四話 海神と鬼
真っすぐの一本道に左右は木々が生えている。その奥には豪壮で大きな神社、素戔嗚神社が見える。あそこに素戔 須佐女が居る。
「用心しろよ。罠を仕掛けてるかもしれん。」
「分かってる。」
須佐女からすれば俺たちが素戔嗚神社に訪れること自体予想外の発展かもしれない。或いは訪れることを知って罠を設置したかもしれない。でなければ須佐女に歯向かう者が居て、返り討ちにされる話は聞いていない。つまり、罠で死ぬ可能性は十分にあるということだ。迂闊には神社には近づけない。だがこの一本道を進むだけだ。
左腰に差す和泉守兼定の柄を右手で握り、いつでも戦闘態勢に入るように用心し、気を研ぎ澄ましながら歩く。
「嫌な気配ね。」
瑚福がこの気配に感知し、一言小さく呟く。俺も感知していた。なんとなく感じる。誰かに監視されているようでたまらない。監視に我慢して気を研ぎ澄まして歩く。
そのとき、左足元に何かが引っかかった。おもわずこけそうになるが、右足を前に出して重心を支える。さっと足元を見ると、極細の糸が左足の横にまっすぐ伸びていた。
「――罠か!」
瞬時に瑚福を見て、罠だということを報せる。その間零点一秒後、互いの背を預け、刀を抜いた。
糸で対象者を転がすのが目的ではない。歩きで糸を引き、対象者の周囲から手裏剣や矢を放つ罠だ。案の定矢が複数放たれ、俺たちに矢先を向けてまっすぐ射たれた。俺は和泉守兼定、瑚福は玖命を振り、剣身で全方位の矢を斬り飛ばす。剣身と矢の金属の衝突。斬り裂く鋭い音の衝突が連続して鳴り響く。零点二秒後に矢の襲撃は止み、周囲を確認する。すると木々に隠れているのは人の姿だった。
「すげえなあんちゃんたち。矢を振りほどくとはな。」
左右の森から、ボロい服を着て刀やナイフを持った電子人たちが続々と現れた。いかにも盗賊って奴が、身々の隙間なく群れ、俺らを囲い込む。電子人の数おおよそ三十人程度だ。
「分かっていたぜ。あんちゃんたちが武器を取り戻しに来るってことをよ。警察に連れの可愛い姉ちゃん!」
「ちっ、盗賊の一味か。須佐女め部下を持ちやがって。」
須佐女は俺たちが来ることは予想していたのか。だからありきたりな罠を仕掛けて部下たちを配置させていたのか。矢に刺されまった死体を運ぶ予定のために。その予定は崩壊したがな。
「アンタたちはここで倒すわ。群れで囲い込んで私たちを殺せると思っているの?!」
瑚福が強気に周囲の盗賊に挑発。
「なんだあの巫女。俺たちを舐めてんのか!」
挑発に乗る盗賊の一味。瑚福は他人や敵にはガンガン強気な妖怪だな。
「倒すついでにお前らを逮捕する。誰一人逃がさねえぜ!」
俺も便乗し、盗賊の一味の苛立ちを過激化させる。
「へ、この数にお前らたったの二匹。俺たちを捕まられるのであればやってみなあ!」
三十人ほどの囲む盗賊が一斉に武器を構えて、俺たちへ間合いを詰めてきた。
俺は右腕から蒼い火、鬼火を出し、和泉守兼定に流す。剣身に鬼火を移して、剣身を燃やす。鬼火に燃える和泉守兼定の柄に力を入れて、俺も構える。
「本気の一パーセント出すほどでもねえ。」
口腔に鬼火を溜め、向かってくる盗賊たちに吹く。火炎放射器のように燃えながら伸びる鬼火は盗賊たちの体に乗り移り、その肉体を焼く。
「あちちちちちち!」
「なんだこりゃああ!」
「あっちいいいいよおおお!」
燃えて進行が止まったいま、鬼火を吹くのを辞めて、こちらから間合いを詰める。和泉守兼定を左腰辺りに差し、燃える盗賊たちの間合いに接近。一人目に間合いを詰めて、差した和泉守兼定を振るい、その者の腹を斬る。
「ぐはあ!」
相手は倒れ、次に燃える二人目を返し斬り、三人目、四人目を斬り進む。
「こいつ……火、蒼い火を吹きやがった……!」
「妖怪かこいつ……!」
「ああそうだ。俺は、鬼だ。」
左手で借りたニット帽を拭い、袖の中に入れる。
「鬼を怒らせたことを後悔させてやるぞ。」
俺の角を見た盗賊たちは恐れ、尻を地面に着く者さえも現れた。そんな中、恐れののく盗賊たちの群れの中から大男が俺の前に立った。
「たがが妖怪。たかが鬼だろう?なんのこたあねえ。おい、俺が相手だ。」
大太刀を引き、鞘を後ろに投げて、俺を見下してくる。
「お前が俺の相手に務まるのか。」
「黙りやがれこの鬼公が。」
大男は大太刀を上げて、俺へ脳天に振り下ろした。対する俺は、左手をチョキにして、振り下ろしてくる大太刀の剣身を挟んだ。
「な、なにい、こいつ、ゆ、指で、真剣白刃どりを……?!」
「こんなの朝飯前以下だ。」
指での真剣白刃どりぐらい簡単だ。わざわざ両手で挟む受け止めるほど無駄な体力使うまでもない。
右足に鬼火を纏わせ、大男の腹を蹴る。
「あ、あちいい!」
大男は吹っ飛び、背を地面に叩きつけた。
「図体の割にはあっけないな。」
だが大男は立ち上がり、落とした大太刀を持って、俺へ間合いを詰めてきた。
「やろおおおおおおお……!」
再び和泉守兼定を左腰辺りに差し構え、地を一歩強く踏み込み、互いの間合いが入った瞬間、大男と俺の剣身が衝突した。和泉守兼定と大太刀の剣身の衝突は鋭いチャンバラ音を鳴らし、同時に大太刀の剣身を破壊する。
「なにいい?」
欠けた大太刀の剣身は天空へ舞い撥ね、和泉守兼定はそのまま勢いに乗って大男の腹を横に叩き斬る。
「ぐはああああああ、い、いてええ!」
大男は後方に倒れ、傷口から血を流す。
「う、うらあああああああ!」
背後から叫ぶ声がする。その声は徐々に近づき、走る足音も接近していく。身を軸にして横回転し、回転の勢いで和泉守兼定を振るう。半回転で互いの剣身が衝突し、鍔づり合いとなる。
「い、今だ!背後からやっちまえええ!」
その男が立の盗賊たちに声をかける。なるほど。この男は己を犠牲にして、鍔づり合いを展開させて俺の背後をがら空きにさせて狙うというという作戦か。
作戦は実行され、盗賊たちは刀を構えて、俺の背後へ間合いを詰めてきた。
だが俺は、空いた左手を鬼火に包ませて、男の顔を鷲掴みし、背後に襲い掛かってくる盗賊たちに投げた。男は顔が鬼火で燃えながら投げられ、盗賊たちに衝突した。盗賊たち一向は倒れて、鬼火が他の盗賊へ燃え移る。
「あちちちちち!」
その隙に燃える盗賊の群れに接近し、和泉守兼定を返し手で振るい、肉を斬り、次々と斬りつける。
「ひ、土方 歳弎……こいつつえぞ!」
「今更知ったか、俺の強さ。お前ら如きじゃあ俺の相手は務まらねえ。大人しく逮捕されな。」
次の瞬間乾いたような発砲音がした。咄嗟に後ろにふり向き、その瞬間に銃弾が俺の目の前まで接近していた。顔を後ろに傾け、銃弾は俺の鼻頭を微量にかすり、過ぎ去っていった。
「ふん、運よく避けたな。だが次は外さねえ!」
盗賊が拳銃を構えて、銃口を俺に向けていた。トリガーを引き、次の二発目を撃ってきた。銃弾に対し、俺は和泉守兼定を返し斬りで、銃弾を真っ二つにする。
「銃弾を斬りやがった?えええいただのまぐれだ。」
連続してトリガーを引き、計四発の銃弾が撃たれた。俺は銃弾に接近し、左へ返し斬り、右に戻り水平斬り、左斜め上へ斬り上げ、手首を返して右斜め下へ斬り下げる。銃弾全て斬り捨て、燃える和泉守兼定で拳銃使いへ右斜め上から斬り振るう。
「ぐぎゃあああ……!」
これでざっと十五人斬り。三十人ほどの盗賊の半分を斬り捨てた。こっちの方はあらかた片付け、瑚福へ振り向くと、時を同じくして瑚福の周辺も多くの盗賊たちが転がっていた。瑚福の腰から生えている二本の長い尻尾は二人の盗賊の首を縛り吊るし上げ、瑚福は玖命で吊るし上げた盗賊に水平斬り、もう一人の盗賊に回転斬りを与えた。
「ぐぎゃあ!」
「いてええ!」
尻尾をほどき、盗賊たちを解放させた。盗賊二人は力なく落ち、倒れた。
斬る瞬間、瑚福の玖命に一瞬虎が見えた……ような気がする。盗賊の傷口を見ると、刀による真っすぐな斬り口と、まるで猛獣が噛んだかのような深い歯型の跡が残っていた。これが神使霊憑という瑚福の能力の一部なのか?
「片付いたな。」
「ええ。」
瑚福も息が切れていない。どうやら余裕で斬り捨てたようだな。瑚福の戦い方を見ていなかったが、俺と同様に剣術には覚えがあるらしい。
「それが鬼火……へえ綺麗な火ね。」
瑚福が俺の和泉守兼定を纏う蒼色の鬼火に注目した。
「俺の、代々受け継がれてきた禍魅羅の鬼火は、名は迦具鬼炎っていうんだ。」
「迦具鬼炎……妖怪の能力ってこと?」
「ああそうだな。」
妖怪にはそれぞれの能力があるが、禍魅羅の吸電鬼一族の場合は迦具鬼炎という鬼火を操る能力が受け継がれる。
「さあて、下っ端は片づけたところだし、神社にお参りしようぜ。」
「ええそうしましょう。」
倒れた盗賊たちはあとで逮捕するとして、盗賊の頭を大優先に神社に向かう。
鳥居を過ぎ、庭には狛犬が建っている。和風の風情楽しめる庭だ。そして木造建築の豪壮な神社だ。あの中に素戔 須佐女が居るのか。
「よく来たな。妖怪。」
須佐女の声だ。頭を振り、どこに居るのか探す。
「歳弎上よ!」
瑚福が指を差し、その指先の方向を見ると、素戔 須佐女が肩に天叢雲剣を置いて屋根の上に足を組んで座っていた。
「素戔 須佐女!」
「まさか歳弎。アンタ鬼の副長ながら本当に鬼だったとはねえ。それに隣の巫女も猫の妖怪ちゃんか。可愛いじゃんか。」
俺の角に瑚福の猫耳と尻尾を見て、俺たちが妖怪だと理解するのが早いな。一切の動揺がない。
「うるさい。それよりも私の鼠狩と猫拳を返しなさい!」
「ねずみがりにねっけん?ああ和弓と鏝のことね。悪いけどそれは無理な相談ね。」
「それほど武器マニアに目覚めたってことか?」
「武器マニア?何の話かしら。あたいはマニアになるため武器を集めてなんかないわよ。」
「じゃあなぜ武器ばっか集める!」
「いいわ。冥途の土産に聞かせてあげるわ。それは、百の武器を建御雷神に捧げることで、あたいは再び神になることができるの!」
須佐女が自信満々な笑みで答えた。
「な、なんだって!」
「タケミカヅチ?どっかで聞いたことあるような……。」
「雷神だ。そして、高天原随一の剣の神だ。」
高天原には様々な神が存在する。太陽神に月の神、海の神に知の神、力の神、踊りの神。そして建御雷神が雷神にして剣の神だとされている。俺たち刀使いにとってそれはそれは恐れ多い神だ。
「えええ!?で、でもなんで高天原の神が須佐女に手助けするの?」
「理由は分からないが、とにかく須佐女は神に戻るつもりらしいな。」
どうやら建御雷神に百の武器を捧げることで、須佐之男に戻れるという手回しがあるらしい。天つ罪を犯した須佐女を高天原に戻すなんて、明らかに裏に通じた話だ。
「そうだ。あたいは電子人じゃなくなる。あの伝説の神、須佐之男に戻れるんだ。草草。そうしたら、あたいを蔑んだ姉を殺し、電脳世界を暗黒に陥れるのさ!」
「なに、天照様を殺すだと?!」
須佐之男の姉は太陽神 天照。この電脳世界を照らしてくれる偉大な神だ。そんな女神様を殺すということは、太陽を滅する。つまり、電脳世界を永遠に朝日が訪れない夜にさせるということだ。永遠に真っ暗な電脳世界はブラックアウト状態。それは、人間界の検索情報を永遠に真っ暗にさせること。そうなると人間界は検索することができず、情報が途絶えてしまう。電脳世界と人間界、二つの世界が混乱に陥ってしまう。それは避けなくてはならない。
「最っ高だろうこの悪戯は。二つの世界を開拓時代にまた戻すのさ。草草草草草!」
草草とご機嫌に笑った。これで素戔 須佐女の動機がはっきりした。須佐女はもう一度神になるために百個の武器を盗み、須佐之男になった状態で姉の天照を殺す、という計画的犯行を企てた。そうなると二世界はブラックアウト状態になってしまう。
素戔 須佐女は地面に降り、本殿に入った。俺たちは奴に追いかけ、本殿の中に土足で立ち入る。木造建築ながら床は渋い木の板が張っている。神聖的な雰囲気が身に染みて伝わるが、盗賊のアジトになっている時点で穢れている。そして、奥には、山積みにされた武器が奥にあり、山の頂点には白く眩い光の珠が浮いていた。その光は武器を吸い込み、次第に大きくなっていた。素戔 須佐女はその光の前に立っていた。
「あたいは須佐之男になる。その邪魔をするってのなら、もうここから逃がさないよ。必ずアンタらをここで殺す!」
あの光が建御雷神なのかは分からないが、武器を捧げることで須佐之男に戻れるという話から、光が武器を吸い込む限り、須佐之男になるのは間違いないと見た。
「逃げるつもりもねえよ!俺はお前を絶対にひっ捕らえる!」
「ふん、ま、今は光が武器を吸収しているんだ。あたいが須佐之男に戻るにはまだもうしばらくの時間がいる。それまでに遊んでやるよ!」
肩に置いた天叢雲剣を天に差し、剣身に水の塊を纏わせた。
やはりあの光が全て武器を吸い取れば須佐女は須佐之男に戻れるらしい。そうなると太陽神の命が危ない。なんとしてでもとめなくては。
「また津波が来るわよ!」
身構えた瞬間、須佐女は天叢雲剣を縦に振り下ろした。
「縦津波っ!」
振り下ろしたと同時に水の塊が破裂し、津波が縦状に流れた。俺たちは左右に回避し、縦津波をかわす。縦津波はまるで水圧カッターのように木床や天井を切り裂き、そのまま本殿の出入口を裂いた。
左が俺で右が瑚福はそれぞれが刀を構えて、素戔 須佐女へ走り、間合いを詰めた。先に瑚福が間合いを詰め、須佐女へ跳びかかった。
「降りて、参寅!」
瑚福がそう言うと、左手で指三本伸ばし、刀に虎の魂が憑いた。神使霊憑の能力だ。刀に虎の魂を憑依させたのか。玖命の剣身には黄薄らな虎が纏い、その状態で須佐女に斬りかかってきた。対する須佐女は咄嗟に天叢雲剣の剣身を横に構え、身を守る体勢に入った。飛び降りる瑚福は須佐女の天叢雲剣に虎が宿った玖命を振るう。互いの剣身が衝突したとき、同時に虎が口を開けて天叢雲剣を噛みついた。
「ほう、珍しい能力だな。まるで虎が襲い掛かってきたようだ。」
「虎を……舐めるんじゃないわよ!」
鍔づり合いの中、瑚福から須佐女の剣身を離し、次に左へ水平斬りを振るう。このとき、剣身を覆う虎は牙を大きく開け、横から須佐女を食おうとした。須佐女は後方に避け、斬撃、噛みつきを避ける。
「弐丑!」
今度は左手の指を二本立てて、剣身を覆う黄色の魂は消え、代わりに茶色の魂が乗り移った。剣身を覆う茶色の薄らな形状は牛だった。牛の魂が乗り移った玖命を肘から引き、須佐女へ突いた。須佐女は再び天叢雲剣を横に構えて、防御態勢に入った。牛が宿った突きを正面から食らい、須佐女はその衝撃に後方に押された。
牛の魂を纏う突きは牛の突進そのものの一撃か。なかなか強力な能力だ。
「やるじゃん猫又。」
「まだまだ!」
玖命を持つ右手の肘を後方に引き、連続して突き始めた。切先に薄らと牛の頭が写り、牛の突進が連続して天叢雲剣の剣身を叩きつける。突かれるたびに押され、須佐女は後退していく。
「こ、このクソガキがあ!」
今度は須佐女が天叢雲剣を瞬間的に振るい、突きを弾く。
「アンタ如きがあたいに刃交えるなんて十年遅いんだよ。」
「なにが十年よこのおばさんが!」
「この青臭いクソガキが!あたいをおばさん呼び捨てにしやがって!」
須佐女が天叢雲剣を天に差し、剣身に水を纏わせた。対する瑚福は、玖命を纏う牛の魂が抜け、再度虎の魂が憑依した。黄色の薄透明な虎の形のオーラを纏う剣身で、須佐女と瑚福の剣身が衝突。津波の斬撃と参寅の一撃が衝突した。だが、須佐女は天叢雲剣を力で玖命の剣身を押し飛ばし、この力の差で瑚福がかっ飛ばされた。
「瑚福!」
瑚福は空中で体勢を立て直し、華麗に着地した。
「今度は俺に任せろ。力なら自信がある!」
俺は須佐女に突進進行し、全身と和泉守兼定に迦具鬼炎を纏わせた。
「大火傷になる前に海水で流してやるよお!」
対する須佐女は水を纏った天叢雲剣を左腰辺りに差し構え、俺に振るった。相手の斬撃に合わせて俺も燃える和泉守兼定を振るい、互いの剣身が衝突した。大太刀と刀の衝突で俺の刀はくい込み、相手の剣身から湧き出る海水で鬼火を消されるが、こっちも負けずに鬼火を出し続け、海水を蒸発させる。海水と鬼火の蒸発と消しあいの繰り返しが繰り広げられる。
「火事場の馬鹿力ああああ!」
今度は鍔づり合いによる力の押し合いだ。俺は巨大な剣身を持つ須佐女を雄に押し、須佐女は動揺する。
「なんて力だ……!お、押される。」
鬼火で肉体を燃やすことで、筋肉の力を倍増させる、まさに火事場の馬鹿力を自在に引き出す蒼炎。それが俺の迦具鬼炎の能力だ。鬼火で倍増した筋肉量は誰にも負けない。
「どうした!いくら女になったと言えど腕力は俺より劣るようだなっ!」
「っざけるなああああ、この能筋野郎が!」
すると、剣身を覆う海水が爆弾状に形変化し、破裂した。破裂した水の破片は俺の体に燃える鬼火に付着し、次々と消していく。
「く、し、しまった……!」
消されると倍増された俺の筋力までもが低下してしまう。案の定、今度は須佐女が大太刀で押し込み、俺を押し込み、体が後退されていく。
「どうした!男のくせに女の腕力に劣るのかっ!」
「っうるせええええええええ!」
ならば身体中の鬼火を全開させるまでだ。最大火力の鬼火を排出させ、俺の体から鬼火が火炎旋風のように燃え盛る。
「全開!フルパワーだ!」
倍増に重ね更に倍増された超火事場の超馬鹿力で押し返す。須佐女の剣身をぐいぐいと押し返し、須佐女を押す。
「だったら、こっちも全開だああ!」
天叢雲剣の剣身から再び海水が溢れ、再び、さっきよりも大きく海水の爆弾が膨れ上がる。俺の頭上を雄に越し、これが破裂したら大津波が起こりそうだ。そうなればいくら全開フルパワーの最大鬼火排出でもかき消されてしまいそうだ。そうなれば俺の負けだ。
「壱猫ッ!」
突然と一瞬、須佐女の右頬を黒い猫の手が殴り、須佐女は左へかっ飛ばされた。
「ぐはあああっ!」
飛ばされた須佐女は壁に激突し、土煙がその周辺に舞う。
「瑚福っ!」
殴ったのは瑚福だった。瑚福の右手を見ると、黒い鉄肌をした猫の手型の鏝をつけて、玖命の柄は左手で握っていた。その鏝は神使霊憑で武器に宿る虎や牛のように、黒薄らと、本物の猫の手が覆っていた。猫の魂をその鏝に宿したのか。
「あなたたちが相撲している間に、あの武器山からとりあえず私の武器だけを手に入れたわ。あなたの武器は見つからなかった。」
「そうか。でもよかったな。武器取り戻せて。」
「ええ。これさえあれば私はフルに戦える。」
瑚福の尻尾に目が移った。その左右の尻尾の先端には、和弓と破魔矢が握られていた。確か、鏝は猫拳で、和弓が鼠狩という名前だったか。これで瑚福の武器は全て手に入れたわけだが、刀に鏝に和弓に矢と、武器多いな。
「降りて、肆卯は鼠狩に、拾弐亥は破魔矢に。」
瑚福は平然と猫又の二本の尻尾で二つの武器を持ち、天から白色と茶色の魂が舞い降りた。白色の魂は和弓の鼠狩の弦に宿り、弦は白薄らと覆う。茶色の魂は破魔矢に宿り、同様に茶透明な猪の魂が覆われた。二本の尻尾を巧みに使い、破魔矢の矢筈を鼠狩の弦に引っ掛ける。そして右の尻尾で破魔矢を引き、白色の魂を覆う弦は山状に引かれる。そして、右の尻尾は破魔矢を離し、破魔矢は勢いよく放たれた。
「弦は兎の脅威的な脚力で矢を放つ。そして矢は猪の突進の如く。」
なるほど、肆卯は兎で拾弐亥は猪なのか。弦に兎の魂を憑依させ、兎の脚力で猪の魂が宿った矢を放つ。二体の動物の脅威的な力を合わせ、矢として撃つ。
確かに、破魔矢は眼では追いつけなかったほど超高速で撃たれ、そのスピードで猪の突進の矢が放たれた。放たれて間もなく、土煙舞う所に衝突し、ドオンと衝突音が響く。須佐女に猪の超高速突進が当たったか。
「ぐああああああああああああああああああっ!」
ダイレクトアタック。須佐女の激痛の断末魔が同時にこの本殿に響いた。
「……誰だ。躾のなってねえ猪を放した野郎はっっ!」
土煙が吹き飛び、素戔 須佐女が肩に天叢雲剣を置いて、立って怒鳴った。
「私よ。悪いけど武器は返してもらったから。」
「返しなねえちゃん。クソガキが持っていい武器じゃねえ。」
「一族伝統の武器を『元』神の盗賊なんかが穢した、この国つ罪。まだまだ晴らしてもらうつもりだから。」
『元』を強調して言って、須佐女の過去を罵る。
「生意気だなっ!」
挑発に乗り更にお怒りになった。八つ当たり気味に天叢雲剣を脳天斬り下ろし、縦状の津波が俺たちに伸びてきた。
「どきな瑚福。」
瑚福は右へ一歩下がり、襲い掛かってくる縦津波の前に立つ。
「蒸発させてやらあっ!」
燃える和泉守兼定を左腰辺りに差し、縦津波の間合いに入り、火事場の馬鹿力で和泉守兼定を振るう。縦津波を鬼火纏う斬撃で叩き斬る。すると縦津波は真っ二つになり、一瞬で全て蒸発した。
「なにいいいい……!?」
須佐女は驚きを口に出して驚愕を隠せない。
(最大火力は尽きるのが早い……なんとしてでも短期決戦に持ち込みなくては……!)
今の俺は鬼火を最大火力で排出している。その分俺の中に鬼火が尽きるのが早くなってしまう。だから決着をつけなくてはならない。鬼火がなくなれば俺の負けだ。
「瑚福、一緒に行くぞ!」
「え、ええ!」
瑚福の玖命に虎の魂が憑依し、剣身に虎が黄薄らと覆われた。俺の和泉守兼定に鬼火を流し込み、更に燃え盛せる。二人で須佐女に突進し、間合いを詰める。
「今度は二人係りか。なめやがってえええ!」
須佐女も走る俺たちへ間合いを詰めてきた。本殿の中心で俺たちと須佐女の間合いは重なり、須佐女は天叢雲剣を肩から振り上げ、俺たちへ振り下ろす。対する俺たちは同時に玖命を和泉守兼定をクロス重ねて振り、三本の剣身が衝突した。そのとき、ぶつかる剣身を中心に辻風と鎌鼬が発生し、高速で鍔づり合いから放たれた。
「あたいは必ず神に戻る。そのためになら、あたいはなんだってするんだああああ!」
「そうはさせない。お前は牢獄生活がお似合いだあ!」
俺たちは一瞬、その間零点一秒後、一旦鍔づり合いから離し、再び剣身を連続して高速に振るい、天叢雲剣に二人係りの斬撃を与えた。対する須佐女も天叢雲剣を高速に連続して振るい、嵐の如く斬撃の激しいインファイトに入る。鈍いチャンバラ音が機関銃のように連続に響く。
須佐女に斬撃が届くように、俺と俺の側で懸命に戦う瑚福と一緒に剣身をただひたすら振るう。その度に剣身が激しく衝突する。その時一瞬の合間零点一秒に須佐女の斬撃の隙が見えた。零点二秒後、俺は左手に鬼火を纏わせ、握りしめる。瑚福は左に付けている鏝の猫拳に猫の魂を憑依させ、同時に肘を引く。零点三秒後、引いた肘を伸ばし、鬼火纏う右拳と薄らと猫の手が覆われた猫拳を放つ。
「武ん殴る!」
「壱猫ッ!」
俺たちの拳は須佐女の腹にダイレクトアタックし、
「ぐはああああああああああああああああああああっ!」
須佐女は真後ろへ武っ飛んだ。だが須佐女は空中で体勢を立て直し、着地。次に天叢雲剣に大きな水の塊を纏わせ、
「しゃらくせえええええっ!全部洗い流してやらああ!」
剣身を薙ぎ払うと同時に海水の塊は破裂し、大津波が押し寄せてきた。あのとき、俺たちを島まで流した技だ。
「また津波が……!」
「任せろ……!」
この津波を止めなくては鈴鹿市の住民たちにまた被害が受けてしまう。
口腔にめいいっぱいの鬼火を溜め、一気に吐き出した。口腔から放たれた最大火力の鬼火は巨大火炎放射器で放たれたようにかなり燃え伸びる。巨大な鬼火放射と大津波は衝突し、蒸発と消しあいを繰り返す。そして、蒸発が打ち勝ち、大津波を全て消した。
「ば、馬鹿な……海神の力が……負けただと……?!」
「ふう、お、お前が海神だと……?」
息切れを起こし、少し膝を床につける。息を整えるように吸う。
「お、お前が.......神なわけがあるか.......!」
立ち上がり、須佐女を睨みつける。
しかし和泉守兼定や肉体を纏う鬼火は消失してしまった。さっきの全力鬼炎放射で鬼火の元である電気を使い果たした。
「.......どうやら鬼火は消えたようだな。」
燃え尽きた鬼火を見てニヤリと微笑を浮かべる須佐女。
「歳弎……ここまでよく追い詰めてくれた。あとは私に任せて。」
「いや、その必要はない。電気は補充する。」
「補充……?あ、なるほど。」
電気の補充の仕方を察してくれた瑚福は俺の前に出た。
「私が奴の注意を引く。その隙に。」
「ああ。」
そして瑚福は須佐女へ間合いを詰め突進して行った。玖命の剣身に虎の魂を、猫拳に猫の魂を、破魔矢に猪の魂を憑依させて。
「ふん。猫に海は勝てねえよ。それでもあたいに立ち向かうなら、これでもくらいなっ!」
須佐女は天叢雲剣を天に差し、剣身に海水の塊を覆わせた。剣身を床に叩き下ろし、塊は破裂し、縦津波が押し寄せてきた。
「いっけえ、壱猫ッ!」
猫の魂が憑依された左手の鏝猫拳で縦津波を正面から殴り、縦津波は破壊され、水飛沫が辺りに飛び散る。その直後に、須佐女が間合いを詰め、瑚福に左腰辺りから横に振るう。咄嗟に瑚福も玖命を振るい、剣身が衝突するも、須佐女が押し払い、瑚福の身は後方にかっとばされた。
「今よ歳弎ッ!」
「おうよっ!」
須佐女が振るった直後、俺は間合いに入り、左手の指を立てて、須佐女のがら空きとなった胴体に突き刺す。
「ぐ、な、なんだ?」
こいつの血管に指を突っ込み、血を吸い取る。
俺は吸電鬼。読んで字のごとく電気を吸い取る鬼だ。電気の補充は単純に、相手から電気を吸い取る。ただのそれだけだ。
電子人の血中の電気を吸い取り、発電させ、能力迦具鬼炎を活動させる。すると体内から体外へ鬼火が溢れ、再び肉体と剣身を燃やす。
「な、なにい!鬼火が復活しやがった……!うあああ電気が吸われていく……。」
「俺は、吸電鬼一族禍魅羅の鬼だああああッ!」
須佐女は後方に二歩退き、吸収の左手から遠ざかる。だが十分に電気は補充した。これで鬼火は戦闘中に尽きることはない。
「もういっちぃ、デカいの一発、武ちかますぜ。歯ぁ食いしばれっ!」
今度は左手を握りしめて鬼火を纏わせる。
「男女無差別平等パンチ……!」
後退した須佐女へ一歩踏み込み、拳を奴の左頬へ武ん殴る。力のあまり、須佐女は武っ飛び、背後を武器山へ武つけた。
「ぐはあああ……!い、いてええ……!」
武器山から這いずり落ち、うつ伏せになり、秒後須佐女は立ち上がることはなかった。ノックアウトだ。
「どうだ須佐女っ、俺の力は!」
須佐女を倒すことに成功した。瑚福は俺の側に寄り、
「やったわね。」
と一言掛けてくれた。