異世界の車窓から
「今ッ! テレビ業界は衰退しているッ!」
「はい」
「衰退しているッ!」
「はい!」
新卒入社後。
初出社。
取り敢えず、と、通された会議室の中で、俺が聞いたのはそんな発言だった。
“ぽいぽい製作”――――テレビ番組の作成を業務としている製作会社としては言っちゃならないと思うけど。
「そう言葉にする事は簡単だけど、原因を突き止めるのは困難よ。ネットの普及、娯楽の氾濫、或いはテレビ産業そのものに対する視聴者からの不満、不信……。余りにも多岐に渡り過ぎて、これが解決出来れば、と言う問題点が見つからないの」
「はい」
俺と向き合っているのは、うん、美人だ。
とんでもなくキレイな人だ。自分でカットしたのだろう、亜麻色の髪をテキトーに肩の辺りで切り揃え、スーツに身を包んだ彼女は、年の頃なら俺と同じ、つまりは二十五歳くらいだろうか。混血か、もしくはそもそも日本人ではないのか透き通るくらい青々とした瞳や透き通った肌など、人種不明の不思議な美貌だ。それらの要素や形のいい唇を見るに、この製作会社所属のタレントなのかもしれない。とは言っても、ハリウッドや世界で活躍するモデル辺りでも容易く圧倒しそうな美形具合だけど。
「人は言う。テレビは終わりだと。人は言う。未来はないと。そんな事ないわ! あたしは声を大にして言える!」
「はい」
「工藤想くん。君は何故この会社に入った?」
「……テレビを作りたかったからです!」
「そうでしょうそうでしょう!」
嘘だ。
ほんとは別に何かやりたいことがある訳じゃあないけど、就職しないのは不味いよなと書類選考だけで入社可とあったここに応募したのだ。で、本当に通ってしまった。もしかしたらやばい状況かもしれない。
「この会社は製作会社よ。テレビ番組を製作している……と言っても実績はないけれど、とにかくそう言う事になっている」
「え?」
「所謂ベンチャー企業よ。創設三か月目になる」
あー。
あー、そう言う、あー。
「安心しなさい。仕事は既に取ってある。それが私たちの初仕事となる訳ね」
「良かった。それで、何をするんです?」
「ふふ、欲しがるわね。いいわ。くーちゃんアレ持ってきて!」
「あーい」
声が聞こえ、扉から小柄な女の子がとてとてと入って来る。
ほわほわとした雰囲気の子だ。目がくりくりとしていて、灰色がかった髪の毛がひどく愛らしい。ちっちゃくて細いその身体は庇護欲をそそられる。ぶかぶかのジャージがまたキュート。
「さあ! これを見なさい!」
くーちゃんと呼ばれる女の子が持ってきたフリップを取って、例の女性が叫ぶ。
そこに記された文字は。
「…………超革新的純正統派バラエティ番組?」
「さあ、何か言う事は?」
二人共、きらきらとした目で俺を見てくる。
「…………革新的で正統派って矛盾してません?」
「もー! そう言う事じゃないでしょ! 何かこう、素敵なサムシング! 感じなかったの!?」
「はあ……」
何なんだろう。
何なんだろうこの展開。
「いい? さっきも言った通り、テレビ業界は衰退しているわ。原因は様々。言われている事のどれもに説得力がある状況よ」
「ええ、まあ」
「でも! あたしにはわかる! 最大の原因はテレビそのものがつまらなくなったからよ!」
「からよー」
くーちゃんがぼーっとした声で復唱する。
何だか眠そうだ。
「変わり映えのしない出演陣! 新鮮味のない企画! スリルも感じさせないロケ! 好奇心を掻きたてないトーク! 何もかもがつまらないじゃない! あんなのの何が面白いのよ! そりゃあ視聴者も離れるってもんよ!」
「もんよー」
「怠惰で、肥え太り、あぐらをかき続けた結果がこれよ。進歩を忘れては衰退するだけなの。このままじゃ駄目なの。このまま、ただ腐り続けるだけじゃあいけないのよ! だから! あたしは決意した。そして用意したの! この企画をね!」
「企画……」
「ええ! 目新しく、興味深く、誰もが楽しめる企画! 視聴者が今までに見た事のない、未知への扉を開く番組! かつては持っていた、皆を惹きつける輝きに満ちたテレビ! それを取り戻す為に、あたしたちが送り出す最高の企画! それは――――」
「それは……?」
「異世界に行くわよ、想くん」
「は?」
「異世界に行くわよ」
何を言ってるんだこいつは。
がっしりと俺の肩を掴んでまで何をしているんだ。
「ふふ、いいわよ、その顔。あなたには、あたしの言葉は信じられない。だからこそ意味がある」
「いみがある」
「ええ、そうよ、くーちゃん。想くんはこの世界の生まれ。この世界しか知らず、その他に異なる何かがあるだなんて思っていない。そう言う常識人。そしてそれは、視聴者たる一般多数の人々も同じと言う事よ。だからこそ、異世界を主軸にする価値があるの」
「…………ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、何を」
「自己紹介をしましょう。あたしは始祖十六魔王のアリア。かつて七つの世界を支配した魔王にして、ぽいぽい企画の社長。こっちはくーちゃん。昔からの側近で、うちの副社長よ」
「よろしく」
「いや、いやいやいや、待って」
「何もかもに飽いた魔王時代。全てに価値を見出せなかったあの頃。偶然、本当に偶然見つけたテレビに映った、見た事のない世界……。煌びやかで、やかましく、何より楽しかったあの光景。でも、いつの間にか時は過ぎ、すり減り、それはもうなくなっていた。そんな事実があたしには許せなかった。…………だからね、想くん。あたしたちは決めたの。あの、賑やかで眩しい輝きを、取り戻すために」
「話を聞いて、ね?」
会議室が俄かに暗くなり、やがては禍々しい赤の光に満たされていく。
やばい。
これはやばい。
何が何だかわからないがやばい。
「くーちゃん、カメラは持ったわね?」
「あい」
「よし、それじゃあ、行くわよっ!」
「お、俺の話――――」
「番組名“異世界の車窓から”! 開始!」
「いきなりパクリ!? いや、それより、いや、いやああああああああああああああああああああああああああああっ!」
――――――そうして、俺の意識はそこで途絶えた。