第8話:佳境編 破
僕たちはめちゃくちゃに走った。途中で立ち止まって歩いたり、また走ったりを繰り返した。住宅街を抜けてしばらくすると、寂れてガラの悪いホームレスや危ない店の密集地帯に入ってしまった。ここは大きな駅の近くだが、都市開発で置いてきぼりをくらった地区である。ここにたどり着くまでも、何回もサークルか看板同好会のメンバーに遭遇しそうになった。息をつく暇もなく、二人で逃げ続けた・・
いつの間にか太陽は高く照っていてお昼を過ぎたことが分かる。僕たちは疲労も相まって終始無言だった。足は歩き疲れてジンジンと痛み始めていた。
いつの間にか川の河口近くにたどり着いていた。仄かに潮の香りがする。
「天田川さん、もう大丈夫なんじゃ、ないかな」
「どうしてわかるの?つい30分くらい前にもあいつらに遭遇しそうになったじゃない」
「いや、とにかくどこかで休まないと。思考がまとまらないよ」
「それは、確かにそうね。こう逃げているだけじゃどうしようもないわ」
汗だくになった彼女も同意した。階段を下りて川沿いのベンチ(橋げたの下なので日陰になっていた)にいつぶりか腰を下ろした。
「「疲れた」」
そのまま、5分くらい疲労で黙りこくってしまう。
「そうね」
「そうだった」
「僕は天田川さんに聞かなくちゃいけないことが」
「私は紫木野くんに聞きたいことが」
二人で同時に話し始めたものだから、おかしくなってお互い吹き出してしまった。
まずは僕がいままでの経緯を簡単に説明した。サークルのこと、看板同好会のこと、それから今回のテロ計画のことも。明らかに今の僕にはだれか打ち明ける人が必要だった。それで罪が軽くなったりはしない。でも、それでも話し終えればきっと少しは気持ちの整理がつくと信じたかった。たっぷり20分は話しただろうか。
「・・それからのことは、天田川さんが見た通りだよ」
「やっぱりあの団体、ヤバいとは思ってたけど。とんでもないカルト集団だったのね」
「とんでもないって天田川さんに言われてもなあ」
「どうしてよ」
いつかの時のように頬をプクゥと膨らませる。
「だって僕がピンチの時に何度も何度も助けてくれてさ。今朝なんて天田川さんがいなかったら僕どうなってたかわからない」
「あなたがホームから突き飛ばされそうになった時は本当にたまたまそこにいただけよ。同じ路線の同じ時間帯に乗るみたいね、だからこの前の痴漢事件のときにもいろいろ巻きこんじゃったし。それから今朝の騒動はあれよ、あそこ私の通っている大学でしょ、一限があったから早めに学校に着いてたの」
「それに勇敢に彼らに立ち向かってた!」
僕はそんなことを聞きたいんじゃない。
「変態男だの、痴漢だのなんて慣れっこよ。犯罪って意味ではテロ集団だって同じようなものでしょ。あなた女子じゃないからわからないの。電車に乗ってても、厭らしい目つきで見てくるジジイがどんだけいると思ってるのよ。女子の中には外を出歩くだけで恐怖の人がいるくらいよ。私の場合、そんな最低野郎に絶対屈しないって決めてたから大丈夫だけどね。どうせ私を弄んだ挙句捨てるような男でしょ、そんな無価値な奴は滅べばいいんだわ!」
彼女は相当意思が強いらしい。物騒な言葉も聞こえたがそれだけ怒っているということだろう。まあ、××大学の理系なんて男子校みたいなものだって聞いたことがあるからその中で生き残っていくのは実際覚悟がいることなのだろう。でもそうだとしても、平気で爆弾振り回す人はそうはいないと思うのは僕だけだろうか・・
少し考えこんでいると
「あ、虫がついてるわよ」
彼女はそう言って僕の肩をはたいた。
「やだっ。ぐっしょりじゃない」
それはそうだ、何時間ぶっ通しで歩いていたと思う?でもそんなことを直接言われると傷つく。
「あそこになんか古着屋があるから適当な服を買って着替えようよ。服装を変えれば多少の目くらましになるかもしれないし」
僕は慌てて切り返す。
「紫木野くんにしてはいいアイデアね、私もちょっと今のままだときついかなあ」
彼女は薄めのカーディガンを脱ぎ、暑い暑いと手であおぐ。彼女も汗をかいているようだ。少し薄い服が体形を表していたのなんて、僕は見てないからな!
「いやらしいわね!」
胸のあたりにバシンッと平手打ちを食らった。そこは前からズキズキ痛んでいるんだからやめてくれ。
それから僕たちは大急ぎで古着屋で服とタオルを調達し、公衆便所で着替えて(爆弾の焼け焦げ跡やすすや匂いが付いていた前来ていた服はもう使えないので捨ててしまった)、自販機のジュースを飲み終え、僕たちはやっと一息ついて冷静に物事を見れるようになった。
「やっぱり警察に行く方がいいよね」
「そうね・・私のスマホの充電もあと少しだから連絡は早めにやった方がいいわ」
「僕のスマホでやるから。あれ?この辺りは電波が悪いのかな」
僕はポケットWifiを取り出す。
「そんなものが役に立つとはね。私は重たいだけだから持ってないわ」
「なんかね。いっつもこれは持ち歩いてるんだよね。ほら、大学の教室って微妙に電波悪いんだ。黒板の写メとか、すぐにネットのドライブに上げたいし。写真とか動画はリアルタイムでドライブに上げるようにしててさ」
「随分マメなのね」
「スマホ壊したことがあって、それでデータがパアになったことがあるのがショックでさ」
「なるほど」
それにしても警察という存在をなんで今まで思いつかなかったんだろう。そうだ、日本には警察という頼れる存在があるじゃないか!僕は一度も使ったことのない110番の電話を掛けることにした。警察のほうは今朝の事件の対応で大わらわのようだった。だが、重要な証人ということで保護してくれるらしい。パトカーに余裕がなくて遠くからくるのであと15分ほどでこちらに着く、ということだった。
僕たちはすぐに来てもらえるよう、大きめの道路の通りで待つことにした。10分ほどで遠くからサイレンの音が聞こえてきた。僕は音がする方をじっと目を凝らしてパトカーが来るのを待つ。「大変だったでしょう、もう安全です」などの安心できる言葉を想像して待ち焦がれる。やはり、何か困ったら大人に任せるのがいい。
「お前ら、随分てこずらせやがって」
そうそう、こんなモラトリアム真っ盛りの屑大学生達じゃなくてね。
って
「なんで」
僕は無様に尻もちをつきそうになるが、彼女に支えられてなんとか持ち直す。
「逃げるわよ!」
そこには右手を包帯でぐるぐる巻きにした寺宮先輩とにいちゃんがいた。
私は外で捕まえたセミを持って走り回っていた。女子たちがキャーッと飛びのく。私は手の先でワンワン鳴いているセミを得意げに見せびらかす。何人かの友達は腹を抱えて笑っていた。だが、不注意で私の持っていたセミの尿をクラスメイトの一人にひっかけてしまった。その子は冷たい目で私の方をにらんできた。口元は気色悪くゆがんでいたので私は気味が悪かった。私は冷めてしまって、セミを逃がしてやることにした。
その日の放課後、私は職員室へ呼び出される。担任の先生はいつになく厳しい顔で問い詰める。
「クラスの委員長が長期的に執拗ないじめを受けていたというのは本当なのかね?」
え、いじめ・・?
「それも、すべて君がやったという証言がいくつもあってね」
は?
「もとより弁解する余地はないと思うが」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ」
「いや、クラス中の人からアンケートを取ってそうあったんだから仕方がない」
そんなアンケート一つで人の罪なんて決まるものなのか?それに私の友達は誰も擁護してくれなかったのか?
「いじめを受けた委員長はあまり多くを話したがらなかったのだ。まあ、当然と言える。あの委員長は成績優秀な金の卵。ボランティア活動も地域貢献も、もちろんクラスのとりまとめもしているし、親御さんも大変お忙しい中PTAの代表を務めておられる。親御さんは震災の経験を生かされて、あのような悲劇がないようにと地域の絆をしきりに説いておられる。ああ、まさに人徳を体現されたような方だ。そんな立派な親御さんの教育の賜物なんだろう、ゆくゆくはこの学校の合格実績に貢献してくれるに違いない優秀な、誇り高き生徒。この前も私のカバンを重そうだと言って持ってくれたりしてくれた。そんな心優しく、聡い人間からしてみればいじめのことなんて辛くて言いたくないのは当然だ。そうだったな。あの子は、自分のことを顧みず、顧みずにだね(涙声だった)、しきりに罪に問われる君の身を案じていたよ」
ここで先生は感傷的になり、眼鏡を外して拭く始末だった。
「それなのに、お前ときたら。勉強はできない、掃除もサボる、挙句の果てに嫉妬ゆえのいじめかね。お前は、お前は腐ったミカンだ。このまま置いておけばクラス中に蔓延する病気の根源だ。反省するために、施設でしばらく過ごすんだ」
それからの数か月は文字通り、悪夢だった。だが、私はあるとき気が付いたんだ。簡単なことだった。頭を空っぽにして施設の人の言うとおりにすればいいだけだったのだ。途端に大人たちは優しくなってくれた。アンケートは自分の名前を書くものだったから、みんなで私に責任を押し付けたのだ。それで罪に問われる。おかしい話ではない。世の中、法律、規則がそうなっているから。私より優秀な方が決めたことは、信じていることは絶対正しいのだから。
施設から帰ってきた私はもう一度生まれ変わったようなすがすがしい気分になっていた。それからというもの、親の言うことを聞き、先生の言うことを聞き、偉い人の言うことを聞くようになった。親も息子が更生したと感謝状を先生と委員長に送る始末。高校では先生の荷物持ち、清掃、ボランティア、グループ活動、道徳の時間の発言、なんでもやった。先生が見ているところではどんなポイントでも稼ぎたい。もともといじめる側だった自分の罪を悔いる姿勢をアピールし、いじめ根絶のポスターでコンテストの受賞もした。私には様々な人からの声援が心地よかった。先生方からの熱い支援のおかげでこうして有名私学の文学部に現役で、推薦合格を果たした。私が昔いた更生施設には表彰状まで飾られているらしい。
大学に入ってから今度はサークルの部長の考えに共鳴した時期もある。人気もあって多くの人が認めている。明らかに、彼は素晴らしい人物に思えたからだ。だが、もう彼は間違った人間であることが証明された。あの事件以来、彼の動画では低評価が絶えないしアンチコメントでいっぱいだ。それが結局看板同好会に協力した理由だ。部長の言うことに従うのは愚かだとわかった。だが、今角さんは違う。彼は素晴らしい思想を持っている。どんな人も、私のような人でも見捨てたりせず教え、導いてくれる度量の深さ、機知、異色のメンバーをまとめ上げるリーダーシップ。彼こそ現代のメシアに違いない。そして、私は彼の御言葉を伝える使徒たりうる存在。だから、私は部長より偉い。そうだ、私こそ、この私こそ全世界に名を轟かせる「自由と規律ゼミ」の部長にふさわしい!
「中坂田様、ここは私が。我がサークルの汚名は私め自身の手でそそがせてください」
「おう、当然だ」
寺宮先輩は前に出てくる。
「紫木野。お前はなぜ我々を裏切った?私の演説、いや、今角様の理想がお前には伝わらなかったのか?」
「何が理想ですって。ただのテロを企むカルト集団、犯罪者集団じゃない!」
天田川さんが言い返す。
「黙れ、小娘。そこの小童に私は聞いているんだ」
「それより、ここがどうしてわかった?」
僕はポケットのほうに手を伸ばしながら怪しまれないよう適当に会話を続ける。
「何、簡単なこと。警察にお前が連絡すればその情報をたどるだけで簡単にお前のいる場所などわかる。呼ぶためにはお前は自分で今自分がいる場所を言わなくてはならないからな!」
「そんなことが」
「できるさ、言っただろう。私たちの計画は強大な支援も受けて完璧なのだ」
「その割には失敗だらけね」
寺宮さんは口元をゆがめる。
「お前が邪魔に入らなければすべてがうまくいっていたのだ。怪しかった紫木野の肩に発信機もつけておいた(今朝先輩に肩をポンポンと叩かれたのを思い出す)のはこの私。まあ、公園に服ごと捨てられていたから途中で追跡不能になってしまったのだがね」
「ざまあ」
ケガの功名ってやつか。どのみちあの服は捨ててよかった。
「まあ、お前たちがどうあがこうと関係ない。未来も見通す時間の神、今角様はこれくらいのことは予測済みのはず。現にこうして今お前たちを追い詰めているわけだしな」
「それはどうかな、もうパトカーはすぐそこだ」
「その割にはサイレン音が小さくなってはいないかね」
あれ?
「ああ、誰かの悪戯ってことでUターンを始めたのかもしれない。最近、こういう凝った悪戯が多いって嘆いていたのを聞いたことがあるな」
クソッ!
「ふん、お前がべらべらと無駄なおしゃべりをしている間僕が何も考えていなかったとでも思うのか」
僕は右ポケットに入っている手榴弾を見せつける。
「そんなもの持っていたのなら早く言いなさいよ!」
天田川さんは目を丸くする。
「近寄ってきたらこれを投げるぞ、いいのか?」
「勝手にしたまえ、私はそんなものでは死なない」
「木っ端微塵になって後悔してからでは遅いんだぞ!本気だ!」
相手は丸腰、こっちには武器がある。この絶対的な事実が僕を安心させる。が、先輩は両手を広げ、余裕の表情で相変わらずニヤニヤして近寄ってくる
「知っているかい。アメリカでは死ぬことを怖がらない兵隊がいるって。血みどろになっても何度も、何度も、立ち上がれる限り敵を殺しにいく殺戮マシーン。しかるべき“教育”を施せばだれだって・・」
僕は手榴弾を持っている右手がぶるぶると震えてきた。
「そうなれる」
先輩は表情一つ変えないまま無傷の左手で僕の右手をガッと掴む。天田川さんは驚いて僕の右手から手榴弾を奪い、起動させてにいちゃんのほうに投げつけた。
地面を転がり、大爆発・・とはならなかった。手榴弾は相変わらずそのままだ。
「ハッハッハッ。ざんねーん。不発だよ嬢ちゃん。危ない玩具を怪しい奴に渡すほど私は愚かではない」
「やるじゃねえか、ノッポ!」
これにはにいちゃんも感心したらしい。
唯一の切り札も失って。これって、所謂。まずい状態じゃないか?
「あの人、いったい誰だったの?」
「知らないわよ!今はあいつから逃げないと」
僕たちは日が暮れていく中、寂れた工事現場の近くを走っていた。ところどころに「工事中」と書かれた看板が立っているが、大分古くなっている。
僕たちは崩れかかった柱の後ろに隠れた。
「この辺り寂れてるよね、どうして」
「オリンピックの闇ってやつね。オリンピック関連の場所は再開発が進んだんだけど、その代わりこの辺りのウォーターフロントの再開発は頓挫したのよ」
「なんか、どんどん人気のないところに追い込まれてるような」
パン!パン!
乾いた火薬音がまた響く。柱から飛び出して走り出す。
「なんで、あいつは、銃を持ってるの、よ!」
天田川さんはほとんど叫ぶように言った。
「僕は信用されてなかったから計画の全容を知らされていなかったらしい。大方、爆弾と同じで3dプリンター製だろ」
「だから、もう持っていないはずなのに!」
「だから、作ったんだろ」
パン!今度は僕の肩をかすめて前方のフェンスに穴が開いた。
「こっちよ」
二人でわき道にそれて、フェンスを乗り越え、放置された工事現場に弾丸のように突入する。辺りは埃っぽく、骨組みが丸出しの建造物だった。
「おらあ、もう鬼ごっこは終わりだぞ!」
にいちゃんの唸り声が聞こえる。
「上に行くしかないわね」
「ここを?」
「道がないもの」
工事中に使う、プレハブの鉄製の階段を天田川さんは指さす。崩れない・・よね?
カンカンカン、僕たちは大急ぎで階段を駆け上る。ピュン!
今度は手すりが取れて落ちていった・・
崩れかかった柱が何本もある踊り場に出た。
「上に上がる階段はどこ?」
「もうないわ!」
「そんな・・」
僕があたりを見回していると天田川さんは
「避けてっ」
僕をひっつかんで柱の奥に押し込んだ。ピュン!目の前の細い支柱が吹き飛んだ。
「はあ、はあ」
もう、無理かもしれない。相手は銃を持っているのに僕たちは丸腰だ。
「そこにいるのは分かっているんだからな!裏切者があ」
もう無理だ、幸運はここで尽きた。
「天田川さん、ごめ・・」
僕は情けない顔で彼女に謝る。謝って何とか済む話じゃない。そもそも、こんなテロ事件に僕が関わらなければ良かったんだ。こんなことになるずっと前の計画の段階で警察に相談するとか、最悪でも大学から脱出した直後に警察に連絡するべきだった。いくらでも方法はあったはずなんだ。成り行きに身を任せ、その場その場でしか物事を考えず、惰性でしか行動しないからだ。僕たちはあの凶暴な奴に嬲り殺される羽目になる。
なんの関係のない、ただ一度突き飛ばされて死にそうになっただけの僕を救ったせいで。誰かが死ぬという運命は変えられない。本当はほかならぬ僕があの時死ぬはずだった。それを強引に彼女は回避した。その結果がこれだ。僕に生きる資格なんてない。罪悪感がひしひしとこみあげてくる。もう、ダメなんだ。本当に、ゴメンよ・・・僕はもう涙も出ない。
「そうよ、全部、アンタのせいよ!何もかも!こうなったことは!」
彼女は目にいっぱいの涙を溜めて僕に往復ビンタを食らわせる。目が真っ赤だ。何度も僕のことを救ってくれた彼女だが、死ぬのはそりゃ嫌なはずだ。まして僕のような屑のせいで。今の僕には痛みが心地よかった。
「なーにイチャイチャしてるんだ、お二人さんよぅ」
絶望的だ。今度こそ終わりだ。
「だから、アンタがここで諦めてどうするのよ!ふざけないで!私にはまだ絶対にやり遂げなくちゃいけないことが残っているんだから。それはアンタが生きていないとできないの!・・あの銃は6発しか入らないの。あいつはもう5回撃ったわ。そうなるのを待っていたのよ。さっきので目は覚めたでしょ、私があいつの隙を作るから」
「え・・?」
彼女は柱の陰から飛び出した。
「お客様。あんたにこの私が殺せるかしら?」
柱の陰には赤い眼鏡と、黒いウィッグが落ちていた。
彼女の髪はショートの燃えるような赤になっていた。夕日に照らされた彼女の髪は燃えるようだった、彼女の激情を表すように・・
ミラーボールでピカピカした店内。タバコ臭くて油ぎっている。その上、
「申し訳ありません、お客様!!」
梅と呼ばれてたピンクの髪の店員は梅酒を持ってくるときに躓いてぼくにぶちまけてしまったのだ。
僕は髪がベタベタで上着も若干濡れてしまった。僕は思考が停止する。
「大丈夫ですか?拭くものが必要ですよね」
赤髪の店員さんは心配そうに声をかける。
「なんだ梅ちゃーん、粗相か?梅ちゃんの粗相なら、俺は大歓迎だけどなあ」
「銀太さん、マジサイテー」
「「ネー」」
「アンタさあ、本当にサービス必要になるかもよ、キャハッ受ける~」
「申し訳ありません!」
店員さんはナプキンで僕の服を拭きながら何度もペコペコと謝る。
「別に大丈夫ですよ」
別に彼女に悪気はないだろうし、可哀そうになって答える。
「ありがとうございます!ですけど、厨房の方ならドライヤーもありますのでそちらにお客様を案内してもよろしいでしょうか?」
僕としてはこの場を離れる口実なら何でも飛びつきたかった。
「梅ちゃんの頼みなら仕方ねえ。ただ、俺にも一杯奢れよ」
「それはもちろんです、あ、皆さんも一杯ずついかがですか?」
「オオオッ、ごっつあんでーす!」
すでにノリノリな人がいるのが分からない。
「古いって」
寺宮先輩。
「「「ラッキー☆イエーイ」」」
カチャカチャと音を立てて女性陣はグラスで乾杯をしているようだ。
がやがやと騒ぐデスクをあとにして僕は念のため手荷物をちゃんと持って立ち上がる。
僕は店員さんに連れられて細い廊下を抜け、厨房の奥に案内される。店員さんは周囲の様子をうかがって誰もいないことを確認して口に人差し指をあててシーッとしてから早口で話す。
「あなたはここにいちゃダメ。あの連中、明らかにヤバいわ」
「店員さん・・?」
「早く、この裏口から出て逃げなさい。それから2度とあの連中に関わってはだめ」
「何がどうなってるのか」
「アンタ、あそこに戻りたいの?それが嫌なら早くそこを抜けておうちに帰りなさい」
「あ、は、はい!!」
僕は従業員用の狭い階段を飛ぶように駆け下りてそのビルをあとにした。
「梅ちゃん・・?ほう、アンタだとは思わなかったぜえ。お前が小童とグルってこたあ、アレもお前の仕業だな」
「紫木野とどういう関係かなんてあなたには関係ないわ」
「アンタは匂ったんだよなあ、だがおめえを疑うのは俺の、この良心ってやつがよお」
「このスケベ野郎!絶対に許さないわ」
「いいケツしてるぜ、あの店の服は最高だったのによお・・残念だぜ」
スマホとWifiを地面に置き、僕は柱から飛び出して回り込んでにいちゃんの後ろをとろうとする。
にいちゃんは咄嗟に僕の方を撃とうとするが、「チッ」と舌打ち。あと一発であることに気が付いて迷いが生じたのだ。結局僕は柱の陰に回り込むことに成功した。
「ちょこまかと。俺には銃がある!いつだってお前らをあの世へ送れるんだ」
「自分だけ強いって思いこむのは命とりになるわよ」
「アンタからやってやる。ヤれなくてほんと、残念だ・・」
「私のことが好きだったんでしょう?気が付いてないとでも思った?あなたにこの私が撃てるの?そうね、もし撃たなかったら、いいコト・・」彼女はスカートをめくる動作を始める。
「うぜえ、子娘の一人や二人、俺は痛くも痒くも」
スチャッ。にいちゃんは彼女の頭にピタリと照準を合わせる。
「ねえんだよ!」
カチャリ
「やめろおおぉぉぉっ」
僕は鉄パイプを握りしめ、にいちゃんの手を思いっきりぶん殴る。ボキッという嫌な音とパンッという銃声はほぼ同時になった。銃はその反動で遠くへ飛んで行った。
銃弾の軌道は逸れて近くの柱にのめりこんだ。
「うぎゃああ」
にいちゃんは手を抑えて身もだえる。彼女は近くの砂を思いっきりにいちゃんにぶっかける。僕はというと、躍りかかってのたうち回ったにいちゃんの首元に鉄パイプを押し付ける。
「ウがあ、フッ、フッ」
僕は鉄パイプを強く押し付けた。頭に血が上って、もう見境がなくなっていた。
「紫木野くん!死んじゃう!」
と彼女に言われるまで僕は気が付かなかった。
慌てて鉄パイプを話すとにいちゃんはぐったりとしてしまった。
「もしかして・・?」
「大丈夫、死んでないわ」
僕はヘタヘタとその場に座り込んでしまった。
僕たちはしばらく無言だった。
突然、アッと彼女は声を上げる。
「紫木野くん、見て。皆既月食だわ!」
外には彼女の髪と同じ色の、真っ赤な月が出ていた。
「・・・そもそも、俺たちは本当の意味で人を理解するなんてことはできないんじゃないか?それができると言っている人はウソつきだ。簡単に人類愛を語る人なんて大嫌いだ。理想のためにといって平気で人を傷つける人は地獄に堕ちればいい!そんなのは香具師か、詐欺師か、狂信者なんだ!そしてそんな奴らは今までも、これから先も、消えることはない。
それは、世の中が理不尽だからだ。それに苦しみ、その怒りを間違った方向に発散してしまう弱い人たちがいるからだ。人間は弱いものだ。僕だって何度その甘いマーラに誘惑されたことか知れない。人間は、僕も含め救いようもないバカなんだ。もう、未来がないなんて言う人も大勢いる。俺も・・そう思うときがある」
ここで先輩は一呼吸をおいた。みんなをぐるりと見渡した。あたりは水を打ったように静まりかえった。
「だが、俺には夢がある」
「夢・・?」カメラマンだったのに僕は思わず疑問を口に出してしまう。
「そうだ、紫木野、夢だ」
先輩は僕の方をしっかと見つめ、僕の方に、そして視聴者の方に語るように続ける。先輩の目がキラキラと輝いていた。いつもは険しく、細い目が今は見開かれている。強い信念を持って話しているのがわかる。
「分かり合えなくても、相手の存在を尊重することはできるはずだ。
そしてもしかしたら、ほんの一瞬であれば人と人は分かり合えるかもしれない。そんな希望を持つんだ。
そんな、心が震える瞬間。その瞬間のために人生は存在してると思う。
そしていいかい、本当に分かり合えるかは重要じゃない。分かり合えるって信じることが重要なんだ!そんな人がいっぱい増えれば、もっといい世の中になる。
独りよがりになるな。相手を尊重し、それでいて自分を大事にするんだ。
自分を慈しむことができない人が、人に親切にできるはずがない。
だから、左の頬を叩かれたら、ただ無視すればいい。
そして無常の感動に浸るより、目の前で苦しむ人を救うんだ。
正義感に猛るより、悲しむ人の隣で涙を流すんだ。
僕には、宇宙の論理なんてどうでもいい。正しいことが何かなんてどうでもいい。だから、何を信じようと君たちの勝手だ・・」
工事現場の屋上に僕たち二人は立っている。周りに明かりがあまり無いせいか、星がいつもより良く見える。東京でも、こんなに星が見える場所があったんだ・・
「月が赤い・・」
「そうよ、地球の影に隠れた月がそう見えるの」
彼女は嬉しそうに語る。
「そっかあ、もう皆既月食始まっちゃったんだ。折角朝から準備していたのに、スマホじゃ写真も撮れないわ」
「写真がなくったっていいじゃないか」
僕は敵を撃退した安心感からぼーっとして言う。
「だって、今回の月食は特別なの!」
彼女は駄々っ子のように言う。
「天王星が近くに見えるんだろ」
「ええ、でもなんで知ってるの?」
「天王星が好きって言ってたからちょっとググっただけ」
「そっかあ、紫木野くんも星が好きに」
「なってねえよ。僕はガチガチの文系だよ、文学部ギリシア語専攻。皆既月食の説明のウィキ見たってアホで何もわからなかったよ」
「そんなあ」
「でもさ、古代のギリシア人もさ。こんな風に星を見ていろんなことを考えたんだろ―なって思うとなんか面白いよな」
「詩人ね、私にはない感性よ。何千年も前だったら北極星がずれているからちょっと違う星空だったんだろうなあ、とかしか考えられないから。なんでも科学的に考えてしまうのよね・・紫木野くんもかわいいところ、あるじゃない?」
「そんなんじゃないよ。でも、こんなに可愛い子と一緒に星を見てたらなんか、な」
彼女は顔を赤らめる。
「・・うるさい」
「なんか、先輩の言ってたこと。思い出したよ」
「どんな?」
「よく覚えてないけど。なんか一瞬だったら人は分かりあえるとかなんとか」
僕は照れくさくなってちょっと省いてしまう。本当はあの先輩の引退動画は何度も見て暗記してしまっているくらいなんだが。
「ふーーん、その先輩は随分ポエマーだこと」
彼女はちょっとニヤッとした。僕は黙って月を見ることにする。
二人でしばらく真っ赤な月を眺める。天田川さんは目を凝らしてじっと探しているようだった。
「ね、天田川さん。天田川さんはガチの理系で、でも僕は文学部。なんで理系と文系って分かれているんだろうね」
「きっと、人間は2つに分けるのが好きなのよ。賛成と反対とか、右と左とか、白と黒とか、正義と悪とか」
「「でも、今はそんなのどうでもいい」」
「気がするわね」天田川さん
「と思う」僕
「そうなんだ。もちろん、感性は一人ひとり違うから違う風にこの世界は見えてるんだ。でも、美しいものに心動かされるのはきっと同じなんだ!」
「プッ」
天田川さんはたまらず吹き出したようだ。
「何がおかしいんだよ」
「だって、紫木野くん。いつからそんなにポエマーなの!その先輩って人に負けてないわよ。プッククク・・」
「ちょっと今日はいろいろあったから」
「はいはい、いろいろあると文学部様は詩を詠まずにはいられないのね」
「いろいろなくても日常会話に理系用語入れられるよか、マシだよ」
「なんですって」
「暴力反対!」
「許さないっ」
手で顔を防御しようとしたら、キラッと青く光るものが見えたので慌てて
「あ、見てよ天田川さん、月の左の方にほら、青い星」
「え、どこどこ」
彼女は拳を振り上げたまましばらく探していたが
「あったーっ。6等星だけどこんなに周りが暗いと見えるのね」
拳を下ろして彼女は小躍りして喜んでいた。僕は、そんな彼女の無邪気な笑顔を横から見てドキッとした。それから二人で青い星を眺めた。
「ねえ、天田川さん」
「なあに」
「あの居酒屋の店員だったんだね、それでその時も助けてくれて」
「あら、お礼を言うのが随分と遅いこと」
「気が付かなかったんだから仕方ないじゃないか」
「ふふっ。元々赤毛なのが嫌で学校に行くときには黒のウィッグをつけていたの。まったく天田川くんは鈍感で忘れっぽくて、薄情なのね」
「そんな意地悪に言わなくったって」
「許してほしかったら」
彼女は目をつむって唇を突き出す。
僕は心臓が早鐘のように鳴っていた。
彼女は赤い月をバックに髪をなびかせて、本当に美しかった。
僕もおずおずと近づいて・・
「お楽しみのところ悪いねえ。ミスタァ紫木野」
寒気で体がゾクッとした。そしてこの嫌味な口調には聞き覚えがあった。
「はい、カットおぅ」
寺宮先輩は喜々として合図を送る。
「お疲れ様でーす」
僕はカメラを止める
「いやあ、先輩。引退演説、感動しちゃいましたよ!」
寺宮先輩は目を真っ赤にして感激している。
「なんか照れくさいなあ。アアーッ疲れた。大勢の前でしゃべるって緊張するよなあ」
「先輩って緊張するんですね」
部員の一人が茶化す。
「あったりまえだ」
「「ええーーっ」」
ハハハ、と賑やかな笑い声。先輩もしばらく一緒に笑った。僕も自然に笑顔になった。
それから先輩は僕の方へ向いて真剣な表情になった。
「なあ、紫木野はさ。何でも一人で抱え込もうとするから心配なんだよね、俺。もちろん自分の力でなんとかしようとするのは大事だ。でもな、誰かを頼るのもまた勇気なんだからな」
「先輩・・・」
「困ったらいつでも、俺も頼ってくれていいんだぞ、分かってるよな?」
「なぜ吾輩がここに?どうして今?お二方には、あー。多くの疑問で満ち満ちているころだろう」
「ねえ、この癖の強い人誰?」
小声で僕に聞いてくる天田川さん。
「僕の大学のギリシア語の教授」
「え?」
「だから」
「いかにも。あー吾輩は○○大学で教鞭をとっておる、文学部ギリシア語専攻、西洋古典学の教授、中坂田である」
あ、武士と同じで名乗っていくフレンズなのね。
「その教授が何の用よ」
「決まっておるではないか。あー、今朝のテロ未遂事件の、件について、だ」
「あんたは関係ないだろ」
「それが関係大ありなのだよ、ミスタァ紫木野、それからミス・・?」
「天田川よ」
「ミス天田川」
「それで?なんの関係があるって?」
「あるとも。吾輩の愛しい息子、銀太がケガをしたとあってはね。どうも、そこらで転んでできたようなケガではなさそうなのでね」
「お前がにいちゃんの父親・・!」
「そうだ、それだけではない。そもそも今回のテロを計画したのは吾輩だ」
「なんですって・・!」
「あー、君たちはふしぎに思わなかったのかね?そこらの大学生が何故海外の違法サイトにたどり着き、今回のテロを実行する道具を手に入れられたのか。高価な3dプリンターは一体、あー、だれが所有していたものなのか。何故警察を呼んでも来てくれないどころかそれで居場所が、あー、ばれてしまったのか」
「すべて吾輩だ」
僕たちは絶句した。ということは、早い段階で警察へ連絡しても意味がなかったってことか!
「今回はいろいろと誤算があったことは認めよう。分けても、ミスタァ紫木野。危険。危険だ。何食わぬ顔で直前に裏切りおる。」
「・・・」
「やはり、あの時にお前を事故に装って殺せていなかったのが最大の敗因だった」
「それって」
「左様。地下鉄M線の△△駅。午前7時47分発の直前の通貨列車。大学の入り口の関係上、お前はホーム中ほどにいることが多い。そこをだね。」
「この人殺し!」
彼女はキレていた。
「人聞きの悪い。TAに助教にしてやれるかもしれんと、吾輩は言っただけ。吾輩は一切手を下しておらん」
「クズが・・」
僕は今はっきりと思い出した。突き飛ばしてきたオッサンはたまに授業で端っこの方で教授の手伝いをしていたTAだ。マスクで顔を隠していたが間違いない。
「さて、世間話は、あー、これくらいにして。本題に移りたいのだがね」
「こっちにも質問をさせろ」
「時間はあまりないのだが。あー、よろしい、ミスタァ紫木野。エ、エンッ(咳払いの癖もすごい)質問を一問だけ許そう」
「お前たちの目的はなんだ?」
「It’s a long story.(話しだすと長くなのだが)よろしい。端的に言えばこの国にスパイを取り締まる法律がないのが、あー、すべての始まりなのだ」
「つまりお前たちは日本をめちゃめちゃにして喜ぶ国のスパイってことか!」
「日本人というのは非常に面白い。喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉がぴったりの国民性。それから日和見主義者。大きな犯罪の裏には必ずといっていいほど吾輩の同士が一枚かんでおるのだ。週刊誌で一瞬騒ぎ立てられてすぐに消えてしまったいくつかの未解決事件。君たちは知らないだろうな、報道管制が敷いてあるのだから。まあ、それを追ったフリーライターが次々に事故死。何度もそういった事件は繰り返されている。そういった追うものに対しての「殺し」がある事件は我々が関与したものだ」
「今回もそれにあたるってことかよ」
「左様。あー、今回のテロはいわば実験だった。ニート同然の不勉強な大学生で溢れかえっているこの日本で。大学生の思想を洗脳すればどうなるのか、というね。えー人間、暇になると理想だの、宗教だの、犯罪だのに手を染めやすくなる。はっはっ。面白いほど簡単に大学生は操れるものだよ。おしゃべりが過ぎたか。あー、であるからお前たちには残念ながら消えてもらう必要がありそうだな。だが、その前にミスタァ紫木野。録音をやめたまえ」
僕は心の中で舌打ちをする。彼女は信じられないという目でこちらを見る。
「本題というのは、今回の事件に関する一切の記録をこの場で始末しなくてはならん、ということだ。特に銀太の暴力を撮影した動画は何としてでも始末させてもらう。我が息子には何としてでも輝かしい未来が約束されねばならん。ふむ。時間だな」
教授は金の腕時計をチラッと見た。
バラバラバラ・・・
強烈な風を伴ってヘリコプターがその漆黒の姿をどこからともなく現したのだ。
「さて、私の合図でハチの巣になるか、それとも、データを渡すかが、あー。決まるというわけだ。Shall we dance? ―舞台開演といこうではないか」
僕はどうすればいい?考えろ、考えろ!
「あったりまえだ」
「「ええーーっ」」
ハハハ、と賑やかな笑い声。先輩もしばらく一緒に笑った。僕も自然に笑顔になった。
―――――僕は先輩がいたころの明るい雰囲気が何より好きだった。
「なあ、紫木野はさ。何でも一人で抱え込もうとするから心配なんだよね、俺。もちろん自分の力でなんとかしようとするのは大事だ。でもな、誰かを頼るのもまた勇気なんだからな」
「先輩・・・」
―――――僕は、先輩のことが大好きだった。離れて欲しくなかった。その時はそれだけで頭がいっぱいだった。泣きそうだった。
「困ったらいつでも、俺も頼ってくれていいんだぞ、分かってるよな?」
―――――今が、その時だと思った。僕の力だけでは、彼女を守れない。これは、依存じゃない。勇気なんだ。辛いときには人を頼る、これは強さなんだ。
「どうする気?」
「今考えてる」
警察に連絡してももみ消されるかもしれないし、第一こんな場所にすぐにたどり着けない。今頼れるのは世界中の誰より、先輩だ。確かに先輩はストーカー事件のことなどいろいろ言われてる。でも、僕は僕が知っている先輩を信じる!今、先輩に頼るためには、どうすればいい?まず連絡をしないとだめだ。電話か?ドットか?Wi-Fiは幸い使えるからつながるはずだが・・
「スマホを渡すしかないわ」
「いや、奴らは僕らをその後始末するだけだ。奴ら、「殺し」を厭わないってさっき言ってただろ」
「吾輩も忙しい身なのでね、あと10秒だけ待ってやろう」
「紫木野くん!なんとかあいつらに対抗する手段はないの?」
胸に手を組んで祈るように彼女は僕を見てくる。
「10・・」
<・・・敵は強大かもしれない。だが、それは私たちにしかできないやり方で反抗するしかないんだ。そして、それは暴力や犯罪に訴えることでは決して、断じてない。助けが必要ならいつでも呼んでくれ。>
「9・・」
「僕たちにしかできないやり方で先輩の力を頼る・・?」
「8・・」
「エウレカ!!(分かったぞ!)」
僕は大急ぎでしばらく切っていたWi-Fiの設定をこなし、スマホの動画投稿サイトにログインし、必要な操作をてきぱきとこなす。一つの操作ミスで時間の大幅ロスになる。僕は画面を穴のあくほどにらんで操作を続けていく。
「5・・」
ゲージのカウントがやっと始まった。
「早く、早く、早く!!」
祈る思いだった。
「本当に、大丈夫なんでしょうね!」
「神のみぞ知るってね」
大急ぎでドットにメッセージを打ち込みながら答える。
「頼もしいわね!」
「2・・」
あと50パーセント
「1・・」
一気に90パーセントまで上がった。
「0」
「吾輩は残念で仕方がない、君たちを処分してからゆっくりと・・」
教授はゆっくりと両手を上げていく。
ピロリーン。処理が完了したようだ。
「交渉をしよう!!」
僕は張り叫んだ。
「何?」
「交渉だ」
「そんな余地はもうないのだよ」
「どうかな。今、銀太の証拠動画とキサマの無様な音声を動画投稿サイトにアップした」
<私たちにしかできないやり方で反抗する>
今の時代は、だれでもネットになんでもアップすることができる。ネットに登校された“真実”だけは決して揺るがない。何度削除されようと、誰かがキャプチャしていればそれでいい話。ましてや、先輩のチャンネルへの注目度は炎上も相まって絶大だ。
「なんてことを・・!」
「安心しろ、今はまだ非公開の設定にしてある」
「ぐむっ」
「このボタンをタップするだけで部長はドットに貼ってあるリンクを追ってこの動画にたどり着けるようになる。そうなれば正義感に溢れた先輩ならきっとこの動画を取り上げて何十万人という視聴者に発信するはずだ!」
「お前はやはり始末しておくんだった・・」
「面倒だろ?」
「うぐぐぐっ」
歯ぎしりをする教授。
「分かった。あー、ミスタァ紫木野。交渉だ。何が欲しい?」
「僕たち二人の身の安全の保障と、それから誕生日プレゼントだ」
「誕生日プレゼント・・?」
「彼女がくれって言うもんだから。金は腐るほどあるんだろ?」
天田川さんは目を丸くする。
「高級ダイヤかね、それとも化粧品か?ブランドの服か?」
「そんなもの、この理系オタには間に合ってるって」
天田川さんは拳を握りしめる。敵がもう一人増えたねっ☆
「ε―シリーズの最新型の反射望遠鏡を××大学、天文部へ寄付しろ。寄付なら匿名でも大丈夫だろ」
これには教授も彼女も予想外だったらしい。いや、僕だってそりゃ予想外だったけどそれなりに高価なものでほしいものなんて別になかった。ふっと彼女が嬉しそうに眺めていた姿を思い出したのだ。僕は、彼女の喜ぶ姿を見たかった、、
「ミスタァ紫木野。君は今まで教えてきた生徒の中でも一番、オリジナリティーに溢れた返答をしてくれた。生きるか死ぬかという瀬戸際で、望遠鏡とは」
「・・・」
「よろしい、その面白さに免じて要求を呑もうではないか。君たちの安全は吾輩が保証しよう。スマホは画面を開いたまま、そのままゆっくりとこちらへ渡したまえ」
僕はゆっくりと教授に近づく。
「ミス天田川。あなたも同様だ」
彼女も観念したようにスマホを取り出した。
「今日は本当にいろいろあったわ」
「テロ未遂事件に始まって、長い長い悪夢を見ていた気がする」
「あら、やることはまだまだたくさんあるんじゃない?」
「例えば?」
「そうね・・・まずは誕生日プレゼントのお礼とか」
僕たちは手をつないだ。
「お礼って何だい」
「ふふっ」
彼女はにっこりと笑った。燃えるような月と、キラリと光る一滴の涙。僕は、天王星が好きになった。
「流沙さん、僕、好きだ」
「私も。あなたに初めて出会ったときからずっと、ずっと大好きよ」
僕は目頭が熱くなった。人と分かり合える。僕は先輩の夢を今なら信じられる。
「さっきの続き、しましょ?」
「うん」
僕は目を閉じた。
今まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!初投稿で我ながらくだらないし、繊細さのカケラもない物語だなあと。無事真の黒幕と取引を成功させ、この物語もあとはエピローグ(佳境編 Q )を残すのみとなりました。ちなみに、気がついている方いるかもしれませんがエヴァファンです。それからロシア文学が好きでトルストイ大先生やドストエフスキー大先生にはメチャ憧れています!
そうそう、エピローグの後って後書きとかむしろ邪魔だと思ったのでここに書いてます。余韻が大事ですしねー。最後のシーンは最初から決めてるんですよ、Finで終わろうって。
あ、折角ですしちょっと自己紹介しますね。作者は一浪した理系の大学生で、毎日数式と格闘してます。授業スピードをなんとかしてくれー!気晴らしに始めたのがこの創作活動でした。でも、やってみると割と楽しかったのでこういう発表の機会を与えてもらったことに本当に感謝、感謝です!あとしばしのおつきあいどうぞどうぞよろしくお願いいたします!
番外編や、説明の追加はしません。僕としては伏線は全てこの作品内で回収して物語を終えていると思っていますので。後書き長くてすんません。では、あとしばしお付き合いをどうぞよろしくお願いいたします。(/・ω・)/
そうそう、ヱヴァン〇リヲン新劇場版「破」には衝撃を受けました。だって、エンディングロールの後が。
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僕は数秒間、目を閉じていた。彼女の息遣いをだんだん近くに感じながら・・
「大好きよ、潟琉くん」
囁くように彼女は言った。僕は身を固くする。
だがそれは唇に甘い刺激が来たからではない。
心臓の近くに金属の冷たさを感じたからだ。僕はうっすらと目を開いた。
「だから、死になさい」
カチャンと撃鉄を上げる音。
「やっと、邪魔者が消えてくれたわ。ここには誰もいないし。あいつらもやっつけた。これで本当にほんっとうに二人っきりなのね!」
彼女の燃えるような瞳と髪、それから殺気。背後の血の色に染まった月が彼女を赤々と照らしている。拳銃を持った彼女は禍々しいほど、美しかった。
「なにを怖がってるの?さあ、さっきの続きをしましょうよ」
彼女はゾッとするような微笑みを浮かべていた。




