主人と奴隷
1.
黒崎が会議室から出たところで、誰かが後ろから肩を叩いた。振り替えると、高そうなグレーのスーツに身を包んだ老人だった。黒崎が持論を述べている間、議長席のすぐ隣に座る彼が終始大きく頷いていたのを、よく覚えている。他人の地位や昇進などの話題にとんと興味のない黒崎でも、彼が学会でも相当な地位にいることは知っていた。ただし、名前までは記憶していなかった。
「黒崎くん、君、若いのになかなか良い見解を持っているじゃないか。最近では、何かと言うとすぐに欧米流だ。そういった風潮に、私も飽き飽きしていたのだよ。やはり、古き良き日本流が、この国には合っているんだ!君もそう思うだろう」
一方的に喋っているうちに興奮してきたのか、人目もはばからず声を荒らげる老教授に、通りすぎる学会員達がうっとおしそうな目を向けているのを感じながら、黒崎はクスリと愛想笑いを返した。
「ありがとうございます。ですが、2、3訂正させて頂きたい」
そう言うと、老教授は眉をひそめた。
「なんだね?」
「まず、私は欧米流を取り入れる風潮は、さほど懸念していません。戦後の日本はそうした海外文化を積極的に取り入れることで、中には世界トップクラスを誇る技術の開発にまで発展しましたから。それと、古き良き日本流、と仰いましたが、それは謙遜です。確かにかつての日本社会に見られた生活の形は、今では影をひそめていますが、それでもまだしっかりと根付いています」
「そう思うかね?外国に毒された今の日本は、私には実に生きにくい世の中だがね」
老教授は嫌味っぽく言った。
「そんなことはありません。亭主関白。男性は外に出て働き、女性は家で主人に尽くす。これは、今でも日本人に最も適したライフスタイルだと私は考えます」
フン、と老教授は鼻を鳴らした
「面白いことを言うじゃないか、女性諸君に聞かれでもしたら、一発で炎上モンだぞ」
「確かにそうかもしれません。ですが、これは事実なのです。女性は、本能的に誰かに献身することの方が得意な種族なのです。これは世界的に統計が採られたデータですよ。日本の古い考え方というのは間違いです」
「そんな偏見的な統計がどこで採られたというんだね」
「偏見的。そうでしょう。だから、あまり世には知られていないデータです。さらに、真面目な日本人の女性が、人に奉仕することにおいては世界でも屈指のレベルです」
老教授が目を赤らめて黒崎を睨んだ。
「おい、年寄りだと思ってあまりからかってくれるなよ。何が奉仕するのが世界トップだ。そんなデータがあるなら、今すぐ日本中の女を奴隷にしてくれるわ!」
周りがザワつくので、老教授は自分の失態に気付いたようだった。
「ち、違う、今のは、つい、言ってしまった。例えばの話なんだ!」
あーあ、自爆してくれちゃったよ。そう思い、黒崎は老教授に背を向けた。
2.
村主 穂花が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。フワフワの布団に、パリッとしたシーツの感触が心地よい。ホテルの一室のように思えたが、ベッドから起き上がると、長い長方形の部屋に、同じようなベッドがいくつも並んでいるのを見て、そうではないことに気が付いた。
(ここ、どこなんだろう)
穂花が思考を巡らせていると、隣のベッドからムクリと誰かが起き上がった。思わず体がびくっ、と反応したが、見慣れた顔がこちらを向いたので、すぐにホッと胸を撫で下ろした。
「歌音、大丈夫?」
石峰 歌音は、まだ頭がボーッとする様子で、こちらを見つめ返している。
「穂花?わたし達、どうなったの?」
歌音は次第に目の焦点が合い、同時に自分達の状況も思い出したようだった。
「わからない。あたしもさっき目を覚ましたところ」
穂花と歌音は同じ高校に通う同級生で、同じバトミントン部に所属している。最高学年となった今年、数日後の新入生歓迎会で部の代表として紹介する役に決まったので、何をやるかを話し合っていて遅くなってしまったのだった。新入生歓迎会は体育館で行われるが、各部に与えられた持ち時間の中でいちいちコートを作る訳にもいかず、ネットを挟むスポーツはデモンストレーションが難しいのだ。
だいぶ日が長くなったとはいえ、すっかり黄昏時になってしまった帰路を自転車で走っていると、前方に人が倒れているのが見えた。他に人通りもないため、自分達以外に気付く者もいない。二人は自転車を停め、倒れている人影に近付いた。
「大丈夫ですか?」
穂花はその人物の肩を揺らした。反応がない。どうやら女性のようだった。穂花は呼吸の有無をたしかめようとしたが、そのヒマは与えられなかった。
後ろから伸びてきたひんやりとした感触、そして一瞬のあと、ビリッと首筋に痛みが走る。
「うっ」
低いうめき声をあげ、穂花の意識は闇に消えた。
そして、目覚めたらこのベッドで寝ていたと言うわけだ。
「これって、誘拐・・・だよね」
穂花は弱々しく歌音に聞いた。
「今の状況からすると、多分・・・ね」
歌音も、認めたくないとでも言うように、ゆっくりと頷いた。
「やっぱりね。多分無駄だと思うけど、ここから出られるか探ってみよう」
不安を拭い去るため、あえて前向きに言った穂花が、布団を払い除けると、歌音が、あっ、と声をあげた。
「穂花、その格好・・・!」
「え、なに?」
と、立ち上がった穂花が自分の体を見下ろすと、彼女は思わず両手を体に巻き付けた。
穂花が着ているのは、純白の、光沢のあるレオタード1枚だけだった。それもかなりハイレグで、肩口から上はなく、胸元や脚の付け根までがかなり露出されていた。どうりで布団の肌触りが良いと思ったわけだ。
肘から手首にも同じ素材のグローブがはめられ、手の甲を覆う部分に着いた輪を中指にかけて固定されていた。
脚も、膝の上まである、いわゆるニーハイソックスが履かされていたが、こちらも同じくテカテカと光る白い素材で出来ていた。
「な、なに、このカッコ!ていうか、歌音、アンタも!」
布団から覗く歌音の体が、肩と胸の素肌が見え、胸から腹部が白いピッタリした生地で覆われているのを見て、歌音も同じ姿だと予想がついた。案の定、恐る恐るベッドから出た歌音は、白いレオタードに、グローブ、ニーハイソックスという出で立ちだった。
「あ、あんまり見ないで」
恥ずかしがる歌音の姿を見て、自分もこんなにセクシーな格好をしているのかと、穂花も余計に羞恥心が強くなった。
「それが、貴女方の正装ですわ」
突如聞こえた女性の声に、二人は同時に振り返った。
3.
声の主は、20代後半くらいの女性だった。突然現れたのもそうだが、二人が驚いたのは女性の格好だった。女性が着ているのは、フワリとした黒いスカートに、フリルのついたエプロン。胸元には大きな赤いリボン。そう、それはメイド服だった。それも、メイドカフェやテレビなどで見るような、普通のメイド服とは違う。スカートはマントのように、お尻と脚の後側しか覆っておらず、前の方は大きく開いている。その露になった部分は、黒い光沢のあるハイレグのレオタードの股間のVラインと、そこから伸びるすらりとした脚がはっきりと見える。エプロンは、レオタードに直接縫い付けられていて、申し訳程度の短い白いエプロンが、黒いレオタードのVラインを逆に強調し、変態嗜好のふんだんにあしらわれたデザインになっていた。
「もっとも、インナーだけですけど」
女性は落ち着いた、実に滑らかな口調で言った。
「あ、あなたは・・・?」
「わたくしは、この屋敷の『ミストレス』を務める、クリスティと申します」
クリスティと名乗る女性は、お腹のところに両手をスッと重ね、凛々しくお辞儀した。女性の顔立ちや話し方からして、クリスティという外国名はいささか違和感があったが、
「み、ミストレス・・・」
その響きが、穂花と歌音の頭の中に、妙に根付いた。
クリスティは、わずかにニヤリと笑って、
「そう。『ミストレス』。貴女方がこれから、『ご主人様』の次に崇拝し、服従する相手。それは十分に理解出来ているようですわね」
崇拝、服従。穂花はクリスティが何を言っているのかまったく理解出来なかったが、なぜか、クリスティの前で姿勢を正し、直立せずにはいられない。顔と耳を、クリスティーナの言葉に集中せずにはいられなかった。
「さあ、他の方々はもう広間でお待ちですわ。早く準備を整えなければ。こちらへ着いて来て下さい」
クリスティはクルリと踵を反すと、歩き出した。穂花は黙ってクリスティの後に従った。現状、そうする他ないというのは確かだが、それ以上に、なぜかクリスティーナの言うとおりにする以外の行動がとれないのだ。
穂花の頭は、まるでボウリングの玉が入っているようにずっしりと鈍い重さが乗しかかり、上手く思考が回らなかった。クリスティは振り返ってから、まるで二人が着いて来ていることが疑いようもない事実であるかのように、一度も二人に目もくれなかった。
どこをどう歩いたのか覚えていないが、気がつけば穂花は大きな開けた部屋に立っていた。クリスティが言っていた広間なのだろうと、穂花はボンヤリと思った。
広間の中には、二人と同じような、レオタードにグローブ、ニーハイソックス姿の女性達が十数人、列を作って立っていた。穂花より年上の、大人の女性もいれば、穂花と同年代、やや年上か、もしかしたら中学生くらいに見える少女もいる。
クリスティの指示で、穂花はその女性達の列に加わった。穂花の後には、歌音が立っている。だが、穂花は歌音と話をするどころか、振り返ろうとも思わない。他の女性達が、同じようにボンヤリと立っているように、穂花もクリスティの指示があるまで、そこに立っていることしか考えられない。
(なにが、始まるの?ここにいては危ない。逃げなきゃ。でも、体が動かない・・・)
穂花が危機感を募らせる間に、列の前にクリスティが立った。
「有望なみなさん、ご機嫌よう。既にご挨拶した方もいらっしゃいますけれど、今一度自己紹介させて頂きますわ。わたくしは、この屋敷で『ミストレス』を務めます、クリスティと申します。以後、よろしくお願いいたします」
クリスティは、先程穂花にやってみせたように、お腹のところに両手を重ねて、90度頭を下げるお辞儀をやってみせた。女性達はみな無反応だが、その反面、耳は彼女の言葉を一言一句逃さぬよう、無意識に傾けられていた。
「さて、みなさんの誰も、自分達の置かれた状況をご理解頂けていないかと思いますので、簡単に説明させて頂きますわね。みなさんは、『ご主人様』に選ばれた、特別な存在なのです」
(え、選ばれた・・・?)
穂花は必死にクリスティの言うことを理解しようとしたが、今の鉛玉のような思考では、うまく考えられない。ただ、クリスティの言葉に集中するしか出来なかった。
「みなさんは、この『黒崎家』に仕える『メイド』として、選ばれたのです」
穂花の心臓が早鐘を打った。メイド?つまり自分達は、メイドにされるために拉致されたというのだろうか?
「恐らく、みなさんがここに来るまでは、手荒な手段を取らざるを得なかった方もいるでしょう。しかし、それは仕方がないのです。『ご主人様』に選ばれた人材は、『ご主人様』のメイドになる以外に、最善の選択はあり得ないのです。それは、これからメイドの『教育』を受けて頂ければ分かるかと思います。ですから最初は、多少乱暴な手段に及んだとしても、みなさんの将来のためには、やむを得ないことなのです」
(な、なにをメチャクチャな!あたしは、メイドになんかならない!)
心の中で強く反発する穂花だが、それを声や表情に出すことは出来ない。ただ虚ろな目で、演説を続けるクリスティを見つめるだけだ。他の女性達も、穂花と同じように、心の中ではショックを受けたり、抵抗したりしているのだろうか?
「『メイド』について、ひょっとしたらその辺の喫茶店やテレビに出てくる俗物を思い描いている方もいらっしゃると思いますけれど、あんなに生ぬるいものではありません。みなさんになっていただくのは、身も、心も、名前も記憶も存在も捨て去り、その人生の全てを『ご主人様』に奉仕することだけに捧げる、真の『奴隷』です。貴女方がこれからの生涯で尽くすのは、『ご主人様』と、わたくし、『奴隷長』の命令に従うことのみなのです」
穂花は今すぐにでも泣き叫びたかった。人生を奴隷として捧げる?そんなことがあってたまるか。しかし、そんな気持ちとは裏腹に、『ご主人様』の奴隷という言葉が、穂花の性器にジンジンと刺激をもたらしていた。
「さて、それでは早速、準備にとりかかりましょう」
奴隷長が言うと、明るいピンク色の、これまた露出の多いメイド服を着たメイド達が、キャスターの付いたハンガーラックを押して現れた。そのハンガーラックにはオレンジ色の大量のメイド服がところ狭しと掛けられていた。
「これから貴女方に、この正装を合わせて頂きます。貴女方が奴隷として唯一身に付けることを許された高貴なる衣服です。これを着て、わたくしに生涯を奴隷として生きることを誓うことで、貴女方の新たな人生が始まるのです。では、貴女から始めようかしら?」
奴隷長が列の先頭に立っている女性に手招きした。大学生くらいだろうか。穂花より発達した胸やお尻のラインが、レオタードからはみ出て揺れていた。スタイルはいい方だが、レオタードがやや小さいのだ。女性はフラフラと奴隷長の前に歩み出ると、ピンクのメイド達がハンガーラックからメイド服を一着取りだし、女性の身体に当ててサイズを見た。丁度よいと判断すると、上着から順に女性に着せていった。女性は人形のようにそこに立ち、されるがままに腕や脚を動かし、メイド服を身に付けられていった。その間、奴隷長は妖しく笑いながら、女性の黒い艶やかなロングヘアーを束ねていった。
「貴女が眠っている間に、茶色かった貴女の髪を黒に染めてあげましたわ。こちらの方がずっとお似合いですわよ。日本人は、黒髪でなければいけないのです」
拉致されてこんなものを着せられ、挙げ句髪まで染められたと、衝撃的な宣告をされても、女性は虚ろな表情を変えない。恐らくは、心のなかでは必死に泣き叫び、抵抗しているのだろうと穂花は思った。
奴隷長が女性の髪をアップにし、後ろで纏めた毛束を丸めてお団子にすると、丁度メイド服を着せ終わった。
「まぁ、可愛らしい。とてもお似合いですわ」
奴隷長は嬉しそうに目を細めた。
オレンジのセーラー服のようなデザインのそのメイド服は、上着のセーラーの襟や袖にレースやフリルがあしらわれている。しかし、上着の丈は胸元あたりまでしかなく、胸から腹部と背中にはレオタードの白が露出していた。下腹部にはオレンジのピッタリとしたコルセットが当てがわれ、その下にはレースの付いたミニスカートとエプロンが巻かれていた。スカートの丈は極短く、もはやスカートの機能を果たしていない。少しの動きでレオタードの股間やお尻が見えてしまいそうな長さだ。なんとも性的挑発力の高い服だが、こんな状況でなければ、確かに可愛いそのメイド服に、穂花はときめいていたことだろう。
ニーハイソックスを履いた右足の太股にはオレンジのキャットガーター。グローブを付けた両手首には、オレンジの袖口。首には、これまたレースの付いたオレンジのチョーカーが巻かれ、黒い、低めのヒールを履き、白地にオレンジのヘッドドレスを頭に付けられると、女性はいよいよセクシーなメイドに変身させられてしまった。
「さあ、奴隷となることを誓いなさい」
奴隷長が女性に命じると、女性はゆっくりと膝を付き、奴隷長を見上げた。
(ま、まさか、ほんとにそんなこと、誓わない・・・よね?)
穂花の疑心をよそに、女性はゆっくりと口を開く。
「わたくしは、これまでの、人生を、悔い改め、黒崎家の、奴隷に、選ばれた、誇りを、胸に、立派な、奴隷と、なり、生涯、奉仕する、ことを、お誓い、致します・・・」
たどたどしく誓いの言葉を述べた女性は、さっきよりも更に虚ろな表情で奴隷長を見上げていた。
「よくできました。まずは、奴隷見習いとして、精進致しなさい」
奴隷長は女性を立ち上がらせると、移動するよう命じた。女性は黙って従い、部屋の隅のピンクのメイド達の後ろで直立すると、微動だにしなくなった。
「次、貴女、いらっしゃい」
奴隷長が、先程の女性の隣に並んでいた、穂花と同年代くらいの少女に言うと、彼女も同じように、フラフラと奴隷長の方へ歩み出た。
(ウ、ウソ・・・このままじゃ、みんな、本当に奴隷に・・・!)
目の前で奴隷となることを誓った女性を見て、狼狽する穂花だが、逃げることも、声を出すことも出来ない。他の女性達と同じように、ただ虚ろに前を見つめて、自分の番が来るのを待つことしか出来ない。恐怖に怯える穂花の前で、一人、また一人とメイド服を誂えられた女性達が、奴隷長の前に膝を付き、誓いの言葉を述べていった。
そしてついに、穂花の前に並んでいた女性達は誰もいなくなった。
「さあ、次は貴女。いらっしゃい」
奴隷長が静かに告げた。
(いや、いや、いやぁぁっ!)
悲鳴を上げる穂花の心を微塵も表さず、穂花はゆっくりと奴隷長の方へ歩いていった。
4.
(私は奴隷になんかならない、私は奴隷になんかならない、私は奴隷になんかならない!)
メイド服を着せられる間、穂花はずっと頭の中で唱えていた。ピンクのメイド達が時折する指示に従って腕や脚を上げたりする以外には立ち尽くすことしか出来ない、今の穂花に唯一可能な行動だった。
(私は奴隷になんかならない、私は奴隷になんかならない、私は奴隷になんか・・・)
「さすが、まだ若い子は髪の質が違いますわね。羨ましい」
奴隷長が穂花の髪を手ぐしでとかしながら言う。奴隷長に触られると、話しかけられると、何とも言えない心地よさが広がり、穂花の思考は霧に包まれるようだった。
(・・・わ、私は奴隷になんかならないっ!)
それでもすぐに我を取り戻し、信念のように念じはじめるが、奴隷長が穂花の髪をまとめながら話しかけると、また穂花の頭の中に、霧が立ち込めていった。しばらくの間、穂花は念じてはボンヤリし、念じてはボンヤリしを繰り返していた。
「そうそう、貴女方が眠っている間に、貴女方には暗示をかけておいたのです。貴女方の身体の自由が効かないのは、その暗示のため」
奴隷長が穂花の髪をお団子にしながら言った。
暗示?暗示とは一体なんだろうか。自分はすでに、逃れようのない状況にいるということだろうか。だとしたら、こうやって必死に正気を保とうとしているのも・・・。
そんなことを考えているうち、奴隷長に触れられることと、お団子にまとめられた髪がギュッと引っ張られる感覚で、穂花の頭に、また深い霧が立ち込めてきた。
キャットガーター、袖口、チョーカーを付けられ、最後にヘッドドレスを頭に付けられると、穂花は自然に膝をついた。
「いい子ね。さあ、誓いの言葉を述べなさい」
奴隷長に諭されるように、穂花の口がゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「わ、わたくし、は・・・」
(いやっ!言っちゃだめ!言いたくない!)
心の中の穂花の抵抗もむなしく、穂花の口は誓いの言葉を淡々と告げていく。
「これまで・・・の、じ、人生・・・を、悔い・・・改め・・・」
(いや!いや!言いたくない、言いたくないっ!!)
「黒崎家の・・・奴隷に・・・選ばれた・・・誇りを胸に・・・」
(奴隷になんかなりたくない!なりたくないっ!!)
「り、立派・・・な・・・奴隷となり、し、生涯、奉仕することを・・・」
(いやっ!誰か、助けてぇっ!!)
「お、お誓い・・・致します・・・」
誓いの言葉を述べ終えた穂花は、不思議と穏やかな気分だった。何も考えられず、何も感じず、ただボンヤリと、目の前に立つ奴隷長を見つめていた。
奴隷長は、広角を歪ませ、邪悪に笑っていた。
「いいわよ。その顔。『ご主人様』にお仕えするのにぴったりな、『メイドの顔』ですわ」
意思のない目で見つめ返す穂花を見ながら、奴隷長は言った。
奴隷長に命じられ、穂花は立ち上がると、フラフラと他の奴隷達の並ぶ列に加わった。
列から、ただボンヤリと奴隷長の方を見ていると、同じようにメイド服を着せられ、奴隷となることを誓う歌音の姿が見えていた。
5.
奴隷長の前には、オレンジの奴隷となったうら若き乙女たちが列を成して立ち尽くしたいた。これからいよいよ、奴隷となるための「教育」がはじまるのだ。
「それでは、貴女方が奴隷として尽くすための訓練を始めます。貴女方はまだこの黒崎家に奉仕することは許されません。しばらくは、奴隷見習いとして、奴隷の心得、言葉遣い、振る舞いを学んで頂きます。十分に『ご主人様』に奉仕できると見なされてから、晴れて奴隷として働くことが許されます。それでは、まず奴隷の基本の姿勢から学んで頂きましょう」
奴隷長はピンクの奴隷を列の前に連れてきた。
「奴隷の基本姿勢は、奉仕姿勢と待機姿勢です。奉仕姿勢を取りなさい」
奴隷長はピンクの奴隷に指示した。
「はい、奴隷長様」
ピンクの奴隷は、感情のこもっていないような声で返事をすると、ピンと背筋を伸ばし両手を重ねて腹部のコルセットのところに当て、、胸を張り、視線を上に向けてフリーズした。
「これが奉仕姿勢です。『ご主人様』に、自分がいつでもご命令に従う態勢にあることを示す姿勢です。持ち場に付いた時、ご命令を一つ終えた時、『ご主人様』からのご命令を受ける時、一日の殆どの時間、奴隷はこの奉仕姿勢で立ち続けます。次に、態勢姿勢を取りなさい」
「はい、奴隷長様」
ピンクの奴隷は、奉仕姿勢から顔をやや俯かせ、伏し目になった。
「これが待機姿勢です。なんらかの理由でその場で待機する時、他のご命令を受けられない時など、この姿勢を取って示します。また、お食事の給事をさせて頂いている時、食事中の『ご主人様』やお客様の方へ目を向けるのは失礼にあたりますので、この待機姿勢の状態で待機します。ご命令があれば、すぐに奉仕姿勢を取ってから従います。つまり、一日のうち、奴隷は常に奉仕姿勢か待機姿勢を取っていて、貴女方の腕が、ダラリと体の横に下ろされることは、もう二度とありません。それでは皆さん、奉仕姿勢をとってください」
奴隷長の指示で、穂花達はピンクの奴隷の奉仕姿勢をお手本にして、同じポーズを取った。こんなこと、本心ではしたくないはずなのに。暗示の効果というものか、奴隷長の命令には必ず従ってしまう。そして、命令に従うことで、やはり何とも言えない幸福感で心が満たされてしまうのだ。そしてもっと命令に従いたいと思ってしまう・・・。
「そう。なかなか綺麗な奉仕姿勢ですよ。そのまま、上体を90度曲げて下さい」
ピンクの奴隷が、奉仕姿勢のまま体を綺麗な直角に曲げた。
「これが奴隷の挨拶の一つ、立礼です。一般的なお客様に対してや、上級の奴隷や、わたくし、奴隷長への挨拶として、この立礼を行います。訓練の始めと終わりにも、奴隷長に立礼をして頂きます。奴隷とは教養の高さと、徹底した礼儀作法の統制を何より重んじます。まずは基本姿勢と挨拶の徹底を、見習いの皆さんは意識してください」
(基本姿勢・・・挨拶の徹底・・・)
奴隷長の講座を、穂花は無意識に頭の中で復唱してしまう。奴隷としての心得が、奴隷見習いとなった少女達の頭に刻み込まれていく。
「それでは、奴隷長に立礼をして、訓練を開始しましょう。立礼をしたら、わたくしに『お願い致します、奴隷長様』と言ってください。それで、訓練がはじまります。では、立礼!」
奴隷長の放った指示に反応し、奴隷見習い達は一斉に90度頭を下げた。
「お願い致します、奴隷長様」
穂花は、自分の口が勝手に動いて、言われた通りの台詞を言うのを聞いていた。
「まだ声が小さいですわね。あなた、もう一度」
奴隷長が指名したのは穂花だった。穂花は一人体を起こし、奉仕姿勢に戻る。
「立礼!」
奴隷長の指示で、穂花はもう一度立礼をする。
「お願い致します、奴隷長様」
穂花の一人の声が、部屋に響く。しかし、
「声が小さい」
奴隷長は小さなリモコンを取りだし、ボタンを押した。
世界が燃え上がったような気がした。穂花の体中に、熱く鋭い痛みがほとばしる。頭の先から足の指まで、隈無く雷に打たれたような衝撃が走った。
「ワアアアアアアアアアアアッ!」
体がブルブルと揺れ、大きく開かれた口から勝手に悲鳴が漏れる。目、口、鼻、体中の毛穴から、水分が垂れながされている。
「ギャアアアッ!」
奴隷長がもう一度ボタンを押し、電気ショックは止まった。穂花の顔は天を仰ぎ、見開かれた目と口から、涙や涎を流しながら、それでも体は奉仕姿勢を維持していた。その姿勢まで崩せば、また電気ショックが来ることを本能的に察知したからだ。痛みと衝撃の余韻に、呆然と立ち尽くす穂花の体からは、プスプスと湯気が上がっていた。
「常にそれくらいの声で挨拶なさい。挨拶、姿勢、給事、いずれかがなっていないと感じたら、いつでもさっきのような『制裁』を加えます。教育において、痛みや恐怖を代償とするのは、最も古典的で効率的な方法です。逆らえば、ミスをすれば『制裁』がある。それが嫌だから命令通りにする。この簡単なメカニズムによって、貴女方は身も心も奴隷に育っていくのです。立礼!」
突然の奴隷長の指示にも関わらず、穂花は素早く上体を折り曲げた。涙や唾液が、弾みで床に飛び散る。
「お願い致します!奴隷長様!」
奴隷長は満足気に頷いた。
「そうです。たった一度の『制裁』で、貴女は完璧な立礼が出きるようになりました。また一歩、真の奴隷に近づいたのです。恐れなさい、怯えなさい。それが、『忠誠心』へと育つ種となり、そこから、服従することの悦びが芽吹くのです」
6.
奴隷のレッスンが始まった。
奴隷見習い達は更に二つのお辞儀を教わった。お客様に呼ばれた時や、対等もしくは下級の奴隷への挨拶につかう小礼は、膝をチョコンと曲げ、首をかしげる。
そして、最も重要な、『ご主人様』や上級のお客様に対するお辞儀である、最敬礼。右足を後ろへ引き両手の人指し指と親指でスカートの裾を掴み、目線を上に向ける。右足を膝が床につくまで下げながら、左足を曲げていく。膝が床についたら、立礼と同じように上体を折り曲げ、顔は完全に床に向ける。スカートをしっかりと上にまくり上げ、レオタードのVラインとお尻を見せる。これで最敬礼の完成だ。そして、この順番を完全に逆に行い、奉仕姿勢に戻る。
穂花は最敬礼を練習しながら、幼い頃に習っていたバレエの挨拶を思い出した。実際、奴隷長は奴隷見習い達に、バレリーナをイメージして行動するよう指示した。
「奴隷は完璧さと美しさを兼ね備えていなければなりません。機械人形のように正確に、バレリーナのように美しく動かなくてはいけません。バタバタとした作業、ノロノロとした動きは誰でも出来ます。質の高い教育を施された者に仕えられることも、『ご主人様』の生活階級を表す重要な要素です」
「はい、奴隷長様」
穂花を始め、奴隷見習い達が同時に相槌を打った。これも奴隷の心得で、必ずこの返事をすることが定められていた。例え理解出来なくても、納得できなくても、この返事しかしてはいけない。従う、肯定する以外の選択肢は、奴隷にはないのだ。
バレリーナのように、と形容されるように、奴隷の振る舞いはまるで踊りのようでなくてはならない。そのため、全ての奴隷の行動には拍子と速度が決められていた。あたかも振付をこなすかのように、これらの拍子と速度を守って動くことが、機械人形のような正確な行動にもつながる。
前歩行はつまり、歩く動作だ。基本的には奉仕姿勢の形のまま、脚だけを動かして歩く。速度が上がっても、歩く速度が速くなるだけで、奴隷は決して走らない。
奴隷見習い達は横1列に並ぶと、奉仕姿勢で微動だにしない。奴隷長が一定の速度で手を叩き始める。
「前歩行・・・行進!」
奴隷長の指示で、奴隷見習い達が同時に右足を出した。そのまま完全に揃った足並みで、拍子に合わせて歩く。
「しっかり前を見て!奉仕姿勢保ちなさい!」
「はい、奴隷長様!」
歩行の途中であっても、奴隷長の指示には必ず返事をする。
「速度揃えて、ワン、ツー、ワン、ツー、右、左、右、左」
(ワン、ツー、ワン、ツー、右、左、右、左、ワン、ツー、ワン、ツー・・・)
頭の中を奴隷長の拍子に埋め尽くされ、穂花は部屋の中をグルグルと歩き続けた。
他にも横歩行、後歩行の練習も行った。食事の給事の際、キッチンへ向かう時などに「ご主人様」やお客様にお尻を向けないため、常に体を彼らの方に向けて歩く必要があるからだ。
挨拶ももちろん拍子が決まっている。
廊下でお客様や上級奴隷にすれ違った場合は、いかなる場合でも下級奴隷が道を明け、通りすぎるまで立礼を続ける。
その状況を想定し、穂花が前歩行をしていると、前からピンクの奴隷。つまり穂花の先輩が前歩行で向かわせる。
1・2・3・4・5・6・7・8、互いに前歩行で近付いていく。
1・2・3・4・5・6、距離を見計らい、穂花6拍目で奉仕姿勢で止まる。ピンクの奴隷はそのまま歩き続けている。
7・8、穂花が2拍、2歩で道を明け、内側を向いて壁際で奉仕姿勢をとると、丁度ピンクの奴隷がその前を通りすぎるところだった。穂花は立礼をし、ピンクの奴隷が通りすぎるのを待つ。通りすぎる際、ピンクの奴隷は小礼をし、「ごきげんよう」と挨拶した。
相手が「ご主人様」の場合、更に丁寧な挨拶をしなければならない。
穂花が前歩行していると、前方から「ご主人様」を想定した奴隷長が歩いてくる。
1・2・3・4・5・6・7・8、「ご主人様」の姿を確認すると、どんなに遠くでも、7拍目で奉仕姿勢になり、8拍目で立礼をする。
1・2・3、1拍で奉仕姿勢になり、2、3拍目で道を空け、奉仕姿勢になる。
4・5・6、「ご主人様」が目の前に来るまで奉仕姿勢で待機する。
7・8、2拍を使って最敬礼し、「ご主人様」が通りすぎるのを待つ。
「ご主人様」、奴隷長、お客様、上級奴隷に廊下で会った際は、絶対に下級奴隷から声をかけてはいけない。そして、通りすぎる際に彼らから声をかけてられたら、必ず返事をする。また、上級奴隷が下級奴隷に対してや、対等階級の奴隷は、必ずすれ違う時に小礼をして、「ごきげんよう」と挨拶しなければならない。
奴隷が恐らく最初に与えられる持ち場は、扉奴隷だ。「ご主人様」やお客様がドアを通るとき、素早くドアを開けてお通しする。「ご主人様」やお客様が、この屋敷でドアノブに手をかけることは決してない。
穂花が練習用のドアの横に奉仕姿勢で立つと、お客様役のピンクの奴隷が歩いてきた。
一般のお客様が来たときは、
1・2・3・4・5・6・7・8は奉仕姿勢で待機し、
1・2で一度小礼をし、
3・4・5・6で扉を開ける。このとき、待機姿勢で目を伏せたまま、体はお客様の方を向けて動作を行う。奴隷が扉を開けるという、お客様にとっては無駄な時間に、絶対にお客様の方にジロジロ視線を向けたり、逆に、お客様にお尻を向けてはいけない。
7・8で扉の横に戻ると、お客様が扉を通り過ぎるのを、改めて立礼をして見送る。
それで終わりではない。
1・2・3・4・5・6・7は立礼を保ち、
8で奉仕姿勢に戻る。
1・2・3・4・5・6で扉を閉める。このときも、待機姿勢で目を伏せたまま行う。お客様の後ろ姿を見ないためだ。
極端な話、奴隷はお客様をお守りするため、常に襲われやすい立場になくてはちけないのだ。この場合、後ろ向きではあるが、顔を前に向けて歩いているお客様より、目を床に向けている奴隷の方が無防備である。基本姿勢が、常に手を重ねているのも、用意に攻撃姿勢がとれないことに由来する。某マンガのように、無駄に戦闘能力の高い奴隷など、実際には存在しない。奴隷は、代わりに自分が犠牲になることで、「ご主人様」やお客様をお守りする。それも、重要な奉仕である。
7・8で奉仕姿勢に戻ると、次のお客様が来られるまで、そのまま待機する。
「ご主人様」や、上級のお客様の時は、また違う動きになる。
1・2・3・4・5・6・7・8で、「ご主人様」のお姿を確認し、行動にうつる。
1・2で素早く最敬礼をし、
3・4・5・6で扉を開ける。もちろんこの時も、待機姿勢で目を伏せて行う。
7・8で扉の横に戻り、改めて最敬礼をし、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
と言って、ご主人様が扉をお通りになるのを見送る。無論、これは「ご主人様」が帰宅した時の言葉で、状況によっては、「いってらっしゃいませ」や「お休みなさいませ」に変わる。「ご主人様」にとって、扉とは奴隷そのものなのだ。
「ご主人様」が扉をお通りになると、
1・2・3まで最敬礼を続け、
4で奉仕姿勢に戻り、
5・6で開いた扉の前に立つと、
7・8で、もう一度最敬礼をする。
これは、後姿といえど、「ご主人様」なので、改めて最敬礼をしなければならないのだ。
1・2で奉仕姿勢に戻り、
3・4で扉を閉め、
5・6・7・8で扉の横に戻り奉仕姿勢をする。
「お帰りなさいませ、ご主人・・・」
最敬礼をしたところで、穂花はよろめいてしまった。
「なんですか、その最敬礼はっ!!」
奴隷長の檄とともに、穂花に電気ショックが浴びせられる。
「アアアアアアアアッ!!!」
悲鳴をあげながら、最敬礼を失敗してはいけないと、穂花の体に、脳に、焼き付けられていく。
「最敬礼は、わたくしたち奴隷が、『ご主人様』に最も多くお見せする忠誠心の証です。それ故に、最も美しく、最も丁寧に行わなければいけません。いいですか?」
「は、はい、奴隷長様・・・」
体から煙りをあげながら、穂花はもう一度『ご主人様』への扉奴隷を行う。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
今度は上手く出来た。
扉奴隷の仕事は、一日これを繰り返すことなのだ。
「はい。よろしい。基本は出来ています。それを一時間でも二時間でも、10回でも100回でも、同じように出来なければなりません。貴女方にとっては1000回目の行動でも、『ご主人様』やお客様にとってはどうでもいいことです。扉は勝手に開くもの。扉を通るときには、奴隷が見送るもの。それが、『ご主人様』やお客様にとって、この屋敷での常識なのです。1万回目でも、10万回目でも、その丁寧さ、美しさ、忠実さが損なわれることは、決してあってはいけません」
「はい、奴隷長様」
返事をする穂花をはじめ奴隷見習い達は、何度も繰り返し行った訓練と、何度も浴びせられた電気ショックで、既に意識が朦朧としていた。
6.
「はい、いいでしょう。今日は初日ですし、このくらいにしておきましょう」
奴隷見習い達は奴隷長の前に、最初と同じように並ぶと、一斉に立礼をした。もう、この強いられた行動に反抗する者はいない。電気ショックの『制裁』の前に、みなの心はすっかり大人しくなっていた。
「先輩に続いて、宿舎に向かいなさい。それと、今日はサイズの計測と慣れのため、正装を着て訓練しましたが、明日からは下着である、レオタードとグローブ、ソックスのみで構いません。貴女方が正装を着るのは、正式な奴隷として働きはじめてからです」
(そ、そんな、明日からは、レオタードだけで、こんな恥ずかしい練習をしろっていうの・・・?)
奴隷長の宣告に絶望する感情も表に出せないまま、穂花は他の奴隷見習いとともに、先導するピンクの奴隷について、宿舎に向かった。
宿舎に着くと、まるでリモコン操作されるように、奴隷見習い達自分のベッドの前に立ち、メイド服を脱ぐと、はじめに宿舎で目覚めた時と同じ、レオタードとグローブとソックスだけの姿になった。
奴隷見習い達がベッドに腰かけると、どこにあるのか、スピーカーから、奴隷長の声が聞こえてきた。
「貴女方は奴隷見習いとして、新たな生活を始めました。これまでの俗世間での生活を悔い改め、奴隷として新たな人生を歩みなさい」
穂花の頭の中には、自分が宿舎で受けた暗示がフラッシュバックしていた。
「わたくしは、奴隷見習いとして、新たな生活を始めました。これまでの俗世間での生活を悔い改め、『奴隷』として、新たな一歩を歩みます」
穂花は虚ろな目で前を見たまま、奴隷長の言葉を復唱していた。
そして今も、奴隷見習い達は、スピーカーから聞こえる奴隷長の言葉に、意識を静められ、心あらずのまま暗示を復唱し続けている。
「『ご主人様』が、わたくしの全てです」
「ご奉仕することが、わたくしの存在です」
「服従することが、わたくしの悦びです」
「わたくしは、奴隷です」
「奴隷以外の名前は、ありません・・・」
暗示が終わると、チリンチリンーンと、ベルの音が響いた。すると、奴隷見習い達は糸が切れたようにベッドに横になって目を閉じた。
強制的に落とされた眠りは、翌朝早朝、強制的に起こされるまで、途切れることはない。穂花は、夢も見ない、深い深い闇のなかに意識が墜ちてゆき、その闇に、穂花という記憶は溶け込んでいった。