勇者は吼える
周囲が焦土となった森で、深紅の剣閃と蒼黒の剣光が交差する。
その度に両者の間で激しい火花を散らす。
お互いの剣戟で数少なく残っている木々も瞬時に木屑へと還る。
誰が見ても、一流の剣士同士のたたかいだと勘違いするだろう。
それでもアルファルドと伊織の剣の打ち合いで優勢なのは、無論アルファルドの方だ。
余裕そうな表情で伊織に犬歯を見せる。
「どうしたアマツ、まだまだ俺はローギアだぜ?」
「うっせ!!こっちもそうだって決まってるだろうが!!」
「ふん。ならもう少し速度上げるぜ」
アルファルドがそう言って、小さく魔法を唱える。
「加速」
「おう!?」
急にアルファルドの速度が上がったかと思うと伊織まで十歩ほどあった距離を一瞬で詰め、剣を持っていない方の手で拳を振るう。
一秒にも満たない速さに伊織は目を剥きながらも使っていない方の腕で受け止める。
鈍い音ともにゴム玉のように伊織は吹き飛ばされた。
伊織は苦悶の表情を浮かべながら悪態を吐く。
「なんだよ……今の!?」
「は?知らないのかアマツ?今のは魔術に決まってるだろうが、魔術」
「知るかよ、んなもん……!」
伊織自身魔術をみたことはあるが、一見では何が変わったかが分からない強化魔術など見破ることは不可能である。
単純な炎や氷を出す魔法ならまだしもだ。
とは言っても、伊織には泣き言など言ってる暇などない。
「オラ、休んでる暇なんてねーぞ!!」
「そうかよ」
休む暇なく、アルファルドが攻撃を仕掛けてくるからである。
さらには身体能力を強化し、目で追うことが難しいほどの速さでだ。
跳躍しながら、伊織の目へと向けて突きを放つ。
ゆっくりと近づいてくる剣の反射光が伊織の目に映る。
防御をしようとしても、左腕が全く動かない中でアルファルドの本気の一撃を受け止めるのは難しい。
両手でも怪しいレベルなのにだ。
(このままじゃやられる――――――――)
伊織は薄々分かっていた。
アルファルドがまだ本気でないことも、さっきの魔法を穿つ魔法を使わないことを。
伊織が魔法を使わないのが原因でもあるだろうが。
だが同時に伊織は考える。
(――――――――完全に油断している今だけがチャンスだ)
あの技を一度見せれば、もう二度とチャンスは来ないだろう。
アルファルドほどの剣豪なら尚更。
だが、いまだけはと防御の構えを見せたまま、伊織は右腕の感覚とずっと反復練習してきた型を思い出す。
大嫌いな王国で初めて友人になり、自分を支えると言ってくれた少女が教えてくれた技。
「虎刀・陣形之参―――――――”咆哮”」
「なっ――――」
伊織の剣の刀身ががグニャリと歪むと、そのままアルファルドの剣とすれ違うように突きをする。
さらに、伊織は相手の突きを完全にいなし、逆に相手の剣速を利用して加速させて、アルファルドを貫く。
これがレンヒから教えられた剣術である。
肉を切らせて骨を断つという精神の元から生まれた対人特化の剣技、虎刀。
魔力を上手く扱えない人間でも使うことのできる獣人が編み出した特殊なもの。
獣人族たちが侵略する鬼族を殺すためともレンヒが言った。
その技がアルファルドに突き刺さった。
小気味のいい音ともに血が地面に跳び散る。
しかし、
「浅かった……っ!!」
頬の肉を深く抉る程度にとどまった。
なぜなら、アルファルドは驚異的な反応速度で顔を横に逸らしたからだ。
伊織は思いっきり舌打ちをしながら、後ろに下がった。
「……?」
反撃を予期して、かなり後退したのにアルファルドは全く動かなかった。
自身が斬られたところを手で拭い、止まらぬ血をじっと見ているようだ。
そして、両手で顔を覆うと全身を振るわせ始める。
「ふふふ、ハハハッ!!」
アルファルドは堪えきれないとばかりに声を出して、笑い始める。
そのまま弾けるような笑顔で伊織の方を向く。
「ああ、最高だ。こんな痛みたまらねぇ……久々だぜ」
やがて手で傷口を抑えることもやめ、一歩一歩伊織の方に近づく。
「さっきまでは、ずっとテメェの事を見下してたわ。でも今は違う。アマツ、お前は俺と戦えるのが分かったよ」
傷口を抑えるために、落とした蒼黒の剣を拾いなおす。
「テメェは強い。この四天王の俺が保証してやる」
その言うアルファルドはまるで無邪気な子供のようだ。
「これだからよォ」
その瞬間に先程までとは遥かに超える殺気を伊織にぶつけた。
「強い奴と戦うのは楽しいぜ。刃と刃が交わって、削り合って、研ぎ澄まされていく感覚が堪らねえ。逆に、弱い奴と戦うのも楽しいぜ。一方的に甚振って、命乞いと断末魔を聞くと胸がスカッとするからよぉー!」」
「!?」
「テメェは嬲られる側か?それとも嬲る側なのかぁ?見せてもらおうじゃねえか」
前傾姿勢で剣を鞘になおすと、居合の構えで伊織に向けて突撃する。
「”三重加速”!!」
アルファルドが本当に本気になったのか、伊織は全く視界にとらえることができなくなった。
「後ろがお留守だぞォ、アマツ!!」
「ぐあ――――!?」
伊織は声がした瞬間に反射的に剣を顔の前で構える。
と同時にノータイムで下から斬りあげられる。
そのせいで伊織の剣の柄にぶつかり空中に剣が放り出された。
さきほどまでの有利な状況がたった数秒でアルファルドにより覆された。
最初からアルファルドは本気ではなかったのだ。
(なんとか―――――次の一手を考えなきゃダメだ)
伊織はどれだけ絶望的な状況でも戦うことを諦めるつもりはなかった。
例え丸腰で身体能力が低かろうとも喰らいつく。
それだけが、
「俺が償うべきものなんだっ!!」
伊織は捨て身でアルファルドへと特攻をかけようとする。
「嫌いじゃないぜ、醜いあがきって奴はな!!俺をもっと楽しませろよ!!」
興奮と歓喜が混ざった声を上げながら、アルファルドは迎え撃とうとする。
「なら――――――――――一人で勝手に楽しんどけよ、雑魚」
激突する直前に底冷えした声がしたかと思うと、二人の間に氷の壁が連なって形成される。
伊織はギリギリ当たらないものの、アルファルドは両足を完全に凍結させられた。
アルファルドは魔術を唱えた術者へとにらみを利かせる。
「クソ、テメェ魔術師何すんだ!?これは俺とアマツの決闘だろうが!茶々いれてんじゃねー!!」
「何言ってやがる。はなから一対一とかいってねーだろ」
「ハァ!?こんの魔術師風情が邪魔しやがってッ!!」
「五月蠅えよ」
追加でリューザスは魔術を重ねる。
「”凍結”―――――――魔術連結:”氷結結界”」
「おま―――――」
淡々とリューザスはアルファルドの全身を凍らせた。
まるで良くできた彫刻のようにそびえたっていた。
リューザスは満足そうにそれを見ながら、立ち止まったままの伊織に声をかけた。
「おー、やっぱそういう方がお似合いだな。そうは思わねえかアマツ?」
「……リューザス。あんたは逃げたんじゃなかったのか?」
「ふん。実際はそうしてえとこだが、俺たちを殺そうとした”裁断”の野郎をほっとくのはナシだろ。むしろ殺してやろうと思って戻ってきただけさ」
伊織が振り返ると、そこには治癒魔術で全快したリューザスがいた。
さっきまでと装備は全く同じだったが、顔についていた傷などが消えていたことから伊織は理解した。
眉をよせたまま、伊織の方を見ると苦い顔をする。
「っと、それじゃ戦えないじゃねーか」
リューザスは肩に置いていた杖を伊織に向ける。
「ちょ、ま!?」
「動くんじゃねぇ、高位治癒」
伊織の制止前に問答無用で回復魔法をリューザスはかけた。
攻撃魔法ではなかったので静止する必要はない気もするが。
伊織が自分の腕が自由に動くのに目を丸くしているとリューザスが再び口を開く。
「サーシャに頼まれたからだよ。『アマツさんを助けてほしい』ってな。サーシャもすごい物好きな奴だよ……一度見捨てた奴を根っから信じるなんてな」
「……」
「俺はちなみに信頼なんか一ミリもしてねえぞ。ただ、倒すために協力するだけだ」
リューザスは目を合わさずにアルファルドの方のみを見ていた。
その表情は伊織からは見えてはいなかったが、苦い表情をしているのだろうと感じ取れる。
でも、
「ありがとう、リューザス」
「礼なんか言うんじゃねえ!俺が謝らないといけなくなるだろうが……」
素直に伊織が感謝すると、バツの悪そうにリューザスは頭を掻く。
伊織にとって、信じた人が信頼を返してくれた。
それだけでも正直、とてもうれしかったのだ。
リューザスにとっては罵倒を罵倒で返してくれるぐらいの方が気持ちいいのだろうが。
そんなこんな会話をしているうちにアルファルドを覆う氷にヒビが入る。
「……来るぞアマツ。剣は拾ったか?」
「ああ。というかリューザス、何か作戦はないのか?」
「あったら苦労してねえよ!!」
「ま、まぁ、そうか」
リューザスは不機嫌そうにアマツにそういう。
「ただ火力面は、お前よか俺の方が上だ。アマツは何とかして隙を作れ、魔術を斬らせる暇なんてなく殺せばいいだけだ」
「分かった。だったら―――――――――」
伊織は咄嗟に思いついた作戦を口に出す。
リューザスは眉を顰め、難しそうな顔をして、最後にため息を吐く。
「チッ、じゃあタイミングはテメェに合わせる。しくじんなよ」
「おう」
その瞬間にアルファルドが氷が完全に砕いた。
空中に漂う氷が綺麗に光を反射する中で、アルファルドは持っていた蒼剣を掲げる。
「話は終わったか?」
「とっくにな。”裁断”こそ余裕ぶってていいのかよ?戦いは一対二だぜ……仲間呼んだっていいんだぜ?」
「は、舐めるな。魔術師風情が増えたぐらいじゃ変わんねぇよ」
アルファルドがタカを括ってそう言うと、真正面にいるリューザスは不敵に笑う。
「なら、やってみろよ?」
「――――――お望み通り嬲ってやるよ」
アルファルドが真正面からリューザスに斬りつける。
その間に割って、伊織が剣で一合斬り結ぶ。
「うっ!?」
かなりパワーが入っていたのか、伊織は反動だけで後ろ向きにこけてしまう。
勢いを利用して、バク転の要領で立ち上がる。
アルファルドは体勢がちゃんと整っていない無防備な伊織の顔面を貫こうとするが、
「火炎弾!!」
「魔術師、お前邪魔だ!」
リューザスの火炎弾を剣の側面に当てられ、突きの軌道がわずかにずれる。
その隙を見逃さずに伊織は後方へとジャンプで後退する。
「虎刀―――――――」
「そう何度も打たせるかよ!!」
「!?」
アルファルドは加速で速攻で近づくと、伊織の剣を力強く弾いた。
今度は剣を空中に飛ばされないように、伊織は右手でしっかりと握っていたため手元に残っている。
「で、次はこっちだろ!」
すぐにアルファルドは振り返って、後ろで魔術を唱えているリューザスの方を向く。
剣に魔術を纏わせて、魔術の迎撃の準備はできていた。
だが、
「喪失魔術・"災禍葬炎"」
「……高火力の魔法を巻き添えでわざわざ使うかっ!?」
リューザスはそんなアルファルドの考えを超え、莫大な獄炎をお見舞いした。
とは言え、
「ああ、もうクソッタレ!!」
アルファルドは剣で喪失魔術を完全に封殺した。
ついでに直線状にいたリューザスも狙ったが、当たらなかったようだ。
リューザスが離れたとはいえ、安心している暇などない。
アルファルドの背後から強力な魔力を感じたからだ。
「後ろにはアマツしかいないはずじゃ……!?」
伊織がまともに魔力を扱えないことをアルファルドは知っていたからこそ、驚愕した。
だが、本能の部分が同時に危険を訴えていた。
アルファルドが即座に顔を後ろに向けると、自分に向かって何かが投擲されているのが分かった。
それが何かだと分かる前に二つに斬った。
魔力の纏う物質だと分かっていながらも斬らざるを得なかった。
それが剣士としての性でもあったのだから。
「これは杖っ!?まさか―――――」
アルファルドが斬ったのはリューザスが持っていた杖。
彼は王国で指折りの魔術師だ。
そんな彼が与えられている品が通常の物とは全く違う。
普通と違い、多大な魔力が含まれているのだ。
そして魔術を扱う者なら、誰でも使えると言っても過言ではない魔術が一つだけある。
仮に魔術が下手な伊織であったとしても使えるものが。
単純に物に含まれている魔力を暴走させて、相手を殺傷する魔術。
その名も―――――――
「壊魔!!」
「ぐああああ!?」
杖に含まれていた魔力が所かまわず暴走し、防御する間もなくアルファルドに直撃する。
近距離にいた伊織もダメージを負うが気にしない。
伊織は爆風でアルファルドから離されるが、これも計算通りだった。
そのまま声を枯らす勢いで叫ぶ。
「リューザスッ!!」
リューザスはアルファルドの方をチラリとみると、ニヤッと笑う。
「じゃあな、”裁断”」
「こんのッ!!」
「言いたいことはあの世で言いな――――――」
リューザスは両腕を前に突き出して、事前に詠唱してある魔術を唱える。
アルファルドは慌てて剣を構えようとするが遅い。
「―――――喪失魔術・"災禍葬炎"!!」
地獄の業火がアルファルドを焼く。
誰もが倒したと、そう考えていた。
だが、伊織とリューザスは目の前に立っている魔族を推し量れていなかった。
アルファルドは目の前に迫る爆炎を見ながら、凛とした声で言葉とともに魔力を紡ぐ。
「我が剣は全てを断つ」
どこまでも冷たく、尖ったような声色が周囲に響く。
「其れは決して、折れることのない一刀」
アルファルドの浅黒く、蒼い剣が赤く紅く紅く染め上げられる。
「この世の理を穿ち、断ち斬ろう―――――――」
全身に深紅の魔力が纏われた瞬間に、剣が世界に不満だというかのように不協和音を鳴らす。
「――――――【絶断一刀】」
爆炎がアルファルドにぶつかった瞬間に心象魔術により両断された。
渾身の一撃と言っても過言ではないリューザスの魔術を受けきったのだ。
それを見て、リューザスは余りの強さに悪態を吐く。
「……これが四天王って言うやつなのかよ!?」
「今ので終わりか、魔術師?」
「チッ、化け物がァ!!」
アルファルドが睨みを利かせた瞬間にリューザスは後方へ下がる。
先程までなら充分に躱せる距離であった。
だが、
「遅い」
「あがぁ!?」
さらにはアルファルドに纏われているの深紅の魔力のせいなのか、アルファルドは余裕で拳をリューザスの後頭部に叩きつける。
そのままリューザスはピクリとも動かなくなる。
それを見た瞬間に伊織はアルファルドに向けて飛び出していった。
「アルファルドォオオ!!」
腕や足が痛むのも厭わずに全霊で伊織は剣を振り下ろす。
アルファルドは持っていた剣を軽く握りなおすと、伊織の方を向く。
「悪いな、アマツ」
アルファルドは申し訳なさそうに目前の剣を迎え撃った。
剣に蒼い魔力が纏われる。
「"魔壊両断"」
「なっ――――――」
魔力を帯びたアルファルドの剣がぶつかった瞬間に退紅の太刀は真っ二つに折れた。
折れた半身は空高く舞い上がり、そして地面に突き刺さる。
伊織は手元の剣を見て、驚きの余り動きが固まってしまった。
「俺の剣が……!!」
壊れた武器を握ったままの伊織にアルファルドは剣を振りかぶる。
「時間切れだ、アマツ。このまま剣を興じたいところだが、今、"千変"に言われたからな。早く王国を滅ぼせってな」
「――――――」
「じゃあな、アマツ」
アルファルドが剣が振り下ろす。
本気を出せば躱せるはずなのに、伊織は躱せなかった。
否、もう伊織は絶望でその場で座り込んでしまったからだ。
なぜなら、もう伊織に戦う術が無いからだ。
(俺は死ぬためにここにきたのか?)
魔術もまともに使えない。
必死に覚えた剣もアルファルドの前では無力だった。
全ては無意味だったのだ。
(みんなが助けてくれて、戦ってきたのに?)
これまで助けてくれた二人。
レンヒは自らの愛剣を託し、殿をつとめてくれた。
リューザスは一人で戦った方が効率が良かったかもしれないのに伊織をサポートしていた。
伊織を信頼して全てを助けてくれたのに。
(ていうか……やっぱり無理だったんだな。誰かを救おうだなんて、笑顔にしたいって)
伊織はスローモーションで迫ってくる剣を目で追いながら、心が折れそうになっていた。
自ら思い、願ったことすらもまやかしに思えるほどに。
(俺は―――――――)
伊織はその瞬間に心の言葉を吐き出す。
「――――――英雄になんてなれない!!」
一秒先に迫ってくる刃を思い、伊織は目をつぶる。
だが、目を閉じた瞬間に聞こえてきたのは甲高い金属音と温かい声。
さらには何かが跳び退る激しい音まで。
「それは違うよ。アマツさんは窮地にいた私たちを守ってくれた」
「え……?」
目を開くと伊織の視界に一人の少女が映った。
年齢にそぐわぬほどの勇気と決意を秘めた赤髪の少女。
しかし、恐怖のためかアルファルドと伊織の間で足を震わせながら立っていた。
「だから、アマツさんは私の、いや――――――――」
後ろの伊織の方を振り向きながら、強張りながらもまぶしい笑顔で言う。
「――――――私たちの英雄ですから」
少女、否サーシャ・ギルバーンはアルファルドの前に立ちはだかった。