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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
120/188

116 写生

短めのお話です。

 私とエマに「皇帝と結婚する」という衝撃の告白をしたガブリエラさんは、その理由についても説明してくれた。長い説明の後、彼女はすっかり冷めてしまったお茶を一口飲んでから言った。


「私の話は以上よ。何か質問はあるかしら?」


 作り笑いの彼女が私たちに尋ねる。私は彼女の話を振り返って考えてみた。簡単に言うと、彼女は自分の代わりにミカエラちゃんをバルシュ家の当主にしたい。だから結婚してこの国を出ていくことにしたということだった。


 でも分からないこともある。私は彼女にそれを聞いてみた。






「ガブリエラ様がミカエラちゃんをお家の跡取りにしたいっていうのは分かりましたけど、わざわざ遠くの国に行くのはなぜですか。王様に『ミカエラちゃんを跡取りにします』って言うだけじゃダメなんですか?」


「この国では貴族の後継が病弱など何らかの理由で困難だという場合に限って、それは認められているわ。私とミカエラの場合は少し難しいかもしれないわね。それにね。」


「それに、何でですか?」


「・・・バルシュ領には私を恨んでいる領民がまだ大勢いるわ。そんな状態で領地の経営など成り立つわけがないもの。」


「で、でも、王様がガブリエラ様に罪はないって知らせを出したって・・・!」


「確かに陛下は領民に対して布告をしてくださったわ。でもそれで領民が私を許すかどうかは別でしょう。だって当時の私が、苦しむ領民たちから目を背けていたという事実は変わらないもの。」


 彼女は胸に手を当てて、痛みを堪えるような表情をした。でもすぐに前を向き、笑顔で話を続けた。






「その点、ミカエラは当時まだ生まれたばかりだった。新たなバルシュ家として領を統治することができるわ。だから私はこの5年間、そのためにいろいろな手を尽くしてきたの。もちろん今後のことについても陛下と相談してあります。」


 ガブリエラさんはカフマンさんに頼んでこの5年間、バルシュ領復興のためにたくさんのお金を使い、領の人たちの食べ物や仕事の援助をしてきたそうだ。しかも、それをすべてミカエラちゃんの名前で行っていたという。


 その甲斐あって、かつてのバルシュ家の統治を望む領民が増えているのだそうだ。


「今、旧バルシュ侯爵領は王家の直轄地ということになっているわ。でも反逆した領地だから、王家による最低限の管理しか行われていない。他領への見せしめのためよ。いくら領民には罪がないとしてもね。」


 ガブリエラさんのお父さんは、元々領民に慕われるよい領主様だった。昔から領に住んでいる人たちは、そのことをちゃんと覚えていて、今ではミカエラちゃんが帰って来てくれるのを待ってくれているらしい。






 話を終えた彼女に、エマが目に涙をいっぱい貯めながら言った。


「ちゃんと話してくださって、ありがとうござました。」


 エマの顔を見た途端、彼女の作り笑顔が崩れた。彼女は口を引き結び、少し上を向いて目をぱちぱちさせた後、震える声で言った。


「ミカエラもあなたと同じことを言ったわ。そして・・『ちゃんと話してくれて、嬉しかっ・・た』って・・・。」


 彼女はそこで言葉に詰まり目を逸らした。そしてエマと私に近づくとそのまま強く抱きしめた。私は彼女への気持ちが溢れて涙が止まらなくなった。


「ガ、ガブリエラ様の、うそつき!どこにも、どごにも、行がないっで、言っだじゃないでずが~。」


 私とエマは彼女の腕の中で、声を上げて泣いた。彼女も涙を流しながら、私たちの背中をいつまでも撫で続けていた。






 三人とも目が腫れるほど泣いた後、彼女は私たちに言った。


「春の神事が終わったら、私は帝国へ旅立ちます。婚礼は夏に行われる予定よ。ミカエラとこの村のこと、よろしく頼むわね。」


 私とエマは顔を見合わせ、大きく頷いた。彼女はいつもの笑顔でにっこりと笑ってくれた。


「向こうでの暮らしが落ち着いたら手紙を書くわね。」


「え、『おしゃべり腕輪』は持って行ってくれないんですか?」


 私の作った通信の魔道具『おしゃべり腕輪』があれば、何かあってもすぐに知らせてもらえると思ったのに。でも彼女は寂しそうに笑って首を横に振った。






「魔道具類や研究の資料は、全部置いていくつもりよ。東ゴルド帝国と王国は今後同盟関係になるとはいっても、今のところはまだ『仮想敵国』だもの。帝国の有利になるようなものを持ち込むつもりはないわ。」


 敵の中に嫁いでいくのだという彼女の言葉を聞いて、私はとても心配になってしまった。そんな私の表情に気付いた彼女は笑いながら私の頭をポンポンと撫でた。


「そんな顔しないの、おバカさん。私はね、いつか必ずあなたたちのところに帰ってくるつもりよ。だからそれまで、私の還る場所をしっかり守っていて頂戴。」


 私とエマは「はい」と返事をした。その後、エマはミカエラちゃんに会いに行った。しばらく経ってから戻ってきたエマの目は、また涙で真っ赤になっていた。ガブリエラさんはエマに「ありがとう」と言った。











 私はその夜、王様のところに行った。王様にガブリエラさんが話してくれたことを伝えると、王様は何度も何度も頷いた。


「そうか、ガブリエラ殿はちゃんと話せたか。」


 王様はガブリエラさんのことをすごく心配していたらしい。でも彼女が私たちに自分で話すまで、黙っていてくれたのだそうだ。


「ガブリエラ殿は、ドーラさんたちと正面から向き合えたということだな。」


「はい。ガブリエラ様はちゃんと気持ちを話してくださいました。」


 王様は無言で頷き、少し考え込んだ後、口を開いた。






「ガブリエラ殿はな、自分の命を絶とうとしておったのだよ。」


「!! な、なぜですか!?」


 王様はこの5年の間の出来事を私に話してくれた。彼女は5年前、春の神事の後の祝祭の時に「ミカエラが成人したら自分を処刑してほしい」と王様へ懇願しに来たそうだ。


「バルシュ領をミカエラ殿に引き継がせるために、考え抜いた結果だったのだろう。ピエール殿のことも相当応えておったのかもしれん。」


 ピエールさんというのはガブリエラさんの元婚約者だ。彼も自分のお父さんの反逆の罪に巻き込まれて刑死している。


 彼女はミカエラちゃんに爵位を譲り、その上でバルシュ領民の前で処刑されることを望んだ。全ての責任を自分が背負って死ぬつもりだったというのだ。私はそれを聞いて驚くと同時に、ものすごく腹が立った。


「ガブリエラさんは馬鹿です!そんなのただ逃げてるだけじゃないですか!そんなことしても誰も喜びませんよ!」


 王様は私の気持ちに同意してくれた。






「私も彼女に同じようなことを言ったよ。まあ、そこまで直接的な表現はしなかったがね。」


 王様は彼女を話し合い、死ぬまでの間に、ミカエラちゃんのために出来るだけのことをしてみるよう勧めたそうだ。そして彼女が陰ながらバルシュ領の復興を支援することを黙認することにしたらしい。


「バルシュ領の復興の目途が立ち、ミカエラ殿のことを任せられる程、本当に信頼できる仲間ができた後で、それでもまだ死にたいと思うならば、そうしたらいいと言ったのだよ。」


 それから彼女は魔法薬の開発・販売に力を入れるようになり、その資金をカフマン商会を通じてバルシュ領の復興事業に費やしたそうだ。


 事業が軌道に乗り始めた頃、王様はガブリエラさんにまだ死にたいと思うか尋ねたそうだ。すると彼女は恥ずかしそうに笑った後「まだ死ねそうにありません」と言ったという。


 東ゴルド帝国から婚姻同盟の申し出があったのは、そんな頃のことだったらしい。






「しかし私には婚姻に適した年頃の娘がいなくてね。」


 王様はそう言って苦笑した。王様がそのことを彼女に話すと、彼女は是非自分を帝国に行かせてほしいと言ったそうだ。


「その時点ですでにガブリエラ殿は、その後のことを考えておったのだろう。」


 今度の春の神事の祝宴で、ガブリエラさんは王の養女になるのだそうだ。その際、彼女の爵位は一度王様に返上される。そして王様はミカエラちゃんの後見人となり、彼女が成人したら改めて爵位を引き継ぎ、バルシュ領へ行くということが、決まっている。


 バルシュ家をはじめ王国の上級貴族は、王家と何らかの血縁関係を持っているそうだ。だからこういう養子縁組は、それほど珍しくないのだという。






「もともと侯爵家は、王位継承権の序列が低い王族のために作られたようなものだからね。」


 王様に弟がいて尚且つ王様の子供がいる場合、王様の弟が侯爵家に入り『公爵』を名乗ることが多いのだという。侯爵家と王家の繋がりはとても深い。だからガブリエラさんが王様の娘になっても問題ないらしい。


 私はこれまで子供を持ったことがない。番の竜もいたことはないし、そもそも不死だから子孫を残す必要もないのだ。だから自分の血脈を大切に繋いでいくという人間の考え方は、すごいなと感心してしまった。


 一人の人間の命は短いけれど、人間全体を一つの集まりと考えればある意味、私たちと同じように不死の存在でもあると言えるのかもしれない。






「ところで王様にも子供がいるんですよね?」


「ああ、もちろんだとも。もう孫もいる。今は王立学校に通っておるから、エマさんと顔を合わせることもあるだろう。」


「全然知りませんでした!」


 王様の家族は普段、王城内の離宮に暮らしているそうだ。王様の子供は二人でどちらも男、一番上の息子さんは今度の春で27歳になるらしい。


「ガブリエラさんが皇帝にはお嫁さんがたくさんいるって言ってましたけど、王様もそうですか?」


「いや、私の妻は一人だけだよ。幸い男の子が二人、すぐに生まれたからね。」


 後継者になる男の子がなかなか生まれないと、どんどんお嫁さんを増やさなくてはいけないのだそうだ。なんだか大変そうです。


「うむ。かつてはたくさんの女性を愛し、多くの妻を持った王もいたのだよ。だがそうすると国が乱れる元になる。だから我が家では原則として妻は一人と決められているよ。」


 色々面白い話が聞けて楽しかった。私は王様にお礼を言った。王様は「孫にエマさんのことを話しておくから」と言ってくれた。


 その後、いつものように《どこでもお風呂》の魔法で王様を癒し、ドワーフ銀貨を一枚もらってから、私は《転移》の魔法で村に帰ったのでした。











 冬の最後の月が半ばを過ぎ、ハウル村でも春の祝祭に向けての準備が始まる頃、王都で仕立て屋さんをしているドゥービエさんが村にやってきた。


 私とエマはガブリエラさんの家に呼ばれ、ドゥービエさんの作った新しい服を着せてもらった。


「ああエマ、すごく可愛いよ!!」


 私が手を胸の前で握りしめ、ため息を吐きながらそう言うと、エマは満面の笑顔で「ありがとう。ドーラお姉ちゃんもすごくきれいだよ」と言った。






 エマが今着ているのは、王立学校の春の制服だ。


 制服は季節ごとに色やデザインが少しずつ違う。春は落ち着きのある紺色のワンピースだ。上半身のシルエットは体にぴったりとしていて、動きやすいように工夫されている。


 肩は少し膨らんだ可愛らしいデザインだけれど、袖には美しい装飾のされた銀のボタンが付いていて、手首のところできちんと止められているため、作業の邪魔にならない。


 対して下半身はふんわりとしたシルエットになっていて、すごく女の子らしい。足首がしっかり隠れる長さのスカートには『フリル』という布を幾重にも重ねた飾りが施されており、何だかすごくかっこいい。


 あと襟や袖、裾など細かく編んだ布の飾りがついていて、とても可愛らしい感じがする。この飾りは『レース』というものらしい。


 制服の生地はすべすべでとても触り心地がいい。しっとりとした光沢があってそれだけでもきれいだけれど、制服の縁に銀色の糸で細かい刺繍がしてあり見ているだけで思わずため息が出るほどだ。






 そしてそれを着るエマの可愛らしさと言ったら、もうたまりません!金色がかった薄い茶色の髪をしたエマと、光沢のある緑色の髪をしたミカエラちゃんが並んで立っている様子は、本当に素晴らしい。


 ガブリエラさんは相変わらず作り笑顔だけれど、ちょっと頬が赤くなって目の端が潤んでいる。ミカエラちゃんは彼女の方を見て、控えめに微笑んでいた。


「素敵すぎますね、ガブリエラ様!ああ、この瞬間を永遠にとっておけたらいいのに!そうだ!ガブリエラ様、時を切り取る魔道具ってないんですか?」


「何言ってるのドーラ。そんなのあるわけ・・・それ面白いわね。」


 ガブリエラさんはじっと考え込んでいたけれど、やがて大きなため息を吐いた。






「いいえ、今はもう研究している時間はないわ。残念だけどね。そんなにとっておきたいなら、二人の絵でも描けばいいでしょう?」


「私、そんなの描いたことないですよ。」


 私も絵は知ってる。私の持ってる素材図鑑の中に挿絵があるし、エマたちが地面に絵をかいて遊んでいるのも見たことがある。でも私自身は描いたことがない。一応、挑戦してみたことはあるんだけど、手が上手く動かなかったのだ。


 私がそう言うと、彼女は呆れた顔で「別に手で書かなくてもいいでしょう?《自動書記》の魔法で描けばいいじゃない」と言った。


 《自動書記》で文字や魔法陣なら書いたことあるけど、絵も描けるのかしら?






 私はガブリエラさんから紙とペンを借りて、《自動書記》の魔法を使ってみた。ペンが空中に浮かび上がり、紙に私の見たエマとミカエラちゃんの姿を写し取っていく。あっという間に白黒で二人の似姿を描くことができた。


「描けましたよ、ガブリエラ様!やっぱりガブリエラ様はすごいですね!」


「描いたのはあなたでしょう?・・・ドーラ、もう一枚描いて頂戴。」


 私は言われるがままに、もう一枚二人の姿を魔法で描いて彼女に渡した。彼女は満足そうに頷くと、それを大事にしまい込んだ。


 私の描いた絵を覗き込んだドゥービエさんが、軽く唸りながら私に言った。






「素晴らしいですわ、ドーラ様。是非私にも描いていただけないかしら?できればエマ様とミカエラ様、そしてドーラ様の姿を一枚ずつ別の紙に描いてくださいませ!」


 ドゥービエさんは私たちにいろいろなポーズを取らせ、私は求められるままにそれを絵を描いた。制服姿の二人とエプロンドレスの侍女服を着た私の絵だ。二人を描くのはとても楽しかったけれど、姿見に映った自分を描くのは何だかとても不思議な感じがした。


 完成した絵を渡すと、彼女は私に何度もお礼を言い、王都に戻っていった。エマと私、ミカエラちゃんの社交用のドレスはまだ完成していないので、王立学校の方に届けますと彼女は言った。


 そしてドレスが完成したら、それをまた絵に描いてほしいと繰り返しお願いされた。なんかすごく気に入られてしまったみたいだ。





「ドーラお姉ちゃん、四人一緒に居る絵を描いてもらえないかな?」


「それ、いいね!描こう、描こう!」


 エマの提案で私たちは四人で姿見の前に座った。私は《自動書記》の魔法で同じ絵を4枚描いて、皆で一枚ずつ分け合った。


「ドーラさん、ありがとうございます。私、これ宝物にします。」


 ミカエラちゃんが涙を拭いながらそう言った。ガブリエラさんはそんな彼女を優しく抱きしめた。私とエマは手を繋いでにっこりと笑い合ったのでした。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師


所持金:2352220D(王国銀貨のみ)

 → ゲルラトへ出資中 10000D

 → エプロンドレスの仕立て代 2000D

 ← 薬・香草茶の売り上げ 360D

 ← 金物の修理代 40D

 ← カフマン商会との取引 1600D

読んでくださった方、ありがとうございました。

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