スキル判明! 撮れ高オッケー!
「これはこれは。アリア教会へようこそ、皆さま。貴方がたも、アリア様のお教えに導かれようとしているのですかな?」
「いいえ違います」
「ア?」
「今確実に人殺しそうな顔しましたよね?」
教会に入り、その主らしい優しげなおじさんに声をかけられ、ついつい脊髄反射気味に返答するとこれだ。幾つもの椅子と調度品が並ぶだだっ広い教会の中を寒気で満たす様な殺気だったぞ。祭壇の蝋燭なんて今にも消えそうになっていたじゃないか。
「いえいえ、その様な事は。アリア様も仰られています。“殺すなかれ。刃には刃が、拳には拳が返る”と。殺人は最も忌避すべき罪の一つです。決して犯してはなりません」
「その通りだと思います」
「ええ。ただし異教徒のクズは害虫です。害虫を駆除するのは人として当然の事かと」
「あ、俺、死ぬのかな……」
笑顔なのにオーラがやばい。
宗教的な装飾の施された端整な祭服の裏に、隠し切れない筋肉がある。短く刈り込まれた赤髪の下には、青筋だった顔立ちが。ここで俺をミンチに変えて玉ねぎとつなぎを加えてからハンバーグにしたって何の心も痛みませんよ、と言う感じだ。
「何をその様な。貴方はまだまだ人生を謳歌しましょう。楽しみ、笑い、胸をときめかせながら、そして最後に、満ち足りて逝くのです。アリア様もこの様に言葉を残されています。“生きろ。ただそれだけで僅かばかりでも幸福だ”と」
「良かった」
「ただし異教徒は別です」
「ダメだった」
顔がこえーよ。
何だってここにいる信徒の皆さんは普通にしていられるんだよ。あそこの長椅子に座ってる親子はどう言う理屈で穏やかに祈りを捧げていられるんだよ。もしかして人形だったりするのか?
「あのー、あたしの教えが素晴らしいのは自分でも理解出来るんだけど、早い所この人のスキルを呼び起こしてくれない? それが企画の本題だし、まだ撮れ高に足りてないのよね」
「お、おい、お前。ちょ、ちょっと黙っておいた方が……」
「え? 何でよ? あーわかった。撮れ高の意味がわかんなかったから説明して欲しいんでしょ? しょうがないなー。いーい? 撮れ高って言うのは今まで撮影した映像の内、放送に使える素材や長さの事ね。それがまだまだ不足してるのよねー」
「…………“あたし”の?」
やべー、キレてるよ。
完全にブチギレてるよ。青筋なんてプッツンいきそうなくらい盛り上がっちゃってるじゃないか。
「……ここは“アリア教”の教えを守る場だと言う事はご存知ですか?」
「うん、だからあたし」
「…………“アリア”様の教えですよ?」
「あたしあたし」
「我らがアリア様がそんなにやかましい訳がないだろうッ! 愚弄する気か愚物ッ!」
「ひいっ!」
アリアが怯えて俺の後ろに隠れる。
あー、ちょっとあれかな。大の方は漏れなくて良かったかな、うん。
「ほ、ほんとだもん! ほんとなんだもん!」
「………………!」
「待った! 待った待った! 可哀想なやつなんです! 頭の哀れなやつなんです! 世の中をきちんと受け止める事が出来ないんです! ここで殺されても何の悲しみもないけど何卒! どうか何卒! 単位に追われてやっとの事で大学を出て、どうにか就職した先の社長なんです! 色々複雑だけどご慈悲を! ご慈悲を!」
おじさんが右の手を背後に伸ばそうとするその仕草に怖気が走り必死にすがりついて懇願する。何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。涙が出てくる。俺の人生なんだったんだ。
おじさんは暫くおっかない顔で俺を見下ろしていたが、やがて、
「…………ふう。わかりました。貴方に免じて、今回は不敬にも目を瞑りましょう。ですから、頭を上げてください」
「本当ですか?」
「ほんとだもん。ほんとにトトロいたんだもん。ウソじゃないもん……」
「あ、鼻の骨とかは砕いておきます?」
「…………止めておきましょう」
俺をそっと起こしてくれながら、後ろでぶつぶつ言っているアリアを見て溜息をつくおじさん。良かった。本当に良かった。ここで猟奇殺人事件が発生する手前だった。
「れきしてき和解。カメラにおさめた」
「くー。黙れ」
「あい」
俺はおじさんに支えられながら立ち上がる。先程の怒号故か、信徒の皆さんもこっちを気にはしていたが、一先ず落ち着きを取り戻したと判断されたのか、割と早い段階で注視を外されていた。
「それで、スキル、でしたか」
「え、あ、ああ。ええ。でも、流石にあつかましいですよね」
「いえ、構いませんよ。“持たざる者は目覚めぬ者。なれば彼らに導きの光を”――アリア様の教えです。自身の力に目覚めようとする方に手を差し伸べる事も、我々の成すべき事ですから」
「昔のあたし良い事言ってるじゃない」
「やっぱり手足の骨は折っておきます?」
「………………いえ」
おじさんに“苦労していますね”と言う視線を送られて思わずまた涙が出そうになった。ほんの昨日までは新生活にドキドキワクワクだったってのに、どこで間違えたんだ。
「わたくしとした事が失礼を。自己紹介がまだでしたね。ルフス・コルネリオスです。信徒の皆さまからは、単に神父か、或いはルフス神父と呼ばれております。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、はい。これはどうも丁寧に。工藤想です」
「くーだよー」
「アリアよ」
「お、おいお前」
「あたしがアリアである事に変わりはないわよ」
「…………ああ。成程、そう言う事だったのですか」
また怒り出すかと思ったが、意外な事に神父さんは穏やかな表情を浮かべ、納得した様に肯いていた。
「アリア様の名を与えるとは、ご両親が余程熱心な教徒だったのですね。それでその様になったと。実体を騙るのはいただけませんが、わたくしも大人げなかったですね。申し訳ない」
「あのねえ――――」
皆まで言わせるか。
後ろから羽交い絞めにしてアリアの口を手で押さえる。折角丸くおさまりそうなんだ。ここで余計な事を言われてたまるか。
「さて、お詫びも兼ねて、と言ってはなんですが、今日一番にスキルを引き出して差し上げましょう。ソウ様、でいいですか。準備の方は出来ていますでしょうか?」
「え、あ、はあ」
「ではこちらに」
訳も判らず返答すると、神父さんは祭壇の方へと案内してくれる。その背中に引き付けられる様に、俺もまたその後について歩みを進めていった。
「やったわね。企画ももう大詰めよ」
「お前の為じゃねーよ」
小声で話しかけてくるアリアにそう返しておく。
くーはじーっとその光景を撮影していた。
「申し訳ありませんが、この陣の中心に立って下さい」
示された……魔法陣、だろうか。
円の内外に無数の文字が描かれたその中心に立つ。アリアはきらきらとした目でこっちを見つめ、くーはカメラのレンズに俺の姿を捉えていた。
「では、始めましょうか」
言い、神父さんが口元で何やらかを唱えると、魔法陣が起動したかの様に光を発し始めた。粒子を伴った、真っ白な明かりだ。それはまるで俺の周囲を覆うかの如く、中空へと伸びていくとやがては光度を強めて行った。そこには温もりすら感じられた。
眼前に粒子が集っていく。
それに呼応する様に、辺りに満ちる光は止まる事を知らない風にその明かりを増していく。その事実に、温かさに、触れたくて、でもどうしようもなくて、何もかもを吐き出したくなった。不思議な感覚だが、確かにそんな感じがしたのだ。
……やがて、光の粒が何かを構成した瞬間、目も眩む光が一帯を覆い、視界が白に包まれた。
「うおっまぶしっ」
思わず目を瞑り、そうして、世界が開けた時――――俺の目の前には、一本の剣があった。大きく、鋭く、刀剣と言うには余りに奇怪な形状をしたそれが、しかし、それでも剣に見えた。
「おおー」
「くーちゃん撮った? 撮ったわね? いいじゃない。流石あたしの考えた企画! いい画になってるわよ!」
あの二人が口々に言う。
俺は何も返さず、宙に浮いた大剣の、その柄を握る。初めてだと言うのに、吸い付く様に手に馴染んだ。改めて見ると、ますます前衛芸術の代物にしか見えなかった。
「それが、貴方のスキル。精神の具象化です」
「これが……」
突如として現れたそれを、俺は受け入れるしかなかった。
こんな訳の分からない状況で生まれたこの異物が、それでも、俺にとっては当然にあるべきものだと思えたからだ。
「類型として、武器の形状で具象化したスキルは何らかの攻撃能力を有しています。貴方のそれも、きっとそれに当てはまるでしょう。それがどの様な形を伴うかは……試してみましょうか」
神父さんが指で印を結ぶと、既に光を失った魔法陣の外に、人を模した原寸大の人形が現れた。顔は子どもが描いた様にデフォルメされている。かわいい。
「木人三号ちゃん――スキル検査用の練習台です。これにその剣を振ってみて下さい。効果の程が見て取れるでしょう」
「振れって、斬ってもいいんですか? こんな屋内で?」
「大丈夫ですよ。この木人三号ちゃんは周囲の現象を吸収し、その効果をお顔で表現した上で自己回復もする可愛い子です。発現したてのスキルはまだまだ弱々しいものですから、木人三号ちゃんで受け止めきれないものではありませんよ」
「あれ、三号にまでなったんだ……」
「やっちゃえー。やっちゃえそーくん」
何故か感慨深げにしているアリアと煽るくー。
…………いや、でも、何だかちょっとわくわくしてきたぞ。
俺だって男の子だ。こう言う展開も嫌いじゃない。むしろ好きだ。訳の分からん連中に拉致されずここに辿り着いていたら大喜びで跳ね回っていた所だ。例え現状がキングオブブラック企業に首根っこを掴まれている身とは言え、それでも胸に来るものがある。
「じゃ、じゃあ、行くぞ」
「ふふふ、いいわよー。さあ、どんなテレビ的な演出が起こるのかしら。エンタメ的な! 視聴者が食いつく! そんな出来事がカメラに収められるのかしら!」
「アリアー、手が滑ってそっちに剣飛んで行ったらごめんなー」
取り敢えずいい具合に体を傾ける事で事故に見せかけて、と、
「おりゃ!」
フルスイング。
が、ついつい握り込んでしまい剣は手からすっぽ抜けたりしなかった。
残念。
だが木人自体は斬る事が出来た。
で、お顔の方は…………。
「……何もなってませんね」
何も変わってなかった。
さっき見たにこにこ笑顔のお顔のまま、木人はそこに突っ立っていた。
って言うか、今思えば斬った感覚もなかった。
「おかしいですね。にこちゃん顔の三号ちゃんはデフォルトで、僅かな衝撃でもすんすん泣き顔に変わる筈なのですが。申し訳ありませんが、もう一度やってくれます?」
それに従い、再びフルスイング。
またしてもアリアに剣は飛んで行かない。木人も笑顔のまま……と言うより、完全にすり抜けていた。
「……斬れませんね」
「………………もう一度」
フルスイング。
しかしなにもおこらなかった。
「……………………成程、わかりました」
「わかった?」
「はい。貴方のスキルは――――」
「スキルは?」
神父さんは開き直った様に、
「変な形のオブジェです!」
「そのままじゃねーか!」
「はーい! オッケー!」
アリアの元気な声だけが虚しく響いていた。