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Missドラゴンの家計簿  作者: 青背表紙
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9 徴税官がやってきた 中編

後編を書くつもりでしたが、長くなりすぎたので分けました。後編は近いうちに出すつもりです。

 お風呂の後、フランツさん一家と夕ご飯を食べ終わると、3人は「用事があるから」と言って出かけてしまった。私はお留守番しててほしいと言われたので、夕ご飯の後片付けをしながら待っていたら、突然グレーテさんが扉を開けて入ってきた。


 息も絶え絶えに、一緒に集会場まで来るように言われる。


「え、でもフランツさんは俺が帰るまで家から出るなって言ってましたよ?」


「ああ、そりゃあね、もう、いいんだよ。」


 荒い息を吐きながら、グレーテさんは疲れたような笑みを浮かべた。私はグレーテさんが心配になり、彼女の細い体をそっと抱きしめた。


「「ドーラ!」」「ドーラおねえちゃん!!」


 グレーテさんに続いて、エマたちも帰ってきた。みんな大急ぎで走ってきたみたいだ。追いかけっこしてたのかな?


 三人は私の姿を見ると、ホッと大きなため息を吐いた。


「グレーテおばさん!どういうつもりだ!?ドーラは徴税官あのやろうに会わせないって言ってただろう!?」


 フランツさんが額に青筋を立てて、グレーテさんに怒鳴る。あまりの剣幕にエマがびくりと体を震わせる。マリーさんが屈みこんでエマをぎゅっと抱き寄せた。


 グレーテさんは私の体を一度強く抱きしめた後、フランツさんに向き直った。


「あたしもあの人もね、そうするつもりだったのさ。いつもろくに検分もしないで、昼間から酒や女を要求するだろうから、ドーラは炭焼き姿のまま隠しておこうってね。」


 フランツさんもマリーさんもグレーテさんの言葉を疑わしそうな眼付で聞いている。エマが心配そうにしているのを見て、私はエマのところに行き、エマの手を握った。エマの小さな手は冷たくなっていた。お風呂に入った後に、夜風にさらされたせいだろう。私が暖かい息をはーっと吐き掛けると、エマはやっとほんの少し笑顔を見せてくれた。






「俺も親父さんからそう聞いてる。だから無理言ってドーラを炭焼きに連れて行ったんだ。それなのになぜ今になって、ドーラを連れて行くんだ?」


徴税官あいつが、若い女を出せって言ったのかい?それならあたしが代わりに行くよ!」


 マリーさんの言葉にフランツさんが目を剝く。エマは何を言ってるのか分からないようで、不安そうに母親のマリーさんを見つめていた。


 私もさっぱり訳が分からない。マリーさんは今年で18歳らしい。それなら4歳のエマの方がずっと若いけど。どうやらマリーさんは私やエマを『徴税官』っていう人に会わせたくないようなのだ。


 夕ご飯の時に、徴税官って一体何なんですかってマリーさんに尋ねたら、彼女は吐き捨てるように「とんでもないロクデナシ野郎さ」って言った。ロクデナシっていうのは、悪い人ってことらしい。


 よく分からないいけれど、私の苦手なあの光の神や闇の神みたいな人なのだろうか?あの人たちはしょっちゅう喧嘩をしては、妖精たちのお花畑を荒らすので、とても迷惑していた。そのたびに私が追い払っていたのだけれど結局、大地をすっかり焼き尽くす程の大喧嘩をした後、両方ともいなくなってしまったのだ。


 今はどこにいるのか知らない。力を使い果たした私みたいにどこかでまだ眠っているのかもしれない。






「落ち着きなマリー。あの徴税官が言ったわけじゃない。そんな素振りも見せないよ。あの人はいつものロクデナシどもとは違う。マリーもフランツも、話してみてそう思ったんじゃないかい?」


「・・・まあ、確かにそうだね。いつもの奴みたいにやたらと体を触られたり、服を脱がされそうになったりしかったし。でもドーラを見たら何するか分からないよ!」


 どうやらマリーさんは今までの徴税官に嫌なことをいっぱいされてきたみたいだ。私の中で徴税官の姿が意地悪な光や闇の神と重なっていく。やっぱり私が追い払った方がいいのかな?


 グレーテさんがマリーさんとフランツさんに向き直り、肩を竦めながら言う。


「これはあたしの見立てだけどね。あの徴税官はそんなことはしないんじゃないかと思うんだ。平民の中でも差別されてるあたしらにだって礼儀正しい。私はあの人は信用できそうだって思ってるんだよ。」


 言い聞かせるような調子でそう言った後、グレーテさんはちょっと笑って「それに見た目だってなかなかシュッとしてていい男じゃないか。マリーもそう思っただろう?」と付け加えた。


 グレーテさんのいい男という言葉を聞いて、フランツさんがバッとマリーさんの方を心配そうに見る。マリーさんは大きく鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。


「あんな丸太もろくに運べなさそうなナヨっとした男なんて、あたしは嫌だね。」


 そう言ってフランツさんの方を見て、ちょっと顔を赤らめた。フランツさんは蜂の巣を見つけた時のエマみたいな、ものすごくうれしそうな顔でマリーさんに笑いかけた。


「お父さん、デレデレー!!」


「ああ、本当にごちそうさまだよ。じゃあドーラあたしと一緒に来てくれるかい?」


 どうしたらいいのか分からず、私はフランツさんとマリーさんを見る。二人は「俺たちもついていく」と言ってくれた。


 私たちはみんなで村の集会場に行くことにした。






 私が集会場に行くことに気が付いた村の人たちが、ちょっと距離を取りながら、ぞろぞろと後ろをついてくる。


「? みんな、どうしたんですか?」


 私がそう尋ねると、グレーテさんが私の頭を撫でながら言った。


「みんなおまえのことを心配してるんだよ、ドーラ。だから心配いらないよ。安心おし。」


 私はみんなの気持ちが分かって、とてもうれしくなった。この村にやってきて、みんなに出会って、本当に良かったと心から思った。






 そして私は今、徴税官という人の前に立っている。徴税官の人は村ではあまり見たことのない、きれいな色のついた、ツヤツヤの服を着ていた。


 それに胸に金色のきれいな飾りをつけている。いいなあ、あれ。私もああいうのが欲しい。『王国』に行ったらもらえるのかしら?


 ところで徴税官さんは、私の前で固まったまま全然動かない。どうしちゃったんだろう。私が疲れた時みたいに、急に寝ちゃったのかな。


 薄い茶色の髪をしているからあんまり年は取ってないみたい。背の高さはフランツさんよりもう少し小さいくらい。体つきは女の人みたいにほっそりしている。でも弱々しい感じじゃない。


 体にみなぎる力は、フランツさんと同じくらいじゃないかなと思う。フランツさんが大きくて堅いオークの木だとすると、この徴税官さんはしなやかで折れにくい松の木みたいな感じだ。


 しばらくじっと見ていたけれど、何にもしゃべらないので、私の方から話しかけることにした。


「はじめまして。お会いできて光栄です。あなたが徴税官さんですか?」


 私がそういうと、その男の人は夢から醒めたような顔をして、私に話しかけてきた。






「君がドーラさんか?」


「はい、そうです。」


「そ、そうか。わ、私はこの村を担当する徴税官の、カール・ルッツ準男爵。君に尋ねたいことがある。そこに座ってくれないか?」


 私は徴税官さんの側の椅子に腰かけた。今度は床じゃなくちゃんと椅子に座れたよ!私は日々、成長しているのだ!!


 それから徴税官さんは私に色々なことを尋ねた。でもほとんど何を聞かれているのか分からなかった。『出身地』とか『逃亡奴隷』とかって、何のことだろう?


 私はなんだか悲しくなってしまい、うつむいた。目の中が熱くなり、涙が目の端に溢れてきた。


「いや、辛いことを聞いて申し訳なかった。君を責めるつもりはなかったんだ。許してほしい。」


 徴税官さんは私に謝ると、マリーさんたちに話を聞くから一旦集会場を出ているように言った。私はグレーテさんに連れられて、村長さんの家で待っていることになった。


 私が出てくると村の人たちはいろいろと話を聞きたがったが、グレーテさんとアルベルトさんが皆を追い払って、家に帰してしまった。私はみんなと手を振って別れ、グレーテさんと一緒に村長さんの家に向かった。






 女神ドーラの話を聞いてみると、彼女は自分のこれまでのことをほとんど語ることができないようだった。


 アルベルト村長が言ったように何らかの犯罪に巻き込まれて、ひどい虐待を受け、記憶の一部をなくしている可能性が高いように思った。


 彼女の話し言葉はとてもきれいで、王国の貴族や神官たちが使う言葉とよく似ている。だから他国の出身者という可能性は低い。私も村長と同じように、彼女は貴族かそれに近しい階級の出身ではないかと思った。


 ただ私が知る限り、王都の貴族の子女が行方不明になったという話は聞いていない。


 上級貴族の隠し子か何かで、大地母神の神殿で育てられた女性、あるいは貴族を相手に商売するような豪商の子女だろうか?もしかしたら上級貴族に囲われていた高級娼婦という可能性もある。


 だが余りにも手掛かりが少ない。私は彼女と一緒に生活しているフランツという木こりの一家と話をしてみることにした。





【木こりフランツ(21)の話】

「あいつはとにかく不思議な娘です。俺たちでも持ち上げられないような丸太を片手でひょいっと担いじまうし、まじないだっていくつも使える。でも決して悪い奴じゃありません。あいつは俺が壊しちまった斧をまじないで直してくれたんです。お願いです、徴税官様!俺に出来ることなら何でもします。どうかドーラを罰したりしないでくだせえ!」


【フランツの妻マリー(18)の話】

「ドーラは魔獣の住む森からふらりとやってきたんです。そのときは裸同然の姿で、体にボロ布をでたらめに巻いているだけでした。でも話してみたら言葉がお貴族様みたいにきれいだし、それにあの見た目です。てっきりごろつきどもに悪さされて、頭がおかしくなっちまったんだと思いました。春の間、ドーラと一緒に暮らしてましたけど、あの娘は本当に子供みたいに素直で正直なんです。とても人をだましたり、傷つけたりできるような娘じゃない。あたしが保証します。お願いです。ドーラを捕まえないでやってください。」


【フランツの娘エマ(4)の話】

「えっとね、ドーラおねえちゃんはすっごい力持ちで、とってもお寝坊なの。いつもみんなのお仕事を一生懸命手伝ってるよ。あと動物にすごく好かれるよ。それに、あたしに字を教えてくれたの。おまじないで藁を動かして字を書いてくれて、あたし自分の名前を書けるようになったの。あと、これはお父さんやお母さんには内緒なんだけど、おねえちゃん時々、すごくきれいな石を私にくれるの。私、大事に取ってあるんだ!いつか首飾りにしておねえちゃんにあげるの。おにいちゃん、おねえちゃんには内緒にしててね。」






 フランツ、マリー、エマの3人から個別に聞き取りをしてみたが、村長が言っていることとさほど変わらなかった。新しく分かったことといえば、子どもにきれいな石を拾ってやっているということくらいだ。


 とりあえず犯罪者である可能性は極めて低いように思う。だが気になるのはドーラの魔法だ。村人はドーラをまじない師だといっているが、彼女の使っている生活魔法は明らかにまじない師の域を超えている。


 魔法の専門教育を受けているとすれば、やはり貴族の関係者だと考えるのが妥当だろう。王都の貴族名鑑に照らし合わせても良いが、彼女がこの村にやってきた経緯を考えると、親族はすべて死んでいる可能性が高い。つまり彼女は天涯孤独の身だということになる。


 王都の魔術師を当たれば彼女の師匠なり兄弟弟子なりを見つけることができるかもしれないが、そのためにも彼女の魔法の力を知っておくのがよいだろう。あと、これはあまり気が進まないが『隷属の刻印』の有無も調べなくては・・・。


 私はフランツ一家とともに、再びドーラに話を聞いてみることにした。





 私はまた徴税官のカールさんから集会場に呼び出された。でも今度はマリーさんたちと一緒だ。今、フランツさんは、カールさんに言われて自分の斧を取りに行っているのでこの場にはいない。


「ドーラさん、あなたは魔法が使えるそうですね。いったい誰から教わったのですか?」


「えーっと、一人で勉強しました。」


「一人で?それは確かですか?師匠はいないんですか?」


 カールさんに聞かれて私は答えに窮してしまった。私は神殿の祭壇のお供え物の中にあった本を読んで魔法を練習したので、誰かに教わったことはない。本のことを話そうかとも思ったけど、そのことを話すと私が神殿にいたことがバレてしまう。どうしたらいいの!?


 私が困っていたら、カールさんが私に優しい声で話しかけてくれた。


「やはり記憶が曖昧になっているようですね。分かりました。では質問を変えます。あなたは今までにどんな魔法を使いましたか?」


「はい、えっと、鎌を研いだり、斧を直したりしました。」


「炎の球を撃ち出したり、稲妻を放ったりするような魔法は使えますか?」


「いいえ、そういうのは使ったことないです。」


「なるほど。あまり上位の魔法は使えないようですね。」


 カールさんはそう言ってじっと何かを考え込んだ。なんだかすごく困った顔をしている気がする。私の答え、変だったのかしら?


 私は火を出す魔法とか興味がないから使ったことない。あ、でも《煉獄》って魔法は斧直すときにちょっぴり使ったっけ。あれって『超級魔法』って書いてあったような。『超級』って何だろう。まあ、いいか。ちょっぴりだし、今は言わなくてもいいよね?






 しばらく考え込んだ後、カールさんはすごく困ったように私に言った。


「ドーラさん、非常に言いにくいのですが、あなたの体に『隷属の刻印』がないか、調べさせてもらいます。」


 その言葉でマリーさんが立ち上がりかけるが、グレーテさんがそれを制し静かに言った。


「徴税官様、あたしとマリーがドーラの体の隅々まで調べました。それではいけませんか?」


「私も本当は女性の文官にお願いしたいところなのですが、こればかりはどうにもなりません。」


 三人は黙って見つめあっている。すごく困っているようだ。カールさんは私の体を調べたいみたい。じゃあ最初この村に来た時みたいに、私が裸になればいいのかな。


「エマ、服を脱ぐの手伝ってくれる?」


「うん!いいよ、おねえちゃん!」


 私はびっくりしている三人の前で、エマに手伝ってもらって服を脱ぎ、裸になった。


 私が服を脱ぐとすぐ、グレーテさんがアルベルトさんに「あんたはあっち向いてな!」って怒鳴った。カールさんも顔を赤くして横を向いている。


「ドーラ、あんた・・・。」


「ダメでしたか、マリーさん?」


 私が不安になって尋ねると、マリーさんは「あたしらのために、あんたっては・・・」と呟いてから、ちょっと笑ってくれた。あ、どうやらダメだったっぽい。


 私は皆の前で間違えたことが、たちまち恥ずかしくなり、耳の先が熱くなるのを感じた。






 女神ドーラが私の目の前でいきなり服を脱ぎだした。これまで女性と触れ合った経験がほとんどない私は、あまりの展開に横を向いて視線を逸らしてしまった。


 カール・ルッツ!お前が彼女に服を脱げといったのだろう!視線をそらしてどうするのだ!疚しい気持ちがあると、白状したようなものではないか!


 私は自分を叱咤し勇気を振り絞ると、彼女の姿を見たいという誘惑に抗いながら、横を向いたままドーラに告げた。


「れ、『隷属の刻印』の刻印は手の平くらいの大きさがありますから、胸と下腹部は隠して構いません!」


 自分でもおかしいと思えるくらい、声が高くなってしまった。落ち着けカール。剣術大会の決勝戦を思い出すんだ。平常心、平常心を心がけよ!


 私は意を決して彼女の方を向いた。決勝戦で相手の剣を掻い潜り懐に飛び込んだ時よりも、私の心臓は高鳴っていた。






 そこにいたのは美の化身だった。彼女の夢見るような瞳は潤み、輝く白い肌は羞恥のためだろう、上気して赤く染まっていた。


 滑らかで完璧な造形を持つ肢体の上を、腰まで届く白金色の美しい髪が流れている。それはまるで一点の曇りもない美しい雪の上に差す、金色の朝日を見ているかのようだった。


 彼女は自分の両手で胸と下腹部を隠し、赤い顔で俯いたまま小さく震えていた。私の心は彼女をそのような目に合わせたことに対する激しい罪悪感と、神の造形による完璧な美を目の当たりにした歓喜によって、嵐の中の小舟のように揺さぶられていた。


「で、では体を改めさせてもらいます。マリーさん、手伝っていただけませんか?」


 私はマリーとともにドーラの体を調べた。『隷属の刻印』は見つからなかった。私は心底ホッとしたが、それがなぜなのか、自分でもよく分からなかった。


 私は再び横を向き、彼女に服を着るよう告げた。もっと彼女を見つめていたいという誘惑に抗うのは、これまでの剣術の鍛錬よりもはるかに辛かった。


 彼女の姿は自分の脳裏に焼き付いてしまっている。王都に帰ったら再び剣の修行をやり直そう。私はそう決意した。



 



種族:神竜

名前:ドーラ

職業:ハウル村のまじない師

   文字の先生(不定期)

   木こり見習い

所持金:83D(王国銅貨43枚と王国銀貨1枚)

読んでくださった方、ありがとうございました。

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