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再臨勇者の復讐譚~Be Braves~  作者: Midnight.P
序章 もう一つの始まりの物語
5/10

黄昏の空に映るものとは

「おわ、った」


伊織はアルファルドが息絶えたのを確認すると持っていた剣を取り落とし、そのまま膝をつく。


実は、もう剣を握るほどの握力もないほどだ。


あと一秒、勇者の証の効力が切れていたならば。

剣にこれ以上の攻撃を喰らっていたならば。

地に伏していたいのは伊織の方だっただろう。


伊織が息を整えて、その場に座り込む。

しかし、すぐにサーシャが伊織の胸元に向けて飛び込む。


「アマツさーん!!」

「うっ!?」


強力なヘッドバッドに伊織は思わずひっくり返ってしまった。


「ちょ、おいサーシャ」

「……良かった。良かったです!生きててくれて、本当に良かったです!!」

「お、おう」


余りの威力に文句の一つぐらい言いたいところであったが、それ以上に嬉しそうな顔で抱き着くので何も言えなくなる伊織であった。

そのまま頭を伊織に押し付けながら、サーシャは言葉を続ける。


「本当にみんな死んじゃうんじゃないかって……本当に心配でした」

「もちろん死ぬつもりはなかったけど」


サーシャの頭を撫で、優しく諭す。


約束・・したからな」

「―――――!!」

「サーシャが叱咤激励してくれたからこそ、俺は戦えた。あの場で心が折れていたならば誰も救えなかった。だからこそ、本当に感謝するべきなのは俺さ」


今の伊織が気づくわけなどなかったが、実は剣の才能は勇者の証とともに最初から与えられていた。

レンヒすらも内心でヒヤヒヤさせるほどの成長性。

現在は発展途上ではあるが、四天王と渡り合えるほどの力があった。


それでも戦うために本当に必要なモノは実力でも才能でもない。


「しった……げき?」

「分かりやすく言うと、サーシャの言葉に勇気づけられたんだよ。」

「な、なるほどです。いや一応分かってますよ……たぶん」


絶対に分かってないだろうな、と伊織は小さく笑う。


続けるが、戦闘で最も重要なのは才能でも実力でもなく『覚悟』もしくは『勇気』。

それらは己が恐怖を支配するための重要なカギ。

伊織が持っているのは後者だけであるが信頼してくれる仲間がいる限り、折れることはないだろう。


「お、お兄ちゃんを見てきます!!」


サーシャは脂汗を流しながら、リューザスの方に走っていった。


それを見て、まだまだ子どもだな、と伊織は軽く笑う。

重い体を引きずりながら、剣を持ってサーシャの方に追いつこうと歩き始めた。


その時にふと一つ伊織は思い出す。


「レンヒは無事なのか……?」


自らの騎士剣一つで5,6体ほどの魔族を相手に伊織を逃がした少女の事を思う。

そんな簡単にやられる人間ではないと信じているが不安になるのも仕方ないことであった。


伊織は一抹の不安を抱きながら、介抱をしているサーシャに声をかける。


「サーシャ、リューザスは大丈夫だったか?」

「はい。傷も深くはないですし、疲れているだけだと思います」


リューザスの頭を撫でながら、笑顔でサーシャは答えた。

しかし、相当な疲労がたまっているのか座ったままである。


無理に連れていくのは悪いと判断し、伊織は剣を背負い直す。


「そうか。じゃあ、少しの間ここで待っててくれないか?」

「え?アマツさんはどこに?」

「置いてきた仲間が心配なんだ。サーシャはリューザスのことをしっかり見ていてくれ」


仲間とは無論レンヒのことである。

伊織自身、今の状態では魔族はおろか魔物の一体ですら危うい状態であるものの心配でならなかったのだ。


サーシャは数瞬考え、すぐに決断を下す。


「……分かりました」


名残惜しそうではあったが、足手まといになるのを理解したのか口を閉じた。

伊織はそれを確認すると、多少は戻った握力を再確認すると剣を担ぐ。


「すぐ戻るからな」


伊織は来た道を戻ろうと走り出す。

相当な距離があるはずだが体力を気にしてなどいられないので、体に鞭をうちながら進む。


「アマツさん後ろ!!」

「な!?」


しかし、伊織は気づかなかった。

"裁断"がアルファルドがたった一人で戦場に来ているわけがないと。


「アルファルド様の仇をここで討たせてもらおうぞ、小僧!!」

「まだ魔族が残っていたのか……!?」


背後から吶喊とともに竜に跨った魔族が襲い掛かってくる。

"裁断"から受け取った剣の腹で突進の直撃だけは避けた。

それでも、勢いと衝撃は殺せずに伊織は無様に吹き飛ばされた。


何度も地面を転がり、傷を負いながらも伊織は立ち上がろうと力を籠めるが、体が言うことを聞かなかった。


「クソ……」


霞む視界に映るのは、巨獣の姿とともに槍を掲げる魔族であった。

伊織は口内に広がる鉄の味を無視して、魔族に目を向ける。


「戦争は決着したって言うのにまだ戦うつもりなのか!?」

「ふん。敗北なぞ、私は気にせぬ」

「だったら……」

「だが、アルファルド様の副官である私がおめおめと逃げるわけにはいかない。他の魔族たちまで被害を出させるわけにはいかんからな」


魔族は槍の穂先を空から伊織に向けると狙いを定める。


「勝利はいくらでも譲ろう。しかし、四天王を倒した貴様だけでも倒すのが我が使命。魔王軍の一端としての意地をみせてやろう」

「お前は……」


意訳するならば、討ち死に覚悟の特攻をしかけてきたということだ。

伊織という四天王を撃破した人間側の戦力を削りに来たのは当たり前とでもいえるだろうが。


「覚悟しろ、勇者!!」

「……」


魔族は竜の腹を蹴ると、再度突進態勢を整える。

対して伊織は剣を支えにカウンターを狙うしか勝ち筋がなかった。

しかし、


(剣自体はまだ持つが、今の体でもう一度突進を受け止めるって言うのか?)


伊織に今までに蓄積したダメージが、疲労が限界に達していた。

戦うしかないとは分かっていても辛いところがあった。


「"旋風ウィンドランス"!!」


魔族が激しい勢いで一条の嵐の如く、伊織に突っ込む。

返しの一撃で仕留めようと伊織は全身の力を抜いて神経を研ぎ澄ませる。

しかし、そんなことをする暇なぞなかった。


金色の風が一つ吹いたと思うと、魔族の腕を吹き飛ばしていたからだ。


「あああああああああ、俺の腕ガァアアア!?」

魔族ゴミ風情が五月蠅いですよ」


金色の髪を靡かせ、一閃で痛みに叫ぶ魔族の首を斬り落とした。

一歩下がり血を躱すことも忘れずに、だ。


あまりの鮮やかさに絶句していると、少女は伊織の方に振り向きお辞儀する。


「……はせ参じるのが遅くなりまして申し訳ございません。勇者様。」

「助けてくれてありがとう」

「いえ、勇者様を守るのが私たちの使命ですから当然です」


剣に付いた血を明後日の方向に振り払って鞘に納める。

そして、伊織に優しい顔を向けた。


「名乗り遅れました、私の名はルシフィナ・エミリオール。王国所属のしがない一騎士です。ルシフィナで構いません」

「ありがとう。ルシフィナさん」


最初にこにこ笑顔でいたが、『さん』をつけた瞬間にルシフィナは顔をムスっとさせた。

先程までの美しい女性の顔から一変し、何処にでもいるような駄々っ子のように否定する。


「ルシフィナでいいです」

「でも呼び捨ては―――――」

「だから、ルシフィナで結構です!!」


頬を膨らませながら、凄まれたので伊織はしぶしぶ引き下がる。


「分かった、分かったよ。ルシフィナ・・・・・、でいいんだろ?」

「ええ。そう呼んでいただけると嬉しいです」


すぐに煌めくような笑顔へと戻る。

伊織は内心、怒らせたら怖そうだな、と場にも合わないことを考えた。


ルシフィナは満足した顔をしていたがすぐに思い出したかのように手を叩く。


「あ、リューザスさんをご存じではありませんか!?私たちの仲間の魔術士なのですが……」

「あいつはあっちの木の近くにいるはずだ。あいつと一緒に"裁断"を倒したんだ。」

「えっ!?」


ルシフィナは伊織の言葉に全身が固まってしまった。

あまりにも衝撃的だったのか声を震わせるせながら、伊織に尋ねる。


「本当にですか!?魔力反応が消えたとの連絡があったのですが……まさか倒してしまうだなんて」


ぶつぶつとルシフィナは独り言をつぶやき、すぐに肩をすくめる。


「いえ、疑いようはありませんね。あなたが王国を救ってくれたことに変わりはありません。」

「そんなことは……」

「謙遜しなくても構いません。実際に倒したのは貴方です」


伊織自身は運が味方したとしか言いようがないものだったので、ルシフィナの評価を素直には受け入れられなかった。

ただルシフィナが間に合ったとしても勝てたかと言われると怪しいのも事実だ。


ルシフィナは伊織の不満気な顔を見て、気持ちを読み取ったのかどうかわからないが小さく笑う。


「後の事後処理はお任せください。援軍も間もなく到着します」

「わ、分かった。」

「私は先にリューザスさんの様子を見てきますね」


伊織とすれ違い、リューザスの方に歩き出す。

だがすぐに足を止めて、背中越しに伊織に尋ねた。


「……勇者様。一つだけ良いですか?」

「どうした?」

「種族の壁など関係ない、幸せな世界を作ることはできるとお考えですか?」

「……」


唐突な質問に伊織は言葉が詰まる。

サーシャに求められた時には躊躇いなく答えることができた。

しかし、ルシフィナに問われた瞬間に迷いが生まれた。


ルシフィナが伊織の事情など知っているはずがない。

それでも、こんな世界で綺麗事を実践できるのか、と問われている気がしたのだ。


「分からない」


正直なところはそうだ。

最強の英雄が、チートなどを使いこなす人間だったら可能だろう。

伊織はしかし普通の才能もない人間だ。


「―――――でも、俺は作ろうと思う。これ以上人の悲しむ顔が増えないで済むなら」


できるできないじゃなく、やれるだけやろうと伊織は思った。

まだ信じることができる人は少ないけれど。

この手で救える人は一握りだけども。


救う・・』という言葉が必要なんてない世界があれば良いとすら思えたのだから。


伊織の言葉にルシフィナは言葉を少し詰まらせ、返答する。


「そう、ですか」


声音を少し下げ、落胆したような、悲しそうな声で続ける。


「とても素晴らしい夢だと私は思います」


ルシフィナはそれ以上何も言わずに歩き始めた。

伊織はルシフィナの様子の変化に気づくことはできなかった。


そして、その後ろ姿が見えなくなると、地面に寝っ転がった。


「……幸せな世界、か。」


『勇者の証』が刻まれた手を茜色の空にかざす。


「俺が本当に作れるのか……?」


世界の救世主たりえる『勇者の証』はただ沈黙を貫き、鈍く光るだけであった。

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