プロローグ
久しぶりに足取りが軽い。春先の夜風も心地いい。
40を過ぎて半分諦めかけていた彼女が1年ぶりにできた。前の彼女、葉月と別れてからもう俺なんて、って愚痴るばかりの俺を心配した友人の優月から同僚だと紹介された5つ年下の菜月。二人っきりでの食事が3回目となった今日、とりあえず付き合ってみない?と俺のほうから切り出してみた。あくまで軽い感じで。重くならずに。それに対して菜月は軽く微笑んでうなづいた。
若い頃、40過ぎて独身の上司を見ると、もう結婚とか考えていないんじゃないか、この人は一生独身なんだろうなんて思っていた。けれど、40なんてあっという間だ。いざ自分が40になると、結婚しないという確固たる意志をもてるわけでもなく、愚痴が増えていった。そんなときに紹介されたのが菜月だ。無論焦っていたからだれでもよかったというわけではない。菜月の落ち着いた雰囲気、相手を傷つけることなく自分の意見をしっかりと言うところ、そして、基本的にポジティブな性格で明るい。意外にネガティブでいじいじしているところのある俺を笑って支えてくれそうな菜月。そんな菜月と付き合いたいと本当に思った。これから、どこかへ一緒に出掛けたり、長い時間一緒に過ごして本当にパートナーになっていければいい。けれど油断は禁物。そして、タイミングも重要。今まで別に結婚したくなかったわけでもなく、それなりにいわゆるお付き合いというものもしてきた。それらの経験から長く付き合ったらいいというものではないと分かっていたし、お互いのタイミングも合わないとダメだということも経験から分かっているつもりだ。そして、お互いの年齢を考えてもこれが最後のチャンスかもしれない。そんなことを考えながら歩いていると、すぐに家についた。
菜月との食事で軽くワインを飲んだが、家で一人でかしこまらずにのむ缶チューハイはまた格別においしい。今日はいつも以上においしく感じて、俺の気分を陽気にさせた。ネットで飲食店ランキングサイトなどを見て、今度の菜月とのデートプランを考えた。こんな気持ちはいつぶりだろう。葉月と別れてからは1年だけれど葉月との最後のほうはこんな浮かれた気持ちになることなんてなかった。なんとなく葉月の家に入り浸って、簡単なご飯を食べて別れる。それが普通だった。”仕事が忙しいから”が口癖だった葉月は二人で出かけるどころか、会うことすら面倒な様子で俺を迎えていた。ちゃんとしたデートとなると、3年ぶりくらいかもしれない。ふと、こんな風に元カノのことを思い出すのって菜月に失礼かな、なんて気がした。お互いいい年なんだし、今までの恋人なんてなん人もいるもんだろうし、多少はいいかな、と自分に言い訳してみた。それに―。本当にまったく未練もない。それは本心だもの。ただ、恋愛が久しぶりで、一個前の恋愛を思い出しているだけのこと。しかし、参考になるような思い出がないことに気づいてそこで思考停止。 さぁ、寝るか。今日はかえって寝られないかもしれない。そのくらい久々にテンションが高い。こんな年で恋愛にテンション上がるとかマジかよ、と自分で自分に突っ込む。寝られそうにない、なら、と思いスマホのロックを解除する。菜月との出会いをくれた優月にサンキューメールを。すぐに、よかったなと返信が来た。