打ち上げ!
「いやー、いいオチがついたわね! あなた結構この仕事向いてるんじゃない? 中々の拾い物よ!」
「俺の人生はお前らの玩具じゃないから」
夕刻、酒場。
活気に満ちた酒宴の場。油の浮いた三人掛けのテーブルには所狭しと料理や酒が並び、人で溢れかえったごみごみとした店内同様、賑やかな感じがした。
「まあいいから飲みなさいって! ここね、ちょっと前にロケハン――――あ、下見ね。それで来たんだけど、そんなに値段もしなくて料理も美味しいから気に入っちゃったのよ。打ち上げにぴったりでしょ?」
店内を照らす明かりに光る、琥珀色の液体が入ったカップを差し出しアリアは言う。
微かに、アルコールの匂いがした。
「今回の企画って単にあの教会でスキル貰うだけだろ? 何で酒場に入る必要があるんだ?」
「…………細かい事は気にしちゃだめよ」
「お前さては遊んでたな! あの神父さんも今回の事まるで知らなかったじゃねえか! 最終的に凄い困ってたぞ!」
「それはあなたのせいじゃない」
結局、俺の“あれ”は変なオブジェのままだった。
柄その物は握れるのだが、刃に当たる部分は何もかもをすり抜けてしまう。まるでそこに何もないみたいに、影法師かと思ってしまう程にするりと透けていってしまう。もうどうしようもなかった。
あの神父さんが“こんなの見た事ない”とか、“初めて見るスキル”だとか、最後には“えー……”と引いていた始末。何か俺の方もいたたまれなくなって挨拶だけ済ませてアリアたちと共に外へと出て、それで打ち上げと言う運びになった訳だが。
………………あれ? 俺が悪いのか?
「この楽しい席で細かい事言わないの」
「いわないのー。ご飯、おいしくなくなっちゃうよ?」
くーがいつも通りののんびりとした声で言う。
……何故だかまだカメラを構えて周りのどんちゃん騒ぎを映しているのは全くもって謎だが、確かに、俺も少し大人げなかったかもしれない。
こう言う場なんだ、周りも盛り上がっているし、細々とした話は似つかわしくないだろう。
アリアやくーの言う通り、美味しい食事とお酒を楽しむと言うのも悪くはない。
「わかったよ。んじゃあ、俺もちょっといただく事に――」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「くーちゃんカメラ持ったままじゃ食べられないでしょ。あなた、あたしたち食べてる所撮ってよ」
「お前自分の言葉を不思議に思わないのか? 普通のテレビで演者がディレクターとカメラマン映す番組があるか?」
「この番組は純正統派超王道バラエティ番組だからいいのよ」
「キャッチコピーかわってるじゃねえかよ……」
不承不承ではあるが、くーからカメラを受け取り、目の前で並んで座る二人を撮影する。
…………ファインダー越しから見てもとんでもない美人だな。
悔しいが、確かに俺を映すよりはずっと見栄えがいいだろう。周りの男連中だってちらちらとこちらを窺い、そしてここら辺では異様なその風体を見てすぐさま目を逸らしていた。うん、正しい判断だと思う。中身も大分おかしいし。
「しかし、撮れ高はあがったんだろ? これ撮って何になるんだよ?」
「映像特典にするのよ」
「捕らぬ狸の皮算用って知ってる?」
自信満々に言うアリアに俺の言葉は通じないみたいだ。
一体、どこからその確信が生まれたんだろう。俺はこれをテレビ局に持っていったらケツ蹴られてお終いだと思うんだけど。
「そーくん。あーん」
くーがフォークに突き刺した謎肉を俺の前に突き出してくる。
何か、妙にてかてかしていた。
「これ何?」
「あーん」
「いやだから」
「あーん」
「……あーん」
観念して口に入れる。
この娘、のほほんとしている割には以外と押しが強いみたいだ。
「あら、意外に美味しい」
こりこりとした食感に、塩味の効いたさっぱりとした味付け。臭み消しには、多分柑橘系の果物を使っているのだろう、後味も爽やかで一口、二口と食べたくなってしまう味だ。
「へえ。あなた、良く食べられるわね。中々やるじゃない」
「え?」
「それ猛毒持ちのヒュドラの睾丸よ。どんなに毒消ししても二、三日は動けなくなるけど」
「何てモン食わせてんだお前!」
「おいしーのに」
ぶー、と不満そうにくーは口を尖らせる。
流石にアリアと付き合っていられるだけある。やっぱりこいつもこいつでネジが外れてるのだ。
「ま、死ぬとしても今日の夜が山でしょうね」
「おいナチュラルに死って言葉が出て来たぞ」
「…………あ、でも、そっか。想くんでこう言う反応だし、視聴者は異世界由来のモンスター料理とかって全然知らないのよね。うん、いい事考えた!」
「あれ、俺の命って軽い……?」
全然重要視されていない様に見えるんだが、気のせいだろうか。
頼むからそうであってくれ。
「ま、それは帰ってから考えましょ。取り敢えず今日は打ち上げって事で! ほらほら、想くんもお酒持って! 今度はあたしがカメラ持ってあげるから!」
カメラを取られ、空いている方の手にカップを握らされる。
アリアとくーもまた似た様な感じで器を持ち、今か今かとその時に備えていた。どうにもわくわくとした感じで、それを無碍にするのも心が痛む感じの表情だ。
……まあ、要するに、だ。
「それでは今日はお疲れ様でした! また次回もお願いしますって事で! かんぱーいっ!」
「かんぱーい」
「乾杯っと」
アリアの音頭に合わせて俺たち三人はカップを打ち鳴らし、内に満ちた液体を体の中に流し込む。
常温で、大した喉越しもなく、妙に甘ったるいアルコールが、やけに体に沁み込んだ。
「ぷふーっ! 一回やってみたかったのよねー!」
「あこがれ」
二人はもう呑み干したのか空っぽになったカップを手で弄びながらけらけらと笑っていた。度数は結構あるだろうに、かなりの酒豪らしい。そんなに強くない俺には羨ましいくらいだ。自分のペースでちびちびやろう。俺は誰にでもなくニヒルに笑う。多分カッコいいと思う。
「あ、そうだ。言ってなかったんだけど」
「ん?」
「ヒュドラの毒、アルコールと合わせると致死率上がるから」
「きゅう」
めのまえがまっくらになった!