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第6話:決行前夜

僕は眠れずにいた。取り返しのつかないところまで来てしまった気がする。早く寝ようと思ってベッドに入ったのはいいが眠れない。僕は天井を見つめる。

明日はオリンピックに合わせた大学爆破テロの決行日だ。

僕は結局今の今まで何にもできやしなかった。何が悪かったのだろう。何を間違えたのか。

先輩に相談したいと何度思ったことか。だが当の先輩はストーカーの容疑で大炎上中だし、味方だったはずの部員からは広告収入に関する不信を買っている。

この状況を先輩は分かっているのだろうか。先輩に相談するのが怖い。


思えば、先輩が引退したのが悪かったのだ。それからあのおかしな「看板研究会」に絡まれて。今角さんやにいちゃんや、寺宮先輩やほかの部員の変貌。僕は何もかもを嫌になってしまった。寺宮先輩の演説は凄まじかった。部員はみんな虜になっていた。あの時からサークルがただの苦痛になった。逃げたくて、逃げたくて、イヤホンを買って大好きな曲で自分の頭をいっぱいにするようになった。それから、駅で突き飛ばされそうになってヒヤヒヤしたこと。それから彼女に痴漢事件で再会して。そういや、あのキレ症のジジイは釈放されたらしいと風の便りで聞いた。証拠が不十分とかなんとか。世の中、勝手なもんだ。胸糞が悪いので彼女のことを考える。それからデート?まがいのことをしたっけ。彼女は本当に頭がよく、それから星が好きなのだろう。その日から僕は彼女のことで頭がいっぱいになった。これは現実逃避なのだろうか。犯罪計画を着々と推し進め、それに反論することもできず、信じていた先輩に助けを求めるわけにもいかず、授業も嫌になった僕に居場所をくれる気がしたのだろうか。

彼女とはあれ以来会ってないくせに。怖くて連絡も取っていない。自分が傷つくのが怖いのだ。僕は、ドットや電話でのやり取りが嫌いだ。メッセージを書こうとしてもあれこれ考えてしまって、頭くしゃくしゃになって、結局当たり障りのない事務的な短い文章になってしまう。そんな自分に本気で後悔したこともあったっけ。そんな自分を変えたいなんて思わない。だって、惰性で生きるほうが気が楽だ。僕の人生は大学までも、大学に入ってからも、みんな惰性で生きてきた。

それに彼女に脈がないことなんて僕がはっきりとわかっている。あんなに可愛くて、それで理系の有名大学だ。男子率も高いし、賢いしで選り取り見取りだろう。

最初から考えないほうがいいのだ。仄かに懐かしむくらいが僕のような男にはちょうどいいんだ。でも、彼女のことが頭から離れない。いや、サークルのことを考えたくないだけか。サークルのことを。


「ということだ、我々と志を共にしようというものは立ち上がってくれ!」

みんなバラバラと立ち始める。僕は焦りを覚える

「ありがとう、諸君!しかしだな、ここに未だに悟っていない馬鹿がいるようだな」

寺宮先輩は僕の方をジトと見る。にいちゃんはまた足を掻いている。今角さんはやはり煙草を吸っている。他のみんなは僕の方へ無言の圧力をかけてくる。

「ぼ、僕は・・」

本当はここでもっとはっきり言うべきだったんだ。いつかの先輩のように、カッコよく、情熱的に。正論を言えばいい。明らかに犯罪は悪だ。誰かがケガをするかもしれない、ひょっとするともっとひどいことになりかねない。誰がどう考えたってそうだ。だが、この時、この場所においてはその論理が破綻しているように思えたのだ。僕の中に彼らに同調する気持ちがなかったと言えば嘘になる。僕は日常にうんざりしていた。それに先輩のことを信じる気持ちはポロポロと崩れ始めていた。外堀を埋められた僕は、丸裸の自分の感情を晒している状態だった。

「何が正しいのか、わからない」

消え入るような声しか出なかった。にいちゃんも、今角さんも、ほかのみんなも、ピタリと動きを止めた。何秒もの沈黙が続いた。熱気がちょっと冷めたようだった。

寺宮先輩は口火を切った。その副部長の後ろには今角さんが立っていた。

「なあ、紫木野。お前辛いんだろう?」

「・・・」

「部長を信じられなくなって、どうすればいいのかわからないんだろう?」

「・・・」

「だったら、俺が部長の代わりになる。部長より、俺のほうが正しくみんなを導いてやれる。なに、紫木野。お前の様な人材だって必要だ。お前は必要とされているんだよ」

必要。僕は誰に必要とされているんだろうか。一人暮らしを始めてから、僕には誰も相談できる人がいなかった。ただ、授業に出てサークルに行くだけ。だから僕に優しく接してくれる先輩の存在はとてつもなく大きかった。でも先輩はここにはいない。

僕の目の前は真っ暗だ。何が正しいのか、何をすればいいのか、さっぱりわからない。

「俺だって完全じゃない。何か意見があったら言ってくれればいい。みんなでこの革命をやり遂げようじゃないか!」

嘘だ。寺宮先輩は今角さんの意見を完コピするだけで、人の意見を聞くような人じゃない。でも、僕はそんな先輩の甘い言葉を信じる振りをして楽をしようとした。いつものクセだ。適当に人前でいい顔を取り繕うとする。楽な方向へ行こうとする。

「・・わかりました」

周りがドッと沸いた。今角さんは納得がいってないようだったがほかのみんなは素直に運命を共にする同士が増えたことを喜んでいた。

僕は生ぬるいひと時の嬉しさに浸るのだった。


僕は尚も眠れなかった。何度も寝返りを打った。夜中の3時を過ぎても眠れなかった。眠ろうとしても、体が疲れていても、まとまらない思考がチリジリに舞って休めない。


そして、朝日が見える直前の真っ暗な午前3時。いきなりスマホのバイブレーションが鳴った。感覚が研ぎ澄まされていたので僕はビクリと体をはねさせてしまった。


それは、何週間も更新されていなかった先輩のチャンネルのライブ動画の通知だった。

先輩は背景に何もない自宅の部屋でネクタイと背広を身に着け、いかめしい顔で映っていた。まず、深々と何秒もお辞儀をしてその後おもむろに話し始める。

「今、私への批判をたくさんいただいております。私の至らぬ点が多々あった点については深くお詫びいたします。

後日必ず、真相をお伝えします。私にやましい点は一切ないと信じてくれている方をがっかりさせたりしません!それだけはどうか安心して下さい。


以下はある人に向けたメッセージです。私はあなたにここで直接話すよ。

今あなたは悩んでいる。私を信じられなくなり、自分自身も信じられなくなって。

でも、いいかい。きっと後悔のないように選択するんだ。まだ、間に合うはずだ。あなたにしかできない。

敵は強大かもしれない。だが、それは私たちにしかできないやり方で反抗するしかないんだ。そして、それは暴力や犯罪に訴えることでは決して、断じてない。助けが必要ならいつでも呼んでくれ。それじゃ。」

ここで先輩はカメラのほうへ歩いていき、映像をとめた。

予想通り、チャットは大荒れだった。やれ「人助けの前にお前を何とかしろ」だの、「意味不明WWW」だの、「謝罪動画じゃねーじゃん」だの、「謝罪は?」だの、「出す時間帯が草」だのいろいろだ。

もう数時間後には家を出て決行する僕らに向けてのメッセージだろうか?それともほかの意図があるのだろうか?先輩は一体何を考えているのだろうか?見直そうにも、アーカイブはアップされていない。


ごろごろと僕は寝返りをうち、まとまらない思考をあやすだけ。


僕は許されない罪を犯そうとしている。もう、止められない。長くて苦しい一日が始まるのだから。


今思うと先輩のライブ動画は長い長い一日の始まりの汽笛だったのだ。

*各話リスト(後半)*


第7話: 佳境編 序

・ついにテ〇を決行してしまう主人公たちを待ち受けていた運命とは。

第8話:佳境編 破

・命からがら脱出した主人公が予想だにしない困難をいくつも乗り越える話。

第9話:佳境編 Q

・すべてを知った主人公が取った行動とは。主人公は、自分の犯した罪と向き合うことができるのか


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