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電卓の武士  作者: ヴェノジス・デ×3
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三話 天つ罪

田代 瑚福は左に、俺は右に水上のイカダに座り、櫂で海を漕ぐ。ひたすら漕ぐ。確かにイカダは進んでいる。崩壊の前兆も今はまだ感じない。これなら本国に辿りつけれそうだ。

「ねえ歳弎。思ったんだけど、今、素戔 須佐女はどこにいるの?」

「おそらく素戔嗚すさのお神社だ。」

「なぜそう思うの?」


俺の即答に疑問を持つ瑚福。そうか瑚福は須佐女の正体を知らないのか。

「素戔 須佐女は、昔。神だったんだ。」

「神?」

「神だった時期があるから、神を祭る場所を拠点にしているんだきっと。」

「どういうこと、須佐女ってのは妖怪じゃないの?」

能力を持つのは妖怪で、電子人は滅多に持たない。つまり須佐女は海の力を持つ妖怪だ、と瑚福はそう思っているのだな。

「それは違う。須佐女は高天原サーフェイスウェブの神だったんだ。」

「過去形なのね。で、なんで元神様が葦原中国ディープウェブに居るわけ?」

「知らないか?須佐之男スサノオって神を。」

「ええ勿論。ヤマタノオロチを倒した英雄でしょ?」


須佐之男という神は出雲国(島根県)と呼ばれる地で、大蛇の妖怪ヤマタノオロチを倒した英雄だ。そして尻尾から天叢雲剣を得た。これは日本神話で、電脳世界デンノウガルズでも伝承として伝わっている。

「ああ、その須佐之男は、高天原サーフェイスウェブで粗暴行為を行い、神逐かんやらい、つまり高天原サーフェイスウェブから追い出されたんだ。そして神から電子人にされ、そして女性に変えられたのが素戔 須佐女だ。」

「へええ。だから須佐女は元神なのね。」


神逐を受け、挙句女性の人間にされた須佐之男が素戔 須佐女。ヤマタノオロチを倒した英雄の正体は須佐女なのだ。

「それを不服と見た須佐女の暴走は止まることなく、葦原中国ディープウェブでも粗暴行為を行い、盗賊となった、というわけだ。」


天叢雲剣を高天原サーフェイスウェブに献上することなく、己の武器として振るい、その粗暴行為は葦原中国ディープウェブに留まることはなかった。だから素戔 須佐女は葦原中国ディープウェブのお尋ね者として名が広まっている。

「須佐之男は元々海の神様。だから海の力を扱える。なんで性別を変えるときに海神の力を抜かなかったんだろうな。」


津波を起こせたのはその海の神の能力だ。

「須佐女はおそらく、神だった頃の崇められた素戔嗚神社を拠点に盗賊活動をしている。」


元神を祭る神社がかつて崇められた盗賊の拠点になっているとはとんだふざけた話だ。

「詳しいのね。」

「日本神話から今に至るまで、犯罪歴の最初は須佐之男だからな。警察の基礎教育だ。」

「この電脳世界デンノウガルズで最初に犯罪をした元神……私、そんな相手に武器を盗まれて、それで返しに行こうとしているのね私たち。なんだか恐れ多い気がしてきたわ。」

「馬鹿。それでも鼠狩ねずみがり猫拳ねっけんを取り返したいんだろう?」

「あなたこそ、そんな目上の存在を逮捕しようとするの?」

「言ったろ。奴はもう電子人。そして神だの元神だの関係ねえ。悪い奴は逮捕する。ただそれだけだ。」


素戔 須佐女は強力な犯罪者だ。元神の力で海を自在に操り、津波を起こすほどの、犯罪元祖の者。しかしどんな奴であろうと俺の正義が屈することはない。必ず逮捕する。窃盗容疑で。

「強いのね。だったら私も決心したわ。必ず取り返して、これ以上の悪行と止めましょう。」

「その意気だ。」


瑚福もそれなりの正義感があるのだな。こいつは良い奴そうだ。案外仲良くなれるかもしれない。

「さて、もうすぐで着きそうだな。」


イカダの進行距離が本国まで近くなってきた。

「急ぐわよ。」

「ああ。」

おしゃべりはここまでにして、イカダの進行に集中する。


 程なくしてやっとこさ本国につき、浜辺に足を乗せる。

「ヨットじゃないけどあらよっと。」

しかしここの浜辺や奥の横に続く車道が土砂塗れだ。一振りの津波で派手にこの地は浸食されたな。海神の力を乱用するとは益々許せん。


「ダジャレ言う暇があるなら行くわよ。」

「ダジャレ言う暇と言わない暇にそんな時間の差があるか?」

ここで瑚福は左手を、服の胸部が大きく強調しているたわわな谷間に突っ込み、何かを取り出した。それは小さな木馬だった。


「なんだそりゃ。おもちゃか?」

「まあ見てなさい。」

木馬を砂の上に置き、次に左手の五本の指をピンと伸ばし、右手は人差し指と中指を伸ばし、二本の指を左掌にくっ付けた。


「舞い降りおりて。漆午しちうま。」

すると両手が茶色のオーラに纏い、天から茶色の魂が落ち、木馬の中に浸透した。すると木馬は馬サイズにまで大きくなった。

「な、なんだこりゃ!」


これは妖怪の能力だ。木馬が茶色のオーラを纏い、そして、本物の馬のように動き始めた。地に付けている前足を上げて、しっかりと背筋を張り、頭上を天に差して、ウヒヒーンと鳴いた。まるで馬だ。

「馬の魂を木馬に憑依させた。神使霊憑しんしれいひょうという、物に動物の魂を憑依させる能力なの。」

「へえこいつはたまげたなあ。便利な能力だな。」

憑依とは、己の肉体に神様に憑かせていただき、神様のお言葉を聞くことを儀式というが、物に動物の魂を憑かせるなんて、意外性のある能力だ。

「この馬に乗って素戔嗚神社に行きましょう。」


瑚福の言う限り、どうやら木馬であっても馬の身体的能力は反映されるらしい。つまり馬の魂が憑いた木馬は本物の馬さながらの運動神経を持つということだ。

「ああ。」


先に瑚福が木馬に跨り、あぶみという足場に足を乗せた。手綱を持ち、空いた右手で俺に差し伸べる。俺はその手を掴み、瑚福はその手を引いた。俺は跳び、その手に引っ張られて、瑚福の背後に木馬に跨る。木馬の表面は滑々していて座り心地は悪くない。両手で瑚福の肩を掴み、落ちないように支える。

「肩は重いから脇腹を掴んで。」

「おおわりい。」


肩は辞めてほしいと言われて、両手を女の子の脇腹を触れることにする。正直初めて女の子の脇腹触るから、変な意味で誤解を招かないようにしないように触らなくては。ソフトタッチで脇腹を掴む。すると瑚福の背と二本の尻尾がピンと張った。

「ちょ、くすぐったい。」

「すまんな。」

これでもソフトタッチしたつもりだが持ち方が悪かったようだ。張った尻尾は湾曲し、背も張るのを辞めた。

「服を持てばいいか。」

「ええそうしてちょうだい。」

何やら不機嫌にさせてしまったようだ。脇腹の布を両手でつかみ、己の身の軸を支える。

「よし、じゃあ飛ばすわよ。」

「おおう。いけえ。」


両足を広げて、木馬の腹を軽く蹴る。すると木馬はヒヒーンと鳴き、木馬は強く走り始めた。木馬は浜辺の砂を蹴り進み、泥土塗れの車道を走る。倒れた木は跳んで着地して突き進む。

「おおおお。これが馬かあ。」

本当に馬に乗った気分だ。進むたびに向かい風に強く衝突する。


「ところで素戔嗚神社ってこの道であってるかしら。」

「……ああ、その……俺も場所分からねえや。草。」


草、とはただの草ではなく、(笑)の意味を持つ。ここ電脳世界デンノウガルズでは草は、イコール(笑)なのだ。なぜかというと(笑)を英語で表すとダブリューだが、このWが草に見えるから、Wイコール(笑)イコール草ということになる。我々電脳世界デンノウガルズを生きる民はネット用語が標準語なのだ。この場合、場所が分からなくて、それで笑えるという意味での草だ。

 手綱を引き、馬の進行を止めた。

「草生やしている場合じゃないでしょ。あなた警察でしょ。道分からないの?」

「ここ知らねえんだから仕方ねえだろ。」

「まあいうて私も場所分からないから人のこと言えないけど。」

「そもそもここどこだか分からないしな。」


第一俺たちは気を失うほど流されたのだ。本国の津波の浸食具合から見るに俺たちは遠く流されたのは間違いない。

「一旦、街に行ってみて情報収集することにしよう。」

「それが良いわね。」


早く取り戻したいという焦る気持ちはあるが、闇雲に探すより一旦情報を聞いて行った方が良い。それに必ずしも須佐女が素戔嗚神社に居るとは限らない。あくまで俺の推理で言っただけだ。街の住民に聞いてみた方が手っ取り早い。

「で街はどこよ。」

「……とりあえず、この先に進んでみるか。」

「草。頼りない警察官ね。」

「うっせえ。お前も迷子だろうが。」

真顔で草と言われたような気がした。それ笑ってなくね?



 木馬を走らせること二三時間、木建築が立ち並ぶ街に着いた。しかし、酷い有様だった。

「おいおい……。」

「ここまでなんて……。」


この街も泥土一色となっていて家々や道が派手に汚れている。まだ道がバチャバチャと水が残っている。素戔 須佐女の津波の餌食となったのか。あの一振りだけで津波を起こし、俺たちを流すだけでなく街をも巻き込んだとは、元神の粗暴行為がここまで極まるともう自然を超越した災害だ。

「許せん、あいつめ……!」


拳を握りしめて怒りをぐっと閉じ込める。己の欲望だけで街を巻き込むなんて、とても許せない。

「そうね……あいつはそれなりの罪を背負ったわ。必ずとっちめてやるわ。」

「ああ。でも今は情報収集よりも民の命が大事だ。救える分は救おう。」

「賛成ね。」


俺は西、瑚福は東に分かれ、街の救出活動をした。

「助けてくれえ!」


助けを求める強い声が崩壊した家の中からした。

「今行く!」


濡れている瓦礫の山を駆け足で上り、耳を澄まして声が強い方向を探す。

「ここだあ!」


足元から声がした。だが足元は瓦礫だ。住民は瓦礫の下か。

「助けるぞ!」


瓦礫を掴み、蓋を開けるようにそれをどかす。すると瓦礫の積み山の下に幼き子が立っていた。

「ひっ、お、おおおおお鬼……!?」


少年は俺の頭の角を見た瞬間鬼だとすぐに理解し、警戒し言葉が震えた。ああそうか今の俺は帽子がないから、第一印象でバレるのか。それはまずい。しかしここは何としてでも助けなくては。

「安心しな。俺は鬼でも優しい奴だぜ!」

「え、ほんとう?!じゃあ助けて!」


純粋な子でよかった。俺は警察なのに、なぜかこの子は騙されやすい性格だな、と思ってしまった。いや俺は優しい性格してるけどと自称してみる。そんなことよりも、まずは手を差し伸ばし、子は精いっぱいながら手を伸ばし、握りしめてくれた。俺はその子を引き上げ、積山から救い出す。

「ありがとう兄ちゃん!」

「他の家族は?」

「流されちゃった……。」


あんだけ大きな津波だ。親やきょうだいが流されて置いてけぼりになるだなんてあまりにも残酷すぎる。

「……そうか。ここは危険だ。山奥に避難してな。」

「うんありがとう!じゃまたね。」


それでも明るく振る舞う少年は山がある方へ駆け足で行った。

「そんじゃま、他のとこに行きますか。……のまえに、帽子ねえかなこの崩壊した家に。ちょいと借りていきたいところだが……。」

盗むのではない。借りるのだ。いや人の物を勝手に借りた時点で盗んでいるのだが、俺は鬼だ。救済を求めている民が怯えないように救出活動するには帽子がどうしても必要なのだ。だから借りるのだ。盗んでなんかいない。

 なんとかニット帽が見つかり、それを被って次の救済地へと向かう。


 五時間ほど救出活動をし、崩壊した家々の山から住民を救った。中には既に息を返さぬ者もいたが、それよりも多くの住民が助かった。あの津波から運よく助かった者がいて良かった。

「ありがとう旅人に巫女さん。」


御老夫婦が代表として俺たちに感謝の意をくださった。

「困っていたら助けるのが当然ですよ。」

「あなた……もしや土方 歳弎ではないでしょうか?」

「あ、ああ、そうです。よく分かりましたね。」

御婆さんが俺の名を見抜いた。そんなに俺は有名なのか。すると御婆さんははっ、と驚き、涙を瞳からこぼした。

「うう……本当に助けていただきありがとうございます。あなたはまるで本当に神の使いのようです……救世主とはまさにあなただ……。」

「いえいえそんな大げさな。」


皮肉にも俺は黄泉国ダークウェブ出身の鬼だ。神の使いとは相反している。それどころか元神がこの街を荒らした。元神の素戔 須佐女は妖怪以上の悪行をこなした。須佐女にはきちんと罪を償ってもらおうか。

「御婆様、御爺様。実は私たちも津波で流された身でありまして、私たちはここがどこなのかが分からない状況なのです。ここがどこなのか場所を教えていただけませんか……?」


そうそう、救出活動に夢中で情報収集の目的を忘れていた。代わりに瑚福が聞いてくれた。

「ここは鈴鹿市ですよ。」

「鈴鹿市、ってことはここは何県だ?」

「三重県です。」


あの茶屋から三重県の無人島にまで流されたのか。指電には位置情報システムが無いから場所は分からなかったが、そこまで遠く流されたのか。それよりも京都から三重までよく歩いたものだ俺は。

「なるほど。あと一つお聞きしても良いですか?」

「どうぞなんでも。」

「私たちは今から素戔嗚神社に行きたいんですが、ここからどの道に進めばいいでしょうか?」

「素戔嗚神社……?!それは辞めなされ。あそこは素戔 須佐女という危険な女が住んでます。」


御婆さんが驚いた表情でナイスな情報を教えてくれた。やはり俺の推理は正しかったようだ。それよりもこの方々は素戔 須佐女による津波だとは気が付いていないようだな。

「なあに御婆さん。俺は警察ですよ。俺はそいつを逮捕するために素戔嗚神社に行きたいんですよ。だから教えてくれますよね?」

「おおお土方さんが捕まえてくださるのですか……!これはありがたやありがたや……。」


流石に素戔 須佐女の本拠地や危険度は知っていたか。

「素戔は我々の武器やお金を盗んでいくんですよ……だからここは安全に住めないのです……。」

「ん、待ってください。今、武器を盗む、とおっしゃいましたよね。」

「はいそうです。おかげで身を守るものがなくていつ他の盗賊に襲われるか心配でよちよち眠れないのです。」


素戔 須佐女は俺たちの武器だけならず他の住民の武器まで盗んでいる。一族伝統の武器を集めるマニアなら分かるが、名も無いような武器も集めていったい何をしているのだ。


「なんか変ね。相当の武器マニアなのかしら。」

「ああそうだな。ありがとうございます。では俺たちは今から逮捕しに行きます。」

「こちらこそどうかお願い致します。……素戔嗚神社はここから南の道をまっすぐ進むと着きます。」

「南、か。」


三重県の東道は俺が行きたい江戸城へ続くが、素戔嗚神社となると正反対の道なりとなるな。だが俺や瑚福の武器や住民の安全のためだ。ちょっと寄り道していこう。

「ありがとうございます。では瑚福。行こうか。」

「ええ。ではさようなら。」

「はい。どうかご武運を。」


御老夫婦に背を向け、南の道へ歩んだ。

「さて、須佐女の動機が分からないな……」


独り言をわざとらしく大きく呟く。


「武器を集めるってこと?」

「ただの武器マニアなら分かる。それに須佐女はあの天叢雲剣を持つ奴だしな。天叢雲剣は三種の神器の一角とされている。それを手に入れた強盗犯だ。武器収集への道に走る可能性はある。ただ、それだけの理由で集めている、とは思わない。」

「なぜそう思うの?」

「警察官の勘だ。だいたい武器を集めて何をするつもりだ。」

「観賞用にでも飾るつもりじゃない?」

「たったそれだけの理由で名も無いような武器を飾るほどとは思えない。あいつは天叢雲剣を持ち、尚且つ一族伝統の武器を盗んだ奴だぞ。それを飾るならともかく、名も無い武器まで盗むか?」

三種の神器の一角を持ち、一族伝統の武器を盗んだ強盗犯だ。観賞用が目的なら名も無い武器には興味は示さない。なのに盗んだのには何かの理由があるはずだ。

「まあ、それもそうね。なにがともあれ、まずは素戔嗚神社に着けば答えはあるわ。」

「そうだな。じゃあ急ごうぜ。」

「ええ。」




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