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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
102/188

98 過去

眠いのに書いてしまいました。

 ハウル村に夏がやってきた。燦々と降り注ぐ太陽がさらさらと流れるドルーア川の川面をキラキラと輝かせる。もうすでに花を開きかけている気の早いひまわりたちを、川を吹き抜ける風が揺らしていった。


 午前中、村の皆と一緒に麦の刈り取り作業を終えた私は、麦の運搬を土人形ゴーレムのゴーラに任せ、おかみさんたちと一緒に農地の真ん中あたりにある村の倉庫に向った。


「マリーさん!みんながお昼ご飯を食べに行こうって言ってますよ。」


「ああ、もうそんな時間なんだね。今、ペネロペにお乳を飲ませてるから、あんたはグレーテを抱っこしててもらえないかい?」






 赤い髪がうっすらと生えているペネロペちゃんを横抱きにしたまま、マリーさんが私に言った。ペネロペちゃんは春の中頃に生まれたばかりの、フラミィさんの娘さんだ。昼間、フラミィさんが仕事に出ている間は、こうやって村のおかみさんたちが交代で小さい子供たちの面倒を見てあげている。


 私は柔らかい敷き藁の上ですやすや眠っているグレーテちゃんをそっと持ち上げた。グレーテちゃんはペネロペちゃんよりも半月くらい遅れて生まれたエマの妹だ。まだ首が座っていないので持ち上げるときはちょっとだけ怖い。


 マリーさんと一緒に他の赤ちゃんの面倒を見ていた小さな子供たちが、それぞれのお母さんのところに走って抱き着く。エマの双子の弟妹、アルベールくんとデリアちゃんもマリーさんのところに走ってやってきた。






 お乳を飲み終わったペネロペちゃんの背中をマリーさんがとんとんと軽くさすると、ペネロペちゃんは大きなげっぷをした。その拍子に口からお乳が少し飛び出し、マリーさんの服を汚す。


 私はすかさず《洗浄》と《乾燥》の魔法で、お乳の汚れを落とした。


「ありがとうドーラ。アルベールとデリアも待たせてすまなかったね。じゃあ、家に戻ろうか。」


 皆で家に向って歩いていると水路沿いの脇道を通って、仕事を終えたフラミィさんがこちらに向かってくるのが見えた。長男のフラムくんも一緒だ。






「マリーありがとう。本当に助かったよ。」


 フラミィさんはマリーさんからペネロペちゃんを受け取ると、しっかりと胸に抱いた。お腹いっぱいのペネロペちゃんは、眠くなってしまったみたいで、フラミィさんの大きな胸の上でうつらうつらしていた。


「いいんだよ、他の子と一緒に見てるから手間は一緒だからね。それより今日はもう仕事はいいのかい?」


「急ぎの仕事だけ、午前中にあらかた片付けてきたよ。後は徒弟たちに任せるさ。」


 フラミィさんは腕のいい鍛冶術師として評判なので、彼女に仕事を頼みたいという人がたくさんいる。だからこうやってマリーさんにペネロペちゃんを預けて、仕事に出かけているのだ。


 この村ではおかみさんたちがみんなで子育てをしている。これはこの村が特別ではなく、大概の農村がそうやっているそうだ。おかみさんたちは貴重な働き手なので、少しでもそれを減らさないようにするための工夫らしい。


 フラミィさんはフラムくん、ペネロペちゃんと一緒に自分の家に戻っていった。





「おう、早かったなマリー!」


「フランツ、戻ってたんだね。ありがとうシルキーさん、助かったよ。」


 家に戻るとフランツさんとシルキーさんが昼ご飯の準備をしてくれていた。今は農繁期なので、どの家でもお昼は簡単に済ませるのが普通だけれど、フランツ家には家妖精のシルキーさんがいるので、温かくて美味しい料理を食べることができる。


 2年前まではグレーテさんとマリーさんが交代で食事の準備をしていた。それを思い出すとちょっと胸の奥がきゅっとなるような気がする。私は目をぱちぱちとさせて涙を引っ込めてから、皆と一緒に食卓に着いた。






 今日のお昼ご飯は焼いた干し魚に、黒パンで作ったお粥、そして温めたヤギのミルクだ。お粥には炙ったベーコンの欠片と香草が入っていてすごく美味しい。この香草は森から帰ってくるときに、フランツさんが摘んできてくれたものだ。


 みんなで楽しく食事をするとどうしても、今、ここにいないエマのことを考えてしまう。エマも今頃、お昼を食べているのかな?


 エマにかけた《警告》の魔法の感じでは、今日は随分森の奥まで入っているようだ。森の中は危険なので、休む場所を見つけるのが大変だとガレスさんが言っていたことを思い出す。どうかエマが無事でありますように。


 私は胸の奥でそう祈りながら、器に残ったお粥を急いでかき込んだのでした。











 ドーラが昼の後片付けを終え、マリーと一緒に午後の仕事へ向かった頃、ハウル村の東に広がる森を探索しているエマ一行は、遅めの昼休憩を取っていた。


「ガレスさん、ロウレアナさん。見張りを交代します。」


「おう、そうか。じゃあ頼むぜ、ディルグリム、ハーレ。」


「任せといてください。エマが使ってくれた《索敵》の魔法もありますから、猫の子一匹だって見逃しませんよ!」


 他のメンバーが休憩を取っている間、周囲を警戒していたガレスとロウレアナはテレサとエマが座っている大き目の木の根に座り、小さな銅の器に携帯糧食と水を入れた。


 エマが手にした短杖を振り、二人の持っている器に《加熱》の魔法を使うと、たちまち器の中の水が沸騰し、よい匂いが漂い始めた。分厚い革の手袋を通しても、器の熱が伝わってくるくらい熱々のスープがあっという間に出来上がった。






「いつもありがとよエマ。魔力の残りは大丈夫か?」


「午前中はまだ2回しか戦闘してませんから、全然平気です。」


 そう言って笑うエマの顔色を確認し、無理はしてないようだと判断したガレスは、ロウレアナと一緒にスープに口を付けた。


 スープの温かさと塩気が疲れた体を癒してくれる。二人は熱いスープをふうふう吹いては口にし、日持ちがするよう固く焼いた黒パンをスープに浸して少しずつ齧った。すると突然ロウレアナが可笑しそうにクスクスと笑い始めた。






「どうした?急に笑い出して。俺の顔になんかついてるか?」


 服の袖で口の周りをぬぐいながらガレスが聞くと、彼女は「ごめんなさい」と謝ってから、言った。


「熱いものを食べるときには、人間もエルフも同じなんだと思ったら、なんだか急に可笑しくなってしまって。」


「なんでえ、そりゃ。もう三年も一緒に居るのに今更かよ。」


 ガレスが呆れた顔でロウレアナを見る。でもロウレアナはフフと笑いながら言った。


「まだたったの三年ですよ。私、最近になって人間の世界にすごく興味が湧いてきたんです。こんなに世界が広いだなんて、里にいた頃は想像したこともありませんでした。」


 無邪気に笑うロウレアナ。その様子は十代半ばの人間の娘とまったく変わらない。彼女とこんな風に話をするようになったのは、一体いつからだっただろうか、とガレスはこれまでのことを振り返った。






 最初はもっと近寄りがたい雰囲気があったのだが、今ではすっかり人間の中に溶け込んでいる。彼女はエルフ族ではまだ成人に達してない年齢らしい。まあ、年相応になってきたってことなんだろう、とガレスは思った。


 彼女は手にした器の中身を示しながら、ガレスに言った。


「人間の作るものってすごいですよね。例えばこの携帯糧食もそうです。これガレスさんが作ったんでしょう?」


「ああ昔、傭兵をしてた仲間から教わったんだ。ただ、その味が酷くてな。何年もかけて改良したんだぞ。」


「これ、とっても美味しいですよね!」






 これは発酵させた豆と塩、ベーコン、何種類かの香草を練ってから薄切りにし、燻製にしたものだ。そのままでも食べられるが、お湯に溶かすとこうやってあっという間に美味しいスープができる。ゆっくり食事をとることができない森での探索に備えて、ガレスが毎回、全員分を準備していた。


 ちょっと独特の匂いがするがとにかく日持ちがするし、持ち運ぶ荷物を減らせるので非常に便利なのだ。飽きないように毎回少しずつ味も変えてある。ガレスはこれを全員が数日食べられるだけの量を必ず準備して、仲間に携行させていた。


 彼はこれを配る時いつも「魔獣に襲われて仲間とはぐれたときでも、食いっぱぐれないようにしとかないとな!」と言っている。用心するに越したことはない。どんな時でも若い仲間を無事に連れ帰ることが自分の使命なのだと、彼は思っていた。






「そのお仲間の方も、まだ冒険者を続けていらっしゃるんですか?」


「・・・いや、迷宮ダンジョンの探索に出たっきり戻ってこなかった。多分、迷宮に食われちまったのかもなあ。」


 ガレスはかつてこの糧食のことを教えてくれた両手剣の戦士のことを思い出す。いつも仲間の先頭に立って道を切り開いてくれる頼もしい男。ガレスが仲間を抜けるとき、一番心配してくれたのも彼だった。


「ごめんなさい、不用意な質問でした。謝罪します。」


 ぼんやりとスープを見つめていたガレスに、ロウレアナが真剣な表情で謝った。彼は笑って手を振りながら言った。


「いや、もう昔のことだ。気にすんな。それにこの冒険者しごとは命懸けなんだ。こんなことは珍しくもねえさ。」


 ガレスは彼女にそう言いつつも、この仲間だけはそんなことにならないようにしなくてはと心に誓う。するとロウレアナが呟くようにぽつりと言った。






「私、ずっと人間を憎んでいたんです。」


「ああ、人間に親を殺されたんだったな。」


 彼女の身の上について、『聖女の導き』の仲間たちはそれとなく聞いたことがあったものの、詳しい話を聞いたことはなかった。仲間の過去を詮索するのは冒険者の流儀に反するし、別に聞かなくても彼女が頼りになる仲間であることには変わりないからだ。


 しかしこの時の彼女の、酷い痛みをこらえるような表情を見て、ガレスは思わず彼女に言ってしまった。


「よかったら、俺に話してみねえか?」


 彼女はハッとした顔で彼の方を見た。まるで思いがけず焼けた鉄に触ってしまったかのような、彼女のひどい驚き様を見て、ガレスは自分の迂闊な言葉を詫びた。






「い、いや済まねえ。おかしなこと言っちまった。忘れてくれ。」


 慌てて言葉を取り消すガレスに、しかし彼女は泣きそうな顔で「いいえ、聞いてください」と言い、自分の過去の出来事について語った。


 幼い彼女を人間が騙し連れ去ったこと。彼女を取り返そうとした両親を人間たちに殺されたこと。連れ去られた先の都市で奴隷として酷い虐待を受けたこと。そしてナギサリスやフルタリスをはじめとする里の戦士たちによって救出されたこと。


 彼女の言葉は堰を切ったように次々と溢れ出した。やがて話し終わった彼女は、青ざめた顔で茫然と手にした器を見つめていた。寒さに震えるようなその横顔を見ていられなくなり、ガレスは自然と彼女の横に移動し、そっと彼女に寄り添った。


 それに驚いてビクリと体を震わせたロウレアナ。だがすぐに自分からガレスに寄りかかると、彼の肩に額つけ、声を殺して泣き始めた。ガレスは黙って彼女の背中に腕を回し、幼子を慰めるようにゆっくりと何回も彼女の肩を叩いた。


 彼はロウレアナに何か言葉をかけてやりたかったが、何も気の利いたことが言えそうになかった。だから彼女が泣き止むまで、そうやって肩を叩き続けた。






 やがて彼女が泣き止むと彼は立ち上がり、近くの草むらから一本の香草を摘んできた。彼は手袋を外すと、ロウレアナの手にしたスープにその香草を細かく千切って入れた。


「飲んでみな。」


 不思議そうに彼を見つめる彼女だったが、手にしたスープを言われるまま一口、口に含んだ。


「!! 美味しい・・・!!」


 彼は手袋をはめると、白髪の雑じり始めた頭をぼりぼりと決まり悪そうにかきながら、言った。


「起こったことは変えられねえ。だけどよ、こうやって新しく何かを足すことは出来るんだ。そしたら、まあ、なんだ。上手く言えねえけど、いつかは生きててよかったって思える日が来るんじゃねえかな。きっとお前の親御さんもそれを望んでると思うぜ。」






 目と口を丸くして彼を見つめるロウレアナ。彼はガラにもないことを言ってしまったことに気付いて、耳まで赤くなった。そして自分のスープにも香草を入れると、それを一息で飲み下した。


「本当に、そうですね。話を聞いてくださってありがとうございました、ガレスさん。」


 花が開くような笑顔で彼にそう言った彼女をよく見もせずに、彼は残ったパンを無理矢理口に詰め込んで、咀嚼しながら立ち上がった。そして見張りをしているディルグリムのところに歩いて行った。


 ロウレアナはそんな彼の背中を見送り、少し冷めてしまったスープを大事そうに口にした。






 休憩を終えた彼らは、村へ帰還することにし、帰り支度を始めた。ロウレアナと並んで歩きながら、ガレスはちょっと気まずいような、なんとなくもやもやした気持ちを抱えていた。ちっ、これじゃまるでケツの青いガキみたいじゃねえかと思った彼は、頭を振り、周囲の警戒に集中した。


 その時ふと、さっき聞いたロウレアナの身の上話のことを思い出した。


「なあ、ロウレアナ。さっき言ってたお前が攫われた都市って、もしかしてカピタンか?」


「そうです。行ったことがあるんですか、ガレスさん?」


「いや、行くわけねえだろ!じゃあ、カピタンを滅ぼす原因になったっていうエルフの子供ってお前のことか!?」






 カピタンは、かつて王国北西の山脈にあったとされるカピタン王国の王都だと伝えられている。巨大な岩山の壁をくりぬいて作られた堅牢な都で、かつては鉱山都市として栄えていたそうだ。


 だが都市の何者かがエルフの子供を誘拐したため、エルフ族の怒りを買い、一夜にして滅ぼされたと言い伝えられている。今でも崩れ去った廃墟の中には、浮かばれない多くの不死者アンデッドたちが蠢いているという。亡霊都市カピタンの伝説は、エルフ族の恐ろしさを伝えるときの語り草となっているのだ。


「エルフの戦士たちは精霊魔法で女子供、年寄りまで一人残らず焼き尽くしたって聞いてるぜ。」


「!! そんなわけないじゃないですか!それ、誤解です!」






 すっかり震え上がったガレスに、ロウレアナが焦って訂正する。当時、カピタンを根城にしている大規模な盗賊団がおり、その連中はカピタンの王族と深いかかわりがあったそうだ。そのため、都市で横暴の限りを尽くしていたという。


 ロウレアナはその盗賊団に攫われたのだが、エルフの戦士たちによって救出された。その戦いで王宮に立て籠もった盗賊団は壊滅。当時の王をはじめ、王家のほとんどが命を落とした。


「里の戦士たちは私を救出すると、すぐに帰還したそうです。ただその後、殺された人たちが不死者になって暴れ出したんです。」


 エルフの怒りを買うことを恐れた都市の人々は、殺された人間たちを弔うことなく放置した。それがもとで不死者が大量に発生、密閉された王宮の中は阿鼻叫喚の地獄と化したいう。


 わずかに生き残っていた盗賊団の仲間たちや王家の末裔も、不死者となった者たちに殺されて新たな不死者となり、無差別に人を襲い始めた。そのため、人々は都市を捨てて逃げ出さざるを得なかった。カピタン王国は滅び、栄華を誇った鉱山都市は放棄され、亡霊都市カピタンと呼ばれるようになったのだった。






「そうだったんだな。だけどやっぱりエルフ族がおっかねえことには変わらねえ。くわばら、くわばらだぜ。」


「そんな!私、そんなに怖いですか!?」


 彼の言葉に衝撃を受け、両手を前に組んで彼を見つめるロウレアナ。うるんだ瞳でこちらを見上げる彼女は、完全に可憐な乙女にしか見えない。だがいや待てよ、と彼は思いなおす。


 こいつよく考えたら、死んじまった俺のおふくろよりもずっと年上なんだった。さっきは子供みたいに扱っちまったけど、まずかったかな。


「いや、あなたは少しも怖くなんかないですよ、ロウレアナさん。」


「ちょ、ちょっと!なんで急に敬語になってるんですか!やっぱり怖がってるんじゃ・・・?」


「いえいえ、大丈夫です。さっきは失礼なことをして本当にすみませんでした。」


「ガレスさん、やめてくださいよ、それ!!」






 そんな二人のやり取りを、すぐ前を歩きながら聞いていたテレサとエマが顔を見合わせて笑った。目の前に広がる暗い森の向こうには、だんだんと赤みを帯びていく夏の太陽が見えている。ハウル村まではもうすぐだ。


 テレサはこの仲間が共に集ったことを神に感謝するとともに、これからの行く末を案じ、どうかこの大切な人たちが一人も欠けることなく、探索を終えられますようにと、祈らずにはいられなかった。






種族:神竜

名前:ドーラ

職業:上級錬金術師

   中級建築術師

読んでくださった方、ありがとうございました。

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