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第3話:初デート(?)のきっかけがひどすぎる件について(現在編)

彼女とはそれっきりだと思っていた。通学の時間に会ったということはもしかするとこれから先同じ列車に乗り合わせることはあるかもしれない。でも、お互い無視して終わるのがせいぜいだ。名前も知らないし、この大都会でもう一度巡り合うなんて馬鹿げている。


僕はそれよりも今朝のツッタカタ―のトレンドに先輩の名前が載っていたことがショックでショックでそのことで頭がいっぱいだった。なんでも先輩は女性をストーカーしていたらしい。そういう触れ込みの証拠写真がネットで炎上している。ということは、寺宮先輩の言っていたことは本当だったのか!

僕はというといつもの通りイヤホンであのドイツ語の歌を聴いて通学する。いつもと変わらない日常。人は心持疎らだ。この都会では直接押し付けあう程度でなければそれは「空いている」ということになる。今日は「かなり空いている」なあ、と思って揺れる電車に身を任せていた。普段ならもっとこの車両は混んでいるはずだけど。


いきなり急停車。キキ―――ッという急ブレーキの音は流石にイヤホンを突き抜けた。

体が大きく前傾姿勢になる。一瞬ヒヤッとして咄嗟に右足を前に出して堪える。なんとか大丈夫だったようだ。


心臓がバクバクといっている。朝のサラリーマンにはひどく不機嫌な人がいる。ちょっとつま先を踏んでしまって「何すんだテメー!」ってキレられた時から僕にはトラウマだ。余計に人と関わりたくなくなった。営業の人で靴先が命の人だったのかもしれない。でも、そんなにキレやすい人が人と交渉できるのだろうか。それとも、アレか。自分より下には偉そうにする典型的なサラリーマンなのか?いずれにせよ僕は怖かったのをよく覚えている。関東の人は冷たいのだろうか・・?田舎から上京してきた僕には分からない。


そうそう、こんな感じにわけのわからんテンションでキレてくるんだよなあ。

「ナンだオラ、何様のツモリなんだよあん?」

そうそう、こういうなんか聞き取りずらい早口なんだよ。

「このオレにぶつかりやがって!故意だよな、故意だよな、そうだよな」

ちょっと待て。今まさに誰かがキレてねえか?

「訴えるぞ、法律は俺に味方なんだ、全部知ってるんだぞ。知ってるんだぞ!聞いてんのか!俺はなあ、俺は、一流企業の、一部上場の、偉い偉い営業部の課長様なんだぞ。そういうゴタゴタには慣れてんだ!昨日だって締りがねえ新入社員を“教育“してたんだ。フン、俺のような立派な大人になあ、忠告いただいてお前は感謝するんだよ!わかってんのか!おい!」

僕はイヤホンを外して周りを見る。幸い、キレてるのは僕に対してではなかった。だれか黒髪の、、女性?男の影に隠れて見えない。

「緊急停車誠に申し訳ありません。前を走ります列車に緊急停止ボタンが使用されたとの連絡が入りまして・・」

「おい!キサマに言ってんだよ!聞いてんのか!」

「現在、安全上の確認をしております。確認ができ次第、列車発車いたしますので・・」

「聞いてないだろ!!!」

顔を真っ赤にしてキレてるオッサン。歳は60を過ぎたあたりだろうか。誰かがキレてるのを見るとギュッと締め付けられるように不快な気分になる。ましてや今回キレられている相手は女性だ。さっきから微動だにしていない。頭が真っ白になって思考停止しているのだろうか?可哀そうだが、僕は関わりたくない。特に女性とは。ややこしくなる予感しかない。


僕はそっとその場を離れて別の車両に行こうとコソコソ動き出す。最低な奴だ、ああ、それで構わない。僕はヒーローなんかじゃねえ。それより僕は今サークルと先輩のことで動揺してて頭がいっぱいなんだ。それどころじゃねえんだ。こんなオッサンよりあいつらをなんとかしねえと。

だが僕はそっと数歩動いて、キレられている女性を見て心臓が止まりそうになる。

「嘘だろ」

あの時、僕を救ってくれた女性だった。彼女は前に僕に会ったときと同じく、ふてぶてしい表情で恐れもせずオッサンを直視している。

彼女は分かっていない、こうやって何の動揺も見せないのはああいうキレた奴には最悪の相性だって!!

「分かってねーだろ!お前!」

「・・・」

彼女は何の返事もしない。ヤバいぞ。オッサンは前後不覚のレベルに理性を失っている。


それからの十数秒間は僕にも何が起こったのかよくわからない。

「キャッ」

と言って彼女が僕のほうに吹き飛ばされた。僕は咄嗟に彼女を雑に受け止め(彼女の頭突きを胸に思いっきり食らって一瞬視界が飛びそうになった。簪か何かが思いっきり食い込んで僕は「ゲエッ」とヒキガエルの様な情けない声を出した)

オッサンは猛烈に走ってきたのでカバンも放置して彼女の手をつかんで辺りを見回す。

僕は怖くて怖くて足が生まれたての小鹿だったが一つのことだけがはっきりと頭に命令として機能していた。それは「アイツから逃げないと、自分の身も危ない」ということ。

走り出そうとして、自分のカバンに蹴躓いてしたたか額も打つ。口の中で血の味がする。

それでも立ち上がって僕は自己防衛本能から近くにあった個室によろけながら走っていきボタンを押して閉じこもって鍵を掛けた。彼女の手は掴んで離さなかった。


「はあ、はあ、はあ」

ドッと僕は疲れた。普段運動していないせいだ。それに緊張して動くと予想以上に体力が奪われる。彼女もそれは同じようだった。

ドン、ドン、バン

「おい!開けろよ!ふざけんじゃねー!!」

外では蹴ったり殴ったりめちゃくちゃをしているようだった。しばらく耳を澄ましていると駅員さんがやってきたようだった。

「お客さん!暴力は犯罪になりますから」

「なんだって、俺はなんもしてねえぞ!あの女が勝手に吹っ飛んだんだ!」

しばらく何人かでもみ合っている音が聞こえたが、取り押さえられたらしい。しばらくすると静かになった。

「全く、この人は常連さんだったが今回のは今までで一番性質が悪かったな。今朝列車に乗るときにも散々わめき散らかしてたからなあ。新人、この車両やけに空いてるだろ。知ってる人は避けたんだろうよ」

年配の駅員。

「そういうことだったんですね、あのお客様のことを私も記憶しておくべきでした!」

この人は若手かな?

「いんや、この人は当分列車にも乗れねえよ」

「確かにそれもそうですね・・」

そして若いほうの駅員の人がドアをノックして言う。

「お客様、大変なご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません。あの、列車がまもなく動きますので次の駅までそこにいらっしゃっても構いませんので、はい」

「わかりました」

僕は震える声でそう答えた

「男性の方でしたか。話ではてっきり女性かと」

「いえ、それは私です」

彼女が少し興奮気味に声を張り上げた

「彼とは古くからの知り合いなので、このままそっとしておいてもらえませんか?」

「はあ、成程。うん・・あ、いえ。であれば構いません、はい。私もこうして外で待機しておりますので。落ち着いてからで結構ですので経緯などを詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」

「構いません、とにかく今は」

「ええ、ええ。でしょうとも。あ、まもなく列車が動きますので揺れにご注意ください」

「「分かりました」」


それからほどなく、アナウンスがある。

「安全の確認が取れましたので、まもなく発車いたします。(そろそろと動き出した)この電車、特別快速小田川行きはおよそ20分の遅れを持ちまして運行する予定です。このままの遅れで行きますと、渋谷駅には10時15分、恵比寿駅には・・」

僕は大きくため息をついた。手すりにもたれかかる。

彼女はというと、複雑な表情で立っていた。

「とにかく、これで助かったあ」

「あのね」

彼女が僕の方をちょっと不快そうな目で見てくる。そうしてだよ、実質助かったのは僕の

おかげじゃないか。(怖くて必死だっただけ。それにだいぶカッコ悪かったけど)

「ここ、お手洗いよ」

「え」

目の前に便器がデンと鎮座していた。複雑な気持ちになった。

「でも、多目的お手洗いだから」

我ながらフォローになってねえと叫びたくなった。彼女は呆れたような表情を見せる。それからクスクスと笑った。

彼女の笑顔を初めて見た気がする。でもそうではないと思うくらい彼女の笑顔は自然だった。なんだか体の力が抜けていくようだった。


ブブブッ

僕のスマホの通知音だ。彼女に断って僕は相手を確認する。

アレ?先輩?急に心がズシリと重たくなる。今朝のツッタカタ―のニュースを思い出す。先輩とは、正直今あまり話したくない。もう疲れてるし。先輩にあの話を敢えて避けて気を使ってるように思われるのもまるで僕が先輩の罪を疑っているようで嫌だ。ちょっと躊躇したが着信が鳴りやまず何秒も続くので僕は疲れ切って重いからだを鞭打ってシャンとしてスマホを取る。

先輩からの電話を意を決して取ることにする。僕は電話が心底苦手なんだけど。

「あ、俺だよ。元気か?今いいか?」

「先輩っ!」

口がカラカラだ。

「なんだよ、ちょっと興奮してるのか?どした?」

「先輩こそ、どういった要件ですか?」

ちょっと突き放したような言い方になってしまって後悔する。

「うん、まあな。ちょっとゴタゴタしててな」

「それって・・」

僕は躊躇いがちに聞こうとすると

「いや、あの写真の話じゃなくてな」

そうなんだ。

「わりい、ちょっと用ができた。呼び出したのにすまんな、紫木野の声が聞けて元気出たわ」

「先輩、さっきから変ですよ」

「いや。変なのは紫木野の方だぞ。妙にウキウキしてるじゃねーか。さては最近仲のいい女子ができただろ」

心臓が宙返りする。

「どうして、そんなことが分かるんですか?」

「なにカマをかけただけだ。そっかあ。できたのかあ。俺心配だったからよかったよ」

「ち、違いますよ先輩!」

「ははは」

先輩はここで一呼吸おいた。何事かを思案しているようだった。


「なあ、前に俺、言ったよな。大切な人を守れる人になってくれって。(いつになく真剣な口調だった)頼むぞ、紫木野。その子を救ってやってくれ」

「先輩、それってどういう・・?」

「いや、意味不明だよな。さっきから支離滅裂なことばっかり言って。まあ老婆心ってやつだ。そんなの今時流行らないよな。うん、まあ。彼女は大事にしろって話だ。それじゃ」

電話が切れた。


僕はよく意味がわからず、しばらくぼんやりしていた。

先輩はたしかに、情熱的な人間だが・・。もしかしたら、今朝の事件も含め先輩は恋に苦い思い出でもあるのかもしれない。

先輩の意図をくみ取れずにいた。

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