第5話:午前はデートで自主休校にしたけど、決してリア充ではない(現在編)
僕は電話を切った。
「終わった?」
「うん。先輩から。なんかよくわからなかったけど」
「何よそれ。ね、その先輩ってどういう人?」
「どうして気になるの?」
僕は先日会ったときにはひどい塩対応だったのに今はこうして普通に会話してくれるのにも若干違和感を感じていた。もしかしたらさっきの事件でまだ興奮状態にあるせいかもしれない。吊り橋効果とはまた違うなんかそういう効果かもしれんしな。女子とは関わりたくないってさっきまで考えてたくせにおもいっきりかかわって、それで嬉しがっている自分にもびっくりだったが。
「いや、なんか。その」
僕にはピンときた。そっか、僕だけじゃなくて彼女も会話の糸口が欲しかったんだ。
「あのさ。僕大学生でさ。紫木野 潟琉っていうんだ。それでゼミみたいな、サークルみたいなのやってて。その先輩」
説明が下手くそすぎる。
「そ。私も大学生よ。天田川 流沙よ。天文学部で、天文サークルに入ってるの」
僕には理系の知識は皆無なのでなんかカッコよかった。それに知的な感じもする。赤眼鏡だけで判断したわけじゃねーからな。
「もしかして、××大学?」
「ええ、まあ」
「すげえじゃん。俺は○○大学。現役で入れるところを適当に書いただけだわ」
天田川さんは何とも返事に困っているようだった。女子と(そもそも人間と?)話した経験値が少ないのが辛い。
「わり。天文、だっけ?星が好きなんだ」
「そんなところかな。私、天王星が好きで。それがきっかけで」
「天王星・・?」
「惑星よ。水金地火木土天海って言うでしょ。その天にあたる惑星」
なんか呪文が聞こえたけどアレだな、月みたいなやつのことだろ。僕は興味をもった体で続ける。
「どういう星なの?」
「えと。地球と同じで青く輝く星。太陽から遠いところで、寂しくね。でも、とってもきれいなのよ!」
天田川さんは興奮した様子で語ってくれるがよくわからん。確かに青い星なら、奇麗なのかもしれないなあ。第2の地球ってかんじなのだろうか。
「私のことはそれくらい。それで、紫木野君のサークルはどういうのなの?」
「僕?」
「さっきから聞いてるじゃない」
正直、今のサークルの状況は誰にも知られたくない。僕の中で燻っている嫌な気持ちを押さえつけて話す。
「だから、政治の話とか議論するサークルだよ。すげえ熱心だった先輩がいたんだけど最近引退して辞めちゃってさ。それがさっき電話してた先輩。あ、僕は文学部だからさ。あんまり理系のことわからなくてすまんな」
最後の一言、いらなかったー!ただの言い訳じゃねえか。
「ふーーん、そんなことをやってたんだ」
咎めるように彼女が言うのでなんか申し訳なく思う。やっぱ賢い理系の人からしたらそういう目で見られて当然なの、か。なんか悲しい。
コンコンとドアをノックされる。
「あの、そろそろ渋谷駅に着きますよ。落ち着きました?こういった事件が起こった時の相談室が渋谷駅にあるので出来ればそこで事情を伺いたいのですけれども」
「分かりました」
天田川さんもハキハキと答える。
「私も大丈夫です」
それから僕たち二人は駅員さんや警察の人に事情を話したりでたっぷりと3時間はかかった。特に天田川さんが突き飛ばされた時の様子を確かめるように何度も聞かれた。そりゃ、ここが犯罪になるポイントだもんな。僕は思い出せる限りのことをできるだけ包み隠さず話した。だが、証拠を一切出せないのは非常にもどかしかった。スマホで撮影か録音でもしておけば。決定的な証拠になっただろう。僕は出来る限りスマホをすぐ使えるように心構えておく必要がると思った。ま、こんな犯罪に巻き込まれることなんてそうないだろうが・・
二人で渋谷駅を出るころには午後2時になっていた。折角だからと軽くお昼だけは一緒に食べることにした。
二人とも疲れていたので近くのファミレスに転がり込んだ。
彼女はスパゲッティを注文したので、僕も考えたくなくて同じものを頼んだ。
「今日は大変だった」
「ええ」
「ところで、僕は一人暮らしだから仕方がないけどさ。こんなことがあったのに天田川さんをどうして家族の人が迎えに来ないの?」
「私の家って共働きで。兄は家を出ていってどこかで就職して(?)親に結構な額を仕送りしてくれているみたい。もうしばらく会ってないの」
「そっか。なんかゴメン」
僕は彼女の過程が大変な状態なのを垣間見た気がしたので、触れないでおこうと思った。
「いいのよ。でも、その代わりというか。帰りに寄りたいところがあるの、付き合ってくれる?」
付き合うというワードくらいでは僕は何にも感じないんだからな!そう、単に付き合うだけだ。
「わかった。乗り掛かった舟だ」
本当は出席のある西洋古典学の授業を受けたかったのだが。まあ、途中からでも間に合えばいいだろう。
会計を済ませて外に出る。
残暑が厳しい9月のじりじりとした気候だ。太陽が大きくなってねえか?
「クーラーのあるところだから」
「ありがたい」
彼女は渋谷の街をスイスイと歩いていく。彼女は心なしか小走りのようだった。僕は彼女に遅れないようについていく。なんか、めっちゃ無視されてるけどデートっぽくないか?僕は同年代の異性とお店に行ったことなど無かったのでインスタンプにあるような店を勝手に想像していた。ま、そんな妄想は。
「ここよ」
叶わないわけで。
「え」
明らかにさびれてごちゃごちゃした外観。うん、パンケーキ屋ではなさそう!
「おじさん」
よくわからない機材が並んでいる棚の奥に彼女が声をかけると人のよさそうな店主がスッと出てきた。
「ああーー嬢ちゃん、また来てくれたのかい」
「おじさん、アレは?間に合わなくなっちゃうじゃない!」
「ごめんよ。もう少し時間がかかりそうでのう。どうもねじがすり減っておるようじゃ。工場にも部品の在庫がないみたいでの」
ここで店主は僕の存在に気が付いてこちらを向いた。
「ああ、天文部の新入部員の子なのかい?宙に興味を持ってくれる人が増えてくれるのはうれしいからのう。それとも、(おじさんはここで顔を近づけてきた)あれじゃな。一目惚れかな?」
「からかわないでよ、おじさん!」
店の奥で何かを熱心に眺めていた天田川さんは僕たちの会話をしっかりと聞いていたらしい。地獄耳だな。
「嬢ちゃんの相手は大変じゃぞ。せんだっても何十年前に販売中止になったEX-シリーズの望遠鏡の修理なんて無茶なことを頼みに来ての。今日はその催促に来たんじゃろ」
「失礼ね、部室の屋根裏の奥にちゃんとしまってあったものよ。あれが一番口径が大きいんですもの(※1)」
「でも嬢ちゃん、留め具が壊れているのでは望遠鏡は制御できないんじゃよ。(嬢ちゃんのようにのう。という言葉は流石に飲み込んだらしい。度々このおじさんは彼女の我がままに振り回されているようだった)それでは望遠鏡も重り付きの鈍器じゃ」
「フン!商売がお上手ですこと」
「わしとしては新しいのを購入するよう勧めておるんじゃが」彼女が穴のあくほど見つめている望遠鏡を店主は指さした。あーー彼女はその商売にまんまとはまってるのね。
「天田川くん!これすごいのよ。反射式だからかさばらないし、こうやって一眼レフ(※2)をダイレクトにつなげられるのよ(彼女は筒の横から飛び出たパイプのようなものを指した)」
「へえ」
僕にはよくわからない。そもそもこんなにときめかないデートって(そもそもデートではない。かもしれない。)あるか!
「そうそう、私の誕生日は4月27日なの。紫木野くん。来年プレゼントで買ってよ」
僕は面白半分に値札を見ると300000円とあった。(その時の僕は三脚の代金が10万円で別売りなことを知らなかったのだが)冗談じゃない!僕の一年のバイト代じゃないか。いくら天田川さんが可愛くても無理あるよなあ。
「ムリムリムリ!」
「紫木のくんだけが頼りなの」
いつかの居酒屋の店員みたいに腰をくねらせてもダメなもんはだめだから。そんな媚びるような声を出されてもない袖は振れないからな。てか天文のことになるとほんとなりふり構わないなあ、この人。口調まで変わって別人だ。僕を連れてきた理由はひょっとしてこれか?まあ、冗談だよな。
「購入してくれるとわしとしてはうれしいんじゃがね。実際経営が厳しくてのう。今はプラネタリウムも望遠鏡も天文関係はサッパリじゃからな」
「そうなんですか」
話題を変えられそうなので僕は飛びつく。
「だれもかれも下を向いて機械を操作するのに夢中なんじゃな。悪いことだとは思わんのじゃがな。近くのモノばかりを見ていると、わしなんかはたまらなくなる。遠くのものに想いを馳せることが人の心情をくみ取ることにもつながる気はせんか。ほれ、人の迷惑も顧みないおかしな連中が増えておるじゃろ。
わしの子供のころはここらでもよく星が見えた。みんな夏の夜には天の川を見たもんじゃった。じゃがな」
「今だって」
彼女はリスのように頬を膨らませて否定する。天文のことになるとコロコロ表情が変わるなあ。
「いいや、嬢ちゃんも分かっておる。××大学の天文部は廃部の危機で機材もままならないんじゃろ」
今度は一転して暗い顔になる。
「・・部員も部費も集まらないから、この望遠鏡だって買えないわ」
「それにもう光害(※3)でここらじゃ何にも見えないんじゃ。こればかりはのう」
「おじさん、今度の皆既月食(※4)は違うわ」
「そうじゃったな、じゃが嬢ちゃんの狙いのモノが見えるとは限らん。たとえ望遠鏡が修理出来ていて使えたとしてもじゃ」
きっぱりと店主は言い切った。
「・・・」
二人の話が難しくてよくわからないので僕は妙にムズムズした気持ちでそこにいた。
「見えるわ!きっと!見えなくったってきっとそこにあるんだから。私はそう信じているんだから。さあ行きましょ、紫木野くん。修理ができたらおじさん、連絡よろしくね」
「分かっておるよ」
二人で再び蒸し暑い店の外へ出た。
そのまま僕たちは連絡先だけ交換し合って別れた。今からだと西洋古典学の授業は半分終わってしまっているが・・仕方ない。イヤホンで音楽を聞きつつ、渋谷から僕は学校へ向かった。
ガラッと教室のドアを開けると、一斉に僕の方へ視線が集まる。しまった、間の悪いタイミングだった。
「ああ。ミスターァ紫木野。ちょうどよいところへの。劇的な。ご登場だ」
うーわ、サイアクッ(バイオ〇ザード風)
「あーもちろん。吾輩が先週イリアスを呼んでくるよう言ったのは覚えておろう?えー君はもちろんイリアス(クソつまらん西洋の古典の聖典)を熟読してきたと思うが(教授はここで間をとり首をしきりに縦に振る。眼鏡がここでずれないのは熟練の成果だな)この部分について意見が分かれたのでねえ。」
横で腰巾着、いやTAのオッサンがスラスラと黒板に議題について板書をしていく。
絶対ウソだ。こいつらがそんなにこみいった質問をするわけがない。これは遠回しに授業を遅れてきたやつをいびる教授の常套手段だ。
性質が悪いのはこういった手合いの無茶ぶりは最初から偉い学者の答えの相場が決まっているということだ。つまり。彼らの言うことをそのままいえば「君にはオリジナリティーがないねえ」と言われ、そうでなければ「勉強不足だねえ」と言われてお得意の教授の知識を披露されるということだ。
うん、今日も学校はやっぱ嫌いだ。嫌い。この教授は特に。
さっきまで天田川さんといたことによる若干の幸福感も雲散霧消し、僕はいつもの「逃げたい」というお経を心で唱え始めるのだった。最近の僕の授業の過ごし方はこんな感じだ。
嫌なことを断る勇気もなく、バカみたいに真面目ぶって。嫌なら出席しなければいいんだ、大学なんだから。必修でも来年取り直せばいい。僕にはそんな勇気はない。
英語の授業では僕の大嫌いなグループディスカッション(意味はあるのか?)があるし、スポーツの授業は(僕は運動神経がない)苦痛でしかないし。なんで大学へ真面目に来ているかって?惰性に決まってる。分かっていたらこんな生活とっくにやめている。もう先輩もいないこの大学に存在価値なんてない。サークルにだって居場所がない。サークルだって辞めればいい。強制力はないはずだ、運動部なんかとは違う。頭では分かっていても今やっていることをやめる勇気が出ない。どんどん自分が暗くなっても現状維持を続けたい。その方が何も考えなくていいし、人にも迷惑をかけない、と思う。
だから、これ以上面倒ごとはごめんだって。人と関わりたくなくていつだってイヤホンをつけて。
惰性でしか動けない、弱虫の、自分が可愛い、何もできない人間なんだ。
そんなにつらいのに誰にも相談できる人がいない。先輩にもずいぶん連絡を取っていない気がする。対面ならまだいい。その人の表情から不快に思っているかがわかるから気まずくなれば話題を変えるなり対処できる。まあ、コミュニケーションがうまいほうではないが人と話すこと自体は実際嫌いじゃない。でも、電話やましてやドットで連絡をするときにはトラウマに近いものがある。何を考えているのか、お互いわからないのは恐怖だ。僕が小心者だから、なのだろうか?そんな一言で、片づけられるものなのだろうか・・?
今回の天田川さん語録!
※1:望遠鏡の性能は筒の直径、口径で決まる。大きいほど性能がよい
※2:高級カメラの一種
※3:都市の明かりで星が見えないこと
※4:地球の影に月が入り、月が赤く見える現象