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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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112 入学準備

ちょっとややこしい話になってしまいました。すっきり書きたかったのですが、うまくいきません。

 冬が始まるとすぐに雪が降り始め、ハウル村はすっかり雪化粧して、どこもかしこも真っ白になってしまった。


 冬は農作業ができないため、少しのんびりできる季節だ。そうはいっても、ハウル村の人たちは働き者ばかりなので、男の人たちは炭焼き、おかみさんたちは糸紡ぎや機織りなどしながら過ごす。


 特に仕事のない小さな子供たちはガブリエラさんが作った学校で、午前の間お勉強をして、午後からは家の仕事を手伝う。この学校ができてもうすでに5年。読み書きや計算のできる子供たちがかなり増えてきている。


 なかにはハンナちゃんのように、宿の給仕兼受付見習いとして働く子も出てきていて、ハウル村の貴重な働き手となってくれているのだ。


 これもすべてガブリエラさんのおかげだ。きっとハンナちゃんたちが大人になる頃には、ハウル村はもっともっと発展しているに違いない。






 今日、私とエマ、そしてミカエラちゃんはガブリエラさんの屋敷で、春から着る新しい服の『採寸』をしていた。


 ガブリエラさんが王都から呼んだ『仕立て屋さん』たちが、巻き尺という道具を使って、私たち三人の体の大きさをあちこち測ってくれている。


「バルシュ子爵様。ミカエラ様とエマ様、二人のお嬢様方は制服を季節ごとに2着ずつ、あとは演習服だけでよろしいのですか?」


「いいえ、社交用のドレスをそれぞれ見繕って頂戴。デザインはあなたに任せます、ドゥービエ夫人。」


「かしこまりました。最新の流行を取り入れて作らせていただきます。靴や装身具アクセサリーもこちらでお見立ていたします。」


 小さな眼鏡をかけ、ふっくらした体形のドゥービエさんがそう言うと、ガブリエラさんは満足そうに頷いた。王都で仕立て屋さんをしているというこのドゥービエさんは、ガブリエラさんが侯爵令嬢だった頃から、バルシュ家御用達の職人さんなのだそうだ。






「それでこちらの大変お美しいお嬢様の服はどうなさいますか?」


 ドゥービエさんは私の方に近づいてくると、ものすごく嬉しそうに私の周りを歩き回りながら、ガブリエラさんに聞いた。


「この子はエマの付き添いで王立学校の寮に入ることになっているから、侍女用のエプロンドレスを2着。あとは社交用のドレスをお願いするわ。」


「まあ、この方も社交の場に?それは素晴らしいですわ!」


 ドゥービエさんはキラキラした目で、私をまじまじと見ながらそう言った。私はどう反応してよいか分からず、困ってガブリエラさんを見た。彼女は苦笑して、ドゥービエさんに言った。


「あくまで付き添いだからまだ出ると決まったわけではないのよ。あまり期待しないで頂戴。」 


「いいえいいえ、これだけの美貌をお持ちなら、間違いなくどなたかの招待を受けることになりますわ!わたくしが最高のものを作って差し上げます。いいえ、作らせてくださいませ!」」


 ドゥービエさんは鼻息を荒くして、私の体の隅々を眺めた。


 その後、「ああ、創作のアイデアがどんどん溢れてきますわ!」と言いながら、立派な馬車に乗って王都へ帰っていった。






「なんかすごい人でしたね、ガブリエラ様。」


「彼女は王国でも有数の腕利き職人で、流行の発信者でもあるのよ。・・・ちょっと可愛らしい女の子が好きすぎるっていうのが欠点なのだけれど。」


 彼女は何か思い出したのか、遠い目をしながら軽く息を吐いた。


 そういえば彼女と一緒に来た『お針子さん』たちも、可愛らしい姿をしていたような気がする。『気がする』っていうのは、私が人間の美醜を未だによく分かっていないからだ。


 私は人間を見た目で見分けるのが、あまり得意じゃない。普段は匂いや魔力の波動で見分けているのだ。もちろん毎日顔を合わせているハウル村の人たちや、クルベ先生みたいにすごく特徴のはっきりした人なら見分けることができる。


 でも他の人はさっぱりなのだ。だから見た目から細かい年齢を判別するのも苦手だし、美醜についても実はよく分かっていない。


 ガブリエラさんはとてもきれいな人だと思うし、エマもすごくかわいいと思うけれど、じゃあ「他の人と比べてどうか?」って聞かれると、うまく答えられない。






 これは多分、人間がヤギなどを見たときと同じなんじゃないかと思う。人間もヤギを見て「可愛い」と言うことがあるけれど、他のヤギと比べてどうかって聞かれたら、きっと困るんじゃないかな。


 だから他の人が私の今の姿を見て「すごくきれい!」と言ってくれることがあっても、どう反応してよいのか困ってしまうのだ。この姿は私の本当の姿ではなく、《人化の法》を使って作った魔力の体だしね。


 私がこの姿になろうと思って作ったわけではないし、これ以外の姿になることもできない。髪を伸び縮みさせたり、目の色を変えたり、翼を出したりはできるけれど、姿を変えることはできないのだ。


 それともできないと思ってるだけで、練習したら出来るようになるのかしら。まあ、今のところ必要ないから、やらないけどね。






「ガブリエラ様、私の服の代金のことなんですけど、私、今お金を持ってないです。いつお返しすればいいですか?」


 エマがガブリエラさんに心配そうに尋ねた。すると彼女はやさしく微笑んで言った。


「それは大丈夫よ。あなたの制服と実習服に関する費用は国王陛下が出してくださるの。」


 エマは王家が推薦する王立学校の『特待生』として入学するので、王様が後見人として面倒を見てくれるそうだ。私はそれを聞いて、あとでお礼を言いに行こうと思った。






「そうなんですね。では社交用のドレスはどうなんでしょう?」


 エマの疑問に彼女はミカエラちゃんとエマの両方を見ながら、答えた。


「最初の一着は私が入学のお祝いに送るつもりよ。」


「ありがとうございます!でも、すごく高いんですよね?」


 エマの疑問にちょっと考え込むガブリエラさん。


「そうね。ドゥービエ夫人の仕立てなら大体一着1万Dくらいかしら。」


「1万D!?」


「エマ!?」


 エマが途端に顔色を悪くし、気を失ってその場に倒れそうになった。私は慌ててエマを抱き留め、近くにあった長椅子に寝かせた。ガブリエラさんの侍女ジビレさんがすぐにエマに楽な姿勢を取らせ、しばらくしてエマが目を覚ました。






「大丈夫、エマ。まだだいぶ顔色が悪いみたいだけど・・・。」


「うん、もう大丈夫だよ、ドーラお姉ちゃん。ちょっとびっくりしちゃっただけ。」


 エマは心配そうな様子のミカエラちゃんと一緒に長椅子に座ったまま、ガブリエラさんと話をした。


「まさか1万Dの服を着なきゃいけないなんて、思いませんでした。」


「仕方がないわ。服にはお金が掛かるものよ。」


 ガブリエラさんはエマに言い聞かせるようにそう言った。


「ガブリエラ様、1万Dって言ったら王国銀貨250枚分ですよね。やっぱりすごい額なんですか?」


 私がそう尋ねると、彼女は何かを言いかけてすぐに言葉を飲み込んだ。そして胸に手を当ててじっくりと考えた後、答えた。


「・・・領地を持っている上級貴族の感覚では、さほど大金とは言えないわ。ただ平民では絶対に手が届かない額ではあるわね。」


 彼女の言葉にエマがぶんぶんと頭を縦に振って頷く。






 この国では平均的な平民四人家族の一か月の食費が40Dと言われている。そのうちのほとんどが小麦代、つまりパンを買うためのお金だ。その他にも余分に調味料や肉などを購入すれば、当然それだけ食費はかさむことになる。


 他に薪代など生活必需品を賄うためのお金も少しは必要になるけれど、これはあくまで都市部に暮らす平民の話だ。ハウル村のような農村部ではまた事情が異なってくる。


 ハウル村は少し前まで、塩などを除けば完全に自給自足の生活だった。つまりお金を使う必要がなかったってことだ。今でこそハウル村の人たちも、お金を使う機会が増えてきてはいるけれど、そんなに多いわけではない。


 エマは冒険者をすることで少しお金を稼いだこともあるけれど、そのほとんどはガレスさんにあげてしまっていた。それに時々手に入ったものもフランツさんに村のお金として預けているので、エマ自身は全くお金を持っていないのだ。


 そんなエマにとって、1万Dはそれこそ気の遠くなるような額、ということなんだと思う。






 1万Dと言えば、男爵であるカールさんの月給と同じ額だ。ただカールさんはそのお金を使って自分の配下、衛士さんたちや文官さんたちを雇っているので、カールさん自身の手元に残るお金はほとんどないそうだ。


 あと衛士さんや文官さん、そして職人さんたちも基本的には日給制で、この国ではそれが普通だ。衛士さんの日給が大体5~10D、文官さんが10~12Dらしい。


 ペンターさんの雇っている徒弟さんたちの日給は、仕事量によっても違うけれど多くても2Dを越えることはない。これが独立した一人前の職人だと10Dほどになるそうだ。もちろん、腕前によって稼ぐお金はかなり違う。だから徒弟さんたちは日々腕を磨くために、仕事を頑張っているのだ。






 他にお金をたくさん稼げる仕事としては冒険者さんたちが上げられる。うまくいけば一回の魔獣討伐で50D以上の報酬を得ることができるのだ。さらに依頼をこなすことができれば達成報酬も得られる。


 ただ仕事は文字通り命懸けだし、最初はなかなか稼げずに辞めてしまう人も多い。お金を稼ぐというのはとても大変なのだと、ガブリエラさんが私に教えてくれた。


 ちなみに彼女がなぜこんなに村の人のお給料に詳しいのかというと、日頃から時間があると村のあちこちを回って、村の人たちから直接話を聞いているからだ。


 空飛ぶホウキに乗って村の中を飛び回る彼女の姿は有名で、やんちゃな子供たちは家のホウキを持ち出しては彼女の真似をし、家の人からよく怒られているのを見かける。






 私たちの話を聞いているうちに少し顔色の良くなったエマに、ガブリエラさんは言った。


わたくしが贈るのは最初の一着だけよ。他の学用品については最低限、陛下が何とかしてくださるでしょうけど、学校生活で使うものについては、前にも言った通り、ドーラにお金を借りて揃えるといいわ。」


「他にはどんなものが必要になるんですか?」


 ガブリエラさんはエマに細々とした説明をしていった。最初は私も一緒に聞いていたのだけれど、あまりにも多いので途中で分かんなくなってしまった。でもエマはちゃんと分かっていたみたいだ。さすがはエマだ。エマは可愛いだけでなく、本当に賢い。


 必要なものが大体わかったので、私とエマはカールさんのところに行って、お金の管理のことについて聞いてみることにした。











 冬の間は街道の交通量が減るため、カールさんも自宅で過ごす時間が多くなる。この日もカールさんは午前中の仕事を終えた後、自宅にいた。


 実は私は、カールさんの家にはあんまり来たことがない。だからちょっとだけドキドキしてしまった。


 訪ねていくとカールさんの侍女をしているリアさんが私たちを応接間に通してくれた。程なくやってきたカールさんに私たちはガブリエラさんの家であった出来事を話した。すると彼は苦笑しながら「ガブリエラ様らしいですね」と言って、苦笑した。


「どういうことでしょう?」


「いえ、ガブリエラ様の準備の仕方が、とても上級貴族らしいなと思ったんです。」


 私が尋ねると、カールさんが理由わけを説明してくれた。






 彼が言うには、下級貴族の子供たちは入学時に新しい服を仕立てたりしないそうだ。


「兄姉がいればお下がりをもらえますからね。親戚や知り合いから安い値段で譲ってもらうことも多いんですよ。」


 カールさんの家は下級貴族で金銭的にゆとりがなかった。それはカールさんの実家であるルッツ家が特別ではなく、領地を持たない下級・中級の貴族家ではごく当たり前のことらしい。


 だからお互いに助け合う仕組みができているのだそうだ。


「今回はガブリエラ様が準備をしてくださったので、その好意を受ければいいと思います。ただ次回からはそんなに無理をしなくてもいいと思いますよ。私の知っている下級貴族を紹介します。」


 その話を聞いて、エマはとてもホッとした顔をした。


「よかったねエマ。」


「うん。カールお兄ちゃんに相談して本当によかった。ガブリエラ様から1万Dも出してもらって、私どうしようって思ってたから。」


「・・・いやエマ。それは違うぞ。」







 私とエマの会話を聞いたカールさんが訂正した。ガブリエラさんが言ったエマに贈る『最初の一着』とは『最初の年のそれぞれの季節に着るための一着』という意味だというのだ。


「えっと、それはつまり、ガブリエラ様がエマに春夏秋冬4着分のドレスを贈ってくれるってことですか?」


「そうです。あと女性貴族ならそれに合わせた靴や装身具なども準備しますから、総額は恐らく6万Dを下らないと思います。」


「6万D・・・。」


「エマ!?」


 金額を聞いたエマがひゅっと息を呑んでまた気絶してしまった。その後、目を覚ましたエマと、私とカールさんの三人で、学校生活に向けてどのくらいお金が必要かを話し合った。


 カールさんは王国の財務官吏だっただけあって、すごくお金に詳しい。その日から私たちは、カールさんからお金を管理するための方法、具体的には家計簿のつけ方を教わることになったのでした。











 ドーラとエマがガブリエラの屋敷を出た後、商人のカフマンがガブリエラを訪ねてやってきた。ガブリエラは侍女のジビレを下がらせ、カフマンと二人きりになった。


 カフマンは執務室の周囲に人気ひとけがないのを確認してから、彼女に話し始めた。


「ガブリエラ様、ご依頼の件、手筈通りに進んでいます。」


「それは何よりです。資金の方は大丈夫ですか?」


「はい。ガブリエラ様が考案された魔法薬の売れ行きは上々です。上級貴族の女性たちが先を争って購入してくださいますよ。」


 ガブリエラはそれを聞いてほくそ笑んだ。彼女は美肌効果のある魔法薬に加え、他にも数種類の美容薬を作り出し、カフマンを通じて販売させていた。これは上級貴族の女性たちにしか流通させていない。


 その希少価値からかなりの値段にも関わらず売れ行きは好調で、かなりの利益を上げることが出来ている。






 ガブリエラは魔法薬の原料を思い浮かべながら、彼に答えた。


「迷宮攻略で多くの希少な植物系素材が手に入ったし、温室での薬草栽培も順調だからまだまだ稼げそうね。サローマ領での養蜂の首尾はどうかしら?」


「はい。妖精の森で行った今年の実験で、やっと実用化のめどが立ちました。伯爵様にも協力をしていただいて、共同事業という形で運営することになりそうです。」


「それは重畳。テレサ様の伝手で、他国から養蜂職人を呼び寄せた甲斐がありましたね。」


 雪の降らない温暖湿潤なサローマ領での養蜂が軌道に乗れば、さらにサローマ領は栄えることになる。そうすれば王都領とサローマ領の中継地であるこのハウル村も、ますます発展することだろう。






「収益の私の取り分の4割は次の事業に回して頂戴。あとはいつも通りにお願いするわ。・・・様子を教えてもらえるかしら?」


「はい。生活が安定したことで領民の流出が止まりました。領都にも人が戻っています。今年の冬は餓死者が大幅に減少すると思いますよ。誰もかれもがミカエラ様に感謝しています。ただ未だにバルシュ家に対する根強い恨みを抱いている者も少なくありません。」


「そう。春までに何とかしておきたかったけれど、仕方がないわね。今後も積極的に投資を行って頂戴。春以降のことについては、また改めて話します。」


「ガブリエラ様、本当によろしいのですか?ミカエラ様やドーラさんは、このことを・・・。」


 言いかけたカフマンの言葉を、ガブリエラが遮るように口を開いた。


「まだ話してはいません。ただ、これが一番良いのです。」


 そう言って背を向けたガブリエラに、カフマンが言葉を投げかける。






「私はドーラさんのために、ガブリエラ様の計画に力を貸してきました。決してこんな結末を迎えるためじゃありません。・・・ドーラさんは納得しませんよ、きっと。」


 しかし彼女は背筋をしっかりと伸ばしたまま振り返ることなく、傲然と顔を上げて言った。


「あの子が納得する必要はありません。これは私が決めたことなのですから。・・・二人には近いうちに私から話します。」


 カフマンはガラス越しに彼女を見た。ガラス窓に映る彼女は胸に両手をぎゅっと押し当て、唇をきつく引き結んでいた。


 窓の外は一面の雪景色が広がっている。その前に立つ純白の髪をしたガブリエラの姿はとても儚げで、今にも雪の中に溶け込んで消えてしまうのではないかと、カフマンには思えてならなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師


所持金:現在集計中

読んでくださった方、ありがとうございました。

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