少女と世界
『幸せな世界とは?』
正解がない質問に、小さな少女は笑顔で答える。
「――――――『幸せな世界』って、どんな人でも笑顔で仲良くできる世界。争いのない世界だと思いますよ?アマツさん」
少女、サーシャ・ギルバーンは平然とそう言ってのけた。
旅の途中で魔術訓練中に伊織はサーシャに尋ねてみたのだ。
答えは分かり切っていたことだが、本当の世界の理想形である。
しかし、実現することはほぼ不可能に近い。
「……サーシャはどうやったら、そんな世界を作ることができると思う?」
「どうすれば、ですか?うーん」
サーシャは伊織の言葉に頭に手を当てて、考えると手をポンと打つ。
「戦争をまず失くすべきだと思います。そもそも争いがない世界から始まらないと難しいと思うんですよ」
「戦争を失くすかぁ」
「うーんと、えーと……戦争の原因って何でした?」
サーシャは唸りながら考えるが全然思いつかないようだ。
無論、サーシャはまだ若干10歳弱なので無理もないだろうが。
戦争と言うのは伊織の元々いた世界でも頻繁に起きていたことだ。
住んでいた国では全くなかったが、ニュースなどでよく見たことだ。
原因は勉強で学んだことから、ある程度推測ができている。
「戦争の原因は宗教、価値観の違い、自分の国の利益……だったと思う」
「宗教と国の利益は分かるのですが、『かちかんの違い』って何ですか?」
「うっ」
サーシャの純粋な疑問に伊織も言葉を詰まらせる。
伊織は多少の知識あっても、学が優れているわけではなかった。
必死に言葉を探しながら、なんとかサーシャに分かりやすく説明する。
「そうだな……例えば」
「例えば?」
「俺とルシフィナの考え方の違い、かな」
伊織はあまり知らなかったのだが、ルシフィナはものすごい魔族嫌いであった。
魔族を見かけた瞬間には目にも止まらぬ速さで、即座に殺していた。
四天王”千変”相手にも木端微塵にしたほどだ。
まぁ、千変は瞬時に再生したため殺せなかったようだが。
伊織自身、ルシフィナが病的なほどに魔族を殺す理由を尋ねたことはない。
だが、彼女自身が狂った人間であるかと言われれば、違う。
王国の人間が魔族を嫌うのは大抵だったし、なぜなら彼女は魔族に対しては冷酷であるにもかかわらず人には相当優しかった。
魔族でなければ、どのような種族でも混血でも守り、助け、世話をした。
世界で異端ともいえる伊織でも例外ではなかった。
ようするに―――――――
「ルシフィナは『魔族が全くいない世界が良い』っていう価値観があって、俺には『種族関係なく、過ごせる幸せな世界』が良いっていう価値観があるってことだろうな」
「そうなのですか……」
顎に手を当て、サーシャは考えているが頭から煙が出るぐらいに理解できなかったようだ。
「サーシャ、難しくて考えるの諦めてないか?」
「が、がんばってますよぉ……」
情けない声で言うサーシャに、伊織は笑いながら頭を撫でる。
サーシャは恥ずかしがりながら、少し頬を膨らませて言う。
「子ども扱いしないでくださいよ……」
「ごめん、ごめんってば」
「……でもルシフィナさんが魔族さんたちが嫌いなのはあまり良くないですね」
「……だよなぁ」
伊織はもちろんのこと、サーシャも立場上は魔族を倒さなければならない。
ただ対話が通じるならば戦わないことが一番である。
しかし、そもそも対話をしようにもルシフィナは魔族たちを発見すると抹殺しようとする。
問題が結局振り出しに戻ったことで、二人は沈黙する。
その中で伊織は一つのことに気づいた。
「過去の遺恨」
「ん?」
「いや、魔族に昔にされたことが、人族は許せないんだろうな」
少し前に来た伊織や最近やっと世間慣れしてきたサーシャにとって、種族間の積年の恨みとは薄い感情だ。
ディオニスは恨みはあまり強くなさそうだが、それでも普通にはある。
リューザスや王国の人間はそれ以上の感情を抱いているだろう。
そして、人族が魔族を恨むように逆もまた然り。
「……昔の話なのに」
「戦争を続けてきた人たちにとってはそうじゃないんだろうな」
「……」
サーシャはまたしばらく考えて、伊織に伝える。
「……決めました」
「何をだ?」
「『幸せな世界』を私たちで作るんですよ」
「え?」
サーシャは魔術書を片手にそう宣言した。
「魔術で『幸せな世界』を作るんですよ」
「そんな魔術が存在するのか……?」
「魔術書はお兄ちゃんから大体を借りて読みましたが、そんな魔術はないです」
”喪失魔術”を知っているリューザスですら、そんな魔術を知らないだろう。
そもそもあっても使わないだろうが。
サーシャもそのような話ぐらいは聞いているだろう。
だが、サーシャは伊織も驚くべきことを平然と言ってのける。
「だから、私たちが魔術を作ればいいんですよ」
「へ?作る?」
「はい、魔術の作製です」
サーシャは紙にサラサラと大まかな計画を書いていく。
言語を勉強途中の伊織にも分かるように簡潔に大きく、計画を書いた。
伊織はそれを見て、嘆息する。
「なるほど、ね」
「……どうでしょう、アマツさん?」
「いや、不可能じゃないと思う。魔力がどれぐらい必要か分からないけどな」
三段に書かれた計画書を改めて見ると、現実味はあまりない。
魔力量もそうだが、どれくらいの時間がかかるだろうか。
そんな考えが伊織の頭の中によぎる。
でも、もし『幸せな世界』を作りたいならば二人でやるしかないだろう。
唯一物事を客観的に見ることができる、伊織とサーシャならば。
「さぁ、アマツさん!やってやりましょう―――――――」
サーシャは希望と期待を胸に計画書を丸めて、上に掲げる。
「――――――――ここからが、私たちのスタート地点です!!」
勇者と幼き魔術師は真なる『幸せな世界』を作るために奔走を開始した。




