114 霹靂
短めのお話です。
冬の3番目の月が終わり、4番目の月が始まった。雪は深くなる一方だけれど、それでもハウル街道は六足牛が曳くそりがひっきりなしに行き来している。私の作った土人形のゴーラたちも雪かきに大活躍中だ。
この5年の間にゴーラは数体に増えた。彼らは冬は雪かきに、夏は荷運びにという感じで頑張ってくれていて、今ではすっかりハウル村の生活の一部になっている。
ゴーラたち専用の道具も充実してきているので、今ではいろいろな仕事を出来るようになった。定期的に魔力を補充するだけで、黙々と働き続ける彼らは、村の貴重な働き手なのだ。
丸っこい体にたくさんの草花を咲かせているゴーラたちは、大人だけでなく村の子供たちにも大人気。子どもたちはゴーラたちの背中に乗ったり、一緒に走り回ったりして遊んでいる。
そんな彼らは全員、私と《警告》の魔法で繋がっている。これは、村に何か不測の事態が起きたときのことを考えてのことだ。そのため、実は村の人を守る機能もつけてあるのだけれど、幸いなことに、これまでは一度もその機能を使ったことはない。
あと最初に作ったオリジナルのゴーラだけは、魔獣迎撃用の《石弾》の魔法を備えている。ただしこれを知っているのは、私とカールさん、そしてガブリエラさんの三人だけだ。
これ、飛竜を一撃で倒せるくらいの威力があるのだけれど、今のところ、全然使い道がないんだよね。
今は、衛士さんや冒険者さんたちが村を守ってくれているので、もう必要ないかもなのだけれど、別に外さなくても問題ないのでそのままになっている。
春まで残り1か月だ。今が一年で一番雪が深い時期で、ここを過ぎればだんだんと雪の量が少なくなりはじめる。雪が止めば春の始まりだ。春になったらエマとミカエラちゃんは、王立学校に入学する。
こうやって振り返ってみると、一年って本当にあっという間だ。
竜の私からすると季節一巡りに過ぎないこの一年を、人間は4つの季節に分け、それをさらに4つずつの月に区切っている。つまり一年は16か月ということだ。一月は25日なので、1年は400日らしい。
この区切りのことを『暦』と言う。テレサさんによると、彼女の国でも同じ暦を使っているそうだ。ただし月の呼び方に違いがあるんだとか。テレサさんの国では、月の名前に聖女教の聖人や聖女の名前がついているらしい。
暦は一番大きな青い月の満ち欠けと、一日おきで交互に上ってくる白い月と緑の月の動きのよって決められている。ハウル村の人たちは、月の満ち欠けを見て大体の季節や月を知り、農作業の計画を立てるのに使っている。
ガブリエラさんが言うには、白い月の出る日は光の魔力が、緑の月が出る日は闇の魔力が強くなるそうで、大規模な魔法儀式などはそれに合わせて行われることもあるそうだ。
ちなみに一番光の魔力が強くなるのは、青い月が満月で白い月の出る日。逆に闇の魔力が強くなるのは、青い月が新月で緑の月が出る日らしい。
私は今まであんまりその違いを感じたことがなかったので、彼女にそう話したら「それはあなたの魔力が強すぎるからでしょう」と呆れられてしまった。でも日によってそんなに魔力が違うのかな。人間は繊細なんだなと感心してしまった。
そんな冬のある日のこと、私とエマは入学に向けた最後の準備をするために、ガブリエラさんの家に向った。
フランツさんの家を出て、学校に行く子供たちと一緒に歩いていたら、農地から街道に出る辺りで、お肉屋さんをしているゲルラトさんを見かけた。彼は息子さんと二人で、雪を集めてそりに積んでいるようだった。
「おはようございます、ゲルラトさん。何をしてるんですか?」
「おはようドーラ。これはな『氷室』に詰める雪を集めてるのさ。」
彼はそりいっぱいに積みあがったきれいな雪を指して言った。
「氷室って何ですか?」
私がそう聞くと、彼は怪訝な顔をして答えた。
「いや、お前が作ってくれたんじゃないか。ほら、俺の店と肉の加工場の隣にある、あの深い穴だよ。」
「ああ、あの穴!!」
そう言えば私が建築魔法でゲルラトさんのお店と加工場の基礎を作った時、すごく深い穴を掘ったのを思い出した。あれ、何に使うんだろうと思っていたけど、雪を詰めるものだったのか。
「石材で周りを囲ったあの穴、氷室って言うんですね。でも雪なんか詰めて何に使うんですか?」
「そりゃもちろん、肉を保存するためさ。・・・お前まさか、何に使うか知らずに作ってたのか。」
「はい・・・。」
ゲルラトさんは私の言葉を聞いて、しょうがないなという顔で笑った。
お店の基礎工事の設計は、建築術師のクルベ先生がゲルラトさんと相談しながら全部してくれたので、私はただその通りに作っただけだ。氷室の穴は直径が10歩くらいの円形で、二階建ての家と同じくらいの深さがあり、丈夫な石組で作られている。その上にレンガ造りの小屋が立っているのだ。
穴には円形の壁に沿って小さな石の階段があり、下に降りられるようになっている。ゲルラトさんによると、冬の間に雪をたくさん詰めて踏み固め、その上に藁と板で蓋をするらしい。そうすると小屋の中を、夏でも冬と同じくらい冷たいままにしておけるのだそうだ。
部屋の中が冷たいと肉が傷みにくいという。それであんな大きな穴を作っていたわけか。私は氷室の仕組みを聞いて、人間ってやっぱりすごく賢いなあと感心してしまった。
私は氷室にすごく興味を魅かれた。ゲルラトさんに「見に行ってもいいですか」と尋ねたら、彼は快く了承してくれた。雪を運ぶのを手伝うついでに、私はエマと一緒にゲルラトさんの氷室を見に行くことにした。
加工場の隣にある氷室の小屋にはソーセージやベーコンなど、たくさんの肉の加工品が吊るされている。なかにはカチカチに凍った加工前の肉も鉤にかけて吊るしてあった。どれも、ものすごく美味しそうです!
小屋の底、大きな穴の上には木で作った足場が組まれていて、その下に白くてきれいな雪が半分くらいまで詰まっていた。
「小屋の中、あんまり冷たくないですね。むしろ少し暖かいかも?」
「そりゃあ、今は真冬だからな。外と比べてもそんなに差はないさ。暖かいと感じるのは風が吹かないからだろ。」
なるほど。言われてみるとそうかもしれない。
「これは本当にすごいですね!ゲルラトさんが考えたんですか?」
「いや昔からこの国ではこうやって肉を保存したり、酒を熟成させたりしてたのさ。ただ見ての通り大規模な工事が必要になるからな。今までのハウル村じゃあ、作りようがなかったのさ。」
確かにその通りだ。それにこれまでのハウル村では、わざわざこんな大掛かりなものを作って保存するほど、食べ物がなかったからね。
「ふむふむ、これがあれば、夏まで食べ物を腐らせずにとっておけるんですね!」
「いや、さすがにそりゃあ無理だ。春になったらやっぱり少しずつ雪が解けちまうからな。ここに詰めた雪は夏の中頃まで持てば、まあ御の字ってとこかな。」
きれいな雪の中に凍った肉を入れて保存することもできるそうだけれど、それでもやっぱり少しずつ傷んでしまうらしい。
「食べ物を腐らせずに保存しておくのは難しいんですね。この建物ごと《収納》の魔法をかけられたらいいんでしょうけど・・・。」
私やエマ、それにガブリエラさんが使う《収納》の魔法は、中にあるものの状態をずっと変えずに保存しておくことができる。ただ空間魔法なので、使いこなせる人はほとんどいないし、魔力消費もものすごく大きい。
私がそう言うと、エマは私の意見に同意したうえで、付け加えるように言った。
「それに《収納》を建物にかけたら、中に人が入ることができなくなっちゃうよね。取り出す時もお姉ちゃんじゃなきゃ取り出せないし・・・。」
エマの言う通り、《収納》の魔法のなかには生き物を入れることができない。また《収納》をかけた本人以外は、中身を取り出すこともできない。理由は分からないけれど、とにかくそうなのだ。
「ふーん、魔法ってのは便利なようでいて、意外とままならないもんなんだな。」
私とエマの話を聞いて、ゲルラトさんがそう言った。そうなんだよねー。私自身は自由に魔法を作れるし使えるけど、他の人だと、そうはいかないからなー。
「でもさ、ドーラお姉ちゃん。雪が解けるのを遅らせるだけなら、魔法でできるんじゃない?」
「んー、氷の魔法を使うの?」
氷の魔法は火属性魔法の一種なのだけれど、火の魔法以上に操るのが難しく魔力の消費も大きい。繊細な魔力の操作が必要で、エマは割と上手だけど、私は杖を使わないとうまく使うことができないくらいだ。
私が尋ねると、エマはあごに手を当てて、考えながら言った。
「ううん、氷の魔法は難しいからダメだよ。温度を変えなければいいだけなら《保温》の魔法でいいと思うんだけど・・・どうかな。」
《保温》は私が作った無属性魔法だ。魔法陣にしてもそんなに大きくないし、魔力の消費も割と少なめ。
「なるほど、そうだね!!エマはやっぱり賢いなー!!」
私はエマを抱きしめて、ほっぺたをくっつけた。エマがくすぐったがって笑う。エマは本当に賢くて、可愛くて、人のために魔法を使うのが上手い。
ゲルラトさんは私たちの話を聞いて「もしできるんなら是非やってみてくれ!」って言った。私たちはガブリエラ様にこのことを相談してみると彼に約束してから、ガブリエラさんの家に向った。
ガブリエラさんの家に着くと、王都から働きに来た若い侍女さんが私たちを客間に案内してくれた。侍女さんが淹れてくれた香草茶を飲みながら待っていたら、ガブリエラさんが筆頭侍女のジビレさんと一緒にやってきた。
彼女から教えられたとおりに、エマと二人一緒に貴族の挨拶を交わした後、私は彼女に話しかけた。
「ガブリエラ様、相談したいことがあるんですけど・・・ところでミカエラちゃんはどうしたんですか?」
いつもなら嬉しそうにエマに会いに来るはずのミカエラちゃんがいない。不思議に思って私がそう尋ねると、彼女はちょっと微妙な表情を浮かべた後、言った。
「あの子は今、一人で部屋にいます。心配はいりません。それで相談とは何かしら?」
私とエマは思わず顔を見合わせた。彼女の「一人で部屋にいます」という言い方が気になったからだ。
体調が悪いわけでも、一人で勉強をしているわけでもなく、ただ部屋にいるっていうのはどういうことだろう?
エマが心配そうにガブリエラさんを見たが、彼女はそれに気付かないふりをしていた。何か聞かれても答えるつもりはない、ということだろう。こういう時のガブリエラさんはものすごく頑固なのだ。
エマも私も気になったけれど、仕方がないので私はゲルラトさんの氷室のことを相談してみた。
「エマの言う通り、《保温》の魔法陣を使えば最低限の魔力消費で、氷室の効果をある程度、持続させることができそうね。」
彼女は興味深げに私の話を聞いた後、ジビレさんに持ってきてもらった用紙に何かを書き込んでいた。そして書き終わった用紙を、エマに差し出して言った。
「魔法陣の原案を書いてみたわ。エマ。春までにドーラと二人でこの魔法陣を完成させて御覧なさい。出来るだけ小さくまとめ、最小の魔力消費で、最大の効果が出るように工夫してみるのよ。分かった?」
「分かりました。やってみます。」
エマの答えを聞いて、ガブリエラさんは満足そうに頷く。ただ、その顔はいつもと違って、ちょっと寂しそうに見えた。何だかひどく胸騒ぎがして、私はガブリエラさんに尋ねた。
「ガブリエラ様、いつもみたいに一緒に考えるわって言ってくれないんですね。それに何かちょっと変な感じがします。・・・何かあったんですか?」
彼女はお茶を飲む手を止めて、じっと考え込んだ。いつもみたいに「何でもないわよ、おバカさん」と笑ってくれることを期待して、私はドキドキしながら彼女を見つめた。
でもいつまで経っても、彼女は考え込んでいるばかりだった。やがて彼女はお茶のカップを静かにテーブルに置くと、私たちに向って言った。
「ドーラ。エマ。あなたたちに話しておかなくてはならないことがあるの。」
私は恐ろしい予感がした。次の言葉を聞いてはいけない。聞いたらきっとものすごく後悔することになる。
私は彼女の言葉を止めようとした。だけどいざ声を出そうすると体が強張り、何にも言葉が出てこなかった。エマも私と同じような表情をしている。固まる私とエマを見て、彼女は少し目を伏せた後、唇をきっと結んで前を向いた。
「私、結婚することにしたわ。」
「「えっ!?」」
私とエマは同時に声を上げた。結婚って確か、番になる雄を見つけて、家族になるってことだよね?
大工のペンターさんと鍛冶術師のフラミィさんや、料理人のハンクさんと踊り子のジーナさんも結婚して子供を作った。皆はそれをすごく喜んでいたっけ。
ということは、ガブリエラさんの家にも誰かやってくるのだろうか?一体誰が?
「え、えっと、ご結婚おめでとうございます?」
「ありがとう、ドーラ。」
私が混乱したままそう言うと、彼女はにっこり笑ってお礼を言った。後ろで控える筆頭侍女のジビレさんは、すごく硬い表情のまま、彼女を見つめていた。彼女はエマに尋ねた。
「エマ、あなたは私の結婚を祝福してくれないの?」
わたしはエマを見て驚いた。エマはすごく怖い顔をして彼女をじっと見つめている。
「お相手を聞いてもよろしいでしょうか、ガブリエラ様?」
エマの問いかけに対し、彼女は笑顔のまま黙っていたが、やがて「ジビレ、人払いをお願い」と言った。
ジビレさんが一礼し、お茶を淹れてくれた若い侍女さんを伴って黙って部屋を出ていった。部屋の中には私たち3人だけが残った。
沈黙の中、雪風が木々の枝を鳴らす音だけが響く。暖かいはずの部屋なのに、私はなぜか魂が凍り付くような寒気を感じた。
「これから話すことは春になるまで他言無用よ。いいわね?」
彼女は笑顔のまま、私たちの目を見て言った。これはいつものガブリエラさんの笑顔じゃない。彼女がこの村に来たばかりの頃、カールさんの前で見せていた笑顔だった。
「私の結婚相手は東ゴルド帝国の現皇帝ガイウス陛下。私はね、帝妃になるのよ。」
種族:神竜
名前:ドーラ
職業:上級錬金術師
中級建築術師
所持金:2352220D(王国銀貨のみ)
→ ゲルラトへ出資中 10000D
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読んでくださった方、ありがとうございました。