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再臨勇者の復讐譚~Be Braves~  作者: Midnight.P
序章 もう一つの始まりの物語
4/10

少女の決意

少女にとって、兄というのはもっとも身近でカッコイイ英雄だった。

不愛想だが父親や母親に代わって、自分を守り続けてくれた。

だからこそ困っている人を助けたかった。


自分に力がないなんてわかっている。


ただ『夢』を諦めないでほしい。

自分を否定なんてしないでほしい。


それだけで人は救われるのだから。


◇◇◇

突然現れたサーシャにアルファルドは当初驚きの表情を浮かべていたが、剣を弾いた体勢のままで笑みを再び浮かべた。


「次から次へと鬱陶しいなァ。最初から全員参戦してくんねーと楽しくねえじゃないか」

「『楽しい』だなんて言えるのは貴方ぐらいです!」

「そうか、よっ!!」


弾いた剣の刀身を素手でつかみとると、サーシャに向けて素手で投擲する。

防御魔術を用いて、受け止めようとするが魔術が不完全のせいで貫通する。

しかも後ろにいた伊織の顔面に。


「危ない!!」

「……ッ!?」


未だに放心状態の伊織を突き飛ばして、サーシャは身代わりになる。

幸いにも右腕を掠った程度ですんだがサーシャにとっては段違いの痛みである。

だが、


「サーシャ、怪我が……!!」

「大丈夫です」


歯を食いしばって痛みを堪えると、再び伊織とアルファルドとの間に立つ。

その姿に伊織は言う。


「もういいんだ!君だけでも逃げてくれ!!」

「……」

「俺には、もう……無理なんだ」


ピクッとサーシャは体を揺らすと伊織の方を振り向く。

そのまま――――――――強力な平手打ちをくらわした。


「ぐふっ」


余りの威力に勢いあまって伊織は何度も後ろへと転がってしまう。

転がり終わって、前を向くと怒りの形相で立っていた。


「ふざけないで……あなたはそんな人じゃない!!」


さっきまでの優しい口調ではなく、まるでリューザスのような口の悪さがあった。


「でも、俺には、俺じゃもうどうにもならない」

「そんなの知らない!どれだけ挫けようとも、私があなたの優しさを、強さを知ってる!!」


仁王立ちしたまま、サーシャは伊織を激励する。


「アマツ!!あなたは英雄なんでしょう!?私たちを助けてくれるって!!」

「それは―――――」


確かに伊織の言葉である。


しかし、今の現実に同じ言葉をかける権利なんて伊織にはなかった。

許されるはずがないと伊織は考えていた。


「たしかに、アマツさんはその場の勢いで言ってしまったのかもしれない。でも嘘じゃなかった、命を挺してくれた」

「でも現に今は助けれてないじゃないか!!」

「だとしても!!」


そういって、サーシャは伊織の頭をポンポンと撫でた。


「誰だってできないことはありますし、それに私は嬉しかったんです。お兄ちゃん以外の人が私の事を大切にしてくれてるってことを気づけたから」


だから、とサーシャは再びアルファルドの方を向く。


「私を盾にしても構いません、生き延びてください」

「ちょっと……待っ」


サーシャはそう言い残すと体の震えを止め、アルファルドへと一歩踏み出して高らかに叫ぶ。


「私はサーシャ・ギルバーン!魔族さん。私は貴方よりも弱い!!だけど、この人にこれ以上傷つけさせはしない!!!」


サーシャは小杖ワンドの矛先を向ける。

その言葉にアルファルドは堪えきられないと言った感じで笑いだす。


「……黙って聞いてたが、正直笑えちまうよ。非力なテメェに何ができるんだよ?」

「でも時間を稼ぐぐらいならできる」

「ハァ?」


サーシャの発言にアルファルドから明らかに苛立ちが見えた。

格下がまるで一時でも対等に戦えるともとれる発言だったからだ。


「時間を稼ぐだと?魔術師風情が調子にのるなよ?」

「……」


サーシャは答えない。


それは恐怖のせいで喋れないのではなく、『喋る気なんてない』という態度の表れで合った。

アルファルドもそのことを理解し、表情を全く変えないことに指を噛んだ。


恐怖で顔をゆがませるのをアルファルドは見たかったようだが、すぐに趣向を変えた。


「アァ、そうだ。テメェをじっくり甚振ってその考えを変えさせてやるよ」


ねっとりとアルファルドはサーシャに視線を送ると、突然指を鳴らした。


喪失魔術ロストマジック"錬刃牙突"」

「……ッ!!」


夜空の星を彷彿させるほどの数多の光る剣がアルファルドの背後に出現する。

一つ一つに魔力で強化されてるのか、刀身が赤黒く変色していた。

それだけならまだよかったが、その総数は百はくだらない。


サーシャは小杖に魔術を構えるが戦力比は圧倒的であった。


そして、その状況を伊織は恐怖で身を固めながら眺めるだけであった。


(もう無理だ)


サーシャが魔術を用いたところで撃ち落とせるのはいいとこ数個だろう。

仮にリューザスが戦えたとしても不可能だ。


(……やっぱりだめなのか?)


勇者として召喚され、無力だと言われた。

何度も死にたいとすら考えた。

でも、自分が何をしたかったのか。


(俺は)


召喚されてから、自分が何をしたいのか分からなかった。

押し付けられた役割や期待でもそれに添いたいって伊織は信じていた。

自分の本当にしたいことなんて、全くなかったのだから。

それでも。


「助けたいんだ……!」


自分に諦めるなと言った少女を。

自分と同じ無力な存在にもかかわらず、身を挺した彼女を。


その瞬間に伊織の視界にノイズが走った。


「……!?」


――――――――その先に映るのは灰色の髪の少年の後ろ姿。

その足元には夥しい数の魔物の屍。


伊織自身、絶対に知っているはずのない人物。

だが、剣を片手にいくつもの戦場を乗り越えた彼はきっと英雄だろう。

どうしてか分からなかったが、そう確信した。


(少しでもいい――――――)


……確かに他人の力を頼るだなんておこがましいかもしれない。

それでも構わない。

伊織にとって『サーシャを救いたい』という気持ちは本物なのだから。


伊織は目の前に映るに手を伸ばす。

その瞬間に右手が燃えるように熱くなるが、伊織は気にしなかった。


突如、灰髪の少年に獄炎が迫る。

少年は慌てることなく、炎に手をかざす。


伊織はその手を重ねると心に浮かんだ言葉を、少年と同時に詠唱した。


「『"魔術簒奪スペルディバウア"!!』」


◇◇◇


「終わりな、女」


サーシャは自身の目前に迫るつるぎをじっと見ていた。

別に、勝てないと今更気づいたわけでも絶望したわけでもない。

ただ伊織とリューザスへの直撃だけは避けられないかと計算していただけである。


(せめて伊織さんには生きてほしいなぁ)


死ぬことは怖いが、助けてくれた伊織のためならばよかった。

自ら盾になろうと自身に不完全な防御魔術をかけ、目を閉じる。


「……?」


だが、待てど暮らせど衝撃はなかった。

唯一変わったことと言えば、サーシャ自身の体が温かいと感じたことだ。

それに続いて、儚く剣が砕ける音がした。


同時にぐいとサーシャは何者かに抱き寄せられた。

恐る恐るサーシャが目を開けると、温かい光が差し込んだ。


何者をも照らす神々しい光。

その中心にいたのはまぎれもない少年の姿。

全身には見るに堪えない生傷だらけだった。


だが先ほどまでとは全く違い、伊織の目には静かに燃える炎の如く強い意志がみなぎっていた。


「……」


アルファルドが不思議そうに首を傾げるが、すぐに魔力で構成された凶刃を再び放つ。

直撃すれば肉体など簡単に滅びる一撃。


サーシャは咄嗟に身構えるが、伊織はただ右手を振っただけである。

それだけで驚くべき事態が起こる。


サーシャと伊織に迫っていた幾本もの剣が、完全に消え去った。

一本のみならず塵一つ残さずに。


―――――――――その最中にサーシャの視界にある物が目に飛び込んだ。


「――――――――」


伊織の右腕にある幾何学な紋様。

勇者が勇者たるに値する証明、『勇者の証』。

初めて出会った時やさっきまでの極限的な状況においても、わずかに光っていただけの代物だったが……


―――――――今、太陽にも劣らないほどの輝きを持っていた。


「悪い、サーシャ。」


『退紅の御刀』の折れたはずの刀身の部分にあるはずのない刃があった。

それは伊織の燃え盛るような心を反映したかのように炎の刀身が生み出されていた。


伊織やサーシャはもちろん、レンヒすら知らないであろう『退紅の御刀』のもう一つの性能。

魔力量に応じて、剣自体が紅蓮から深紅へと変化し、魔力に応じた攻撃力が得られるというものが。

凡人では決してみられることのない本当の力。


伊織はサーシャに静かに言った。


「よく考えると、俺は馬鹿だったんだ。役目がしんどいからって逃げて、自分には何もないって勝手に考えて、自分のことしか頭になかった」


そのまま少し後ろに下がって、サーシャ抱きしめていた左手をそっと離すと、伊織は正面を向く。


「……」


無言のまま、アルファルドはまた剣を生み出そうと手を振る。

だが――――――


「"魔術簒奪スペルディバウア"」


伊織が三度、魔力を込めて右手を振るうと形成段階で剣が消滅した。

いまだ完成していない魔術を無効化したのだ。


「なっ!?」


戦闘狂のアルファルドすらも思わずひるんだ。


「……喪失魔術ロストマジックを無効化する魔術なんて聞いたことねえぞ!!」

「無効化?それはお前の十八番おはこだろ?」

「だとしても、だ!!俺の魔術は完全に形成された魔術を斬るっつうものであって、魔力の状態のものを打消すなんざあるわけねえだろ!!!」


先程までの余裕が消え、動揺するアルファルドと冷静な伊織。

全く対照的な姿はいっそ清々しいほどである。


「いや、まさかテメェ……」


動揺していたアルファルドは、伊織の腕の紋章を見て、目を見開いた。


「千変の野郎が言っていた『勇者』か……!?」

「……勇者、ね」


伊織は自嘲気にその言葉を嗤う。


『勇者の証』とは聖光神メルトによる祝福。

どんな人間でさえも『勇者』へと呼ばれるほどに強化する神の所業。

勇者が放つ魔術は魔族を超え、その筋力は屈強な龍種をも薙ぎ払う。


人間側にとっての希望の光であり、魔族にとっては忌み嫌う暗黒。

だが伊織にとってはどうでも良かった。


「そんな大層なもんじゃない……ただ」


今にも燃え移りそうなほど猛り狂う炎の剣を片手にアルファルドに一言向ける。


「俺は天月伊織アマツだ。誰かの代わりなんていねえし、誰かの代わりになるなんてまっぴらごめんだ」


伊織は軽く王国の方を向き、吐き捨てるように言った。

その後に続く言葉はアルファルドを驚かせた。


「ああ、確かに俺は『勇者』だなんて器じゃない。戦うのは嫌だし、こんな無茶苦茶言う国の下にいること自体奇跡だと思う」

「だったらどうして俺の目の前に立ったんだ?王国の人間なんざ、見捨てていい奴の方が多いんじゃねえのか?奴らは強かったら生きのこるだけだろ?」

「―――――――それは違う」


伊織にとっては全くの関係のない人間や亜人ばかりだった。

異世界転移させられてから碌な目に合わなかった。

怪我させられるし、怒鳴られるし、挙句の果てにはゴミ扱いである。


助ける義理なんて一ミリもなかった。


それでも。


「俺のことを心配してくれる人もいた……!!」


レンヒ、リューザス、そしてサーシャ。

彼らは自分たちの事を顧みず、伊織に先へ行けと言った。


立場などを放りだして、親身になってくれる人もいた。

だからこそ伊織は―――――――――


「―――――助けたいって思ったんだ!!」


せめてもの恩返しがそれぐらいしかなかった。

伊織自身力なんてないけれど、心の底からそう思った。


その言葉を聞いて、アルファルドはさらに苛立ちを募らせる。


「……んだ、それ?誰かを守りたいから戦ぅ!?泣いている奴を笑顔にするだとぉ?馬鹿みてえな夢を見るんじゃねえよ!!」


一歩踏み出して、アルファルドは吼える。

それに対して伊織は一ミリたりとも退かずに剣を垂直に構えた。


「空想じゃない、実際にできるかなんてわからない。でも確かに、俺はやりたいと思ったんだ」


英雄なんて、勇者なんて柄なんかじゃないけれど。


「たとえ、それが一時の感情だったとしても―――――――――――――」


『勇者の証』が伊織の言葉に反応し、さらに強く光り輝く。

伊織を肯定するか如く、脈打っていた。


「――――――――――――――――これは嘘偽りのない真実ほんとうなんだ」

「……そうかよ」


アルファルドは落胆したように肩を落とすと、解除していた心象魔術を再び身に纏う。

ただ先程までとの違いは表情だ。


戦いの高揚による笑いなどではなく、純粋に伊織と本気・・で殺そうとする獣のような笑み。


「何度も言うが、俺は下らねえ理想なんざ興味ねえ。だが、分かることは一つだ」


アルファルドは剣を水平に、地面と平行に構える。


「認めさせたきゃ、これで示せ。力なき奴が口を出す権利なんてねえよ」

「ああ、分かってるさ。だから――――――――」


両者向かい合って、全身に魔力を纏う。


「「――――――この一回で終わらせる」」


その言葉とともにアルファルドの魔力と伊織の魔力が衝突した。

単純に体から魔力を放出しただけに関わらず、大気が震える。


まるで世界が彼らを拒絶するかのように震え続けた。


たった一秒。

お互いの魔力の奔流が相殺された瞬間に同時に歩を踏み出した。

先制はアルファルドだった。


喪失魔術ロストマジック"剣刃錬成"」


元々所持していた蒼黒の剣を持ったまま、左手に鈍色の剣を生み出し斬りつける。

突然の二刀流に伊織は驚きの表情を浮かべるが横薙ぎで二刀を打ち払った。

そのままいったん後退すると、両者が再び激突し鍔迫り合いとなる。


戦いはじめと同じ構図を思い浮かばせるようだが、一つ全く違う点がある。

それは一番最初にアルファルドが気づいた。


「さっきまでと全然違うじゃねえか……!!」

「……」


そう、伊織がアルファルドと真正面からの攻撃を打ち落としているのだ。

さらには出鱈目なパワーがあるはずのアルファルドと互角に渡り合っている。


一撃の予断すら許さない剣戟の嵐。


刀身が半分であるはずの伊織のほうが遥かに不利なのにも関わらず、当て損ねることがなかった。

そのことにアルファルドの闘争心に火をつけた。


「舐めるなぁああああああ!!」


伊織の剣を無理やり打ち払って後退させると、アルファルドは魔術を行使する。


二重加速ダブルアクセル!!」


体への負荷をも無視して、アルファルドは瞬間的に加速する。


「これならどうだァ!!」


背後へと一瞬で移動するとアルファルドは伊織の心臓を穿とうと突きを繰り出す。

しかし、伊織は背後からの一撃を後ろ手で防ぐ。


「その程度か?」

「なっ……!?まさか、今のが見え――――――」

「当たり前だ」


伊織は焦った様子もなく、振り返りざまに蒼黒の剣を弾き飛ばす。


先程までは絶対に追いつけなかったはずの速度すら追い越していた。

あまりにも急激な成長にアルファルドは絶句する。


そして、剣を弾いた際に数秒のラグを伊織は見逃さない。


「―――――――虎刀"崩牙"」

「うおおおおぉおお!?」


"崩牙"は魔力を纏った剣で周囲を薙ぎ払うというシンプルな技。

しかし、現在の伊織の魔力量は魔族数体をも遥かに上回るほどであった。

それの持てるだけの魔力を上乗せした攻撃は、まさに紅蓮の嵐。


アルファルドは避ける暇もなく、ボロ雑巾のように地面にたたきつけられた。

受け身を取ったにもかかわらず怪我をしていない部分を探す方が苦労するほどだった。


「……アァ、強えなぁ。まさか俺との戦いでここまで強くなるなんざ、予想外過ぎたな。これが『勇者』、英雄になる人間って奴か。歴代魔王を討伐してきた人間なんだな」


アルファルドは満身創痍であったが、瞳は絶望に濁らずに笑顔であった。

彼はどこまでも戦闘狂ウォーモンガーであり、生粋の剣士である。

弱者を虐げ、強者を滅ぼす魔族。

だからこそ。


「負けられねえんだよなァ、アマァアアツ!!」


片膝をついたまま、アルファルドは数多の刃を放った。


――――――――喪失魔術ロストマジック"錬刃牙突"。


大部分の魔力を使い切った伊織に対して、回避不可能なほどの凶刃が空から襲い掛かった。

それに対しての解はたった一つであった。


「"魔術簒奪スペルディバウア"!!」


できる限りの魔術を吸収し、自分に当たりそうなものだけを弾いていく。

しかし、徐々に"魔術簒奪"の効果が薄れていった。


「『勇者の証』がもう持たないのか……!?」


伊織の右腕の『勇者の証』が点滅していたのだ。

それに伴い、魔力供給が急速に滞り始めていた。

体感的に言うと戦える時間はもう30秒もないと思われた。


故に―――――――――もう伊織には時間がなかった。


さらにもう一つ、アルファルドが咆哮しながら肉薄してきた。


「終わりにしようぜエ、アマツ!!」

「ああ、終わりだ!!」


伊織も体に剣が刺さるのも厭わずに走り出す。

そして、互いがゼロ距離になった瞬間に全霊の一撃を両者が放った。


「【絶断一刀ミーティ・レルグ】!!」

「虎刀・"月下居合"!!」


漆黒と金色の軌跡がすれ違う。

アルファルドは心象魔術で自身を限界にまで強化し、伊織は持てる限りの魔力と技術を結集させた最大の一撃である。


二筋の煌めきと漆黒の一線が尾を引いて、肉を断つ嫌な音を鳴らし、軌跡は消えた。

その際に同時にバキンという硬質な音をたてた。


両者は剣を振り切った姿勢で固まっていたが、


「……俺の負けだ」


そういって口から血を吐いて、アルファルドは膝をつく。


「……アマツ」

「俺の勝ちだな、"裁断"」

「そう、みてえだな」


伊織は10㎝にも満たない刃でアルファルドの心臓を貫いていた。

そのまま剣を抜いて、伊織は数歩後ろへと下がった。


アルファルドは空いた左胸に手を当て、弱弱しく笑う。


「ハッ、戦場ってもんはやっぱ分かんねえもんだな。強い強いと謳われている奴でも一瞬で死ぬのもいりゃあ、雑魚が急に強くなったりするとか、意味わかんねえ」

「……」

「なぁ、アマツ。俺には何が足りなかった?やっぱり魔術、武術、もしくは魔力量が少なかったせいなのかよ?」


喋っている間にも殺してしまうほうが遥かに良いと伊織は分かっていた。

この間にも魔王軍の援軍や魔物達に襲われる危険は充分にあるからだ。

でも、この問いだけには答えようと伊織は思った。


伊織は表情を引き締めながら自分なりの『答え』を言う。


「……お前には守るべきものがなかった。弱肉強食の掟に従って生きてきたお前にとって、自分より弱い仲間なんていらないと考えただろ?」

「だったら、何だって言うんだ?」

「強い弱いなんかじゃない、何よりも信頼できる仲間・・・・・・がいなかったんだよ」


仲間というのは何も戦闘で強くある必要などない。

ともに笑い合い、泣き合い、許せる友、家族。

それらを守りたいという強い信念。


伊織ですら今まで気づかなかったものでもある。


ただ強者と戦い、弱者を嬲りたいという軽い『信念』とは違う。


「……くっだらねえな」


そのことをアルファルドに伝えると鼻で笑った。


「だが、負けちまったことは認めねえとな。四天王なんて座を貰ってる癖して負けたんだ、言い訳何ざ俺自身したくねぇ。だからよ」


アルファルドは自分の持っていた蒼黒の剣を無造作に放り投げた。

伊織は開いている手で剣を受け止めた。


「けじめをつける。敗者の剣なんぞ要らねえかもしれねえが、俺の受け取ってくれねえか?」

「……お前は良いのか?」

「ああ。冥府に持っていくもんなんざ、己の魂一つで充分だ。この剣もきっと強い持ち主の方が好みだろうよ」


アルファルドは笑いながら、立ち上がる。

そして、伊織の方を向くと一言告げた。


「ああ後……一つだけ忠告してやる」

「なんだよ?」


アルファルドは言葉を一旦切ると、


「仲間を過信するな。最終的に信じるのは自分てめえだってことを忘れんなよ、勇者」

「それはどういう――――――」


伊織が問いただそうとするが、その時にはもうアルファルドは息絶えていた。


「どういうことだよ……?」


伊織の心に一つ疑問を残したまま、戦いが終わった。

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