第4話:狙いはオリンピックだ(過去編)
僕が部室へ入った時にはいつものメンバー(つまり副部長と今角さんだ)がすでに来ていた。
「やはりなあ」
寺宮先輩はなにやらパソコンに向かって真剣な表情で呟く。
「難しい感じでしょうか・・?」
隣の今角さんも顔をしかめる。
「どうされたんですか」
僕はカバンをそこらに置きながら興味本位で聞いてみる。今角さんは苦手なので寺宮先輩に向かって。最近、寺宮先輩も今角さんに同調しがちなので苦手になりつつあるが。
「ああ、紫木野。動画投稿サイトのアカウントにログインできなくてな」
「最近いろいろ厳しくなってますもんね」
僕もメールアカウントのセキュリティーが最近厳しくなっていたのを思い出す。
「となると、直接部長に聞くしかないのでは」
うーむ、と腕を組んで言う副部長。
「それは難しいのではないでしょうか」
そこへ今角さんが少し毒の籠った言い方をする。
「というと?」
「言いたくはないんですが、その。やはりお金に関することですから。広告費の分配にもかかわることですし」
「やはり、部長が広告費の8割を取っていたものですから。それも部長しかパスワードを知らないアカウントで管理されていたのは迂闊だったのでしょうか」
副部長がおかしい。つい先月まで先輩が2割を部費として納めてくれていることに感謝して感動していたはずだ。なんで先輩のことを悪く言うんだ?
「でも、寺宮先輩。顔出しも編集も、機材も全部部長じゃないですか?それなのに2割も納めてくれるので十分すぎるほどだって先日おっしゃってたじゃないですか。それで部費としては十分すぎるくらいだって」
「口には気をつけたまえ。紫木野。状況は変わる。今お金が必要なんだ。それに我々だって撮影に協力していた。当然の権利だ。まあ、お前は部長のお気に入りだったから部長に盲目的になっているんだ」
「そんな言い方・・」
今まで先輩に心酔していた副部長の言葉とは思えなかった。
「私としても、よそ様の長を悪く言うつもりはありませんけど。でもおかしい話ではあると思いますよ」
詰るように僕の方を今角さんは睨みつけてくる。蛇のようだ。
「やはり、今角さんは人の立場に立って考えることができる公明正大な方です!」
「いえいえ、そんな。出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません」
そこへバタン、バタンと大きく戸を乱暴に殴る音がした。
「どちら様ですか?」
副部長が声を張り上げる
「あ、うちの銀太ですね。申し訳ありません、すぐに注意してきますので」
「いえいえお構いなく。同士の訪問はいつでも大歓迎ですよ」
副部長はにっこりと笑った。いつからあのスキンヘッドのにいちゃんが同士になったんだ?先週、居酒屋で管を巻いていた強面の人だろ。寺宮先輩だってお酒を強要されていやがっていたじゃないか。いったい、居酒屋であの後何があったんだ?あれ以来副部長は変わってしまった気がする。
「おう、今角。アレが一つなくなっちまったんだよ!そいで、とにかく報告しねえと思ってよ」
「なんですって・・?」
今角さんは顔を少し青くするがすぐに気を取り直す。
「いえ、問題ありませんよ。銀太。それに決行は1週間後なのです。計画に変更はありません」
「計画ですね!いよいよじゃないですか」
副部長は目をキラキラさせる。
「その、計画っていうのは?」
僕は初耳だった。
僕が聞くと三人は一斉に顔を見合わせる。そして無言の会話を二言、三言交わす。口火を切ったのは副部長だった。
「紫木野、これはお前には言いにくいことなんだが」
後ろで二人が無言でエールを送っている。
「部長は、動画投稿で得たお金で私腹を肥やし、ストーカーまがいのこともやっていたとんでもない男だったらしい」
「!!」
「確かに、部長は俺たちの前では善人ぶっていた。特にお前の前ではな。だが、これは事実だ」
僕はにわかには信じられなかった。僕は先輩のことが大好きだったからだ。
「そんなこと」
「先輩がするわけがないってか。やっぱりお前は政府に飼いならされた犬だなあ。紫木野、お前も目が覚めていない人なんだな」
可哀そうに、と副部長は頭を振る。やれやれとでも言いたげだ。
「だが、俺は違う。俺は部長という呪縛から解き放たれ、自由な正しい思想を持つに至った。まさに自由と規律ゼミの名にしおう部員になったのだ!紫木野、お前も俺たちの世界に来い」
「いいぞ、ノッポ!!」
にいちゃんが応援しだした。今角さんと目くばせをしている。
「寺宮さん、いっちゃってください」
目くばせをした後、今角さんもエールを送る。うむ、と寺宮先輩は部長が使っていた机のところへ肩で風を切って歩いていく。
そこはいつも部長が使っていた席。窓際の奥にあって太陽を背に部室を見渡せる場所だ。今まで寺宮先輩は遠慮してその場所へ近づくことはなかった。
いつかの先輩の引退演説を彷彿とさせる状況。いつの間にかほかの部員たちも揃っており、中には撮影を始めている人もいる。
だが、あの引退演説とは何もかも違っていた。もう、あの頃の雰囲気はないのだから・・
寺宮先輩が位置につくと、さっきまで照っていた太陽が暗くなった。寺宮先輩の登場に合わせるように。
そして寺宮先輩は大きく息を吸う。
「同士諸君もご存じのように、俺たちは今まで部長に洗脳されてきた。だが、部長は甘言を弄する偽善者であったことに私は気が付いたのだ。そしてそれはまさに看板研究会の方々の粘り強い説得の賜物である!」
寺宮先輩はここで一呼吸おいて看板研究会のほうに手を向ける。二人は深々とお辞儀をした。少人数とは思えないような拍手喝采がしばらく鳴りやまない。
「我々自由と規律ゼミ一同、厚く御礼申し上げる」
威厳を持った声で先輩が締めくくると拍手は途端にやんだ。そして先輩の演説が始まる。
「世の中には、二種類の人間がいる。愚かな一般人と我々賢い人間とだ。
我々は、目覚めた人間として法の束縛を受けない!我々大学生こそ、この世の中を救えるための情熱を持ち合わせた適合者なのだ!!
度重なる増税、汚職、資本階級のクズがこの世の中を破壊している。
我々は敵に対し、立ち上がらなければならない」
「「そうだ!!」」
異常な熱気。明らかにおかしな空間。僕がいては場違いだ。
「いいか、世界中が注目するオリンピックに合わせることが大事だ。我が自由と規律ゼミは、そのタイミングで腐りきった世の中を洗濯するため聖戦を行う!」
「「応!」」
普段は酒飲みのにいちゃんですら、この異様な空気に同調し情熱的になっていた。
「計画は単純。世界的に有名な××大学の工学部の地下実験室が標的だ。ここに地図がある」
みんながその手書きの地図を覗き込んだ。大学のセキュリティが甘すぎやしないかと僕は思う。
「この場所に、可燃性の有毒ガスタンクがある。破壊にはこの、3Dプリンターで出力した爆弾を使え。簡単に穴を開けられる筈だ」
こんな簡単に爆弾を手に入れられることに驚きを隠せない。海外のダークウェブから設計図を手に入れたらしい。まあ、資金不足でいくつかしかないが。
「我々看板同好会は、数人が別働隊となり大学の講堂を占拠し声明を発表する。これが次世代の憲法となり、革命の始まりになるのだ!」
僕は、違和感を感じていた。天田川さんのことを思った。それから、先輩のことも。
それからこれが悪夢なんだって僕は思うことにした。