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佳境編 Q quickening

※第8話の「後書き」の後にもエピソードがあります。是非をそちらをご覧になってから9話を読むほうが楽しめると思いますので。


「間に合ってくれ!!」

俺はバイクを飛ばして再開発地区へ向かっていた。早く行かないと、あいつらが何をしでかすか分かったものじゃない!遠くの方で取っ組み合っている数人の集団が見えたのでさらに増速をかけ、その真っただ中に突っ込んで大きくブレーキを踏む。

ギャッギャッ・・キー――ッ

彼らとテロ集団を分断することに成功したおれはすかさずエンジンをふかしてその場を後にした。一人ノッポの奴が(寺宮に似ているな?顔つきは大分変わったが)うめいているが無視する。ケガした手で俺のバイクを止めようなんて馬鹿なことをするからだ。

「ふざんけじゃあねえ!なんだテメエは!!」

後ろから罵声を浴びせられるが、気にせずその場を後にした。


―――数分後。

俺はさっきからずっとついてくる一台のバイクが気になっていた。何度撒こうとしてもぴったりとついてくるのでこれは俺を追いかけてきている、間違いない。俺には心当たりがあった。

俺は敢えて減速して並走することにした。

「何の用だ、今角」

「これはこれは。自由と規律ゼミ元部長様ではありませんか、お噂はかねがね。こんなところでお会いするとは。奇遇ですね」

「茶番もいい加減にしろ。こうやって話していると危ない。どこかでじっくりと話し合おうじゃないか。何も話がないのにつけてきたわけではないだろう」

「流石は部長殿。話が早くて助かります」

俺たちはバイクを道路のわきに停め、空き地のような場所で相対する。


「それで?俺のアカウントへの不正アクセスを何度も試みていたのはお前たちだよな。他にもずいぶん汚いことをしているようだが。あのストーカー騒動もお前たちが一枚かんでいるんだろう。俺には彼女はいないし、アングルを調整すれば極端な話、母親と会っている姿を撮影するだけであんなシチュレーションを演出できる」

「お気づきでしたか」

「目的は?」

「単刀直入に言わせていただきますと、以前お伝えした通り。あなたの知名度とお金です。協力を拒否なさらなければこのようなことにはならなかったのです。それに8割も広告収入を得ているのは不当、と現副部長が判断されたのもお伝えしたかった次第でして」

「前も言ったろう。そもそも俺は別に自分の私利私欲のために動画投稿をやっているんじゃない。それに金が余っているとお前たちの様なハイエナが群がるからな。俺が管理していた方が安全だと思ったまでだ」

「説得力がありますねえ」

「黙れ」

「ま、お金の話はひとまず置いておきましょう。あのチャンネルの収益はがた落ちですからうま味はもうあまりないですし」

「お前たちが俺の動画に不適切とスパムのように通報するせいで今朝の早朝まで動画投稿はおろか、ライブ配信すらできない状況になっていたんだぞ」

「何も私共が関与したという証拠は」

「ああ、どこにもないだろうよ」

「さて。もう話は済んだか?」

俺は帰ろうとする。後輩のことも心配だしな。

「私たち、歩み寄れると思うんです」

「は?」

「だって、そうじゃないですか。どちらも政治のことを真摯に議論するサークルの長。二人ともこの世の中をこよなく愛し、良き方向へ導こうとしている」

「今角。お前は俺の引退演説を見たのか?俺は別に導こうなんて思っていないし、導けるほどの人間でもない。俺は誰かに思想を押し売りしたりはしない」

「私どももお互い精進していくのをモットーにしておりまして・・」

「ふざけるな!どこをどう考えたら大学へのテロ攻撃が聖戦になるんだ。教室を占拠したら困るのはそこに通うごく一般の学生と教授たちだ。お前たちには何の罪もなく苦しむ人たちの姿が見えないのか?」

「それは、古き衣を脱ぎ捨て新しい世の中を生み出すための犠牲なのです」

「犠牲?話にならない」

俺はその場を立ち去ろうとする。

「ふふふ・・そうやって落ち着いていられるのも今のうちですよ」

「何が言いたい?・・まさか」

俺は急いでバイクに飛び乗って彼らの身の安全を確認に向かうのだった。



「なにを怖がってるの?さあ、さっきの続きをしましょうよ」


彼女はゾッとするような微笑みを浮かべていた。

「な、なんで」

わけがわからなかった。彼女は、一体全体何をしている?しばらく思考が停止する。

「そしてそれはなんだ?」

「私のよ。居酒屋に珍しい忘れものもあったものよねえ」


血相を変えてにいちゃんは僕たちのところへやってきた。

「おう、今角。アレが一つなくなっちまったんだよ!そいで、とにかく報告しねえと思ってよ」

「なんですって・・?」

今角さんは顔を少し青くするがすぐに気を取り直す。

「いえ、問題ありませんよ。銀太・・・


「あの時の・・・!」

「ふふふ、あなたの驚いた時の顔も可愛い。思わず殺しちゃいたくなるくらい・・」

「だって、君は何度も何度も僕を救って」僕が言い終わらないうちに被せてきた。

「そうよ。あんたがほかの人に殺されるなんて絶対に嫌。私が、そう、この私がこの手で殺してあげなくちゃ!」


-------------------------

「・・あの銃は6発しか入らないの。あいつはもう5回撃ったわ。そうなるのを待っていたのよ。さっきので目は覚めたでしょ・・・」


「6発もあれば、十分よね?一般人がこのお粗末な銃のスペックまで把握してるわけないでしょ。アハハッ!私は優しいから何度も何度もヒントを出してあげていたのにね!」

-------------------------


「・・・それでその時も助けてくれて」

「あら、お礼を言うのが随分と遅いこと」

「気が付かなかったんだから仕方ないじゃないか」

「・・・まったく紫木野くんは鈍感で忘れっぽくて、薄情なのね」

「やっぱり紫木野くんは鈍感で忘れっぽくて、薄情ね。そんな悪い子にはお仕置きが必要よね?どう?大好きな人に裏切られる気分は?苦しくて、辛くて、頭が真っ白になるでしょ」

「よくもこんなひどいことを・・!」

「あら。そもそも、あんたが最初に私を裏切ったのよ」

「え・・?」


-----------------------

私は昔から赤髪が嫌いだった。人と何かが少し違うというだけでこの国で生きていくのは難しい。だから小学校に入ってから私は先生に相談してウィッグで黒髪を装うことにした。この「多様化」という名の「画一化」!

だが髪を何とかしたくらいでは意味がなかった。少し勉強ができ、顔もよかったことが災いした。先生からの評判は良かったがために他の女子からの嫉妬を買うことになる。だから女子に友達なんて、生涯できたことはない。

私は思う。「いい中学へ行って、いい高校へ行って、いい大学へ行って」という信仰が心底気持ち悪いと。そして「そのためには先生からの推薦、つまり内申点が必要になる」というこのゆがんだ受験制度も。そして何より。「先生からの好意を得るためなら先生に評価されている奴を蹴落とせばいい」という見えない足の引っ張り合いが何より気持ち悪い。


だから、私はたいてい一人だった。そう、「一緒に勉強しよっ」って言ってくる女子なんて私の足を引っ張ることしか考えていない。ああ、もう結構。経験済みだから。


私が小学校4年生のころ、彼に出会った。

「ねえ、天田川さん。その・・一緒に帰らない?」

私は目を見張ってその男の子を見た。その時の私は男はバカだから私に害をなすことはしないだろうと高を括っていただけ。好きなんて感情は微塵もなかった。

「・・ええ、構わないけど」

彼は心底嬉しそうだった。

「僕の名前は紫木野 潟琉。一応同じクラスなんだけどさ。君は天田川さんだよね」

「そうよ」


その日の帰り、何を話したのか。私は覚えていない。ただ、彼の笑顔だけがくっきりと私の記憶に刻まれていた。


それから二人で過ごすことが少しずつ増えてきた。周りからは冷やかされたがその程度だ。

これがクラスの委員長とかだったら私は干されていただろう。だが、彼の特技はというと作文くらいで成績は常に下位層。大して顔がいいわけでもなく。スポーツができるわけでもなく。普通の女子からすれば何の得もない普通の人間。でも、私はそんな彼が嫌いなわけでもなかった。私が唯一本音を言える相手だったからだ。


この私の淡い初恋が転機を迎えたのは親戚の騒動があってからだ。


「すまない、りさ。私の親戚の人の会社が倒産してしまったんだ」

「倒産?」

「そうだ。私の妹の夫に当たる人なんだが。借金まみれになってしまって」

「そんなこと・・」

「だから、パパもお金を貸さなくてはならなくなって」

「パパには関係ないじゃない!」

私はことあるごとにパパに頼みごとをしに来るそのおばさんが大嫌いだった。

「そういうわけにもいかない。我がままを言わないでおくれ・・」

――その日の夜。

「やっぱり、ここの家賃はもう払えないわ」

母は家計簿を鉛筆でイライラと叩く。

「しかしなあ、りさの偏差値は60もある。このままこの才能を開花させないのはあまりに惜しい」

「そうなのよ、60もあれば現役で××大学だって狙えるって塾の先生からも言われてるのよ」

「うーむ」

「それよりあなた知ってる?」

「何を」

「最近りさ、ボーフレンドができたらしいのよ」

「偏差値は?」

「それが、ママ友の情報なんだけど・・45なんですって!」

「そんな奴は即座に縁を切らせた方がいいな。と、なると引っ越しもある意味タイミング的に」

「よかったと思うのよ」

「のぞむはどうする?」

「あの子はこの前、奨学金で大学へ行くって言ってくれたわ。私学ならとってもいい待遇で入れるだろうからって・・・」


私はお手洗いに行く途中でこの会話を聞いてしまった。聞かなければ良かったと何度も思った。


いつもと同じ学校からの帰り道。私は、これからもずっと紫木野くんと一緒に帰れるといつから思うようになったのか。永遠なんて決してない。終わりは突然。理不尽に訪れる。


「じゃあ、また明日」

いつものように彼は電車の改札口を通って帰ろうとする。彼は電車で通っているので私は遠回りして駅に寄ってから帰るようにしていた。

「待って」

私は彼の服を引っ張る。

「どうしたの?天田川さん。急に」

彼はにっこりと笑って振り返る。

もう、この笑顔を見ることも二度とないのかもしれない。ふとそんなことを考えてしまったらたまらなくなってしまった。点数でしか評価しない親を持った私はどれだけ不幸かと思った。私は、親のエゴのせいで唯一の大切な人を失ってしまうんだ。

「し・・紫木野くん、、」

目の前の世界が歪んだ。そう、私のいる世界は、歪んでいる。歪んで、拗けて、理不尽だ。

「私、私ね・・」

私は大粒の涙をポロポロと流して泣いた。どうしようもなかった。彼が私の中でこんなに大きな存在になっているなんて、バカみたいだった。それに初めて気が付いたのがこの取り返しもつかない別れの時だなんて思うともっとたまらなくなった・・・


夕方。私と紫木野くんは人がいない公園でブランコに座っていた。私たち二人の影が夕焼けで長く先まで続いていた。

「もう紫木野くんに会えないかもしれないの」

「うん・・」

彼はしばらく思案していたが急に何かを思いついたようだった。

「じゃあさ。天田川さん、お願い事をすればいいんじゃないかな」

「お願い事・・?」

「ほら、七夕って一年に一回だけ会える織姫様と彦星様の話だよ。でも、僕は思うんだ。一年に一度じゃなくて、2年おきに2回。いや、5年おきに5回のほうが幸せなんじゃないかって」

「なにそれ。平均は同じじゃない」

「でも、一年に一度しか会えないならそっちの方が僕はいいかなあ」

「でも、それなんとなくわかる気がするわ。会うのを我慢した期間が長ければその分何度も会えるってなんか頑張れる気がする」

「じゃあ、今日は七夕じゃないけど。お祈りする?」

「「いつかきっと、何度もあなたに巡り合う、そんな日が来ますように・・」」

私は紫木野くんと顔を見合わせた。なんだか、少しの間ほっこりした気分になった。

「それにさ。天田川さんは、本当に頑張っているさ。僕なんかいなくても・・」

彼の寂しい笑顔に私はまたジュクジュクとした辛い思いが混みあがってくるのを感じた。

「ごめん。そもそもあの時、僕が君に話しかけなかったら良かったんだ。僕はバカで、でも君は違う。住む世界がそもそも違うんだ」

「思ってもいないこと、言わないで!私の親と同じであなたまで偏差値で人間を分類するわけ?」

「そういわけじゃ」

「私ね。私ね。あの時勇気を振り絞って話しかけてくれたのが何よりうれしかったの。それまで私は独りぼっちだったから・・」

「僕も、君が一緒に帰ってくれるって言ってくれたとき、最高に嬉しかったんだ」

「紫木野くん・・」

私は紫木野くんと手をつないだ。暖かい手だった。

「紫木野くん、多分ね、私。紫木野くんのことが好きなんだと思う」

「僕も。あなたをクラスで初めて見かけたときから。ずっと、ずっと大好きだよ」

私は目頭が熱くなった。人と分かり合えるわけがないっていう人がいるかもしれない。でも、この瞬間だけは例外だって。その時の私は信じたかった。

「僕、自分の気持ちに正直になるよ。君のことが頭から離れないんだ。もう、離れたくない」

「私もよ・・」

「うん」

「でも私、これからどうすればいいの?あなたと離れ離れになって。もう、私。一人で生きていける自信がないの」

「何があっても僕が、きっと君を守るから」

「・・・うん。誓ってくれる?」

「誓うさ」

二つの影が一つになった。

人の暖かさを感じた。

私は情けない声を上げて泣きながら彼をいつまでも、いつまでも抱きしめていた・・・



―――それから数か月が経った。


「嘘つき」

私は枕に突っ伏してスマホをにらみつけていた。信じられるものが何もなくなった気分だった。もう、何もしたくない。虚無感が私を支配していた。

彼が連絡をくれると言ったドットの受信ボックスを何度開いたことか、わからない。

何度かメッセージは送った。でも、自分の愛が重たすぎて、文章にすると気持ち悪くなってしまったことに気が付いた。それから自分からメールを送るのも怖くなってやめてしまった。彼は彼女をはっきりと振ったわけではない。というより何も返信が返ってこなかった。もちろん既読もつかなかった。その中途半端さが何より辛かった。


最初は、この時代には珍しく返信が遅いタイプの人なのかと思ったりもした。それから携帯番号を変えたのかもしれないと思ったりもした。そのうち、そうやってあれこれ心配したり一喜一憂すること自体が馬鹿馬鹿しくなった。風の便りで彼は新しい彼女を作ったらしいということを聞いた・・・


それから何年もかけて、私の心は擦り切れていった。まず、人を信じられなくなった。誰も助けてなんてくれなかった。

―――かつての彼のような存在が欲しかった。

王子様なんていなかった。私の周りには人を点数で判断する人か、外見で判断する人しかいなかった。


私は寂しさを、空虚を埋めるために勉強した。誰よりも上に立ちたかった。私は周囲の人と同じように点数にすべての価値を見出した。そうすることでしか、自分を表現できなかった。

「どうすれば人が躓くところでそうならずに済むか」

「どうすれば人より効率的に問題を解けるか」

「人が知らないことをどれだけ知っているか」


いつしかそんなことばかりを考えて生きていくようになった。周囲の大人がなまじ自分の存在を認めてくれたことがよくなかった。私は、かつての感情的な自分を痛めつけることに鈍い満足感を覚えつつあった。大切な感覚をすり減らして、それを壊すことに快感を覚えるようになった。これは、かつて何でもない男に誑かされた自分自身への復讐。そして、その復讐の対象は知らず知らずのうちに記憶の中の彼になり、彼自身になっていった・・


こうして、私は有名国公立の天文学部に現役で合格した。


居酒屋のバイトを始めたのは勿論、学費のためだった。兄も大学へ行っているから家計が辛いのだ。それに、自分の外側だけでも褒めてくれるのは鈍い満足感を与えてくれたのだ。その頃から化粧も覚えた。誰も彼も私の外見だけでイチコロだった。痴漢にあうことも増えた。世の中、クソだと思った。世の中、金と顔だけが必要だって信じるようになった。だから、平気で媚びることもできるようになった。


そんな時に彼に再会した。地下鉄M駅のプラットフォーム。

すぐに彼と分かった。死にそうな顔をしていた。私の中で、彼は冷酷で最低な人間として固定概念が作られてしまっていたのでそんな今の彼を受け入れられなかった。


自分と同じような辛い目をしている彼を見たくなかった。そんな現実を受け入れられなかった。


ほかの人に勝手に殺されるなんて論外だった。


最初は本当にただ、それだけだったはずだ。

--------------------


「香具師、詐欺師、偽善者!あんたなんか、最低の最低なんだわ!私は何年も待った。あんたは、私のことなんか忘れて、すぐに新しい彼女を作ってた」

「・・・」

「それならそうと私に、そういって欲しかった。そうよ!私のことなんか忘れたと、そう言ってくれればよかったのよ!」

彼女はヒステリックになっていた。水色の涙がキラキラと輝いていた。

僕は、今更ながら罪悪感に打ちひしがれていた。

もう、彼女に言うべき言葉を持たなかった。今こそ、彼女の秘密が分かった。僕が彼女をうわべだけで恋している間ずっと、彼女はこの殺気を隠し持っていたのか。


「さようなら。大好きよ、紫木野くん」

僕は何も考えられなかった。考えたくなかった。


後ずさりをするが、彼女は僕にピタリと照準を合わせたままだ。

-------------------

地下鉄M線のホーム。朝7時47分発の列車のドアが開く。

大勢の人々の中で、私と彼は見つめあっていた。

「なんで、見も知らない僕を」

バカ。見ず知らずの人間を命がけで助けるわけないわよ!何勝手に死のうとしてるのよ、この私が天誅を下すまで、決して楽に死なせてあげない。あんたは罪状をじっくりと読み上げられて罪悪感でいっぱいにして、後悔のどん底で必死に許しを請いながら死ぬのよ!

「・・・」

私はアンタに捨てられた、アンタの幼馴染、天田川よ!心が張り裂けそうだった。

「はい?」

彼は怪訝そうな顔をする。本当にコイツは

「何にもわかっていないのね」

何自分が辛いですよアピールして腑抜けた顔してんのよ、私のほうがどれだけ

「え?」

許さない許さない許さない!

「うるさいわよ!何?そもそも、助けるのに理由が必要だったわけ?」

-----------------

「違うんだ。僕は、小心者で。メールや電話や、ドットでの連絡が怖かっただけなんだ!君が嫌いになったとか、新しい彼女とか、そういう話にはなんの根拠もない」

「なら、そういえばよかったのよ。でも、そんなのただの言い訳だわ。そうやってまた自分を嘘でごまかして生きていくのね、人の気持ちを推し量ろうなんてしたことないんでしょう!」

「僕はそんなつもりじゃ」

「そんなつもりじゃなくてもよ。私に優しい言葉をかけたのも、みんな嘘だったのね!あんたは嘘をつくことなしに生きられない、臆病者よ!」

-----------------

渋谷の奥のビル街の最上階。私のバイト先だ。

「え、てかマジ陰キャで受けるんですけどー」「「「キャハハハハ!」」」

奥のテーブルから下品な笑い声が聞こえる。


今日は特にガラの悪い常連客が来た。あの連中、夜な夜な物騒な相談をしているのよね。それに中坂田ってスケベ野郎、アイツ私に気があるみたいだから気をつけないと。

「こんばんはー、中坂田さん元気―?はい、ご注文の品です。兄さん倒れちゃいやですよ~」

目を見張った。そこにアイツがいたからだ。

直観だった。アイツがこの連中と関わっていては私がアイツに復讐する前に死んでしまうに違いないと。

「申し訳ありません、お客様!!」

だから、今は。何とか生き延びてもらう必要があるわ!

「大丈夫ですか?拭くものが必要ですよね」

私は彼がずぶぬれになったのを見て、いい気味だわとも思った。

------------------


「私にはあなたしかいなかった。他の誰もいらなかった。あの日、私に約束してくれたじゃない!」

「それは・・」

「私はバカだから、正直だったから、あんたの話を信じた。信じることでしか、生きられなかった」

「・・・」

「口先ではどんな清らかなことも言えるんだわ!あんたのようなポエマーにはお似合いの特技よ。でも、あたしもアンタに学んだ。どんな媚びだって言えるようになった。そうでなかったらあんなバイト続けられなかったわ。失敗から学んだ、あなたには感謝するべきかもしれない!私の顔ならちょっと見せる振りをすれば、たいていの男なんて堕ちるのよ。

そんな奴は文字通り地獄へ堕ちればいい!どうせアンタもこの私が可愛かったからでしょ。

汚らわしい、吐き気がする、死んでほしい!!」


-------------------

通学の電車の中。私は所謂老害にからまれていた。

「分かってねーだろ!お前!」

「・・・」

黙れ、このドヘタレ。自分より弱いものに対してだけ威張る世の中の害虫が!よし、こういうやつには一芝居打つのがいい。バイト先のおかげで芝居なら、慣れている。

「キャッ」

私は自分から視界の端に見えていたアイツの方へ飛んで行った。まるで殴り飛ばされたように演技をして。

「グエッ」

ふん、ヒキガエルのような音を出して。情けない男ね!!まあ、アイツの胸に私のウィッグの金属部分の留め具をめり込ませたからだけど。

-----------------



「それはちがう・・」

「何が違うのよ、結局男は自分の欲求のことしかない(女もそうかもしれないわね)。甘い言葉で獣欲に煌びやかな服を着せる。ああポエムって素晴らしいわ!」

「やめろ・・」

「いくらでも言ってやるわ。適当に親の金でなんとなく大学へ行っているだけのアンタなんかと一緒にしてほしくないわ。あんたに捨てられた私に残ったのは勉強だけだったのだから!顔以外ではそれでしか評価してもらえながっだがら!」

彼女はもう、絶叫していた。

僕は返す言葉を見つけられずにいた。確かに、彼女はここまでの人生でどれだけ苦労したのか。僕のように周りに流されて、なんとなく生きてきた人間とは全然違う。

それなのに、僕は。僕は天田川さんのことを分かった気で、勝手に好きになって。


--------------------

ミラーボールがビカビカと光る居酒屋の店内。

私が個室のテーブルを拭いていると隣の個室から声が聞こえてきた。

「いよいよ一週間後の朝ですよ、銀太」

一週間後?こいつら確かに見境なさそうだけどいったい何をする気なの?

「ああ。・・・・俺たちには玩具があるんだからなあ。負けなしだ」

「人に見られるとまずい。しまいなさい。・・・まさか、××大学を狙うとは思わないでしょうからねえ、ククク・・・」

私の心臓は逆立った。

「「・・・」」

これ以上の会話は聞こえない。ただ、何か物騒なものを持っているのは確かのようね。

・・・・

・・・

・・

お手洗いで銀太が一人っきりになったタイミングを見計らう。

「お客様は私に、とっても優しいからぁ。今日はサービスよっ!!」

私はアルコール濃度の飛び切り高いウォッカを持ってきた。

「梅ちゃあん、でも俺とこのヒョロヒョロと飲んだって盛り上がらねえよぅ」

ふん、この程度のダル絡みは想定済み。

「じゃあ。私もお相伴、しようかしら♡」

私は銀太にぴったりくっつくように座り、自分のジョッキににあらかじめ注いでおいたノンアルコールカクテルを一気飲みする。

「いいねえ、梅ちゃん。どれ、俺も」

彼はバカなことに大量のウオッカを飲み干してしまい、すぐに意識を朦朧とさせる。


私は隙を見て彼のバックから拳銃を一丁抜き取ってエプロンの胸に隠し、素知らぬ顔でその場を後にした。

---------------

「ねえ、アンタは何のために生きてるの?そうやって人の顔色伺って。言いたいことも押し殺して。何が楽しいの?」

「僕は・・・」

「何も考えず何の目的なく大学へ入る。浪人は怖いからって勝負を逃げて適当な場所へ入る。何も考えずサークルに入り、その言うことにはおとなしく従って、今度は大学を爆破する計画に加担する」

「・・・」

「何がしたいの?アンタは?なんでそこで平気な顔して生きていられるの?一回振った私を初めて好きになった振りをして。結局、顔なんでしょう?ああどうして男ってアニメかなにかで聞きかじった陳腐なおままごとの世界で安住できるの?」

「・・・」

「ハハハ、いるわけないじゃない!何度も主人公を助けてくれる健気で、可憐な少女。男向けの大量生産品。あんた次元を一つ間違えてるわよ。私は、生身の人間。そんなフィギア、アイドル、人形と一緒にしないでよ!!私は誰か超人的な存在に操られて思い通りに動く人形なんかじゃない!もう我慢できないわ。そうよ、あんたに言ってるのよ!さっきから聞いてるの?」

「「・・・」」

「・・だんまりか。いいわ、私は自分自身で未来を紡いでみせるんだから」

「さあ、答えてもらうわ。あんたは何のために生きてるのか!あんたにとって幸せって一体なんなのか!」 


-------------------

ファミレスで私とコイツは向かい合って座っている。

「何よそれ。ね、その先輩ってどういう人?」

銀太の一味は一週間後の朝、私の通っている大学で何かを起こすと言っていた。私はその日に朝早くから待ち伏せをするつもりだった。銃さえあればなんとかなるだろう。コイツさえ生き残ってくれればいい。でもその前にコイツがあの怪しげなサークルにまだ入っているのか確かめないと。

「どうして気になるの?」

「いや、なんか。その」

「あのさ。僕大学生でさ。紫木野 潟琉っていうんだ。(知ってるわよ)それでゼミみたいな、サークルみたいなのやってて。その先輩」

ということは、まだそのサークルと縁が切れてないってことね、、コイツは昔からそう。周りに流されるだけで、後先のことを考えずに。自分を押し殺して、頼るべき人に頼らず、大事な人を傷つける・・・



-----------------

そして、二人は長い間見つめあった。


僕には何もできなかった。最低の人間だった。

「「僕は、最低だ」」

「そうよ、あんたなんか死んでしまえばいい」

「「君にこんなにつらい思いをさせてしまう僕には、何の価値もない」」

「・・」

「「でも、君は僕とは違う。最低なんかじゃない」」

「だって、僕みたいなやつを何度救ってくれた?平凡で、なんの取り柄もなくて。それでも君は僕を想い続けてくれた。たとえそれが、殺意からだとしても」


「・・・」


「引きたかったら引き金は引けばいい。僕はそうされて当然の人間だ。罪は贖われなければならないから。ご都合主義のハッピーエンドなんてもはや僕らを見てくれている誰も望んじゃいない」


「遺言がわりに聞いてあげたのに。くだらないわね。ええ、どんな戯言を言われようとも私はやるわ」

彼女は目を真っ赤にしていた。


「遺言か。それなら最後に、いいかな。ウザかったら途中で殺していい」

僕は恐ろしいくらい、落ち着いていた。

「・・・」


一歩一歩ゆっくりと彼女に近づいていった。

「「なぜ、僕が生きているのか。それは僕には分からない。きっと誰にもわからない。でも君がいなかったら、今の僕は間違いなくいない。それだけは確かだ」」

「それに、君がいなかったら大勢の人が亡くなっていたかもしれない」

「「僕はね、君に憧れてた。そうやって人のことを助けることができる君に」」

「君が僕にあのテロを防ごうという、勇気をくれた。居酒屋で初めて会ったとき、僕を助けてくれたのも君だ。・・僕は、幸せだと思う。君に小学校の時からずっと想われて。それは途中で殺意になったかもしれないけどさ。奇跡だと思う。こうやって君に再会できたこと、一緒に星を見たこと、何度も死にそうな目に遭ってまだ生きていること。きっと、あの時のお祈りを星が叶えてくれたんだ・・」

「「幸せが何かって?僕は、もうすでに今、幸せなんだ!」」

「君に銃口を向けられているこの瞬間も」

「「いやこの瞬間こそが幸せなんだ!」」


「・・・うるさい」

心なしか、彼女の声は震えていた。

バーーンッ


ピストルの銃が火を吹いた。乾いた銃声がこの世界すらもつき抜けてあたりに響き渡った。それには彼女の怒りと、愛と、憎しみと。すべてが詰まっていた。



でも、僕は。今度は僕が、彼女を守るんだ。僕はいつも自分のことで頭がいっぱいの人間だ。彼女のこともすっかり忘れていた。いや、忘れたかっただけだ。そうやって自分に都合のいいことで自分をコーティングして。それがうまくいかないと辛そうな顔をして。なんて、自分勝手だったんだろう。


「「だから、僕が君を守るって言っただろ」」

「遅い」

「ごめん」

「許さないわ」

「許さなくていいよ」


僕は彼女を強く、強く抱きしめた。彼女も、僕を優しく包み込んでくれた。


結局銃弾は僕の肩をかすめただけだった。最後の最後に、彼女は照準を狂わせた。何が彼女を動かしたのかはわからない。きっと彼女自身も、わからないだろう。


これから先、きっといろいろなことがある。彼女とうまくやっていけるかは、わからない。生きてきた環境も、考え方も、性格も性別も違う。


でも、希望はきっとある。ギリシア神話の授業で習った。殺気に満ちた真っ赤な月の近くに、涙のように添えられた天王星ウーラノスはきっと神話と同様、アフロディーテを生むんだ。彼女が天王星を好きな理由が分かった気がする。・・君だってけっこうポエマーだぞ。

そして僕はふと先輩のことを思い出した。あのキラキラした目で演説する先輩の姿を。なんだか、不思議と彼女と似ている気がした。僕が好きになる人は、みんないい人で。だから似ているのかもしれない・・・



二人の恋人を天田川 あまたがわ・のぞむは遠くから眺めていた。彼はにっこりと笑ったあと、先ほど後輩から送られてきたドットのメッセージを眺める。

<先日言われた通り、僕は彼女をきっと助けます。でもそのためには先輩の協力が必要なんです。僕にもしものことがあったら下記動画を先輩のチャンネルで公開してほしいんです。

htpss://dotdrive/folder?//kataru/kiroku

僕は先輩を信じていますから>


「頑張ったな、二人とも」


「俺の妹は、人を見る目がある。そして紫木野、お前は俺の自慢の後輩だよ。」


彼は後輩にも勧めた大好きな音楽をかけた。ドイツ語の力強い歌声。

・・・Freudig, wie ein Held zum Siegen.

「兄弟よ、自らの道を進め」

その歌詞を彼は口ずさみながら、その場を離れた。


Fin

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