朔月館のお茶会
僕と彼女は、ここで出会った。
月の無い夜にだけオープンする喫茶店。
バラの綺麗なその場所で。
彼女はいつも、同じ紅茶を飲んでいた。
「いつもここにいるんですね」
いつだったか、そう声を掛けた。
彼女はにこりと笑って「よかったら隣にどうぞ」と席を空けてくれた。
何か話で盛り上がる訳ではないけれど。静かにお茶を飲んで過ごすこの時間は僕の楽しみになるのにそう時間はかからなかった。
僕はその日の課題を片付けて。
彼女は本を読んでいる。
そんな過ごし方をする事が多かった。
何の本を読んでいるのだろう、と時々覗いてみるけれど、その表紙はいつだってカバーに包まれていて読めなかった。
「いつも何を読んでいるんですか?」
ある日、僕は彼女に尋ねてみた。
「……気になりますか?」
本から視線を外した彼女は、カバーに包まれた本を僅かに掲げてそう言った。
「はい。面白い本なら僕も読んでみたいと思って」
「……」
彼女は少しだけ考えるように本に視線を落として。
ぱたり。と本を閉じた。
「どうぞ」
そう言って差し出された本を、僕はどきどきしながら受け取る。
使い込まれているけれども小綺麗なブックカバー。
ずっしりと重いその本の表紙をそっと捲る。
タイトルは「朔月館のお茶会」
ミステリだろうか? タイトルだけでは中身の予想が付かなくてページを進める。
目次を通り過ぎ、本文のページにさしかかる。
そこにはこんな文章があった。
僕と彼女は、ここで出会った。
月の無い夜にだけオープンする喫茶店。
バラの綺麗なその場所で。
彼女はいつも、同じ紅茶を飲んでいた。
「へえ……なんだかこのお店みたいですね」
思わずそんな感想を呟く。
「そうですね」
彼女は少しだけ微笑んで、そう答えた。
僕はそのまま読み進めていく。
登場人物は二人。
「僕」と喫茶店に良く居る「彼女」
彼女はいつも本を読んでいて、僕はそんな彼女が気になっていた。
「いつもここにいるんですね」
いつだったか、そう声を掛けた。
彼女はにこりと笑って「よかったら隣にどうぞ」と席を空けてくれた。
僕はこの店に時々足を運んでは、課題を片付け。
彼女はいつだって同じ紅茶と一緒に本を読んでいる。
喫茶店は静かで、バラが綺麗に咲いている。
僕は彼女の読んでいる本が気になるけれど、その表紙はいつだってカバーに包まれていて読めない。
……どこか、覚えのある話だった。
話は進む。
「いつも何を読んでいるんですか?」
ある日、僕は彼女に訪ねてみた。
「……気になりますか?」
本から視線を外した彼女は、カバーに包まれた本を僅かに掲げてそう言った。
「はい。面白い本なら僕も読んでみたいと思って」
「……」
彼女は少しだけ考えるように本に視線を落として――。
僕は思わず本を閉じた。
「ありがとうございます」
本を丁寧に差し出すと、彼女の色白の手がそっとそれを受け取った。
「その本は……一体何なんですか?」
「この本ですか? ただの、短編小説ですよ」
それから少しだけ間を置いて。
「私、その一番最初の話が好きなんです」
彼女は微笑んでそう言った。
それは、僕が見た中で一番嬉しそうな顔だった。
帰り際に僕は店を一度だけ振り返り、看板に視線を止めた。
四角い木のプレートを掘って作られたそこには、月のない夜だけオープンするこの店にぴったりの名前がつけられていた。