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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
122/188

118 故郷

主人公が出てきません。

 ドルアメデス王都を出てから1か月弱。ガブリエラの乗った馬車は大陸を横断する東西公路を辿り、旧バルシュ侯爵領の領都であったラシータの街へ入った。


 ここに来るまでにエルフの森の南側を抜け、旧グラスプ伯爵領、旧バルシュ侯爵領を通ってきた。両領地とも領主が罪を得て処刑された領地でありながら、その様子はまったく対照的なものだった。






 本来なら雪解けを待ちかねて農作業に勤しんでいるはずの農夫たちの姿を、旧グラスプ領ではまったく見ることができなかった。街道に面した農地には雑草が生い茂り、手入れのなされていない畑の草を半野生化した六足牛が点々と食んでいるのみ。


 途中の村や町にも人の姿はまばらで、住民の顔には活気がなかった。これは領内の行政機構が事実上、停止しているからだ。現在王家の直轄地となっているこの領には、領民を管理するのに必要最低限の役人しか派遣されていない。


 領内にあった伯爵家の財貨のほとんどは王家に没収され、領軍も解散されたため、村落は各々で傭兵などを雇って、魔獣や野盗への対策をしなくてはならない。


 水を浄化する魔道具などの生活基盤インフラも停止している。さらに領内での交易を担っていた商人が撤退させられたため物資の流通が止まり、医療を担う神殿の施療所も予算削減によりそのほとんどが閉鎖。領民は生活に行き詰まり、難民となって他領へ脱出するものが続出。領内は荒廃する一方だった。


 このような状態を国王が放置しているのは、反逆した領地に対する他領への見せしめという意味合いもあるが、それ以上に広大な領地を管理できる貴族が国内に不足しているという事情のほうが大きい。






 領地の経営や管理にはその土地に応じた様々なノウハウがあるため、一朝一夕に引き継げるものではない。通常の領主の世代交代であっても、数年から十数年の時間をかけて、徐々に引継ぎがなされることが普通だ。


 稀に領主や跡継ぎが急死し引継ぎが十分でないこともあるが、その場合は領主を支える家臣団がそのまま仕事を引き継ぐため、数年は混乱があったとしても徐々に落ち着いていく。


 しかし反逆などで領主が交代した場合は、家臣団も連座で処刑・投獄されてしまう。仮にそれを免れたとしても家臣団は解散させられ、領地から追放される。そのため、領内の混乱は計り知れないほど大きい。


 小領地であってもその混乱を鎮めるにはかなりの時間が必要だが、旧グラスプ伯爵領は国内でも有数の大領地だ。伯爵の処刑からまだ5年。今後どのような形で統治するべきか、国内の貴族でも意見が分かれている。


 ましてやグラスプ領と南北で境を接するバルシュ領の統治問題が、今年になってようやく片付いた直後である。おそらく伯爵領は解体され、中小貴族による分割統治されることになるのではないかと言われているが、それが実現するまでにはまだしばらく時間がかかるだろう。






 荒廃するグラスプ領と対照的なのが、新たな領主が決定し、復興事業が本格的に始まった旧バルシュ侯爵領である。


 ガブリエラは馬車の窓の木戸の隙間からそっと領内の様子を眺めていたが、街道の脇にはきちんと手入れされた畑や水路が整然と広がり、そこでは明るい表情をした多くの人々が汗を流していた。


 長い冬を耐え、春の明るい光の中で笑い合う人々の姿を見て、彼女は胸をホッとすると同時に、今こうして国を捨て逃げ出そうとしていることに、申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。


 彼女は領民に自分の姿を見られることを恐れた。彼らにとって彼女は、憎々しい旧領主の娘。領民を苦しめた残酷な統治の象徴、『背徳の薔薇』そのものだからだ。






 彼等に見つかって、嬲り殺されることは少しも恐ろしくない。それはむしろ彼女の望むところである。


 彼女が恐れるのは、彼女の存在によって、かつて彼らが味わった憎しみや悲しみを呼び起こさせてしまうことだった。あの忌まわしい統治が終わってそろそろ10年が経ち、前向きに生きようとしている人々の心に暗い翳を落としてしまうことを、彼女は何よりも恐れていた。


 だから彼女はこの旅の間、常に大きなフードのある外套マントを纏い、顔を隠していたのである。それでも立ち寄る村々で、領民と目を合わせることすらできずにいた。


 彼女は後悔と自責の念に苦しみながら、この旅を続けてきたのだ。






 そのような行程を経て、ガブリエラは今、旧バルシュ侯爵領の領都ラシータに入った。その人口はおよそ50万人。都市の規模は王都の2倍以上であり、国内でも有数の巨大都市である。


 北方山脈から流れ出る豊かな水と肥沃な平原に恵まれ、王国最大の穀倉地帯を抱えるバルシュ領の領都にふさわしい、堅牢な城塞都市だ。


 ラシータは北方のドワーフ族や遊牧民ファ族と王国南方を結ぶ南北交易路と、大陸を横断する東西公路の交差する位置にあり、200年程前まではこの一帯を治める小王国の首都だった場所でもあるため、独立不羈の気風が強い土地柄である。


 ゴルド帝国との戦乱によって一度は焼け落ちたもののその後の長い平和の時代に王国の魔法技術を取り入れた新たな都市として復興した。現在は東ゴルド帝国と西端で境を接しているため、最前線の兵士・騎士たちを支える重要な拠点でもあった。


 西ゴルド帝国の謀略の対象となったのもそれが原因だったのだろうと、ガブリエラは考えていた。






 彼女は馬車窓の木戸の隙間から、町の様子を窺う。領主の乱心と処刑、それに続く領民の暴動と粛清によって、荒廃しきったといわれるラシータは、かつての賑わいを取り戻しつつあるようだ。


 通りは整備され、あちこちで新しい建物が作られている。物資を満載して道行く馬車にはカフマン商会の旗印とともに、ミカエラ・バルシュの名が刻印された家紋が付けられ、それを崇拝の眼差しで見つめる人々が数多くいた。


 人々の顔には活気と希望が満ち溢れ、笑顔があちこちで見られた。彼女はかつて、こんな風に自分の領民たちを眺めたことなどなかった。当時の彼女にとって領民とは管理すべき対象であり、彼らがどんな感情を抱いているかなど想像したこともなかったからだ。


 しかし今の彼女には、彼等の気持ちが手に取るようにわかる。この領は生まれ変わり、再び立ち上がろうとしているのだ。その光景は彼女をひどく場違いな場所にいるような、いたたまれない気持ちにさせる。彼女はそっと木戸を閉め、息を吐いて座席に体を埋めようとした。だが。






「!! 止めて!馬車を止めて頂戴!」


 彼女は突然声を上げた。驚いて馬車を急停止させる御者。護衛騎士たちが何事かと馬を降りて馬車に近づいてくる。


 彼女は馬車に同乗していた王家の侍女の制止を振り切り、強引に馬車を降りると、騎士たちがやってくるよりも早く通りを駆け、そこを歩いていた若い二人連れに近寄った。


 二人はともに15歳くらい。一人は大きな荷物を抱えた少年で、もう一人はやや小柄な娘だ。彼女は癖のある薄茶色の髪をし、まじない師の杖と野菜の入った買い物かごを持っている。その両目は包帯で完全に塞がれていた。






 娘はガブリエラの近づく足音に気付いて歩みを止めた。隣を歩いていた少年が荷物を持ったまま、訝し気に彼女を見る。娘は彼女の方に顔を向けて控えめに微笑んだ。


「導士様、私に何か御用でしょうか?」


「・・・なぜ私が魔導士だと?」


「私は目が不自由なのですが、ある方から魔力を感じ取る義眼を頂いたのです。ですからあなた様の魔力を『視る』ことが出来ます。あなたは高位の導士様ですね。もしや私か連れのどちらかが、失礼なことをしたでしょうか?そうならばすぐに謝罪をさせていただきます。」


 その場にしゃがみ込んで平伏しようとする二人を止め、彼女は言った。






「いいえ、あなたたちは何もしていない。たまたまあなたの姿が気になったものだから、話しかけただけよ。驚かせてすまなかったわ。・・・その、その目で、生活は不自由していないのかしら?」


 その問いに少年が非難するような眼差しで彼女を見た。さすがに不躾すぎる質問だ。彼女はそれを謝罪しようとしたが、娘は一向に気にした風もなく穏やかな声で答えた。


「心配してくださって、ありがとうございます。物を見ることはできませんが、周囲の魔力を感じ取れますので、生活にはほとんど不自由はありません。母やロブ、隣にいる男の子です。彼も私を助けてくれますから。」


 エイミと名乗った娘が少年の方を見て、ほんのりと頬を赤らめた。彼女はエイミに今の身の上を尋ねた。エイミは、これまでスーデンハーフでまじない師として生計を立てていたこと、そこで知り合った孤児のロブが目の不自由な自分を助けてくれたこと、そして間もなく二人は結婚する予定であることを、彼女に話した。






「1年前に母の故郷であるこの街の知り合いの方が、母に仕立て屋をしないかと声をかけてくださったんです。何でも復興事業の一環で、資金を融通してくれる商会が職人を探しているとかで。私の両親は以前、腕の良い仕立て屋としてこの街に店を持っていたんですよ。」


「・・・ご両親は今、どうしていらっしゃるのかしら?」


「父は私が貴族様に無礼を働いたために殺されました。私の目もその時に・・・。ですが今、母は新しい店を出すために頑張っています。私も少しでも力になろうと思っているんです。」


 エイミは今、まじない師として働きながら、母の仕事を手伝っていると言った。ロブ少年は母親の元で仕立て屋になるための修行をしているそうだ。彼女は体の震えを堪え、なんとか「そう」と声を絞り出した。それを聞いたエイミは彼女に尋ねた。






「あの、導士様はもしやスーデンハーフにいらしたことがあるのではありませんか?」


「・・・いいえ。」


 彼女の答えを聞いて、エイミはがっかりとした表情をした。


「そう、ですか。私は5年前、熱病で死にかけていたところを白い髪をした導士様に救っていただいたことがあるんです。もしやあなたがその方ではないかと思ったのですが・・・。」


 その言葉を聞いたガブリエラは思わず、被っていた外套マントのフードを引きおろした。ロブがそのことをエイミに伝えると、彼女はハッとした顔でガブリエラに言った。


「導士様、お願いです、フードを取ってロブに髪を・・・。」


 しかしその言葉はガブリエラの護衛騎士によって遮られた。






「ガブリエラ様、そろそろ出発いたしませんと。夕方になれば、道が込み始めます。」


「分かりました。エイミ、ロブ、引き留めてすまなかったわ。お母様によろしく伝えて頂戴。」


 その名を聞いたエイミが、驚きに顔を歪める。彼女はエイミの表情を見ていられなくなり、二人に背中を向けると、護衛騎士に守られるようにして馬車へ向かった。彼女に追い縋ろうとしたエイミが姿勢を崩して倒れかけ、慌ててロブがそれを支えた。


 ガブリエラが馬車に乗り込むと同時に、蹲ったままのエイミがぐっと唇を噛んだ。そして意を決したように「ありがとうございました、ガブリエラ様!」と叫んだ。その名を聞いた近くの人々がぎょっとして憎悪に表情を歪め、周囲をきょろきょろと見まわした時にはもう、ガブリエラの馬車はその場から走り去っていた。






 馬車に乗り込んだガブリエラはハンカチを口に当てたまま、青い顔を伏せていた。静かに涙を流す彼女のことを心配する侍女を手で制し、座席に座らせる。


 エイミの義眼の魔道具を作ったのは、他ならぬガブリエラであった。幼いエイミの目と家族を奪ったのは、彼女の実の姉ウリエーラだ。そして当時の彼女は、自分の姉が敵の奸計にかかって操られ、守るべき領民に対してそんな残酷な仕打ちをしていることなど、知ろうともしなかったのだ。


 だからガブリエラは彼女のために、何かしなくてはならないと思った。


 どんな癒しの魔法であっても、失った体の部位を元に戻すことはできない。それならばせめてと、ドーラに協力してもらって《魔力感知》の魔法陣を刻んだ義眼を作成し、サローマ伯爵に託したのである。しかしその後、あの娘がどうなったかは知らなかった。


 サローマ伯に聞けば多分すぐに分かっただろう。だが彼女にはそれを知る勇気がなかったのだ。






 それは彼女が、義眼を作ったのはエイミのためではなく、自分のためだと自覚していたからだった。もちろんエイミを助けたいと思ったのも事実だ。だがそれが何だというのか?


 エイミの目が治るわけでも、彼女の罪が消えるわけでもない。彼女は決して償うことのない罪を犯したのだから。


 義眼を作ることも罪の意識から逃れるための汚い自己満足。あの空虚な眼窩に見つめられる悪夢から解放されたいがための醜い言い訳なのだと、彼女は思っていた。今日、エイミの幸せそうな姿を見るまでは。






 エイミの姿を見た瞬間、彼女の心を閉ざす深い闇の中に、星の煌めきを見たような気がした。それは本当に小さな小さな星。だが彼女の彷徨い苦しみ続ける心を、まっすぐに導いてくれる確かな輝きだった。


 エイミが再びしっかりと自分の足で立ち、愛する人と共に幸せを掴もうとしている姿を見て、彼女は心の震えが止まらなかった。その理由を言葉で表すことは難しい。ただ漠然と「ああ、未来へつながったのだ」という思いが、彼女の心から溢れ出していた。






 別れの瞬間、エイミはおそらく彼女の正体に気付いたはずだ。非道な行為をして殺された一族の生き残り。だがそれでもエイミは彼女に「ありがとう」と言った。自分から光を奪い、家族を奪った彼女にありがとうと・・・。


 もちろん、これで自分が許されたなんて思うことはない。彼女の犯した罪は、それほどに大きいものだ。だが素直に「よかった」と心から思えたのも事実だった。そしてエイミと同じように、彼女自身も未来へ進んでいるんだということを、今日初めて実感することができた。


 彼女はエイミの幸せを願い、彼女の父の冥福を祈った。その日以来、二度と彼女が空虚な眼窩に見つめられる悪夢に苦しめられることは無かった。











 ドルアメデス王都の北西区に位置する王立学校では、多くの職員が二日後に迫った入学式のための準備に追われていた。


 今年の新入生は324人。例年とほぼ同じ数だ。6年生が卒業した後に始まった学生寮の片付けと補修がようやく終わり、建具職人たちが引き上げたのがついこの間のこと。


 今は下働きをするために雇われている侍女たちによって、部屋の内装が整えられている。教職員たちは新学期に向けた教材や新入生の適性を計るための試験の準備などに追われていた。


 入学式後には、里帰りしている上級生たちが帰ってくるため、そのための準備も並行して行わなくてはならない。慌ただしくも、例年通りの王立学校の風物詩ともいえる光景だ。


 ただ今年は例年と大きく違う点が一つだけある。王立学校の学長、ベルント・ゴルツは手に持った巻物スクロールを、傍らに立っている研究員に示した。






「これが何か分かるか?」


「はい。迷宮攻略用の『扉創造クリエイトドア』のスクロールですね。今年の新入生が考案したものだと聞いております。」


 研究員の答えを聞いたベルントは「ふん」と大きく鼻を鳴らし、巻物を執務机に置いた。神経質な彼の性格を表すかのように整頓された他の書類と、寸分の狂いもなく平行に置かれた巻物がころりと転がる。それを丁寧に置きなおしてから、彼は研究員に言った。


「平民の娘だ。」


「王家の特別推薦だそうですね。かの名高き『不滅の薔薇姫』天才錬金術師ガブリエラ・バルシュ様の愛弟子だとか。余程の才能を持っているのでしょう。」


「それはどうかな。」


「・・・と言いますと?」


「お前はその娘の経歴を知っているか?」


「いえ、詳しくは知りません。」


「辺境の村で生まれた平民の娘ながら、全属性の魔力を持ち、9歳にして《転移》の魔法を使いこなすそうだ。さらに冒険者として迷宮討伐を成し遂げているらしい。」


 研究員の上げた驚きの声を聞いて、ベルントは今年の春の祝祭で王がそれを告げたときの貴族たちの反応を思い出し、また不愉快そうに鼻を鳴らした。







「到底信じがたいことばかりですね。でもそれが本当なら、素晴らしい人材です。特別推薦になるのも頷けます。」


「本当ならな。だが経歴が華々しすぎる。わしはな、この話を信用してはおらぬ。」


「それはなせですか?理由を聞いてもよろしいでしょうか。」


 だがベルントはむっつりと押し黙ったまま、それに答えなかった。今、口を開けば心に満ちた怒りに任せて、余計なことを話してしまいそうだからだ。






 彼が王立学校の教師になって40年。学長になってからは10年余りが経っている。王立学校は彼の誇りであり、人生そのものであった。


 彼の教え子たちは王国を支える重要な役職に就き、または高度な魔法を研究することで、魔法王国と呼ばれるこの国の発展に寄与している。それは教師として、何物にも代えがたい喜びだった。


 彼は自分を一流の術者だと考えたことは、これまで一度もない。魔力量も技術もまあ上級貴族としては人並みといったところだろう。だが自分よりも優れた弟子を教育するということにかけては、何者にも負けないという自負があった。


 彼が校内政治により強引に学長の座を得たのも、彼自身の理想とする教育を行うためだ。国内の政治に囚われず、学生同士が切磋琢磨しあい、自分の力を最大限に発揮する。それこそが彼の理想であり、彼の愛する王立学校の姿だった。






 だから今回の国王の『暴挙』は彼にとって許しがたいものだった。近年、国王は有力な貴族を味方につけ、敵対する派閥の領袖を次々と葬り、王家の力を急激に増した。大規模魔術によって国内の整備を行い、行政改革にも力を入れている。その点については多少評価できる。


 だが王は彼の愛する王立学校にも、その手を伸ばしてきた。これまでの慣習を打ち破り、平民を入学させようというのだ。


 彼も平民の中に魔力を持つ者がいることくらい知っている。そしてそれが貴族とは比べものにならないほど小さいことも。王立学校は王国の中枢である貴族を教育するための機関なのだ。ちんけなまじない師に魔法を手ほどきしてやる場所では、決してない。


 平民に読み書きを教える学校ならば、すでに先代の王が王都に建設済みだ。平民なら大人しくそちらに入学すればよい。王の都合で平民を入学させるために、虚偽の功績まででっちあげるなど・・・!


 噂によればその平民の娘は王と浅からぬ関係にあるという。彼は王に対する怒りでめまいがする思いだった。






 さらにそのでっちあげを隠蔽するために、あのガブリエラを他国へ嫁がせたことも許せない。入学してくる平民はガブリエラの弟子だったという。おそらくはガブリエラが成し遂げた功績を平民の娘が立てたということにしたに違いない。彼女は彼の教え子の中でも一、二を争うほど優れた術師だった。


 ガブリエラの家を潰して彼女を無力にし、その功績を奪って敵国へ追放する。これは国王の専横に他ならない。彼女ほどの術師をむざむざ敵国に渡してしまうなど、まさに国家的損失だ。


 自分の威を示すために、そんな愚かなことをするとは。学生時代は優秀な生徒だった現国王の変わりようを、彼は嘆かずにはいられなかった。






 彼は実力のない平民を自分の愛する王立学校へ入学させることが許せない。だが飛ぶ鳥を落とす勢いの国王の宣言を覆すことは難しい。


 何人かの有力貴族に事前に働きかけてみたものの、すべて無駄だった。逆にそれを国王の密偵に察知され、彼自身の立場を危うくしかねない事態になってしまったほどだ。彼は腸が煮えくり返るような思いで、この春を迎えた。


 彼はそんな内心の怒りを抑え、研究員に言った。


「今年の新入生の適性検査、わしが自ら監督しよう。」


 研究員はその言葉に思わず目を丸くしたが、驚きを口には出さず、ただ「分かりました」とだけ答えた。


 ベルントは机にしまってあるいくつかの魔道具を取り出し、酷薄な笑みを浮かべた。平民などこの学校に入れてたまるものか。わしが必ず化けの皮を剥いでみせる。そしてすぐに学校をたたき出してやるのだ。


 そう思うと怒りが収まり、少し愉快な気持ちが沸き上がってきた。平民の娘の実力を白日の下に晒すための手段を、彼はじっくりと考え始めた。

読んでくださった方、ありがとうございました。土日は読書を楽しみました。「オーバーロード」も「本好きの下克上」も、すごく面白かったです。

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