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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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106 深き森の迷宮 第三階層 後編

主人公が出てきませんでした。

 深き森の迷宮・第三階層。テレサ率いる『聖女の導き』一行は、無数の金属線の罠が仕掛けられた傾斜のある長い通路にいた。通路の壁を調べているガレスの手元を覗き込みながら、エマが声をかけた。


「どうですか、ガレスさん。」


「ああ、エマの言った通りだ。どうやらこの金属線が当たりみてえだな。ロウレアナとハーレの方はどうだ?」


 罠解除の道具を使って、無効化した罠を調べていたガレスが二人に声をかけた。


「この辺りの床と壁だけ、わずかにですが反響音が違います。中に空洞があるかもしれませんね。」


 床に耳を付けて音を確かめていたロウレアナが答えた。彼女の横には戦槌の柄であちこちの床や壁をこつこつと叩いているハーレがいる。彼女の答えを聞いたガレスが仲間に言った。


「よし、じゃあ罠を作動させてみるぜ。皆、下がっていてくれ。」






 あらかじめ確かめておいた安全な場所に仲間が下がったのを確認したガレスは、金属線の固定を解除し、離れたところから錘を付けたロープを投げて金属線を揺らすことで、罠を発動させた。


 一人離れて作業をするガレスを心配そうに見つめる彼らの前で、ガレスの足元ぎりぎりの床が突然消え去るように開いた。それと同時に壁の一部が音を立てて奥へと動き、膝くらいの高さに大人が数人入れる程の四角い窪みが出現した。


 開いた床に現れたのは、洞穴の横幅いっぱいの長さを持つ大きな落とし穴だった。縦幅は大人の足で4歩分ほど。その穴の底は闇に閉ざされ、見えないほど深い。


 ガレスは壁の左右に開いた窪みをさっと見て確認し「右壁の窪みに入れ!」と叫んで走った。全員が窪みに飛び込むと同時に、傾斜の上方から激しく水の流れるような音が聞こえてきた。


 渦を巻き、飛沫を上げながら流れ落ちてきたのは、ツンとする匂いのする緑色の液体だった。窪みに避難した彼らの足元を通路全体に広がった液体が轟音を上げ、流れていく。


 僅かに飛沫の当たった外套やブーツの表面が、じゅうじゅうと音を立てて溶け崩れていく。どうやらこれは強力な腐食性の液体のようだ。


 液体は床に開いた落とし穴に流れ込み、やがて消えた。液体の流れた後の床は、磨き上げたようにすべすべになっていた。


 腐食液がすべて流れ終わると、壁と床の一部が動いて再び元のように閉じた。一行は再び通路に降り立った。






 恐ろしい光景を目の当たりにして顔色の悪くなったエマの手を、テレサがそっと握った。


「危ないところでしたね。あなたがこの仕掛けに気付いて、ガレスさんが金属線を見つけてくれなければ、私たちは皆、今頃溶けて消えてしまっていたでしょう。ありがとうエマ。」


 目の高さにかがみ込んでにっこりと微笑むテレサに、エマも控えめな笑顔を返した。


「本当に凶悪な罠ですよね。うっかり引っかかったら、落とし穴の底であの液を浴びることに・・・。」


 ハーレが心底恐ろしいというように体を震わせた。仲間たちも彼女に同意するように頷き、今は継ぎ目すら見えなくなった落とし穴を見つめた。


「罠と回避手段の起動が同時に仕込まれてるってのが、底意地悪いぜ。確かにこれなら『通路を完全に塞ぐ』ことにはならねえ。エマ、よく気が付いたな。」


 ガレスが手袋を外した手でエマの金色がかった薄茶色の髪をわしわしと掻き回す。エマはそれでようやく心を落ち着けることができた。






 エマが気が付いたのは、ガレスが丁寧に解除した罠の中に、傾斜の罠を回避する方法が隠されているのではないか、ということだった。


 彼らはこれまでガレスのおかげで一つの罠も作動させずに済んでいた。だがもし、彼がいなければいくつかの罠が作動していたはず。迷宮の制約上、必ずあるはずの傾斜の罠の回避手段が見つからないということは、これまで作動していなかった『罠に掛かること』が回避手段なのではないか、と仲間に提案したのだ。


 しかしあまりにも飛躍しすぎなその考えに、仲間たちは賛同しなかった。ガレスの言う通り、この通路は『はずれ』で、他の通路が先へ進むための道に通じているのではないかと反対した。だがエマはそんな仲間にこう言ったのだ。


「ガレスさんが何かあるって感じたってことは、きっとこの先が迷宮核ダンジョンコアへ通じる通路に間違いありません。私はガレスさんの勘を信じます。」


 そう言い切ったエマの言葉に、ガレス以外の全員が納得させられてしまった。


 仲間たちに説得され、「そんな無茶苦茶な話があるかよ」とぼやきながらも、ガレスが罠を一つ一つ調べなおした。そしてロウレアナとハーレが壁の空洞を発見することで、傾斜の罠を回避することができたのだ。






 回避手段が見つかったことで、彼等はこの傾斜の通路の先に進むことにした。その後も他の罠に紛れる形で設置されていた落とし穴の罠を発動させるたびに腐食液が流れ落ちてきたが、外套やブーツが傷む以外の被害は受けることなく、進むことができた。


 回避の度にガレスは左右どちらかの壁の窪みに入るよう、仲間たちに指示した。エマはその理由をガレスに尋ねた。


「左右の窪みは明らかに大きさに差があるだろう?だから小さい方を選ぶようにしてるのさ。」


「そうでしたっけ。そこまで気が付きませんでした。じゃあ、なぜ小さい方を選んでるんですか?」


「うーん、なんとなくなんだが、この状況だとつい、でかい方の窪みに入りたくなるだろ。それがなんかイヤなんだよ。理由って程のもんはねえ。ただの勘さ。」


 ガレスはそう言って、白髪でまだらになった頭をぼりぼりと掻いた。エマは改めて彼の観察力に驚かされた。そして大きい方の窪みには絶対に入らないようにしようと思ったのだった。






 急勾配が終わり、傾斜がだんだん緩やかになった辺りで、落とし穴を作動させ腐食液を回避した後、通路の奥から何か大きなものがドシンと閉じるような音が聞こえた。彼等は再び前進を始めた。やがて長い通路は終わりを迎え、通路の突き当りが見えてきた。


「ほらお姉様、立派な扉がありますよ!」


 ハーレが前を指さしてテレサの方に振り向きながら言った。彼女の言う通り、突き当りの壁には大人が数人、横に並んで通れるくらいの立派な金属製の扉が付いていた。ガレスが足を止めて、床を指し示した。


「この床に壁の動いた跡がある。多分、すべての落とし穴の罠を起動させることで、あの扉が現れる仕掛けだったんじゃねえかな。」


 彼の言う通り、壁の一部の色が変わっている部分があり、その上には大きく口を開いた醜い怪物の巨大な顔の浮彫レリーフが施されていた。開いた怪物の口が磨かれたようにつるつるしていることから、どうやらあの腐食液はここから排出されていたらしい。


 ガレスは安全を確かめるため、仲間を待たせて先に進もうとした。だがその時、彼の後ろから鋭い声が上がった。







「上です!!」


 ガレスが上を見ることなくそのままさっと体を翻すと同時に、上空から白い糸状の粘液が降り注いできた。声を上げるとともに放たれていたロウレアナの矢が、暗闇にすっと吸い込まれたかと思うと、「ぎゃっ」という醜い悲鳴が上がった。


 その声が合図になったかのように、闇に閉ざされた見上げるほど高い天井に、いくつもの赤い光が浮かび上がった。それを見たエマが短杖を天井に向けて振り上げ、呪文を詠唱した。


「現れ照らせ!《絶えざる光》!」


 彼等の頭上に太陽のような明るさを持つ白い光球が現れ、通路の天井を明るく照らした。その光が浮かび上がらせたのは、壁の浮彫そっくりの醜い顔をした怪物たちの姿だった。


 皺だらけの醜い老人に似た顔には、大小合わせて6つの赤く輝く目と粘液の滴る巨大な牙を持つ口があった。大きく広がった耳とは逆に、ほとんど縦穴だけといってよい潰れた鼻。


 筋肉の盛り上がる逞しい腕を持つ猿の上半身は黒く硬い毛に覆われ、それは同じ毛でおおわれた巨大な蜘蛛の下半身にまで続いている。壁に体を固定している六本の蜘蛛の足の先には、毒々しい紫色をした鋭い爪があった。


 ロウレアナの矢は、ガレスの真上に潜んでいた怪物の目を、過たず貫いていた。醜怪な顔を歪め、怒りの声を上げる6体の怪物たちは、彼等に尻を向けるとそこから彼らの頭上めがけて白い粘液を噴射した。






 咄嗟にエマとテレサを庇ったハーレとディルグリムがまともに粘液をかぶった。二人はそのままぶつかって、もつれ合って床に倒れた。片足を粘液に絡み取られたガレスが叫んだ。


蜘蛛猿スパイダーエイプだ!粘液糸に捕まるとヤバい!エマ、火の魔法を・・・!」


 そこまで言ったところでガレスは、新たに降り注いだ粘液を体中に浴びて身動きが取れなくなってしまった。顔を粘液に塞がれ、呼吸もままならない。






 一方、ディルグリムは、床にもつれるように倒れたハーレの薄い胸の上に顔面を張り付かせたまま、身動きが出来なくなっていた。


「ちょ、動かないでください!!きゃあ!!」


「むぐぐ、むぐううぐう!!(息が!!息がああ!!)」


 空気を求めてディルグリムは必死に頭を動かすが、そのたびにハーレの法衣が顔に巻き付いてますます呼吸が困難になる。


 二人の様子を見たテレサは道具袋を下ろすと、丸めて背負っていた毛布をさっと広げてエマの前に立った。テレサは飛んできた粘液を、毛布を翻して絡み取り、詠唱を始めたエマを守る。それを見た蜘蛛猿たちは、身動きのできなくなった三人にとどめを刺すため、次々と壁を伝って降り始めた。


「エマ、長くはもちません。」


 エマはその言葉に目だけで頷いて詠唱を続けた。だがエマの詠唱が完成するよりも早く、少し離れたところで粘液の攻撃を免れていたロウレアナの魔法が発動した。






「世界を満たし潤す清らかな流れに住まう者よ。水との縁を結びし森の子ロウレアナが呼び掛ける。盟約によりて我が力を糧とし、今ここに水の化身となって現れ出でよ。《精霊召喚:清流の乙女ウンディーネ》」


 ロウレアナが腰に付けた水袋の中身を空中にばら撒くとその水は空中で寄り集まり、やがて半透明の体を持つ美しい娘の姿に変わった。


 召喚された清流の乙女は、ロウレアナに水で出来た矢を差し出した。矢を受け取ったロウレアナは、それを弓につがえると通路に降りてきた蜘蛛猿たちの頭上めがけて放った。水でできた矢は空中で分裂し、無数の矢の雨となって蜘蛛猿たちに降り注ぐ。


 蜘蛛猿の硬い毛に阻まれて深手を負わせることはできなかったが、それでも牽制するには十分だった。蜘蛛猿たちが怯んだところで、エマの呪文が完成した。






「すべてを焼き尽くす紅蓮の炎よ。我が魔力によりて深き地の底より湧きで、我らを守る灼熱の盾となれ。《炎陣》!!」


 エマの足元に赤く輝く魔方陣が出現したかと思うとたちまち広がり、仲間たちを魔方陣の中に取り込んだ。そして魔方陣の外周に沿って地面から炎が吹き上がり、彼等を守る円形の炎の壁を形成した。炎の壁の厚さは大人が両手を広げたほどもある。


 突然出現した炎の壁に驚いた蜘蛛猿たちは、慌てて壁を伝い天井へ移動を始めた。エマはその隙に《点火》の魔法を使ってガレス、ハーレ、ディルグリムを捕らえている白い粘液糸を焼き払った。粘液糸は炎に弱いらしく、あっという間に燃え上がって消えた。


 ガレスとディルグリムは赤い顔をして大きく深呼吸を繰り返した。ハーレはお腹のあたりまでずり上がってしまった白い法衣を直すと慌てて立ち上がり、戦槌ウォーハンマーを構えて怒鳴った。






「もう怒りました!絶対に許しませんからね!」


 彼女は鬨の声をあげ、天井から炎の壁の内側に飛び降りてきた蜘蛛猿に向って突進すると、大きく振りかぶった戦槌の刺突部ピックを蜘蛛猿のこめかみに叩き込んだ。蜘蛛猿は瞬時に絶命し、その巨体は音を立てて床の上に崩れ落ちた。


 ロウレアナは清流の乙女の矢を、エマは《石弾ストーンバレット》の魔法を使って、次々と蜘蛛猿たちを射落とした。炎の壁の上に落ち、全身を焼かれてのたうつ魔獣に、ディルグリムとハーレがとどめを刺す。


 蜘蛛猿たちは毒牙や毒爪で反撃を試みるが、テレサの防御魔法がそれらをすべて退けた。やがて最後の蜘蛛猿の首をディルグリムの小太刀が刎ね飛ばし、戦闘は終結した。






 テレサとハーレがケガや火傷を負った仲間を癒している間に、手の空いたメンバーが素材と魔石の回収を行った。


「初めて出会う魔獣に驚きましたけど、撃退出来てホッとしましたね。」


「ああ、そうだな。」


 素材回収をしながら話しかけてきたエマに、ガレスはぶっきらぼうな返事を返した。エマは特にそれを気にした風もなく、ガレスの指示に従って、採集用のナイフを動かしている。


 蜘蛛猿は単体であっても、上級の冒険者一行がかなりの苦戦を強いられる程の強敵だ。それを6体同時に撃退できるとは。


 彼は改めてこの『聖女の導き』の力量に驚かされた。そしてそんな彼らと肩を並べて戦うことのできない自分を、少しだけ残念に思った。以前の彼なら、きっとこのまま彼らと一緒に冒険しごとを続けることはできなかっただろう。


 だが今の彼は、昔の彼とは違う。戦う力を奪われ、仲間を亡くし、酒に溺れて、捨て鉢になっていたかつての自分とは違うのだ。


 自分には若い仲間を守り導くという使命がある。その思いが彼を支えていた。隣で採集をするエマを見ながら、彼は絶対にこの冒険を最後まで完遂させようと心に誓った。たとえこれが自分にとって、最後の冒険しごとになったとしても・・・。






 一行の出発の準備が整ったところで、ガレスは通路の突き当りにあった金属扉を調べることにした。罠はないようだが、鍵がかかっている。だがそれほど複雑なものではない。彼は道具袋から鍵開けの道具を出して鍵穴に差し込み、鍵を開けた。


 鍵の開くかちゃりという音を聞いて、若い仲間たちが感嘆の声を上げた。


「ガレスさん、罠の解除といい鍵開けといい、本当にすごい技ですね!」


 エマが感じ入って発した言葉に、ガレスは自嘲するように笑いながら答えた。


「いや、見様見真似で身につけた付け焼刃さ。大した事ねえよ。」


 これらの技は片目を失い、挌闘弓術士バトルアーチャーとして戦えなくなってから身に付けたものだ。かつての仲間と再び冒険をするために、彼は必死になって新たなスキルを身に付けた。だがそれも今となっては、すべて過ぎ去った夢だ。


 心配そうに自分を見つめるエマの目に気付いた彼は、取り繕うようにニヤリと笑い、仲間に先に進むことを促した。彼は慎重に扉を押し開けた。






「下りの階段・・・!!まだ続きがあったのか・・・。」


 ディルグリムががっかりしたように呟いた。扉の向こうにあったのは下に向う階段だった。立派な扉があったので、てっきり中に迷宮核ダンジョンコアがあるのではないかと期待していたのだ。だがどうやら下にはまだ階層があるらしい。


 階段は右向きに下る螺旋階段だった。階段は切り出したように美しい石で出来ていた。壁や天井もまったく同じ材質だ。これまでの洞穴の通路と違い、まるで聖堂の尖塔の中にでもいるような感じがするとテレサは思った。


「照明がないのに明るいですね。」


 ロウレアナが辺りを見回しながらそう言った。どうやら壁や天井自体が薄く発光しているようだ。文字を読むには少し暗いが、お互いの姿を確認するには十分な明るさだった。これまで明かりの魔法に頼って進んできた暗い洞穴とは大違いだ。


「いよいよ核に近づいているのでしょう。気を引き締めていきましょうね。」


「分かりました、お姉様!さあ、早く降りて迷宮をやっつけましょう!」


 早速階段を降りようとするハーレをガレスが止めた。






「まあ、待て。俺が先頭で行く。」


 ガレスは先頭に立ち、仲間の隊列を整えると、道具袋からロープを取り出して全員で握るように言った。そして簡易天幕を張るための棒を使って、階段を一段ずつこつこつと突きながら進んでいった。しばらく降りると、彼は立ち止まり仲間に「これを見な」と言った。


 ガレスが足元にある階段を棒で突く。だが棒は階段にぶつかることなく、スッと棒の先を飲み込んだ。驚く仲間に彼は言った。


「幻影の階段だ。この手の迷宮によくあるのさ。」


 調べてみると三段分の階段が幻影で作られていた。知らずに踏み込んだら確実に落ちていたはずだ。ガレスは仲間たちに「俺が踏んだ場所以外は絶対に踏むんじゃねえぞ」と言い、再び階段を降り始めた。


 幻影の階段の他にも、踏むことで作動する罠がいくつも仕掛けられていた。巧妙に幻影で隠された壁の隙間から、槍や矢が飛び出してくる罠だ。ガレスはそれを一つ一つ回避しながら下に降りていった。






 長い階段を終わると、再び金属扉があった。彼はまた開錠して、慎重に扉を開いた。扉の向こうは10歩四方ほどの正方形の小部屋だった。入ってきた金属扉の向かい側に、美しい装飾がされた木製の扉があった。恐らく真鍮製だろう思われるのドアノブは磨き上げられたような輝きを放っている。


 小部屋に入ろうとしたガレスを、テレサが呼び止める。


「何か強い魔法の気配を感じます。気を付けてください。」


 鋭敏な魔力感知力を持つテレサは、この小部屋の中に満ちる魔力を感じ取った。ただそれがどんなものなのかを知ることはできなかった。ガレスは慎重に足を踏み入れ、部屋の中をくまなく調べた。


「特に罠らしきものはないようです、司祭様。この木の扉にも仕掛けはありません。」


「・・・そうですか。では行きましょう。」


 閉じこめられることを警戒して、ガレスが木の扉を開けてから、彼等は小部屋の中に入った。ガレスによると、部屋の向こうは廊下になっているようだった。


 ロウレアナが小部屋に足を踏み入れた途端、部屋の床に魔方陣が浮かび上がった。






「まずい!魔法の罠だ!」


 その声を聞いてすぐに、エマは開いたままの扉から、部屋を飛び出そうとした。だが次の瞬間、くらりとめまいのようなものを感じ、体がふわっと浮き上がる感覚を味わった。この感覚は知っている。これは《転移》の魔法だ!!


 次の瞬間、エマはさっきまでいた小部屋と、まったく同じ形の小部屋に立っていた。唯一の違いは、第三階層から降りてきた螺旋階段へと続く金属の扉がないことだ。おそらく迷宮内の別の小部屋に《転移》させられたのだろう。


 深き森の迷宮・第四階層。『強制転移の罠』にかかり仲間と切り離されたエマは、魔法の薄明りに照らされた小部屋の中でただ一人、途方に暮れて茫然と立ち尽くすばかりだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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