表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
11/188

10 徴税官がやってきた 後編

11月の間、更新ペースが落ちると思いますが、必ず最後まで書き上げるつもりです。もしよかったら、またご覧になってください。

 裸になればいいと思っていた私だけれど、どうやらそれは人間らしくない振る舞いだったようだ。失敗したことの恥ずかしさに思わず涙目になりながら服を着終わった頃に、フランツさんが自分の斧を持って帰ってきた。カールさんはピカピカと銀色に輝く斧を見て目を見張り、私に尋ねてきた。


「これをドーラさんが修理したんですね?元からこんな輝きを放つ斧でしたか?」


「えっと、丈夫にしようと思って、ちょっと素材を足しましたけど・・・。」


「!! それはどんな素材ですか!?」


 私のふんです、とは絶対に言えない。言いたくない。本人の前で恩人の斧に糞を混ぜたなんて、口が裂けても言えっこない!!






「えっと、たまたまあったというか、拾ったというか、ハハハ・・・。」


「どこで?どこで拾ったんですか!?」


「えーっと、どこだったかな?確か川だったかな?」


「ドルーア川で・・・。なるほど。それなら分かります。」


 私が不思議そうな顔をしていると、カールさんが教えてくれた。


「ドルーア川の源流があるドルーア山は、貴重な魔法鉱物が非常に多く産出する聖なる山なんです。ドルーア川のほとりでも稀に見つかることがあるんですよ。こんなに下流で見つかるのは珍しいですけどね。」


 へー、そうだったんだ。私のねぐらがあるのにそんなこと、ちっとも知らなかった。カールさんはさらに続けて言った。


「私は『錬金術師』ではないのでこの斧にどんな鉱物が使われているかまでは分かりませんが、この輝きから考えて何らかの魔法鉱物が含有していると思われます。」


 説明されてもよく分からないけど、どうやら私が糞を混ぜたことはバレてないみたい。よかったー!!


「ドーラさん、あなた自身は覚えていないようですが、どうやらあなたは『錬金術』の心得があるようです。王都にこの斧を持ち帰って、錬金術師たちに見せれば、あなたの昔のことを知る手掛かりになるかもしれません。」


 カールさんがそういうと斧を心配そうに見つめていたフランツさんが、驚いて何か言いかけたが、ぐっとその言葉を飲み込んだ。普通に立っているように見えるけれど、フランツさんの両手は固く握りしめられている。






「ちょうぜいかんのおにいちゃん、お父さんの斧、持っていっちゃダメ!お父さん、お仕事できなくなっちゃう!!」


 私たちのやり取りをマリーさんと一緒にじっと聞いていたエマが、カールさんに向かって叫ぶ。驚いたマリーさんがエマを守るように胸にきつく抱き寄せると、そのまま床に跪いた。


「ルッツ徴税官様、子供が大変失礼なことをして申し訳ありません!どうかお許しください!!」


「この子はまだ4歳なんで、自分のしたことがよく分かってねえんです!徴税官様に逆らうつもりなんて無かったんです!!俺が代わりに罰を受けますから!!どうか!!」


 フランツさんもマリーさんと同じように床に膝をついて座り、カールさんの足元の床に額をつけた。エマは両親の様子を見て、自分のしたことが悪いことだったと気が付いたようで、青ざめた顔で涙を必死に堪えている。


 私は三人の突然の行動にあっけにとられて、その場に立ちすくんでしまった。でもエマの泣き顔を見たとき、私は体の奥から熱い塊がこみあげてくるのを感じた。






 次の瞬間、地面の下からズンっと突き上げるような衝撃があり、私たちのいる集会場の建物がギシギシと音を立てて揺れた。マリーさんとエマが悲鳴を上げる。地鳴りの音は次第に大きくなっていった。


「危ない!みんな建物から出るんだ!!」


 カールさんが叫ぶと同時に、フランツさんがマリーさんとエマを抱えて建物から飛び出していった。続いてグレーテさんをかばいながらアルベルトさんが出ていく。


「ドーラさん、あなたも早く!」


 カールさんは私の手を取ったが、私は動けなかった。自分でも抑えきれないほど、感情と魔力が昂っている。でも自分ではどうすることもできない。


「ドーラさん、すみません!!」


 カールさんは立ちすくんだまま動けないでいる私を横抱きに抱え上げると、大きく揺れる集会場から飛び出した。私たちが飛び出すと同時に、丸太を組み合わせて作っただけの集会場は大きな音を立てて崩れた。


 その衝撃でカールさんと私は地面に投げ出された。地面に落ちる瞬間、カールさんは体を大きくひねり、私をかばって背中から倒れた。


「ぐうっ!!」


 カールさんが苦痛の呻きを上げる。彼は私の頭を胸にぎゅっと抱き寄せて私を守ってくれていたが、呻き声とともにカールさんの手が離れたため、私たちは別々に地面に転がった。


「ドーラおねえちゃん!!」


 私が体を起こして周りを見ると、エマが涙と鼻水でべしゃべぢゃになった顔で私に抱き着いてきた。私もエマをぎゅっと抱きしめる。エマの心臓の音を聞いているうちに、次第にあたりに響いていた地鳴りが収まっていった。


 村の人たちも崩れた集会場のあたりに集まってきた。アルベルトさんが皆を集め、ケガをした人がいないか確認している。


 フランツさんとマリーさんは倒れたカールさんに手を貸して地面から起き上がらせた。カールさんは二人に礼を言った後、アルベルトさんと一緒に村の人たちの安否を確認していった。






 村の人たちが集まってアルベルトさんとカールさんの話を聞いている間、私はようやく泣き止んだエマの顔を自分の服で拭ってやった。でもエマはまだ不安そうな顔をしている。


「ごめんね、エマ。」


 エマは謝る私を怪訝そうな顔で見つめていたが、やがて顔をくしゃっと歪めて私に言った。


「ドーラおねえちゃん、ちょうぜいかんのおにいちゃん、お父さんの斧、持って行っちゃうのかな?」


 私はエマを安心させようと、笑って話しかけた。


「大丈夫よエマ!エマや村の皆をいじめるつもりなら、私があのカールっていう人をやっつけて、追い出しちゃうから!」


 私は自信満々にそう言った。私は昔、妖精たちの森や花畑を荒らす光や闇の神の眷属たちを追い払っていた。私の大事な人たちを傷つけるなら、あの人も同じようにやっつけてしまえばいいのだ。







 でも私は、エマから窘められてしまった。


「おねえちゃん、いくら嫌なことがあっても乱暴はダメってお母さん言ってたよ。おねえちゃんは力持ちなんだから、弱い者いじめはダメでしょ?」


「あ、はい・・・。ごめんなさい。」


 素直に謝った私の頭をエマがいい子いい子するように撫でてくれた。でも、カールさんは斧を持っていきたいみたいだし、フランツさんはそれを止められないみたい。どうしたらいいんだろう?


「エマはどうすればいいと思う?」


「うーんとね、斧じゃなくて他のものならあげてもいいと思う。私がおねえちゃんからもらったこのきれいな石じゃダメかな?」


 エマはそう言ってスカートの前ポケットから、きらきら虹色に輝く麦粒くらいの石を取り出した。これ私の涙が固まってできた石だ。眠りから覚めると大概寝台の周りに落ちている。あくびしたときにできたのかもしれない。私の寝台の周りにこれが落ちてるのに気づいたエマが欲しがったので、拾い集めてあげている。


 きらきらしてきれいだけど、ただの涙の固まりだしやっぱりダメじゃないかな?


「それ、ただの石だしねー。ところでエマの言ってる他のものって、村の人が持ってる他の斧ってこと?」


「ううん、それじゃだめだよ。他のおうちのお父さんやお兄さんたちがお仕事できなくなっちゃうでしょ?。それに他の斧はお父さんの斧みたいにピカピカじゃないし、カールおにいちゃん喜ばないと思う。」


 私が糞を混ぜて丈夫にしたのはフランツさんの斧だけだ。他の斧や鎌は《金属形成》と《素材強化》して丈夫にした後、《研磨》で磨いた。やっぱり自分の糞を人にあげるのって抵抗があるっていうか・・・。


 でもエマが言うように、ピカピカしてるものじゃないと喜んでくれないかも。私とエマはカールさんの方を見ながら、二人で頭をひねった。







「ねえ、見てエマ!カールさん、腰に剣をつけてる。剣じゃダメかな?」


「そうだね!斧じゃなくて剣ならいいかも!でもおねえちゃん、剣持ってるの?」


「あるよ!待っててね、今持ってくるから!」


「あたしも行く!ドーラおねえちゃん、待って!」


 私たちは幻覚魔法を使ってその場をこっそり抜け出し、フランツさんの家に向かった。屋根裏の私の寝台の下から、道具袋とボロボロになった剣を取り出す。


「これって、おねえちゃんが村に来た時にもってた剣?」


「うん、そうだよ。あの後、拾ってしまっておいたの。」


 私はあの森の中で出会った男の人からもらった(?)剣を、洗濯場から回収して大事に持っていた。いつかまた出会ったら返そうと思っていたけれど、もう会うことも無さそうだし、代わりになるものがないので使ってしまうことにする。名前も知らない男の人、ありがとうございます!大事に使わせてもらいますね!


「ねえエマ、これから剣をピカピカにするけど、どうやったか皆には内緒にしててくれる?」


「うん、分かった!私、誰にも言わないよ!」


 自分の糞を使ったことが皆に知られるのは恥ずかしいので、エマに黙っているようにお願いしてから、私は魔法の《収納》倉庫から糞を取り出した。


「何それ!?すっごくきれー!!」


 確かに見た目はきらきら輝く水晶みたいできれいなのだけれど、やっぱり糞なので見られるのは恥ずかしい。エマはちょっと欲しそうな顔をしていたけど、これだけは絶対にあげられない!


 私は《錬成》の魔法を使って剣と糞を混ぜ合わせ、《素材強化》と《金属形成》で剣の形を作った。赤熱した金属の放つ強い光が屋根裏を明るく照らす。エマの目が光で傷まないように、私はエマの目をしっかりと手で塞いだ。


 エマの「カールおにいちゃんが斧よりもこの剣を欲しがるように、普通じゃなくてもっときれいな形にしたらどうかな?」というアドバイスに従い、私は剣の形を工夫する。私の友達で唯一剣を持っていた妖精騎士エルフィンナイトの片手剣を参考に作ってみた。


 完成した剣は、我ながらなかなかよくできたと思う。エマもすごくきれいだと誉めてくれたので、とてもうれしくなってしまった。せっかくなので二人で相談して、私の涙の石も剣の飾りに使うことにした。






「すごくいいのができたね!これからカールさんも斧を欲しがらないんじゃないかな?」


 私の言葉にエマはそうだねと言った後に「あっ!」と声を上げた。


「おねえちゃん!こんなにきれいな剣だと、カールおにいちゃんが持って帰るときに、誰かに盗られないかな?」


 確かにエマの言うとおりだ。妖精騎士もいたずら好きの風の妖精から、剣によくいたずらをされて困っていたっけ。私は道具袋から魔導書を引っ張り出し、カールさんがこの剣を無くさないようにする魔法を探す。


 契約魔法の《制約》っていう魔法をちょっと弄ればいいのができそうな気がする。私はエマと相談しながらカールさんが剣をちゃんと持って帰れるような魔法を作っていった。






「エマ!?エマ、どこにいるの!?」


「エマ!!ドーラ!!どこだ!?」


 私が村長のアルベルトとともに村人の安否確認を終え、一人のけが人も出なかったことに胸をなでおろしていると、倒壊した集会場の前からフランツ夫妻の声が聞こえた。


「ドーラさんとエマさんがどうかしたんですか?」


「ちょっと目を離したすきに、二人ともいなくなっちまったんでさあ。」


 私が二人に駆け寄り尋ねると、フランツが弱りきった顔でそう答えた。そういえばフランツの斧は倒壊した集会場の中に置き去りだ。まさか探しに入って潰されたのか?


 私と同じ懸念を二人も抱いているようだ。私がアルベルトに村人を集めて捜索をするよう依頼しようとしたとき、遠くの方からこちらに駆けてくる二人の姿が見えた。


「おかーさーん!おとーさーん!!」


「エマ!?それにドーラ!!あんたたち、どこに行ってたんだい!?みんな心配してたんだよ!!」


 マリーにものすごい剣幕で叱られて、二人はたちまち塩をかけた青菜のようにしおれてしまった。






「そのくらいにしてあげてくださいマリーさん。エマさん、勝手にいなくなってはダメだって分ったかい?お母さんは君のことをすごく心配していたんだよ。」


 涙目になったエマに私がしゃがみ込んで話しかけると、エマはこっくりと頷いた。


「おかーさん、ごめんなさい!!」


 エマがマリーに抱きついてわんわん声を上げて泣き始めた。マリーもエマを強く抱きしめている。マリーの目にも涙が光っていた。私はその姿を見て、亡くなった自分の母のことを思い出した。不覚にも目頭が熱くなり目を逸らすと、そこにいたドーラと目が合った。


「エマのことを心配してくださって、ありがとうございます。あと私を助けてくださったことも。あなたはいい人間さんですね。私、あなたのことも好きになりました。」


 ドーラは私に向かって愛らしい笑顔でそういうと、ぺこりと頭を下げた。私は「どういたしまして」と返すのが精いっぱいだった。頭の中では彼女の言った『好きになった』という言葉がぐるぐると回っていた。


 私のことを眺めていたドーラがスッと私に体を寄せてきて、私のお仕着せの上着に手を伸ばした。


「この服、私をかばったときに・・・。」


 私のお仕着せは泥で汚れている。特に背中はひどいことになっていた。かなり強く地面にたたきつけられたのに、ケガをしなかったのが不思議なくらいだ。


 ドーラはじっとそれを見つめていたが、突然私に《洗浄》の魔法を使った。魔法の水が空中に現れ、私の服の汚れを洗い流して再び空中に消えた。


 お仕着せはしわが残ってはいるものの、おろしたての様にきれいになっていた。たった一回の《洗浄》の魔法であの汚れが落ちるとは。やはり彼女はかなり強い魔力を持っているようだ。ドーラはきれいになった私を見て、ニコニコと笑っていた。


「ありがとうございます、ドーラさん。でも《洗浄》の魔法を他人に使うときには一言、相手に断ってから使うのがエチケットですよ。」


 私がそういうとドーラはさっと顔を赤らめ、おろおろしながら私に言った。


「ご、ごめんなさい!!私、知らないことが多くて・・・。」


 赤い顔でもじもじしているドーラは、神々しい女神というよりは年相応の娘のように見えた。






「大丈夫です。忘れてしまったことも、いずれは思い出す日が来るかもしれません。それまでは少しずついろいろなことを学んでいけばよいのですよ。・・・ところでその包みは?」


 私がそう尋ねると、彼女は抱えていたぼろ布の包みを私に差し出してきた。包みの中身は私が持っているのとよく似た、ありふれた一振りの片手剣だった。


「これは?」


「エマと二人で作りました。これをあなたに差し上げますから、フランツさんの斧を持っていかないでください。」


 ドーラは私の足元に跪き祈りを捧げるように両手を組み合わせた。私はしゃがみ込んで彼女に目線を合わせ、彼女に応えた。


「いくらあなたの頼みとはいえ、こんな何の変哲もない剣ではあの斧の代わりにはなりません。申し訳ないですが・・・。」


 私が彼女を立ち上がらせてそういうと、彼女は満面の笑みを浮かべた。






「何の変哲もない剣に見えるのですね。よかった。実はさっきその剣に魔法をかけたんです。」


「・・・どういうことですか?」


「それをお話する前に、私と一つだけ約束をしてください。その剣で決して人間を傷つけないと誓っていただけますか?」


 彼女は真剣な眼差しで私に問いかけた。突然の問いかけに、何のことかさっぱり状況が分からない。


「ドーラさんなぜですか?私はあなたが何を言っているのか、全く・・・・。」


「お約束していただけないのでしょうか?」


 私が言葉を言い終わる前に、彼女はひどく悲しそうにそう言った。涙の滲む彼女の眼は虹色に煌めき、思わず目を奪われるほどに美しかった。私は彼女を抱きしめたくなる衝動を必死に堪えた。


「わかりました。お約束します。私はこの剣で決して人を傷つけません。・・・これでよろしいですか?」






 私がそう言った途端、私の手の中にあった片手剣が輝き出し、みるみる姿を変えていった。


 無骨な直刃の刀身は美しい緩やかな曲線を描く薄い刃へと変わった。ありふれた十字型の鍔は複雑に蔓草が絡みついたような美しい装飾を持つ鍔となり、柄を握る私の右手を包み込んだ。


 柄は私の手の形に合わせて形を変えた。そしてその柄頭には、きらきらと虹色の輝きを放つ石が嵌め込まれていた。剣から私に魔力が流れ込んでくる。私は剣と一体になったような不思議な感覚を味わった。


「これは・・・魔法剣!!?」


「ここに《誓約》は為されました。それ、私とエマが一生懸命考えて作ったんですよ。その剣にはあなたに敵意を持つものとあなたが望んだ相手以外には、ありふれた剣に見える魔法が掛かっています。これならフランツさんの斧の代わりになりますか?」


 代わりになるどころではない。魔力の低い下級貴族の私であっても、剣から湧き上がる凄まじい魔力の奔流がはっきりとわかる。間違いなくこれは、国宝になってもおかしくないほどの宝剣だ。






「あなたは一体、何者なんですか?」


 私の問いを聞いて、彼女はちょっと考え込んだ後、にっこり笑って言った。


「私はこの村のまじない師ですよ。私、この村が大好きなんです。」


 彼女の無邪気な笑顔につられて、私もつい笑みがこぼれてしまった。


「・・・分かりました、ドーラさん。私はあなたのその答えも含めて、王にこの剣のことを報告しようと思います。あなたがこの村で暮らせるよう、私は全力を尽くします。」


「ありがとうございます、カールさん。でも、もう少ししたら私は『王国』、あなたたちの住む王都とというところに行ってみたいと思っているんです。」


「では、王都で再びお会い出来るかもしれせんね。」


「はい、そのときはよろしくお願いします。」


 ドーラは私に向かってぺこりと頭を下げた後、私に手を差し出した。私は彼女の前に片膝を付くと、彼女の手を取って手の甲にそっと口づけた。


 なぜそんなことをしたのか、私にも分からない。ただ私にはその行為がまるで神から命じられたかの如く、ごく当然のことと思えた。


 先程の《誓約》とやらの効果なのだろうか?それとも私が彼女に恋してしまったせいなのか?


 しかし別にどちらでも構わない。私が彼女を守りたいと思う気持ちは偽らざる本心なのだから。私は赤く染まった彼女の顔を見上げながら、そう確信していた。






 握手しようと思って差し出した私の手に、カールさんが口づけしたのを見て、エマが「お話に出てくるお姫様と騎士様みたい!」と叫んだ。


 カールさんは優雅に立ち上がると、着ているきれいな上着のしわを手で軽く伸ばし、アルベルトさんのところに行ってしまった。二人は何事か話し合っているようだった。


 もうすでにかなり遅い時間だ。青い月を追いかけるように白い月が登ってくるのが見える。壊れてしまった建物の片づけは明日することになり、私たちはそれぞれの家に戻った。フランツさんの家に帰りついたときには、エマはマリーさんの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。


 みんなが寝静まってから、私は一人屋根裏の寝台に腰かけて、さっきカールさんが口づけた右手の甲を眺めた。右手の甲には何の跡も残っていないのに、なんだか熱を持っているみたいな感じがした。


 私はそのまま夜が明けるまで、自分の右手を見つめていた。





 

 翌朝、王都に向かう小舟に乗って、カールさんはハウル村を出て行った。カールさんはここから2日くらい歩いたところにあるノーザン村に行った後、『馬車』で王都に戻るらしい。


 私たちは村人みんなでカールさんを見送った。カールさんは特に何も言わなかったけれど、舟に乗るほんの一瞬、私の方を見た。私はその瞬間、また右手がかあっと熱くなったように感じた。


 エマたちは、川べりを歩く六足牛に曳かれて遠ざかる小舟に、いつまでも手を振っていた。小舟の後ろには、丸太を組んで作った筏がたくさん連なっている。


 私も子供たちと一緒に手を振りながら、カールさんの無事を祈った。


 そのときの私はそう遠くない未来、今とは別の形でカールさんと再会することになることを、まったく予想していなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   木こり見習い

所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚) 

読んでくださった方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ