と鍛錬してもほとんど効果が望めませんもの。」
魔力量を効率的に伸ばすには魔力を体内で循環させ、長い時間をかけて鍛錬する必要がある。しかし魔力量の低い人間は、そもそも循環させる魔力が少ないため、自力で魔力を伸ばすことはほぼ不可能なのだ。
そこで自分よりも魔力の高い人間と日常的に鍛錬を積む必要があるわけだが、魔力の低い下級貴族の家ではそれは難しい。
上位貴族や魔術師ギルドなどに大金を払って家庭教師を雇えばいいのだろうが、収入の少ない下級貴族の家にそんなゆとりがあるわけがない。
「だから王立学校で魔力の使い方を学ぶんですの。ただ将来ライバルになりそうな相手を、わざわざ鍛えてやるお人好しがいればの話ですけれどね。」
ニーナはそう言って肩を竦めた。下級貴族の家では、すぐに頭打ちになる子供の魔力量を無理に伸ばすよりも、他のことに時間とお金を費やしたほうが賢いということらしい。
それを聞いたエマは「いいこと考えた!」と手を打ち合わせて言った。
「それなら私と一緒に鍛錬すればいいよ!授業が終わって、お部屋に帰ってから寝るまでの間、一緒にやろう!」
「エマ様と鍛錬を!?ほ、本当ですか!?」
「もちろん。何ならドーラお姉ちゃんにも協力してもらおうよ。」
「それはいい考えだね。私も協力するよ、エマちゃん。皆で一緒に頑張ろう!」
盛り上がる三人に対して、ニーナがおずおずと話しかけた。
「でも私、それにお支払する対価が何もありませんわ。」
その言葉を聞いてしゅんとするゼルマ。エマは二人の様子を見て、少し考えてから言った。
「別に今はそんなのなくてもいいんじゃない?『恩さえ忘れなきゃ、借りは返せるときに返せばいいんだぞ』って、私のお父さんいつも言ってるよ。」
「そう、なんですの?」
「うん。私たちの村には誰かに何かをすぐ返せるくらいゆとりのある人なんて、一人もいないもの。でも皆、ちゃんと助け合ってるよ。それが当たり前でしょう?」
持たざるが故の平民の理屈に、下級とはいえ貴族の二人は戸惑う。そんな二人にミカエラが言った。
「平民のエマちゃんには貴族の味方が少ないでしょう。二人がエマちゃんの味方になってくれれば、それが十分な見返りになると思うよ。どうかな?」
「私は最初からエマ様の味方です!ぜひよろしくお願いします、エマ様!」
「私もお願いしますわ。将来は平民として生きることになるのですもの。ぜひ、エマさんと仲良くしたいですわ。」
4人は互いの手を取り合い、笑顔で頷きあった。エマは新しい友達のために自分の力が役立てると知って、本当に嬉しくなった。
「見ろよ、平民の手を取ってあんなに喜んでる。あの下級の二人、王国貴族としての誇りもないみたいだな。」
エマたちの後ろを歩いていた男子生徒の一団から浴びせられたその言葉で、ゼルマとニーナの表情が抜けた。エマはキッと後ろの一団を睨みつけた。
「あの平民、怒ってるんじゃないか?おお、怖い怖い。私たちの言葉が聞こえたみたいだぞ。」
「それは仕方ないな。本当のことを言われたら、誰だって怒るものさ。」
その言葉に男子生徒の一団は同意の笑い声を立てた。周囲の生徒たちは遠巻きに彼らの様子を伺っている。中には冷たいニヤニヤ笑いを浮かべている女子の一団もあった。
男子生徒たちに向かって一歩踏み出そうとしたエマの手を、ゼルマがさっと握った。
「よいのです、エマ様。彼らの言っていることは、すべて本当のことなのですから。」
表情のない顔で思いもかけないことを言われたエマは戸惑う。彼らは明らかに二人を挑発している。それを糺すのがなぜいけないことなのか、彼女には理解できなかった。
「王立学校では、生徒は皆平等なのでしょう。どうしてあんなひどいことを言わせておくの?」
「学校内では平等でも、学校外ではそうではありませんもの。彼らは中級貴族です。家族に迷惑はかけられませんわ。」
ニーナが青い顔でエマに言った。直接的に危害を加えられたわけではない以上、貴族社会の力関係を考えれば、何を言われても耐えるしかない。彼女はそう言ってエマを諭した。
「あの二人のことは知っているぞ。クンツェル家の三女とヴァイカード家の一人娘だ。」
「クンツェル?ああ、あの溝堀りしか能のない下級官吏の娘か。じゃあ、あの娘も卒業後は平民確定だな。お仲間同士でちょうどいいじゃないか。」
「ヴァイカードといえば、騎士にも成れない衛士隊の小隊長だったな。貴公、あの娘を娶ってやってはどうだ?」
「いやいや冗談はよしてくれ。我が家はれっきとした騎士の家系だぞ。あんな娘が妻では、我が家の血統が途絶えてしまうではないか。」
エマたちが何も言い返せないのを悟って、ますます笑い声をあげる男子生徒たち。ニーナが耳を塞いでその場にしゃがみ込む。ゼルマは奥歯をぎりりと噛み、目をきつく閉じて拳を握り締めた。
「おやめなさい!!それ以上、私の友人を侮辱することは許しません!!」
そんな男子生徒たちに対して、周りの生徒たちがハッとするほどの大声を上げたのは、ミカエラだった。彼女の緑の目は怒りによって鋭い光を放っていた。
しかし男子生徒たちはそれを意にも介さず、ミカエラに言った。
「ミカエラ様、誤解です。私たちは侮辱などしてはいません。」
「そうです。事実を述べただけですよ。ミカエラ様だって、本当はそう思っていらっしゃるんでしょう?」
「ミカエラ様は本当に慈悲深い方ですね。しかし慈悲も過ぎればご自身の格を下げることになります。ご友人は選ばれた方がよろしいのではありませんか。あのような者と一緒にいては、あなたの名にも傷がつきますよ。」
その言葉を聞いたニーナとゼルマがハッとしてミカエラを見た。自分たちのせいでミカエラまで悪く言われていることに気が付いたのだ。二人は顔を見合わせると、彼女に言った。
「ミカエラ様、私たちは先に参ります。」
「そんな!ニーナさん、ゼルマさん!」
自分から離れていこうとする二人の手を、ミカエラは掴んで引き留めた。しかし二人は静かに首を振ってその手を引き抜いた。
「私たちは大丈夫ですから。お気になさらないでください。」
「庇ってくださったこと、本当に嬉しかったですわ。」
真っ青な顔で震えながら別れを告げる二人。ミカエラは目に涙を浮かべてそんな二人を必死に引き留める。
「待って、ミカエラちゃん、ニーナちゃん、ゼルマちゃん。」
静かに呟くように言ったエマの声を聞いて、三人が動きを止めた。止めざるを得なかった。エマの声はそれほどまでに力に満ちていた。
エマはつかつかと男子生徒たちに近づいて行った。最初は嘲りの表情を浮かべていた男子生徒たちだが、エマの放つ圧力に押されて、その表情はみるみる情けないものに変わっていった。
手が届きそうな距離まで近づいたエマは、しかし黙って彼らを見つめていた。その瞳には虹色の煌めきがはっきりと見て取れた。
「なんだ?私たちに文句があるのか?」
「言いたいことがあるなら、何か言ったらどうなんだ?」
湧き出す恐れを振り払おうと、男子生徒たちはエマに大声で叫んだ。だがエマはピクリとも動じない。彼らの声はだんだんと尻すぼみになっていく。
周りで成り行きを見つめる生徒たちの目が、男子生徒たちに突き刺さる。平民の、しかも女子相手にここで引いたとなっては、騎士を目指す彼らにとっては一生の汚点だ。
だが野生の剣歯狼すら怯ませるエマの目線を、正面から受け止められるほどの力は、彼らにはなかった。無言のエマに、じりじりと追い詰められていく。
その圧力に耐えられなくなった一人の男子が、ついに動いた。
「舐めるなよ!この下民風情が!!」
男子生徒はエマに拳を突き出した。その瞬間、彼の視界は急速に回転し、同時に背中に強い衝撃を受けた。
何が起こったか分からないまま、肺の空気をすべて吐き出させられた彼は、空気を求めて必死に喘ぎ、涙と鼻水だらけになって失神した。
一瞬の出来事に、周囲の生徒たちは声を出すのも忘れた。殴りかかったはずの男子生徒が、次の瞬間には地面の上で悶えていたのだ。まるで魔法の様だった。
しかしこれは別に魔法でも何でもない。エマは突き出された右拳を左手で掴んで引くと同時に、踏み込んだ相手の足を足先で軽く払ったのだ。重心を狂わされた男子生徒は自分の力で回転し、背中から地面に落ちたのである。
カールとテレサによって鍛えられた対人格闘の基礎。しかしあまりの素早さに、近くで見ていた男子生徒の仲間たちでさえ、何が起きたのか見切ることはできなかった。
「お、お前、何をした!?貴族に手を出したらどうなるか分かっているのか!?」
「私は何もしていない。勝手にこの人が転んだんでしょう?」
恐怖に耐えかね絶叫する男子生徒の仲間たちに、エマは静かに言った。
「この、言わせておけば!思い知らせてやる!」
エマの周囲を取り囲み、一斉に襲い掛かろうとする男子生徒たち。だが次の瞬間、彼らは背後から現れた何者かに不意打ちの一撃を喰らって、全員気絶させられた。
崩れ落ちる男子生徒たちの中に立つ人影。エマはありえない動きを見せたその相手を警戒し、すっと身構えた。
男子生徒たちを瞬時に無力化したのは、すらりとした長身の男子生徒だった。彼は手を軽く広げると、エマに言った。
「この連中のことは僕が上手いことやっておきますから。あなたはおともだちの所に行ってあげてください、エマさん。」
急に名前を呼ばれてエマは驚いた。だが彼から敵意は感じられない。エマは構えを解いた。
「助けてくれてありがとう。あなたは?」
「僕はニコル・サローマって言います。多分、エマさんだけでも全員倒せたと思うんですけど、それだと後々厄介になりそうなので、手出しさせてもらいました。さあ、早く。」
ニコルと名乗った背の高い男の子は、エマに先に行くように言った。エマはもう一度彼にお礼を言ってから、ミカエラたちの所に戻った。
「皆、ごめんね。私、我慢できなかった。二人の家族のこと言われたら、かーっとなっちゃって・・・。」
「ううん、いいの。エマちゃんの気持ちは分かってるから。私もおんなじ気持ちよ。ありがとう、エマちゃん。」
ミカエラはエマに微笑んだ。ゼルマが泣きそうになりながらエマに言った。
「エマ様、私なんかのために・・・。」
その言葉にエマが声を上げる。
「『なんか』じゃないでしょ!私やミカエラちゃんを何だと思ってるの!あれくらいのことで私たちが友だちを見捨てるとでも思ったら、大間違いなんだから!」
叱りつけられたゼルマがポロリと涙を落とす。エマは彼女をそっと抱きしめた。
「エマさん、私たちのことをそこまで・・・。下手したら、退学になるかもしれないんですのよ?」
ニーナも涙を零しながらエマに言った。エマはてへへと笑った。ミカエラがそんな二人を手を取って言った。
「これで私たちのこと、皆にすっかり知られちゃいました。こうなったらもう最後まで付き合ってもらいます。いいかしら、ニーナさん、ゼルマさん?」
二人は顔を見合わせ、こくりと頷いた。家族のことは心配だけれど、こうなった以上、エマやミカエラに頼るしか道は残されていない。それに自分たちの選択を、きっと家族も受け入れてくれるような気がした。
気が付けば周囲の生徒たちはすでに皆、居なくなってしまっていた。4人は頷きあうと自然と互いに繋いだ。そして午後からの検査が行われる演習場に向かって、まっすぐに歩きだしたのだった。
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2322220D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
→ エマへ貸し出し中 5000D
読んでくださった方、ありがとうございました。明日はお出かけするので、更新は月曜以降になります。すみません。