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再臨勇者の復讐譚~Be Braves~  作者: Midnight.P
序章 もう一つの始まりの物語
1/10

もう一つの勇者の物語

異世界、それは御伽噺の世界でしか見たことがないであろう魔法と剣の世界。

名を”レイテシア”。


その異世界に魔王オルテギアと呼ばれる災厄が降臨した。

すぐにオルテギアは人間に対する侵略と破壊を宣言。

前魔王の努力も空しく、<人と亜人>対<魔族>という戦争にまで発展していくとは知っていたはずなのに。


そして魔王軍は、”裁断”を皮切りに世界中の国へと攻め込んできた。

裁断の進撃はとどまることを知らず、圧倒的な戦力の前に人族は非常に苦しい戦況に立たされている。

王国十指の魔術師たちを合わせても、精鋭の騎士たちを集めても戦力は足りなかった。

魔族単体ならともかく、魔族が連携を取るためだから当たり前ともいえるが。


その最中、王国は異世界勇者を召喚しようという話になった。

伝承によれば、勇者は剣の一振りで大地を割り、魔法の一撃で空を穿つといわれているほどだ。

王国の人間たちは淡い期待を持ちながら勇者を召喚した。

だが、現れたのは突然の召喚という事態に追いつけない焦燥の表情を浮かべた少年。


魔王を倒すために呼び出された勇者であったが、まだ齢16の少年である。

黒い髪が特徴の変哲のない少年をみて王国の人間は怪訝な目で彼を見た。


こんな奴が世界を救う”英雄”なのか、と。


異世界の勇者を呼び出すために王国のほとんどの魔力を使い切っていた。

改めて呼び出すほどの魔力はなく、大した能力もない少年がいただけである。

そんな目線を浴びて異世界勇者、否、天月伊織は異世界の王城にいた。


勝手に呼び出され、勝手に期待され、勝手に使命を負わされた少年が行く末路とは――――――


◇◇◇

召喚されてからしばらくたち、伊織は使い古された訓練場で剣を握っていた。

しかし、


「なんで、俺がこんなことをしなくちゃならないんだっ!!」

「アマツ殿……」


伊織は持たされた鉄製の片手剣をそういって投げ捨てた。

訓練場で国の兵士と何度も訓練をさせられて、とうとう心の中に溜まっていた不満を爆発させた。

以前の訓練では、たった一撃で骨を折られたのだ。


伊織がそういうのも無理はない。

元々は平和な日本に生まれた普通の少年で運動ができた方でもなく、寧ろ苦手だった。


「なんでこんなことになったんだよ……それに俺はただの高校生だぞ!?」

「コウコウセイとは何か存じ上げませんが、勇者様は勇者様でしょ。最初から最強な人はいません。だからこうして訓練しているのです」

「こんな俺が魔王を倒せると思ってんのか!?」


伊織の言葉に女騎士であるレンヒが真面目な表情でそういった。

最初は王国騎士長直々に教え込んでいたが、伊織の態度に激昂し役を降りたのだ。


『貴様なぞ才能なぞ全くない!!』


という中傷を受けながら。

その時点で充分に伊織の心はバキバキに壊された。

またこの出来事で自室へと引きこもってしまったため、レンヒが王国上層部から推薦された。


年代も伊織と近しいため、すぐに馴染めるという企みもあったのだ。

彼女自身は王国への忠誠心がそこまで高くないが、実力は王国No.6の強者である。


忠誠心が少ないからこそ、伊織の愚痴を軽く受け流せているのであるが。


「まったく、アマツ殿は後ろ向きですね。魔王を倒せば、皆が言うことを聞くでしょうに」

「そんな力なんて俺には全くないんだよ。本当だよ……」


伊織は下唇を噛みしめながら、涙をこらえていた。

それを見て、レンヒは自分のピンクの髪を軽くいじりながら意地悪な顔でいう。


「ウジウジしないでください。貴方は童貞ですか?」

「いや、それ絶対関係ないだろ!!」


伊織がレンヒに対してムスッとした顔になる。

涙なんてどっかに吹き飛んでしまうぐらいに伊織の心に言葉が刺さったようだ。


レンヒは怒っているのを見て、妖艶な雰囲気で笑う。


「ふふ、なんだ全然元気じゃん」

「っ! ち、違うし!!」


顔を赤らめながらレンヒから目を逸らした。

女性慣れしていない伊織にとって、女性の笑みに全く耐性がなかったのだ。


だが、すぐにレンヒは表情を戻すと真剣なまなざしで伊織に言う。


「ですがアマツ殿。少なくとも後一週間で並の魔物を倒せるように、正確に言えば自衛は最低限してもらいたいのです」

「なんでだ?」


伊織の疑問符にレンヒは手を握って言葉を続ける。


「私の憶測ですが、そろそろ”裁断”がこの国、王国に攻めてくると思っているんだ」

「悪い、”裁断”ってだれのことだ?」

「そこからですね。”裁断”、奴は魔王軍の四天王の一人で、全てを断つと言われている魔族のことです。魔族の中では指折りの実力者で―――――――私の同僚も家族も全員殺されました」

「ッッ!?」


あまりの過酷な話に伊織の表情が引きつる。

その顔を見て、レンヒは気にするなという感じに苦笑いして伊織の目を見る。


「ま、過去の話さ。アマツ殿が気にする必要はない」

「……そんだけ色々失って辛くないのか?」

「別に辛くはない――――――――というのは嘘だな。正直言えば、『なんで私だけが』とは幾度も考えたさ」


レンヒは少しの間だけ目線を下に向けた。

だがな、とレンヒは快活に笑う。


「”勇者”が来てくれたから、もう大丈夫だと思っている。私と同じ境遇の子どもたちはもう出てこない、そう信じてるのさ」

「俺が”勇者”なんて……」


伊織の自虐が始まろうとした瞬間にレンヒが言葉で牽制する。


「ははっ、その通り。今の君なんかワンコインの価値もないよね!!」

「慰める気あるのかお前!? 本気で殴りたくなってきた……」

「まぁまぁ、最後まで話を聞きなよ、アマツ殿」


ナチュラルな毒舌で伊織の精神を削りまくる。

さすがの伊織も眉間がヒクヒクさせながら怒りを抑え込んでいた。

伊織は案外短気な子なのである。


レンヒは人差し指を自身の口に当てながら言う。


「じゃあ、私がさっきいったこと一字一句覚えてるよね?」

「えっと『ハハッ!』だっけ?」

「待ってアマツ。それだけだと色々と危ない人物になるんじゃないか!? いきなり笑いだす変な奴じゃないか!!」


その酷さはレンヒは敬称を忘れてしまうほどである。


実際は『価値がない』の印象が強すぎたので他のことが耳に残らなかったのだ。

後は笑い方が伊織の元の世界での有名な某鼠に似てたのもあるだろうが。


「ごめん、もう一度いってくれ」

「はぁ……『今』の君はまだダメダメって言ってるんだ。今はまだ君は弱い」

「そんなの当たり前だろ。兵士一人と碌に戦えやしない奴が」


自虐するように伊織が言うとレンヒは首を振る。


「次、いや『未来』の君なら魔王を倒せるって予感がするんだ」

「未来の俺?」

「ああ。もしかしたら数年後には”英雄アマツ”ってね」

「俺が―――――」


物語で出てくる”英雄”に?


「……なんてね。本気にしないで良いよ、アマツ」


そう考えてしまった伊織を茶化すようにレンヒはそう嘯くと深紅の片手剣を腰に収めた。

伊織もそれに倣い剣を背負うとお互いに一礼する。


「まぁ、深くは考えなくていい。私はキミが成長するのを気長に待つさ」

「……」


気にするな、とばかりに立ち去っていくレンヒの姿をただ伊織は見ることしかできなかった。

決意と覚悟を常に背負っている此の女性は何故自分に期待するのだろうと、伊織は同時に思う。


彼女のような強い意志と強力な剣技を持つ人物の方が余程”英雄”だろう、と。


まぁ、どれだけ思いを募らせようとも分からなかった。

伊織は自身の装備を持って与えられた自室へと戻り、疲れ切った体を癒すためにベットにもぐりこんだ。

疲れのせいかすぐに泥のように眠った。


◇◇◇


城内が慌しく動く音で伊織は目を覚ました。

普段なら何があってもゆっくりとしている兵士たちが忙しく動いているのが分かる。


「何があったんだ?」


ドアに耳をつけて伊織は城の中の魔導士と兵士達の声を拾った。

内容は以下のようなものである。


『リューザスの野郎の顔を見たか?自分の村が無くなるからって酷い顔をしてたぜ。笑いをこらえるのが必死だったぜ』

『本当にな。ダメな勇者殿のせいでイライラしていたのが吹き飛ぶようだったな、ハハハ』

『おまえそれ言うか~? まぁ、同感!』


相変わらず伊織の不満を全員が言っているのを拳を握りしめながら聞いた。


お前らに何が分かるのか、と。


その後もくだらない談笑をしながら部屋の前から立ち去るのを待った。

息を殺しながら兵士達が消えたのを確認すると伊織はその場に座り込む。


正直な話を言えば、伊織は精神的にもうボロボロだったのだ。


身の丈に合わない期待、押し寄せる孤独、信頼できない王国の人間。

何時壊れてもおかしくなかった。

だが、


「……レンヒ」


レンヒから貰った魔物の骨でできた武骨な腕輪を触る。


彼女だけが唯一の救いだった。

少し年上の少女だが伊織とも変わらない年齢で励ましてくれたのだ。

そして、辛かったら頑張らなくても良いとまで言ってくれた。


異世界に来る前では、当たり前だった優しさが今ではとても胸に刺さっていた。

とても痛いほどに。


伊織は腕輪を強く握りしめて心を落ち着かせる。


だが、その途中で突然ドアが強烈にノックされた。

そして一つの大きな声が聞こえた。


「アマツ殿ッ!」


ドンドンと扉がノックされ、青年の声が廊下中に鳴り響く。


「お願いしますッ! 貴方の力を貸してください!」


続けて切羽詰まったような焦りを凝縮させたような緊迫感が伊織の体に刺さる。

青年はそのまま言葉を続ける。


「今、魔王軍が進軍してきてっ!このままじゃ俺の村が魔王軍の奴らに襲われちまうんです!!村には妹がまだ残っているんです!!! 王国は俺の村を見捨ててしまった……ですからもう俺にはあなたしかいないんです!!!!」


青年は拙い敬語を使いながら伊織に助けを求めた。

血を吐くように。


「もう、貴方しかいないんです。お願いします! 貴方の、勇者の力を貸してくださいッ!」


伊織が勇者の力をまともに扱えない、と青年も知っているはずだ。

それをあざ笑い、見下してきたのに。


「ふざけるな……」


伊織の口から信じられないほどしゃがれた声が出た。


「そんなの、俺の……俺の知ったことかッ!」


近くにあった片手剣を目の前の扉に投げつける。


「戦えないって、何回言えば分かってくれるんだよッ!」

「で、でも……貴方は勇者で……」

「急に知らない世界に連れてこられて、戦えるわけがないだろ! ……何が勇者だよ。騎士に殴られただけで、骨にヒビが入ったんだぞ……!」

「そん、な」

「それを……手を抜いた、やる気がない、臆病者――そんな風に怒鳴りつけて、一体どうしろっていうんだよ」


異世界で勇者だと、なんだと呼ばれていようとも。

自分はただの高校生なだけで。

皆が憧れる、本当の『勇者』ではないのだ。


そう伊織は伝えたかっただけなのに。

抑えつけていたはずの怒りがそこで爆発してしまった。

八つ当たりであるのは伊織自身が良く分かっていた。


伊織は虚しさを感じながら扉越しで青年に言う。


「頼むよ……。帰してくれ。元の世界に……帰してくれよ」

「妹が……サーシャが――」

「知らないって言ってるだろうがッ!」


伊織は最後にもう一度施錠されたままの扉を殴った。

殴った瞬間に廊下内が静かになる。

少し間が開いて、青年は反対の方向に歩き始める。


「俺が、サーシャを守るんだ……ッ」

「……」


一言そう残して足音が遠ざかっていった。

伊織は青年の全てを聞いても全く動かなかった。


否、動くことが怖かったのだ。


動けば王国の人間が勝手に『英雄』、『勇者』と祀られて死にに行かされる。

理不尽すぎて正直なところ馬鹿な話だと伊織は考える。

こんな他力本願のような兵士や王族に媚びを売りたくなど毛頭ない。


それでも、


「俺は―――――」


この異世界で過ごしてきて、狭い部屋の自室の窓から、たくさんの人の顔を見た。

少し前までは日常を喜怒哀楽様々な様子で過ごしていたが、”裁断”が攻めてくると分かった瞬間に全員の顔が恐怖に染まり、泣き叫ぶひともいた。


「―――――――」


自分の目の前で懇願してきた青年。

伊織のことを知っていながらも藁を掴む思いで必死に頼み込んできた。

自身の妹を救うために持っていた全てを捨てる勢いだった。


「俺がしたいことは―――――――」


レンヒが自身と同じ境遇の子どもはもういなくなるのだ、と笑いながら言っていた。

でも、彼女の本心はきっと笑っていなかった。

そんな世界にできるとは、心のどこかで『ありえない』と考えている。


……伊織はずっと心の中では引っかかっていた。

例えこんな国の誰かが死んでも関係ない、と蓋をして何日も過ごしてもきた。


だけど、


――――――――たくさんの泣き顔を見た。


「そんなの戯言だ」


そんな顔を笑顔に変えれたらどれだけいいかって思ってしまった。


『伊織!絆創膏センキュー!お前って本当優しいんだな!!』


現実世界でもそうだった。

怪我した同級生に手当してあげると、最初は半泣きだったが満面の笑みで答えてくれた。


『イオ、大学生相手にお疲れ。お前のおかげで怪我してる奴いねぇよ、てかお前しか怪我してねぇよ』


友達が馬鹿にされたから年上相手に殴り合ったこともある。

完全に返り討ちされて、ボコボコにされたけども。


『天月君。本当にありがとう……』


親に殴られ、泣きじゃくる幼馴染を慰めたこともある。

皆、最後には笑顔になってくれた。



―――――力など全くない。

こんなに弱いのに勇者だなんて笑ってしまうけれど、


この世界の、”レイテシア”の皆の『泣き顔を笑顔に変えたい』と心の底から思ってしまったのだ。


「ッッ」


自身の感情に任せて近くにあった修練用の装備を手早く身に纏う。

そして、唇を噛みしめながら練習用の片手剣を掴むと部屋から飛び出した。


何ができるのか分からない。

伊織自身は弱いのだって理解している。


それでも伊織の助けを求めている青年の元へ向かう。


―――――――そして、この瞬間に運命の道は分かたれた。

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